羨ましいなら代わってあげる

    作者:柚井しい奈


    「みーちゃんはいいよね、何もしてないのに優しくしてもらえて」
     3日ぶりに登校したけど昼休みに倒れて、不本意にもなじんだ保健室のベッドで目を開けたら、和音ちゃんの冷たい瞳に見下ろされていた。
     なんでそんなこと言うの?
     体弱いとちやほやされていいよねって、いろんな人に言われたことはあるけど、和音ちゃんだけは味方してくれたのに。「病気なのはみーちゃんのせいじゃない」「みーちゃんだって大変なんだよ」って言ってくれたのに。
    「おばさんには連絡しといたから。私、今日は先に帰るね」
     ドアがぴしゃりと閉まったらもう一人きり。
    「……だったら、代わってくれればいいのに」
     夢の中ならできるよと心の奥で何かが囁く。
     そうだ、羨ましいなら味わわせてあげる。体が思うようにならず、置いてきぼりにされる気持ちを。

     和音は広い病室のベッドに寝ていた。
     窓の外からはいくつもの笑い声。皆どこへ行くの?
    「……っふ、けほ……っ」
     息をするたび、喉がひりひりする。体が重い。腕はシーツとひとつになったみたいに持ち上がらない。窓を開けることはおろか、声を出すのも苦しくて。枕に頬を押し付けて咳き込んでいるうちに、笑い声は遠ざかってしまった。
    「具合悪いんでしょ? 休んだ方がいいよ」
     ――一緒にいたら気を遣わないといけないもん。
    「無理しないでね」
     ――目の前で倒れられても迷惑だし。
     ざわざわ。ざわざわ。
     ベッドサイドの花が甘い匂いを振りまいて囁いた。
     もう何度取り残されて、残酷な言葉を投げかけられただろう。咳き込みすぎてぼうっとした頭に花は繰り返し囁きかける。
    「なんで……」
     きつく閉じた目尻から涙がこぼれる。
     広い病室の片隅からそれをじっと見つめて、悪夢を見せる張本人は引き結んだ唇を歪めた。
    「和音ちゃんが羨ましがったんだよ」
     ……だからそのまま死んじゃいなよ。
     

    「お互いに少し気持ちのゆとりがなかっただけだと思うんです」
     隣・小夜彦(高校生エクスブレイン・dn0086)がアンティークグリーンの瞳を伏せた。
     闇堕ちしかかった一般人が事件を起こそうとしている。名前は真砂・深夜子(まさご・みやこ)、中学3年生。
    「通常ならば闇堕ちすると即座にダークネスとしての意識を持ち、人間の意識は消えてしまうのですが、深夜子さんはまだ意識を保っています」
    「灼滅者の素質があるなら、助けられるかも!」
     小さく身を乗り出す草薙・彩香(小学生ファイアブラッド・dn0009)。
     頷いて、小夜彦は集まった灼滅者を見渡した。
    「彼女を闇堕ちから救うか……あるいは、完全なダークネスとなってしまいそうなら灼滅を。それが皆さんへの依頼になります」
     深夜子はシャドウの力を利用し、友人に悪夢を見せている。このままでは深夜子はダークネスとなり、悪夢を見ている少女、和音は衰弱死してしまう。その前に、どうか。
     彩香が瞬く。
    「悪夢?」
    「もともと深夜子さんは体が弱く、学校も休みがちだったようです。和音さんは小学校からの友人で、何くれと面倒を見てくれていたのですが……」
     周囲に疎ましがられてもいつも味方してくれた和音。そんな彼女が言ったのだ。
    『みーちゃんはいいよね、何もしてないのに優しくしてもらえて』
     裏切られたと思ったのだろう。それが彼女の闇を揺さぶった。
    「なんでそんなこと言ったのかな」
    「和音さんの好きな男性が倒れた深夜子さんを保健室に運ぶのを見て、かっとなってしまったみたいです」
     好意とはいえ、常に病気がちな友人を気遣うことに疲れてもいたのだろう。
     そうして闇に心を囚われつつある深夜子は、友人を夢の中の病室に閉じ込めた。物理的にではなく、起き上がるのも難しい病に侵して。
    「皆さんがソウルアクセスすると和音さんが寝ている病室に現れます」
     深夜子も同じ部屋にいる。そもそも窓の外は声がするだけで、夢の世界は広い病室で完結している。病床の孤独を味わわせているところに登場するのだ、深夜子は灼滅者を排除しようとするだろう。
     深夜子がシャドウハンターと魔導書のサイキックと同様の攻撃手段を持つほか、ベッドサイドに並んだ花が3体の配下として立ちはだかる。こちらは花びらを飛ばして手裏剣甲に似た攻撃をしかけてくる。
    「それでも、声をかけることはできるよ」
    「はい。皆さんの言葉が届けばいいと、俺も願っています」
     ゆっくりと頷いて、小夜彦は目を閉じた。
    「普通の喧嘩ができればよかったんだと思います。仲のいい友人のようですから」
    「きっとまだ間に合うよ。そうでしょう?」
     マーガレットの髪飾りが揺れる。振り向いた彩香が胸元で拳を握り、一同に笑いかけた。


    参加者
    神門・白金(禁忌のぷらちな缶・d01620)
    村瀬・一樹(ユニオの花守・d04275)
    御門・心(スピカ・d13160)
    四季・彩華(魂鎮める王者の双風・d17634)
    卦山・達郎(無名の炎龍・d19114)
    月代・蒼真(旅人・d22972)
    灯灯姫・ひみか(星降りシャララ・d23765)
    麻崎・沙耶々(ユアーオンリープリンセス・d25180)

    ■リプレイ

    ●夢の世界へ
     和音の部屋に足を踏み入れ、一同は表情を険しくした。
     ベッドの上に眠る少女の眉間にはしわがより、顔色も悪い。夢の中の病魔が現実の彼女を苛んでいる。
    「少しの擦れ違いだったんだよね……」
     四季・彩華(魂鎮める王者の双風・d17634)の言葉に、御門・心(スピカ・d13160)はアメジストの瞳を陰らせた。胸元を押さえて人知れず唇を噛んでいると、力強い声が鼓膜を震わせる。
    「これで終わりになるなんて、絶対にさせない……!」
    「男なら言いたいことをざっくり言い合えて楽なんだが……ま、思春期の女の子は仕方ねぇよな」
    「常に相手のことを受け入れる、っていうのも健全じゃないからな。喧嘩はしなきゃ。で、普通の喧嘩をしてもらわないと」
     肩を竦める卦山・達郎(無名の炎龍・d19114)に月代・蒼真(旅人・d22972)が頷く。
     大丈夫、今からでも遅くはない。そのためにここにいるのだ。
    「取り返しのつかない事になる前に、なんとしても止めなきゃ!」
    「うん。みんな、ここはよろしくお願いします!」
     麻崎・沙耶々(ユアーオンリープリンセス・d25180)の決意に拳を握り、草薙・彩香(小学生ファイアブラッド・dn0009)がこの場に留まる灼滅者達に頭を下げた。頷きを返す面々には沙耶々の親友2人の姿も。
    「彩香様、がんばりましょうね」
     長い髪をなびかせて振り向いた灯灯姫・ひみか(星降りシャララ・d23765)に彩香は笑みを返す。
    「それじゃ、行こうか」
     村瀬・一樹(ユニオの花守・d04275)の呼びかけに、ふと瞬く神門・白金(禁忌のぷらちな缶・d01620)。
    「そうるあくせすってそもそもどうやるのだ……?」
    「大丈夫、任せて」
     笑みを浮かべ、一樹が和音に手を伸ばした。シャドウハンターの力で夢と現の境界をノックする。汗を浮かべた額に掌がふれると同時に瞼が落ちた。後を引き受ける言葉を聞きながら、灼滅者達の意識はソウルボードへ侵入する。

    ●白い部屋
     白い壁。白いカーテン。窓の外もまた、光に溢れた白。
    「これがそうるあくせすって奴か……。本当に夢の中なのか?」
    「いひゃ……っ」
     白金に頬をつままれて、彩香はぶんと腕を振る。
    「もう、そんなことしてる場合じゃないよ!」
     真っ白な部屋の真っ白なベッドの傍らに並ぶ花だけが鮮やかに揺れている。
    「元気になったらいくらでも遊べるって」
    「だからおとなしく寝てなよ」
     ざわざわ。ざわざわ。優しい素振りで囁く花々に囲まれて、現実と同じく和音は眉間にしわを寄せていた。
    「どうして……」
     飛び込んできた声に一斉に視線が動く。部屋の片隅、気配なく佇んでいた影がゆらりと踏み出した。助けに来たのだと達郎が声を上げようとするも、真砂・深夜子は首を横に振って遮った。
    「ここは私が思い通りにできる場所なの。誰だか知らないけど、出ていってもらうわ!」
     灼滅者を拒絶する言葉はそのまま憎悪の炎となって襲いかかった。
     できれば先に言葉を交わしたかった。ひみかは一瞬唇を噛んだ後、羽織ったマントを大きく払う。
    「右舷、いきますよ」
    「トーラも頼むよ」
     蒼真もまた相棒の名を読んだ。2匹の霊犬が前に出る。
     肌を焼く炎もそのままに一樹は床を強く蹴った。ざわめく花々に刃を向けながら、瞳はその奥を見る。
    「真砂さん、キミはずっと苦しくて、辛かったんだね」
     病に倒れた人を知っている。病床で冷たくなったあの2人も苦しかっただろう。助けにはなれていただろうか。自問するうちに眉間にしわが寄った。
    「そうよ。いつも楽しそうな皆を見てるだけで」
    「だけどさ……キミは大事な友達を、自分と同じように苦しめる気かい?」
    「絶対、後悔しますよ」
     ぽつりと呟いて、心は穂先を名も知らぬ花に向けた。音もなく空気が冷え、広がる葉に霜が降りる。きしむ音はあるいは胸の内から。こんなのが思い通りだなんて、その先にあるものに気づいていない。
     深夜子が眉をつり上げた。
    「だって、和音ちゃんが羨ましがったのよ」
     声に応じて鮮やかな花弁が刃となって吹雪いた。おとなしくしていればいいのに。迷惑かけないで。棘のある言葉に塗り固められた花弁は毒となって前衛に襲いかかる。
    「お互いに人間なんだ。気持ち的に余裕が無いときだってあるさ」
    「嫌なことを言われたのならはっきり嫌だったと言えばいいの」
     彩華の拳が雷を纏い、黒いコートの裾が翻った。沙耶々がツインテールを揺らして腕を振る。熱を奪われた花は変色し、凍った茎が歪む。
     思い届けと灼滅者達は言葉を紡ぎ、武器を振るう。立ちはだかる花に達郎は焼き尽くさんばかりに炎の連撃を叩き込んだ。幾重にも貼りついた氷がきしむ。
     白金の長いマフラーが舞うように跳ねた。鋼糸を張り巡らせて花の攻撃を阻害する。難しいことを考えるのは苦手だ。なら、できることをする。
     耳障りな悲鳴があがる中、深夜子は激しくかぶりを振る。
    「知らない! 和音ちゃんが悪いのよ!」
    「確かに和音の言葉は胸に来るよな」
     防護符を飛ばしながら蒼真が頷く。どこかのんびりした口調に、深夜子が顔を上げた。
    「でも思い出してください。いつもひどい言葉ばかりだったのでしょうか」
    「何度も助けてくれた、キミの一番の味方、だったんだろ」
     自らの吹かせた風に髪をなびかせながらひみかが、風に癒された腕で刃に影を纏わせながら一樹が、言葉を重ねる。
     氷の砕ける音がして、花が一輪床に散った。
     夢を見ているのは和音だけれど、この花を生み出したのは深夜子なのだろう。でも、こんなのじゃ思いは伝わらない。唇を噛んだまま、心は槍を繰り出した。ひねりを加えた穂先に茎が千切れ飛ぶ。あと一輪。
    「でも結局は他の子と同じだった!」
    「つっ」
     漆黒の弾丸が彩華に向かう。近い。腰を落として構えれば、コートの上から肩を打った一撃は想定よりわずかに威力が落ちていて、彼女が揺らいでいることを知らしめた。

    ●友への思い
     ベッドの上で、和音はうめき声を上げた。それは現実においても。
    「今回は偶々タイミングが悪かっただけ」
     歩実は眠る少女の頭を撫で、頬にかかった髪を払ってやる。
    「あなたは深夜子ちゃんの大変さを知ることが出来たんだから、これからもっとお互いに優しく、仲良くなれるはず……だから負けないで」
    「……いっそのこと吐き出してしまえ、全てな」
     様子を窺う眼光の鋭さとは裏腹に、理の口調には優しさがにじむ。
     すれ違いのきっかけを作ったのは和音だ。言葉が必要なのはお互い様。
    「人は何処まで行っても、一人と一人、完璧に分かり合うツールはありません。でも、だからこそ、その諍いを越えて、紡ぎなおされた絆は尊く強いものです」
     だから、帰ってきてください。璃理の瞳が穏やかに細められた。
    「大丈夫、最初の一歩さえ踏み出せれば、きっと上手くいきますよ……。ええ……」
     流希は意識のない灼滅者達を見渡してから和音に目を向け、緩やかに頷いた。
     眠る少女は変わらず青白い顔をしていたが、眦に盛り上がった雫は熱く歩実の指を濡らした。

    「嫌なことを言われたのならはっきり嫌だったと言えばいいの」
     旋律に乗せて語りかける沙耶々。
     ひみかが細い腕を差し出す。
    「何か事情があるのです。和音様だって、心が弱ることもあるでしょう」
    「急にあんなこと言ってきて、事情って何よっ」
    「自分で訊いてみなくちゃって、みんな言ってるんだよ」
     彩香が相棒のマテリアルロッドを握りしめ、花をさらに凍てつかせる。続けて達郎が鋭い蹴りを放った。纏う炎が尾を引いて、昇龍のごとく花を燃やした。
    「お前ら、仲のいい友達なんだろ? だったらこんな風に一方的に傷つける方法じゃなく、真正面から言い合うなりすりゃいいんだよ」
    「絶対に、お互いに相手を思いやる事を忘れちゃ駄目だよ!」
     深夜子との間を塞ぐものは消えた。沙耶々は両手を突き出し、集中させたオーラを解き放つ。外で見守ってくれる2人のぶんも思いを込めて。

    「すれ違ってしまっただけですよ。二人で話し合うことから始めるです」
    「わたしと、サヤナちゃんと夜ちゃんみたいにずっと仲良しのおともだちがいるとしあわせだよ?」
     眠る沙耶々の手を両側から握って、夜とスヴェトラーナは少女の帰りを待っている。

     腕をかざして攻撃に耐えながら、深夜子は小さな呻きを上げた。
    「まぁ、あれだ……言いたい事ははっきり言うといいぞ。お友達同士なんだろ?」
     自分の言葉が他人に届くとは思えない。だからといって思うところがないわけではない。白金は拳を固めながら微かに肩を竦めた。
    「嫌だって言って、なんでって訊いて、私のこと迷惑とか言われちゃうくらいなら、友達なんて……!」
     子供のように首を振る深夜子に蒼真が微笑む。
    「君にだって、和音を大切な友達だと思う心と妬む心、両方あるはずだ。それでいいと思う。自分の中にある、相手を大切だって思う気持ちを忘れなければ」
    「誰だって相手の一面を羨ましいと思うのは当たり前なんだ」
     やたらめったらにまき散らされた黒い弾丸を払い落として達郎が頷く。
     深夜子が目を見開いた。
     羨まないわけがなかった。同い年でいつもそばにいるのに、当たり前に元気で、自分よりたくさんのことができて。優しい友人を妬んだ自分がひどく醜く思えて、押し隠していたのに。
     当たり前なんだと言われて、闇に沈んでいた感情がさざめいた。
    「あ、あ……。違う、ひどいのは和音ちゃんで……だから……」
    「軽く頭を蹴ってあげれば治るかな?」
     呟いて距離を詰めた白金の蹴りは深夜子の手に払われ届かない。
    「キミの中の影に、耳を貸しちゃダメだ」
     一樹がチェーンソー剣を振るった。激しい音に深夜子の言葉が途切れる。側面からの一撃に白い足がたたらを踏んだ。
    「また二人で笑いあうために、その闇を振りほどけ!」
     彩華のエアシューズが炎を纏う。一陣の風を紡いで放たれた蹴りは少女を花色に照らした。
     彩香がフランチェスカを振り下ろす。
    「このままじゃ和音さんが死んじゃうんだよ!?」
    「真砂さんだって、そこまでは望んじゃいないでしょ?」
    「知らないっ。和音ちゃんなんか、このまま……死んじゃえ、ば……?」
     叫びは不意に失速して、震えながら掻き消えた。
     彼女がいなくなったら本当にひとりぼっちだ。心の底から仲良しだと言えた唯一を、どうして死なせようとしているのだろう?
    「……みー、ちゃ……?」
     かすれた声が、白いベッドから届いた。深夜子の顔がくしゃくしゃに歪む。横薙ぎに払った腕から炎が散った。霊犬たちが身を躍らせてその身を盾にする。
    「失ってからじゃ、もう戻らないんです」
     心が振るう槍の名は神話において伝令使の持ち物であった。繰り出す攻撃に、思いはどれほど伝わるだろうか。胸を締め付ける記憶に目の前の少女を重ね、唇を震わせた。
    「あなたは、それでもいいんですか?」
    「でも、もう嫌われてたら、どっちにしても私は……」
     後戻りはできないと囁くのはシャドウの魂か。決してベッドを視界に収めず、深夜子は胸元にハートを浮かべた。声を震わせながらも攻撃の意思を浮かべる瞳に、一樹はクルセイドソードを構えて踏み込んだ。
    「友達なら、正々堂々喧嘩しなよ」
    「痛いだろうけどきっと二人の糧になるはずだからさ」
    「仲直りのきっかけが分からないなら、俺らが手助けしてやるよ」
     闇を切り払うべく、蒼真が影の先端を刃に変え、達郎は双斧卦龍に炎を纏わせる。
    「大丈夫、君は一人じゃない。僕らが、助けるから!」
    「シャドウに飲まれないで。一緒に戻りましょう」
     彩華の月天麗杖が魔力を解き放ち、ひみかの足元から影が腕を伸ばす。響き渡るのは沙耶々の歌声。
    「親友だったんでしょ? だったら、真砂さんも和音さんを普段のお返しに助けてあげなきゃ!」
     避けることを忘れたかのように、灼滅者達の攻撃は深夜子の体を捉えた。髪が空気をはらんで広がり、細い体が傾いでいく。
    「和音ちゃん……私……」
     白い床に膝をついて、深夜子はゆっくりと瞼を閉じた。

    ●代わりなんて
    「おかえりなさい」
     目を開けると同時に安堵の声が周囲からあがった。
     沙耶々は両手のぬくもりに微笑み、白金は自らの掌を見下ろした。それから、周囲に視線を向ける。
     現実世界の和音の部屋。ベッドの中の少女はまだ眠っていたけれど、顔色はずっとよくなっていた。
     そして。
    「和音ちゃんの、部屋……?」
     瞬きする深夜子がいた。ダークネスの魂に抗うことができた。灼滅者として目覚めた少女は視線に気づいてぎこちなく振り向いた。
     彩香がマーガレットの髪飾りを揺らした。
    「よかった」
    「夢じゃ、ない……のよね」
    「まあ、細かいことは後で説明するとしてだ」
     達郎が軽い調子で微笑んで、視線を和音に向けた。蒼真が立ち上がり、ベッドの前を譲る。
    「二人で、一回思ってること全部話してみるといいよ。たまにはそういうガス抜き、しないとだからさ」
     後ろでひみかが祈るように頷く。どうか想いが通じますように。心もまた目を細めた。すれ違いは辛いから。きちんと言葉を交わせますように。
     恐る恐る前に出た深夜子は和音を見下ろし、それから灼滅者達を見まわした。それぞれに頷きを返せば、少女は小さく喉を鳴らした後、ゆっくりと首を縦に振った。
    「その後、今度は僕達に手を貸してほしいな。君みたいに、苦しんで闇に堕ちそうな人たちを救うために……!」
    「私が……?」
     彩華の柔らかな笑みに、深夜子は瞬きして自分の手と和音を見比べた。そうして、彩華を見上げ、灼滅者達に視線を移す。
    「私にそんなことができるのかわからないけど、でも、和音ちゃんとちゃんとお話したら……皆さんの話も、聞かせてください」
    「真砂さんなら大丈夫だよ」
     一樹が目を細めた。
    「ん……」
     微かな声がベッドから聞こえる。深夜子の肩が震えた。灼滅者達は笑みを浮かべたまま口をつぐむ。
     大丈夫。頑張って。
     声には出さないままエールを送って、そっと部屋を出る。廊下に出たところで聞こえた声。
    「「ごめんね」」
     2人同時に謝る言葉に、一同は顔を見合わせて頬を緩めた。

    作者:柚井しい奈 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 5
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