そろばんバンバン!

    作者:雪神あゆた

     兵庫県小野市。
     ある一軒家の一階の居間で。
     小学生二人が、教科書を広げながら宿題を一緒にやっていた。
    「算数なんてかったるいよなー」
    「あ、そだ。電卓を使おっか? それならすぐに……」
     そのとき、ドアが、ドタン! 派手な音を立てて開いた。
     入って来たのは、両手にそろばんを持った少女。年齢は15歳くらいだろうか。髪はショートカット。
    「話は聞かせてもらったわ!」
     少女は両手のそろばんをジャラジャラと鳴らしつつ、
    「この街の伝統工芸品は電卓じゃない、そろばんよ! 街にはそろばん博物館や世界一大きいそろばんだってあるのに――どうして、どうして電卓を使うの!」
     何処から取り出したのか、そろばんを10個も20個も取り出し、小学生たちの前にどんどんと置いていく。
    「いい? そろばんを使わなきゃ、だめなんだからねっ!」
     そして、少女はそろばんをじゃらじゃら鳴らし、
    「そろばんの未来は私が守るんだっ」
     宣言しつつ立ち去った。
     後に残されたのは大量のそろばんと、呆気にとられた小学生たち。
     
     学園の教室で。
     蓬栄・智優利(淫乱ピンクの申し子・d17615)と神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)がやってきた灼滅者たちを迎えていた。
     明るい笑顔で智優利は挨拶し、続ける。
    「兵庫県小野市でそろばんに関係した事件が、おきるんじゃないかな? そう思って、調べて見てもらったんだよ」
     ヤマトがうむ、と頷いた。
    「そうしたところ、……イニシエより伝わりし伝統工芸、その魅力に狂わされ、闇堕ちした一般人の姿を確認した」
     ヤマトは溜息をつきながら、灼滅者たちに告げる。
    「彼女は今『そろばんマスター・キラリ』を名乗っている。
     小野市内をパトロールしつつ、電卓等を使おうとする人を叱りつけ、そろばんを勧めまくるという活動を行っている。
     通常なら闇堕ちすれば心もダークネスとなるが、キラリはいまだ人の心を持っている。
     しかし、放置しておけばほどなく、完全なダークネスとなってしまうだろう。
     その前に、彼女と戦いKOして欲しいのだ。
     もし、彼女が、灼滅者の素質を持つのであれば闇堕ちから救うことができる。
     ……素質がなければ、灼滅してしまうだろうが、その場合でも、ダークネスの誕生を阻止することができる」
     まず彼女、キラリと接触しなければならない。
    「昼の12時にとある一軒家の居間に侵入してくれ。そうすれば、子供達二人に説教するキラリに遭遇できる」
     そしてキラリと戦闘しなければならない。
     キラリは現場にいる子供たちを攻撃しようとはしないが、それでも、子供達の安全を守るために、なんらかの対策をとったほうがいいだろう。
     さて、そろばんマスター・キラリは戦闘になれば、ご当地怪人の三つの技を使う。
     その他、そろばんをジャラジャラ鳴らすソニックビートに似た技や、そろばんの玉を百億の星のように降らす技も使う。
    「闇堕ちしているだけに、キラリはかなりの実力者だ。だが、人の心に呼びかけることで、弱体化できる」
     彼女は小野市とそろばんをこよなく愛している。そのため、そろばんよりも電卓や携帯の電卓機能等が計算に使われる現状に、危機感と悲しさを覚えてもいる。
     彼女に共感を示しても良いし、逆に彼女の誤りを諭しても良いだろう。他にも効果的な説得手段があるかもしれない。
     説明を終えると、ヤマトは皆に告げる。
    「彼女を止め、出来る事なら助け出し、学園に連れて来てくれ。
     一人の少女の未来がお前達の双肩にかかっている。頼んだぞ!」


    参加者
    秋篠・誠士郎(夜蒼鬼・d00236)
    古室・智以子(中学生殺人鬼・d01029)
    新堂・辰人(夜闇の魔法戦士・d07100)
    ハリー・クリントン(ニンジャヒーロー・d18314)
    佐倉・結希(ブロッコリー料理人・d21733)
    アガーテ・ゼット(光合成・d26080)
    龍宮・白姫(白雪の龍葬姫・d26134)
    茅ヶ崎・悠(誇り高き白狼・d28799)

    ■リプレイ


     一軒家の居間の中央に、そろばんが20個ほど積み上げられている。
     そろばんを持ってきた少女――そろばんマスター・キラリは目の前の少年二人へ、噛みつくように話しかけていた。
    「そろばんよ、そろばん。電卓じゃなくて、そろばん!」
     両手に持ったそろばんをジャラジャラ鳴らしつつ怒るキラリ。
     子供達二人は怯え顔。
     そこに。ハリー・クリントン(ニンジャヒーロー・d18314)が障子戸を開け登場。
    「話は聞かせて貰ったでござる!」
     バック転しつつ、子供達とキラリの間に着地。
     子供達は怯えるのをやめた。ハリーの動きとフェロモンに興奮したようだ。ぱちぱち拍手。
     残り七人も次々と部屋へ。
     七人の中でも、子供たちを驚かせたのは、古室・智以子(中学生殺人鬼・d01029)の姿、肌を大胆に露出したダイナマイトモード。子供の頬が赤くなった。
     智以子は、爪先だちでくるくる回転。ピタッと止まり、キラリを指差した。
    「貴方のそろばん愛は立派なの! でも、そろばんを強要されても、愛は生まれないの!」
    「なに、けちつける気?」
     条件反射で反発するキラリ。
     新堂・辰人(夜闇の魔法戦士・d07100)は普段よりも言葉に勢いをつけ、
    「とにかく、そろばんマスターのキラリと話がしたいんだ。どう?」
     龍宮・白姫(白雪の龍葬姫・d26134)と秋篠・誠士郎(夜蒼鬼・d00236)も口を開く。
    「私も、好きは好きですけどね、そろばん。……でも、時代遅れですよね」
    「生憎、俺も家計簿は電卓で計算し記入している。しかし、そろばんマスターのそろばんへの情熱が如何程か、手合わせ願おうか」
     白姫は大型の和弓に矢を番え、誠士郎は鬼煙掌・改を嵌めた手を握る。挑発している。
     ダイナミックな登場と挑発。キラリは顔を赤くし怒鳴る。
    「よくわからないけど、勝負よ! そろばんが最先端で家計簿にも最適って、体で教えてあげる!」
     佐倉・結希(ブロッコリー料理人・d21733)は居間から庭に続く窓を指差した。
    「戦うなら庭に行きません? 狭いとこで囲まれるよりいいんやないです?」
     博多弁混じりで言い、首を傾げた。
    「分かったわ。そろばんマスター・キラリ、そろばんのためなら何処でも戦う!」
     窓を開け、庭に入るキラリ。
     一方、アガーテ・ゼット(光合成・d26080)は子供のそばに駆け寄っていた。
    「大丈夫、怖くないわよ? さあ、こっちへ」
     アガーテは両手を差し出し、優しく二人の手をとる。
     オオカミ姿の茅ヶ崎・悠(誇り高き白狼・d28799)も尾をふりふり、
    「(ほれほれ、ゆーについてきたら、少しだけもふもふしてもいいのじゃぞ)」
     上目遣いで少年たちを魅惑。
     少年たちはアガーテと悠に素直に従い、戦闘に巻き込まれない居間奥へ移動する。


     少しの時間が経過。庭では、キラリがそろばんを持つ手を前に出し、構えていた。
    「そろばん、流星となって。メテオ・ザ・そろばん!」
     そろばんから珠が外れ舞い上がる。そして空から灼滅者に降り注ぐ!
     珠は、誠士郎と結希、智以子、白姫、四人の頭に命中。
    「これが私のそろばん愛!」
     勝ち誇るキラリ。
     悠は、子供達を誘導し終え、すでに人の姿で仲間達と再合流していた。キラリを見て、はん、と鼻で笑う。
    「愛? 詐欺も良いところじゃ。そろばんの珠を使い捨ての如く投げ捨てて、どこが愛かの?」
    「そ、それはっ」
     悠の問いに口ごもるキラリ。彼女が戸惑った隙に、悠は白き炎を具現化させた。炎は仲間達の体を包む。
     結希は炎に包まれ、頭部から痛みが消えさるのを感じていた。結希は呼吸を整え、両手を広げる。体から白い気体を噴出させた。気体は仲間を強化させる魔力の霧。
     霧と炎の支援を受けた誠士郎は、霊犬・花を連れ前進。
     キラリの足を刀で狙う花。誠士郎は拳を突き出す。鬼煙掌・改から霊力の糸を放射し絡めとる。

     キラリを、誠士郎は青の瞳でまっすぐ見、
    「俺はキラリにそろばん愛がないとは、思わない。だが、愛を伝えるなら、きちんと使い方を教えるべきではないか? 理解してこそ、良さが分かるものだろう?」
     キラリの顔色が青ざめた。
    「私の伝え方やそろばん愛が間違ってる、そういうつもりなの!?」
     結希が首を振る。違います、と。結希は相手の心に伝えるべく、真剣な声色で告げる。
    「愛していることが間違ってるとは、思いません。昔の物を大事にすることはいいことやと思いますよ」
     ハリーとアガーテも頷いた。
    「古き良き伝統を守る心は素晴らしいでござる」
     赤いスカーフの奥から力強い声を出すハリー。
    「私は今まで小野市を知らなかったし、そろばんの国内市場の7割を占めてるなんて思いもしなかった。知ったきっかけは、あなた。あなたのような存在は必要だと思う」
     アガーテは自分の胸に掌をあて、真摯に告げる。
     キラリは目を輝かせ、
    「そうよね!」
     ではござるが、とハリーが釘を刺す。
    「ではござるが、今のように無理やり押し付けて、子供達がそろばん好きになってくれるでござろうか?」
     アガーテは諭すように丁寧な口調で、
    「便利な電卓に対抗するなら、そろばんの魅力を工夫して伝えなきゃ。そろばんに携わる人は、伝える工夫をこらしてるんじゃないの?」
     二人の言葉を聞き、キラリは顎に指を当て数秒間考える。
    「……広めるためには、電卓に勝つためには……押し付けちゃダメで工夫が必要?」
     キラリの独り言へ、辰人が口を挟む。
    「電卓に勝つ、それでいいのかな? そろばんは頭の活性化や指先の訓練にいいけど、とても大きな桁の計算とかは、電卓が便利だと思うんだよね」
     瞬きを繰り返すキラリ。その前で、辰人は続ける。あくまで穏やかに静かに。
    「アピールするにしても、その辺の住み分けが必要じゃないかな?」
     今まで抱いていた電卓への危機感を半ば否定され、キラリは焦りだした。
    「で、でも。そうかもだけど、実際に電卓に勝たなきゃ、そろばんがすたれ……」
     しどろもどろのキラリ。
     白姫は一歩前に出る。途切れ途切れではあるが、誠実な口調で、
    「……そろばんは確かに日本を支えたもの……ですが……電卓もまた、日本を支えるものの一つである事を……忘れてはいけないのですよ……」

     灼滅者たちの言葉をキラリはもう否定しない。何度か頷き、そうよねと呟き――唐突に頭を押さえた。頭をガシガシひっかく。
    「でも、そろばんがあっ、小野市のそろばんがああっ」
     喚きながら、白姫へ猛進。胸倉と腕を掴み、背負い投げ風に投げつける!
     地に大の字になる白姫。
     白姫は顔をあげる。キラリが追撃する気配を見せていた。白姫は倒れたまま、とっさに左手を動かす。制約の弾丸を放ち、きらりを制した。
     今まで黙っていた智以子が、動く。智以子は無表情。顔からは同情も共感も読み取れない。
     智以子の動きは機敏。怯むキラリの前に立ち、拳を下から上に。帯電した拳で顎を強かに打つ。宙を舞うキラリの体。


     戦闘は再開された。キラリはやけくそになったように腕を振る。
    「うわあっ、そろばんの叫びを聞けっ」
     じゃらじゃら、そろばんの珠が激しく鳴る。音波が発生し、ハリーを襲う。
     ハリーは激しい音波を受け、上半身をのけぞらせた。が、倒れない。
     逆に前に出て、拳を繰り出す。ニンジャーケンポー・閃光百裂拳。
     殴りながら、ハリーは叫ぶ。
    「そろばんを始める際の掛け声は『願いましては』でござろう? 子供達にそろばんの未来を願う為にも――闇に負けてはならぬでござるよ!」
     ハリーの声と拳に、泣きそうな顔をするキラリ。

     他の者も声をかけつつ、武器や技を繰り出していく。
     キラリは後ろに跳んだ。
    「あなたたちのいうことが正しい気もするけど、しらない、しらない、わかんないんだからーっ!」
     一分後には、蹴りを放ってくる。標的は、白姫。
     だが――。
    「これなら……っ」
     蹴りの痛みは耐えれない程ではない。白姫は慌てることなく、数歩後ろへ。体の側面を向け弓の弦を絞り――魔法の矢で、キラリの胸を穿つ。
     そして仲間を振りかえる。
     アガーテは視線に頷いた。
    「ええ、彼女の動きははっきり鈍ってる。説得の成果ね。なら、今のうちにいくべきね」
     背後に回り込み槍を一閃させる。キラリの衣服に横一文字の傷を作る。
     アガーテが刻みつけたその傷口へ、
    「逃さぬのじゃ! ゆーの力、見せてやるのじゃ!」
     風の刃が跳ぶ。傷をさらに深いモノへ変える。悠が放った、神薙刃だ。
     刃は防御の薄く鳴った背に直撃した。キラリは顔を歪め、悲鳴をあげる。
     すかさず悠は叫ぶ。
    「今こそ好機じゃ!」
     悠の呼びかけを受け、誠士郎は花に六文銭の射撃を指示。
     誠士郎は結希と視線を交わす。
    「俺は右からいくっ。だから――」
    「はい。任せて下さい!」
     誠士郎はキラリの右に、結希は左に回り込んだ。
     二人は同時に跳んでスターゲイザー。頭部の両側面を同時に蹴る!

     そろばんマスター・キラリはいまや傷だらけ。目の焦点も合っていない。
     勝負の天秤は灼滅者に傾きつつあった。が、キラリは粘る。
    「がががあっ!」
     奇声をあげ、蹴りを放つ。辰人の脛に蹴りが当たる。キラリはさらに動く。タックルで辰人を掴み、投げた。
     辰人は地面に転がるが、即座に立ちあがった。
    「今度はこっちの番だね!」
     再び向かってくるキラリの腕を掴んで引き寄せ、ナイフを肩につきたてジグザグに刻む!
     キラリは眼を見開いて怒る。奇声をさらに響かせる。
     智以子はキラリの隙を見逃さず、相手の懐に飛び込んだ。
     相変わらず表情のない顔でキラリを見つめ、智以子は貪欲の黒の、ルピナスの刻印がされた杭で突く。キラリの体力を大幅に消耗させる。
     地に膝を突くキラリ。
    「あぁぁぁ――!!」
     顔を天に向け叫ぶ。声は、まるで懇願しているようにも聞こえた。
    「今、終わらせます――だから、少し辛抱してくださいね」
     彼女の前に立つのは、結希。結希は両腕を振りあげた。握られた刀が光を反射する。
     次の瞬間、刃はキラリの肩へ落ちる。キラリは眼を閉じ、こてん、とうつ伏せに倒れた


     倒れたキラリからは闇の力が消えていた。彼女を救えたのだ。
    「これで、あちこちの道にそろばんが置かれて、皆が滑る……なんてことはなくなりましたね」
     武装を解き、安堵する結希。けれど、その口調は少しだけ、残念そうに聞こえなくもなかった。
     白姫はキラリに近づく。深い傷がないのを確認し、
    「キラリさんも無事ですね……助けられて、よかったです……」
     静かに呟く。

     やがて、キラリは眼を開く。
     辰人が声をかけた。
    「お早う、痛むところはない?」
     首を振って大丈夫だと示すキラリ。
    「それより助けてくれてありがとう。私、皆に迷惑をかけてごめんなさい……」
     誠士郎は彼女の肩をぽんと叩く。
    「落ち込む事はないと思う。そろばんの魅力を語りたい気持ちそのものは、悪い事ではなかったしな」
     見上げるキラリ
     ハリーはにっと満面の笑みで告げる。
    「ここから新しく始めればいいだけでござるよ。そろばんにあるでござろう? 『御破算で願いましては』でござるよ」
     二人の励ましに、キラリの顔から陰が少し消えた。
    「新しく始めるためにも、わたしたちの学園に来ればいいの。変な人も多いけど、素の自分を出せる場所だと思うの」
     と、智以子は自分達の学園の事を説明しだす。
     キラリは興味を惹かれたようだ。
    「うん。皆の学校なら私も行ってみたい」
     一方、悠はオオカミの姿になり、子供達のいる居間に戻っていた。体を寄せて子供達にサービス。
    「「おにーさんおねーさん、ありがとうっ」」
     悠をもふもふしつつ、灼滅者にお礼を言う子供達。
     アガーテは庭から居間の子供達を見ていたが、仲間やキラリを振り返る。
    「それじゃ、居間の中にある大量のそろばんを持ってかえりましょう? 子供の手前、片付けは大事だもの」
    「「はーい」」
     キラリや仲間達の返事が、庭に響いた。

    作者:雪神あゆた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ