小石収集家の末路

    作者:のらむ


    「ふふふ、いつ見ても素晴らしい……」
     色とりどりの小石を磨きながら、鉄二という名の男はうっとりとした様子で呟いた。
     彼は休みの日になると河川敷や山にでかけ、綺麗な小石を集めては、収集していた。
     鉄二にとって小石の収集とは生きがいであり、小石は何よりも大切な存在だった。
     とある平日、夜遅くに鉄二が仕事から帰り自室に入った瞬間、手に持っていたカバンをボトリと床に落とした。
    「な……いったい、どうして……??」
     自室の棚に飾っていた小石が全て消えてしまっていたのだ。
     呆然とする鉄二の背後から、彼の妻の声が響いた。
    「ああ、あのガラクタなら全部処分しといたわよ。前から言ってたでしょ? 場所とるから早く捨ててって。あんなガラクタ集めてないで、もっと有意義な事に時間を使いなさいよ」
     妻の言葉を聞き、鉄二は頭を抱えながら膝を床につけた。
     誰にも理解できなくとも、自分にとっては大切な物だったのに……。
    「ウウウ……ウオオオオオ…………」
     鉄二が呻き声を上げる。すると段々、鉄二の肉体がズブズブと変形していく。
    「な……何? 嫌!!」
     目の前の異様な光景に、鉄二の妻は走り逃げ去っていく。
    「オォオオオ…………!!」
     鉄二の身体が、獣のパーツを繋ぎあわせたかのような異形の眷属、ブエル兵そのものになってしまった。
     殺す。殺す。殺してやる。
     ブエル兵は鉄二の妻を殺すため、家の外に飛び出した。


    「今回私が予知したのは、一般人がブエル兵に変化してしまう事件です」
     神埼・ウィラ(インドア派エクスブレイン・dn0206)はファイルを開いてそう言うと、事件の説明を始める。
    「一般人がブエル兵へと変化するこの事件には、ソロモンの悪魔・ブエルが関わっていると思われます」
     ブエル兵は、ブエル兵になる前に憎しみを抱き、恨んだ人を殺そうとするらしい。
    「同乗する余地はありますが……残念ながら眷属となってしまった人間を元に戻すことは出来ません。罪を犯す前に、灼滅してあげて下さい」
     ウィラはファイルをパラリとめくる。
    「事件現場は、ブエル兵へと変化する男性、佐々木・鉄二の自宅です。彼は収集していた小石を全て妻に処分され、ブエル兵へと変化します。彼の妻は襲われる前に家から逃げ出しましたが、ブエル兵はその妻を追いかけ、殺す気のようです」
     接触のタイミングとしては、妻が逃げ出した後、ブエル兵となった鉄二が外に出てきた瞬間となるだろう。
    「今回戦うブエル兵は、これまで戦ってきた眷属のブエル兵よりも戦闘力が高いです。決して油断はしないで下さい」
     また、ブエル兵は戦闘で劣勢になっても撤退しないが、目的である人間を殺害した場合はすぐに撤退してしまう。
    「ブエル兵のポジションはクラッシャーで、腕で殴りつける、爪で引き裂く、体当たりする等、気魄、術式、神秘全ての攻撃サイキックを使い分けて攻撃してきます」
     そこまでの説明を終え、ウィラはファイルをパタンと閉じた。
    「鉄二自身を救うことが出来ないのは残念ですが……彼が殺そうとする人間を守ることは出来ます。怪我に気を付けて。良い成果が得られることを願っています」


    参加者
    朝山・千巻(スイソウ・d00396)
    エステル・アスピヴァーラ(おふとんつむり・d00821)
    マリーゴールド・スクラロース(中学生ファイアブラッド・d04680)
    斎藤・斎(夜の虹・d04820)
    メリッサ・マリンスノー(ロストウィッチ・d20856)
    アルディマ・アルシャーヴィン(詠夜のジルニトラ・d22426)
    宮野・連(炎の武術家・d27306)
    桜井・オメガ(オメガ様・d28019)

    ■リプレイ


     鉄二の自宅前。8人の灼滅者達はそこに集まっていた。
     あと数分で、ブエル兵へ変化してしまった一般人、佐々木・鉄二が自ら出てくるはずだ。
    「むーん、ブエルだか増えるだがよくわからないの。でもこのタイミングで増えるのって不思議なの」
     エステル・アスピヴァーラ(おふとんつむり・d00821)が誰に言うでもなくそう呟いた。
     エステルの言葉に、アルディマ・アルシャーヴィン(詠夜のジルニトラ・d22426)が応える。
    「もしかしたらこの事件に関わっているらしいソロモンの悪魔・ブエルが戦力を集めているのかもしれないな」
     確証は無いが、その可能性は確かにあるだろう。
    「メリッサは、ブエル兵は分裂存在なんだと、思ってた。けど、元は人間? ……よく分からないけど、灼滅してから考える……」
     メリッサ・マリンスノー(ロストウィッチ・d20856)が首を傾げる。
     確かに分からないことは多い。今回の事件のブエル兵が、今までのものとは違い戦闘力が高いという事も、疑問の1つだ。
    「んー……それにしても今回の事件、結構悲しいよね」
    「ナノ」
     マリーゴールド・スクラロース(中学生ファイアブラッド・d04680)の言葉に、マリーゴールドのナノナノ、『菜々花』が答えた。
    「菜々花だって、今日のおやつは私が全部食べちゃった、って言ったら……」
    「ナ……、ナノ~!?」
    「ってなるもんね」
     一瞬壮絶な表情を浮かべた菜々花だが、マリーゴールドの言葉にほっと息を吐いた。
    「確かに、憎しみへ至る傷を考えれば、同情に値します……しかし、事ここに至っては、倒すより他に出来る事はないのが残念です」
     斎藤・斎(夜の虹・d04820)がポツリとそう呟く。
     完全に闇堕ちした人間は、その状態から救い出すことは出来ない。
     だが極稀に、完全に闇堕ちしていない状態の人間を、灼滅者化して救い出すことが出来る。
     しかし、今回のケースではそれは起き得ない。なぜなら、これは闇堕ちではなく眷属化だから。だから、絶対に救うことは出来ない。
    「ブエル兵になっちゃったのは可哀想だけど、助けられないのなら灼滅するしかないんだぞ! 放っておいたら、人を殺しちゃう訳だしな!」
     桜井・オメガ(オメガ様・d28019)がそう言いながら、鉄二の自宅を注意深く見張っている。
    「……ま、そうだな。俺も普段なら喧嘩は放任主義だが、今回のは流石にな」
     宮野・連(炎の武術家・d27306)がそういった次の瞬間、鉄二の自宅の方から大きな女性の悲鳴が聞こえた。
     どうやら、鉄二の妻の悲鳴のようだ。鉄二の妻は自宅から飛び出すと、灼滅者たちには目もくれず、走り逃げ去っていってしまった。
     灼滅者達が身構える。そして一瞬静寂が訪れたかと思うと、
     バァン!!
     と、鉄二の家の扉をぶち破り、ブエル兵となってしまった佐々木・鉄二が飛び出してきた。
    「ウウウ……ドコダ……コロス……コロシテヤル…………」
     恨めしげな声を上げながら、鉄二は走り出す。
    「悪いケド、邪魔させてもらうよっ」
     だがその鉄二の前に、朝山・千巻(スイソウ・d00396)が立ち塞がる。同時に、他の灼滅者達も鉄二を取り囲む。
    「何だお前らハ…………俺ノ邪魔をスルナ!!」
     身体から4本の獅子の腕を生やし、鋭い爪を伸ばす。
     そして灼滅者達も殲術道具を構え、鉄二と対峙する。
     ブエル兵と灼滅者の戦闘が始まった。


    「ソコをドケ!!」
     鉄二が4本の獅子の腕を振り上げ、灼滅者達に突撃する。
    「させるか!!」
     アルディマは身体を割りこませ、その一撃を身体で受け止めた。
    「佐々木鉄二、貴方は妻を殺した後、何処へ行くつもりだ!」
     鉄二にそう問いかけたアルディマの表情は険しい。
     アルディマは一瞬だけ、『一般人を見殺しにすれば、敵の本拠地が分かるのではないか』と考えた。
     どこかに撤退する以上、その可能性はあったかもしれないが、その選択は、一般人を見殺しにする選択。
     アルディマはその選択を思いついた自分に、苛立ちを覚えていたのだ。
    「お前らニ、答えるコトナドナイ!」
     鉄二は獣の豪腕を生やし、アルディマへ向けて拳を放つ。
     アルディマは左手に展開したシールドでその拳を受け流す。そして右手に構えた長剣を操り、一気に斬り上げる。
     獣の腕が切り飛ばされ、地面へボトリと落ちた。
    「俺は……アノ女を殺さなければ……」
     斬り落とされた部位から再び腕を生やし、鉄二は灼滅者達を睨みつける。
    「怒って当然だと思いますけど……ずっと一緒にいた奥さんを殺したいっていうのは、鉄二さんの本心なんですか?」
     マリーゴールドが問いかけながら、縛霊手を構える。
    「誰だろうと関係ナイ……俺ノ大切な物を捨テタ……それだけで、殺す理由としては十分ダ!!」
     鉄二がマリーゴールドに向けて突撃する。
     だがその攻撃が当たる前に、ナノナノの菜々花が動いた。
    「ナノ!」
     鉄二の足元まで滑り込んでいた菜々花が、鉄二の足元に小さな竜巻を発生させる。
     その竜巻に弾き飛ばされ、鉄二の身体が吹き飛ばされる。
    「ナイス連携だよ、菜々花!」
     体勢を崩し、自身の元まで飛ばされてきた鉄二に向け、マリーゴールドは縛霊手を振りかぶる。
     マリーゴールドが殴りつけると、鉄二の身体は地面を転がった。
    「くそ……俺ハお前らに構っている程暇ではナイ!」
     鉄二は改めて灼滅者達の方位を抜けようと、辺りを見回す。
     何らかの行動を鉄二が起こす前に、連が動いた。
     連は巨大な槍を片手で担ぎ、鉄二に向けて突撃する。
    「てかお前、小石なんか集めてどうすんだ? 意味ねえだろ、そんな物」
     連は片足で強く地面を踏みしめるとその場で身体を素早く回転させ、鉄二の全身を切り刻んでいく。
     その攻撃自体よりも、不意に投げかけられた連の言葉に、鉄二は全身を真っ赤にさせて激昂する。
    「お前ニ何が分かる!! お前に俺の趣味を馬鹿にする資格などナイ!」
    「……ま、それはその通りだ。没頭できるものがあるってのは、面白えもんだ」
     誰にも聞こえない位の声で、連がポツリと呟いた。
     先程の連挑発は有効だったようで、鉄二は怒りながら戦闘を続ける。
     その鉄二の背後から無数の魔法の矢が降り注き、鉄二の身体を刺し貫いていく。
     降り注いだのは、メリッサが形成した魔法の矢だ。
    「メリッサの世界に、あなたは要らない。だから…………」
     潰れて。
     ぼんやりとした表情のまま、メリッサは跳び上がる。変わらぬ表情の中、メリッサの瞳だけが不気味に輝いた。
     片腕を異形化させ、メリッサは拳を鉄二の脳天に叩きつける。
     メリッサの言葉通り、鉄二の身体はひしゃげ、潰れた。
    「オノレ…………」
     ひしゃげた身体をズブズブと元の形に戻しながら、鉄二は灼滅者達を睨みつける。 
     まだ、鉄二は倒れる気配がない。


    「むぅ、ここは通さないの。せめてちゃんと送ってあげるから、恨みっこは無しですよ~」
     鉄二を包囲する布陣を保ちながら、エステルは攻撃の機会を伺う。
    「むい、おふとんも一緒にがんばるの」
     エステルの呼びかけに、エステルの霊犬、『おふとん』が動いた。
     おふとんは鉄二の正面に飛び込み、六文銭を機銃のように撃ち放つ。
    「クッ……小癪な……」
     鉄二は何度も後ろに跳び、その射撃をスレスレの所で避けていく。
     だが、唐突に、背中が燃えるように熱くなる。というか燃えていた。
    「むきゅ、隙だらけなの」
     エステルは炎を纏わせた蹴りを鉄二の背中に放ち、その身体を吹き飛ばした。
    「俺のジャマを……スルナ!!」
     鉄二は身体から獅子の腕を生やすと、それを長く伸ばしていき、オメガに向けて幾度も打撃を放つ。
    「んー……わたしには当たらないぞ!!」
     迫り来るいくつもの腕をオメガは蹴りつけ、打撃を捌いていく。
    「これで終わりか? じゃあ次はこっちの番だ!!」
     オメガは刀身を非物質化させた剣を構え、鉄二に向けて駆け出す。
     更に振り下ろされる腕の間をすり抜け、オメガは鉄二の身体を刺し貫いた。
     その一撃は鉄二の魂を直接貫く。
    「グウッ…………」
     鉄二の身体が大きくよろめく。
     全身傷だらけとなった鉄二が、更に暴れ回りながら攻撃を放ってくる。
     その鉄二の死角に回りこんでいた斎が、不意に鋼鉄を引く。
     するといつの間にか鉄二の足に巻かれていた鋼糸が締まり、何本もの足を切り裂いていく。
    「あなたが人のままであったなら、こんな事にはならなかったでしょうが……」
     斎は剣を片手で構え、鉄二との間合いを測る。
     一瞬の静寂の後、地を勢い良く蹴り、斎は鉄二へ急接近する。
     そしてその勢いのまま、鉄二の身体に剣を突き立てた。
    「ごめんなさい。あなたの最後の願いは、叶えさせるわけにはいきません」
     そして剣を引き抜くと、鮮血が飛び散った。
    「ウオオオ…………オノレ…………!!」
     フラフラとした足取りで、鉄二はまだ戦いを続ける。
     それだけ、妻を恨む思いが強いという事だろうか。
    「……そろそろ、終わりだよ!!」
     千巻の言葉を切欠に、灼滅者達が一斉に攻撃をしかける。
     メリッサの放った風の刃が、鉄二の身体を切り裂く。
     オメガの放った炎の蹴りが、身体を焼焦がした。
     マリーゴールドの放った魔の弾丸が、脳天を貫く。
     エステルが生み出した赤き逆十字が、鉄二の精神を蝕んでいく。
     アルディマが盾を振りかぶり、その鼻先を勢い良く殴りつけた。
     斎が放った光の光条が、鉄二の身体を空高く吹き飛ばす。
     連の構築した結界が、落下してきた鉄二を受け止め、痺れ上がらせる。
    「…………行くよ」
     そう呟き、千巻は両足に炎を纏わせていく。
    「マダダ!!」
     鉄二は獣の足を生やし、千巻に突撃する。
     千巻は向かってくる鉄二の身体を、縛霊手で受け止める。
    「グッ…………!! これで、おしまい!!」
     千巻はその状態から身体を捻り、鉄二の身体に鋭い蹴りを叩き込む。
     その一撃を受け、鉄二の身体がバタリと地面に倒れた。


    「グウ……オオオ…………」
     最後の攻撃を受け、鉄二の身体が徐々に灰となり、崩れ去っていく。
    「……ゴメンね、捨てられた小石、どうにか見つけ出したかったケド……アタシには出来なかった」
     そう言いながら、千巻は崩れ去る鉄二の元へ近づいた。
     そして、鉄二の身体から唯一生えていた人間の手の上に何かを置いた。
    「これ、小石。アタシの好みだから、お気に召さないかもだケド……川で拾ったやつとか、丸くてカワイイでしょ? 少しだけ、置いてくね……おやすみなさい」
    「………………」
     鉄二は千巻に何も言わなかった。
     だが一瞬、その手に乗せられたいくつかの小石を握りしめたかと思うと、全身が一瞬で灰となり、その小石ごとこの世から消滅してしまった。
    「終わった、か。確かにブエル兵にしては、中々強力な敵だったな」
     アルディマはそう呟くと、殲術道具をしまう。
    「何とかなったな。あいつ以外の一般人の犠牲者は出なかったし、成果としては上々じゃねえか?」
     連はそう言って辺りを見回し、軽くほっと息を吐いた。
    「むきゅ、せめて安らかに眠るのです~」
     エステルは鉄二が最後に立っていた場所を、何となく見つめていた。
    「それにしても、こんな事件がどうして起こるのでしょうね……」
     斎は戦場を見回し、戦いの痕跡を消していった。
    「本当に、嫌な事件だよね……」
    「ナノナノ……」
     マリーゴールドと菜々花が、鉄二に黙祷を捧げた。
    「……ま、とりあえず人一人は守れたんだ。そっちを喜ぼうぜ!!!」
     オメガが仲間に呼びかける。
    「……ん、それじゃあ、帰ろう。ここではもう、出来る事はないよ」
     メリッサはそう言って、ゆっくりと帰路に着く。
     それに続き、他の灼滅者達もその場から立ち去っていく。

     こうして、灼滅者達はブエル兵と化してしまった一般人、佐々木・鉄二の灼滅に成功した。
     なぜいきなり、この様な事件が発生したのか。
     背後にいるというソロモンの悪魔・ブエルの目的とは一体何なのか。
     考えることは多いが、今はとりあえず、依頼成功という結果を学園に伝えるとしよう。

    作者:のらむ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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