彼女の祭壇

    「お願い……やめて……。それは大事なものなの……」
     子供の背丈程の箪笥の中に大切な宝物を詰め込んでいた。お気に入りの雑誌の表紙。買い続けていたパンフレットにCD。DVDは何度でも観続けた。
     彼らが頑張っている姿が好き。見ていると自分も頑張らねばと思うし頑張れる。
    「俺よりこいつらの方が大事なんだろ!」
     怒った彼がそう言って、宝物をゴミ袋の中に放り投げた。輝かしい思い出がゴミにされていく。
    「クリスマスも俺よりこいつらのライブの方に行くんだろう! 何なんだよ!」
    「それは……」
     確かに彼には申し訳ないが、初めて当選したクリスマスライブ。でも、チケットは二枚ある。彼も誘うおうとしたが、話を聞いてくれなかったのはそっちの方。
    「それだけは駄目!」
     彼の手が箪笥の上に伸びていく。箪笥の上にあるのは、一番のお気に入り達。メンバー全員のジャンボ団扇と写真立てに入れたカット写真。
     彼の手が私を払いのけ、箪笥の上にある物を全て袋の中に入れていく。
     爆発する様な怒りなんてもう通り過ぎ、まるで嵐の前の静かさの様に今は不思議と気持ちが凪いでいた。
     胸が苦しい。指が、足先が、まるで捻れてどうにかなりそうな程、痛い。
    「おい……って、何だよそれ……」
     目線がいつもより違うような気がした。いつもと違う位置で見上げる視線の先に愕然とした彼が見える。彼が慌てるように玄関から飛び出して行った。
     不思議な感覚に包まれて、くるくると跳ね回りながら私は彼を追っていく。
     蹄が床を叩く規則的な音が心地よい。
     逃がさない。絶対に殺してやる。私の絶望。私の哀しみ。
     彼にも、――。
      
    「ブエル兵の灼滅をお願いしたいんだ」
     教室に集まった灼滅者達に墨野・桜雪(小学生エクスブレイン・dn0168)はそう言えば今回の事件についての資料を灼滅者達に渡していく。
    「ちょっといつもと違うのは、そのブエル兵は一般人が変化した姿なんだ。このブエル兵は、ブエル兵になる前に恨んでいた人間を殺そうとする」
     ブエル兵になる過程はどうであろうと、ブエル兵になった者はどんな方法を用いても人間には戻れない。初めは元の性格が残っているかもしれないが、時間とともにそれは失われ身も心もブエル兵となっていく。それを手引きしているのはブエル兵を操るソロモンの悪魔・ブエルの仕業であろう、と桜雪は言葉を続けていった。
    「……ブエル兵になった人は助けられない」
     説得をしても何をしても、ブエル兵となった者の耳にその言葉は届かない。人としての心は、恨みと怒りで失われてしまっている事だろう。
    「だから、これ以上このブエル兵が罪を犯す前に灼滅をして欲しい」
     表情を曇らせた桜雪の声は、静かで言い切る様なものであった。
     ブエル兵が現れるのは小さな商店街だ、と桜雪は黒板に図を描きつつ話していく。
    「ブエル兵に狙われているのは大学生くらいの男だ。男は商店街を北に向かって走って逃げようとする。ブエル兵が男の後を追いかけて来ているし、夜も遅いから商店街には男しかいない。人を間違えるとかは無いからそこは気にしないでくれ」
     灼滅者達が何もしなければ男は商店街の中を走り続けるも、途中で疲れて走れなくなり、立ち止まった瞬間ブエル兵に追いつかれて殺される。
    「もうお店が全て閉まっているせいで隠れる場所はかなり少ないんだ。あったとしても、電柱の裏とか、人じゃ隠れられないくらい小さい物陰しかない」
     男に隠れてもらうという手段は少々取りにくいだろう、と桜雪はつけ加える。
     ブエル兵は男しか眼中に入っておらず、灼滅者達がいるからと言って逃げたりもしない。
    「男を殺さない限り、このブエル兵は撤退もしない。今までと違って戦闘力も高いんだ。油断はしないで欲しい」
     ブエル兵の攻撃は天星弓とエアシューズのサイキックの効果によく似ており、また男を殺害した場合はすぐに撤退する。
     遠距離攻撃の際にジャンボ団扇等のアイドルグッツが飛び出してくるあたりは、人間だった時の名残だろう。
    「余程、ブエル兵になる前に男を恨んだんだろうな……。何と言うか怖いくらいだ」
     黒板に全てを情報を纏め終えた桜雪は、黒板に纏めた情報を見回しながらぽつりとそんな言葉を零し言った。


    参加者
    花咲・マヤ(癒し系少年・d02530)
    洲宮・静流(蛟竜雲雨・d03096)
    羽守・藤乃(君影の守・d03430)
    彩辻・麗華(孤高の女王を模倣せし乙女・d08966)
    柏葉・宗佑(灰葬・d08995)
    月姫・舞(炊事場の主・d20689)
    成瀬・ピアノ(敬天愛人・d22793)
    リヒト・デニーロ(十七番目の水産生物・d28787)

    ■リプレイ

    ●もどかしき距離
     商店街を照らす白い光は無機質で冷たさすら感じさせる。どれ程助けたいと思ったとしても、助けられない変えようがないと知らされている結末。仕方が無いと分かっていても、それでも割り切れない己を感じれば、足元に作られた黒くはっきりとはしない影を見つめていたリヒト・デニーロ(十七番目の水産生物・d28787)は緩く作っていた拳に静かに力を込めた。
    「そろそろでしょうか」
     纒う衣服をたっぷりと布が使われ装飾された豪華なドレスへと変えた彩辻・麗華(孤高の女王を模倣せし乙女・d08966)は、商店街を包み込む夜闇へと視線を向ける。
     ブエル兵を相手とする依頼であれば、今まででも多く合ったが今回はそれらとはどこか違う。加えてここ最近になり、今までとは違う依頼の数が増えてきているという事実を知っていれば、思考の行き着く先にあるのは、何かが動いているという推理にも似たもの。だからこそ、ざらりと嫌な予感が頭をもたげる。
     静まり返った商店街にいる灼滅者達の耳に僅かに聞こえ届くのは、北に向かった先にある大通りにて生み出される喧騒。
    「来ましたよ」
     喧騒に混じって聞こえる乱れた足音。それにいち早く気がついたのは最も周囲に注意を向けていた月姫・舞(炊事場の主・d20689)であった。地を蹴る靴音は仲間達に短い言葉を向けた間もこちらへと向かい大きくなる。
     姿はまだ見えない。
     外からの音は聞こえても外に音が漏れぬように、光が足りない事の無いように既に準備は整っている。
    「お出でなさい、鈴媛」
     片手に持つカードから羽守・藤乃(君影の守・d03430)が呼び出すのは鈴の名を冠した白銀の花が揺れる大鎌。握り慣れたその重さを感じながら紫の瞳に映る人影へと真っ直ぐに視線を向ければ、人影の奥に普通であればありえない獣の影が見て取れる。
     悲しみの果てに獣へとなってしまったその姿に藤乃の表情が僅かに翳るも、外から聞こえてくる音が商店街に近づくに連れて徐々に遅くなってきている事に気がつけば、藤乃はその表情を引き締めた。
     残り数メートル。たった数メートルでも疲労している男には長く感じる距離となっているだろう。
     ブエル兵との距離もじりじりと詰められていっている。
     商店街に木霊する男の足音。
     男が駆け入り込むと同時に、灼滅者達が男とは反対の方向へと駆けていく。
     灼滅者達の視線の先にいるのは一頭の異形の獣。
     二つの蹄が地を鳴らせば生成りにも見える白い躯は空を舞う。駆け飛んだ時の勢いに任せ、身を捩り回転するブエル兵。重力すらも味方に付ければ狙う人物はただ一人。
    「事情は知っている。だが、邪魔させて貰おう」
     ブエル兵の蹄を受け止めたのは洲宮・静流(蛟竜雲雨・d03096)の艶やかな黒の仕込み杖だった。憎悪に染まった橙の瞳で好機を邪魔した者を視線だけで射殺さんとする様に睨みつけた刹那、ブエル兵は勢いに任せ真上へと上がっていた蹄を静流の肩へと下ろしめり込ませ、再び蹄を舗装された地へと打ち付ける。
     これ以上進む事の無い様に陣を形成していく灼滅者達へ、ブエル兵はまるで嗤う様な声を上げた。
     
    ●阻みし行く先
    「ここから離れるよ」
    「……は? え?」
     後方の騒ぎに気が付き、荒い息を整えぬまま足を止め見ている男へと成瀬・ピアノ(敬天愛人・d22793)が声をかければ、その身体を軽々と持ち上げた。ブエル兵に追いかけられ、何が何だか分からぬままに今度は女子に抱え運ばれている状況に男からは動揺する様な間の抜けた声が聞こえるも、ピアノはそれを気にせずに商店街を走って行く。
     人を隠す場所が無い商店街に男がいればブエル兵は確実にそれを狙ってくる。商店街の終わりまであと少し、という時に共に駆ける仲間の霊犬――豆助が頭上を見上げて吠えた瞬間、男とその周囲に向け放たれたのは数えきれぬほどのアイドル写真。
     普通であれば傷付く事もないけれども殺意を込めて呼び出された写真は掠めただけで肌を裂く。走ったままでは抱く男を庇いきれず、ピアノが足を止めれば鋭い写真の雨は執拗に次から次へと降り注ぐ。
    「豆助!」
     バベルブレイカーを振り上げた柏葉・宗佑(灰葬・d08995)は己の霊犬である豆助に届く様に声を上げれば、離れた位置から聞こえたのは力強い吠え声。攻撃を受けた際は治癒を、という事は豆助に伝えてある。背後から聞こえる足音が遠ざかっていけば、宗佑は高速回転する杭でブエル兵の身を削った。
    「これ以上誰かを傷つけたりなんてさせません。痺れててくださいね!」
     目の前にいる存在はどこからどう見ても人には見えぬ、五本脚の獣。けれども、少し前までは人だったのだ。人であった彼女の心に男を殺したいという気持ちは無かったはず。花咲・マヤ(癒し系少年・d02530)の指に嵌められている指輪から放たれたのは痺れを誘う魔法の弾丸。もう彼女が獣から人へと戻る事が出来ないのなら、ここで引導を渡すしか無い。
     まるで声潰したかのような耳障りな声を発するブエル兵に向かいリヒトが駆ける。エアシューズが地を蹴れば、煌く星の軌跡を残しブエル兵の胴へと蹴りを入れた。
     衝撃に僅かにブエル兵の足が後ろに進むも、灼滅者達が与えた痺れも捕縛も足止めも白い躯を止めるには至らない。周囲を探るように小さく跳ねながらブエル兵は視線を灼滅者達に向ける。己を通さぬ壁の様な灼滅者達の顔を見て歪に嗤う。
     一度、二度、三度。
     ブエル兵の様子を探る灼滅者達とブエル兵の間に生まれた蹄を三度打ち付けただけの僅かの間。まるでそれは、不気味な静けさで。
    「気をつけて!」
     ブエル兵の様子に警戒をしていた舞の声が小さな商店街に響くと同時に、前に立つ者達全員へ暴風と蹄の回し蹴りが襲いかかる。
     ブエル兵の目的は追いかけていた男のみ。元から灼滅者達をどうこうしようとすらしていないのだ。南北に伸びた商店街ならば男の進んだ方角は一つだけ。ブエル兵の意識はが男へと向けられたままであるのなら選ぶ行動は自ずと限られるであろう。
     灼滅者達を薙ぎ払い僅かに生じた隙を越えたブエル兵は、商店街を北に進む。
    「治癒は頼んだ」
     体勢を早く立て直した静流が藍の視線を麗華へと瞬時に送れば、そのままブエル兵を追い走る。
    「それ以上は進ませません。……貴女をここで、お止め致します」
     藤乃の足元から伸びた鈴蘭がその茎や葉を伸ばし、進み続けるブエル兵の身に絡まれば、ぎちりと離すこと無く獣の躯を軋ませる。大切なモノを壊され失った悲しみはどれ程の物であろうとも、影に縛られた彼女は今この状況を望んでいないはず。
    「趣味の押し付けは嫌われるよ!」
     それに転売も、と宗佑は心の中で付け足せば作り出すのはオーラの十字架。逆十字の紅はまるで渇きを満たすそれの色にも似ていて。眼鏡の奥にある緑の瞳にブエル兵を映せば、長き黒髪が獣へと向かい走り行く。
    「あなた……愛した人を手に掛けるつもりなのね?」
     舞の言葉はまるで確認するかの様な問いであった。けれども、その問いに対する返答など求めていないとでも言う様にブエル兵へと槍を振る。突き出した穂先は螺旋を描き勢いを増幅させて白い五本脚の一つを貫いた。
     殺し合いも一つの感情表現だと思う舞の前でブエル兵はにたりと口元を歪めさせる。
     一般人が寄り付かぬようにと商店街に結界を張っている中、向かってくる車輪が地を転がる音。そして、霊犬の鳴き声。
    「皆、お待たせッ!」
     笑みを浮かべたブエル兵の躯を、後方から勢いを付けて繰り出された飛び蹴りと斬魔刀の一閃が襲いかかれば商店街の柱へと白い体躯は叩きつけられる。
    「丁度良い時に来たな、ピアノ。では、これもいこうか」
     飛び蹴りと刀による斬撃の主は男を避難させていたピアノと豆助。こうして戻って来たという事は、今頃男は安全な所で眠っている事だろう。
     バベルブレイカーに唸り声をあげさせてリヒトは回転する杭をブエル兵へと叩きつけた。回転により捩じり切れる獣の肉。朱色が内側から穢していく。与えた衝撃がその動きを阻む痺れとなればそれは僥倖。
     全員揃わぬうちから倒そうと等とは考えてはいない。狙われた男が避難できる時間が稼げれば良いのだから。
    「あぁ、やっと効いてきたか」
     漸く今まで灼滅者達が撒いて来たものが効いて来たのだろう。立ち上がろうとするもその度に体勢を崩し立ち上がれぬブエル兵をリヒトは静かに見下ろした。
     
    ●心を無くしたモノ
    「これで心置きなく、という所ですわね」
     意識を指先へと集中させリングスラッシャーを分裂させれば作るのは小さな光輪。豪奢なドレスの裾を揺らし、麗華はそれをマヤへと向ける。依頼として確実に果たさなければならないのはブエル兵の灼滅。男の生死は不問であるが、その避難が完了し全員が揃った事により仲間達の士気は上がっている様にも思える。
     体勢を立て直したブエル兵は見張った瞳で灼滅者達を探っていく。果たすべき目的を邪魔する者達。目の前にいる者達を倒さぬ限り、その目的が果たせないと理解したのか、白と赤が斑になり始めた躯を灼滅者達の方へと向ければ、使える四本の脚を巧みに使いその場で跳ねる。
    「僕の弾丸は、そう簡単に避ける事も出来ません!」
     狙うのならば確実に。言葉と共にマヤが作り出したのは高純度の魔法の矢。最後の一音と同時にブエル兵へと矢を向ければ、ブエル兵が跳び避けようとするも魔法の矢はその姿を追い射抜く。
    「きみの大事な……大切なものを貶めた彼も悪い。だけど、人を殺しちゃ駄目だ」
     もう獣となりし彼女から、人の心は失われている。
     それでも、宗佑はブエル兵へと言葉を掛けた。例え僅かであっても元の意識が残っているかもしれない。足元の影はまるで命ある何かの様にブエル兵の身を捕まえ、続くのは豆助の斬撃。
     ぐるりとブエル兵がその場を高く跳び弾み、影の束縛から逃れると灼滅者達を俯瞰する。次の瞬間、灼滅者達に降り注いだのはアイドル団扇の雨であった。
    「あの人もあなたの大切な人でしょ」
     片腕を鬼の腕に変え、ピアノが中空から着地をしたばかりのブエル兵へと巨大な拳をめり込ませば、腕に伝わるのは触れる何かが砕ける感覚。
     アイドルだけが大切だった訳ではないはず。彼女と彼は特別な関係となったのだから。例え苦しく傷付く事があったとしても、それでも彼女のしようとしている事は間違っている。
     けれどもそれを嘲笑うかの様にブエル兵は跳ねて嗤う。既に脚の幾つかは出会った時の様な形を成してはいない。
     何にもならなくとも、何もしないのは嫌で紡いだ言葉。ただ、それはブエル兵には届かない。
     己の魔力を込めて、舞がブエル兵の躯へと杖を叩き込む。たったそれだけの打撃であるも狙うのはその後。ずっと浮かべていた笑みに劣らぬ程、歪な震えと共にその躯が膨らめば、吐出されたのは鮮やかな赤。
     リヒトがバベルブレイカーを振り下ろし更にブエル兵の身を傷つければ、獣の息は荒く乱れ蹄が叩き鳴らす音は重く鈍くなる。生まれた隙を活かしマヤが指輪から制約を齎す弾丸を放ち撃つ。
     満身創痍となるも立ち上がり続けるブエル兵は後どれ程の攻撃を受ければ倒れるだろうか。僅かな思案とともに藤乃は大鎌に咲く鈴蘭の装飾を揺らして、召喚したのは断罪の刃。状態異常に特化した役割を把握しているからこそ選んだ一手。
    「そろそろ終わりに致しましょう」
     藤乃の刃はブエル兵の身を刻みつけると共に、灼滅者達により施された異常をより増幅させていく。
     今まで仲間達の治癒に徹していた麗華が己のオーラを両手に集中させていくと同時に、ふわりと香木の香りが駆けて行き夜風に舞う。
    「悲しいすれ違いだったな」
     夜よりも影よりも、更に深い黒を纏う静流がブエル兵へと接近しながら黒杖へと魔力を込めていく。もし、彼女と彼が互いに言葉を交わしあっていれば今とは違う方向へと物事は進んでいっただろう。しかし、もう元には戻らない。
     麗華の砲撃がブエルへと直撃すれば、その躯は衝撃により跳ね飛ばされる。静流の足がブエル兵を追い地を蹴れば、落下していくブエル兵へと握る杖を振り下ろした。
     まるで小さな風船が内側から破裂する様にブエル兵の躯は蹄の先から歪に膨らんで、破裂し塵となっては崩れていく。
     重たい瞼を僅かに上げブエル兵が濁った橙の眼を灼滅者達に向ける。それはまるで、諦めきれぬ様でもあり執念めいたもの。ただ、すぐに瞼は落とされ他の部位と同じく爆ぜれば塵へとなっていった。
     
    ●違えし結末
    「この人、これからが辛いだろうね……」
     大通りを少し歩いた先にある小さな公園で、ブエル兵に追いかけられていた男は眠っていた。
     これから先の事を思えば、自然とピアノの言葉は暗いものへとなってしまう。
    「あぁ。アイドルばかりでなく自分も見て欲しいと言えば違っていたかも知れないのにな。もう何を言っても遅いが……次は上手くやれる様に願っておこう」
     慰める様にピアノの肩に触れた静流が男へと言葉を向ける。眠る男の心を理解できるからこそ掛けたい言葉は数多あるが、揺り起こし言った所で彼の記憶には残らないだろう。
     男の首筋に噛みつき血の一滴が喉を通り過ぎた瞬間、微睡む瞳が冴えていく。飢え続ける体が満たされていく。人ではないと突付けられる。宗佑にとっては忌避したい人への吸血。相手の記憶を曖昧にさせるも、すべて忘れる訳ではないだろう。けれども、彼女と異形を結びつける記憶が消せれば良い。
    「……ごめんね」
     付けた傷跡の手当をしながら、ぽつりと宗佑が零した言葉。彼か彼女かそれとも違う誰かに宛てたものなのか、彷徨う言葉に行く先は無い。
     ブエル兵は何も残さずに消えていった。
     周囲に異変が無い事に注意する麗華の視界の端、公園の隅に蹲っているのはマヤであった。
     その手を汚しながら掌で土を集めてせっせと小山にしていく。
     死体も何もないけれども、そこに作ったのは小さな墓。
    「本当はあなたの好きな場所に作りたかったんですが……」
     分からなかったけれども、それでも作らずにはいらない。作り終えた時に、そっと墓の上に供えられたのは小さな白い花だった。
    「これで少しは寂しくないだろう。これ以上、こんな悲しい事件が起きなければいいんだがな」
     いや、起こしてたまるものか。供えた花の位置を整えながらそう、リヒトは決意を固めていけば、その隣に藤乃が並び立った。
     彼岸でも好きな音楽を堪能できますように。
     瞳を閉じて静かな祈る。祈りの行き先は一つだけ。――ここにはいない彼女へ、と。
     

    作者:鳴ヶ屋ヒツジ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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