カルタと初めて会ったのは3年前。
その時まだ子犬だったカルタはどんどん大きくなって、そして僕のかけがえのない友だちになった。
でも引っ越す先には連れていけないって。
だからパパのお友達の家で飼ってもらうことになった。
みんなが犬好きなお家だって。きっとカルタは幸せに暮らしてる。
僕がちょっとさみしいのを我慢すればいい。そう思っていたのに。
「……カルタ?!」
塾帰りに通りがかった公園。そこにいたのは間違いなくカルタだった。
僕は思わず走りだす。カルタも走ってくる。
今まできいたことのないような、激しいうなり声を上げながら。
「預けられた先ではカルタをとても可愛がっていたようだけど、カルタはどうしても、元の飼い主を忘れられなかったんだね……」
須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)がため息をつく。
引っ越しから1ヶ月後。逃げ出したカルタは、飼い主だった少年の住む街へたどり着いたものの眷属化してしまい、このままでは出会った少年を仲間の野良犬とともに噛み殺してしまう。
全ての敵を灼滅可能な介入のタイミングは、少年がカルタに襲われる直前。少年以外に一般人はいない。
公園は少年が通っている塾から徒歩2分、少年の家から徒歩4分の場所にある。公園には大きな複合すべり台など一般的な遊具や植え込みがあるため隠れ場所には困らず、また隠れてじっとしている人間をわざわざ野良犬が探して襲いにくることもない。
「飼い主だった男の子にはできるだけ辛い思いをしてほしくないと思うけど……フォローはまかせるよ」
野良犬たちが公園に現れるのは夕方5時、少年が襲われるのはそのすぐ後。日が落ちても灯りは十分に確保できる。
「なんともやるせない話だけど、このままではもっと悲しいことが起きてしまう。みんなにかかってるんだ」
頼んだよ、とまりんは灼滅者たちを送りだした。
参加者 | |
---|---|
神羽・悠(炎鎖天誠・d00756) |
嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432) |
エリアル・リッグデルム(ニル・d11655) |
籠野・美鳥(高校生サウンドソルジャー・d15053) |
三和・悠仁(夢縊り・d17133) |
音森・静瑠(翠音・d23807) |
翠川・夜(神薙使いの夜・d25083) |
儀冶府・蘭(ラディカルガーリーマジシャン・d25120) |
●
(「……やりきれない話です」)
遊具の影に身を潜めながら、籠野・美鳥(高校生サウンドソルジャー・d15053)がため息をつく。
(「ペットは家族だって言いますけど……だとしたら、家族がこんな……酷すぎます」)
同じ場所で気配をうかがっている音森・静瑠(翠音・d23807)も、
(「……カルタがここまで頑張ったことは、理解はしていますが……」)
あとほんの少し進む未来が異なれば。そう思わずにはいられない。
(「……ですが、今のカルタさんを会わせるわけには参りません……申し訳ないですが……」)
戦うことを好みはしない静瑠ではあるが、剣をとって討つべきものがいることも理解している。
美鳥と静瑠が隠れているちょうど反対側。縁石の後ろには、儀冶府・蘭(ラディカルガーリーマジシャン・d25120)と翠川・夜(神薙使いの夜・d25083)、霊犬のポチがいた。
(「本当は、カルタちゃんを倒したくなんてないですが……主人を傷つけさせるわけにはいかないです……ここで倒しましょう」)
そんな夜の気持ちを汲み、蘭がうなずく。とにかく少年の安全を再優先に。そして少年を避難させるため、人数が減る間の戦線の維持に尽力することを、蘭は考えていた。
一方、植え込みの影。
(「眷属化さえなけりゃ泣かせる話か」)
粗い口調で呟いたのは、三和・悠仁(夢縊り・d17133)。普段の丁寧な態度の彼しか知らない者が聞いていたら、ぎょっとしたかもしれない。
(「まぁこのままでも別の意味で泣ける話にゃなるが………趣味じゃねぇし、終わらせる。……グッドエンドにゃ程遠いがな」)
(「犬の想いを穢し、飼い主の心を傷つけるなんて心底胸糞が悪いね」)
茂みに身を隠しているエリアル・リッグデルム(ニル・d11655)も眉を顰める。茂みには他に、嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)と神羽・悠(炎鎖天誠・d00756)が待機していた。
(「……悲しい結末だけは避けなきゃな」)
悠には、少年を塾へ送り届け、できるだけ早く戦闘に復帰するという役目がある。
(「救いが欲しい所だけど……、」)
強烈な殺気に気づくエリアル。
(「今はただ、目の前の事を片付けよう」)
灼滅者たちの意識は公園内に現れた野良犬たち、そしてまもなく少年がやってくるであろう、公園の入り口へ集中する――。
●
「……カルタ?!」
少年の声。駆け寄る足音。もちろんその向かいからは、
「グアアアアアアア!!!」
一斉に襲いかかる野良犬たちの唸り声。少年の視界を、灼滅者たちの背中が次々に遮る。
「ギャウン!!!!」
列をなしてとびかかってきた野良犬が、一斉に爆音とともに燃え上がった。サウンドシャッターを発動し、真正面にとびこんだイコが発したゲシュタルトバスターだ。即座に回り込んだエリアルのガトリングガンが、後方の白犬を蜂の巣にする。
「……犬を攻撃するというのはいい気分じゃないね」
突如、炎を飛び越え、金毛が躍った。カルタだ。すかさず蘭が、自らの力の源である『魔導書 Tap写本』からカルタに原罪の紋章を刻み込み、自分へカルタの注意を向けさせる。
「夜ちゃん!」
「はい!」
その隙に夜は魂鎮めの風を使い、少年を眠らせた。
「おやすみなさいです。目が覚めたら……全部終わってるです」
言い終わるが早いか、夜が立ち上がる。そして少年に向かって飛ばされてきた光の輪の攻撃を自分の背中に受け、
「神羽さん!」
悠はうなずいて、眠っている少年を背負った。
(「これが正しいとは思いませんが……」)
夜は傷も厭わず、エアシューズを走らせる。
「何もしないで後悔するのは、嫌ですから!」
夜の回し蹴りが、再び迫ってきた野良犬たちをまとめてなぎ払った。主人の背中の傷を、すぐにポチが浄霊眼で癒す。
公園を出ようと急ぐ悠。彼らを守るように前に出た悠仁と静瑠の足元から同時に影が伸びた。
「すみません……」
鋭利な刃物と化した静瑠の影が、茶毛の1頭を激しく斬り裂き、鮮血が散る。
一方、悠仁の『大禍葛空亡』は、血管のような模様を球面に浮き立たせ、白犬をすっぽりと喰らった。
「犬は嫌い……怖いですけど……がんばります!」
美鳥の背中に炎の翼が開く。野良犬たちのエンチャントを打ち砕く力を纏い、美鳥はバベルブレイカーを構えて次の攻撃へ駆ける。
怒りのままに蘭へ向かうカルタ。急所を狙い、むかれたカルタの牙は、エリアルが交差させた両腕で受け止めた。
「……どうして眷属なんかになっちゃったの?」
腕の隙間から睨み合うカルタとエリアル。カルタの目は、もう少年を思ってここまでやってきた『カルタ』のそれではなく。
「……なんて犬に聞いても無駄かな」
エリアルの視線が横へ流れる。公園の出口付近、少年を背負った悠を追おうとした黒犬が、エリアルが出現させた赤い逆十字に引き裂かれ、消滅した。
悠が無事に公園を出、姿が見えなくなる。殺界形成は悠仁が発動済。エリアルに押し切られたカルタを、白犬の発した回復のオーラが包んだ。
カルタの瞳には、もう少年は映っていない。映っているのは、倒すべき敵の姿だけ。
●
(「数が多いな……早く減らさないと厳しくなりそうだ」)
エリアルが茶毛の1頭へ、爆炎の込められた弾丸を連射した。それをかばった方の1頭が、美鳥のゲシュタルトバスターを受けて吹き飛び、これで茶毛は残り1頭。白犬はすでに灼滅済だが、黒犬と灰毛、そしてカルタも残っている。
と、黒犬と茶毛が一斉に足を止めた。傷口から滴りかけた血が凍っていくのが見える。
「己を貫く為に武器は在る、炎鎖天戟『焔ノ迦具土』!」
少年を塾へ託し、全速力で戻ってきた悠がフリージングデスを放ち、封印解除した槍を手にしていた。
戦力の不足はなくなった。一層激しくサイキックがぶつかり合い、戦局は灼滅者優勢へ傾く。
「ガアアアアア!!!」
吠えるカルタの口から吐き出された炎の奔流が押し寄せる。後衛をかばってエリアルと夜が飛び込んだ。カルタの身体を、イコから伸びた薔薇の蔓の如き影が縛り上げ、
「本当はお前を大好きな主人の元へ連れてってやりてーけど、ゴメンな」
その背中に、悠が飛ばした魔法の矢が突き刺さる。
カルタの動きが鈍っている隙、たっ、と敵陣の中央へ、美鳥がポニーテールをゆらして駆け入った。
「えいっ!」
美鳥は氷に弱る黒毛の1頭に高速回転させた杭をうちこむ。ねじ切られた犬の身体は、千切れながら消滅した。
「申し訳ございません、これで……ゆっくりと休んで下さい……」
静瑠が繰り出した螺穿槍に、茶毛の最後の1頭も貫かれ、砕け散る。
「回復するです!」
そう言って夜が清めの風を吹かせ、自分を含む前衛を浄化、回復した。茶毛たちの置き土産である防御の加護は、エリアルの『北辰極天刀』から放たれた斬撃が一掃する。
入れ替わり、前に走りこんだ悠仁が漆黒の弾丸を撃ちだした。弾丸は黒犬の胴体に風穴を開け、犬が毒気によろめいたところへ、蘭のマジックミサイルが命中。黒犬は魔法の矢に溶かされるように消滅していく。
残り3頭。灰毛から飛ばされた複数の光輪がうなりをあげて前衛へ向かった。その中央を突っ切るようにすれ違う、静瑠の放った妖冷弾。
光輪を軽く飛び越える夜、『北辰極天刀』の青みがかった鈍色の刃で弾き返すエリアル、『大禍葛空亡』の牙の奥へ飲み込ませる悠仁。イコはオーラキャノンで相殺し、最後の1つが静瑠の髪の先をかすめた瞬間、灰毛の喉には冷気のつららが突き刺さった。地に倒れた灰毛の身体は、凍るまもなく塵と消える。
黒犬へ振り上げられる蘭の『雷光の魔杖』。魔力が注ぎ込まれると同時に、悠仁の螺穿槍が腹を穿った。その向こうから、身に炎を纏ったカルタが突進してくる。
「蘭さん!」
夜の声に蘭が飛び退き、悠仁が槍を引き抜いた刹那、黒犬が爆発した。カルタの前には夜がたちはだかり、足止めに美鳥が魔力の光線を真っ直ぐに放つ。
(「わたしがあの子に牙を向けられたらどんな想いをしたかなんて、想像もできなくて……」)
炎に炎。イコも全身から炎を噴出した。自分と家族を護って消えた存在がいるイコにはカルタのことも、カルタを思う男の子の気持ちも痛いほどよくわかる。
「大切、だったから」
呟きと思いに呼応するようにイコの纏う炎が熱を増し、白銀と輝く。夜の除霊結界がさらにカルタの勢いを押しとどめ、悠が『炎駆・天墜咎翼』を走らせて立ち向かう。
悠仁の両手からはオーラが放たれた。1番先にカルタへ叩きつけられたのはイコの炎。次いで届いた悠仁のオーラに殴りとばされよろめいたカルタを、炎龍とみまごう悠のシューズが蹴り上げる。
ダン、とカルタが地面に落ちた。イコは膝をつき、その身体を抱きしめる。
(「逢いたかった男の子の代わりにはなれないかもしれないけれど、せめて」)
「何故あと少し、あと少しだけ運命はカルタさんに味方をしてくれなかったのでしょう……」
ぼろぼろと消えていくカルタを見つめ、静瑠は唇を噛んだ。
●
「あの……」
聞き覚えのある声と姿。ともあれエリアルは少年が無事なことにあらためてほっとする。戦闘中に塾から少年が戻ってきてしまうのではないかと、ずっと気を張っていたからだ。
少年は、悠が公園で寝てしまっていたとことづけて預けてきた塾の先生らしき人に付き添われ、帰宅する途中のようだった。
「どうしたのですか?」
静瑠が優しく問い返した。
「ここに……犬、いませんでしたか。えっと、これくらいの大きさの……」
「もしかして、この子のことですか?」
夜の示した先には犬変身した悠。少年は首を横に振り、
「あの、ほかには、」
「いいえ……いなかったわ」
「そう、ですか」
イコの答えに少年がうつむく。その足元へ、悠が人懐っこく駆け寄った。
ぱっと顔を上げる少年。静瑠が微笑んで促すと、少年はしゃがみ、悠を撫でた。言葉をかけるよりきっとこのほうがいい、とその様子を黙ってみつめる蘭。
犬が苦手な美鳥も少年が気づいてしまわないかとドキドキしながら、少し離れた場所で見守っている。
「かわいい……」
ぎゅっと悠を抱きしめた少年の目から、つ、と涙が流れた。
少年はカルタの死をしらない。だからこの涙は、父の友人の家で幸せに暮らすカルタを思ってのものだろう。
しかし。
(「君の友達を殺したのは僕たちで……原因は別の何かで、」)
エリアルはぐっと拳を握る。
(「早く、元凶を掴まなきゃね。こんな悲しい事は繰り返したくないよ」)
(「……カルタ、」)
少し離れた場所で様子を見ていた悠仁は、さっき夜が公園の角に作っていた、名前のないお墓に視線を送った。そしてカルタと野良犬に小さく祈りを捧げると、
(「大好きなご主人が平和に生きていけるように、見ててやりな」)
(「……どうか、」)
イコもそっと胸のうちで祈る。悪夢のような出来事も、優しい夢に代わりますよう――。
日の暮れきった公園。秋の風は冬へ向かい、冷たさを増していた。
作者:森下映 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年10月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 9/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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