ねえ、ラーフルとって

    作者:篁みゆ

    ●闇に浮かび上がる
     それは、夜の中学校。闇の中に浮かび上がる懐中電灯の光。
    「おい、しっかり黒板照らせよ。見えねーじゃん?」
    「う、うん……」
     一人の少年が操る懐中電灯の光を頼りにもう一人の少年が黒板に絵を書いていく。
    「なあ、ラーフルとって」
     チョークで絵を書くことに夢中になっている少年は黒板を見たまま左手を差し出す。しかしもう一人の少年が動いた気配はない。
    「ラーフル取ってくれって頼んでるだろ! 早くしろよ!」
     自分の左側にひと気は感じる。なのにその人物は黒板の端から動こうとしなくて。
    『えと……ラーフルってなに……?』
    「はあ? 何言ってんだよ。いつも使ってるだろ。それだよ、それ」
     左側を向いて黒板の桟に乗っている物を指さして、少年はふと疑問に思った。黒板を照らす懐中電灯の明かりは震えてはいるが背後から自分と黒板を照らしたまま。だとすれば自分の左側にいるのは――誰だ?
    『ああ、もしかして……黒板消しのこと? はい――』
     ガッ……かなり近い距離からものすごい強さで投げつけられた黒板消しの角はチョークを持った少年の鼻っ柱を折るようにめり込み、少年は倒れこんだ。
    「ひ、ひぃぃぃぃぃぃっ……」
     懐中電灯を持っていた少年は腰を抜かしてしまい、動けない。恐怖に彩られた頭のなかの一部で思った。そういえば『ラーフル』というのはここ鹿児島や宮崎、そして愛媛の一部で使われている方言らしいと聞いたことがあったと。
     

    「よく来てくれたね。今回は鹿児島へ向かって欲しいんだ」
     灼滅者達が席につくと神童・瀞真(大学生エクスブレイン・dn0069)は単刀直入に切り出した。
    「鹿児島でね、夜に中学校に忍び込んで黒板に落書きをしていた少年達が亡くなるという事件が起こりそうなんだ。どうやら都市伝説の仕業らしくてね」
     この都市伝説は夜の教室で「ラーフルとって」と口にすると現れるという。
    「『ラーフル』というのは黒板消しのことでね。鹿児島や宮崎、あとは愛媛の一部で使われている方言なんだ。オランダ語が語源だとか諸説あるらしいけれど、知らない人が聞いたら何の事かわからないよね」
     この都市伝説は『ラーフル』が何の事を指すのかわからないようなので、もしかしたら他県からきた転校生がモデルとなっているのかもしれない。
    「都市伝説の少年は『ラーフル』の意味がわからず尋ねてくるから、戸惑っているうちに攻撃に入れば先手を取れるだろう。ただこの場合、強力な泣き声攻撃を多めに使用してくる。もしラーフルが黒板消しのことであると教えてあげた場合は、教えた者を狙うことが多くなるだろう」
     どちらを選ぶかは戦略に合わせて決めて欲しいと瀞真は言った。
    「泣き声の他にも投擲系の攻撃をしてくるので注意したほうがいいね」
     また、現場は夜の教室となるが職員室には遅くまで残って作業をしている教師が数人いるので、巻き込まないように対処が必要だろう。
    「君達がしっかり都市伝説を退治すれば、数日後に訪れる少年達が襲われる心配はないだろう。それと……」
     瀞真は珍しく、言葉を切って口ごもる。そして数瞬考えるようにした後、口を開いた。
    「今回は何か嫌な予感がするんだ。だから事件を解決した後は速やかに帰ってきて欲しい。よろしく頼むよ」
     そう言って彼は和綴じのノートを閉じた。


    参加者
    千布里・采(夜藍空・d00110)
    白・理一(空想虚言者・d00213)
    鹿野・小太郎(バンビーノ・d00795)
    蓮咲・煉(ルイユの林檎・d04035)
    埜口・シン(夕燼・d07230)
    刻漣・紡(宵虚・d08568)
    ヴィア・ラクテア(歩くような速さで・d23547)
    神成・恢(輝石にキセキを願う・d28337)

    ■リプレイ

    ●闇満ちる校舎
     闇にじんわりと広がる街灯を頼りにして、大きな音を立てぬように裏門を超える。持参した僅かな灯りと共に校舎に入った灼滅者達は、最上階の教室を目指した。なるべく大きな物音を立てないように、階段を登り、廊下をゆく。鹿野・小太郎(バンビーノ・d00795)が手近なドアを開けると、そこは普通の教室のようだった。黒板ももちろんある。
     小太郎が振り返り頷いたのを合図として、一同はバラバラに散った。廊下の窓、教室の扉、教室の窓、すべてを手分けして開けていく。万が一の時のための退路は、多いに越したことはない。すべて開けると風の通り道ができて、教室の窓から吹き込んできた風が思ったより勢いづいて廊下側の窓から外へと消えていった。
    「ほな、始めましょか」
     千布里・采(夜藍空・d00110)が柔らかく告げる。神成・恢(輝石にキセキを願う・d28337)とヴィア・ラクテア(歩くような速さで・d23547)、埜口・シン(夕燼・d07230)が黒板の前に立ち、チョークを持った。他の者達は黒板から少し離れて様子をうかがう。無論、いつ都市伝説が出現してもいいように警戒は怠らない。
     すらすらすら、とヴィアがチョークを走らせる。迷いなく描いているのだが、絵はそこまで得意ではないように見えた。恢が次々と描くへのへのもへじの隣に描かれた猫は、ちょっと……変な感じだ。だがシンがその横に大きな猫を描くと、味のある猫の親子の絵に変化したから不思議だ。
    「誰か『ラーフルとって』くれませんか??」
     ゆっくりと息を吸い、恢が都市伝説を呼び出すきっかけの言葉を紡ぐ。誰もが神経を張り巡らせ、そして口をつぐんで待った。長いように思えたが実際は数瞬後だったのだろう。
    『えと……ラーフルってなに……?』
     心細そうな、不安そうな少年の声。持参した灯りにぼんやりと照らしだされたのは、中学生くらいのまだあどけない少年。その少年の方を向いて、シンは彼に近づきながら言葉を紡ぐ。
    「黒板消しのことだよ」
    『……そっかぁ』
     小さな沈黙の後に声が溢れて、そしてシンを襲ったのは黒板消し――始まりだ。

    ●少年は何故
    「良いよ、一緒に遊ぼう?」
     投擲された黒板消しをその身で受けたにもかかわらず、シンは優しい調子で告げる。
    「――大丈夫、最後まで見送ってあげるから」
     前衛の守りを強固にしつつ、不安に震える声を掬うように。
    (「効率的かどうかは別として」)
     蓮咲・煉(ルイユの林檎・d04035)はじっと少年を視界に捉えたまま、武器に炎を宿す。
    (「分からない事を答えないのは、問いを無視するのは……嫌だと、思った」)
     接敵して一気に斬りつける。少年の驚いたような表情を捉えて、彼女は告げた。
    「けど、戦いはきっちりやらせてもらうよ。犠牲が出ない様に。そして――」
    (「この後の為に」)
     そう、彼女達はこの都市伝説を倒した後の事もしっかりと考えてきていた。窓から吹き込んで、そして吹き抜けていく肌寒い風も、この後のために必要な前準備が招いたもの。
    「寂しかったのかい?」
     シンと同じく前衛に盾を与えた白・理一(空想虚言者・d00213)は、飄々とした笑みを浮かべたまま。
    「でも害為すキミに手心は加えないよ」
     掴み所がないように思える彼も、敵には明らかに容赦がないようだ。
    「教えたお礼が攻撃ってのはいただけないね」
     サウンドシャッターを展開したまま、小太郎は少年に迫り槍を突き出す。槍は吸い込まれるように少年の身体の中心へ。
    「方言や独特の言い回しはお引っ越ししたら、その都度変わるもんやから」
     采の操る影が少年を縛り付ける。少年がもがけばもがくほど、影は締め付けて。その間に采の霊犬が、シンを回復する。声に出して命令せずとも、采の意志は霊犬に伝わっているようだ。
    「転校生……見知らぬ土地で寂しかったのでしょうか」
     ぽつり、呟いて。ヴィアは中衛に霧を遣わせた。自分もこの国に来たばかりの時心細かったと、かつての思いが蘇る。
    「僕達でよければ遊びますから、泣かないで下さい」
     ふと彼の様子がかつての自分と重なって、気がつけばそう口に出していた。そんなヴィアの横を駆け抜けて、刻漣・紡(宵虚・d08568)は回転させた杭を少年に突き刺した。それは常よりも威力を増して、少年の身体をねじる。それを追うように恢の『銀ニ揺ラグ細槍』から放たれた氷柱とビハインドの玄の霊撃が少年を襲う。
    『ううう……ああぁ……うわーん!!』
     言葉に出来ない感情を発散させるかのように少年が大きな泣き声を上げた。前衛を襲うそれは耳だけでなく皮膚からも侵入するような感覚で。身体全体を蝕んできた。もちろん痛みも伴う攻撃だ。だがシンは全く痛がる様子も見せずに真っ直ぐ、少年に視線を向けて。緋のオーラを『holomua』に宿し、蹴りつける!
     合わせるように走りだした煉は、炎を纏った蹴撃を。少年から距離をとった煉が先ほどまでいた場所には、すでに理一がおり、畳み掛けるように異形巨大化させた腕を振り下ろした。少年の身体が威力に耐えられず、窓枠にぶつかった。
    「教えてもらったらありがと、でしょ」
     彼我の距離を一気に詰めた小太郎は、お仕置きとばかりに無数の拳を少年に叩きこむ。
     ふわり、前衛を清らかな風が包んだ。采が剣を媒介にして風を創りだしたのだった。霊犬もまた、回復を行う。
    「その土地土地の言葉、すぐには慣れへんと思いますけど、いずれ慣れないとあきません」
     この都市伝説の元となった転校生は、もしかしたらこの土地と違う言葉を使うのをからかわれて過ごしていたのかもしれない。からかわれるままにしておいたら何も解決しないけれど、でも暴力に訴えるのは違う。詳しい事情は分からないが、それは確かなのだ。
     ナイフを手にヴィアが死角へと入る。流れるように斬り上げて、そっと少年を見て。
    「僕達は君がここの言葉をわからなくても、笑ったり虐めたりしませんから」
    「きっと、寂しかったのね」
     紡から伸びた影が、少年を包む。ああ、彼が見るトラウマはきっと――。
     恢はチェーンソーを手に少年に襲いかかる。玄が合わせるように動いて。先輩の事を考えると恢の気は急くけれど、まず目の前の少年を灼滅しなければと自分の心に言い聞かせる。
    『ぼくだって、ぼくだって、みんなの言っていることわかろうと頑張って……!』
     無数の画びょうがシンを狙う。

    ●悲しくて寂しくて、友達が欲しくて
     灼滅者達は不意打ちを選ばなかった。それにはいろいろな理由があるけれど。でも、質問に答えてあげることできちんと彼と向き合う事ができるから。知らない土地で方言もわからずにクラスメイトの輪に入れなかったのだろうと想像できる彼に対して、真っ直ぐ向き合わねば誠実つに欠けると思う。
     また答える者をシンに限定したことで、都市伝説はシンとシンのいる前衛を狙うことが多かった。これは回復対象を定めやすいという利点があった。尤も、シンの負傷ばかりが大きくなるという不利益もあったが――。
    「『ラーフル』の名前の由来はオランダ語の『ボロ布』らしいよ」
     煉が答えの補足を口にする。すると少年はシンだけでなく煉も狙うようになった。こうして攻撃を分散させる対策も考えてあったので、戦線が崩れることはなく、灼滅者達は少年に対することができていた。
     小太郎の槍が少年の身体を抉る。采と彼の霊犬はシンと煉、そして前衛を癒やし、戦線の維持に務める。ヴィアの斬撃が少年の身体を揺らし、紡の影の刃が揺れる少年の身体に深く斬りつけた。
     そっと玄の裾を掴んだまま、恢は氷柱を放つ。怪談が、怖い。煉の炎宿した刃が少年を切り裂くと、ボッ、と少年を焼く炎がいっそう燃え上がった。
     ガッ。
     理一の『烏』から放たれた鋭い氷柱が、少年を黒板横の棚に縫い止めた。
    「そろそろ終わりだよ」
     笑みの下から零された理一の言葉は、冷たくて。
    「……バイバイ」
     淋しげに微笑んだシンは『holomua』を纏った足を翻らせて。理一の氷柱で縫い止められた少年の身体に深々と足を沈めた。
     シンが地面に着地するのと少年が掻き消えるの、どっちが先だっただろうか。消えかけた少年は、嬉しそうに笑ったように見えた。

    ●待ち人来たりて
     少年が消えた後、各々の負傷具合を確認する。傷を癒やし、事前に相談して決めておいた残留条件を思い出した。幸いダメージの蓄積が多いのはシンだけで、彼女には小太郎が心霊手術を行うことになった。
    「……」
     待つというのは不思議なことに、時間の進行が遅く感じることがある。紡は胸元の十字架にそっと触れて、気持ちを落ち着かせつつ周囲を観察していた。何が起きるのだろうか。誰かが現れるとしたらどこから?
     落ち着かないのは紡だけではない。なにか起こるかもしれないという状況で落ち着くのはなかなか難しいものだ。教室の中で全員が、気を張っていた。
    「よし、終わったよ」
    「ありがとう」
     心霊手術が終了し、こちらの準備は万端。
    「蛇が出るか鬼が出るか。でも全員でちゃんと帰りましょ」
     采の優しい声色に皆が頷いたその時。
    「お、本当にいた」
    「わぁ、たくさぁん」
    「へぇ」
     3つの声が校舎に響いた。気配はあまり感じなかった。だがHKTのTシャツを着込んだ三人のダークネスが、教室の後ろのドアからこちらを覗いている。
     と同時に8人の灼滅者達は、彼我の力の差を肌で実感することになった。相手はダークネスが三人。8人で戦っても、まず勝てない。そしてそれは、自分達には質問する余裕などないことを表している。
    「――じゃあ、始めよっか」
     三人のうち一人がそう口にすると、三人全員が素早く近づいてきた。シンと煉、そして采の霊犬が仲間を庇うべく素早く反応できたのは、とても幸運なことだった。
    「撤退しましょう!」
     ヴィアの提案に異を唱える者はいない。異を唱える余裕が無いこともあるが、ここにこのままいては確実に三人のダークネスの餌食になってしまうのがわかったからだ。
     全員揃って情報を持って帰る、それが目的だった。質問を投げかけることはできなかった。けれどももって帰れる情報が皆無だということはない。
     灼滅者がいることを予測しており、その上それを倒すのに十分な戦力を投入してきた。その事実が十分な情報となる。
    「乗ってください!」
     開け放っておいた窓から、恢が箒を手に飛び出す。ヴィラがその後ろに飛び乗って、二人は落ちるような勢いで地上を目指した。
    「采くん、頼んだよ」
    「行きましょ」
     采は理一を背負い、窓から飛び降りる。シンも紡もそれに続いた。エアライドが彼らの着地をスムーズにする。
    「逃がさないよぉっ!」
     敵が迫る。煉は小太郎を背負い、窓から外へ出た。できるだけ走るように壁を歩く。
     着地した者から順に、走る。振り向いている暇などない。後ろから、敵が追ってくるかもしれない、そう考えると仲間の足音まで敵のもののように聞こえる。
    「ありがとう。行こう」
     煉の着地に合わせてその背から降りた小太郎は彼女の手を引いた。息を付いている暇などない。上方から敵の騒ぐ声が聞こえる。もしかしたら彼らも飛び降りてくるかもしれない――そんな思いが常より足を早めた。

     どのくらい走ったのだろう。わからない。だがもう、追われている感じはしなかった。
     あとは自分達が身をもって体験したこのことを、学園まで持ち帰るだけだ。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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