静寂語りが乱れる日

    作者:ねこあじ

    ●新潟ロシア村
     ススキが風に揺れ、音を奏でていた。時折虫の声も混じり、廃墟は自然の音に満ちている。
     今の新潟ロシア村は自然の音楽が溢れているだけの静かな場所であった。
     だがこの日は違った。ススキを掻き分けて音を乱し、現れる三体のアンデッド。
     あるアンデッドの手から、玉がごろりと地に落ちた。
     アンデッドたちが身を引いて見守るなか、玉はどんどんと大きくなりやがて肉塊へと変貌していく。
     その時、水晶化した右腕が玉の中から突き出た。
     中から這い出てくるのは黒いローブを纏ったダークネスだった。覗き見えた顔の部分には、爬虫類の頭骨。
     首の部分をさすり、周囲を見回しながら大きく息を吸った。少し遠くに朽ちた建物。ススキと木々がざわざわと音を立てていた。空気は程よく澱んでいる。
    「陰鬱そうで、良い場所だな」
     男はアンデッドたちに声をかけるのだが、もとより返事は期待していないのかすぐに踵を返した。


    「皆さん、灼滅された「大淫魔スキュラ」がやっかいな仕掛けを遺していたという話は、既にご存知でしょうか」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)が、やや緊張の面持ちで話を切り出した。
     仕掛け――それは、八犬士が集結しなかった場合に備えて、生前の彼女が用意していた「予備の犬士」を創りだすもの。
     放たれた数十個の「犬士の霊玉」は、人間やダークネスの残骸を少しずつ集め、新たなるスキュラのダークネスを生み出す。
    「ですが今回、その霊玉をアンデッドが所持し、多くのダークネスが灼滅された戦場跡に現れるようです。
     犬士の霊玉をなぜアンデッドが所持しているのか、それは不明です」
     不明だが、戦場で灼滅されたダークネスの残骸を吸収した霊玉から現れるダークネスを放置することはできない。
    「このダークネスは誕生後しばらくは力も弱いままですが、時間が経つにつれ、予備の犬士にふさわしい能力を得るでしょう。
     肉塊の時点で攻撃するとどこかに飛び去ってしまう。
     なので、肉塊から生まれた瞬間のダークネスを待ち構え、短時間で灼滅することを皆さんにお願いしたいのです。
     もし戦いが長引いてしまったら、闇堕ちでもしない限り、勝利することはできなくなるかと……」
     姫子の言葉が途切れる。その揺れる瞳で教室に集まるひとりひとりを見つめた。
    「皆さん。どうか、素早く確実に、この敵を灼滅してください」
     アンデッドたちが立ち止まった場所は新潟ロシア村の一角。舗装すらされていない場所だ。姫子は詳細な地図に印をつけた。
     そこは背高の植物に囲まれていて、潜伏できる場所もあるだろう。
    「このダークネス――ノーライフキングは智の霊玉が首元に付着しています」
     エクソシストとリングスラッシャーに似たサイキックを扱う。
    「三体のアンデッドは配下として、ノーライフキングをサポートするでしょう」
     三体とも体力は無い。脆いともいえるほどだ。だからこそ援護に徹するのだろう。
    「仮に八犬士に及ばない力だとしても、野に放てばどれ程の被害を生み出すか、想像もできません。
     そして今回のアンデッド……スキュラダークネスを利用し、暗躍しようとするものがいるのかもしれません」
     どうか、気をつけて。誰一人欠けることなく、学園へと戻ってきてください――。
     そう言って、姫子は灼滅者を送り出すのだった。


    参加者
    冴凪・翼(猛虎添翼・d05699)
    漣・静佳(黒水晶・d10904)
    蓮条・優希(星の入東風・d17218)
    マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・d21200)
    ハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)
    アルマ・モーリエ(アルマース・d24024)
    リデル・アルムウェン(蒼翠の水晶・d25400)
    白藤・幽香(リトルサイエンティスト・d29498)

    ■リプレイ


     風が絶え間なく吹き、草木がざわめく。
     灰色のサバトラ猫が前を見据えたまま、そっと後退していた。猫の視線の先には荒い足取りのアンデッド達がいた。
     アンデッド達が進むことを止めると、猫――マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・d21200)は慎重に移動したのちに伏せる。
    (「ニャンだか不穏な戦いだニャン……」)
     草むらのなかでじっとしていた白毛の兎、アルマ・モーリエ(アルマース・d24024)は青目をぱちりとさせた。ある程度大きくなった肉塊が見え始め、更に大きくなっていくのが分かった。
     肉塊の蠢く様子は呼吸にも見える。目には見えない残骸は空気中にあるようだ。
    (「話には聞いていましたが、何と面妖な……」)
     アルマと同じく兎へと変身した白藤・幽香(リトルサイエンティスト・d29498)は落ち着いた様子で耳をそばだてる。
     この霊玉を持ってこさせた者は――……確か、と幽香は名を思い出す。
    (「病院の同志たちをアンデッド化させた憎たらしい輩よね。何企んでるか知らないけど、邪魔させてもらうわ」)
     その時、ぼこりと肉を砕く音がした。屍王の腕が見える。
     すかさず三人が変身を解くと同時に、漣・静佳(黒水晶・d10904)の輝ける十字架が場に降臨し、無数の光線を放った。そのすべてがアンデッド達を貫く。射線上にあった肉塊の残骸が砕け、屍王が転がり出た。
    「!?」
    「イキナリでビックリしちゃったかなあ、ボクと遊んでよお♪」
     影を鋭い刃へと変えたハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)が一体のアンデッドを斬り飛ばす。腐った腕が更に遠くへと放られ、ハレルヤはにいっと笑う。
     屍王の視線がそれを追った。ハレルヤの言葉通り、襲撃に驚き状況の把握につとめているのだ。
     飛ばされたアンデッドの間近に迫っていた蓮条・優希(星の入東風・d17218)は、目前の敵を始点にギョウジャ・ソードを一閃させた。
    「野分をやる、吹っ飛べっ!」
     放たれた月光衝が強風で襲うが如く三体のアンデッドを薙ぎ、吹き飛ばす。
     自身から離されるアンデッド達を見て、屍王は光輪を具現化させた。
     ややすっきりとした場に冴凪・翼(猛虎添翼・d05699)が飛び込んでいく。
    「お前の相手は俺だぜ!」
     跳躍した翼は、エネルギー障壁を屍王の真上で展開させるとともに拳を振り落とす。
     強打され体が一瞬地に向かうも、難無く二転し立ち上がった敵は流れるように振り返り、背後に迫ってきたリデル・アルムウェン(蒼翠の水晶・d25400)へと光輪を飛ばした。着弾寸前に身を捻り、やや回避するリデル。
    (「後に大きな被害を生み出すだろうものを放っておくことは出来ないね……」)
    「手早く摘み取らせてもらおう――リリィ」
     癒しの光を喚びだし、自身の治癒力を上げた。ビハインドのリリィが接敵し、霊撃を放つ動きにふわりと白い花が舞い追っていく。


     草地に倒れ蠢くアンデッド二体が小さな光を生み出した。
    「残念ですが貴方達に構っている時間はありません!」
     アルマがクルセイドソードを払った。青のオーラに包まれていた破邪の聖剣が青の光刃を撃ち出し、アンデッドの胴を斬り裂いた。敵が生み出していた光は既に屍王を癒しに飛ばされている。
    「こいつで最後だぜ!」
     残った一体のアンデッドは、光を屍王へと送り出した瞬間、マサムネの弾丸によって撃ち抜かれた。
     倒したことを確認したのち、マサムネは体内から噴出させた炎を武器に宿す。
     即座にアルマと二人、視線を走らせて屍王へと駆けた。
     アンデッド三体が撃破されたことを視認しつつ、リデルが光輪を飛ばした。空中で分裂したそれは翼を回復し、守りも固める。
     翼が思うのは今や学園で共に過ごす彼らのことだ。
    (「裏で糸引いてんのがあの時の人造灼滅者達のアンデッド作った奴だってんなら……止めてやるよ、戦うって決めたからな」)
     顔を晒すリリィの下を、身を低くした翼が踏み込んだ。体当たりするかの如く全身で超硬度の拳を撃ち抜き、そのまま転がり敵の懐から離脱する。直前、乗じて動く優希が対角に見えた。
    「待たせたな!」
     戦術道具を飲みこむ寄生体が巨大な刀へと変化している。
     間近に屍王を見た優希は、八犬士――祖母が勧めてくれた物語を思い出していた。ローブの隙間、首元に霊玉が見え、眼差しを鋭くした優希は敵を袈裟懸けに斬る。
     屍王は接敵する灼滅者達を払い飛ばした。流れる腕の動き、新たな光輪が射出される。
    「彼奴等は使い物にならなくなったか。かわりに、お前達を殺し、新たな我が配下としてやろうぞ」
     瞬時に光輪が縦に伸びた。質量のある光棒に変質したそれを見て静佳は、悟る。
    「セイクリッド、クロス」
     灼滅者へと無数の光線が真っ向に放たれた。
    「生まれたばかりとはいえ、油断出来ないこの火力。やはり放置したままにはおけませんね」
     まだ、命中率はさほどでもない――そう判断したアルマが身を捻り直撃を免れる。掠った肌が熱い。
     射線を読み、回避に動く灼滅者達のなか、まっすぐに屍王へと向かう者がいた。ハレルヤだ。
    「後ろからチクチク攻めるのが趣味なんだけど、今回はト・ク・ベ・ツ」
     光線が肩を掠るも嬉々として駆けた。
    「キミのこと、たっくさん受け止めてあげるからさあ……♪」
     先行して伸びたハレルヤの影が屍王を喰らい、敵の攻撃が止まる。
    「ちゃあんと、ボクのも受け取ってねえ……! あははっ」
     影から躍り出る屍王は滞空している光輪を使い、払った。飛び退くのはハレルヤと、攻撃を回避するなか接敵していた静佳。
     静佳は着地した軸足に力を入れ、瞬発した。破邪の白光が屍王を追い、横一文字を描く。
     屍王を見て脳裏に浮かぶは地下で会った者のことだ。
    (「今度は、もう少し、お話できるかしら、ね」)
    「叩き潰すわ……」
     声。静佳が走らせた白光と交差するように鬼の腕が真上から振り落とされた。幽香が白衣をはためかせて着地し、飛び退く。
    「目覚めたばかりで悪いけど、すぐにおやすみして貰うわよ」
     幽香は異形巨大化した片腕を解きつつ、もう片手にはめられた契約の指輪から牽制弾を撃った。
     それを光輪で的確に叩き落とし、屍王は哄笑する。
    「配下と化しても、その威勢は活かしてておくれ――さあ死合おうぞ!!」


     タイマーのアラームが鳴り、残り十分となったことを静佳が告げた――その三手後。
     影が虎となり、爪を鋭くし敵を斬り裂いた。
     思わずといったように敵は光輪を大きく旋回し、翼に被弾させた。息の塊を吐き出しつつも無意識に受け身を取り、地面に叩きつけられるのを防ぐ。
     自らを回復し防護を強めたい屍王に翼は障壁で攻撃をする、それが三度。列と個人への攻撃が前衛に集中し始めていた。
    「存外、しぶとい」
    「それ、ボクも欲しいなあ……! 思いっきりい、やっちゃってくれていいよお♪」
     敵の前に割って入ったハレルヤが挑発する。両手に集中させたオーラを、零距離で拳ごと叩き込んだ。
    「こおんなふうに、さあ!」
     屍王の周囲。リデルは絶え間なく動く光輪を見た。
     滞空している敵の光輪は、旋回していく速度もあり攻撃対象を掴むのに注意が必要だった。
    「キミは冴凪さんからあまり離れないように」
     リデルがリリィに言う。
    「冴凪さんは、私が」
     静佳が善なるものを救う光条を翼に撃ち、リデルが守りを固める小光輪をハレルヤへと飛ばした。
     それを邪魔するように敵の牽制が飛んでくるので散開する二人とリリィ。
     接敵するマサムネとアルマ。その対角に優希と幽香が迫る。
     守りと回復がいるから、攻める手も維持できている。それぞれがそれぞれの役割を果たしていた。
     ガンナイフを握りこんだマサムネが身を低くし、滑るように間合いへと入った。炎が巻き上がる。
    「浄化の炎でも喰らえっ!」
     下段から斬り上げ、更なる延焼を屍王に与える。屍王は目前にきたマサムネの腕を、自身の腕で打ち払った。この動作に大きく敵の胴が空く。
    「アルマっち、今だ!」
     間近に迫っていたアルマが隙を突き、狙い定める。見出した位置――胴真ん中を剣で貫き、そのまま薙げば破れた黒のローブが刃先についてくる。
    「硬いですね」
     この手応えの理由をアルマは早々に知った。ところどころ水晶化している胴体が見えたのだ。
     今の立ち位置から離脱しようとする屍王に優希が迫った。二歩、三歩と軽く跳び、四歩目の着地で瞬発力を高める。
    「秋台風、逃がすかよ!」
     夏よりも強く――抉るような鋭い飛び蹴りが敵の首に決まった。
     一瞬体勢を崩した屍王に幽香が指先を滑らせる。
     放たれる魔法弾は、敵の行動に制約を与えるもの。
     行動阻害という策を講じるアルマと翼、そしてひたすらにそれを蓄積させていくのは幽香。
    「これでも食らって大人しくしてね」
    「……!」
     敵の光輪が七つに分けられたのち、ふと、掻き消えた。
     行動失敗に陥った屍王の呼気が乱れる。ようやくここで楽観視している場合ではないと悟るのだった。


     二度、連続で屍王が行動不能へと陥る場面が続いた。灼滅者側からの攻撃は通りやすくなり、しかし屍王の攻撃も時間が経つにつれ威力が増している――。
     前衛を庇いに入っていたリリィは既に掻き消え、ハレルヤと翼の消耗もかなり激しい。
    「そこ、断ち切っちゃうわね」
     首から上を狙い、幽香が殲術執刀法を繰り出す。屍王のフードが裂かれ地に落ち、現れたのは剥き出しとなった爬虫類の頭骨。
     跳んだアルマが頭骨、急所めがけてクルセイドソードを薙ぎ払った。正確な斬撃にぐるりと頭骨が一周し、暗い眼窩がアルマを捉える。
    「底知れぬ闇のようですね」
     屍王との間を光輪が横切り、その牽制にアルマが飛び退いた。上空に向かい複数に分裂した光輪が旋回し、前衛に迫る。
    「あと一分、よ」
     静佳のカウントをとる声が、漣のように七人の耳に届いた。
     追って祝福の言葉を変換した風が、仲間達を癒していく。
    「誰も欠けずに、……帰りましょう」
    「間に合わせる! 絶対皆で帰るんだ!!」
     寄生体を御し、利き腕を巨大な刀に変えながら優希が駆ける。既に敵の動きは捉え、狙い定めている。
    「――リュー!!」
     翼が影を飛ばし、叫んだ。一秒一秒が惜しい。今は動作の一つも無駄にはできない。
     影の一撃を確認した翼は、次の瞬間、強い衝撃に襲われ意識が落ちた。
     光輪が次々と前衛四人に直撃し、屍王に斬撃を放った優希も攻撃後、着弾の衝撃で彼我の距離を生む。
     優希の着地と共に接敵するマサムネとハレルヤが確認できた。
    「オレの拳を味わえ! 引導渡してやんよ!」
     オーラが集束する拳をマサムネが繰り出す。ひたすら前進し連打する彼に圧されるかのように屍王は後退していく――その背後をハレルヤがとった。
     マサムネの強打にがくりと揺れる頭骨が重たげで、今にも落ちそうで、舌なめずりするハレルヤが影の刃で一撃を入れた。
    「これでっ、最後!」
     大きく振りかぶったマサムネが撃ち抜くように拳を胴へ。
     ごろりと頭骨が落ちた。だが屍王は頭を失くしても、動いている。
    「まだ、動けるの」
     幽香が目を細めて呟いた。指先を向け、撃つ構えに入る。
     どす黒い殺気のようなものがぶわりと広がる――直前、真っ直ぐに、光条が屍王を貫いた。
     リデルだ。彼の裁きの光条に屍王が乾いた音を立て倒れ、滞空していた光輪は砕け散った。

     静佳は目を閉じ、黙祷をささげていた。
     霊玉は砕けたが、屍王の骸はまだ残っている。
     いずれは消えてしまうのだろうが、まだある。ハレルヤは頭骨を手放さない。そのままアンデッドの体も集めている。
    「うふっ、バラバラだねえ」
    「お、おう。ハレルヤっち、楽しそうだな……」
     アンデッドを調べたあとは埋葬する予定だ。
     応じるマサムネと、黙祷を終えた静佳が輪に入る。
    「キナ臭い話よね」
     一連の出来事をなぞり、思考にふけりながら幽香が呟く。
     足を投げ出し、両手で体を支えて翼が休んでいる。後衛組もボロボロな身なりとなっていたが、前衛組は更に上回る。
     誰も堕ちなくて良かった。彼女の隣に座り、仲間を眺める優希はそう思った。
    (「闇に呑まれりゃ、その闇の中で何も見えなくなる。自分が大事にしてたものも、待ってる奴がいることだって、何も見えなくなって仲間に牙を剥く」)
     あれが、辛い。
    「無事、倒すことができて良かったですね」
     辺りを見回ってきたアルマが戻ってくる。翼の傷を確認するように見るが、大丈夫だという風にひらひらと手を振られた。
     そんな彼らを待つリデルは空を見上げていた。薄青の空に、魚のうろこのような雲が浮かんでいる。
     風の凪ぐ音が灼滅者達を囲う。ふと気付けば、周囲にはいつもの静寂が訪れていた。

    作者:ねこあじ 重傷:冴凪・翼(猛虎添翼・d05699) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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