正義の味方と迷い道

    作者:貴宮凜

    「けぇぇぇぇいっ!」
     夕暮れ時の路地裏。少女の気合の乗った声と共に、竹刀が走る。
     まず、間髪入れずに二度。暫く間を開けて、もう一度。都合三度、竹刀が人を打ち据える音が響き。竹刀を振るった少女が、残心を取った。
     黒地に白の三本線が入った長袖のセーラー服に、腰までの長い黒髪が映える。
     少女は、膝を突いて痛みに息を荒げている相手を冷ややかに見下ろし。
    「まったく、今時オタクっぽいの捕まえてカツアゲとか。何考えてんの?」
    「っせえ、黙れ。殺すぞ? あ?」
     物騒な物言いで返すのは、ブレザータイプの制服をだらしなく着込んだ少年。額と制服の右腕には、竹刀の痕がくっきりと浮かんでいる。
    「カッコわる、馬鹿らしい。さっさと帰ったほうがマシなんだけど?」
     少女は肩を竦め、軽口で返す、も。
     少年が痛みで震える手でナイフを抜く様が目に入るなり、顔色が変わる。
     少女は、つい先程まで恐喝に遭っていたクラスメイトの男子に、一度学校に戻るよう告げて。
    「バカ。刃物なんて出したら、タダじゃ済まないって……!」
     直ぐさま、竹刀を連打した。
     ナイフを握った側の小手を強く打ち据えて、ナイフを落とさせ。落ちたナイフを蹴飛ばし様、素早く腕を振り上げ、もう一度小手。
     痛みで戦意を喪失させるための連撃だ。普通の相手ならこれくらいで十分。大急ぎで撤収して、交番に駆け込めばいい。
     だが、この日だけは何かが違っていた。
     竹刀を大きく振り上げ、脳天に一撃。乾いた竹が骨を打つ鈍い音が響く。
     頭をしたたかに打ち据えられてバランスを崩した男子学生が、排水用のパイプに頭を打つ。その場に崩れ落ちたまま、ぴくりとも動かない。
    「ちょっとやり過ぎた、かな?」
     少女が、少年が搬送先の病院で息を引き取ったのを知ったのは、しばらくした後のことだった。
     
    「ういーっす、来てくれてありがと。んじゃ、始めるよー!」
     ジャージ姿の野々宮・迷宵(中学生エクスブレイン・dn0203)が、灼滅者達に声を掛けた。ジャージが普段着タイプの快活な女子をイメージしているのだろう。人懐こそうな笑みで、灼滅者達を呼び集める。
    「正義の味方みたいなタイミングでヤバいとこに出くわしちゃう人ってさ、いるよね? 言うなれば、正義の味方属性持ち、ってやつ。今回何とかして欲しいのは、そういうタイプの人なのさ」
     桐島・佳澄。都内の高校に通う二年生。剣道部に所属しており、剣道二段の腕前を持つ。部活を終えた後は、時折、自警団めいたパトロール活動にも参加しているようだ。勧善懲悪系の、まさに、正義の味方のような少女である。
     そんな彼女が、ある日、いつものように不良とオタク系男子のカツアゲシーンに出くわしてしまい。その最中に闇堕ちして、不良を死なせてしまったのだ。
     闇堕ちしたとは言え、幸いにも、彼女はまだ人間としての意識を残している。
     ダークネスになりきっていないこの状況を、みすみす逃す手はない。
    「佳澄ちゃんが灼滅者の素質を持ってるならね、救い出して欲しいんだ。でも、どんなに頑張っても無理! ごめん灼滅するしかない! ってなったら、うん、任せる」
     最善を尽くした結果だもんね、と続けるも。灼滅者達を見詰める迷宵の顔には、頑張って助けてきてね、と書いてあるかのようだった。
     
    「佳澄ちゃんと出会えるパターンは、結構多めだよ。正義の味方属性は健在だから、誰かのピンチとか、誰かが悪さをしている気配にはすぐ気付いちゃうみたい。今でもパトロールやってるしね。流石に竹刀でえいやっ、とかは控えようとしてるけど」
     とは言え、ただ出会うだけでは意味が無いのも事実。闇堕ちした彼女を救うには、彼女をKOしなければいけないのだから。
    「放課後、佳澄ちゃんが事件を起こした路地裏に行って、不良さんに絡まれてるところに割り込んでみるとか。下校途中の佳澄ちゃん相手に一芝居打ってみるとか。色々やれるはずだから、考えてみてね。下調べは済んでるから」
     迷宵は、教卓の上に置いたノートの表紙を、とんとん、と叩いて見せた。そこには、佳澄の下校時間や放課後の行動パターンを記してある。必要ならばコピーして灼滅者達に渡す用意もあるとのこと。
    「佳澄ちゃんが使うサイキックはね、ストリートファイターさんたちと一緒。素手じゃなくて竹刀を使うから、ちょっと技の見た目は違ってるけど。そこはうまーく対応して欲しいかな。漫画みたいに、突然投げ技を仕掛けてくるかもだしね!」
     勿論、ちゃんと説得も忘れないでね、と迷宵は付け加えて説明を終えた。
    「突然、理由もなく闇堕ちしちゃうのはちょっとおかしいよね。裏があるのかも。でも、変な横槍は入らないのだけは確実だから。佳澄ちゃんのこと、お願いね!」
     何の前触れも無く、闇雲に力を求めるだけの迷い道に堕とされた桐島・佳澄。
     灼滅者達は、彼女を救うことが出来るだろうか。


    参加者
    御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)
    日影・莉那(ハンター・d16285)
    アンジェリカ・トライアングル(天使の楽器・d17143)
    ワユディー・カザハヤ(コンバットチルドレン・d19850)
    遠夜・葉織(儚む夜・d25856)
    ラハブ・イルルヤンカシュ(アジダハーカ・d26568)
    ミュシカ・ゼクシウス(天衣無縫・d30749)
    エリザベート・ベルンシュタイン(勇気の魔女ヘクセヘルド・d30945)

    ■リプレイ

    ●袋小路に潜む蜘蛛
    「分水嶺だな」
     御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)は、端的にそう告げた。声音は平坦。腕組みをして壁に背を預ける立ち姿は、そのまま壁の中に溶け消えてしまいそうな程、存在感がない。
     夕暮れ時の、通学路から少し外れた細い路地に、身長190cm近い男性が立っていると言うだけで目立つはずなのに、だ。
    「何だよそれ」
     半目で返すのは、日影・莉那(ハンター・d16285)。白焔に視線は向けず、放るように返す。目を惹く長い赤毛は、攻撃的な装いを更に際立たせ。見る者に、激しく燃えさかる炎めいた印象を与えるかのよう。
    「佳澄のことだ」
    「私には、勘違い系の面倒なタイプに見えるがね」
     正義の味方気取りの奴は大概面倒だ、と肩を竦める莉那に。
    「少なくとも、無能ではあるまいよ」
     故に来る、と返す白焔。視線はこの路地が繋がる大通り、莉那の形成した殺界の外に。そちらには佳澄を釣る為の囮や、これから打つ小芝居に絡まない面々が待機している。
    「どちらにしても、来てくれなきゃ始まらないのがね」
     微妙にダルい。莉那はぼやいた。

    ●彷徨う竜と戸惑う魔女
    (「これが、これが、依頼の厳しさ、難しさなのかな……!?」)
     エリザベート・ベルンシュタイン(勇気の魔女ヘクセヘルド・d30945)は、早くもピンチに陥っていた。
     芝居の筋書きはこうだ。人気のない路地にふらりと迷い込んだ外国人姉妹が、不良に絡まれてカツアゲされそうになる。そこを、近くを通りがかった佳澄に割り込んで貰おう。
     だから、被害者を演ずる側のふたりは一度戦場となる地点から離れ。頃合いを見て合流する手筈だった。
     が。
    「違う違うそっち行ったらダメ、ラハブせ……おねえちゃんっ!」
     ラハブ・イルルヤンカシュ(アジダハーカ・d26568)の行動は、エリザベートの想定を遙かに越えるものだった。とにかく気付けばはぐれているか、転んでいるかのどちらか。
    「ん、大丈夫。余裕余裕」
    「何がっ!? どこがっ!? どうしてっ!?」
     ツッコミを入れるたびに縦ロールがせわしなく揺れて。どれだけツッコまれても、灰色のぼさぼさ髪はマイペースに風をはらんで広がるだけ。
    (「早く来てよ佳澄さん、ラハブ先輩が擦り傷だらけになる前にぃ……!」)
     彼女さえ来れば何とかなる。そう、何とかなるはずなのだ。
     エリザベートひとりで、ラハブを制さなくて良くなるのだから。

    ●ブロンド勢と非ブロンド勢との適切な距離について(前)
    「頑張ってますねぇ、エリザベートさん。いいなぁ、いいなぁ」
     囮のふたりを遠巻きに眺めては、しきりにエリザベートが羨ましいと繰り返しているのは、ミュシカ・ゼクシウス(天衣無縫・d30749)。片手にはストローを刺したドリンクのパック。ストロー内側から薄く透けて見える中身は、赤い。トマトベースのジュースか、それともブラッドオレンジか。ストローの差し込み口が、どことなく点滴のチューブを繋ぐことができるようにも見えるのは、気のせいだろうか。
    「筋書を少々変えてみましょうか。ミュシカさんなら、三姉妹の長女役もお似合いかと」
     返すのは、遠夜・葉織(儚む夜・d25856)。ミュシカとは対照的な雰囲気を感じさせる少女である。男物の和服を着込んでいるため、遠目には中性的な顔立ちをした少年にも見える。
     となると、ミュシカが和服の袖口を掴んで、ひし、と葉織に縋り付く様は、姉弟のように見えなくもなく。
    「そうしたいのは山々なんですよぅ」
    「でしょうね」
    「仲良くしたいんですよぅ、皆さんと」
    「解ります。それと、近いです」
    「葛藤してるんです。人数が多くても不自然ですし、人払いしちゃってますし」
    「佳澄さんに加勢の必要性を感じてもらわないといけませんからね。あと、近いです」
     近い近いと指摘される割りに振り払われないあたり、彼女の人なつこさが受け入れられていると言うことか。
     ひとまず、ミュシカは満足げである。

    ●ブロンド勢と非ブロンド勢との適切な距離について(後)
    「良いね良いねぇ、らぶらぶしてるねぇ」
     そんなふたりを遠巻きに眺めているのは、ワユディー・カザハヤ(コンバットチルドレン・d19850)。俗に言うストリート系の服を着込み、手近な塀に背を預けてしゃがんでいる。ともすればそのまま寝てしまいそうなくらい、その瞳には覇気が無い。
    「そう、なのですか?」
     アンジェリカ・トライアングル(天使の楽器・d17143)が小首を傾げる。ただでさえ人目を惹く金髪碧眼に、女性としては比較的長身で姿勢も良いとあれば、ダウナー系だらだらスタイルを貫くワユディーの隣でなくとも目立つと言うもの。
    「そうだよそうだよー、ワユには解るのさ。あれはこう、あれだね、背が高くてスタイルがいい人の腰に抱き着きたい系女子と見たねー」
    「は、はあ……ひゃっ!?」
    「と言うわけで、行ってらー。正義ちゃんの行動パターンはミュシカが把握してるからさ、一発確認ぷりーず。ワユの代わりに」
     要領を得ない顔のままだったアンジェリカの背を、おもむろに腰を浮かせたワユディーが押す。ゆるりとした動きで持ち上がった手が背に触れた直後、動きの緩慢さに反して、アンジェリカが勢いよく前につんのめり、たたらを踏む。
     ミュシカがアンジェリカにも甘え始めたあたりで、ワユディーは再び腰を下ろす。金色の瞳は相変わらず、気怠げに、じゃれあっている少女達を映し。
    「……お、おー?」
     テンションが最高潮に達したミュシカから、囮役のふたりを探して、ワユディーが視線を巡らせると。
    (「どーなのこれ、どーすんの。一応想定内だけどさー……」)
     制服姿の佳澄が、囮役のふたりを道案内する光景が目に入ってしまった。

    ●竜が導く迷い道
    (「どうしようどうするの頑張れ私佳澄さんに会えたからまずは仲良くでもでもこれから……!?」)
     エリザベートは混乱していた。
     半ばラハブに誘導される形で、佳澄が普段使う通学路を逆行したのはいい。事前にミュシカから教えて貰った、佳澄が下校する時間帯とも、だいたい合致している。
     だが、この通りから外れた細い路地で待機している白焔と莉那のもとにどう誘導すればいいだろう。経験豊富な先輩方を信じて、予定通り動けばいいのだろうか。
    「どうしたのエリザちゃん、調子悪い? コンビニでお水でも買ってく?」
    「あ、だだだだだ大丈夫ー、大丈夫だよ。それより、ほら、ラハブお姉ちゃんがまた変なほうに」
    「お、確かに。おーいラハブちゃーん、そっちは違うよー」
    (「ラハブ先輩、行き先は合ってるけど急だよー!?」)
     白焔と莉那が待機している地点にまっすぐ向かおうとするラハブにくっついていくしか、エリザベートには無かった。

    ●災厄竜の進む道
    (「闇堕ちしたばかりの一般人。勧善懲悪の権化みたいな、まっすぐなひと。それくらいは、私にだって解る」)
     ラハブはまっすぐに、白焔と莉那が待機してる路地を目指す。エリザベートが何か言っているのは聞こえている。が、もう、ラハブにとって、戦闘は始まっているのだ。
     よくわからないところをふらふらして、時間を潰す必要は無くなった。獲物はすぐ側に、後は、味方が用意した罠へと導けばいい。強敵と力を比べ合う喜びも、佳澄の、人としての心に訴えかける好意的な説得も、全て味方に任せればいい。
    (「神様はいつだって居留守中。正義の味方なんて最初から存在してない。互いに手を取り合えば、いつか必ず、皆が皆を守り会えるなんて、今時、教会のミサでも流行らない」)
     教えて貰った目印を頼りに、ラハブは通学路を外れ。狩人と蜘蛛とが待つ、嵐の中心へ。
     佳澄なら、エリザベートが誘導するはずだ。わざわざ居場所を確かめる必要は無い。
    (「それでも足掻くのが、人だから」)
    「おっと、ココは通行止めだぜ。ガイジンさん」
     視線は、路地の奥。日陰でも映える赤毛をなびかせ、芝居を始める莉那へと。白焔は音もなく、ラハブ達の退路を塞ぎ。
    「ん、通して。近道したい」
     ミュシカ達が遠巻きに見守る中、芝居と言う名の仕掛けが始まった。

    ●袋小路にて
    「時間無いんだよ。忙しいんだよ。言ってんだろ、さっきからずっと。通行料払ったら通すってさ。これ以上無駄な時間取らせるようなら、ウチのツレがヤっちまうぞ?」
     とにかく珍しくて弱そうなものをいたぶりたいのだ、と、理不尽な悪党を演ずる莉那。白焔はその体格を活かして、佳澄も含めた囮組の退路を塞ぎ。時折、暴力性を覗かせて威圧する。
    「ああ、力尽くの方が好みか?良いぜ、俺も嫌いじゃないし」
     白焔は雑居ビルの壁を蹴る。とにかく音だけは大きく鳴る代わりに、殺傷力は二の次の蹴り。ミュシカが悲鳴を挙げたが、白焔達は気にしない。
    「ら、ラハブお姉ちゃんに手を出さないで!」
    「頑張るね縦ロールちゃん。でもさぁ、そろそろおねーさん限界なんだわ。キレそうなんだわ、解る? 怖いぜ、痛いぜ、泣いてもダメかもしれないぜ?」
     ラハブの前に立ちはだかり、大きく手を広げて守る姿勢を見せるエリザベート。
     その横合いから更に前へと出る、佳澄。肩を怒らせ、眉をつり上げ。どう見ても、激怒しているのは明らか。
    「あんた達ね、子供相手にこんなことして恥ずかしくないの? しかも、外国人の子だよ?」
    「何だよ、喧嘩売ってるの? その竹刀、抜くのか? 抜くんだろ? かっこいいな、凄いな、正義の味方気取りかよ。超ウケる」
     莉那が佳澄を挑発した直後。
     莉那のスレイヤーカードが、自動的に封印解除された。
     身の毛もよだつ程の殺気を纏った一撃が、莉那に迫る――!

    ●正義の味方が抱える闇
     WOKシールドを展開するでもなく、巨大な縛霊手で止めるでもなく。莉那は、バトルオーラで竹刀の勢いを削ぎつつ、佳澄の一撃を受けた。並行して霊犬を物陰に忍ばせ、状況の変化に対応すべく手を仕込む。
     その間、白焔は通行人を装う面々を手引きし。莉那が展開中の殺界に重ねるようにサウンドシャッターを起動するよう、ミュシカに要請する。
     殺気と、戦場外への音漏れを封じるESPの二重展開。佳澄を捕らえるための蜘蛛の巣が、完成し。
     莉那が佳澄の攻撃をいなし続ける間に、説得へと移るためのタイミングを計る。
    「こいつらを思いっきりぶっ飛ばすから、その隙に逃げて。出来るだけ、人が多いとこ」
     佳澄の指示を受けても、エリザベートは、怯えた風に頷くのがやっと。動かない。
    「また、力に頼るの」
     不意に、ラハブが尋ねた。
    「また、正義を気取って誰かを殺すの」
     畳みかける。
    「そんな、化け物以下のどうしようもないモノに堕ちるなら」
     小柄な身体が、一瞬にして異形と化す。
    「私は、今のあなたを否定する」

    ●正義の在処
     ラハブの独断専行は、結果として功を奏したと言える。
     莉那と白焔のふたりが被害を受け持つとは言っても、佳澄の振るう竹刀を逸らして物損を誘発するまで、どれだけの負担が掛かるか解ったものではない。見切る、防ぐまでなら問題はないものの。誤爆となると、成功率は格段に下がる。
     故に、結果論ではあるが、激高した佳澄を巻き込んで、雪崩れ込むように戦闘に持ち込むほかなかった。
    「普段の貴女ならば、あんな安い挑発になど乗らなかったでしょう。わたくしは剣道に詳しくはありません。が、道と名の付く教えは大抵、己を見詰め、己の裡の歪みを糺すものだと、わたくしの師は常々語っておりました!」
     アンジェリカが、トライアングルを模した殲術道具一式を操りつつ語りかけ。
    「以前より力が余ってさ、人を殴るの簡単じゃない? なんか躊躇とかなくない?」
     円を描くような軌道で地を滑り、佳澄の竹刀を制するワユディー。滑らかな動きで佳澄の視界の死角を通り、背にぴたりと手を添える。掌は返し、手首、肘、肩、腰と捻りを加え。
    「その調子じゃあ近い内に人を殺すよ、お姉さん。ワユも昔同じ目にあったから分かるんだ」
     描く螺旋に上向きのベクトルを加え、打ち上げる。
    「『Blitz』『Lauf』『Durchbrechen』――貫け雷撃!」
     ラハブの宣告に戸惑う佳澄の前で、鮮やかな変身シーンを見せたエリザベートが追撃する。急展開に自身も戸惑っていたものの、戦闘に入ったのだと解れば、表情に自信が戻る。
    「勇気の魔女であるボクは、心からお礼を言いたい。ありがとう、って。――キミに勇気を貰ったんだ。初めて、キミみたいな人を助けるお手伝いをすることになってさ。不安だったんだよ。そんなボクをね、気遣ってくれたのは。……とても、嬉しかった」
     そこに葉織が意を合わせ、全力の威を重ねる。愛刀は既に抜刀済み。八相から上段へと構えを移し、全力で振り下ろす。
    「貴女が望むのなら、自身の力と衝動に立ち向かうなら。私達は幾らでも手伝いましょう」
    「ただ勝つだけじゃ満足出来ない馬鹿なんだろう、佳澄。だったら、正義に酔ってる無能じゃないとこ、証明してみせろッ!」
     莉那と、彼女の霊犬ライラブスが戦線を整える。
    「佳澄さんの正義の心、強く持ってくださいっ。佳澄さんが強くなりたい理由、原点、思い出してくださいっ」
    「――覚悟を見せろ。でなければ、世界の真実に食い殺されるぞ」
     白焔が、高速で路地を這い駆ける。三次元機動からの一撃が、佳澄を打ち。
     灼滅者の猛攻をしのぎ切れず、佳澄は膝を突いた。

    ●袋小路を抜けた先
    「よく頑張りましたね佳澄さん、良かったですよぅ……!」
     戦闘を終え、最低限の手当を済ませた途端。ミュシカが佳澄に縋り付いた。ひしりと縋り付いては頬擦りし、良かった良かったと繰り返す。合間に葉織が、改めて、灼滅者とダークネスについての説明を行い。一段落つくまで、莉那の殺界とミュシカのサウンドシャッターは維持され続けた。
    「……なるほど」
     その様を見て、アンジェリカは確信する。
     もしも彼女込みの三姉妹設定で芝居を打とうものなら、エリザベートの負担は尋常ではないことになっていただろう、と。何せ、本当に自分の好きなようにしか動かないのだ。ミュシカは。小さくて可愛い子も、綺麗なお姉さんも大好きですとまで口走っていた。これはヤバい。かなり、ヤバい。
    「やー、お姉さん強いよね。学校でまたワユとバトってもらっていい? おっけ? はいおっけー貰いましたー」
     ワユディーとの再戦の約束を果たす為か否かは不明なものの。
     佳澄が武蔵坂学園への転入を果たしたのは、しばらくした後のことである。
     

    作者:貴宮凜 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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