餓えた狂犬

    作者:天木一

     休日の大きな公園で、家族連れや子供たちが賑やかに遊んでいた。
    「お兄ちゃんそろそろ帰ろうよぉ」
    「まだ大丈夫だろ、日が落ちるのが早いだけで、時間はそんなに遅くないじゃん」
     少し日が落ち始めると、公園からは少しずつ人が帰り始めていた。そんな中、愛犬の散歩に来て遊んでいた少女が、隣の少年の腕を引っぱっていた。
    「もー暗くなる前に帰ってこいっておかーさんが言ってたのに」
     少女がいうことを聞かぬ兄に頬を膨らませる。
    「ワンワンワン!」
     突然、少女の持つリードに繋がれた子供のゴールデン・レトリバーが吠え始める。
    「どうしたのメルちゃん?」
     犬はリードを引っ張り少女を公園の外へ連れ出そうとする。
    「おいおい、なんだってんだよ」
     少年は犬を抱きかかえる。すると犬は必死にもがいて吠えた。
    「ガォォォッ!」
     その時だった。公園の周辺から獣の咆哮が響き渡る。
     すると夕空に照らされ、長く伸びた幾つもの影が公園を駆け抜ける。
    「ガウガゥッ!」
    「ワォン!」
     それは野良犬の群れだった。痩せ細り、全く手入れのされていない毛並の犬が視界に映る。涎を垂らし、目を爛々と輝かせた犬達は公園の人々に襲い掛かった。
    「きゃーーーー!」
    「ひっこっちにくるな!」
     子供を押し倒し喉を噛み千切る。大人は足に噛み付き、バランスを崩したところへ何体もの犬が四肢を喰いちぎって動けなくすると、腹に牙を突き立てた。
    「お兄ちゃん……」
    「逃げよう!」
     兄妹も逃げようとする。だがその前には一際大きな犬が待ち構えていた。
    「バォォォッ」
     セントバーナードの特徴がある雑種。薄汚れた巨体で狂犬は兄妹に遅い掛かる。
    「ギャンッ」
     立ち向かおうとした愛犬は踏み潰され、綺麗な毛並が真っ赤に染まる。狂犬は勢いのまま兄妹を押し倒すと、鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。
    「ブバッ」
     鼻息荒く、獣はその牙を柔らかな肌に突き刺した。子供の悲鳴。その声が聞こえなくなると、後には咀嚼の音だけが響いた。
     
    「やあ、集まったね」
     教室で能登・誠一郎(高校生エクスブレイン・dn0103)が灼滅者に声をかける。
    「今回の事件だけど、どうも野良犬が眷属と化して人を襲うようなんだ」
     獣の群れと化して、獰猛に人々に襲い掛かる。
    「どうして眷属になるのか理由は分からないんだけど、放っておくと一般人の被害が出てしまうんだ。だからまずはこれに対処してもらいたいんだ」
     理由は分からずとも、犠牲が出るならば放ってはおけない。
    「詳細はわたしから説明しよう」
     貴堂・イルマ(中学生殺人鬼・dn0093)が話を続ける。
    「敵が現れるのは公園だ。休日ということもあって多くの人がいる。敵はこの人々を狙っているようだ」
     人を狙っているのなら、敵が現れる前に公園から人払いをしてしまうと、敵が現れなくなる可能性もあるだろう。
    「眷属はボス格の大きな犬が1体、その配下の犬達が10体いる。そして散開して公園を包囲して襲いかかってくるようだ」
     犠牲者も公園内の各地で出てしまう。
    「敵の個体は強くない、ボス以外は1対1でも十分に勝てる相手だ」
     上手く敵を迎撃し、犠牲者を一人でも減らしたい。
    「今回はわたしも同行させてもらう。元は捨てられた哀れな犬達なのだろうが、人々を襲うのならば倒さねばならない。戦う以上は全力で挑むつもりだ。よろしく頼む」
     そう言って真剣な表情でイルマは頭を下げる。
    「野良犬達の境遇は可哀想だとは思うけど、眷属と化した以上救いようがないんだ。みんなの力で救える人々を助けてあげて欲しい。お願いするよ」
     誠一郎の言葉に頷き、灼滅者達は教室を後にした。


    参加者
    加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)
    橘・芽生(焔心龍・d01871)
    夕永・緋織(風晶琳・d02007)
    逢瀬・奏夢(番狗の檻・d05485)
    吉沢・昴(ダブルフェイス・d09361)
    鬼神楽・神羅(鬼祀りて鬼討つ・d14965)
    千重歩・真斗(寝ぼけ吸血鬼・d29468)
    ルーセント・アメリア(心身乖離・d30922)

    ■リプレイ

    ●公園
     休日の長閑な公園の広場に簡易のテントが設営される。そこに居たのは少年少女達。そんな様子を近くに居た子供達は不思議そうに見ていた。
    「突然の動物達の眷属化か……。何処のダークネスの仕業かは知らないが、捨てられた犬達を利用し一般人を傷付けるなど許せない! 絶対に止めてみせるぞ!」
    「わんこ達はもう救えないけど、襲われる人を救う事はできるわ。頑張りましょう」
     音が公園の外に漏れぬよう結界を張った加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)が、気合の入った掛け声を上げる。自分達に出来るだけの事をしようと、ルーセント・アメリア(心身乖離・d30922)も頷き、灼滅者達は一般人を保護しに公園中に散る。
    「みなさん集まってくださーい!」
     テントの近くでは橘・芽生(焔心龍・d01871)が人を惹き付けるフェロモンを放ちながら声をかける。するとその声に気付いた人は花に群がる蝶のように近くへと寄って来た。
    「……人間は彼らの生を弄んでいい、なんて、無いのにね……」
     犬達とて好き好んでこんな真似をしているのではないと、不遇な運命を想い、夕永・緋織(風晶琳・d02007)は悲しげに呟く。
    「生き物を飼うというのは最後まで面倒を見る覚悟が必要だ。それが無いならば飼うべきではない……」
     隣で貴堂・イルマ(中学生殺人鬼・dn0093)も帽子を深く被り顔を伏せ、餓えた犬達を倒さねばならぬ事に悲哀を感じていた。
    「それでも、人を殺させる訳にはいかないわね……」
    「ああ、その通りだ」
     2人が頷いた時、空に箒に乗った人影が現われる。それは手伝いに参加していた陽太だった。
    「あっちだ!」
     指差す方向へ一般人が居ると聞き、頷き合うと駆け出した。
    「犬を捨てる奴も許せないが、それを利用する奴はもっと許せんな」
     表情は変えずとも、その声に憤りを含ませる逢瀬・奏夢(番狗の檻・d05485)に、霊犬のキノが心配そうに頭を足に摺り寄せる。
    「ああ、分かってる。救ってやろう」
     その頭を撫で、奏夢は周囲を見渡して見つけた一般人に近づいていった。
    「付近に野犬の群れが出て危険な為、済みませんが一度公園内のテントに集ってくれますか」
     一般人を見つけた吉沢・昴(ダブルフェイス・d09361)が声をかける。
    「野犬?」
     赤ん坊を抱き上げる母親が心配そうに返事をする。
    「そうです。一時的にあっちへ避難してください。そこなら安全ですから」
    「分かったわ、向こうに行けばいいのね?」
     昴の真剣な声に従い、母親はテントの張ってある場所へと移動する。
    「ここは危険ゆえ、拙者についてこい!」
     遊びふける子供達を威圧し、鬼神楽・神羅(鬼祀りて鬼討つ・d14965)が指示を飛ばす。ビクッと怯えた子供達は言われるがままその後に付き従う。
    「拾った猫に避妊手術して半野良で飼ってる身としては、辛い話だぜ」
     動物を飼うというのは責任を持つことだと、昴は苦虫を潰したのように顔をしかめる。そして今は成すべき事を成すだけだと、気持ちを切り替えて人々に避難するよう呼びまわる。
    「ボランティア活動中なんですけど、今公園に野犬が出ていて危ないんだ。だから一度安全の為に集まって欲しいんだよ」
     千重歩・真斗(寝ぼけ吸血鬼・d29468)は優しく犬を連れた兄妹に話しかける。
    「お兄ちゃん……」
    「大丈夫だって、俺とメルが守ってやるよ!」
     不安そうにする妹に、兄がリードに繋がれたゴールデン・レトリバーを見ながら元気付けると、犬もワンと返事するように咆えた。
    「じゃあこっちだよ」
     真斗に案内され2人と1匹は公園の中心部へと向かう。すると兄妹が到着する頃には、もうテントに人が集まっていた。
    「これで全員集まったかな?」
     蝶胡蘭は集まった人々を数えて見逃しがないか確認する。9名と母親に抱かれた赤ん坊が2人がテントの前に揃っていた。
    「よっと、到着だよ!」
     殊亜がライドキャリバーに乗せた子供を降ろすと、無邪気にテントへと走っていく。
    「この子で最後じゃないかな?」
     手伝いに参加した者達も居たお陰で、敵の襲撃よりも早く集まる事ができた。
    「わたしはメイで、一文字違いですね♪ お手とか、できるでしょうか? お手ー?」
    「うん! うちのメイはかしこいんだよ」
     敵が来るまでに混乱が起きないよう、子供の緊張を解こうと芽生は犬に手を出すと、行儀良くお手をしてきた。

    ●野犬
    「ガォォォッ!」
     ちょうどその時だった。公園の外側から取り囲むように獣の咆哮が上がる。
    「犬の鳴き声?」
     その声に人々に不安が伝染していく。
    「少しの間眠っていてくださいね」
     緋織が穏やかな風を起こすと、脅える人々が眠りに就いた。
    「人払いをするわ」
     ルーセントが公園にこれ以上人が入って来ないよう、周囲に殺気を放つ。そして9人と更に手伝いに来ていた7人の灼滅者が眠った人々をテントに運び込むと、テントを護るように円陣を組む。
    「グルルルゥッ」
     足音が近づいてくる。すると茂みを突っ切って数匹の犬が現われた。
    「ハッハッ」
     犬達は痩せ細り薄汚い。近づくだけでも獣臭さが漂う。既に臭いでこちらに気付いていたのか、迷いなく突っ込んでくる。
    「来たな……恨みはないが、ここで止めるぜ」
     昴は唯斬る為だけの無骨な太刀を抜き打つ。遥か間合いの外。だが刃から放たれた剣圧が先頭の犬を吹き飛ばす。
    「ワンッワンッワンッ」
     だがそれを追い越すように次々と野犬が迫る。
    「人間の都合で捨てられて、今度はダークネスに利用されようとしてる……」
     動物好きの真斗は悲しそうにこれから倒さねばならぬ犬達を見る。
    「この犬達も被害者みたいなものだけど、だからって人の犠牲者を出すわけにはいかないよね」
     決意を固めて槍を構える。迫る牙を槍の柄で受け止める。だがその左右からも犬は迫る。そこでくるりと槍を回転させて犬達を薙ぎ払った。
    「キャンキャンッ」
     他の犬達はその槍の射程から逃れるように灼滅者を包囲し、一斉に襲い掛かってくる。
    「ここは通さん」
     テントを背後に護り、奏夢は腕に装着した縛霊手を展開する。すると結界が張られ巻き込まれた数匹の犬の足が止まる。
    「数が多かろうと、来るとわかっていれば迎撃のしようは有る!」
     そこへ神羅が槍を振るう。すると風の刃が奔り犬を断ち切った。しかし犬達は怯む事無く、骸を乗り越えるように跳躍し、狂気に包まれた瞳で牙を剥く。だらりと涎を垂らしながら喰らいつく。その口に蝶胡蘭は剣を差し込んだ。
    「狂うほど飢えているのか……だが、子供達を傷付ける事は許さない!」
     剣を振るい口を裂く。その間に他の犬達がその身に喰らいついてきた。だがその牙は深くは突き刺さらない。体から発するオーラを鎧の如く身に纏っていたのだ。
    「子供は噛み殺せても、私には効かないぞ!」
     蝶胡蘭は振り払うように犬達を左の拳で打ち払う。そこへ横から柔らかそうな首筋に向かって跳躍する犬。だがその前に、腕が突き出される。
    「竜因子解放」
     芽生はカードを解放し、朱金の炎を纏う。背中から炎の翼を伸ばし、腕には手甲が現われる。犬はその手甲に喰らいつく。だが牙は通らずに弾き返された。
    「人を襲うなら、倒すしかない……です」
     炎の竜の如き姿で芽生は敵陣に突撃し、手甲についた斧刃で犬達を薙ぎ払う。
    「ワォォォンッ」
    「その境遇には同情しよう。だが人を襲うというのであれば、容赦はしない!」
     イルマは剣を構え、犬を迎え撃つ。遅い来る牙を刃で防ぎ押し返すと、返す刃で斬りつける。
    「ワンワンッ!」
     ぐるりと回りこみ背後を取ろうとする犬に、ルーセントが立ち塞がる。
    「こちらはお任せですわ」
     ルーセントはその身を異形化させて前に出る。まるでプロレスラーのように覆面を被り、鍛え抜かれた肉体が隆起する。エネルギーの盾を構え、突進してくる敵を打ち据えた。鼻から血を噴出しながら地面を転がる犬。
    「首輪をしている犬もいるのね……」
     どれほど付けられたまま放置されたのか、野ざらしにされぼろぼろになった首輪をしている犬を見て、緋織は眉をひそめる。そして用意していた犬用ジャーキーを投げる。すると犬が飛びついた。夢中で咀嚼する犬に向け、緋織は弓を引く。
    「飢えたまま逝くのは寂しいわよね、せめてそれを食べて逝きなさい」
     一陣の風が吹き抜け、犬は倒れた。その屍を超えて次の犬が襲い来る。
    「こっちが相手だ!」
    「一曲披露するわ」
     それを蝶胡蘭がビームを放って迎撃すると、ルーセントもギターを鳴らして追い討ちを掛ける。
    「ワォーーン!」
    「オォォォンッ!」
     犬達は何度追い払われようと諦めずに、その体が動かなくなるまで迫る。飢餓からくる鬼気迫るその表情に、力では勝っていても灼滅者に冷や汗を流せさせる。
    「こっちです」
     犬の注意をテントから離そうと、敵の前へ飛び込んだ芽生は炎を撒き散らしながら犬を蹴散らす。だがしぶとくもう一度駆け寄る犬に、緋織も矢を射る。
    「せめて苦しい時間を少しでも短くしてあげたい……」
     飢えて苦しみ、傷ついて苦しむ。そんな地獄から早く解放してやろうと、緋織は次の矢を構える。
    「しぶといな、ならばまずは足を止めるか」
     動き回る犬の足を止めようと奏夢は結界を張り、キノが遠距離から六文銭で射撃する。さらに昴が駆け抜け、擦れ違い様に犬を斬りつけていく。
    「次っ!」
     次々と向かって来る犬に、神羅は巨大な腕に装着した杭を地面に撃ち込んで足を止める。
    「コロ、そっちは任せたよ」
     そこへ飛び込んだ真斗が槍を振り回して薙ぎ倒し、その背後を護るようにコロが刀で斬りつける。
    「何度来ても同じ事だ!」
     続いてイルマも剣を振るって犬を斬り払っていく。

    ●餓えた獣
    「バォォォッ」
     大きく響く咆哮が公園に響く。雑種の犬を数匹仕留めた時、一際大きな体の犬が茂みから現われた。セントバーナードに似た体躯。だがそれよりも一際大きい。そしてその瞳は暗く濁っていた。
    「バォッバォッ」
     淀んだ瞳で灼滅者、そしてその後ろのテントを見ると、鼻をひくつかせ、牙を剥く。地を蹴り一気に加速する速度は他の犬とは比較にならぬ速度。だがそれを予期していたように蝶胡蘭がテントへの道を閉ざすように立つ。
    「来たな! 私が相手だ!」
     押し倒そうと飛び掛かる体を右手で受け流し、その腹に左の拳を突き刺す。
    「ブォッ」
     苦しそうに息を吐きながらも、セントバーナードは蝶胡蘭の体を蹴り飛ばして後ろに着地した。そして助走をつけてもう一度襲い掛かろうとしたところへ、ルーセントが横から盾を叩きつけた。
    「私の相手もしてもらうわよ?」
     ルーセントと蝶胡蘭が互いをカバーしてセントバーナードの行く手を防ぐ。
    「ワォン!」
     ボスのセントバーナードが来た事で活気づく犬達が一斉に襲い掛かる。
    「悪いが、ここにお前達の餌は無い」
     迫る犬に、奏夢はロングブーツで蹴り上げる。空中に持ち上がった犬へ、キノが飛び掛かり口に咥えた刃で斬りつけた。
     昴は牙を突き立てようと跳躍する犬を躱し、相手が着地するよりも速くその背後から斬り捨てる。
    「キャンッ」
     更に後ろから襲い来る犬の口に腕を突っ込む。籠手を付けた腕は牙を折りそのまま殴りつけて吹き飛ばした。
    「誰一人死なせません!」
    「簡単に抜かせはせぬよ」
     その混戦の中、テントを狙う犬を芽生が爪で引き裂き、反対側では神羅がテントに爪を突き立てた犬にオーラの塊を撃ち込んだ。
    「どれだけ攻めてこようと、護り通してみせる!」
     剣を振るうイルマは、犬の足を斬り動きを鈍らせていく。
     テントで眠っている人を直接護る、手伝いの灼滅者達も決して近づかせないと武器を構える。
    「同情はせん……だが、すぐに解放してやる」
     レティシアはビハインドのレギオンと共に犬を押し返す。
    「邪魔だ」
     そこへ飛び込んだ理が拳を打ち込む。そこへ続けて手伝いに来ている仲間達が援護攻撃を行なっていく。
    「拙者が絶対守るでござる!」
     赤いスカーフで口元を隠したニンジャ装束のハリーも跳び回るように敵を霍乱させる。
    「魔砲少女マジカルサターン参上ですよ☆」
     璃理はオーラを撃ち込んで敵を吹き飛ばした。
    「効率よく狩猟と捕食を行っているだけなのに……被害者が人であるというだけでこんなにも嫌な気持ちになるのですね」
     向かって来る犬を蹴り飛ばし、絶奈は複雑な表情で呟く。
    「……私もエゴイストということでしょうか」
     それでも体は冷静に再び向かって来る敵に対処していた。
    「治療は任せてね」
     瞳に金を帯びた緋織が風を巻き起こす。その清らかな風は傷付いた仲間の傷を癒していく。
    「ワンワンッ!」
     真斗に圧し掛かろうとする犬に、霊犬のコロが横から六文銭を撃ち込んだ。バランスを崩し落下した犬に真斗は銃口を押し当てた。その瞬間、犬と視線が合う。
    「ごめんね……」
     僅かな躊躇の後、もう助ける術はないのだと自分に言い聞かせ、引き金を引いた。
     それが雑種の最後の一匹だった。残るはセントバーナードのみ。
    「バォゥッ」
     セントバーナードは蝶胡蘭の右腕に喰らいつく。牙が肉を貫き血が滴り流れた。
    「頑丈な歯だな。だが食べられる訳にはいかないな!」
     肉が噛み切られるようりも速く、蝶胡蘭は左指を犬の目に突き入れる。
    「ブォンッ」
     悲鳴のように声を漏らし牙が緩んだところで、口をこじ開けて腕を抜く。
    「人を食べるわんこは見逃せないわ」
     ルーセントはギターをかき鳴らす。すると音波が衝撃となって着地した犬を吹き飛ばした。
    「バゥッ」
    「人を襲う以上、放ってはおけません」
     起き上がり駆けてくる犬に、芽生も同じく突進する。飛び掛かる犬の爪を斧刃で斬り払う。そして勢いのまま手甲をぶつけて叩き落した。
    「犬さん達が悪いわけじゃない……だけど、私達には護るべき者があるから……!」
     悲しそうに呟く緋織の足元から伸びる影が鳥の形となって飛び上がり、その翼が刃のように犬の体を切り裂く。
    「悪いのはお前達を捨てた人々なのかもしれない。それでも、弱き者が襲われるならば、わたしはその身を護る刃となろう」
     口を引き締め、イルマの影が獣となって犬と取っ組み合う。犬が影を撥ね飛ばす。だが同時に影の尾が伸びて犬の体を貫いていた。
    「その飢えを終わらせてやる」
     正面から奏夢が剣を振り下ろす。同時に横から駆け寄ったキノが刃を当て、犬に十字の傷が刻まれる。
    「バゥ!」
     傷を負い咆えた犬が血走らせた目で灼滅者を睨む。そして唸り襲い掛かる。
    「バゥゥォオッ!」
     それを無言で迎え撃つ昴。すっと正眼に刀を構える。すると地面に映る刀の影が伸び、犬の足元から影の刃が足を斬りつける。
    「ブォ」
     足を取られ顔から地面に突っ込んだところへ神羅が
    「お主で最後だ、退散願おうか!」
     真斗は風の刃を放つ。犬は身を捩ると前足で食らい左の足が千切れ飛ぶ。
    「これで仕舞いだ!」
     更に、魔法の矢を撃ち込んでその背中に突き刺す。
    「バォォオ!」
     瀕死の傷を負いながら、それでも犬はその牙を突き立てようと後ろ足で跳ぶ。そこには刀を鞘に納めた昴が待ち構えていた。抜き打つ刃は無音。
    「終わりだ」
     刃は横一閃に犬の体を通り抜け、真っ二つに両断していた。

    ●墓
     灼滅者達は手の付いていない公園の外れに大きな穴を掘る。そしてそこに犬達を埋葬した。
     そして人々を起こし危機は去ったと説明して解散する。
    「野犬は元飼い犬だったらしいのもし共に生きる動物さんが居たらどうか大事にしてあげて」
     犬を連れた兄妹に、緋織は優しく声をかける。
    「うん!」
    「わかったよ、任せといて!」
    「ワン!」
     2人と一匹は元気に返事をし、走って公園から立ち去る。
     それを見送ると、犬の墓に戻ってそれぞれが祈りを捧げる。
    「これでいいかな……せめて安らかに眠れよ」
     蝶胡蘭は穴を埋めて手を合わせる。悲惨な生涯を送った犬達に対するせめてもの弔いだった。
    「……人を襲わなければ……眷属でも戦わずに、すんだでしょうか……?」
     手を合わせていた芽生が、どうしようも無かったのかと悲しそうに呟く。
    「この不可解な眷属化の原因が分からねば、また次があるのかもしれんな」
     利用されたであろう犬達に同情し、神羅は元凶を叩かねばならぬと墓を見下ろした。
     しゃがみこんだ真斗は黙し、傍に寄り添うコロを撫でる。その姿はどこか悲しげで、顔を見せぬようにコロを見たまま俯いていた。
    「ごめんなさい。天国ではお腹一杯食べてね」
    「わんこ達が穏やかに眠れるといいわね」
     ビーフジャーキーを供え、緋織は冥福を祈る。ルーセントもその隣で黙祷した。
    「ペットは家族の一員だ。捨てるなどという事が何故できるのだろうな……」
     寂しそうにイルマは空を見上げた。
    「さ、飯食って帰ろうぜ」
     立ち上がった昴は明るい声を作って皆を見る。
    「ああ、死んでしまった犬達の分も食ってやろう」
     奏夢は頷き、それが弔いになると歩き出す。
     血のように真っ赤だった夕日は沈み、外は暗く夜の闇に包まれようとしていた。
     近くの家からは子供達の声と、明るい犬の鳴き声が響く。子供達の帰る家にはペットと共に暮らす温かな家庭が待っている。家族として暮らす犬に飢えて苦しむ未来は来ないだろう。
     大切なものは護れたのだと、灼滅者達は少しだけ心を軽くし、その場を立ち去った。

    作者:天木一 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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