ノーリード主義

    作者:森下映

     うちの子はペットじゃなくて家族。
     リードをつけられて嬉しい犬なんていない。
     だいたいうちの子は人を襲ったりしないし、呼べばちゃんと戻ってくる。
     信頼関係があればリードなんて。
     以上が飼い犬の散歩中、『ノーリード』を貫く彼の言い分だ。
     しかしその日、彼は自分の主義を後悔することになる。
    「リリ?」
     大通りの歩道。飼い主の数メートル先を歩いていた犬の姿不意に見えなくなった。何か気になるものでもあったのか、路地に入ってしまったようだ。
     名前を呼びながら、飼い主が路地を覗きこむ。すると、
    「!」
     血の匂い。そして数メートル先には、無残な姿で地面に倒れている愛犬の姿。
     ――グルルルルルル……。
     夕闇の中、路地の奥から唸り声が聞こえたと思った瞬間、彼の身体も愛犬同様、ズタズタに引き裂かれた。

    「……といっても今回のケースでは、リードをしていたとしても危なかったかもしれないけどね……」
     予知の内容を説明し終えた須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が、最後にそうつけ加えた。
    「野良犬や野良猫があちこちで眷属化していることは、みんなの耳にも入ってるかな? 今回の敵は眷属化した野良犬8匹だよ」
     言いながらまりんは、現場付近の地図を広げる。
    「飼い主はリードをつけない主義。まず路地に入ってしまった飼い犬が襲われ、次に追ってきた飼い主が襲われてしまう」
     8匹全てを灼滅できる介入のタイミングは、路地に入った飼い犬が眷属に襲われる直前より後。その前に介入すると、眷属たちは逃げてしまう。
     また路地をはさんで飼い主とは反対側で待機し、飼い犬が路地に入ったすぐ後に入れば、襲ってくるクラッシャーの2体から飼い犬を守ることも可能。飼い犬はテリア系で、小学校低学年でも抱き上げられる大きさだ。
     飼い主はこのままなら、介入後でも路地に入ってきてしまうだろう。依頼の成否に飼い主と飼い犬の被害は関わらないけれど、できれば助けてやってほしいとのこと。
    「時刻は夕方5時。大通りは人の行き来も多いから、路地内での灼滅がいいと思う」
     路地は行き止まりで、長さは30メートル。幅は3人並ぶと余裕があり、4人だとお互い気を使いながら歩くことになる、というくらい。街灯があるので明るさの心配はない。 
    「街中でのノーリードにはいろいろな意見があると思うけど、どっちにしてもワンちゃんは自分では決められないんだよね……」
     まりんはたたんだ地図を灼滅者たちに渡し、
    「とにかく、このままにしておくわけにはいかないよね。みんなならやってくれるって信じてるよ。よろしくね!」


    参加者
    笠井・匡(白豹・d01472)
    シオン・ハークレー(光芒・d01975)
    西海・夕陽(日沈む先・d02589)
    熊谷・翔也(星に寄り添う炎片翼・d16435)
    カリル・サイプレス(京都貴船のご当地少年・d17918)
    雨時雨・煌理(南京ダイヤリスト・d25041)
    九形・皆無(僧侶系高校生・d25213)
    饗庭・樹斉(沈黙の黄雪晃・d28385)

    ■リプレイ


    「ノーリード主義ねぇ……」
     怒るの通り越して呆れるよね、と笠井・匡(白豹・d01472)が呟く。
     時刻は5時少し前。灼滅者たちは路地の手前で待機していた。
    「正直言って……飼い犬はちゃんとリード付けて欲しいものですね。何かあっては遅いですから」
     と言ったのは、九形・皆無(僧侶系高校生・d25213)。すぐに路地へ飛び込めるよう、先頭にいる。
    「そんな事して、何かあった時に一番不幸になるのは犬なのにね。自由に歩き回らせるのが愛情とか、馬鹿な飼い主って本当、迷惑だよねぇ」
     動物好きで、ペット関連のバイトをしていた経験もある匡。リードは犬を縛るものではなく犬を守るためのものと考えているのだ。
     その後ろから、飼い主と犬が来る方向を覗きこんでいる饗庭・樹斉(沈黙の黄雪晃・d28385)も、
    「やっぱりリードはないと駄目だと思うよ! だって危ない時に止められないしねー」
     と、同意する。
    「ノーリード主義かー……うん、確かに犬は悪くない、犬は。でもこういう飼い主ってダークネス以上に話聞いてくれなさそうだな」
     西海・夕陽(日沈む先・d02589)はうんうんと首を縦にふりながら、
    「うん、でも犬に罪はないし。眷属はどうにかしないとな」
     そんな皆の話を黙ってきいている雨時雨・煌理(南京ダイヤリスト・d25041)。彼女も好きな動物を殺さなくてはならないことに気が進まない上、自分の主義を優先させる飼い主にはいろいろと思うところがある。
    (「自由にさせておきたいという気持ちはわからないでもないが……まあ、本人に言うとしよう」)
    「それにしても、なぜ野性の動物さんばかり眷属にされてるのでしょう?」
     皆無とともに先頭で待つ、カリル・サイプレス(京都貴船のご当地少年・d17918)が言った。足元には霊犬のヴァレンがいる。
    「むずかしいことはわかりませんが、ペットさんは大丈夫? みたいなのです」
    「野良犬眷属化……強化一般人の犬版みたいなものなのかな? さすがに自然になるとは思えないけども……」
     樹斉は首をひねる。
    「何が目的で、何者が野良犬たちを利用したのかは知らないが……許せないな」
     熊谷・翔也(星に寄り添う炎片翼・d16435)が言った。
    「動物の眷属化……イフリートが動き出したことも考えられる、か」
     翔也は、最近イフリートの動きが少なかったことから、眷属化との関連もありえるのではないか、と推測している。
    「イフリートの可能性も考えられますが……ソロモンの悪魔とかもありそうですね。いや、新たなダークネスの可能性も?」
     皆無も原因については、あれこれ思案しているようだ。
    「なぞは深まるばかりなのです……」
     カリルが言う。首を傾げた主人を、ヴァレルが気づかうように見上げた。
    「誰がこんなひどいことしているかはまだ分からないけど、許せないよね」
     シオン・ハークレー(光芒・d01975)はぐっと拳を握りしめ、
    「悲しい結末になっちゃわないように、がんばらないとなの」
    「ですね! まずは事件をふせぐ所からでしょうか!」
     頷くカリル。皆無も、
    「そうですね。まぁ調べるのは後回しで、まずはやるべき事に集中しましょうか」
    「うん。どっちにしても灼滅しなきゃ、駄目だよね」
    「後味は悪いだろうが……被害を抑えるためだ」
     樹斉と翔也も覚悟を決めている。
     と、その時。
    「……あれだな」
     前方へ、すっと煌理が指を差した。その先には、走ってくる犬と飼い主。
    「さて……では『解錠』だ」
     煌理がスレイヤーカードを解放し、ビハインドを出現させる。他の灼滅者たちも突入に備えた。


     たったったっ、と飼い犬のリリが、軽快な足音を立てて走ってくる。リリが路地に入ったすぐ後、皆無とカリルが真っ先に飛び込んだ。飼い主の路地への侵入を防ぐため、入り口付近に残った夕陽以外は、皆それに続く。
     灼滅者たちが目にしたのは、威嚇の声をあげ、チワワほどの大きさの2匹がリリに襲いかかる姿。
    「させません!」
    「通さないのです!」
     皆無とカリルがリリの前に立ちはだかり、激しい牙の攻撃を受け止めた。その隙に匡が、リリを素早く抱き上げる。
    「頼む!」
    「はいっ」
     樹斉が匡からリリを受け取り、さらに後方にいるシオンへ渡した。夕陽はシオンと交代するように、前線へ走り込む。
    「クラッシャーの本分っ猪突猛進舐めるなよっ! チワワ、トイプー程度で止められると思うなっ!」
     そして、異形巨大化させた片腕を振り上げると、
    「一の太刀……もといっ、一の拳っ!! いざ参るっ!」
     すさまじい力で、向かってきた小型犬を殴りつけた。
    「怖い顔して、ワンコたち。君らに恨みはないし、捨てられちゃって野犬になっちゃったのかもで可哀想だけど、」
     夕陽の腕が持ち上げられた隙間へ、匡が滑り込む。
    「君たちに人間を殺させるわけにはいかないんだ。ごめんね?」
     匡の鋼鉄の拳が、鬼神変の衝撃を振り払い立ち上がろうとした小型犬を撃ち抜いた。腹から裂けた犬の身体は、塵となって消滅する。
    「リリ……うわああっ!!」
     回転する皆無の『鬼角天槍』が、2匹の超小型犬とさらに後ろからとびかかってきた小型犬をまとめて吹き飛ばしたのと同時。路地の入り口に辿りついた飼い主は、異様な光景に叫び声をあげた。
     飼い主の足がすくむ。そこへ割り込んだ煌理のビハインド『祠神威・鉤爪』が、飼い主に向かって放たれた石化の呪いを代わりに受けた。
     シオンは呆然としている飼い主にリリを渡し、しっかり抱いたことを確かめると、
    「リリちゃんを大切に思ってるなら、常に手の届く範囲でちゃんと守ってあげないといけないんじゃないかな。もしかしたら車とか自転車にひかれちゃうかもしれない、怖い野良犬に噛まれちゃうかもしれない。こっちから危険を与える心配がなくても、向こうから危険がやってくることはあるよ」
     ほら、とばかりにシオンは、唸り声とともに突進してきた犬を、指輪から魔法弾を放って押しとどめる。
    「飼い主というのは飼い犬の安全守ってこそだよ! そうじゃないと無責任!」
     カリルの合図を受けて、突破を狙う中型犬の2匹へ向かい牽制のコールドファイアを放ちながら、樹斉も言う。
     さらに翔也が、『神殺しの剣−Misteltein−』の一部を構成する光を爆発させ、自分たちに野良犬たちの注意をひきつけた上で、攻撃の威力を封じた。ジャマーの翔也がバッドステータスを多く付与することで、キュアへ誘導して手数をとらせるのが狙いだ。
    「ここは社会だ。主義と違ってはいても、時には準ずることも必要なのではないか?」
     煌理がそう言うが早いか、彼女の群青色の鉤爪に並ぶ錠前の鍵が、上から順に外れていく。祭壇が展開され、前衛の4匹を霊的に阻む結界が構築された。
    「とにかくここは危ないから、その子連れて早く逃げて!」
    「早く行け!」
     樹斉が促し、煌理が怒鳴る。パニックテレパスが使用され、飼い主が走りだしたところで、夕陽が殺界形成を、皆無はサウンドシャッターを発動した。
     これだけの状況を目にすれば、さすがに今後リードなしでリリを散歩させることはなくなるだろう。飼い主が路地にさしかかる前に足止めをする選択もあったかもしれないが、結果として灼滅者たちはリリと飼い主を救い、かつ飼い主に自分本位な主義を考え直させることにも成功したといえる。
     不意に路地内が、野良犬たちの吐き出した毒の息で満たされた。厭わず、オーラを纏わせた拳をカリルが小型犬に連続で叩き込み、戦略通り、先にディフェンダーを消滅させる。樹斉の天使の歌声と煌理がセイクリッドソードから吹かせた浄化の風、ヴァレンの浄霊眼が次々に毒気を払った。
     戦闘が進むにつれ、路地裏に乱れ飛ぶ野良犬たちの咆哮は激しさを増していく――。
     

     地面を蹴り、体当たりを狙った超小型犬の身体が、瞬く間にシオンの黒い影で縛られる。攻撃の相殺に成功したシオンはすかさず詠唱圧縮された魔法の矢を飛ばし、その1匹を灼滅した。
    「行かせません!」
     路地から飛び出ようとした1匹にはカリルが飛び掛かる。叩きつけたマテリアルロッドから魔力を流し込まれ、続けてヴァレンが斬魔刀で深々と断った犬の身体は、一呼吸後、ドンという音とともに消し飛んだ。
     刹那、路地の深部から後衛へ伸びてきた影の斬撃を皆無が受け止め、鮮血が僧衣を染める。皆無は煌理の発したあたたかな癒しの光を浴びながら駆け、手刀に風の刃を纏わせつつ、たった今斬撃を放ってきた中型犬の懐へと飛び込んだ。
    (「……そこですか」)
     僧衣の裾が翻る。皆無が瞬時に見出した急所を正確に切り裂くと、中型犬はがくんと地面に前脚を折った。
    「まだ倒れないかっ! なら最後の一押しっ! 燃えろっ無敵斬艦刀っ!」
     身体から炎を噴き出させた炎を、夕陽が手にした刀へ宿す。それを見た翔也は『黄金の指輪−Nibelungen−』から黄金色のオーラの如き魔法弾を放ち、中型犬の動きを拘束した。
    「焔刃顕現っ一刀両断! いっけーーっ!!」
     夕陽が炎を叩きつける。路地内に響き渡る程の断末魔。中型犬はみるみるうちに燃え尽きた。が、夕陽が体勢を戻す前に、接近していた大型犬がその腕に噛みつく。
    「……かなり痛いっ! けど、まだ痛くないっ! 俺を仕留めるにはまだ火力が不足だっ」
     顔をしかめながらも耐える夕陽。そこへ合図を兼ね、尻尾を揺らした樹斉の歌声が舞い降りた。腕の傷が癒やされるとともに、夕陽の表情も戻る。
     連携に勝る灼滅者たちの攻撃。敵は残り3匹となっていた。
     飛びかかってきた中型犬の前に立ちふさがったカリルの身体が、鋭い牙で喰い裂かれる。続けて襲ってきた大型犬の攻撃は鉤爪がかばい、カリルから牙を離した中型犬へは、匡のマテリアルロッドが振り下ろされた。さらにその後ろ、翔也が放った光の刃が大型犬へ向かう。
     突如鎖が外れる音。追って、舞い踊る光がカリルに届く。皆無の『封神縛鎖縛霊手』の指先から撃ちだされた霊力だった。回復したカリルがひらり身体を返した瞬間、匡の注ぎ込んだ魔力により中型犬が爆発。大型犬は翔也の光の刃に真っ二つに断ち切られ、消滅した。
     残り1匹。確実な灼滅を狙い、樹斉が惑いの歌を歌い上げる。ダメージを振り払おうと、一声吠える大型犬。その隙にナイフのように細く尖ったエアシューズを走らせ、煌理が炎を纏った蹴りを放った。跳ねるように大型犬の身体が宙へ飛ぶ。そこへ鉤爪が霊撃を射ち、着地した煌理と鉤爪の姿が艶めかしい絵画のように遠近で重なった。
     大型犬の身体を着地点で待ち構える、匡の拳と翔也の剣。匡の拳が叩き込まれるたびにオーラが眩しく散り、苦しみの声が響く。
     大型犬が匡の連打に身体を捩らせたところを、炎を与えられた翔也の『神殺しの剣−Misteltein−』に真っ向から切りつけた。大型犬はより一層激しく燃え上がりながら、ダン、と地面に落下する。
     動くことが叶わなくなった大型犬の背に、シオンがそっとマテリアルロッドを触れた。そして、
    「気炎万丈っ! 踏まれて潰れて燃え尽きろっ!」
     言葉通り、夕陽の燃えるエアシューズが大型犬を真上から踏みつぶす。
     次いで爆音。シオンの注ぎ込んだ魔力が一気に解放され、燃え盛る炎の中、大型犬の姿は揺らめきながら消えていった。


    「眷属化の痕跡は……やはり残ってないですね……」
     戦場となった路地裏を皆で掃除中、念の為あたりを見渡していた皆無が言った。
    「死体、消えちゃったね……残っていればちゃんと埋葬してあげたかったんだけど」
     地面を眺めながら樹斉も言う。
    「俺も死体が残っていれば調べるつもりだったのだが……」
     後味の悪い事件。あるいは何者かが、こうしたいがゆえに野良犬を眷属化したのだろうかと、翔也は考えを巡らせる。
    「まったく……何故こうも眷属どもが……。出どころは早めに潰させてもらわなければな……」
     気分が悪そうな煌理。動物を殺すのはもう真っ平だと言わんばかりだ。シオン、夕陽、カリルも散らかったものを片付けながら、野良犬がどうして眷属化しなければならなかったのか、それぞれに思いを抱く。
    「これで元通りなの」
     綺麗になった路地裏を見て、シオンが言った。と、行き止まりの壁の前に、匡が進み出る。
    「なんで眷属なんかになっちゃったのか分かんないけど、」
     匡は、持参した犬用のお菓子を取り出した。
    「次に生まれてくる時は、最後まで面倒見てくれる人に飼ってもらえるといいねぇ」
     膝を折り、匡が骨形のお菓子を供える。路地裏にたたずむ灼滅者たちの背中を、大通りを走る自動車のヘッドライトが通り過ぎた。

    作者:森下映 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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