金色のHoffnung

    作者:篁みゆ

    ●甘い誘い
    『……セイメイ様の元へ行かねば』
     金色の髪を揺らし、水晶の羽根を顕現させた男が呟く。
    『私はセイメイ様の為に……セイメイ様のご期待に応えねばいけない』
     白い衣服に身を包んだ彼は残留思念。普通の者には彼を視認することはできない。だが。
    「ユーリウス・ゲルツァー、あなたの思いは聞こえています。私は『慈愛のコルネリウス』。傷つき嘆く者を見捨てたりはしません」
     少女の姿を象るダークネスは、その残留思念に微笑んで。
    「……プレスター・ジョン。この哀れな青年をあなたの国にかくまってください」
     

    「君の考えていたとおりだったよ」
    「そうか」
     教室の中、神童・瀞真(大学生エクスブレイン・dn0069)と言葉を交わしているのは字宮・望(穿つ黒の血潮・d02787)だ。二人の表情はあまり明るくない。
    「ああ、来てくれたんだね、座って欲しい」
     と、瀞真は教室を訪れた灼滅者達に気がついて座るようにすすめた。望も他の灼滅者達に混ざって席へとつく。
    「実は、いち早く望君が気がついてくれて、それで気を配っていた案件があるんだ。とあるダークネスの残留思念が、慈愛のコルネリウスによって力を与えられるのではないか、と」
     言葉を切って、瀞真は和綴じのノートを開いた。
    「ダークネスの名は、ユーリウス・ゲルツァー。覚えている人もいるよね? セイメイ配下のノーライフキングだった彼だよ。彼女がユーリウスの残留思念に力を与えて、どこかに送ろうとしている」
     残留思念に力などないはずだが、大淫魔スキュラは残留思念を集めて八犬士のスペアを作ろうとしていたし、高位のダークネスならば力を与える事は不可能では無いのだろう。力を与えられた残留思念は、すぐに事件を起こすという事は無いようだが、このまま放置する事はできない。
    「今回は慈愛のコルネリウスが残留思念に呼びかけを行った所に乱入して、彼女の作戦の妨害を行ってほしい。ただ、慈愛のコルネリウスは強力なシャドウであるため、現実世界に出てくることはできない。事件現場にいるコルネリウスは幻のようなものでね、戦闘力はないよ」
     コルネリウスは灼滅者に対して強い不信感を持っているようで、交渉などは行えないだろう。また、ユーリウスも自分を灼滅した灼滅者を恨んおり、コルネリウスから分け与えられた力を使って復讐を遂げようとする為、戦闘は避けられない。
    「コルネリウスの力を得たユーリウスは、残留思念といえど生前と同じ戦闘力を持つため、油断はできないよ」
     瀞真は真剣な表情で灼滅者達を見回した。
    「ユーリウスはエクソシスト相当のサイキックと、ウロボロスブレイド相当のサイキック、シャウトを使用する。これは以前の彼と変わっていないよ。勿論強さもそのままだから、注意して欲しい」
     ユーリウスはセイメイのためにも灼滅者を倒そうとするから、逃亡を警戒する必要はないだろうと瀞真は添えた。
     また、現場は廃ビルの屋上。最低限の人払いをしておけば大丈夫だろう。
    「慈愛のコルネリウスは……慈愛を一面からしか捉えていないようにも思えることがあるよ」
     ため息を付いて瀞真はノートを閉じる。
    「ユーリウスの強さはそのままだけれど、経験を重ねた分、君達は確実に強くなっている。それを忘れないで」
     そして、笑顔で手を振った


    参加者
    龍海・光理(きんいろこねこ・d00500)
    神泉・希紗(理想を胸に秘めし者・d02012)
    黒咬・昴(叢雲・d02294)
    字宮・望(穿つ黒の血潮・d02787)
    日野森・沙希(劫火の巫女・d03306)
    ライラ・ドットハック(蒼き天狼・d04068)
    佐竹・成実(口は禍の元・d11678)
    新沢・冬舞(夢綴・d12822)

    ■リプレイ

    ●慈愛の意味
     廃ビルの屋上。階段を昇り灼滅者がたどり着いたそこには、少女の姿をしたダークネスがいた。どこか一点を見つめるようにしているが、灼滅者達にはその視線の先に見えるものはなかった。しかしそこにユーリウスの残留思念がいることを、彼らは知っている。
    「あなたの慈愛は間違ってるよ! コルネリウス!」
     声よ届けとばかりに張り上げたのは小柄な少女。このコルネリウスは幻影みたいなものだとわかっている。言葉も通じないかもしれない。けれど、『何度でも邪魔をする』という強い意思は伝わるはずだと神泉・希紗(理想を胸に秘めし者・d02012)は言葉に思いを乗せる。
    「だからまた止めに来たよ!」
     ビシッとコルネリウスを指さした希紗と同じような思いを抱く者もいる。字宮・望(穿つ黒の血潮・d02787)は殺界形成を展開させつつコルネリウスの様子をうかがっていた。
    (「ユーリウスが倒れてそれなりに経つが……コルネリウスも目敏いものだな」)
     感心したような、複雑な思い。だが彼女の思いが帰結する先は――。
    (「だが、思い通りになどさせない……未練は断ち切らせて貰う」)
     やはり、強い意思だ。
    (「慈愛と言えば聞こえはいいんでしょうけれど、相手を慮っての行動には見えないのよねぇ」)
     頬に軽く手を当てて、コルネリウスの様子を確認しながら佐竹・成実(口は禍の元・d11678)は小さく息をつく。
    「甘いだけの夢を見て人は生きてはいけないのだし、現実に直面すれば幻滅もするモノだけれど。だからこそ輝くモノがあると思うのよね」
     ぽつり、思わず呟いて。それでもやはりコルネリウスからの反応はない。だが反応がないとわかっていても、声を上げずにはいられないのだ。日野森・沙希(劫火の巫女・d03306)は一歩前に出て口を開く。
    「傷つき嘆く者を蘇らせるのではなく、その痛みを和らげ浄化することこそ本当の慈愛なのです」
     ここで論じても結論は出ないだろう。そもそもこの幻影のようなコルネリウスは慈愛についての論争のテーブルにつく気すらないはずだ。けれども、だけれども、こちらの意志を示さずにはいられない。
    『灼滅者か……その首を持っていけば、セイメイ様のお許しを得ることが出来るだろうか? 今の私にそれだけの力があるだろうか――』
    「力が欲しいのですね? ならば、分け与えましょう」
     コルネリウスは微笑みを浮かべ、そして目を閉じる。灼滅者達は誰からともなく戦闘態勢を整え、彼女の傍らを見つめる。コルネリウスの『慈愛』について思うところがあれども、残留思念のままでは敵を、ユーリウスを目視することすらできないのだ。黙って見ているのは彼女の考えを肯定するような気もしてあまり心地よくないが、この場はこらえなくてはならない。
     段々とその場に浮かび上がる輪郭は長身の青年のもの。かつての戦争の時にその姿を見た者もいるだろう。長い金髪に中世の貴族のような白い衣服。美貌の青年が、剣を佩いて姿を現した。
    「ユーリウスっ!」
     唇を噛みしめんばかりにして新沢・冬舞(夢綴・d12822)はその名を絞り出した。
    「強力な相手だけど、早いうちに面倒事は片しておくが吉ね! 気ぃいれていきましょ!」
     黒咬・昴(叢雲・d02294)のその言葉に頷き返したのが戦闘開始の合図。
     ゆっくりと溶けるように消えていくコルネリウスには誰も気を止めない。今集中すべきなのは彼に対してだとわかっているから。気を散らしていて勝てる相手ではないことを、十分わかっているからだ。
    「行きます」
     龍海・光理(きんいろこねこ・d00500)が『umbra』を手に、ユーリウスとの距離を詰めた。

    ●蘇りし金色の
    「灼滅者達よ、セイメイ様の為にその首、もらっていくぞ」
    「……あなたのその忠誠心、ある意味盲信ね。白の王の何を信じているというの?」
     ライラ・ドットハック(蒼き天狼・d04068)が振り下ろした異形巨大化した腕はひらりとかわされてしまい、彼女が腕をおろした場所には金糸の残像があった。ライラは瞬時に体勢を立て直し、彼から距離をとって問う。勿論、この問いが無駄であろうことはわかっていたが、問うておきたかった。
    「愚問だな。それを語ればお前がセイメイ様の側につく、というわけでもあるまい」
     生前のまま、余裕さえ見せるその姿が憎らしい。
    「わたしだって前より成長して強くなってるから!」
     始めから全力で、勇気を持って希紗は長身の彼に接近し、槍を突き出す。回避を試みた彼だったが完全に避けることは叶わず、脇腹を少し抉られて。そのやや崩れた体勢からもユーリウスは斬撃を繰り出した。白光が深く希紗の身体に食い込む。
    「死者を蘇らすノーライフキングがシャドウに復活させられるなど皮肉なものだな。だが、死んだ者は生き返ってはいけないんだ……」
     しかしすぐさま反応した望が癒やしの力を込めた矢で希紗を癒やす。チラリ、一瞬ユーリウスの視線が望を捉えたような気がした。
    (「少なくともセイメイへの盲信というか狂信というか、それしか生甲斐を見いだせない不死者を生き長らえさせても、不死者故に灼滅されるまでその呪縛から逃れられない訳だし」)
     その間に成実がユーリウスの懐に入り込む。異形巨大化した腕をその白に振り下ろして。
    (「本当の意味で救っているとは言い難いわよね」)
     救われない哀れな男を視界に捉えたまま、飛び退った。入れ替わりに沙希が腕を振り下ろしたが、かわされてしまう。だが彼がかわした先の間合いに素早く入り込んでいた昴が、炎纏った斬撃でユーリウスに火をつける。
    「久しぶりだな、ユーリウス。一度刃を交わしたのを覚えているか」
     逸る心を抑えた低い声で言葉を紡いだ冬舞は、次の瞬間ユーリウスの死角に入り込んでいた。そして情け容赦なく、斬る。冬舞にとっては忘れたくても忘れられない相手なのだ。ずっと、こうして再び戦えることを待っていた。
    「――」
     距離をとった冬舞を視界に捉え、彼は口元を緩めた。光理の斬撃を受けてもその笑みをしまうことはない。
    「灼滅者などどれも同じに見える――とでも言えればよかったのだが」
     ユーリウスの側に舞い降りた光る十字架は、無数の光線を放ち後衛を貫く。
    「生憎と、私は記憶力がいい方だ」
     炎を纏ったライラの『M-Boots【ティルフィング】』による蹴撃を受けても、彼の表情は余裕を失いはしなかった。

    ●成長と停滞と
    「大丈夫だ、必ず治す!」
     幾度となく後衛が狙われた中で、望が回復を優先としたのはメディックとして当然の行動だった。攻撃手が回復に煩わされることがないよう、皆を支えるつもりで行動していた。
     だから、比較的早い段階で自分が集中して狙われ始めたことにも気がついた。光理が何度か庇ってくれたが、それでもすべての攻撃から庇ってもらうことはできない。自身の傷を癒やしながらも癒やしきれぬダメージが蓄積していくのを感じる。
     もちろんその間、他の者が何もしていなかったわけではない。当然、攻撃の手を緩めずにいた。すべての攻撃を命中させられるわけではなかったが、以前より確実に成長している彼らは、ユーリウスに傷をつける比率も上がっている。
    「っ……!」
     彼の重い一撃を望の代わりに受けた光理が小さく声を漏らした。希紗がその横を駆け抜け、巨大化した腕を振り下ろす。間髪入れずに成実が殴りつけ、同時に霊力でユーリウスを縛した。沙希が『神楽鈴』を媒介にして魔力を流しこむのと合わせるようにして、昴が盾を振り下ろした。
    「随分とまぁ、白の王を盲信してるみたいだけど……そういえばその白の王ってのはなんか由来でもあるのかしら?」
     一拍置いて投げかけた言葉。ユーリウスと視線が絡んで。
    「答える必要性を感じない」
     バッサリと切断される会話。だがされすらも予想の範疇。
    「それだけ盲信してるということはさぞ、魅力的な大望があるのでしょうけど。どうせ、貴方は知らないわよね」
     続けて投げかけた言葉は、少しでも自分に意識を向けさせるためのもの。『冥土の土産に教えてやろう』などと大口を叩くような自己を過信している者のようにも見えなければ、うっかりと口を滑らすような者にも見えない。挑発に簡単に乗ってくれればよかったのだがそんな輩にも見えない。だからこそ、いろいろな手を試して少しでもこちらに有利に運びたいのだ。
    「ユーリウス、セイメイは健在だ。だがコルネリウスの誘いにのると二度と会えなくなるぞ」
     冬舞の影が伸び、ユーリウスを締め上げる。夢にまで見た再戦に歓喜して震えるように、影は揺れていた。
    「お前達がダークネスの言葉を信じられないように、私が灼滅者の言葉を簡単に信じられると思うか?」
     ライラの『G-Blade【ミストルティン】』が光を放つ。光の動きに合わせるように光理の歌声がユーリウスを蝕んでいった。
    「……っ」
     一瞬、望は迷った。ふらつく足をしっかりと地に据えて、己の回復しきらないダメージと他の者の傷の深さを比べる。判じて、前衛へ清らかな風を喚んだ。それは、この後の戦局を見越しての判断。
    「う、ぐっ……」
     望が予想したとおり、ユーリウスの伸ばされた剣はまっすぐに望を狙い、そして切り裂いた。呻いて膝をつき、そのまま臥す。立ち上がりたくても腕にすら力が入らず、意識が遠くなっていった。
    「望さん!」
     昴が呼びかける。けれども望むは意識を失ったようで応えはない。
    「負けないっ!」
     灼滅者達は回復手を失った。けれども士気は落ちることなく、むしろ上がりさえした。希紗は跳ねるようにして巨大化した腕を叩きつける。
     各自万が一の時のための回復手段は用意してある。適切なタイミングで回復に回れるよう、誰もが考えているはずだ。そんな信頼から、それぞれ適切と判断した動きをしていく。
    「以前と同じだな」
     中段の構えから、冬舞は刀を振り下ろす。以前に戦った時もまた、ユーリウスは回復手を最初に落としたのだ。
     ユーリウスが振り回した剣に、喚んだ十字に、光条に、狙われたのは後衛。だが、半数近くディフェンダーの三人が受けてくれたことで、冬舞と成実はまだ戦っていられた。
    「風よ」
     成実が風を呼び寄せ、自身と冬舞の傷を癒やす。沙希が炎をぶつけたのに合わせて、光理が彼へと迫る。だが『Donnerschlag』による蹴撃はぎりぎりのところで避けられたしまった。着地した光理は背後に殺気を感じた。しかし振り返る間も与えられず、襲ってきたのは背中を焼くような痛み。
    「これで二人だ」
     低い声が降ってくる。すとん、と膝から崩れ落ちて揺らぐ意識の中で今起こったことを考えた。
     仲間を庇っている間に蓄積されたダメージを、奴は見て取ったのだろう。自身で回復もしていたが、それでも。
    「あとは、頼み、ます……」
     剣戟の音にかき消されそうな声で告げて、光理は意識を手放した。

    ●終焉という名の
     ――ユーリウスが裂帛の気合を入れて叫んだ。それは彼自身を回復するとともに、灼滅者達に畳み掛ける隙を与えるものだった。
     諦めずに続けていた攻撃の効果からか狙われがちになった昴はこの間に自身の傷を癒して。
    「……あなたは白の王を知っているの? その捨て駒にされ、骸を晒しながら」
     表情の乏しいままライラは言葉を投げかけ、剣を振るう。
    「私の役目は、ぶん殴ることっ!」
     傷を負っていないわけではない。けれども仲間を信じて、希紗は腕を叩きつける。死角に入った冬舞は振るったナイフに手応えを感じて、そして飛び退いた。
    「以前と同じようだな……だが」
     以前と同じということは成長していないということ。最初に何度か避けられた皆の攻撃も、以前よりも早い段階で当たりやすくなったように思えた。回復に回った成実、攻撃の手を緩めない沙希。ユーリウスは強い。だが灼滅者達が成長しているということを彼は視野に入れているのだろうか?
    「……、……」
     振るった剣についた血を見て、彼は一瞬眉をしかめた。以前よりも手応えを感じていないのかもしれない。それとも、自身の負った傷が多く深いことを実感したのか。
     答えはすぐに分かった。冬舞以外の五人の攻撃を受け、ユーリウスは水晶の羽根を光らせたのた。そして、彼の身体は中空へと浮かび上がる。
    「!」
     飛んで逃げるつもりなのだろう。裏を返せば、簡単に倒せると思っていた灼滅者たちから逃げねばならぬほど追い詰められているということ。だが、飛行した彼に対する備えがあったのは、今立っている灼滅者の中では冬舞だけだった。
    「逃すかっ!」
     ユーリウスが飛行状態のまま攻撃してくるようならば、仲間を守るように動くつもりだった。だが彼は灼滅者の力を読み違えて逃亡しようとしている。それは滑稽にも見えた。そして、ここで逃すわけには行かなかった。だから。
     冬舞の放った毒の風には彼自身の強い思いも籠められている。きれいな水晶の羽根が、淀んだ色に包まれる。
    「う……」
     苦しげに顔を歪め、金糸の白鳥は地に落ちて膝をついた。すかさずライラが巨大化した腕をもってして迫る。
    「……水晶は砕ける。その妄執ごと砕く」
     負って昴のナイフが、希紗と成実の腕が迫る。
    「さようならなのです。哀れな夢の欠片」
     沙希の魔力に蹂躙されて身体を震わせるユーリウスの背後に回った冬舞が、自身の傷だらけの身体を顧みずにナイフを突き立てる。
    「彼の国で会おう、またな」
     斬るように横に引かれたナイフ。実態を失い薄れていくユーリウスの身体。
    「セイメイ様……申し訳ありません……」
     それでも彼はセイメイへの忠誠を失ってはいなかった。色々と聞き出したいことはあったが、無理であると判断して攻撃に集中したことは間違っていなかった。
    「終わったわね」
     成実が息をついて空を見上げた。
     後は皆で学園に帰るだけだ。

    作者:篁みゆ 重傷:龍海・光理(きんいろこねこ・d00500) 字宮・望(穿つ黒の血潮・d02787) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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