わたしだってやればできるの

    作者:森下映

     ひろくんはいつも私を応援してくれていた。
     第1志望の企業に受かったひろくんに比べて、私なんてまだ1つも内定がとれてないのに。
     でも、妃絵利はやればできる子だから。きっと妃絵利の良さをわかってくれる会社があるよって、ずっと励まし続けてくれた。
     だから絶対に、今日の報告も喜んでくれるはず。
    「……ひろくん、わたし、やっと内定もらえそうなんだ……」
    「えっ、ほんと! おめでとう妃絵利!」
    「それでね、どうしても必要なものがあって……ひろくんに協力してもらえないかなって……」
    「もちろんいいよ! 何?」
    「……いいの?」
    「当たり前だよ!」
    「ありがとう!……ひろくん大好き!」
     途端、2人が並んで腰掛けていたベッドの上が、鮮血で染まる。
     妃絵利は大好きなひろくんの首を拾い上げると、満足気に微笑んだ。

    「みんな集まってくれてありがとう。ちょっと妙な事件が発生していてね……」
     ペンを片手に、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が言った。
    「六六六人衆に一般人が闇堕ちする事件なんだけど、闇堕ちしてしまうのは就職活動に行き詰まっている人。そして彼らは身近な人の首をはねて殺した後、その首を持ったまま街中を移動しているらしいんだ」
     闇堕ちした六六六人衆たちは、無差別に人を殺すようなことはしていない。しかし、持っている首についてたずねられるなど、自分の邪魔をする者が現れれば容赦なく殺してしまうだろう、ということだった。
    「これ以上被害が出てしまう前に、彼女……葛岡・妃絵利(くずおか・ひえり)を灼滅してほしい」
     彼女に接触できるタイミングは午後9時。高速道路の高架下で待ち伏せていると、彼女が首を持って通りがかる。この時、周囲に一般人はいない。
    「小柄でフェミニンな格好をした、一見かわいらしい感じの人だよ」
     彼氏の首さえ抱えていなければ、だが。
     敵は殺人鬼と契約の指輪相当のサイキックを使ってくる。ポジションはジャマー。
    「すでに失われた命は戻らないけど……これ以上は。ね!」
     よろしくね、とまりんは灼滅者たちを送り出した。


    参加者
    田所・一平(赤鬼・d00748)
    立見・尚竹(吉祥士魂・d02550)
    葉月・十三(高校生元殺人鬼・d03857)
    哘・廓(出来損ないの殺人者・d04160)
    深束・葵(ミスメイデン・d11424)
    十六夜・深月紅(哀しみの復讐者・d14170)
    久条・統弥(槍天鬼牙・d20758)
    鳥辺野・祝(架空線・d23681)

    ■リプレイ


    「残念だわ、葉月んの水着姿が見れると思って楽しみにしてたのに」
    「……すまんな一平ちゃん……期待に応えられず……」
     田所・一平(赤鬼・d00748)と葉月・十三(高校生元殺人鬼・d03857)。一体何の話をしているのかといえば、戦略上の防具のチョイスの話だ。
    「まあ、もう寒いですし……」
    「凍えて唇紫になる葉月んが見れると思って楽しみにしてたのに!」
    「あ、そういう……」
     10月ももうすぐ終わる、夜の高架下。久条・統弥(槍天鬼牙・d20758)の言う通り、十三が今日着ている制服でも見方によっては寒そうなくらいではある。 
    「それにしても奇妙な事件だ……」
     立見・尚竹(吉祥士魂・d02550)が言う。
    「仕事でクビ切られるとはよく聞きますが、就職するのに人のクビを切るってのは初耳ですね。世も末過ぎてまったくビックリですよ!」
    「就職……六六六人衆の誰かが起業でもしたのでしょうか……」
     十三の言葉に、哘・廓(出来損ないの殺人者・d04160)がつぶやいた。
    「就活ってまだやったことないし、灼滅者なら縁遠くなるものだとは思うからよく分からないけど、確かにストレスとかは溜まるんだろうね」
     ライドキャリバーの我是丸から降り、深束・葵(ミスメイデン・d11424)も言う。
    「ただそれだけで、これからの人生を知らずに灼滅ってのも可哀想な気がするけど」
    「追い詰められすぎたのか、一体何が起きたのかわからない……応援してくれた彼氏の首を必要として……そこまでして就職したかったのか」
     事件の背後に誰がいるのかということについて考えのある統弥ではあったが、それとは関係なく、彼女もまた1人の被害者であり、もう遅いとしても少しでも救えないかと思っている。
    (「彼の首を大事に持つのは今も愛しているからか……それとも……ただ必要な物だからなのか」)
    「なんつーか。なんかなあ、」
     鳥辺野・祝(架空線・d23681)が、大きな金色の瞳をぱちり瞬いた。
    「真っ当に、生きたかったろうにね」
     その隣、十六夜・深月紅(哀しみの復讐者・d14170)も、
    「……どういう、理由で、闇堕ちしたか、わからないけど、」
     と、静かに口を開き、
    「一般人が、被害に、逢う前に、これ以上、人殺しを、させない、為にも、灼滅、しないとね」
    「そうだね。インスタントな闇堕ち量産体制が増える前に何とかしないと」
     葵が答える。
    「うん。……止めよう」
     祝はそう言って、妃絵利がくるはずの方向を見つめた。
    (「一体全体敵の目的は何だというのか……」)
     初めに妃絵利に声をかけることになっている、尚竹が前に出る。
    (「いずれにしても、就職出来ないと焦る人の心の隙を衝く真似は許さん」)
    「あれ、ね、」
     深月紅が言う。
     灼滅者たちの視線の先には、スキップでもしそうな足取りで首を抱えてやってくる、妃絵利の姿があった。


    「すみません」
     高架下を突っ切り、通りすぎようとした妃絵利を尚竹が呼び止めた。それにはちらっと視線を送ったのみ、歩みを止めようとはしなかった妃絵利だったが、
    「……その手に抱えているモノは何ですか」
     ぺたん、と妃絵利のフラットシューズが音を立てる。妃絵利は尚竹を睨み、
    「アナタに関係ないでしょ?」
     そして今度は早足に歩きだそうとした。が、
    「きゃっ、」
    「こんばんは。夜の独り歩きは危険ですよ」 
     自分よりいくらか背の高い廓に行く手を阻まれる。むっとした表情を浮かべる妃絵利。
    「ちょっと、何、」
    「就職、ですか……」
     無理矢理先へ進もうとした妃絵利だったが、廓の発した『就職』の一言に表情が変わった。
    「私にはまだ先ですが、参考までに、どの様な企業なのですか?」
    「ボクも知りたいな」
     統弥も、妃絵利の逃げ道を塞ぎながら言う。
    「貴女はいったい、何に就職したんですか?」
    「だから、アンタたちに何の関係が、」
    「就職おめでとうございます! 人間辞めてまで内定欲しいとか社畜の鑑ですね!」
     テンション高く響く十三の声。妃絵利をとりまく殺気が明らかに濃くなった。
    「まぁ、人の心を忘れて闇に墜ちたモノに相応しい労働対価は灼滅しかないですけどね!!」
    「……魚みたい」
     妃絵利がぼそっと言う。
    「ハ?」
    「死んだ魚みたいって言ったの。アンタの目」
     ピンク色に塗られた妃絵利の唇が歪んだ。わたしはアンタなんかとは違うの。だって就職できるんだもの。妃絵利は首を胸元にしっかりと抱き、半笑いで繰り返す。
    「……その就職、誰が何処でどう糸を引いてるかは知りませんが……」
     十三はゆっくりと片腕を持ち上げる。
    「とりあえず、これ以上の被害が出る前にさっくり灼滅されてください!」
     十三の異形巨大化した腕が妃絵利に振りおろされたのとほぼ同時、我是丸のエンジン音が響き、妃絵利の手元から祝に向かって発射された魔法弾を尚竹の二刀が弾いた。
    「四肢を、掲げて、息、絶え、眠れ」
     深月紅がスレイヤーカードを解放する。そして、左目の視界を紅く染めながら『蹴撃装甲』をコンクリートに走らせた。
     十三に頭を殴りつけられ、妃絵利の身体はぐしゃっと前に倒れる。その起き上がりを狙い、一平が雷に変換した闘気を拳に宿した。
    (「言葉もねぇなあ。いやまじで字面のまんまの意味で」)
     一平が片脚で地面を蹴る。一平の脚が飛び越えた下を這い伸びた廓の影が、触手となって妃絵利を縛り上げた。
    (「なんで堕ちたのかーとか、なんで恋人殺したのかーとか、興味がぜんぜんわかねえわ」)
     着地した一平の前、葵の『猿神礫手』の光輪が、虹色に輝いて盾となる。続けて我是丸の機銃が掃射される音。
    (「ちょっと前までなら話聞いた上で同情したり憤ったりしたかもしれんが、今じゃ無理。……ってことで、)」
    「死ね」
     妃絵利の顎を一平の拳が激しく殴りとばした。喉をそらせ、フレアスカートをひらつかせて後ろへ倒れかける妃絵利。なんとかペタンという靴音とともに体勢を戻すと、飛び退いて一平から間合いをとる。しかし、
    「……大切な人を殺して、生きて一緒にいることを捨てた貴女は一体何を求めているんですか?」
     妃絵利の口からガボッと血が吐き出された。統弥の槍が、妃絵利の背中から身体の中心を貫いている。
    「!」
     槍をつかもうとした妃絵利の動きを察知、即座に槍を引き抜いて統弥が下がった。刹那、尚竹の放ったクルセイドスラッシュが妃絵利の身体へ命中。傾いだ上体を、炎を纏った深月紅の『蹴撃装甲』が蹴り上げる。
     燃え上がりゆらめく妃絵利の身体へ、間髪いれずに祝が縛霊手を振り下ろした。放射された霊力の網が、妃絵利を縛る。
     妃絵利は左手の薬指にはめた指輪を胸に当てた。
    「……邪魔、させないんだから……」
     妃絵利の腹の傷が塞がっていく。
    「わたしは……就職するんだもの!!」
    「……マジで話なんて聞くだけ時間の無駄だな」
     片腕に首をしっかりと抱え、狂気に燃える妃絵利を見ながら、一平が吐き捨てた。
     

     サウンドシャッターと殺界形成が発動され、実質隔離された戦場となっている高架下。遠近に飛び交う斬撃は激しさを増している。
    「我是丸!」
     葵を狙って飛ばされた石化の呪いをかばい、我是丸が消滅した。ちっ、と顔に似合わない舌打ちをして引き下がろうとした妃絵利を、黄金色に煌めく葵の『猿神鑼息』から連射された弾丸が捉える。
     服に脚に血を滴らして駆ける妃絵利。その影にひらり亜麻色の髪が追いついた。師から学び、自らのものとした深月紅のナイフの太刀筋。深月紅は『罪禍』で妃絵利の脇腹をジグザグに斬り刻み、防御の体勢をとった妃絵利の右腕を、硬度を高めた廓の拳が真っ直ぐに撃ちぬく。
    「……拳で殴るなんて、顔に似合わないことするのねえ」
     廓の鼻先で妃絵利が言った。
    「……戦う心得は持ちあわせてませんから……だから私はこの身1つで戦うのです」
     瞬間、妃絵利が近距離から急所へ放とうとした斬撃を、廓は声もあげずに左腕で平然と受け止める。避ける服と肉。今度は妃絵利が廓の防御を押し切ろうとした。が、統弥が撃ちだした毒をはらむ漆黒の弾丸を胸に受け、よろめく。
    「……まだ足が動き、効き腕が使えるのなら、問題ありませんね」
     廓は隙を利用して妃絵利から離れた。深手を追った左腕を一瞥しただけで攻撃に戻ろうと動いた廓の元へ、祝の縛霊手から撃ちだされた祭霊光が届き、傷を癒していく。
     六六六人衆である妃絵利の攻撃は相応の重さだった。前衛に列回復が効きにくい布陣の灼滅者たち。各々が回復手段を持っていなかったら、戦闘不能者が出ていたかもしれない。そして妃絵利が積んでくるバッドステータスによって攻撃が滞らないよう、留意して回復に奔走する祝に加え、一平が回復をサポートしていることは非常に大きかった。
    (「こうなってしまったら、仕方がない。それはあなたも私も同じだよ」)
     逃走を防ぐため、祝は後部から常に妃絵利の位置を確認している。軽快な動きはいつもの通り。堕ちた妃絵利にも同情はするも、引きずられることはない。
     十三の死角に妃絵利が回りこんだ。それより一足早く身体を滑りこませ、一平が攻撃をかばう。祝は、陣形の外側をエアシューズで大きく駆けた。
    (「理不尽なんてどこにだってあるんだ。でも、」)
    「だからって、理不尽を許したわけじゃない」
     陣形の隙間を抜けようとした妃絵利を、祝のグラインドファイアが襲う。妃絵利を焦がす、炎の勢いが激しくなった。回復手段はあっても、浄化はできない妃絵利。戦闘開始当初に比べて、動きは格段と鈍くなっている。
    「葵、」
    「うん」
     葵に声をかけ、深月紅がすっと射線を開けた。より近くにいる深月紅の手元に構えられた『咎人の戦輪』に妃絵利が一瞬気をとられる。
    「一平ちゃん」
    「おうよ、」
     十三と一平が弾き合う磁石の同極のように対角へ抜けた。エアシューズの激しい摩擦音が両サイドから鳴る。
     妃絵利へ葵から、爆炎の魔力を込めた弾丸が連射された。斜め横から激しい回転とともに繰り出される深月紅の断罪転輪斬。殺気がなければ頼りなくも見える妃絵利の身体が翻弄され、表情に一層の憎悪が刻まれる。
     はっと妃絵利が後ろを振り返った。斬られる痛みを感じたわけではない。けれど、確実に『何か』を破壊された感覚。尚竹の非物質化されたクルセイドソードが、妃絵利の魂を断っていた。
     振り下ろした剣をそのまま引き、すぐに尚竹が身を返す。気配に上を見る妃絵利。避けるまもなく同時に妃絵利の視界に入った燃え盛る2人分のエアシューズが、思い切り妃絵利を蹴りあげた。
     一平の『不動黒燐』がコンクリートとぶつかりガシャンと無骨な音を立て、十三は統弥と入れ替わるようにすれ違う。『霊刀・陽華』を利き腕に飲み込ませつつ、走る統弥。深月紅は拳に『血霞』を集束させ、葵は再び『猿神鑼息』を構えた。
     戦場を、祝のセイクリッドウインドが吹き抜ける。指輪を胸にあて妃絵利も回復を試みるが、
    「く……なんで……」
     すでに命の残量は少なく、回復は追いついていなかった。
     妃絵利の傷が塞がる前に、統弥が巨大な刀と化した片腕を振り下ろす。同時に葵の『猿神鑼息』が妃絵利に無数の穴を開け、斬撃に千切れかけた上体を深月紅が閃光百裂拳で殴りつける。
     よろめき、地に倒れる妃絵利。その手から首がこぼれ落ちた。
    「あっ、」
     首へ手を伸ばしかけた妃絵利の襟を廓が掴む。
    (「この一太刀で決める」) 
     尚竹は、納刀しておいた『真打・雷光斬兼光』の柄を握った。
    「我が刃に悪を貫く雷を……居合斬り、雷光絶影!」
     廓が妃絵利を、致死的な角度を見計らって投げ飛ばす。尚竹は宙にはねた妃絵利の身体を、一刀のもとに斬り捨てた。
    「……忘れないから、おやすみなさい」
     地面に落ちた瞬間、妃絵利と目が合ったように感じた祝は、消滅していく妃絵利に向かって、そう言った。


    (「そもそも殺人で就職って殺し屋かよ。漫画やアニメじゃあるまいし」)
     十三が、コンクリートの上に残された首を見下ろす。
    「あー疲れた。葉月ん、ご飯でも食べて帰りましょ」
     一平が言った。十三はうなずいて首に背中を向ける。
    「大丈、夫?」
     皆の負傷を確認する深月紅。
    「うん、アタシは平気……あれ?」
     復活した我是丸を労っていた葵が、何かを見つけて立ち上がった。
     一方統弥は、首を犠牲者の身体に戻したいと考えていた。が、
    (「難しいかな……」)
     灼滅者たちには遺体の場所はわからない。せめて、と妃絵利の遺留品を探す統弥に、
    「これ、落ちてたんだけど……」
     と、葵が妃絵利がはいていたフラットシューズを差し出す。
    「戦いの、間に、片方、脱げたのね、」
     深月紅が言った。
     統弥はシューズを受け取ると、首のそばに置く。
    「ただ、間が悪かっただけなんだろうな……許されないとしても、彼女は悪くはないとボクは思う……」
     そして黙祷をささげ、
    (「彼氏さんの事を、最後まで愛していたと信じたいな」)
     隣で尚竹も、2人を思い合掌した。
    (「……この裏に居る奴を絶対に倒してみせる」)
    「行こっか!」
    「そうですね」
     祝が言い、廓が答えて、歩き出す。
     灼滅者たちはそれぞれに、高架下を後にした。

    作者:森下映 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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