妖絵巻舞姫

    作者:佐伯都

     その場は静寂に包まれていた。
     住宅街のはずれ、家々の明かりを見下ろす高台。秋枯れの草はなぎ倒され、あるいは焼け焦げ、激しい打ち合いがなされていたとすぐに想像できる。
     打ち払われた枯れ草の真ん中に黒い影が見えた。
     喘鳴じみた息を漏らすごと、その漆黒の毛並みを飾る玉が鈴のように鳴る。黒い影と思えたものは黒狼、かつ満身創痍だった。
     そこへインド風の踊り子じみた装束の女が近づいてくる。
     黒狼は自らを叩き伏せた女を睨みあげるが、もはやどうすることもできなかった。人間ならば誇りを胸に舌を噛み切ることもできただろうが、獣の身ではそれも難しい。
     女は黒狼を見下ろし、そして、あまりにも無造作にその体内から、何か――白い炎、を引きずり出した。
     声ならぬ咆哮が藍色の空に吸い込まれる。
     女は自らの右手にまとわりつく白炎を満足げに眺めやると、瀕死の黒狼をその場へ放置して姿を消した。
     
    ●妖絵巻舞姫
     ふんだんにスパイスの香りをふりまいているキーマカレーの皿をテーブルに置き、灼滅者を前にした西園寺・アベル(高校生エクスブレイン・dn0191)は緊張した表情で話を切り出した。
    「珍しく山羊肉が手に入ったので、本場風のキーマカレーにしてみたのですが……恐ろしい事が起こると、料理が私に教えてくれました」
     場所は丘陵を背にした、とある宅街。その外れにある高台の空き地で、何者かにスサノオが襲撃されるようだ。スサノオは漆黒の体躯のところどころを色鮮やかな玉(ぎょく)で飾っている個体で、以前、とある廃寺に古の畏れを呼び出す事件を起こしている。
    「そのあと、このスサノオの足取りは掴めていませんでしたが、まさかこんな事になるとは……」
     スサノオは何者かの襲撃を受け、そして何らかの方法で命の源を奪われてしまい瀕死の状態だ。しかも、自らの死を回避すべく眼下に広がる住宅街へ降りてゆき人々を貪り喰らおうとしている。
     それを聞いた灼滅者の間から、そんな事ができるのか、との声があがりアベルは急いで首を振った。
    「わかりません。人を喰らうことでスサノオが本当に生き延びられるかどうかは……しかしこのままでは、多数の死者が出ることは避けられません。ですから、その前にこのスサノオを迎え撃ってほしいのです」
     文字通りの満身創痍であり瀕死のスサノオは、灼滅者相手に長い戦闘を繰り広げるだけの余力はない。せいぜい、保って15分。
     その刻限が来ればスサノオは命を燃やし尽くして消滅する。
    「ただ勝利するというだけなら、15分耐えるだけでいいでしょう。しかし消滅直前に、スサノオの戦闘力は大きく跳ね上がります」
     消える直前に大きくなる蝋燭の炎のようなものだ、とアベルは溜息をついた。
    「そうなる前に灼滅するか、それとも15分耐え抜くかは皆さんの判断に委ねますが……こちらも少なくないダメージを負っている状態で、スサノオの能力が上がるのは危険かもしれません」
     スサノオは住宅街を見下ろす高台から、本能なのか勘なのかは全くの不明だが、夕食の時間帯を迎えた住宅密集地めがけて道路を駆け下りてくる。そこを迎え撃てば良い。
    「基本的にこのスサノオは人狼のサイキックと似た能力を持ちますが、他にも咆哮によって衝撃を与えたり、生ける者への呪詛を毒の竜巻状にして放つなどの能力も持ちます」
     もはや死を待つだけとは言え油断すべきではないだろう。
    「一体何が起こったのかはわかりませんが、準備は怠りなきように」
     それに腹が減っては戦もできませんから、とアベルはキーマカレーの皿を灼滅者達に勧めた。


    参加者
    水綴・梢(銀髪銀糸の殺人鬼・d01607)
    領史・洵哉(和気致祥・d02690)
    ツェツィーリア・マカロワ(銀狼弾雨のアークティカ・d03888)
    皇樹・桜夜(家族を守る死神・d06155)
    久次来・奏(凰焔の光・d15485)
    オフィーリア・レーグネン(沈み征くローレライ・d26971)
    吉国・高斗(小樽の怪傑赤マフラー・d28262)
    コタロー・ウブスナ(称号はまだない・d29880)

    ■リプレイ

    ●黒狼
     晴れた夜空に、星が点々と浮かんでいるのが見える。
     水綴・梢(銀髪銀糸の殺人鬼・d01607)が殺界形成で一般人が紛れ込まないように準備しておくのを横目に、領史・洵哉(和気致祥・d02690)は持参した時計のアラームをセットした。
     スイッチひとつでカウントダウンが始まるよう、設定しておく。
    「スサノオの力、ねえ……最近噂に聞くナミダ姫だか何だか知らねぇが、せめてトドメも刺しといてくれりゃいいのに」
    「手負いなのが少し残念ですが、後腐れのないよう全力で灼滅しましょう」
     ツェツィーリア・マカロワ(銀狼弾雨のアークティカ・d03888)の呟きに少し苦笑して、皇樹・桜夜(家族を守る死神・d06155)は長い上り坂になっている道路の奥を見上げた。
     スサノオから白い炎を抜き取っていく謎の女性の正体は、いまだ謎に包まれている。ツェツィーリアが推測するように、それが噂のナミダ姫とやらかどうか、さえも。
     狼の姿をとったコタロー・ウブスナ(称号はまだない・d29880)と回復手の吉国・高斗(小樽の怪傑赤マフラー・d28262)を後衛に残し、久次来・奏(凰焔の光・d15485)は前へ出た。
     どこか楽しげな様子の奏の視線の先には、彗星のように長く尾をひいて駆け下りてくる黒狼がいる。
    「ここから先は行き止まりだ!」
    「すまぬがここから先は通行止めじゃ、少し己れらの相手をしてくれぬかのう?」
     高斗と奏の声へ重なるように、オフィーリア・レーグネン(沈み征くローレライ・d26971)が掻き鳴らす【Toten arie】から音波が放たれスサノオを打ち据えた。
    「さあ、狩りの時間だ!」
    「Lockn'load!」
     桜夜とツェツィーリアもまた封印解除し、手負いのスサノオと相対する。
     『白い炎を回復したいのならば、一般人より人狼を狙って来るのでは』――という想像のもと、コタローはぎりぎりまでスサノオの接近を待ってから変身を解き、人型へ戻った。しかしスサノオがそれに反応した様子はない。
    「御機嫌よう負け犬。お気の毒様、もう一度だけ負けてもらうぜ」
     ぶわりと沸き立つオーラのような、どこか粘質な炎のような、『畏れ』をまとった一撃が鋼穿杭に乗せて繰り出される。ツェツィーリアの畏れ斬りを、スサノオは全身から放出した白炎で相殺した。
    「手負いでようやく食えるっつうとカッコ悪ぃがな。とにかく此処で終いなのさ、テメェは」
     翡翠か水晶か瑪瑙か、漆黒の体躯に色鮮やかな玉(ぎょく)がよく映える。惜しむらくは、当のスサノオが満身創痍のぼろぼろである事だろうか。
     ぎらぎらと尋常でない光を放つ眼も、片方が完全に潰れ血を流している。口の中か喉を切っているのか、それとも胸の中をひどく傷つけてでもいるのか、牙を剥いた口元からごぼりと血がこぼれてきた。
    「ふ、ふ。幻獣種よ、主とは今一度相まみえたいと願っておった処じゃ」
     まるで見栄をきるように大きく振った奏の縛霊手へ、業火が纏わりつく。片肌脱ぎにした朱色の着物の袖がそれを煽るように翻った。
    「その白き焔、己れにとくと見せておくれよ」
     そうして刹那の舞台の幕は上がる。

    ●蒼星
     ダガー状になって降り注ぐコタローのマジックミサイルが黒狼の四肢をアスファルトへ縫いつけ、苦痛の咆哮が聞こえた。
     リミット間際、スサノオの力が膨れあがる前に仕留めるという算段だったが、強敵相手に果たしてその作戦がうまく機能するかどうか、ふと高斗は一抹の不安を覚える。
    「俺がバッチリ皆を支えるからな!」
     高斗ら灼滅者が背後にした住宅密集地、そこには数え切れない明かりがともっていた。
     ここでスサノオを通してしまえば惨劇は免れない。絶対に、負けられない。
    「しかし、何故こんな事になったのでしょうか」
     ようやくスサノオ関係の事件に進展があったものの、洵哉としてはこれでは逆に謎が深まったような気がしてならなかった。
     そもそも、満身創痍のスサノオを捨て置いて姿を消した女性は何者なのだろう……ともあれ、今は目の前の脅威を排除することに集中すべきと考え直す。
     まず守りを固めた洵哉は確実に攻撃を当てに行くことを重視し、グラインドファイアでの蹴りを選択した。ダメージ量は神霊剣に比べれば劣るが、攻撃というものはまず当てなければ意味がない。
     スサノオの行動を制限すべく、梢は妖冷弾から黒死斬へ繋げ継続ダメージと状態異常を付与しようと愛槍【極彩】を振るう。都合上、相棒の鋼糸を持ってこられなかったことが心残りだが、それはそれとして、友人から誕生日の贈り物である弓が相棒替わりだと考えることにした。
     秋の澄んだ夜空の下、血臭も色濃い戦いは少し生々しすぎる。最後列からのコタローの影喰らいが夜陰に紛れて襲いかかるが、黒狼は思いのほか鋭い身のこなしで飛びすさった。
     オフィーリアはスサノオの動きに癖や穴がないか観察するつもりでいたが、相手は手負いの獣。
     奏も黒狼の様子から、こちらの人語を解するか、あるいは明確な意志はあるのかを知ることはできないものかと考えていたが、スサノオ自身はただひたすら邪魔な灼滅者を全力で排除しに来ている、としか思えない。
     いまや片眼となった、毛並みと同じ漆黒の獣の目にそれ以外の意図など読み取りようがなかった。
     そんなスサノオを、洵哉をはじめとしたメンバーの半数は15分のリミット前に倒しきるつもりでいたが、残り半数のメンバーとは速攻を仕掛けるかどうかの意思統一がなされておらず、なかなか全体の足並みが揃わない。
     強敵相手に早期決着を狙うのと持久戦での粘り勝ちを狙うのでは立ち回りは異なるうえ、回復を回していく咄嗟の判断も自然異なってくる。
     たとえ、意思統一が充分に計れていなかったとしても依頼を共にする仲間、という強い気持ちが互いにあれば激闘の最中とは言え多少なりとも齟齬は埋められたかもしれない。
     しかし戦局の鍵をスサノオに握られた状態でそれに思い至った所で、もはや詮無い事だった。

    ●紅嵐
     凄まじく重苦しい呪いを乗せた猛毒の嵐をまともに浴びた前衛陣の消耗で、高斗はすぐさま建て直しに追われる。15分を耐えきればスサノオは消滅すると言っても、どうかしたら一気にこちらが壊滅へ追い込まれかねない。
     強敵相手に、減衰の生じない人数を同列に配する危険性を思い知らされ、ともすれば薄氷を踏むような展開にツェツィーリアは眉をゆがめる。せめてその点だけは充分に対策を考えておくべきだったかもしれない。
     オフィーリアへの一撃を肩代わりし、肩で息をした洵哉がかすれた声で呟いた。一瞬だけ時計を見やると、時間はまだ中盤を過ぎたかという頃合い。
    「さすがスサノオ……一撃一撃が重いですね」
     想像していた以上に苦しい戦況に、奏はそれでも片頬で笑った。叫び出しそうな苦痛を呑み込むためにあえて声をあげる。
    「主に問おう。ヒトを喰らう事で、生き永らえる事は出来るのかえ?」 
     返答は最初から期待していない。
     たとえ本当に人間を喰うことで命を繋ぐことができるのだとしても、とうてい許容できるはずがないのだから。できるできないの別なく、明確に人に害なそうとしているその時点でスサノオを止めなければならないのは何も変わりがない。
     梢は10分以内に自陣が機能不全に陥れば闇堕ちすることも想定していたが、もともと闇堕ち自体そう簡単に墜ちようと思って墜ちられるものではない。もっと、非常に切迫した命の危険でも起こらない限りは。
    「早く、戦いの中で、終わる……方が、良い、思うっす」
     傷だらけになりながらも攻め手を緩めないツェツィーリアとどこか似ているのに、それでいて恐ろしく似ていない漆黒のスサノオ。その光景を眺めながら、コタローは胸の奥にわだかまる物を散らすように解体ナイフを振るった。
     ジグザグの軌跡が闇色の毛並みを削り、ちぎれ飛んだ玉がアスファルトの上へばらまかれる。
     フェイクを入れるなどしてオフィーリアなりにスサノオを攪乱する算段は立てていたものの、命尽きようとしている手負いの獣相手に人間の感情と洞察力を前提とした作戦はあまり効果がない。
     そして変化はおそろしく唐突にやって来た。
    「……来るか」
     突如、スサノオの体躯が数倍に膨れあがったような錯覚を覚えたツェツィーリアが身構える。その横を迅雷のように駆け抜けた斬撃がオフィーリアを捕らえた。
     梢がとっさにカバーに入ろうとしたものの、もはや打てる手はない。
     目の前で力なく倒れていくオフィーリアに、思わず桜夜は息を飲む。ざらりとささくれた殺気を感じて視線を転じれば、満身創痍のスサノオが次はお前だとばかりに桜夜を睨んでいた。
     総崩れという単語がひどく現実味を帯びる、まるで綱渡りのような苦戦。洵哉の時計が残り時間が3分であることを告げる。
    「15分間際ですか。そろそろしんどくなってきそうですね」
     スサノオの力が増す前、もっと早く前衛へ加わるべきだったかもしれないと思いつつも梢は槍を握り直した。
     こうしていれば、と悔やむことはこの依頼を果たした後でもできる。今はただ、スサノオを背後の住宅街へと至らせることを阻止する、それだけを考えて梢は消耗の激しそうな桜夜の前へ出た。

    ●白炎
    「ここは引きませんよっ!」
     苛烈を極めるスサノオの狂乱。あらがうように叫んだものの、脇腹を深々と抉られてたまらず洵哉が膝をつく。
     しかし守りに徹しさえすれば、もうすぐスサノオは限界に達し消滅するはず。
     ツェツィーリアもまたタイムリミットまでの過剰な被弾を避けるために回避に専念していたが、もはやこうなっては回復もさして意味は持たない、と高斗は腹をくくる。
     灼滅者が引導を渡してやるのが先か、それともスサノオの命数が燃え尽きるのが先か。
    「俺が回復だけだと思うなよ!」
     残り1分かもう少し、と計算し高斗は賭けに出た。
     確かにもう動けぬ者はいるが、あともう少しで命そのものが尽きるスサノオと違い灼滅者はまだ生きている。
     そう、たとえ1発2発喰らったところで死にはしない――スサノオの残り時間と自分の脚で立っている灼滅者の人数を天秤にかけ、そして高斗は大きく一歩を踏み込んだ。
    「燃え尽きろ、赤マフラーキック!」
    「たとえ我らに抗ったとて、滅ぶのはむべなるかな」
     叩き下ろすような衝撃で地に伏せられたスサノオを、奏によるレーヴァテインの炎が包み込む。
    「……ではな、黒き獣よ」
     すっかり血で汚れたアスファルトを、黒狼の爪が掻いた。
     ちょうど洵哉の時計が残り1分を切った瞬間、スサノオは細く、思いがけず悲痛な声を漏らして力尽きていく。
     最後までもたげられていた頭が落ち、ほんの一瞬の間を置いて白炎がその全身を呑み込んだ。
     その勢いの凄まじさに思わず一歩退いたコタローの目の前、ものの数秒でスサノオの亡骸は跡形もなく消滅する。
     その光景に激闘の終焉を知ったツェツィーリアは小さく溜息をつき、少し離れた場所で倒れ、あるいはうずくまっていた梢やオフィーリア、桜夜を立たせてやった。
    「人、食うと回復、するんすかね……そもそも、美味い、んすかね……」
     人狼という身だけに興味を惹かれたのかもしれず、コタローはどこか茫洋とした目でそんな事を呟いていた。その視線の先には奏がいる。
     ヒトが美味か美味でないかは別として。
     もしかしたらヒトを喰らおうという人ならざる考えを抱いた時、それこそが、ある意味人狼であることを捨ててスサノオへ墜ちる瞬間、なのかもしれない。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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