野獣と化して、命を喰らう

    作者:波多野志郎

     爆発音が、トンネル内に響き渡った。
     パチパチ、と赤い炎が爆ぜ、小さい爆発を繰り返す。それは、転倒したバイクのガソリンに引火し、爆発を起こしたからだ。揺れる炎の赤の中で繰り返される爆発を、それ等はただ眺めていた。
    『…………』
     それは、野犬の群れだ。数にして、十体。様々な犬種の大型犬達は、炎を恐れる事もなく、眺め続ける――バイクと走行中に自分達が噛み殺した人間、その両方が燃え尽きていくのを……。

    「……妙な事に、なってるみたいっす」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は、そうため息混じりにこぼした。
     翠織が察知したのは、野良犬が眷属化する事件だ。
    「その理由は不明っすけどね? 山に住み着いた野犬の群れが眷属化して人を襲うんすよ」
     その山は、人里にほど近い。眷属化した野犬の群れの多くは、人間が飼い犬を捨てた事で野生化したものばかりだ。とはいえ、野犬である内は人を襲う事もなくすんでいたのだが――。
    「眷属化した野犬の群れは、峠道のトンネルを根城にして人を襲うっす。厄介なのは、その数っすね。十体、どれも解体ナイフのサイキックを使用して来るっす」
     挑むのであれば、夜に挑んで欲しい。トンネルには明かりがある、光源を用意する必要はない。ただ、万が一を考えてESPによる人払いをしてほしい。
    「トンネルに行けば、勝手に襲ってくるんで接触するのは簡単っす。一体一体の実力はさほどではないっすけど、数が数っす。油断すれば、痛い目を見るっすよ」
     翠織はそこまで言うと、一呼吸。重いため息とともに、こぼした。
    「何で野犬がいるのか? そのそもそもを考えると、なんっすけどね。それでも、犠牲者を出す訳にはいかないっす。せめて、犠牲が出る前に終わらせてやってほしいっす」


    参加者
    敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073)
    栄・弥々子(砂漠のメリーゴーランド・d04767)
    小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)
    土岐・佐那子(夜鴉・d13371)
    巳越・愛華(ピンクブーケ・d15290)
    セレスティ・クリスフィード(闇を祓う白き刃・d17444)
    可罰・恣欠(リシャッフル・d25421)
    ユーヴェンス・アインワルツ(優しき風の騎士・d30278)

    ■リプレイ


     トンネルを吹き抜けていく風の音が、がなるように聞こえる。
    「よくある眷属依頼……にしちゃ随分きな臭い感じだが」
     渋い表情の敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073)の言葉に、栄・弥々子(砂漠のメリーゴーランド・d04767)も口を開いた。
    「眷属化した野犬さん……ここだけじゃなくて他でも確認されてるって、聞いたの。何か事件、なのかな……? ううん、まずは目の前のこと、何とかしないと、だね」
    「あぁ、ともかく、まずはこれから起こる被害を防がないとな」
     弥々子の言葉に、同意するように雷歌も答える。野良犬や野良猫の眷属化――それは、既に学園でもいくつかの報告例のある事件だ。
    「最近は多いですねェ……はぐれ眷属の出自なぞ、気に留める方が稀でございますガ……この度は特別といったところですかねェ……」
     可罰・恣欠(リシャッフル・d25421)は、しみじみとそうこぼす。巳越・愛華(ピンクブーケ・d15290)も珍しく憂いの表情で言った。
    「つまりは害獣駆除かぁ……必要なことなのはわかるけど。でも、ワンちゃんを捨てたのは人間なんだよね……」
     眷属化以前の、もっと根本的な問題――それが、人間にあるのではないか? その苦さが、愛華の胸中にはある。
    「いろいろと気になる点はありますが、やるべきことは決まってますので。まずはそれを終わらせましょうか」
     小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)が、笑みを浮かべてそう言った。土岐・佐那子(夜鴉・d13371)も静かにうなずき、肯定した。
    「ペット達も運命を弄ばれたかわいそうな被害者達。今すぐ開放してやらねば」
     灼滅者達は、意を決してトンネルへと踏み入る。カツン、と期せずして響く足音。電灯こそあれど、薄暗闇に包まれたトンネルを、慎重に進んで行った。
    「あら?」
     ふと、セレスティ・クリスフィード(闇を祓う白き刃・d17444)が足を止める。視界の隅を影が駆け抜けた、そんな気がしたからだ。
    「どうしたの……?」
    「あ、いえ、今――」
     弥々子の問いかけに、セレスティが答えようとしたその時だ。トンネルの電灯と電灯の間、もっとも影の濃い場所に身を潜めていた野犬達が襲い掛かってきた。
    「させねェよ!!」
     ユーヴェンス・アインワルツ(優しき風の騎士・d30278)はストームブリンガをすかさず薙ぎ払う。その剣風に、野犬の群れは警戒し何体かが襲い掛かる前に左右に散った。
    「イヤハヤ、危ういところでしたネ?」
    「あ、あの頭……?」
     余裕綽々で頭を野犬に噛み付かれていた恣欠に、セレスティはおそるおそる問いかける。オヤ? と、さも今気付いたような表情で恣欠は、野犬を引き剥がした。
    「問題ありませン、こんな事もあろうかと事前に頭蓋骨を仕込んでおきましたのデ」
    「あ、そうだったんですか? なら、安心ですね」
    「いやいや、頭蓋骨は最初からあるもんだからね?」
     人の言う事を素直に信じるタイプのセレスティが胸を撫で下ろすのに、我慢できずに愛華がツッコミを入れる。そこに場違いに流れた空気に笑みをこぼし、優雨は告げた。
    「では、始めましょうか?」
     恣欠が意図したものかどうかはわからないが、肩の力は抜けた。十体の大型犬の群れを前に、ユーヴェンスが大剣の切っ先を突きつけ言い放つ。
    「かかってこいよ、犬っころ共」


     その瞬間、野犬達が散った。その動きは、俊敏だ。殺意を持つ大型犬に囲まれる、その迫力に弥々子は息を飲む。
    (「大型犬さんと戦うの、ちょっと怖い……んだけど。他のもっと怖い敵さんと戦うのよりは、きっと大丈夫、大丈夫……」)
     自分にそう言い聞かせ、弥々子もまた地面を蹴った。まず、優雨が朧月で輝くその右手を掲げ――冷気の嵐を吹き荒れさせる!
    「眷属が人に捨てられた犬だったとしても、それは他の眷属を殺すのとなんら変わりはないことです」
     ためらいなく灼滅しましょう、そう優雨が仲間達へ、そして自身に言い聞かせるように囁いた。それにうなずき、セレスティもそこへフリージングデスを重ねる。
    「戦闘に手心を加えるわけには参りません、犠牲を出す訳にはいかないのですから」
     ビキビキビキ……! と凍てつきながら野犬達は、駆け抜けた。そこに込められた明確な殺意を真正面から受け止め、ユーヴェンスは言い捨てる。
    「野犬か……飼い主に捨てられた、哀れな奴らだ。人間を恨んでるか? 当然だろうな、ならここでブチ撒けちまえ。怒りも悲しみも、全部相手してやろうじゃねェか」
     迎え撃つように、受け止めるように、ユーヴェンスはダンッ! と強く踏み込んだ。そして、片手で操る大剣を嵐の如く振り抜いた。
    「ただし全力で来ねェと、届く前に千切れ飛ぶぜ」
     斬られた野犬が、踏ん張る。しかし、そのまま耐え切れずに地面を転がった。
    「失礼、少々足癖が悪いものでしテ」
     恣欠の足元、死角から伸びた影が踏ん張ろうとした野犬の足を切ったのだ。そのまま地面を転がった野犬へ、佐那子が異形の怪腕を振り下ろした。
    『ギャン!!』
     悲鳴を上げながら、野犬は佐那子の喉笛に食いつこうとする。しかし、佐那子は動こうとはしなかった。
    「八枷!」
     佐那子の影から音もなく姿を現わしたビハインドの八枷が、その巨大な鎌を振り上げる。ザンッ! と腹部を斬られ薙ぎ払われた野犬が、トンネルの壁へと叩き付けられ――そこへ、弥々子の鬼神変が繰り出された。
    「後……九」
     その拳から伝わる感触を心に刻み込みながら、弥々子は拳を引く。野犬の群れが唐突に仲間を失った事で一瞬、その動きを止めた。そして、バチン! と雷歌は震電を展開、髪の毛と同じ炎色の火花を煌めかせる。
    「オヤジ、行くぜ」
     雷歌の言葉に、ビハインドの紫電は一つうなずきを返し刀を引き抜いた。富嶽の柄から切っ先までを紅蓮の炎に包んだ雷歌がレーヴァテインの斬撃を振り下ろし、紫電は包帯を取り去り己の顔をさらした。上段からの斬撃に切り裂かれた野犬がアスファルトの上を転がるのに、愛華が破邪の白光を放つクルセイドソードの斬撃を振り下ろした。
    「浅い、か……!」
    『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     四体の野犬が、遠吠えを反響させる。ゴォ! と四つの毒の竜巻が、灼滅者達を飲み込んだ。
    「来ます!」
     優雨の声に、愛華が身構える。ヴェノムゲイルの中へ自ら飛び込んだ五体の野犬の牙――愛華はその内の一体を振り払うが、腕へと牙を突き立てられてしまった。
    「数が多いと、面倒だ――聖剣よ、風で毒を散らせ!」
     ユーヴェンスが薙ぎ払うストームブリンガが吹かせた風が、ヴェノムゲイルを解くように掻き消していく。愛華は大きく息を吸い込み、決意と共に言い放った。
    「一気に攻めようっ! こっちのペースに持ち込むんだっ!」
    「同感です」
     うなずき、佐那子も駆ける。迷いを捨て、苦しませず一撃で葬り去るように――だが、早く終わって欲しい戦いであることには変わらないのだ。
     灼滅者達は、野犬達を想うからこそ、全力で攻撃を加えて行った。


     優雨はAranrhodで加速する。銀の車輪が火花を散らし速度を上げるのを、野犬達は追いすがった。
    「ここ――ッ」
     ジャッ! と優雨はトンネルの壁を足場に跳躍した。野犬達は急停止、そこへ優雨は解体ナイフを突き出しゴォ! とヴェノムゲイルで飲み込んだ。優雨が着地した瞬間、横へ回り込んで難を逃れた野犬が襲い掛かる。
     だが、そこへ愛華が駆け込み鬼神変の巨大化した拳で群れの方へと吹き飛ばした。
    「早く倒れてよ……!」
     懇願のような愛華の言葉を無視するように、野犬は立ち上がる。そこへ、恣欠の背後から七つに分裂した殺人鹿リチャード・チェイス君が突っ込んだ。
    「犬と鹿、仲良く喧嘩するぐらいがちょうどよいのでしょうガ……」
     そうもいかないのですネ、と恣欠は肩をすくめる。散ろうとする野犬、そこへ弥々子が駆け込んだ。弥々子のチェーンソー剣による斬撃が切り裂くと、大きく体勢を崩した野犬を雷歌は富嶽を大上段から振り下ろして両断した。
    「これで、後六……」
    「おう」
     弥々子のカウントに、雷歌は短く答える。
    (「どうにも、やるせねえな。そもそも野犬にさえならなきゃこいつらもこんな目に合わなかったのに……捨てていくような飼い主がいるってのも、情けなくて悲しい話だ」)
     がしがし、と頭を掻きながら、雷歌はそう思わずにはいられない。犬種もバラバラ、野生に存在するはずのない犬ばかりだ。捨てられさえしなければ、この犬達も眷属になどならなくてすんだのか? だとすれば、この犬達が人を襲う眷属となってしまった、本当の理由は――。
     雷歌は、振り返る。それよりも早く、襲い掛かろうとしていた野犬を紫電と八枷の二つの霊障波が吹き飛ばした。
    「助かった」
    「いえ、お互い様です」
     応じ、佐那子は清浄な闘気をその両の拳に宿して吹き飛ばされた野犬を殴打していく。それに、野犬は耐え切れずに崩れ落ちた。
    「残り、五……これで半分、もう少し」
     弥々子の言葉にうなずき、ユーヴェンスは右手をかざす。そして、一体の野犬をその神薙刃で切り刻んだ。
    「……すまねェな」
     謝ってすむ問題ではない、そうわかっていながらユーヴェンスはそう呟いていた。死に物狂いで襲い掛かってくる野犬、それにセレスティはクルセイドソードを掲げてセイクリッドウインドを吹かせた。
    「……頑張りましょう」
     セレスティは、そう呟く。自分よりも、仲間が心を痛めている、その事の方がセレスティには辛かった。
     ――灼滅者達と眷属達の戦いは、灼滅者達が優位に進めていた。
     一般人であったならば、脅威であっただろう。しかし、戦う決意を決めて準備を整えた灼滅者達ならば、十分に対処可能な戦力だった。ただ、闇雲に襲ってくる野犬の群れを、一体、一体と着実に倒していけば、戦況は明白に灼滅者達へと傾いて行った。
    「回復はいいです、攻撃を」
    「はい」
     見極めた優雨の指示に、セレスティは素直に従う。手を合わせ、祈りを捧げる――そして、セイクリッドクロスの輝ける十字架を降臨させた。無数の光条が野犬を貫く中、愛華のオーラキャノンが一体の野犬を撃ち砕く!
    「次っ!」
    「もう一息、です……!」
     弥々子と優雨が、すかさず左右から駆け込み、一体の野犬へと燃え盛る蹴りを叩き込む。炎に包まれながらよろけた野犬を、雷歌は震電を集中させた拳の連打で叩き伏せた。バチバチバチ! と赤い火花が花園のように暗闇を彩る、その中に野犬は沈んでいく。
    「ゆっくり、休みな」
     雷歌の呟きと同時、残った最後の野犬へと真っ向から迫る紫電の刀による斬撃と佐那子の影から駆けた八枷の大鎌による振り下ろしが放たれた。それでもなお駆ける野犬の前へ、恣欠の霧を集中させたオーラキャノンが投擲された。
    「逃がしませんとモ」
     砲弾を受けて、野犬がアスファルトの上を転がる。だが、野犬は立ち上がった。殺気に満ちた野犬へと佐那子とユーヴェンスは、同時に踏み込む!
    「今、開放してあげましょう」
     佐那子の呟きと共に放たれた鬼神変による打撃と、ユーヴェンスの聖なる風をまとわせた剣で一閃が野犬を襲った。塵も残さずに掻き消えていく野犬に、ユーヴェンスは囁く。
    「……その風に乗って行きな。きっと天まで届くだろうぜ」
     ヒュオ、とトンネルを一陣の風が吹き抜けていく――それは、体の芯まで冷たく、しかし、どこか優しさのある風だった……。


    「はてさて、因果は何カ……誰ぞの思惑カ……はたまた飛び火しただけカ……」
     恣欠は、呟く。そのいずれかか、あるいはどれでもないのか? それを知る術は、どこにもない。
    「野良犬を眷属化することによって何らかの目的を達成しようとしているのか、野良犬を眷属化することが目的なのか……どちらなのでしょうね?」
     優雨もまた、問いを口にせずにはいられなかった。捨てられた犬に善意で手を差し伸べた結果が、野良犬を眷属にすることなのかもしれない。それは野良犬の命を救うということと考えるならば善行なのだろうが――全ては、眷属化している何者かの意思がどこにあるか、それ次第だ。
    「終わった後に供養くらいはしてあげましょう……」
     そのセレスティの提案に、意を唱える者はいなかった。トンネルの外に作られた、中身のない墓。それを見ながら、愛華はため息をこぼした。
    (「この先に戦う相手も憎むべき敵とは限らないんだね」)
     愛華も優雨も、戦いながら野犬をよく観察していた。その上での答えが、「何の共通点も見い出せなかった」それだけだった。だとすれば、ただ偶然に選ばれて眷属化させられたのだろう――あまりにも、あまりにも後味の悪い答えだった。
     それでも、と愛華は決意する。それでも戦い抜かなくてはいけないのだ、と確かな覚悟を、その胸に刻んだ。
    (「お前達にも、こう見えてたのか?」)
     犬変身した雷歌は、胸中でそうこぼす。あまりにも大きく寒々しい、居場所のない場所から雷歌は駆け出した……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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