猟奇的就職戦線

    作者:小茄

    「よぉ、お前就職先決まった?」
    「いや、まだ……」
    「マジで? それヤバくね? 山岸も決まったって言ってたし、大田も親の後継ぐってよ」
    「へぇ」
     ここは関東近県の私立大学。その敷地内で、2人の学生がそんなやり取り。どうやら片方の学生は、まだ内定を貰えていない様だ。
    「まー、あれだ。なんか有ったら言ってくれや。力になるからよ」
    「マジ? だったらさ、一つ頼まれて欲しい事あるんだけど」
    「ん、なんだ?」
     特に深い意味も無い常套句に対し、切り出される願い事。一体何事かと聞いてみれば……
    「ちょっと首くれ」
    「え?」
     ――ざしゅっ。
     鋭利な刃物が一閃。
     首を斬られた友人が事情を理解するより早く、噴き出す大量の鮮血。
    「サンキューな、これで俺も内定貰えるわ」
     返り血を避けることも無く浴びる彼は、軽い調子で礼を述べた。
     
    「就職……やはり大変みたいですわね。今回は、就活に行き詰まった一般人の大学生が、六六六人衆に闇堕ちしてしまいましたわ」
     有朱・絵梨佳(小学生エクスブレイン・dn0043)の説明によると、彼は友人の首を跳ね、その首を持ったまま大学の敷地内を歩いていると言う。
     無差別に殺人を行うわけではないようだが、彼を咎めたり、詰問する者が居れば、容赦無く殺してしまうだろう。
    「これ以上の被害が出る前に、彼を灼滅してくださいませ」
     
    「彼は神奈川県にある私立大学の構内に居ますわ。現地に急行し、接触して下さいませ。大学ですから、そこまで部外者の侵入に敏感ではないと思いますけれど、余り目立たないに越したことはありませんわ。また、戦闘に一般人が巻き込まれない様な配慮もお願い致しますわね」
     彼は幸い、敷地の隅に在る駐車場付近に居ると言う。ひとけも少なく、足場や視界も良好で、戦うには好都合だろう。
    「彼はサバイバルナイフを携帯していて、それで戦いますわ。敏捷性と力に優れる高火力タイプですので、注意して下さいましね」
     先述の通り、あちらから無差別に戦闘を仕掛けてくるわけではない。つまり、先手を取ることは可能なはずだと絵梨佳は付け加える。
     
    「これ以上の被害が出る前に、何としても食い止めて下さいまし」
     そう言うと、絵梨佳は灼滅者達を送り出すのだった。


    参加者
    黒洲・智慧(九十六種外道と織り成す般若・d00816)
    遠間・雪(常識破壊の性格破綻者・d02078)
    灯屋・フォルケ(Hound unnötige・d02085)
    刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445)
    三味線屋・弦路(あゝ川の流れのように・d12834)
    ソフィ・ルヴェル(カラフルジャスティス・d17872)
    深海・水花(鮮血の使徒・d20595)
    宍戸・源治(羅刹鬼・d23770)

    ■リプレイ


     神奈川県某所、山の中に広大な敷地を誇る大学施設が存在した。
     多くの大学がそうである様に、この大学の生徒達もまた、就職戦線と言う厳しい荒波に身を投じていたのである。
    「就職難で闇堕ちとは世知辛い世の中だな」
     求人広告を貼りだした掲示板と、その前で熱心にメモを取る学生の姿を横目で見つつ、呟く刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445)。
    「だからって、殺人鬼に就職って話かよ、笑えもしねえ。職を選ばないってのは倫理に反しない程度にしとけってな」
     その言葉に頷きながらも、呆れる様に肩を竦める宍戸・源治(羅刹鬼・d23770)。
     今回の標的である大学生もまた、就職に苦戦し、あろう事かダークネスとなり、友人の首を刎ねるという凶行に出てしまったのだ。
    「……なんにせよ、これ以上の人死が出る前に休ませてやらねばなるまい」
     と、着物姿の派手な出で立ちを、プラチナチケットでカバーする三味線屋・弦路(あゝ川の流れのように・d12834)。
     灼滅者一行は、その闇堕ち大学生を灼滅すべく、この大学へとやって来たのである。
    「素晴らしく逞しい腕にゃ! これはすごい!」
     と、源治の腕を掴んで寄り添うのは、遠間・雪(常識破壊の性格破綻者・d02078)。
     大学生らしく(?)恋人のフリをして、他の生徒達に紛れようという狙いだ。
    「ここ安くて美味しそうですね~。皆で食べるのに丁度いいかも? ……ソフィは何か食べたいのとかあります?」
    「えっと……やっぱり中華料理とか……でしょうか」
     灯屋・フォルケ(Hound unnötige・d02085)は、メンバーの中でも小柄なソフィ・ルヴェル(カラフルジャスティス・d17872)の保護者、姉という役。
     確かにソフィ一人で校内を歩いていれば目を引くだろうが、彼女らに伴われている分には、心配して声を掛けてくる者も居ない。
    「……失礼、駐車場に行くにはどうしたら良いでしょうか」
     とは言え、余り敷地内をきょろきょろしながら歩いていては、誰かに怪しまれる危険もある。黒洲・智慧(九十六種外道と織り成す般若・d00816)は、通りかかった女子生徒にさり気なく道を尋ねる。
    「えっと、この坂をまっすぐ行って、工学部棟の向こう側だったと思いますよ」
    「これはご丁寧に、有難うございます。麗しいお嬢さん、宜しければ御礼にお食事でも……」
    「えっ?」
    「コホン……」
     自然な流れで、女子大学生を口説きに掛かる智慧。無論彼なりのジョークというか、社交辞令なのだろうが、深海・水花(鮮血の使徒・d20595)のわざとらしい咳払いが背後から聞こえ……。
    「……おっと、それはまた今度」
    「は、はい……?」
     ポカンと呆気にとられる女生徒を残し、一同は駐車場へと向かう。


    「……はは、有難うなぁ……キヨタ。おかげで俺も内定貰えそうだわ。お前の首があれば、『お祈り』されないで済むよ」
     教えられた通りに工学部棟を通り過ぎ、坂を下りると、そこには数百台が駐車可能と思われる広大な駐車場が存在した。そしてその片隅に、彼――ホリシタ・ユウジは居た。
     彼の友人であった同学年の大学生は、変わり果てた姿で横たわり、首から上は存在しない。それもそのはず、ユウジが大事そうにその首を抱えているのだから。
    「ワリィなぁ、その内定を地獄の鬼が取り消しに来たぜえ」
     スレイヤーカードを解放し、羅刹の姿となった源治。ニヤリと笑みを浮かべつつ語りかける。
    「っ?! な、なんだお前達は」
    「あなたはどこに内定を貰ったのですか?」
    「ま、まだ貰ったわけじゃないが……でも、これでバッチリだよ……こいつさ、一年の時に知り合ったんだけど、講義の代返してくれとか、レジュメのコピーをくれとか、人の事都合良く使いやがって……でも最後は役に立ってくれたよ。やっぱ持つべき物は友達だよなぁー?」
     智慧の問いかけに対し、友人の生首を持ち上げながら、笑みを浮かべるユウジ。その表情や言動を見る限り、もはや完全にダークネスになってしまっている事は疑いようも無い。
    「変身! カラフルキャンディ!」
     ソフィは、出現した変身ベルトのバックルに、スレイヤーカードのデッキを装填。
    「彩り鮮やかは無限の正義! ソフィ参ります!」
     煌びやかな殲術道具を完着し、びしっとポーズを決める。
     見た目も内面も闇に染まりきった邪悪を倒すには、正義の味方の力が不可欠だ。
    「あぁ……?」
    「これは殺された前途ある大学生の分にゃ!」
     アスファルトを蹴りつけエアシューズに高熱を纏わせると、呆気にとられているユウジの顔面目掛け、グラインドファイアを見舞う雪。
     ――ガッ!
    「ぐあっ?! い、痛ぇなぁ……何なんだよぉ」
    「Klar zum Gefecht」
     よろめくユウジに対し、無駄の無い動きで懐へ滑り込むフォルケ。ナイフを抜き放つと脇腹を斬り付ける。
    「お、お前ら……アレかぁ? 俺が優良企業に就職するからって、嫉妬してんのかよぉ……?」
    「首を刈るのが試験の代わりといったところか。もう人として救う事すら手遅れなら仕方無い……――いざ、推して参る!」
     風桜を抜刀する刃兵衛。低い構えから、ユウジの脛を薙ぐ。
    「ぐっ……もう、怒ったぞ……就職先が見つかって良い気分だったけど……お前らの首もまとめて貰ってやる事にしたよ……ヒヒッ」
     灼滅者達の集中攻撃を受け、ユウジも空いている方の手に血塗れのナイフを構える。
    「せめて、これ以上の罪を重ねる前に……神の名の下に、断罪します」
     敬虔な信徒である水花は、彼の魂がもう救い出せない所へ行ってしまった事を惜しみつつも、邪を払う裁きの光を放つ。
    「くうっ?!」
    「……まずはその首を離してやれ。死んでいるとは言え、友人だった者の髪を掴むものではない」
     ――シャッ!
     眩い光に身を焼かれ、微かにたじろぐユウジ。と同時に間合いを詰めた弦路は、惨の糸【時雨】を放ち、友人の首を掴んだままの左腕を搦め取る。
    「な、何するんだよ! これがないと、これがっ……」
     ごろりと首が地面に転がり落ち、慌てるユウジ。
    「首一つで内定なんざ、一体どこから聴いた話だ?」
    「確かな話さ、間違いない……説明会でちゃんと聞いたんだ。……だからさぁ、首が必要なんだ。お前らも首くれよぉ……そしたら、いきなり出世コースかも知れないしさぁ」
     首を追いかけ、拾い上げようとした彼の前に立ち、尋ねる源治。対するユウジは、小刻みに身体を震わせて耳障りな笑い声を上げつつそう答える。
    「殺人鬼に就職して、老後まで生きていけるわきゃあねえだろうが」
     ――バキィッ!
    「がふっ!」
     Ouga armに渾身の力を籠め、ユウジの顔面を殴りつける源治。吹き飛ばされたユウジは、アスファルト上を転がる。
    「不意を突いたとはいえ、随分と手応えが無いですね」
     妖の槍の穂先をのたうつユウジに向けつつも、智慧は慎重に間合いを測る。独り、ダークネスになりたて、未来予知のアドバンテージなど、多くの有利要素があるとは言え、やはり油断は禁物だ。
     ――がすっ。
    「やーい、だから就職できないんだよー! このニート予備軍が!」
     と、一同がやや相手の出方を見る構えになりかける中、構わずユウジの頭部を叩く雪。しかも、一撃シールドバッシュを見舞ったかと思うと、すぐ様味方の後ろに回り、精神攻撃で追打ちを掛ける卒の無さである。
    「だ、黙れよぉ……俺は絶対に就職するぞ……内定とってから卒業してやるんだ……内定取ってない奴らをあざ笑いながら、見下しながら、晴れやかな気分で卒業してやるって決めたんだよぉっ!! それでこそ……そうじゃなかったら、俺の大学生活は……俺のキャンパスライフは……」
     ゆっくりと起き上がるユウジの身体を、一層どす黒いオーラが包む。
    「注意を」
     フォルケが短く注意を喚起するとほぼ同時、凄まじい速度で突進してくるユウジ。
    「くらえぇぇっ!」
    「っ?!」
     黒い旋風となったユウジが、灼滅者達の間をすり抜ける。一拍遅れて走るのは、斬撃による鈍い痛み。
    「なかなかの鋭い太刀筋……」
    「本領発揮という訳か。では此方も」
     とっさに直撃を回避した刃兵衛。弦路は、すぐさま体勢を立て直し暴力的三味線【雪風】を掻き鳴らす。
    「一緒に行くよ、ブラン!」
     これに合わせて、プチ痛キャリバーのブランに騎乗したソフィも一気にインファイトを仕掛ける。
     相手が強力であればある程、手数を活かした短期決戦に持ち込みたいと言うのが灼滅者の狙いだ。
    「ハハハッ! 来いよ来いよ、俺にはこの力がある! 何も無かったあの頃の俺とは違うんだよ! 俺の輝かしい進路の為に、お前らの命を捧げろよぉっ!」
    「先行きが見えないと不安になるのは、人として当たり前の感情ですけれど……」
    「よっぽど追い詰められてたんだろうが、超えちゃいけねえラインがあらあな」
     清浄の風を呼び起こし、仲間の傷を癒やす源治。同時に水花は、Lacrimaから誘導追尾の弾丸を放つ。
     彼が闇堕ちしてしまったのは、背後に何らかのダークネスの暗躍があったに違いないが、彼自身の元々の性格に加え、大学生活を満喫出来ていなかった事。そして就職戦線での苦戦など、様々な要素が相俟って彼は救いようのないダークネスになってしまったと言う事だろう。
    「よこせよぉ、さっさと首をよぉ!」
     血に塗れたサバイバルナイフを閃かせながら、灼滅者へにじり寄るユウジ。
    「……とは言え、あれだけの攻撃を与えたのですから」
    「確実に動きは鈍っています」
     智慧の見立てに頷くフォルケ。
    「だったらこのまま一気にトドメをさすにゃ!」
     後衛に控えていた雪も、闘気を拳に纏わせつつ皆に提案する。
    「同感だ」
    「えぇ」
     源治、水花も同意を示す。
    「では……刀狩君」
    「承知した」
     地面を蹴り、ユウジの懐へと飛び込む智慧。刃兵衛は風桜を一度鞘に収めつつこれに呼応し回り込む。
     ――バッ!
    「ぐっ?! ぬううっ……!」
     閃光の如き無数の拳がユウジの腹部を幾度となく打ち、その身体をよろめかせる。と同時に、再び抜き放たれた白刃が彼の背を斬り付ける。
    「今だよ、バクゥ!」
    「……」
    「クソ、がぁぁっ! 邪魔するんじゃねぇっ!」
     雪は霊犬のバクゥに援護を命じつつ、雷を帯びた拳でユウジの頬を殴りつける。音も無く、ナイフの刃をジグザグに変え、彼の太腿に突き立てるフォルケ。
     間断無い波状攻撃の前に、苛立ちながらナイフを振り回すユウジ。
    「こんな所で……死ねるかよぉっ! 就職も決まるって言うのに、死ねるかってんだよぉ!」
    「……そうやって、就職活動と同じように逃げる気ですか?」
    「な、にぃっ! 俺は逃げてなんか居ない! 内定を勝ち取ったんだよ! 就活に勝ったんだ!」
     退路を模索するようなユウジの視線を見て、問いかける水花。その言葉に、彼は益々我を失って喚き散らす。
    「今だ、トドメを刺してやれ!」
    「行くよ!」
     源治の声を受け、ソフィは天高く跳躍。大阪のご当地パワーを脚に集中させ、重力エネルギー諸共ユウジに突っ込んで行く。
    「がはぁっ!!」
     ――ピィン!
     蹴りの直撃を受け、ユウジの上体がグラリとよろめくと同時、弦路の鋼糸が彼の首を切断した。


    「……どうか、安らかに」
     前途ある大学生の死体が二つ。水花は手を合わせて彼らの冥福を祈る。
    (「此方も灼滅者である以上、"仕事"は選べぬ身だ……恨む相手が必要ならば俺を恨んで逝くといい」)
     弦路もまた、一輪の彼岸花を供えつつ心中でそう呟く。
    「まったく、ストレスで堕ちるとかありえないにゃ」
     一方、いかにも彼女らしい感想を述べて肩を竦める雪。
    「説明会のスケジュールなどはメモして有りましたが……手がかりになりそうな物は無い様です」
     ユウジの所持品を調べていたフォルケも、かぶりを横に振る。
    「そうか……さぁ、長居は無用だ。撤退するぜえ」
     源治の言葉に頷く一同。いつまでも殺界を展開したままと言う訳にはいかない。
    「ファルケさん、さっきのお店行ってみませんか? 丁度帰り道ですし」
     ふと、思いついた様に提案するソフィ。
    「名案かも知れませんね。私は賛成しますよ」
     頷きつつ同意を示す智慧。
     救いの無い事件の後、少しくらい気分を上向かせるイベントがあっても良いだろう。
    「しかしこの事件、裏で何者かが動いているのだろうか……」
     一行の最後尾、静けさを取り戻した駐車場からきびすを返しつつ、刃兵衛は小さく呟いた。

     かくして灼滅者一行は、過酷な就職戦線の中で闇に誘われ、ダークネスとなってしまったユウジを灼滅する事に成功した。
     失われた命は戻らないが、更なる悲劇を防ぎ、また彼がこれ以上の罪を重ねる事は阻止されたのである。

    作者:小茄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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