焔の学園祭

    作者:ライ麦

     一週間前、陽菜が死んだ。銀色の髪を、綺麗と褒めてくれた彼女が。火事による焼死だった。学園祭はもうすぐなのに、そこで劇のヒロイン役を演じることをすごく楽しみにしていたのに。どれほど無念だったかと、彼女の気持ちを想像するだにひどく胸が痛む。炎にに焼かれて熱かっただろう、痛かっただろう。
     それなのに、とちらと体育館のステージを見る。ステージの上では劇の準備が着々と進んでいた。ヒロイン役の陽菜が死んでも、代役を立てて劇は行うらしい。ヒロインの相手役も、引き続き頼むとお願いされた。ふざけるなと言いたい。ヒロイン役は、陽菜以外ふさわしくない。彼女がどれほどこの役をやりたがっていたかも知らないくせに。毎日遅くまで残って練習して、役が勝ち取れた時には本当に喜んで、私達でこの劇成功させようね、なんて笑顔で言ってくれて……そんな彼女の想いを無視するなんて許せない……許せない! 彼女がいない劇なんて……。

    「イラナイ」

     いつしか握りしめていた拳は炎と化して。燃える片腕を、ステージへと叩きつける。
     地獄の業火に焼かれ、陽菜の苦しみを思い知るがいい――。

    「一般人が闇堕ちしてイフリートになる事件が、起きようとしています……」
     桜田・美葉(小学生エクスブレイン・dn0148)がおずおずと告げる。通常ならば、闇堕ちするとすぐさまダークネスとしての意識を持ち人間の意識はかき消えるのだが、今回はまだ人としての意識を残しているらしい。
    「もし、灼滅者の素質を持つのであれば闇堕ちから救い出してください。完全なダークネスになってしまうようであれば、その前に灼滅を……お願いします」
     そう言って頭を下げた後、詳しい説明に入った。
    「闇堕ちしかけているのは、日野・入夜(ひの・いりや)さん。高校生の、演劇部の方です。入夜さんには、同じ演劇部で恋人の栗谷陽菜さんがいらっしゃったのですが、その陽菜さんは一週間前に火事で亡くなってしまって……」
     尤も、その火事自体は単なる火の不始末が原因で起きた事故であり、ダークネスとはなんの関係もないのだが。
    「……陽菜さんは、今度学園祭で上演される演劇部の劇で、ヒロイン役を務めることになっていたそうなんです。そして、入夜さんはその相手役、つまり主役を演じることになっていた、のですが……」
     しかし、陽菜は学園祭を前に死んでしまった。ひどく落ち込んだ入夜に追い討ちをかけたのは、ヒロイン役には陽菜のライバルだった部員を立てて、劇は予定通り行うという知らせ。
    「陽菜さんは生前、この劇でヒロインを演じるのをとても楽しみにしていたそうです。そんな陽菜さんの想いが無視されたように感じて……」
     その怒りで闇堕ち、したらしい。
     尤も、他の演劇部員にも言い分はある。陽菜が亡くなったからこそ、彼女が楽しみにしていた劇を予定通り上演することで彼女への追悼にしようと、そういう想いからやるのだ、と。
    「陽菜さんが、楽しみにしていた劇だから自分がいなくなっても予定通りやって欲しいと思っているのか。それとも、自分がヒロイン役をやれないならやって欲しくないと思っているのか……亡くなった方の気持ちは、分かりません。ですが、どちらにしても闇堕ちした方を放っておくわけにはいきません。入夜さんのことを、よろしくお願いします」
     美葉はそう言うと、再び帽子を押さえて深く頭を下げた。
    「入夜さんは今、学園祭の準備中の体育館にいます」
     闇堕ちし、炎を纏った入夜は劇の準備が進むステージに上がり、辺り一面を火の海に染めるのだ。
    「入夜さんが闇堕ちした直後……ステージに上がる前に突入することができます。学園祭が近いと言うこともあって、体育館には準備のために大勢の人が集まっていますが……入夜さんは先祖譲りの銀髪をしていますし、何より片腕に炎を纏っているので、すぐに分かるかと」
     尤も大勢居る一般人達は一刻も早く避難させた方が良いかもしれない。なお、入夜自身は闇堕ちしたこともあり、ステージや部員達を燃やし尽くして劇を中止させることしか頭にないようだ。邪魔されればこちらを敵と見なして襲い掛かってくるだろう。
    「救出するにしろ、灼滅するにしろ、どちらにしても一回は戦って倒す必要があります。その際入夜さんが用いるのはファイアブラッドの皆さんと同じサイキック、それからサイキックソードに似たサイキックも使ってくるようですね」
     堕ちかけとはいえその力量は侮れるものではない。だが、その人間の心に呼びかける事で、戦闘力を下げる事ができる。
    「説得の内容はお任せします。どうか、思い思いの言葉をかけてあげてください」
     ちなみに、学校にはその学校指定の制服を着ていれば特に問題なく入れるらしい。中高一貫の学校だから、多少の年齢差はごまかせるだろう。
    「制服はこちらで用意しますので」
     と言いながら美葉が出してきたのは、なぜか女子用の制服ばかりだった。
    「あれ? 男子用は……」
     という疑問に、ああ、と答える。
    「言い忘れてましたが、そこの学校、女子校なんです」


    参加者
    蓮咲・煉(ルイユの林檎・d04035)
    暁吉・イングリット(緑色の眼をした怪物・d05083)
    七生・有貞(アキリ・d06554)
    榛葉・智百合(無垢な白百合・d13762)
    キング・ミゼリア(ロイヤルソウルはうろたえない・d14144)
    狩生・光臣(天樂ヴァリゼ・d17309)
    御舘田・亞羽(舞小花・d22664)
    祀乃咲・緋月(夜闇を斬り咲く緋の月・d25835)

    ■リプレイ

    ●開幕
     学園祭を間近に控えた学校は、活気に溢れていた。きっと誰も、もうすぐ体育館が火の海になるなど想像もしていないだろう。知るのは予知を聞いた灼滅者だけ。それを止めるために、一人の少女を救うために。彼らはその学校へ乗り込んだ。
    「どう、似合うかしらー?」
     三つ編みお下げを揺らし、キング・ミゼリア(ロイヤルソウルはうろたえない・d14144)はウキウキとスカートの裾を摘む。濃紺のセーラーワンピースに白いライン、白いタイ。可愛らしい制服に彼も上機嫌だ。対照的に少し不安げなのが暁吉・イングリット(緑色の眼をした怪物・d05083)。女装は任務上やるべき事と捉えているし、特別嫌というわけでもない。女性的な外見にも多少自覚はある、けど。
    (「バレてない、よな…?」)
     と周囲を気にしながら歩く。少し長めのスカート、下ろした髪。ロングソックスを履き、所作にも気を配るその姿は清楚な女学生そのもの、なのだが。
    「大丈夫。暁吉ならバレないよ」
     同クラブの蓮咲・煉(ルイユの林檎・d04035)も太鼓判を押す。彼女も指定の制服着用だ。彼女のように制服で潜入する者が多かったが、別の手段で乗り込む者もいた。狩生・光臣(天樂ヴァリゼ・d17309)もそうだ。資材を搬入する業者のバイトを装い、プラチナチケットで関係者と誤認させる。
    「業者さん、こっちです」
     と制服を着た御舘田・亞羽(舞小花・d22664)が準備中の生徒を装って手引きしてくれたこともあり、それほど怪しまれずに済んだようだ。周辺地理と避難経路を確認しつつ、現場へと向かう。
     一方、別に裏門から侵入したのは七生・有貞(アキリ・d06554)。可愛くもないし、かっこつけたいから普通に私服で。尤も、年頃の男子として、「女子校」という響きには興奮と緊張を覚えてもいる。が、それを悟られたくはなく。ギクシャクしながら敷地に立つ。と通りがかった女子と目が合った。不審げな目を向けられ、有貞は咄嗟にプラチナチケット発動。
    「演劇部の姉に忘れ物を届けに来たから見逃してくれ!」
     と情に訴える。信じてくれたかは分からないが有貞は小学生だ、たぶん誰かの弟か何かだろうぐらいには思ってくれたらしく、そのまま去っていく。ほっと胸を撫で下ろし、仲間達に合流した。
    「さぁ、行きましょう」
     制服の上に防寒用のストールを羽織った榛葉・智百合(無垢な白百合・d13762)が、体育館を見つめる。大切な女性がいる女性として、入夜に対する想いは強い。対して、有貞はよく分からない様子。
    (「女子校で恋人……ってどういうことだよ……」)
     別におかしいことではないのだが、彼にはまだ百合の概念がよく理解できないらしい。完全には分からなくとも、
    (「性別を越えて尚育まれる想い。それは、とても強い想いだったんだろうな……」)
     と光臣は入夜の気持ちに思いを馳せた。亞羽も思う。
    (「まだ高校生の身空で大切な方を亡くしたのやさかい、心を御し切れへんのは仕方あらへんのやろね……理解は及ばないやろが、せめて止めてあげられるよう尽力いたします」)
     と。人の本当の気持ちというのは分からない。
    (「アナタの気持ちは解る」とは言わない。当事者以外は「解ったつもり」にしかなれないから」)
     そう、キングが考えるように。それでも。
    「ハッピーエンドには届かなくても。少なくとも救いのある結末にはしてみせるわ」
     真っ直ぐにエンディングを見据え、足を踏み出す。
    「……必ず、救います」
     自らが闇堕ちした過去を思い返しつつ、祀乃咲・緋月(夜闇を斬り咲く緋の月・d25835)も紅き瞳で現場を見据えた。メインの出入り口は開いており、そこから明かりが漏れている。その中に灼滅者達は踏み込んだ。ざわめく体育館の中でも、入夜の銀色の髪、そして燃え盛る腕はすぐに分かる。しかし、まだ気づかずに作業をしている者も多いようだ。すかさず亞羽がサウンドシャッターを展開させ、緋月がパニックテレパスを発動させる。途端に館内は恐慌状態に陥った。
    「ステージから離れて、体育館から出て行きなさい!」
     緋月の一声で、生徒達は一斉に出入り口に向かう。ビハインドの黎月が守るように立ち、煉は逃走しやすいよう、全ての出入り口を開け放つ。
    「出入り口を目指して!」
     彼女の割り込みヴォイスが、騒ぎの中でも確実に声を届ける。
    「ここは任せて、体育館から離れろ!」
     有貞もプラチナチケットを使いながら呼びかけ、
    「こっちです、早くっ」
     智百合も穏当に誘導していく。いざとなればラブフェロモンも使おうと考えていたが、使わなくてもなんとかなりそうだ。有貞と同じくプラチナチケット使用で「早く逃げてくれ」と声掛けしつつも、光臣は入夜を見る。
    「……どうか、僕の手よ震えるな」
     彼女を、彼女の大切な人を引き戻す為に――。カードを開放し、殲術道具を身に纏う。イングリットも避難経路側に立ち庇いながら、胸の前で右拳を左の掌に合わせた。
     避難誘導が順調に進んでいることを確認し、キングは入夜に迫る。
    「さぁ、行くわよっ!」
     合図と同時に殺界形成を発動し、シールドで殴りつけた。

    ●戦い
     攻撃された入夜はきっとキングを睨む。
    「邪魔、するな!」
     叫びと共に炎を叩きつけてきた。堕ちかけでも侮れないその攻撃を、キングは避けることなく受け止める。
    (「向こうが気持ちをぶつけてくるなら、アタシも想いをぶつけるまで全て受け止めるわ」)
     そう、決心していたから。一方、有貞はデッドブラスターを放ちながら首を傾げる。
    「正直色々よくわからん……けど、とりあえず演劇部の奴らあんま関係なくね? 不幸な事故だと思うんだが、あんたの中ではどうなってんの」
    「うるさいっ!」
     入夜は吼えた。まだ聞く耳は持ってくれないようだ。役柄はヒーロー(主役)だけど、感情的な行動はいかにも女子だなと思う。
    「……大切な人なくして混乱するのは当たり前。だから、その頭冷やすのが私達の役目でしょ」
     避難が終わり、後衛に加わった煉が影を放つ。黎月も攻撃に加わり、亞羽も、
    「白蛇さん、力を貸してくださいな」
     と武器へ呼びかけながら、蛇咬斬で縛った。
    (「舞台に立てなかった陽菜さん……悔しかったやろね……無念を理解してくれる人がおること、きっと喜んではると思う」)
     そうは思う、けれど。
    「せやけど、今壊そうとしとるそこは、彼女が夢見た場所やないの?」
     小首を傾げて訊く。緋月も炎の蹴りを繰り出しながら、問いかけた。
    「入夜さん……貴女は陽菜さんのためにこうしているのですか」
    「そうだよ、陽菜が夢見た舞台に立てないなら……いっそ、ない方が良いに決まってる!」
     入夜は言い放つ、けれど、故人の気持ちは分からないし確かめる術もない。仮にその通りだったとしても、そんなことを望ませていいのか――。だから、イングリットはまた別の角度から問いを投げかけた。
    「アンタの恋人、栗谷の事は当然アンタが一番よく知ってると思う……だから敢えて聞く。すべてを焼き尽くす獣になりかけてるアンタの姿を栗谷は望んだと思うか?」
    「……っ!」
     彼の影に絡め取られながら、入夜は言葉を失う。その隙に、彼のナノナノ、イヴがキングにふわふわハートを飛ばした。
    「その力に呑みこまれてはいけない。君自身を、大切な人を忘れてしまう」
     光臣もDESアシッドを放ち呼びかける。相棒たるナノナノ、スピネルが続いてしゃぼん玉をぶつけた。
     想いを聞きながら、智百合は「蛛網の露」からシールドを広げて守りを固める。同じ制服を着用したような彼女のビハインド、桜花が前で霊撃を放つ中、智百合は静かに自らの身の上を語りだした。
    「大事な女性を亡くした時、私も絶望しました」
     そう話す彼女の眼が、桜花を見る。
    「姉さんが夭折した時、彼女抜きで廻る世界に……でも逝く人が、嘆くだけとも限りません」
     今度は入夜の方に視線を移し、言葉を重ねた。
    「堕ちる私を助けた幼馴染……今の恋人でもある娘は、『桜花姉さんが最期に私の行く末を祈った』と……陽菜さんも、きっと」
     想いがこみ上げて、眦に涙が浮かぶ。それでも、目は逸らさない。投げかけられる言葉と想いに、入夜の瞳も揺れていた。然し。
    「……けど……私がどうなったとしても、彼女の無念は、晴らさないと……」
     うわ言のように呟き、掌から激しい炎の奔流を放つ。咄嗟にディフェンダーの者が前に立ち庇った。多少威力は落ちているようだが、まだ足りない。灼滅者は改めて強く入夜を見据えた。

    ●戦いの果て
    「まあイラついてんなら付き合うけど。殴り合ったらスッキリすんだろ」
     口では上手く対応できないから、有貞はオーラを集束させた拳で語る。気が晴れるまで付き合う、それも一つの方法ではあるだろう。一方で、キングは手加減攻撃しながら語りかけた。
    「人の感情は愛する人の喪失に反応するように出来ている。アナタの悲しみや怒りも至極当然だわ。……それはそうと、人はいつこの世からの「喪失」を迎えるのかしら」
    「何、言って……」
     応戦しながら、入夜は微かに眉をひそめる。キングは続けて語った。
    「誰の記憶からも消えてしまった時に、人は完全な喪失……「死」を迎えると思うの。部員の皆を消すコトは、彼女のコトを憶えている人を消すコトよ」
     その言葉に彼女の手が、止まった。その隙に緋月は雲耀剣を振り下ろす。
    「貴女の知る陽菜さんは……人を殺すことを望むのですか。自分の苦しみを皆に与えたいと……入夜さん、貴女の手を汚してほしいと、そう思う人だったのですか?」
     武器ごと断ち切りながら問いを重ねて、そして。
    「違うでしょう? 貴女の恋人だった陽菜さんはきっともっと素敵な人だった。貴女が、彼女を失ったことに耐えられないほどに……」
     その問いを打ち消す。黎月が霊障波を放ち、スピネルが仲間を癒す傍ら、光臣も頷いた。
    「思い出してくれ、君の記憶の彼女を。自分の為に全て壊してくれと嗤う様な人だったか」
     利き腕を巨大な砲台に変え、光線を浴びせながら真摯に呼びかけ続ける。
    「君がしたい事はなんだ。哀しみ癒す為、大切な人の思い出を壊す事か! 全部、全部、違うだろう? 自分の哀しみの儘、彼女との絆を壊すのは、淋しい」
    「彼女の気持ちをほんまに大切にするなら、壊すよりも守ってあげな」
     亞羽も諭すように、指輪から魔法弾を放つ。イングリットも続けて縛霊撃で縛り上げた。
    「亡くなった恋人の為にする事がすべてを破壊するなんて虚無的な事な筈ない。栗谷が進めなかった未来を生きながら栗谷を想う事、そういう事じゃないかって」
     そう、淡々と語りながら。イヴと一緒に回復に当たりつつ、智百合も再び声を上げる。
    「入夜さんのヒロインでいたい、その無念は強い筈……でも、それ以上に入夜さんの笑顔を、願った筈です」
     自然と零れる涙を拭いながら、声をかけ続ける。
    「想い人が獣に堕ち、学舎や友を怒りで焼くより強く、大切な人の未来を……大好きな人の、幸せな笑顔を……!」
     呼応するように、桜花が霊障波を放つ。入夜は目を見開いた。そして。
    「あ……う……」
     苦悩するように、頭を抱える。今まさに、自身の闇と戦っているのかもしれない。もう少し、と煉は妖気の氷を撃ち出す。ファイアブラッドだけど、今は焔を封じて。言葉をかけた。
    「劇ってさ、二人きりで出来る物じゃなくって、競い合っても皆で時間かけて作り上げる物、だよね」
     脚本に小道具、衣装係に他の役。誰が欠けても劇はできない。だから。
    「悲しくて悔しくて、その渦の中でも何も見えなくなるのは分かる。だけど思い出して。演劇部の人達は、ただ自分の為だけに劇をしてる訳じゃない筈」
     諭す声に抵抗するように、入夜は剣を構成する光を爆発させる。けれどその攻撃は、弱い。それを見て取り、灼滅者達は一気に畳み掛ける。
    「アナタが暴走を続けて人の心を無くしてしまったら、心の中にいる彼女のコト、憶えていられるかしら? ヒトの心を失うコトは、愛する人が「いた」事実をアナタ自身が「消す」ことに、彼女のことを「消す」ことになるの」
     言葉を重ねながら、キングは
    「アナタと彼女の『劇』に、そんな結末は許さないわ!」
     と凄まじい連打を放つ。
    「分かったら……とっとと、頭冷やせ!」
     有貞がフォースブレイクで殴りつけ、イングリットが激しくギターをかき鳴らす。智百合を始めとしたメディックの面々に回復を任せ、光臣は腕を巨大な刀に変形させた。
    「その闇を、今払ってみせる!」
     駆ける光臣。想いを込めて、刀を振り下ろす――! ところでバランスを崩し、顔面から床に突っ込んだ。
    「へぶっ!」
     天性のドジっこが何もやらかさないわけなかった。それでもスナイパー、切っ先は確かに入夜に届く。けど落ち込む彼を、相棒のスピネルが激励した。鞭で。
    「痛い、いっそ残像が見える位早く振り抜かないでくれ相棒!?」
     頭を抱えて抗議する。こうなることは理解してたけど!
     大丈夫やろか、と亞羽は思わず視線を送ってしまう。けれど、今大事なのは入夜の方。きっと今なら救える。だから、あえて手加減攻撃で攻めた。入夜は炎の翼を顕現させるが、もう限界のはずだ。人として戻ってきてもらうため、緋月は最後の一撃を放つ。
    「戻ってきて下さい、入夜さん! 貴女の中の陽菜さんを……貴女と幸せに笑っていた陽菜さんを……消さないで!」
     必死の呼びかけに、入夜の目が瞬く。そして、その場にくずおれた。

    ●終幕
     イングリットが再び胸の前で右拳を左の掌に合わせる。これも、彼なりの儀式。そのうちに、入夜がゆっくりと目を開いた。
    「大丈夫?」
     声をかける煉に、入夜は頷いて起き上がる。
    「よかった……」
     自分もかつて救われた身として、光臣も胸を撫で下ろす。
    「ちょっとはスッキリしたか?」
     有貞の問いに、ああ、と答えて、
    「……迷惑をかけたようで、すまなかった」
     と深く頭を下げた。そんな彼女に、亞羽は優しく話しかける。
    「二人で成功させたかった舞台、笑い合った思い出、彼女が好いた素敵な人のこと。彼女の想いを知る貴女にしか、守られへんのよ」
     うん、と答えて入夜はそっと涙を拭う。悲しみはすぐには癒えない。けれど、その悲しみに寄り添いたいと思うから。
    「……私達と一緒に来ませんか。良かったら……陽菜さんがどんなに素敵な人だったか……私に教えて欲しい」
     胸に手を当てて、緋月は語りかけた。キングも軽く入夜の背を叩く。
    「人生という名の舞台から、アナタが退場するにはまだ早いわ。学園にいらっしゃい」
    「学園……そこに君達がいるのなら」
     行ってみたい、と微かに口元を緩ませた。その言葉を聞き、智百合は入夜へ微笑んで手を差し伸べる。
    「幸せを掴みましょう、共に……想われた分だけ」
     その手を取り、銀髪の少女は濡れた瞳で微笑み返す。
    「ありがとう……これから、よろしく」

    作者:ライ麦 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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