童心trap

    作者:

    ●キミを帰さない
    「あーもうこんな時間だ」
     塾で友達が早くに帰った後も、少年は公園で1人遊びをしていた。
    「暗くなるの、はやいなぁ……もうちょっと遊びたかったのにー」
     ぎしり、と立ち漕ぎのブランコが軋む。キィ、キィ、と揺れるその音は徐々に早くなり、やがて少年は反動に合わせて前へ高く飛び上がった。
     スタン! 綺麗に着地を決め、10点満点! なんて1人呟いてみせるけれど――後には、重しを失ったブランコが軋む音だけが虚しく残される。
     ぽつり、呟く少年の声は、掻き消えそうに小さかった。
    「……帰るの、イヤだな」
    「イヤなの?」
     不意に声がして振り返る。すると、そこには少年と同じ小学3年生くらいの野球帽の女の子が立っていた。
     いつからいたんだろう、全然気付かなかった――少女の突然の登場に少し驚きながらも、少年は口を尖らせると、そのままの思いを言葉に乗せた。
    「……イヤだよ。だって俺んち今誰もいないし、ごはんも冷たくておいしくないし。テレビもつまんない」
     仕事で帰りの遅い両親。独りで過ごす時間はあまりにも長くて退屈で、毎日日暮れの空が見える度憂鬱だった。
    「じゃあ、ここにいれば?」
    「ダメだよ。だってもう空も暗くなって……」
    「――ここに、いなよ」
    「え?」
     それまでどこか平坦にも聞こえていた少女の声が、突然有無を言わせぬ威圧感をはらんだ。言を遮り紡がれた少女の言葉の違和感に、少年の背筋がぞくりと冷たくなる。
    「……ねぇ? ここに、いなって」
     恐る恐る、少年は再び少女を見遣った。
     野球帽を目深に被る少女の顔は、影に隠れて見えない。しかし――その口元が、にまりと妖しく微笑んだ。

    ●童心trap
    「その少年は帰って来てないと聞く。公園の、遊具の化身……みたいなものでござろうか?」
     武蔵坂学園の教室で、鹿嵐・忍尽(現の闇霞・d01338)は自分の調査の結果を仲間達へ報告する。
    「由来は解らずも、福岡にあるその公園には以前から『遊んだ子供が消える』という噂はあったようでござる。それが都市伝説化してしまったでござるな」
     忍尽からの予知も含めた説明が終わるのを待って、共に教室に現れた唯月・姫凜(中学生エクスブレイン・dn0070)は改めて今回の都市伝説の詳細を語り出した。
    「北九州市、都市部から少し離れた子供の多い地区よ。都市伝説の発生条件は夕方、『帰りたくない』、……ただこれだけ」
     夕暮れ時、1人で居ても複数で居ても構わない。
     もっと遊びたい、或いは他でも。何か理由あって放たれる『帰りたくない』に類する一言を合図に、都市伝説は野球帽を被った少女の姿で現れるという。
    「『ここにいれば?』と言われたが最後、応じても断っても、標的となった人間は決して帰しては貰えない。遺体になって最終的にはどこか遠くに飛ばされて、二度と戻っては来れないわ」
     そこまで言って、姫凜は取り出したスマートフォンの液晶に北九州市の週間天気予報を表示させた。
    「――今、北九州市には雨が降ってる。雨が上がる3日後、みんなは早めに公園に入って、日が傾き始める頃に一塊でグループを装ってお喋りしていて」
     話の流れで誰か1人が『帰りたくない』と言った時、待ち構えていたかの様に都市伝説が現れる。
     後は戦って倒せば良いだけだ。
    「都市伝説――野球帽の女の子は、影業とバトルオーラに近いサイキックを使ってくるわ。事前の人払いなんかはESPなら大丈夫だけど、公園に居る人に声を掛けて避難を促したりは、動きとして不自然だから避けた方が良いわね」
    「都市伝説が現れるまでは、いかにも戦いに来たという様子を見せない様にした方がいい――ということでござるな」
     忍尽の言葉に、頷いた灼滅者達。早速相談を始める頼もしいその様子を見つめながら、しかし浮かない顔で俯いている姫凜に気付いて、忍尽は首を傾げた。
    「……唯月殿? どうしたでござるか、何か不安なことでも――」
    「あ、ごめんなさい。……ただ……」
     その問いに、姫凜は今一度灼滅者達に向き合うと、歯切れ悪くこう切り出した。
    「……感覚的なものではっきりとは解らないけど、嫌な感じがするの。みんなを不安にさせたいわけじゃないけど、都市伝説さえ破壊できたら、……長居はしない方が良い気が、する」
     無事に戻って、と。付け加える姫凜の瞳は、捉え難い何かを追って、迷う様に揺れていた。


    参加者
    鹿嵐・忍尽(現の闇霞・d01338)
    宮瀬・冬人(イノセントキラー・d01830)
    アイティア・ゲファリヒト(見習いシスター・d03354)
    霧渡・ラルフ(愛染奇劇・d09884)
    斎賀・芥(漆黒の暗殺者・d10320)
    海千里・鴎(リトルパイレーツ・d15664)
    西園寺・めりる(お花の道化師・d24319)

    ■リプレイ

    ●召喚
     日暮れ近い公園。空仰ぐ鹿嵐・忍尽(現の闇霞・d01338)は遠い目をしていた。
    (「よもやの速さで、再びの九州行きとは……」)
     記憶に新しいどころの話ではない、忍尽はつい先日も九州で戦い終えたばかり――思い出しかけた光景は、首を振って慌てて掻き消した。
    「遊んでた子供が帰ってこないってのは良くある怪談の類だとは思うけど、実際におこるとなると笑えないよね」
     アイティア・ゲファリヒト(見習いシスター・d03354)は、考え込む様に唸る。
    「嫌な予感ってのも気になるし、少しでも情報掴みたいところだけど……うーん」
    「うん。都市伝説そのものも問題だけど、やっぱり『嫌な予感』が気になるな……」
     口元に手を寄せ、宮瀬・冬人(イノセントキラー・d01830)も悩む様に頷いた。
     エクスブレインが予知の果てに抱いた嫌な感覚。それが一体何を意味するのか――これまでの報告を元に立てられる仮説は、まだ漠然としたものだ。
     少しでも情報が欲しい――しかし今、先ずは目前の都市伝説だ。
    「『誰そ彼時に現れる、顔の隠れた少女は人を帰さぬという』。都市伝説としてはなかなかそれっぽくて好きですヨ」
     喰えぬ笑顔で呟く霧渡・ラルフ(愛染奇劇・d09884)は、斎賀・芥(漆黒の暗殺者・d10320)と共に既にESP『殺界形成』を発動している。
     都市伝説との戦いに人々を巻き込まぬための布石は、確実に公園周辺の人の気配を奪っていた。辺りは、ブランコの音の他はひっそり静まり返っている。
    「静かな公園ってちょっと不気味です」
     キィ、と乗っていたブランコを止め、西園寺・めりる(お花の道化師・d24319)は立ち上がった。
     年相応に子供らしく、と。高くブランコを漕ぐことで覗えていた公園内には今、人の姿はない。
     作戦は次の段階――都市伝説を喚び出すため、灼滅者達は公園中央に集まっていた。
    「例の言葉に繋げる話題か……な、家、片付けてるか?」
     もう、声を潜める必要は無い――海千里・鴎(リトルパイレーツ・d15664)が、それまでと空気変えるかの様に一際明るい声を上げた。
     鴎のニッと勝気に笑みに、その意図を見る――成る程、嘘でも『片付いていない』と答えれば――やや大人びた笑みを浮かべ、冬人は求められた言葉で応じた。
    「実は、あんまり。だから『帰りたくないなぁ』」
     言いながら、冬人は音を外へ逃さぬ不可視の天幕、ESP『サウンドシャッター』を放った。
     これで条件は満たした。都市伝説発生のキーワードに、ざわり――園内に嫌な空気の流れが生じる。
    「帰りたく、ないの?」
     不意に背後から届いた声に、コルネリア・レーヴェンタール(幼き魔女・d08110)は閉ざしていた瞳を開いた。
     自分が問われているのだと、そう思えばぎゅっと両手に力が入る。
    (「私も、1人になったらこの都市伝説に連れていかれてしまうかもしれません」)
     それは孤独への恐れか、それとも自分への疑念か――幼いままではいられないと思うのに、もし1人になったらと、そんな不安はいつもコルネリアに付き纏う。
     迷い抱えながらゆっくりと振り向けば、そこには野球帽を目深に被った少女が立っていた。
    「なら、ここにいたら?」
     疑問符の言葉だが、答えは必要無い――そんな有無を言わせぬ圧を感じる。
    「――お断りだ!!」
     だから鴎はスレイヤーカードを解放すると、顕現した無敵斬艦刀を手に、力強くこう叫んだ。
     武器を手に灼滅者達が一斉に駆け出すと――帽子の少女の隠れた瞳が、ぎらりと妖しく輝いた。

    ●呪いの矛先
     撃ち付ける激しい連射音は、芥のライドキャリバー・ファルコンだ。
     弾道の隙間を潜り抜ける帽子の少女を目で追いながら、ラルフは『Falken Taube』にサイキックエナジーを注ぎ込む。
    「さぁ、耐えてくださいネ?」
     動作は紳士的。しかし笑顔は喰えない――そんなラルフの可視化されたオーラは、奇術師らしい水色の鳩だ。
    「もっと楽しませてください――前哨戦デス」
     とん、と軽やかな1歩で少女の目の前へ立つと、その全身へ無数、光の連打が叩き込まれる。
    「帰りたくない事情はそれぞれあるだろうが」
     瞬時、芥も右側面から間合いを詰めた。
     少女の足元からは、影が芥目掛けて真直ぐに伸びる。しかし捕えた、という瞬間には、そこに人の姿は無かった。
    「……ただ帰らないのと、死んでしまうのではまったく違う事だ。更なる被害をとどめるためにも、しっかり灼滅せねばなるまい」
     直後、背後から予期せず背を襲った芥の黒死斬。ぐらりと傾いで踏み止まった少女の体へと、次いで上から重力乗せて振り降ろされたのは、鴎の戦艦斬りだ。
    「港に帰れない海賊なんてただの遭難だ。そんなかっこわりーもんにはなりたくないね!」
     斬るというより、叩き付ける巨剣の1打。地面を抉るほどの強烈な圧に、少女の体から、人と同じく赤い血が飛び散った。
    「ほいほい、いっくよー!」
     畳み掛けるのはアイティアだ。渦巻く力で破壊力を上乗せた槍が、左側面からすらりと倒れた少女の腹部目掛けて突き出される――ガキン! しかしオーラ纏う腕で少女はその穂先を受け留めた。
    「ここに、いてよ!」
     ゆっくりと体を起こしながら叫ぶ少女とアイティア、2つの拮抗する力が、火花散らして押し合った。
     意外に強い――予想外の力に、アイティアが一旦体を引いてその場を逃れる。少女もそのまま、態勢立て直すべく人気の少ない方へと素早く後退した。
    「残念だけど、逃げ場は無いよ」
    「――!?」
     しかし、それすらも灼滅者達の誘導だ。少女が逃れたその先で、待ち構えるかの様に冬人の穏やかな、しかし何処か冷たさを帯びた声が放たれた。
     足元から射出されたのは、影で模られた漆黒の鎖ナイフ。腕に、脚に、胴に――少女の体へ、隙間なく絡みつく。
    「う……ぐ、ぁ……」
     そもそも囲む様に布陣を取っていた灼滅者達から少女が逃れることは簡単ではなかったけれど――締める様な影喰らいに、苦しげに呻く野球帽の少女を見つめ、コルネリアは悲しそうに呟いた。
    「……あなたが逃がさなかったために帰れなかった人達の様に……私達も今日、あなたを逃すつもりはありません」
     握った杖に、膨大な魔力を注ぎ込んで。縛の少女へと駆けるコルネリアの言葉に、少女は声を荒げて抵抗した。
    「……かえさ、ない。かえさない帰さない!!!」
     まるで煩わしいものを振り払う様に、少女が眩いオーラを放つ――オーラキャノン。放たれた光はコルネリアの杖とぶつかり合い、その衝撃に冬人の鎖が僅かに緩んだ。
    「もこもこっ!」
     コルネリアの負った傷を、めりるのナノナノ・もこもこがすかさず癒す。一方、するりと鎖の縛を抜けた少女へは、めりるのマジックミサイルが降り注いだ。
    「帽子、とっても素敵ですー!」
     その攻撃は絶妙なタイミングで野球帽の少女を狙い撃った。高純度に圧縮された魔力は、着弾した地表から激しい土煙を巻き起こす。
    「野球はやったことないですが、一緒に遊ぶですか?」
     無邪気なめりるの声の中、土煙が晴れていく。再び現れた少女からは――左腕が消失していた。
     息つく間もない猛攻。元々数の利があるとはいえ、序盤から灼滅者達は都市伝説を完全に圧倒していた。
    「……コ、コに……いなよ……」
     それでも、都市伝説の少女はその言葉を紡ぐことを止めない。外見だけ見ればそれは呪われた言葉を紡ぐ、幼い少女の痛々しい姿。
     宙舞う光輪で仲間の援護に廻っていた忍尽はふと、駆け続けていた足を止めた。
    (「……まるで地縛霊でござるな。此処を決して離れられず、力づくで引き止める以外のことは何も知らない……」)
     少女の姿に芽生えた感情はしかし、攻めの手止める理由にならないことを知っている。
    「……それでも、このままには出来ないでござるよ。二度と帰らぬ魂達の為にも――」
     都市伝説を、成敗する――再び駆け出す主の決意を、隣を駆ける霊犬・土筆袴だけが知っていた。

    ●差し伸べる手
    「うらぁあっ!!」
     巨大剣をものともせず高く跳躍した鴎の戦艦斬りが、重力乗せズン! と少女ごと地面を抉る。
    「これでどうだ!」
    「残念ながら、まだ。でも、そろそろ限界みたいだ」
     くるり、と手に『Seirios』を操る冬人が駆け出すと、アイティアもほぼ同時に地を蹴った。
    「――そろそろ、楽にしてあげるよ」
     繰り出す影の鎖は、消耗した都市伝説の少女を確りと縛につける。ジャララ、と鎖揺れる音の中を掻い潜り、アイティアが槍をその右胸に突き刺した。
    「ここ、に……っあァ!」
    「ちょっと可哀想な気もするけど……せめて、さっさと済ませちゃおう!」
     少女の言葉を遮って穿った槍を、持ち替えてぐっと引き抜く。すると、入れ替わる様に2本目、鎖纏う左胸を貫いたのはラルフの赤水晶の槍『Grief of Tepes』だ。
    「……っ、いて……っ」
    「両肺を貫いても意志を曲げない。その強さは称賛に値しますネ」
     尚も気丈に紡がれた言葉の続きに素直に感心を口にして、ラルフも槍を引き抜いた。ごぽ、と溢れた血が人のそれと同じに思えて、見つめるコルネリアは思わずその瞳をぎゅっと伏せる。
     少女の余力はあと僅か――そう思われた瞬間、ラルフを足元から伸びた影が覆う。
    「――!」
    「ラルフさんっ!」
     めりるがその名を呼ぶ中、黒い影は広がって――スパン! 一瞬ラルフを覆ったかに思われた影はしかし、駆け寄った凛々しき黒い獣の一撃に弾け跳んだ。
    「そろそろ、終わりにするでござるよ」
     獣は土筆袴。そして、声は主・忍尽である。
    「痛いの、飛んでけですー!」
    「ふぃーばー!」
     直ぐに防護符を飛ばしためりると、コルネリアの声が重なった。ラルフの傷へふわりと舞い降りた防護符は、ナノナノ・ふぃーばーの癒しのハートと重なって、温かな光を生み出した。
     回復も、攻撃でも圧倒の戦況――隙の無かった灼滅者達に対して、都市伝説は最早その場から動くことも敵わずに、小さな体を震わせていた。
     あと一撃――ゆっくりとした足取りで近付いた忍尽は、しかし少女の前で足を止める。
     その背に、芥は思う。
    (「人の心理はそう簡単ではない。帰りたくない悩みそのものは尽きることを知らず、この都市伝説をこのまま放置すれば、今後も帰れぬ人は増え続けることになっただろう」)
     ――少女は、所詮は命持たない都市伝説。
     破壊すること自体に、灼滅者の誰1人躊躇いは無い。それが命を守ること。忍尽だって、守りたいから此処に居る。
     その一方で――噂に縛られ呪いの言葉を繰り返す幼い少女に、手を差し伸べたいと願う思いもまた、忍尽の心であったから。
    「……帰る場所がないのは、淋しいでござるな。お主も、一緒に帰ろう、でござる」
     もう此処に居なくていい――笑んで手早く印を結んだ忍尽が放つは、抗雷撃。
    (「都市伝説は、一緒に遊ぶ相手がほしかったですかね」)
     攻撃なのに優しい雷の光に、めりるは明るい赤茶の瞳を細めて微笑む。
    「……灼滅」
     コルネリアが呟き落とすと同時、ぱちりと、優しい火花と思いが少女を包んだ――野球帽に最後までその表情を隠していた都市伝説の幼い少女は、沈み行く落陽の景色の中へと、見守られながら消えていった。

    ●疾走
     戦闘前に敷いた殺界は維持されたままだ。
     戦闘後、10分――灼滅者達は、未だ公園に残留していた。
    「さて、鬼が出るか蛇が出るか。……アァ、鬼のほうが出る確率が高いんでしたっけ?」
     愉しそうに言うラルフは、遠くの景色を見つめる視線を決して逸らさない。アイティアも、別な方位を警戒しながら呟いた。
    「HKT六六六が、何しに来るのか調べたいね」
     ――そう。彼女らはHKT六六六を待っていた。
     学園に上がったこれまでの報告から、灼滅者達はこの場にHKT六六六が現れる可能性が高いと踏んだ。
     少しでも情報を持ち帰りたい――そんな思いからの心霊手術は、待機していた10分で結果的に全員の体力を万全な所まで回復した。
     ならば隠れる必要は無いと堂々待っていた彼らの元に程なく訪れた変化に、最初に気付いたのは鴎だった。
    「えっ……」
    「鴎さん? HKT来たですか?」
     隣で鴎の様子に気付いためりるが、同じ方向へと視線を送る。遠く、夕陽沈みかけた空に――明らかに一般人では有り得ない跳躍と速度でこちらへ向かってくる人影を見つけた時、2人の瞳が驚きと焦りに大きく揺らいだ。
    「――嘘ですっ、HKTが、4人!?」
     夕陽の中に、浮かび上がったHKTと書かれたTシャツ姿の人影は4つ。
     確かに報告には、複数名で現れた事例もあったがこれは――広く見晴らしの良い公園に在って、あれだけの戦力に一度接近を許せば戦うどころか逃れるにも至難を極める。
    「そんなっ……幾ら体力が万全でも、予知も無しにあの人数となんて……!」
     焦るコルネリアの背を、冷たい汗が流れ落ちた。それは場の灼滅者のほとんどがそうで――しかもどうするかを判断するこの間にも、HKTはこちらへと迫っている。明らかに、此方の存在に気付いた上で。
     撤退条件も定めてはいた。けれどこの戦力差では――。
    「……情報は欲しいけれど、今回危険を冒してまで無理をすることはないと思う」
     こんな状況下でも冷静な冬人の言葉に、全員が顔を上げ、頷いた。
     最早、1人1人意見を聞いて考える猶予は無い。
    「――撤退する! ファルコン、後ろを守れ!」
     芥の声を合図に、灼滅者達は一斉に駆け出した。
    「……あ! 灼滅者が逃げますわ!」
    「待てこらァー!!」
     疾走する背を、HKT達の怒声が追いかける。まだ遠い。逃げ切る――今は信じて振り向かず、灼滅者達はただただ前へとひた走った。
    「もう! お前がのんびり20分も掛けて不良ども殺したりしてるから終わっちゃってたんだよバカ!」
    「だって目合ったんだもん、殺すでしょ普通!」
     HKT同士、諍いに気を取られたのか――徐々に会話が遠くなっていく。住宅の屋根を跳ぶ方が速いと進路を変えれば、間も無くHKTが何を言っているか聞こえない程度には距離開くことが出来たらしかった。
    (「――どういうこと?」)
     駆ける速度は落とさずに、アイティアは聞こえた言葉を拾い集め整理する。
    (「『20分掛けて殺してた』。そしたら『終わってた』。それって、もしそれが無かったらHKTはもっと早く……都市伝説と戦闘中に現れてたかもしれない……?」)
     たまたま今回来るのが遅かっただけだとしたら。20分前に、既に灼滅者達があの場所に居たことを知っていたのだとしたら。
    「……一体どれだけの情報持って来てたんでしょうネ、あのヒトゴロシ達は」
     言ってラルフは小さく哂う。この疑問に解を出すには、まだ材料が足りていない。
     知り得た不穏な情報を一刻も早く武蔵坂学園へ持ち帰るべく。橙から夜へと染まり行く帰路を、灼滅者達はただひたすらに駆け抜けた。

    作者: 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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