蒼き異形が蘇る

    作者:波多野志郎

     ――ゴロン、とその廃墟へ一つの肉塊が転がりたどり着く。
     かつては、工場として賑わった場所だ。しかし、今では人が訪れる事無く朽ちていくだけ――そこに現われた肉塊は、廃墟の中へと転がり込むと鮮やかな蒼へとその色を変えた。
    『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ――!』
     ミシミシミシ、とその体は蒼い巨躯へと変貌していく。デモノイド――そう呼ばれる異形は、巨大なハンマーをその手に握り締めた。デモノイドはそのハンマーを地面へ叩き付け、荒々しく地を蹴る。そこに、理性はない――ただ、衝動に任せるまま、新たに生まれたデモノイドは夜の闇の中へと消えていった……。


    「と、またスキュラの霊玉関連なんすけどね?」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)はそう厳しい表情で切り出した。今回翠織が察知したのは、スキュラダークネスの存在だ。
    「今は誰も使われていない廃工場で、スキュラダークネスが誕生するっす。知ってる人もいるかもしれないっすけど、肉塊の段階で倒しても霊玉がどこかに飛び去って終わるっす。何で、ダークネス化してから倒さないといけないんすけど……」
     加えて、スキュラダークネスの誕生後しばらくは力も弱いままだが、時間が経つにつれ、「予備の犬士」に相応しい能力を得ることになる。なので、短期決戦で灼滅するしかない。
    「もしも長引けば、闇堕ちでもしない限り勝利はできないっす。なんで、素早く確実に倒してほしいっす」
     スキュラダークネスは、夜に廃工場へと姿を現わす。そこで待ち構えて、戦って欲しい。
    「あ、人払いの必要はないっすけど、光源の準備はきちんとお願いするっす。誕生するスキュラダークネスはデモノイドで、ロケットハンマーのサイキックを使用してくるっす。回復手段は持ち合わせていないっすけど、その分攻撃力も耐久力も高いっすから、要注意っす」
     相手は一体のみだが、実力は高い。油断すれば、返り討ちは必至だ。
    「十五分、それがリミットっす。それ以上は、闇堕ちしなければ倒せない……それを忘れずに挑んで欲しいっす」
     いまはまだ力で八犬士に及ばないとしても、野に放てばどれほどの被害を生み出すことになるか――そんな未来の禍根を残さないためにも、よろしくお願いするっす、と翠織は真剣な表情で締めくくった。


    参加者
    狐雅原・あきら(アポリア・d00502)
    御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919)
    九条・雷(蒼雷・d01046)
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    日輪・かなめ(第三代 水鏡流巫式継承者・d02441)
    海堂・月子(ディープブラッド・d06929)
    エリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)

    ■リプレイ


     夜の廃工場で、日輪・かなめ(第三代 水鏡流巫式継承者・d02441)はため息混じりに呟いた。
    「まだまだ残ってるんですね、スキュラさんが残していったものは……問題が大きくなる前に、きちんと止めないとですね」
    「スキュラダークネスと再び、か……以前との戦いでは一人闇堕ちする人を出しちゃったのよね」
     海堂・月子(ディープブラッド・d06929)の言葉は、決して不吉というだけではない。これから起こる戦いがそれほど厳しいものである、その可能性を秘めている事を再確認させるものだった。
    「スキュラの霊玉ね。これで幾つ目かしら」
    「私が知っているだけで5個目ですね……学園の仲間が他にも灼滅しているはずだけど、数十個とも言われているので、まだまだ転がってそうですね」
     呆れたように言い捨てるエリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)に、律儀に答えたのは御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919)だ。その一つ一つが八犬士級のダークネスを生み出す可能性があるのだ、不発弾どころの話ではない。
    「来ましたね」
     ラピスティリア・ジュエルディライト(夜色少年・d15728)の声に、全員が視線を追った。ゴロリ、と暗闇から無数の光源の元へ姿を現わしたのは巨大な肉塊だ。それは、灼滅者達の目の前で止まった。ミシリ、と軋むと同時、その肉塊が青く染まっていくのを見て、九条・雷(蒼雷・d01046)はタイムウォッチのスイッチを押した。
    「ん、時間合わせオッケー……さて、準備は良いー? ……楽しい喧嘩、始めるよ」
    『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     獣の咆哮のような産声、目の前で姿を異形の巨躯――デモノイドへと変貌した相手へ狐雅原・あきら(アポリア・d00502)が笑って言った。
    「残念デスケド、仕事なんですよネエ。セリフも無しにステージから退場してもらいマスよ、モブキャラサン!」
     デモノイドが、地面を蹴る。その動きにラピスティリアは白いヘッドホンを装着、エリノアがスレイヤーカードを手に唱えた。
    「Twins flower of azure in full glory at night.」
    「慄け咎人、今宵はお前が串刺しよ!」
     灼滅者達が、戦闘体勢を整えていく。華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)は『ヴォーヌ・ロマネ』を起動させた言い放った。
    「徳すら持たないこの敵は、いってしまえばちょっと強力なデモノイド。デモノイド狩りは慣れてます。制限時間内に、叩き潰してしまいましょう――華宮・紅緋、これより灼滅を開始します」
    『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
    「スタート!」
     雷の宣言と同時、デモノイドがその巨大な鎚を力任せにコンクリートの上へと振り下ろし――ドォ! と爆音が、廃工場を揺るがした。


     砂塵が巻き上げられ、ゴォ――と耳をつんざく破壊音が、廃工場の中で反響する。大震撃を叩き込んだデモノイドは、唸り声と共に反射的に視線を上げた。
    「溺れる夜を始めましょう?」
     砂塵の向こうからする艶やかな声、それは畏れをまとう斬撃と共に嫣然と笑みを浮かべた月子のものだ。デモノイドは左腕を跳ね上げるが、その腕に月子の畏れ斬りがめり込んだ。
    「アナタはどんな声で鳴くのかしら?」
    『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
     デモノイドが、力任せに月子を振り払う。それを月子は空中で回転、音もさせずに着地した。
    「そちらに槌があるなら、こちらは鬼神変があるんですよ」
     入れ替わるように踏み込んだのは、紅緋だ。振りかぶった異形の怪腕、それに合わせるようにデモノイドも鎚を引き戻し――両者の渾身が、激突した。
    「ッ!?」
     紅緋の右腕が、衝撃に大きく弾かれる。同時に、デモノイドの鎚を握る右腕も大きく宙を泳いだ。重量の差が、ここで出る。デモノイドはすかさず前蹴りを紅緋へ叩き込む体勢を取るも――人数の差が、ここで出た。
    「水鏡流が発勁の奥義!! 天地神明ッ!」
     デモノイドが蹴り足を跳ね上げた瞬間、一気に間合いを詰めたかなめの双掌打がデモノイドの脇腹を強打する。片足では踏ん張りが効かない、デモノイドの巨体が宙に浮くがデモノイドは鎚を下に叩き付け、器用に着地した。
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
     着地と同時、鎚を薙ぎ払い牽制する。そこへPSYCHIC HURTSを腰溜めに構えたあきらが高らかに笑った。
    「手加減無用、最後の一人になる迄、戦いましょう! ハハハ!」
     引き金を引いた瞬間、ガトリング連射の銃弾がデモノイドを襲う。デモノイドは、鎚を振り回した遠心力を利用して横へ跳ぶが、あきらのPSYCHIC HURTSの銃口はそれを逃さなかった。
    「ボクは何時も通りにしか出来ないんでネ、踊らないと蜂の巣、デスよ」
     ガガガガガガガガガガガガガガガガガンッ! と乱射される銃弾の中、雷が壁を蹴って大きく跳躍。ダンッ、とデモノイドの肩の上へ着地した。
    「はァい、遊びましょ?」
     陽気に笑って、雷はシールドを振り下ろす。殴られながらも、デモノイドは高速で後方へ跳び、雷も肩を足場に反対方向へと跳んだ。
    「逃がしません」
     そこで、天嶺は己の闘気を右手に集中。砲弾へと変えて、デモノイドへと投擲した。紫色の闘気の砲弾はデモノイドの顔面に直撃、ドォンッ! と鈍い爆発音を響かせる。
    「お誕生日おめでとうございます――そして、さようなら」
     ヘッドフォンから流れるハイテンポの音楽に乗って、ラピスティリアはデモノイドの懐へ潜り込んだ。反射的に振り払うデモノイドの左腕、それを掻い潜りBLuE oF HApPInEss.の透き通った深蒼の結晶のようなシールドに包まれた拳で異形の顎を打ち抜く!
    「まだまだよッ!」
     そして、のけぞったデモノイドの胸板へエリノアが螺旋を描く槍を繰り出した。皮膚を貫き、肉を抉り――骨に届く前に、筋肉に穂先が絡め取られる。
    「どれだけよ!?」
     鎚を手放し、振り下ろされた右拳をエリノアは後方へ跳んでかわした。デモノイドの姿形は、変わらない。しかし、明確にその圧力が増した――その確信に、雷は笑い声を上げる。
    「時間経つほど強くなって……素敵……! あははっ、痛いねェ楽しいねェ! ほらほら、もっと遊ぼうよ青モップ! 余所見しちゃやァよ!」
    『グ、ル、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
     その挑発に自ら乗るように、デモノイドは筋肉を軋ませ膨張させながら右腕を振りかぶる。巨大な鎚を蹴りで宙へ跳ね上げ、その右腕で掴むと薙ぎ払う動きと共に灼滅者達へと襲い掛かった。


     廃工場の中で、剣戟が加速する。アップテンポな音楽を聴き続けているラピスティリアには、それが手に取るようにわかる。
    (「単純に、身体能力が上昇している。そういう事ですか」)
     淡いアルカイックスマイルで、ラピスティリアは確信した。その動きには、技術の欠片も存在しない。だというのに、こちらの八人の動きに追いつき、今まさに勝ろうとしている――加速度的に、強くなっているのだ。
    『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
    「はっはっはー! 全力での演奏を見せマスヨ! カッコイイセリフとか技名とか無いデスけどいいデスよネ!? 答えは聞きませんが!」
     ガ、ガガガガガガガガガガッ! とデモノイドとあきらが、鎚と槍で打ち合う。一合、二合、三合、速度で勝るあきらを、デモノイドは腕力で強引に対抗した。その打ち合いへ、月子が死角から割り込んだ。
    「何処を見ているの? アナタの相手はこっちよ」
     半獣化した爪による斬撃――月子の幻狼銀爪撃が、デモノイドの脇腹を切り裂いた。そのわずかな動きの乱れを、あきらは見逃さない。全体重を乗せた螺穿槍を、デモノイドの腹部へと突き立てた。
    『ガ、ア――!』
     それを、デモノイドは強引に横へ動き脇腹を切り裂かれるにとどめる。そこへ、紅緋が赫い弾丸をデモノイドの胸元へと射撃した。
    「今です!」
     のけぞったデモノイドに、紅緋が言う。それに応え、かなめが真上に跳躍。垂直落下の踵落としを叩き込む!
    「いっきますよー! 水鏡流……雨龍鵬ぉぉぉ!!」
     ズン……! と咄嗟に両腕で受け止めたデモノイドの巨体に、かなめのスターゲイザーによる加重がかかった。踏ん張ったデモノイドへ、エリノアが槍を振り下ろして巨大な氷柱を射出した。エリノアの妖冷弾に貫かれ、デモノイドは壁へと叩き付けられる。
    「スキュラの霊玉は、一つ見たらなんとやらでまるでゴキのようね。本当にしつこいわね」
     詰めた息と共に、エリノアが吐き捨てた。デモノイドは、氷柱を抱き砕くとそのまま地面を蹴った。
    「――ッ!?」
     一瞬だ。その巨体が、月子の眼前に現われた。直後、鎚を飲み込んだ右腕が巨大な刃となって月子の胴を薙ぎ払った。意識が、文字通り断ち切られる。それで止まらないデモノイドは、左腕を砲門に変えて――。
    「させません」
     その左腕を、ラピスティリアの跳び蹴りが捉えた。その重圧に、デモノイドは大きく後退した。
    「私が居る限り、仲間は誰一人膝は突かせはしない」
     そして、天嶺はすかさず月子へ防護符を飛ばした。膝を揺らしながら、倒れる事を拒んだ月子は、熱く火照る自身の躰を抱き締めて熱に浮かされたように呟く。
    「ああ……この甘美な衝動に溺れてしまいそう……」
     凌駕しなければ、倒れていた。意識が途切れたあの瞬間が、心に刻み込まれている。後一歩で死に至る境界線――それを確かに爪先で触れた、その実感が月子にはあった。
    「この熱が冷めるまで、昂ぶりが鎮まるまで――壊れるまで責めてあげる」
     妖しいまでに魅惑的な笑みを浮かべ、月子はデモノイドへと挑みかかった。
    (「厳しい、ですね……」)
     天嶺は、呼吸を整えそう素直に認める。時間が増す毎に強くなっていく、そのスキュラダークネスを前に、無傷で勝てるはずもない。回復役で戦線を維持する天嶺だからこそ、正確にこの状況を把握していた。
    「しかし、届かない訳ではありません」
    「ええ、そうですね」
     ラピスティリアも、そううなずく。十五分、その際どい時間に届くか否か――それに、灼滅者達は賭けたのだ。
    「ラスト一分! ありったけをぶち込んでやンな!」
     雷の告げた最後のチャンス――しかし、最初に動いたのはデモノイドだ。デモノイドの前に、紅緋は立ち塞がった。
    「さあ、お互いの最後の意地をぶつけ合いましょう! その腕も槌も全て、鬼神変で打ち砕きます!」
     鎚と鬼の腕、最初の激突の再現――しかし、結果は違うものとなった。コンクリートの足場を砕き踏ん張った紅緋は、そのまま赤い拳でデモノイドの鎚を弾き飛ばしたのだ。
    「たとえまだ何もなしていなくとも、ダークネスとして発生してしまった不運を嘆いてくださいね。それではさようなら」
     そして、そのまま振り抜いた拳が、デモノイドを強打する! それに踏みとどまったデモノイドに、かなめが続いた。
    「必殺 !徹甲爆砕拳ッ! ……なのですッ!」
     ドォ! と重ねて放たれたかなめの鬼神変に、デモノイドの巨体が耐え切れずに宙に浮いた。かなめの動きは、それで止まらない。再行動すると、空中のデモノイドへ神気の全てを両の拳に集中させ――連打連打連打!
    「あーたたたた……ほぁた!! 絶招「驟雨」なのですッ!!」
     デモノイドの巨体が、吹き飛ばされる。デモノイドは、そのまま転がっていた鎚を引っ掴むが、そこへ月子と雷が同時に駆け込んだ。
    「刻んであげるわ、アナタに私という畏れをね」
    「釣りはいらない、持っていきなよ!」
     月子のDarkness Fearが閃き、雷の赤い靴による前蹴りがデモノイドを切り刻み、地面へと押し潰す。ミシリ、と立ち上がろうとしたデモノイドへ、ラピスティリアが上から舞い降りてスターゲイザーで押し潰した。
    「そこで、大人しくしてもらいましょうか? 最後まで」
     ラピスティリアはいっそ優しく囁き、横へ跳ぶ。その動きを見極め、天嶺はかざしていた右手を強く握り締めた。直後、ゴォ! と渦巻く風の刃が、デモノイドを飲み込む!
    「お願いします」
    「任せなさい!」
    「はっはっはー! ショウダウンだヨ!」
     エリノアが、あきらが、同時に駆ける。繰り出される二本の槍――エリノアとあきらの螺穿槍が、デモノイドの胸を刺し貫いた。
    『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
     デモノイドが吼え、あきらに手を伸ばす。あきらの喉元を巨大な手が掴んだ瞬間、ゴリ、とPSYCHIC HURTSがデモノイドの額に押し付けられた。
    「残念だケド、ボクには倒れるなんて出来ないんだ……生憎、仲間を見捨てられないタチなんでネ!」
     再行動――あきらのガトリング連射が、デモノイドの頭を文字通り吹き飛ばす。デモノイドの巨体が、糸の切れた人形のようにゆっくりと崩れ落ちた。
     そして、二度と立ち上がらない――十五分の死闘が、幕を閉じた瞬間だった……。


    「成敗ッ……なのです!!」
     無駄にキメ顔の仁王立ちした後、ふと思い出したようにかなめは呟く。
    「それにしても結構久しぶりのスキュラダークネスさんでしたけど、何かの前触れなんでしょうか? ……それともただの偶然?」
     その答えは、誰にもわからない。ただ、戦い抜いたその安堵と疲労に襲われたのだけは確かだ。
    「何もないみたいだね、帰るとしようか?」
     周囲を簡単に探索し終え、雷はそう仲間達へと告げた。それに異を唱える者は、誰も居ない。灼滅者達は、一つの死闘を勝利で終え、自らの足で帰還するのであった……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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