その吸血鬼が嫌いなもの

    作者:飛翔優

    ●交渉
    「協力して欲しいと?」
    「はい。締め付けから解放された貴方にとっても、悪い話ではないと思うわよ?」
     お城のような形をしたホテル跡の一室にて、一組の男女が部屋半分ほどの距離を取りながら対峙していた。
     小悪魔のような翼と抜群のプロポーションを持つブロンド美人……という容姿を持つ女は腕を組み、豊かな胸を強調しながら淫靡に微笑んでいく。
    「何なら、私を好きにしてくれても構わないわ? 随分とご無沙汰みたいだし」
    「お気遣い痛みいる。だが……」
     髪を短く整えている欧州系の美形青年……という容姿を持つ男は赤い瞳を閉ざした上で立ち上がった。
     袖口からナイフを取り出し突きつけた。
    「俺は、お前のような女が嫌いだ。虫酸が走るほどにな」
    「っ!」
     女は後ずさる。
     男は歩調を合わせる形で追いかけた。
     扉へとたどり着いた時、女は鍵がかかっていたことを知る。
    「……」
    「死ね」
     ――全ては未来の話。故に……。

    ●夕暮れ時の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、いつも通りの笑みを浮かべたまま口を開いた。
    「ラブリンスター配下の淫魔アイドルが、他のダークネスに殺されてしまう事件を予知しました」
     淫魔アイドルたちはサイキックアブソーバー強奪作戦ですり減った戦力を回復させる為に、各地の残党ダークネスを探して仲間にしようとしている。が、その交渉が決裂する……という流れらしい。
    「ラブリンスター勢力には、サイキックアブソーバー強奪作戦の時の恩もあるので、放っておくのもどうかと」
     それがなくても、残党ダークネスが事件を起こす前に倒すチャンス。逃す理由はないだろう。
    「考えようによっては、ラブリンスターの作戦を利用してダークネスを灼滅する……と言った形にもなりますね」
     ともあれと、地図を開き郊外の廃墟を指し示した。
    「現場となるのはこの、お城のような形をしているホテル跡。三階、303号室ですね」
     その中で、淫魔アイドル・ライーザが、元ボスコウ配下の吸血鬼・Rとの交渉を行い、決裂した。
     介入タイミングは、Rが最初の攻撃を行う直前から、それ以降となる。
    「介入した場合、ライーザは逃走するでしょう」
     故に、相対するのはRのみ。
     戦場としては、調度品などがほとんど片付けられているため、戦う分には問題ない。
     Rの力量は、灼滅者八人を相手取れる程度。得物はナイフ。
     攻撃能力に特化しており、防具ごと切り裂く、縦横無尽に彩られる連斬、敵陣を駆け抜けすれ違いざまに加護ごと切り裂く……と言った攻撃を仕掛けてくる。
     また、淫魔の様な格好をした女性を嫌っていて、そのようなものを執拗に狙うという性質がある。
    「以上で説明を終了します」
     地図などを手渡し、続けていく。
    「ラブリンスター配下もダークネス。あえて助けないという方針を取ることも可能です。ラブリンスター本人は……その、皆さんもご存知なとおりですが、現在普通に活動できるダークネスの中で最強クラスという噂もありますので、警戒は必要でしょうから」
     そして……と締めくくりに移行した。
    「何よりも、Rを放置するわけには行きません。ですので、どうか全力での灼滅を。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    王子・三ヅ星(星の王子サマ・d02644)
    逆霧・夜兎(深闇・d02876)
    丹下・小次郎(神算鬼謀のうっかり軍師・d15614)
    牧瀬・麻耶(月下無為・d21627)
    桜乃宮・萌愛(閑花素琴・d22357)
    志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880)
    セレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)
    日輪・白銀(汝は人狼なりや・d27689)

    ■リプレイ

    ●かつての借りを返すため
     薄汚れている赤い屋根、ところどころヒビが入っているクリーム色の壁。とうの昔に廃業されたお城のようなホテルを前に、灼滅者たちは佇んでいた。
     風情に似合わぬきらびやかであっただろうネオンを見上げ、手元では遁甲盤を弄びながら、丹下・小次郎(神算鬼謀のうっかり軍師・d15614)はひとりごちていく。
    「これはまるで城だな、確かに吸血鬼が居そうだ」
     こたびの役目は、勧誘に失敗したラブリンスター配下のアイドル淫魔ライーザを救い、元ボスコウ配下の吸血鬼Rを灼滅すること。
     勧誘前には相手のことを調べることが必要だと思う。そんな思いを巡らせながら、肩越しに仲間たちへと視線を送った。
    「ふむ、方位も悪くない。では、状況に入ろうかね」
     否はない。小次郎は正面へと向き直り、重々しい扉を押していく。
     ぎい、ぎいと軋む音がする。
     汚れ破れた赤いカーペットの敷かれた廊下が灼滅者たちを出迎えた。
     カーペットの上を歩き足音を消しながら、灼滅者たちはどことなくすえた臭いがする道を進んでいく……。

     ――俺は、お前のような女が嫌いだ。虫酸が走るほどにな。
    「おっと、そこまでだ、色男」
     303号室で繰り広げられようとしていた凶行を止めるため、逆霧・夜兎(深闇・d02876)がライーザとRの間に割り込んだ。
    「誰だ!」
     問われ、王子・三ヅ星(星の王子サマ・d02644)が応対。
    「悪いけど、君を倒しにやって来たんだ」
     続いて視線を後方へ、ライーザへと差し向けウィンク一つ。
     ――困っている子がいたら助けるのが人だろう? ボクは灼滅者である前に、人だもの。
     だから……。
    「君は今の内に逃げて! 今度会ったら歌のお礼してねっ」
     返事は効かずに背中を向け、キラキラと光るロッドをぐるん! と振り回しRを牽制し始める。
    「え、ええと……」
     なおも呆然としたまま佇むライーザの背中を、志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880)が軽く叩いた。
    「ライーザさん、交渉は決裂しました。私達が時間を稼ぐので逃げてください」
    「之で防衛戦での借りは無しだ」
     牧瀬・麻耶(月下無為・d21627)もまた言葉を投げかけて、Rへと向き直っていく。
     ようやく状況を理解したか、ライーザはコクリと頷いた。
    「わ、わかったわ。ええと……その……ありがとう」
     無駄にはしないとばかりに踵を返し、ライーザは303号室から脱出する。
     すれ違うように桜乃宮・萌愛(閑花素琴・d22357)は室内へと侵入し、最前線へと躍り出た。
    「うふふ……」
     精一杯妖艶な笑みを浮かべながら、黒のボディコンシャスなミニドレスを纏いし胸元を、太ももを見せつける。黒の翼もはためかせ、淫魔のような格好が嫌いと聞くRの気を引こうと一歩前に踏み出し投げキッスを……。
    「きゃあー!」
     しようとした時、何かに躓いたか前のめりに転んでしまう。
     したたかに打ち据えた鼻を抑えながらも立ち上がり、涙目と真っ赤な頬を披露するはめに陥った。
    「うう……」
    「……」
     気を引くことはできたのだろう。険しい視線は、萌愛に注がれていた。
     視線を独り占めなどにさせたりしない。もとい、攻撃対象の分散は必要不可欠だろうと、日輪・白銀(汝は人狼なりや・d27689)もまた、恥ずかしげに前線へと躍り出ていく。
    「だ、大胆な女性は、お嫌いですか……?」
     瞳をうるませ微笑む彼女の格好は、布面積の少ないミニ和服。胸元を大胆開き、肩をはだけ……ちょっと動けば、脱げてしまうのではないかと危惧してしまう程の姿である。
    「……」
     ちらりと向けられた視線に込められしは、憎悪。
     正面から受け止め、白銀は霊犬のシュトールを呼び出した。庇う役目を命じながら、剣を構え仕掛ける機会を伺い始めていく。
    「……」
     Rは言葉を紡がずに、二人の間にナイフの切っ先を突きつけた。
     一触即発。どちらかが動けば開幕する戦い。
     ゴングを導くために、三ヅ星が落ち着いた調子で問いかけた。
    「なんで嫌いないんだい? ライーザ君、可愛いと思うんだけどなあ?」
    「お前らに語る必要はっ!?」
    「背後からの不作法失礼します。だが、ノックをするわけにもいかなかったのでね」
     走り出しかけた右足を、一本の影が拘束する。
     小次郎だ。
     仲間たちが気を引いているうちにRの背後へと回りこんでいた小次郎が、自身の影を伸ばし絡みつかせたのだ。
    「ちっ……」
     忌々しげに振りほどいた頃にはもう、灼滅者たちは動き出している。
     少しでも早く、確実に、Rを灼滅してしまうため……。

    ●Rを名乗りし男の業
     何故、淫魔のような格好を嫌うのか。
     語る必要はない、との言の葉を頭のなかで転がしながら、セレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)は考える。
     普通に格好だけなのかもしれない、あるいはその誘惑する態度が気に食わないのかも知れない。もしくは、誘惑で堕ちる程度の存在に見られている、とも考えられる。
    「……相手が悪かったんだろうな、彼女も」
     交渉に失敗したライーザの姿を思い浮かべながら、鳥の手で魔術文字が祈りのごとく刻まれている木槍を握りしめた。羽毛を、バニーな耳を風になびかせ、黒のバニースーツに網タイツという姿を晒しながら、猛禽類を思わせる瞳にバベルの鎖を宿していく。
    「……勝つぞ」
     小さな決意に呼応するかのように、藍が拳を肥大化させつつ駆けだした。
    「淫魔のような女がお嫌いなら、勝負を望み命を懸ける女はいかがでしょうか!」
     真っ直ぐに突き出せば、誤る事なく胸を殴ることに成功する。
     が、Rは揺るがない。口元に小さな笑みを浮かべ、ナイフを横にかまえていく。
    「そうだな、お前のような女は嫌いではない」
     されど視線はすぐさま逸らされ、刃は白銀へと向けられていく。
     故に藍は瞳を細め、冷たく言い放つ。
    「淫魔のような姿が嫌いと言いながら女性の服を切り裂いている貴方の行動は。矛盾していますね。それとも切り裂かないと興奮できない変質者でしょうか」
    「はっ、そのようなやすい挑発には載らんよ」
     気に留める様子もなく、白銀へ刃を振り下ろしていくR。
     白銀は蹴りでナイフの側面を弾き腿の辺りを薄く切り裂かれるに留めながら、シュトールへと視線を向けていく。
    「シュトール、私は私は大丈夫です。皆さんのフォローを」
     勢いのまま左足を軸に一回転。
     右足を擦り炎熱させ、頭を狙ったハイキック!
     左腕で防いだRの頬を、一発の弾丸がかすめていく。
     担い手たる麻耶は相変わらず気のないように思える瞳でRだけを見据えつつ、巨大な剣を抜き放つ。
     Rの視線を受け止めながら、淡々と言葉を紡いでいく。
    「自分は、はぐれ吸血鬼の嫌いなモンなんざ興味ないっすねぇ。ちなみに、自分が嫌いなものは吸血鬼っすよ。なので殺させてくださいな」
     締めくくりと共に跳躍し、刃に紅蓮を走らせながら振り下ろす。
     峰に防がれるも、構わず力比べへと持ち込んだ。
    「……」
    「……ちっ」
     得物の重さ故だろう。Rは腕の力を抜き、自ら転がる形で刃から逃れていく。
     地面を砕いた後、麻耶は一旦距離を取った。
     まだ、誰が危険というわけではない。
     時間制限があるわけでもない。
     ただ、逃走だけは注意しつつ、じっくりとRを攻めていこう。

     Rが、前衛陣の間を駆け抜けた。
     僅かにバランスを崩した時、右足を切り裂かれていたことに気がついた。
    「…っ! 大丈夫か?」
     左足を軸に体制を整えながら、夜兎は鋼糸を伸ばしていく。意趣返しとばかりにRの右足を拘束し、弾き合いながら仲間たちの様子へと視線を送る。
     ――そこには戦い前。淫魔っぽい格好をした女性陣を見て目のやり場に困ると愚痴っていた時の彼はいない。
    「ナノナノ、萌愛のサポートを頼む」
     冷静にもっともダメージが深い萌愛の治療を命じながら、Rとの力比べを継続する。
     ナノナノの治療を受けながら、萌愛自身は喉を開く。
    「――!」
     声にならない叫びをあげるとともに気合を入れ、抗うための力を獲得した。
     ……そう。治療役はナノナノのみという構成で、回復の絶対量自体は足りていない。しかし、防衛役が上手く受け止めていること、かばいあっていることでカバーしていた。否応なしに傷は深まっているものの、速度は鈍い。
     Rが傷ついている速度の方が早いはずと、三ヅ星が影を放つ。
     左足を縛り上げた。
    「今だよ!」
    「ええ」
     短く返答し、セレスは放つ。
     螺旋状の回転を加えた槍刺突を!
    「ちっ!」
     誤ることなく左肩を捉え、深く、深くえぐっていく。
     抗わんというのかRは手を伸ばし、ナイフを振り下ろしてきた。
     左手のナイフで受け止め、弾き、セレスは再び距離を取る。
     追撃されることはない。
     拘束の力が、Rの動きを阻害しているから。
     すいでに幾重にも張り巡らされている拘束の力。この調子ならば……!

    ●最後は誇りをもって
     白銀が僅かに姿勢を崩した隙を狙い、Rが動いた。
     すかさず萌愛がサイドステップ。ガードする暇はないと身を晒し、肩を、腕を足を腰を切り裂かれた。
    「っ!」
     悲鳴をあげることはなく、ただただ気高い声を上げていく。
    「ありがとう、助かった!」
     一方の白銀は礼を述べながら、跳んだ。
     空中で一回転し、Rの胸元に向かってキックを放った。
     クロスした腕の隙間をくぐり抜け、つま先は胸元へと突き刺さる。
     よろめき下がっていく様を眺め、セレスはからかうように口を開く。
    「他の淫魔姿の仲間が危なさそうなら挑発しこちらに気を惹く。なんとお強い。さぞかし昔は一流の吸血鬼だったのだろう。今は……すまない」
    「……」
     セレスへと視線が向けられた刹那、反対側を麻耶が駆け抜けた。
     ブレーキを掛け振り返った時、Rの左足から血が吹き出す。
    「今だ」
    「少し大人しくしてろって」
     すかさず夜兎が鋼糸を伸ばし、右足へと絡みつかせていく。
    「くっ……」
     重ねていた力が浮かび上がり、Rに動くことを禁じていく。
     故に小次郎は悠々と踏み込み、問いかけた。
    「さて、熱いのと寒いのと、どちらがお好みですか? まぁ、両方やるんですが」
     返事を待たずに炎を込めた裏拳で頬を張り倒し、倒れた所に氷の追撃。
     服を凍てつかせていくRの頭上、三ヅ星がキラキラ光るロッドを振り回す。
     遠心力を活かす形で脳天へと叩きつけた!
    「さあ、終わらせよう!」
     言葉と共に魔力を爆発させ、Rの体を抑えこむ。
     呼応し、藍は巡らせる。
     吹雪のように渦巻くオーラを、氷よりもなお冷たい眼差しとともに!
    「志穂崎・藍、貴方を灼滅します!」
     Rの襟元を拾い上げ、強く手元に引き寄せる。
     腰を深く落とした後、体を捻り背負投げ!
     地面へと叩きつけたなら、張り付いていた氷が砕け散る。炎も、Rの行く末を示すかのように消え去った。
    「ぐ……」
     Rがうめいた時、指先が灰へと変わっていく。体が崩れ始めていく。
     忌々しげに天井を見つめるRを覗き込み、白銀は武装を解除。谷間や太ももなどはさらしながら、戦闘者としての向きが色濃い凛とした戦装束を披露した。
    「……」
     淫魔のような相手に倒されたのではない。その思いは、果たしてRに届いただろうか?
     Rはただ瞳を見開いた。
     崩れ去る瞳の代わりに口の端を持ち上げ、程なく果てた。
     堆積した灰も山が崩れると共に消滅し、灼滅者たちに戦いの終わりを告げていく。
     完全勝利の胸にいだき、灼滅者たちは事後処理へと移行した。
     静寂という名の平和に、祝福に抱かれながら。ラブリンスターとの今後に思いを馳せながら……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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