月の映える夜――白き炎が大地を染め上げる。
地面を抉り削り、起きあがったのは巨大な狼のエネルギー体。スサノオだった。
いかなる戦いが繰り広げられたのか、山岳地帯であるそこは大きく破壊され、至る場所にスサノオの爪跡や白き炎が残梓となってくすぶっている。
あまりにも圧倒的な、滅びの幻獣種スサノオの暴威――しかしその凶悪な蒼瞳には、通常ならありえぬ恐怖の感情があった。
スサノオが、視線を上に向ける。
月に照らされる孤影がそこにあった。しなやかな肢体を纏う、インド風の踊り子のような衣装の女性――それに気付いたスサノオが威嚇の声を発し、地を駆けた。岩を蹴立て跳躍すると、すかさず爪を振るう。女性は軽やかに宙を舞うと、爪による斬撃をかわした。そのまま回転の力を乗せた蹴りを放つ。
轟音。
その一撃でスサノオの身体は岩の壁へと叩きつけられる。起き上がろうとする巨狼へ女性は静かに歩み寄り、停滞なくその繊手でスサノオの胸板を貫いた。苦鳴を発するスサノオが倒れるのと同時、女性が引き抜いた手には白き炎の輝きがある。
女性は手中の白を満足そうに見やると、微かに痙攣するスサノオから離れ、音もなく闇の中へと消えていった。
「スサノオが事件を起こそうとしているんだ」
天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)がでもね、と続ける。
「このスサノオ、誰かと戦って負けたみたい。そのせいか滅びかけてるよ」
なにものかとの戦闘に敗れ、スサノオは命の源を奪われたと、カノンは話す。そして自らの死を回避するべく、人里に降り人を貪り喰おうとしているというのだ。
「少し不可解な点もあるよ。人を食べてスサノオが生き続けられるのかどうかも分からないから。でも、このままじゃ沢山の死傷者が出るのは確実だよっ」
どうにかして、それを阻止してほしい。幸いスサノオの移動経路は分かっているので、人里に辿り着く前に戦闘に持ち込める。
「スサノオは爪や牙を使って、人狼のサイキックに似たものを使うよ。あと、さっきも言ったけどこのスサノオは死にかけてるんだ。例え倒せなくても、戦い始めてから15分くらい経過すると――」
スサノオは、消滅してしまう。
そのため15分耐えるだけでも目的は達成できるのだが、スサノオも死にもの狂いで向かってくるため、特に消滅する直前の戦闘力は大きく上昇するので注意が必要だ。
「戦闘場所は、山岳地帯から人里に続く森――その広場になると思う。スサノオ自体が白く発光してるから戦闘では大丈夫だと思うけど、道中の森では灯りが必要になるかも。妙な状況だけど、本来強敵のスサノオを灼滅するチャンスでもあるから、きっちりと倒してきてね!」
参加者 | |
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叢雲・宗嗣(贖罪の殺人鬼・d01779) |
ハイナ・アルバストル(持たざる者・d09743) |
レイン・ティエラ(氷雪の華・d10887) |
エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788) |
九葉・紫廉(量産型チョロ九・d16186) |
天堂・リン(町はずれの神父さんと・d21382) |
夕崎・ソラ(灰色狼・d27397) |
晦・真雪(断罪の氷雪狼・d27614) |
●
暗闇に閉ざされた森。
抜ければ頭上の空間が急に広がり、星空が現れる。
「ここが天野川の言っていた場所だな」
叢雲・宗嗣(贖罪の殺人鬼・d01779)が手にしていた光源を消す。夜の光と、闇。慣れ親しんだ気配が彼を包んだ。月に照らされたそこは戦うには申し分ない広さだ。
ここにほどなく、手負いのスサノオが来る。
「たった一人の女性に襲われ負けた、か」
「インド風の踊り子……ロマ、もといジプシーだろうか?」
今回の目的はスサノオの灼滅。しかしエアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)やレイン・ティエラ(氷雪の華・d10887)が零したように、その原因となった『襲撃者』への疑問は当然ながら湧いてくる。
今わかるのは、目的があるかもしれない事、そして高い力量をもつということだけ。
「……ビジンさんなのかな」
そう言った夕崎・ソラ(灰色狼・d27397)は人狼の里出身。やはり配偶者云々で異性には思う所がある。強くて綺麗なヒト――彼なりの興味はある。
しかしソラはまだ小学生だった。
「味方なら嬉しいけど、もしケッコンしても尻に敷かれそーでおっかねーな。会ってもコクハクはやめとこ」
告白にも結婚にも漠然としたイメージしかない……が、「尻に敷かれる」は理解してそうなところに、なぜか微笑ましいで済ませられない一面がある。
「やめた方がいいだろうね」
ハイナ・アルバストル(持たざる者・d09743)が発動していた『森の小道』を止め、同意した。やはり尻に敷かれるのは嫌なのか、というソラの視線に、ハイナは星空を見つめ、ニヒルに続ける。
「まずひとつ言えるのは、後片付けの苦手な奴だろうってことだよ」
女性陣がいないのをいいことに、ああ、と数名から同感ととれる気配が伝わる。命の源。白い炎。謎は多いが、確かに「件の女性のせいでここに来るハメになった」とは言えた。
「奪うだけじゃなくてトドメもさしてくれりゃいいのにな」
九葉・紫廉(量産型チョロ九・d16186)が肩をすくめた。どうせ死ぬからと捨て置かれたのか、それとも何らかの思惑があったのか。現状では不明な点が多すぎる。
「キナ臭い裏がありそうですが……とりあえずは目の前の災厄、ですかね」
天堂・リン(町はずれの神父さんと・d21382)の視線の先、巨大な光が現われた。白く輝く炎はスサノオ。滅びの幻獣。しかしその足取りに力強さはない。代わりに、突き刺すような気配が伝わってくる。残り僅かな命を繋ごうとする意志。危険度はむしろ増しているようにも思えた。
「手負い、そして消えかけとはいえスサノオ……宿敵を見逃すわけにはいきません」
黒手袋をはめながら、晦・真雪(断罪の氷雪狼・d27614)眼鏡の奥の瞳に冷徹な光を灯す。このような邂逅は想定外だが敵はダークネス。力量は自らを遥かに超える。だからこそ仲間と共に「狩る」まで。
現れてから十秒足らず。灼滅者の通さない、という意志を感じ、スサノオが苛立たしげな唸りを上げた。自らの危地に立ち塞がる邪魔者――その意図がなんであれ万死に値する。
白炎狼は地面を蹴った。即座に距離を詰めてくる。
●
「――血に宿りし力よ!」
力を解放したレインが、現れた霊犬のギンに意志を告げた。
「頑張ろう、ギン。俺たちが砦だ」
大質量がレインに迫った。巨狼の左前肢が降り下ろされる。速い一撃だが、それ以上に攻撃への予備動作が少なく、回避のタイミングを惑わせる。寸前で横に跳び退ったレインの頬が裂け、血が滴った。衝撃波が髪をくしけずる。そして停滞なく右肢が横殴りに放たれた。
「残りカスが頑張るじゃないか」
ハイナの鬼神変がスサノオの胴を打ち、攻撃でもって爪による追撃を強制終了させる。睨みつける蒼い瞳にハイナは挑発の言葉を投げた。
「で、どんな風に負けたの? こんな感じ?」
続く重力を宿した蹴りは胸元付近へ。攻撃を受けたスサノオは即座に後方へ跳躍、衝撃を最小限にとどめる――などということはしなかった。衝撃を殺すどころか、自ら前進し身体ごとハイナにぶつかり、彼の身体を大きく弾き飛ばす。
ダメージを顧みない行動――無茶苦茶だ。
「あと僅かの命、多少の傷は捨て置くってわけか」
スサノオの足元に氷柱が突き立ち機先を制す。自らの狙撃力を高め、紫廉が続けて矢をつがえ放った。
「一凶、披露仕る」
その矢が払われた時には宗嗣が駆け抜け、巨狼の死角から蒼刃のナイフで斬りつけている。スサノオから苦鳴が上がった。嚇怒の蒼瞳が宗嗣を見、巨体が回転する。旋回する牙と爪が宗嗣を襲い、裂けた黒装束の下から血が流れた。
「単純な力なら健在……といったところか」
痛み以上に顔を歪ませ、宗嗣は慌てず死角に回り込むことを努める。攻撃自体は脅威だが単調で、多彩さはない。元より力が弱っていることは確かなのだ。よく見れば、所々にまだ治り切っていない傷跡らしき箇所もある。リンが観察しながら表情を曇らせた。
「天堂さん、同情は無用だ」
スサノオの周囲に凍結の魔法を発動させながら、真雪が言葉を紡いだ。
「だよな。もしかしたら自分と近しい奴だったかもって思っても、責任持って倒すしか、やってやれないから……」
ソラがダークネスの蒼瞳を同色の目で見ながら、周囲に展開させた滞空リングを滑空させる。それはエアンを押し潰そうとしていたスサノオの足を受け止めた。エアンが片手を上げ礼を返し、その手の槍が巨狼の前肢を螺旋状に穿っていく。迫る牙をかわしながら、自らの役割は手を止めぬことと至近距離から氷獄の弾丸を撃ち込んでいく。
「――この手で苦しみを与えることを、苦しみを終わらせるための救いなのだと思うしか、ないのでしょうか」
果たしてそれは欺瞞でないと、言えたものか。
ただ自分たちが止めなければ多くの犠牲者が出る。その事実にリンは龍砕斧を構えた。決めたならば苦しみが長くならないよう、最大戦力を叩き込むだけだ。
「……ごめん。痛いでしょう。苦しいでしょう。もう長引かせたりなんて、しないから」
そして振るった斧が、スサノオの身体に深々と喰らい付く。体勢を崩したスサノオは、さすがに距離を取り灼滅者から離れる。
そして空に向かって咆哮を上げた。
――オオオオォォォォンン……
その身体の炎が燃え盛り、同時に『古の畏れ』が地面から現れた。
●
「向こうも必死ってワケか」
ハイナの目前で、現れた『古の畏れ』はスサノオへと吸い込まれていく。自らの傷を癒す代わりに、更なる暴威をもって突破するつもりだ。あと十分足らずで消滅するなら当然の選択ともいえる。
ハイナとしても、タイムリミットまで粘る気はさらさらなかった。
「時間切れ待ちなんてとんでもない。僕らの手で引導を渡してやろうじゃないか」
「同感だ」
応じた宗嗣が、闇色の風になる。
黒衣をはためかせる彼に、スサノオが『畏れ』を宿した爪が伸ばす。更なる加速でそれを回避した宗嗣が、ナイフを振るった。一閃が月の光を跳ね返し銀の輝きを生み出し、銀は白を切り裂いている。足を両断せんと力を込めた宗嗣はしかし次の瞬間、苦痛に顔を歪めていた。その肩口に狼が牙で喰らい付いていた。
その牙から、『畏れ』が溢れだす。
「カゲロウ、頼んだ!」
紫廉の声に応じ、ライドキャリバーのカゲロウがスサノオの頭部に突撃した。機銃で牽制しながら掲げた頭に体当たりをする。その間に紫廉が矢を引き絞った。弦が小気味よい音を奏で、弓がしなる。握る手から自らの魔力を流し込み、紫廉が矢を放った。宙を駆けた矢は宗嗣の身体を癒す。
続けて真雪が放った鋼糸がスサノオの鼻面に斬りつけた。仰け反った巨狼へ、リンが身の丈ほどもある十字架を叩きつける。膨大な魔力がスサノオの胸元で爆発。衝撃に吹き飛ばされかけたスサノオは、地面に爪を立てて抗い、着地。しかし受けたダメージにすぐには攻撃に転じることができない。それを好機とリンは問いを発した。
「スサノオ、あなたは何を奪われたのですか」
轟――ッ!!
「……く」
返事は咆哮だった。音の衝撃波に『畏れ』が乗り、斬撃となってリンの身を裂く。どうやらこのスサノオとの意志の疎通は諦めるしかないようだった。あるいは死を前にした状況でなければ、また別の結果があったかもしれないが、スサノオに益がない以上、失敗する可能性は高かっただろう。
「謎が一つも解けないね」
エアンは苦笑じみた言葉を発し、杭打ち機を装着した。高速回転する尖端で迫る爪を打ち払う。その度に重く激しい衝撃が身体を通りぬけていく。それでもエアンはスサノオの蒼い瞳から目を逸らさず集中。訪れた機を逃さず攻撃に移る。バベルブレイカーの一撃はしかし、白炎狼の表面を杭は削るのみに終わった。戦闘が始まってからスサノオの敏捷性は幾分落ちたものの、いまだ灼滅者のサイキックの中には当てづらいものが幾つかある。
――これを難なく追い詰めたって?
あの蒼瞳を恐怖に染めた力量が計り知れない。興味は奥底でくすぶる渇望をも揺り動かした。そして一歩でも近付くには、目前のスサノオを倒さねばならない。
狼の口が開かれ、鋭い牙がエアンに迫る。
「――すまない、助かった」
「ほんと、手負いの獣ほど怖いものはないね」
頭に白狼の毛皮を被ったレインの口元が苦痛を刻む。牙を弾き返したものの、庇って受けたダメージも小さくない。ギンの霊力で傷を癒しながら、レインは告げた。
「正直、あまり気は進まないけれど……すまないね、これも俺のワガママさ」
せめて気持ちは、猛る狼として対峙を。
そう思いながら、レインは右腕を獣化させた。長い狼の毛を雪華のように散らして、進む。迎え撃つのは衝撃波を伴う巨大な爪だ。激突する爪同士の上から衝撃波が襲う。レインがそれに屈しかける寸前――衝撃波と爪の重圧が消えた。
宗嗣の神霊剣が、絶妙なタイミングでスサノオを捉え、その巨体を揺らせしめる。エアンが蹴りが重力をスサノオに課し、同時にレインが跳んだ。
――今だけこの腕に宿れ、白き獣よ!
裂帛の気合で叩き込んだ獣爪が、スサノオの体を深々と切り裂く。
「いいとこ一人占めはダメだよ」
よろけたダークネスを、ハイナの右足が蹴り上げた。
「君は、僕に怯えてくれるのだろうか」
さらに左へ続く連環腿が炎を纏い、白い炎を浸食する。
その炎を吹き散らすように鋭い、真雪のドグマスパイク。
「名だけでも聞けたらと思いましたが……無理でしょうね」
「せめて滅びる前に――人狼として全力で倒すぜ!」
ソラの縛霊手が叩き込まれ……それがとどめとなった。倒れたスサノオはもう起き上がらず、炎の輝きが消える。
急に暗くなり、再び夜の闇が訪れた。
●
森の中にできた、小さな墓。
「なんだか、他人事に思えなくて、さ」
墓に銀の十字架を添えたレインがそう呟く。ソラが頷いた。
「あいつも元は、オレ達人狼の仲間だったんだよな……」
「……」
真雪は瞑目。今まで狩ってきた堕ちし同胞の結末を、そして可能性としての自らの結末をさきほどのスサノオに重ねてしまう。名こそ知れず。だがこうして墓ができ、弔う者のいることを、闇堕ちする前の人格が良しとしてくれたらと、思う。
「どうか、安らかに」
リンが十字を切った。宗嗣は視線をスサノオの来た咆哮へ向けた。
「行くか」
スサノオが襲撃を受け、『生命の源』を奪われた場所。ひとつでも手掛かりがあれば、水面下の動きへの推測が進む。情報か痕跡、何でも良い。
「手伝うよ。人数が多い方が考察もはかどるだろうし」
エアンが微笑し、しかしやや表情を曇らせた。
「これからも同様の事件は増えるのかな?」
「どうだろうね。集めて楽しいコレクションじゃなし、目的次第かな」
ハイナが考え込む。話しに聞くスサノオ大神、あるいは莫大なエネルギーが必要な何かか……危険度が高いものだけでも候補はいくつも思い浮かんでしまう。
「ま、ダメ元だ。何もなくても、戦いの跡から踊り子の強さは分かるだろう」
紫廉の言葉は、ある意味的を得ていた。
見つけたその場所はスサノオの外した攻撃と、圧倒されたらしき跡しかなかったのである。
トドメに放ったという蹴りでさえ、スサノオを滅ぼさぬための手加減だったかと、思えるほどに。
作者:叶エイジャ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年10月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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