俺が一番

    作者:灰紫黄

     時間は深夜。人通りのない道をとぼとぼ歩く男がいた。年齢は二十歳前後くらいだろうか。ぶつくさと何やら呟いている。
    「くそ、俺が一番のはずなんだ」
     男はあるシューティングゲームには自信があった。今日も新たな店を開拓しようとして……しかし返り討ちにあった。面目が丸つぶれだ。他人から見ればどうでもよいことでも、彼にとっては大事だった。
    「くそ、くそ、くそ! 何かイカサマ使ったに決まってる! ぜってぇ痛い目に合わせてやる! ……あっ、ぐっ!?」
     閉じたシャッターに拳を叩き付け、叫んだ。しかし次の瞬間、胸を押さえて苦しみ始めた。そして肉体は形をとどめぬほど変化し、異形の怪物へと成り果てる。向かう先はゲームセンター。復讐の引き金を引くために。

     ブエル兵。名の通りソロモンの悪魔ブエルが生み出したとされる眷属だ。人の知識を吸い取り絶命させるという性質を持つ。
    「そのブエル兵なんだけど、今回は人間が変化する事件が起きるわ。もしかしたら、ブエル自信が絡んでるのかもしれないけど」
     と口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)。
     ブエル兵は人間であったときに恨んでいた人物の命を狙う。今回の場合、ブエル兵となった男はゲームで自分を負かせたプレイヤーを恨んでおり、その人物が標的となる。ブエル兵はゲームセンターに向かって移動しているため、到着する前に戦闘を仕掛けるのがいいだろう。
    「ブエル兵はまだ人間のままの人格を残しているみたい。銃型の武器を使う人を狙う傾向があるわ」
     使用サイキックはガトリングガンと魔法使いのものに準じる。ただし、今までに出現したブエル兵より戦闘能力は高いので注意が必要だろう。また、万が一ではあるが標的を抹殺した場合はその時点で撤退しようとする。
    「残念だけど、ブエル兵となった人は助けることはできない。でも、事件を放置するわけにはいかないわ」
     このところ不穏な事件が続いている。後顧の憂いを断つためにも、犠牲者を出さないためにも、灼滅者の力が必要とされている。


    参加者
    レイン・シタイヤマ(深紅祓いのフリードリヒ・d02763)
    篠村・希沙(暁降・d03465)
    風雷・十夜(或いはアヤカシの血脈・d04471)
    千凪・志命(灰に帰す紅焔・d09306)
    龍造・戒理(哭翔龍・d17171)
    客人・塞(荒覇吐・d20320)
    ジリアス・レスアート(水底の薄氷・d21597)
    黒揚羽・柘榴(魔導の蝶は闇を滅する・d25134)

    ■リプレイ

    ●呪われし射手
     昼であってもそれほど人通りの少ない街角は、やはり夜でも人の気配はない。代わりに、得体の知れない力で浮く異形の怪物がいた。獅子のような頭から獣の脚が五本、外に向かって生えている。ブエル兵と呼ばれる眷属の一種にして、数分前にはただのゲーマーだったものである。
    「……殺してやる。俺が一番なんだ」
     狂気を口走りながら、獲物を求めて目がぎょろぎょろ動く。そのときだ。ブエル兵の視界がカッと照らされる。灼滅者達が提げた灯りのせいだ。
    「資格無き者は去れ! 殺界形成!」
     黒揚羽・柘榴(魔導の蝶は闇を滅する・d25134)は殺気を放つことで、一般人を遠ざける。準備は整った。今この瞬間より、ここは戦場だ。長い黒髪が風に撫でられ、あるいは魔力の余波によってか揺れる。
    「ここから先は行かせねえ」
     ロッドを携え、客人・塞(荒覇吐・d20320)がブエル兵の前に立ちはだかる。表には出さないが、人がブエル兵に変化したという事実には驚きを感じていた。まさかの他の眷属も、と考えるとそら恐ろしい。
    「邪魔、するな。お前らも、殺してやる……」
     元の人格も残っているのは一部なのだろう。かろうじて言葉になったものが灼滅者の耳に届いた。
    「人を呪わば穴ふたつ、やろか」
     とサウンドシャッターを使いながら篠村・希沙(暁降・d03465)。ある意味では自業自得かもしれない。けれど、諍いなどはよくあること。命を奪われるほどのことでもあるまい。けれど、だからといって手加減できるはずもなく。武器を握る手に自然と力がこもる。
    「……人一倍のこだわり、か」
     実験体として生きてきた千凪・志命(灰に帰す紅焔・d09306)には、難しい感覚だ。掴めそうで掴めないような、しかし知っているような気もする。人ならではの感情。それが怒りや憎しみへ向かうのは、残念だと感じた。
    「終わらせ方……これしか知らないから」
     ジリアス・レスアート(水底の薄氷・d21597)が力を開放するのと同時、光の輪がその身を守るように展開された。事件の裏には、おそらくソロモンの悪魔ブエルがいる。目の前の異形もまた、悪魔の犠牲者に違いなかった。
    「獄魔覇獄の前哨戦……になるのかね?」
     最近起きている、不可解な事件。それらは配下を集めようとする獄魔大将の仕業かもしれない。もしそうなら負けられない、と風雷・十夜(或いはアヤカシの血脈・d04471)は不敵な笑みを浮かべる。
    「蓮華、頼む」
     ライフルを手にした龍造・戒理(哭翔龍・d17171)の呟きに頷き、ビハインドの蓮華は主と肩を並べて仲間の盾となる。人に戻す手段がないなら、倒すことが最善にして最短。それが手向けになるかは、まぁ、本人にしか分かるまいが。
    「その闇を、祓ってやろう」
     レイン・シタイヤマ(深紅祓いのフリードリヒ・d02763)はスレイヤーカードから武装を開放。彼女を守るように、ビハインドが現れる。普段持っている武器と形状が違うが、その効果があるといいのだが。
    「殺してやる殺してやる!」
     ブエル兵の脚の先に炎が灯り、高速回転。間上を通る脚から火の玉が発射される。砲身もないのに銃声が轟き、戦いの火蓋を切って落とした。

    ●銃撃
     数え切れぬ炎の雨が、バスターライフルを構えた志命に降り注ぐ。狙いは正確で、ほぼ全弾が命中した。防御を固めていても、ダメージは大きい。
    「大丈夫か」
     銃声さえ貫くような、凛とした声。レインだ。抜き身の刃から染み出した黒い霧が前衛を鎧う。傷を癒やし、さらに姿をぼかして妨害能力を高めた。
    「……すまない、助かる」
     志命も自らに回復を施しながら立ち上がる。自尊心を傷付けられたことへの怒り。ともすれば妄執とも言えるが、しかしその殺意は本物だ。元よりその気はないが、油断は命取りになるだろう。
    「少しでも早く、短く」
     たん、とジリアスの足がアスファルトの地面を蹴った。片腕が鬼のそれとなり、元の何倍にも膨れ上がる。線の細さからは想像もできない膂力でそのまま叩きつけると、衝撃でブエル兵が閉じたシャッターに激突した。
    「守護を切裂きその身に刻め! ティアーズリッパー!」
     動きが止まった瞬間、柘榴も踏み込んだ。右手の剣を下段から降り上げる。刃は魔物の肉を食い破り、何色とも付かない血を流させる。……人の血ではないことだけは確かだが。
    「あああああああああ!!!」
     ブエル兵を突き動かしているのは怒りと憎しみ。眷属となった今ではそれらを抑える理性はない。ただ衝動のままに、火の玉をぶちまける。己が銃を握れぬ身になったことにも気付くことはないだろう。
    (「眷属とは、儀式などなく勝手に生まれるものなのか?」)
     ライフルをちらつかせ、注意を引きつけながら戒理は思考する。ダークネスの手によるものだろうが、今回のブエル兵の出現はあまりにも唐突だった。原因も分からぬ以上、防ぎようもないから厄介だ。
    「じっとしてな!」
     十夜のエアシューズが唸りを上げる。夜のアーケードに星の軌跡を残しながらブエル兵に迫った。速度と重力を乗せ、体ごと飛び蹴りを叩き込む。アスファルトに伏せたブエル兵に、今度は塞のロッドが襲いかかる。
    「もう助けられない、か」
     激突の瞬間、ロッドの先端に秘められた魔力が炸裂する。攻撃は命中したが、相手もさっきまで人間だったと思うと、いい気分はしなかった。
    「もう、ええよ。楽になりや」
     月光にも似た、刃の一閃。上段から振り下ろされた希沙の日本刀がブエル兵の一部を斬り飛ばす。もう救えぬなら、より早く終わらせたい。たとえそれがエゴだとしても。
     脚の数本が曲がり、欠けても、ブエル兵は攻撃をやめようとしない。たとえ我が身がどうなろうと相手を殺す、という風でもあった。

    ●沈む引き金
     ブエル兵の眼が怪しく光る。バベルの鎖を集約し、狙いを定める。傷も癒えるが、焼け石に水だ。回復のためというより、よりダメージを与えるためだろう。火の玉は高い精度をさらに増す。
    「……お前の相手は、俺だ」
     見せつけるようにライフルを構え、引き金をしぼる志命。狙い通り、ブエル兵がこちらを向いた。また火の雨が降ろうと、メディックのおかげでまだ耐えられる。
     防御は攻撃役の道を拓くためだ。その意を汲んで、塞が飛び出した。
    「ゲームは楽しむためにやるもんだ。……あんたはきっと、そこで間違えちまったんだ」
     青白い閃光が拳を包み、加速させる。機関銃じみた連打がブエル兵を捉え、その形を壊していく。
    「そんなに自分が可愛いなら、トラウマとでも踊ってな!」
     十夜の影を纏った拳がブエル兵を捉える。彼がどんなトラウマを見ているのかは分からないが、想像には容易だ。ぶるぶると怒りに震え、同時に獅子面が恐怖に歪む。
    「俺が……俺が一番なんだああああああ!!!」
     雄叫びを上げ、高速回転。前衛に向けて火の嵐が吹き荒れる。そもそもゲームに執着しなければ、こんなことにはなっていなかったのかもしれないが、だからこそ執着は人の身を離れても忘れることはないのだろう。
    「耐えてくれ。……もう少しだ」
     前衛に護りの符を投げながら声をかけるレイン。損傷具合からして、ブエル兵が倒れるまで長くはないだろう。だがビハインドの消耗も小さくない。それまでもてばいいのだが。
    「剣よその力を解放せよ! 闇を貫け! 神霊剣!」
     主の詠唱に応じ、柘榴の剣が姿を変える。刀身が透明に、そして淡く光を帯びていく。非物質化した剣はブエル兵の魂を貫き、肉体を傷付けることなく大ダメージを与えた。力が尽き始めているのか、ふらふらと力なく揺れている。
    「ぐ、くおおおおおおおっ!」
     蝋燭は燃え尽きる寸前、激しく燃えるという。それを思い起こさせるような、最後の攻撃。火の玉は乱れることなく一直線に連なり、ライフルを持った戒理に迫る。
    「……蓮華」
     しかし、結局その攻撃が戒理に届くことはなかった。蓮華が受け止めたからだ。傾く背中を、優しく支える。戒理も蓮華もまだ倒れはしない。
    「さよなら、やな」
     希沙の足元に、夜闇よりなお黒い、影の花を咲く。それも一瞬、花は無数の花びらとばって散り、その数だけブエル兵を切り裂いた。
    「おやすみなさい。……願わくば、安らかに」
     呟く言葉は祈りか、あるいはただの自己満足か。ジリアスの手から魔力の矢が放たれる。研ぎ澄まされた動作。刹那、もう一撃を放つ余裕が生まれ、彼もそれを見逃さない。指輪から魔弾が飛び、魔矢とともに眷属を両断した。
    「俺が……おれが、いち、ば……」
     霞のようにブエル兵の体が霧散していく。けれど、その最期の一瞬まで、妄執は手放さなかった。

    ●静寂
     眷属の撃破を確認した灼滅者達は、お互いの無事を確かめてから帰路に着く。
    「手掛かり、見付かればよかったんだけど……」
     とジリアス。一応、現場を軽く見て回ったがそれらしきものは見付からなかった。より手掛かりが求めるなら、事後の調査も必要になってくるだろう。
    「一般人を直接眷属にするか……恐ろしいね」
     顎に手を当てながら、柘榴。今回の事件はソロモンの悪魔による魔術のせいかもしれない。ソロモンの悪魔にはただでさえ借りがあるのに、返さなくてはならない狩りが増えてしまう。
    「原因が分かればいいんだけどな」
     今回はエクスブレインが察知することができたが、そうでなければ標的を殺害し、どこかへと去ってしまっていただろう。事件の全体像はまだ不明だ。塞の言葉の裏には、わずかに苛立ちの色があった。
    (「悪魔、儀式……いや、考えがまとまらないな」)
     戒理の手元のカードには蓮華が収まっている。自分の傷も彼女の傷も明日には癒えているだろう。事件の黒幕に考えをめぐらすと、自身の中の何かが波打つのを感じた。野放しにはできない、と強く思う。
    「無事だったか、風雷?」
    「ああ、まぁな。そっちこそ大丈夫かよ」
     かねてより知り合いだったレインと十夜はお互いに労い合う。ダークネスほどではないとはいえ、強敵には違いない。誰も倒れずに済んだのは、お互いが支えあったからだ。
    「……こんな巡り合わせでなければよかったんだが」
     誰にでもなく呟く志命。異形と化し、散った男。あまり素行が良いとも言えないが、それだけが全てではなかろう。少なくとも、死ぬほどのことではないはずだ。
     帰り際、希沙が振り返って手を合わせた。意味のないことかもしれない。それも頭のどこかで分かっていたけれど、それでも。ふと見上げれば、星のない夜空に、月がぽつんと浮かんでいた。なんとなく誰かの横顔を思い出すのは、会いたいと思っているからだろうか。
     やがて足音は遠ざかり、深夜のアーケードにはもとの静寂が戻ってきた。銃声が轟くことは、もうないだろう。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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