木登り猫

    作者:森下映

     彼の住んでいる部屋の窓からは、マンションの中庭にある樹が見える。
     ある日のこと。
    「……猫?」
     2階の窓の高さにある太い枝の上、猫が1匹座っていた。
     猫も樹くらい登るよな、と微笑ましくみていた彼だったが、次の日。
    「あ……2匹に増えてる……」
     さらにその次の日。
    「うわ、3匹?!」
     1日ごとに1匹ずつ猫の数は増えていき――迎えた1週間目。
    「7匹……」
     しかも14個の愛らしい瞳がじっと彼をみつめてくる。ものだから。
     つい、窓を開けてしまった。それが間違いだった。

    「この後、彼は襲いかかってきた猫たちに殺されてしまいます」
     そう言って、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は目を伏せた。
     最近頻発している、野良犬や野良猫が眷属化する事件。今回の予測は、眷属化した野良猫が一般人の男性を襲い、殺してしまうというものだった。
    「男性が窓を開けてしまうのは、今日の正午。1人暮らし用のワンルームマンションで平日なこともあり、マンション内にいるのは彼だけです」
     介入のタイミングは、2階の彼の部屋の窓が開き、樹から3匹の猫が飛びかかった瞬間より後。窓を開けるのは彼でなくても構わないが、実は猫は樹の上の7匹+中庭の3匹の計10匹がいる。中庭の3匹は猫が飛びかかった後に現れるので、その前に介入してしまうと逃がす可能性が高い。
    「彼は、問題の行動を起こす15分前にコンビニエンスストアに行こうとマンションを出てくるので、彼を保護する場合にはその時がチャンスかもしれません」
     中庭へ入るには、『男性の部屋の窓から飛び下りるか、樹の枝に飛び移る』『塀を乗り越える』の2通りがある。戦場として使えるのは『樹を含む中庭』と『男性の部屋』だが、部屋の中はあまり荒さないようにしてあげたいですね、と姫子は言う。戦闘開始後、窓が閉まれば猫は侵入できない。
     中庭は狭いが、樹からは頑丈な太めの枝が3階の高さまで何本も張り出ていて登りやすく、どの枝も4人並んで腰かけることができるくらいの長さがある。
    「眷属化した猫たちはかなり凶暴です。みなさんどうぞお気をつけて。よろしくお願いします」


    参加者
    エルメンガルト・ガル(草冠の・d01742)
    下総・文月(夜蜘蛛・d06566)
    ヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689)
    茉莉・春華(赤薔薇と黒猫・d10266)
    グラジュ・メユパール(暗闇照らす花・d23798)
    名無・九号(赤貧高校生・d25238)
    日輪・こころ(汝は人狼なりや・d27477)
    三和・透歌(自己世界・d30585)

    ■リプレイ


     部屋のドアが開いた。
     出てきた男性が声を上げるより前に、旅人の外套を着て待ち構えていた名無・九号(赤貧高校生・d25238)が、魂鎮めの風を使用する。
    「おっと」
     倒れこみそうになった男性を、エルメンガルト・ガル(草冠の・d01742)が支えた。そして、下総・文月(夜蜘蛛・d06566)とともに中へ運びこむ。
     一足先に室内を確認していた九号は浴室を見つけ、
    「ここです」
    「はいはい、お邪魔しますよっと」
     文月が言った。浴室の手前には、洗面所と洗濯機置場を兼ねたスペースがあり、エルメンガルトと文月は男性をそこへ寝かせる。
    「オヤスミ……」
     エルメンガルトはそう言って、しっかりとドアを閉めた。ここなら猫からはまず見えないし、万が一部屋が戦場になった場合でも、音も届きにくいだろう。
    「んじゃシノさん、一応見張っといて」
     文月は、ビハインドのシノさんを念のため見張りにつける。
     その頃、中庭の塀の外では、グラジュ・メユパール(暗闇照らす花・d23798)、日輪・こころ(汝は人狼なりや・d27477)、三和・透歌(自己世界・d30585)、茉莉・春華(赤薔薇と黒猫・d10266)の4人が待機していた。
    「大人しく我慢我慢なの。向こうの方たちは上手くやったかしらね」
     こころが言う。
    「今度は猫の眷属化……なんでこんなことになってるんだろう……」
     グラジュは目を伏せた。
    (「理由はわからないけど……出てきたら、全部倒さなきゃ……」)
    「猫ですか……喉を鳴らしている時はなかなか愛らしいものですが」
     透歌はいつも通りのローテンション。気だるそうに漆黒の髪をかきあげる。
    「たくさんの猫にわーって飛びかかられるのは猫好きの浪漫ですよね……」
     うっとりと言ったのは春華。こころが怪訝な顔をして、
    「ハルカ……?」
    「べ、別にその為にディフェンダーを希望したとかそんなんじゃないですよ!」
     春華はあわてて弁解した。
    (「窓からこちらをじっと見つめるたくさんの愛らしい猫…っ! なんですかその立地うらやましい! ……ですが、」)
    「相手が眷属でなければ、の話ですよね……大勢の猫に飛びかかられるのはうらやましいですけど、殺されるのは勘弁です……」
    「そうね」
     こころがうなずく。
    (「いくら猫が集まろうとも、狼には敵わないって教えてあげるの!」)
     人狼にルーツを持つことを、誇りに思っているこころ。一般人の男性のことも必ず助けてみせる、と唇をきゅっと引いた。
     彼らの数十メートル上。空の色に溶けるマントをはおり、闇纏いを使用しながら箒にまたがって空を飛んでいるのは、ヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689)。上空から猫の動向を監視している。
    (「いました」)
     樹の上にはすでに猫がいることが見てとれた。ヴィントミューレの青い瞳にバベルの鎖が集中する。
    「あ」
    「おっ」
     浴室から部屋に戻ってきた九号と文月も、樹の上の猫に気がついた。
    「……コワイコワイ」
     窓を開ける役目のエルメンガルトは、ガラス越しに猫たちと睨みあいながら、
    「猫も元は野生の獣だもんな」
     と、窓際に立つ。
     正午まで、あと1分。


     12時。3ヶ所にいる灼滅者たちそれぞれに緊張が走った。
    「行くよ」
     エルメンガルトが窓を開け放つ。途端、姫子の情報通り、樹の上から猫が3匹跳びかかってきた。それを文月、九号が叩き落とす。
    (「来ましたね」)
     ほぼ同時、中庭に現れた3匹を確認したヴィントミューレは、塀の外の待機組に連絡。さらにバスターライフルを構え、
    (「……貴方ですね」)
     先の3匹に続いて窓に飛びかかろうとした樹の上の1匹の動きを予測し、バスタービームを発射した。
     魔法光線に貫かれた猫は、樹から落ち、中庭に叩きつけられる。ちょうどその時、塀を乗り越えたグラジュ、こころ、春華、透歌が姿を見せた。
    (「ごめんね、ほんとうにごめん。でも、強すぎる力は危ないから、」)
     塀の上から樹の上に飛び移ったグラジュの瞳が色を増す。
    「勝手かもしれないけど、攻撃、する」
     燃える瞳の赤に呼応するかのような額の角。枝の先から向かってきた1匹を、グラジュはマテリアルロッドで殴りつけた。
     透歌のライドキャリバー、ウェッジのエンジン音が響く。光線に落とされた猫が一声鳴いて跳ね起き、樹を再び登りかけたのとすれ違うように落ちてきたのはグラジュの攻撃を受けた1匹。その体内で爆発が起きた。春華に向かった猫の爪はウェッジがかばい、春華はその隙を利用して、広角がとれる場所へ回りこむ。
    (「猫を傷つけるのはつらいですけど、この子たちを倒さないと大変なことが起きてしまうのですよね……」)
     春華は手のひらを構え、
    (「この子たちもそんなことしたかったわけじゃないでしょうし……せめて、安らかに逝かせてあげましょう」)
     猫たちを一気に襲う炎の奔流。熱でゆらめくかげろうの上に、樹の上に立つこころの姿が浮かび上がる。こころは、自分に引き寄せるため、窓を狙う1匹をシールドで殴りつけた。
    「野良猫が誇りある狼に敵うとでも思ってるのかしら?」
     言いながら、こころが後ろから襲いかかってきた1匹をひらりとよける。勢いあまった猫を、透歌のかき鳴らしたギターの音波が斬り裂いた。
    「さっき愛らしいと言いましたが……この猫達は喉を掻っ切ってきそうですね」
     透歌はギターを抱え、四方から暴風とともに蹴りかかってくる猫たちを飛び越えるように、跳ぶ。
    「それはそれで、割と好みです」
     着地した透歌を守るように、ウェッジが機銃を掃射した。
    「ったく、毛玉どもがウジャウジャと……野良は野良らしく外に出とけ!」
     文月が室内に入ろうとした1匹を捕まえ、窓の外へ放り出す。
    「これで全部叩き出したか?」
     文月がたずねると、
    「ですね」
    「行くか!」
     九号は窓から飛び降りながら、縛霊手に封じられている祭壇を展開し、猫たちの行動を霊的に阻む結界を構築。エルメンガルトは、さらに飛び掛かってきた2匹を空中で叩き落とすと、そのまま枝へ飛び移った。
    「オレこう見えても忍者学部だし! 高いところは任せといて!」
     エルメンガルトが枝の上で手にした槍を回転させ、猫たちへ突撃する。そして弾き飛ばされた猫のうちの1匹を、激しい捻りに唸る別の槍が貫いた。
    「よう、お待たせ」
     中庭にとっ、と踵をついた文月の槍の先、猫の身体がぼろぼろと消滅していく。
    「……窓」
     ふと透歌が、2階を見上げてつぶやいた。
    「窓、開いてますが……」
    「「「あっ」」」
     3人で飛び降りた……のだから当たり前といえば当たり前だ。
     そこへさっそうと箒で飛行してくるヴィントミューレ。ヴィントミューレは文月がシノさんを呼びよせたのを確認すると、しっかり窓を閉め、赤茶の髪を揺らして微笑んだ。


     サウンドシャッターが使用されていなかったら、何事かと思われていたかもしれない。戦闘が進むにつれ、猫たちは激しい鳴き声を次々と重ねてきていた。
    (「やだ、こちらに猫が飛び込んでくる…! 凄い表情で襲ってくる!!」)
     眷属化した猫の不気味さに目を背けたくなりながらも、体内から噴出させた炎をロケットハンマーに宿す春華。血のにじむ頬を、九号の吹かせた浄化の風が優しく癒しながら通りぬける。
    「かわい……くない!!」
     春華はロケットハンマーで、向かってきた猫へ炎を叩きつけた。
    (「確実に、1匹ずつ、」)
     春華の攻撃で燃え上がった猫を狙い、縛霊手を振り上げたのはグラジュ。殴りつけられた猫は、霊力の網に絡め取られ、もだえながら消滅する。
    「下です!」
     ヴィントミューレは上空からの視点を利用して、猫たちと灼滅者たちの位置を的確に把握、動きを知らせる。
    「おっと、行かせねえよ」
     樹に登ろうとした猫を器用に狙い、文月の非物質化された剣がふるわれた。ニャアと一声鳴き、それでもまた動き出そうとする猫。しかし不意に動きが鈍くなり、パキリと口から垂れた唾液が凍る。ヴィントミューレがフリージングデスを放っていたのだ。
     さらに震え凍える猫たちをなぎ払う、こころの『黒狼の爪』。父の誇りを映しとったかのようなエアシューズに引き裂かれ、2匹の猫が消し飛んだ。
     枝の上ではエルメンガルトが、1匹の猫を持ち上げる。が、
    「うわっ!」
     地面に叩きつけた後、別の1匹に足元を狙われ、落下してしまった。
     ドスンと激しい音。心配そうな皆の視線が集中したものの、
    「全く痛くない!!」
     枝から落ちても丈夫。と何かの宣伝でもしているかのようなエルメンガルトの笑顔だったが、
    「す……すみません……」
     何やら尻の下から声が。
    「ん? ……わっ!」
     エルメンガルトがあわてて立ち上がる。そこには猫にやられたらしい、引っかき傷だらけの九号が倒れていた。
     ……いつのまに?! 
     ……そこにいたの?! 
     ……ってなんで倒れてるの?! 
     てか……影薄っ! 
     と、表情には出ても誰も口には出さない。
    「悪い! ダイジョウブか?!」
    「か、回復します……」
     九号は地面に倒れたまま、よろよろと持ち上げた縛霊手の指先に霊力を集め、エルメンガルトに撃ち出す。
    「キュウゴウ! 自分も回復しましょうなのよ!」
     思わず叫んだこころの言葉に冷静に応え、透歌のリバイブメロディが九号に届いた。
     ともあれ順調に敵の数は減り、残り4匹。
     ダメージは自ら『白き炎』で回復済、万全の状態のこころが除霊結界を構築し、全ての猫がとらわれる。それでも力を振り絞って樹をかけのぼり、こころへ突撃しようとした1匹の前には春華が飛びこみ、爪の攻撃を受け止めた。
     食い込む爪。しかし春華の影から抜け出るように現れたグラジュのエアシューズが、猫が爪を引き抜くより早く、流星の煌きと重力で猫の身体を蹴り飛ばす。
     続けてすっかり立ち直った九号が、自身の魂を削って変換した冷たい炎を放出。宙を転げた1匹が消滅した。
     残り3匹もじりじりと凍る痛みに苦しむ。と、鋭く尖った氷のつららが、1匹の猫の身体を地面に縫い付けた。樹の上からエルメンガルトが放った妖冷弾だ。攻撃のための声をあげようと、猫が前脚を伸ばして立ち上がったところを、透歌がスターゲイザーで確実に仕留める。
     さらに氷を凍えで覆い尽くすかのように仕掛けられる、こころのフリージングデス。高い位置へ逃げようとした1匹を、文月が影を宿した槍で殴りつけ、わずかに残っていた命はシノさんの霊撃が吹き飛ばした。
     残るは1匹。樹の上にヴィントミューレが降り立つ。
    「いくら可愛いとはいえ、度が過ぎる行為を見逃すわけにはいかないの」
     力の限りと鳴き声をあげる猫。グラジュが縛霊手でその身体を殴りつけ、放たれた霊力の網がしっかりと猫を縛る。
    「今こそ裁きを受けなさい……これが、貴方たちに対する洗礼の光よっ!」
     ヴィントミューレ裁きの光条を放った。味方には祝福の光となるそれは、猫を斬り裂き、眩さの中に消滅させた。


    「だいぶ散らかっちゃったわね……片付けましょうか。なるべく元通りにして帰りましょうなの」
     こころが言う。皆同意して、中庭の掃除を始めた。
     部屋の中はどうかとたずねたグラジュに、九号が大丈夫です、と答える。入り込んだ猫はいたが、室内で戦闘にはなっていない。そろそろ男性も目覚める頃かもしれないし、そのままにしておいたほうが良いだろうと、部屋には戻らないことに決める。
    「けど一体何なんだろうねー」
     落ちた葉を拾い集めながら、エルメンガルトが言った。文月も、
    「野良猫眷属の増加なぁ、一体どこのどいつの仕業なんだか」
    「もしこれがダークネスの仕業なら絶対に許さない……」
     春華はそう言って、手の中の枝を音を立てて折る。
    「まあともかくは目の前の問題に対処してくっきゃ無ぇか」
    「そうですね……」
     文月の言葉に、透歌が答えた。
    「……ごめんなさい、せめて今度、生を受けたときは真っ当な生涯を送れるといいわね」
     ヴィントミューレが、庭の角に石を積み、側に花を添えて言う。
     いつまでこの事件は続くのだろうか。望まず犠牲になった猫たちのことを、静かに弔い、灼滅者たちは帰途についた。

    作者:森下映 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月23日
    難度:普通
    参加:8人
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