●tarte tatin
タルト・タタンは恋をする人間が大好きだ。甘ったるくて、優しいそんな人間たちが絶望のそこに叩きつけられる瞬間が堪らなく好きだった。
タルト・タタンは恋が成就すればいいと考える。彼女は善人ではないから、物理行使しかできないのだと照れた様に笑って弓を射る。
ひゅ、と風を切る音一つ。何処からか響き渡った叫声はタルト・タタンにとって堪らないデザートの一つだった。
「あなた、恋はしてますかァ?」
間延びした甘ったるい喋り方をする少女はケタケタとその美しいかんばせに似合わぬ笑みを浮かべて居る。じっとりと濡れそぼった男の身体を蹴飛ばして、座り込んだ恋人であろう少女の胸に弓を打ち恍惚に溺れるかのように大げさな仕草を見せる。
「な、何……」
隣に座り込んでいた少女の声にタルト・タタンは振り返る。手にした弓で殴りつけ、腹立たしいと起こるかのようにスカートの内側に備え付けたナイフで突き刺した。それはまるでドラマの撮影だとでも思えるかのように鮮やかなまでの手つきで――誰もが『そういうものなのだ』と感じてしまう。
「恋はしてますかァ? してないんだったら――暇だもの、死んじゃえッ!」
地面を踏みしめて、赤毛の少女が跳躍する。堅い床に倒れた少年の顔をヒールで踏み躙り、刃を翻しながら『恋をしない存在』を切り裂いていく。
タルト・タタンは人間が好きだ。胸がときめいてしまって、つい、殺してしまうけど。
●introduction
「六六六人衆の序列五六九番のタルト・タタンの行動を察知したの……」
何処となく落ち込んだ雰囲気の不破・真鶴(中学生エクスブレイン・dn0213)は傍らで事件の噂を伝え聞いたのだと言う三園・小次郎(かきつばた・d08390)へと小さく会釈をした。
「三園さんが伝え聞いた噂はタルト・タタンの行動だと思うの。両想いの対象のハートを射る恋のキューピット……マナは、もっと素敵なものだと思っていたのに」
不服そうなのは思い描いたハッピーエンドが無かったからであろうか。白い髪を指先で弄りながら真鶴は「お呼びだしなの」と付け加えた。
「タルト・タタンは灼滅者が来るのを待ってるのだと思う。
マナが考えるに、武蔵坂の灼滅者の闇堕ちを狙っている……のかも、しれないし」
真鶴の眸が、小次郎へ、そして灼滅者へと移される。危険なのだと、その金の眸は不安を浮かべて居た。
「ダークネスはバベルの鎖の力で予知があるけど、マナだって頑張って予測したの。だから、頑張ってね!」
何にせよ危険なのだ、とやる気を見せる真鶴の隣で小次郎に寄り添っていたきしめんが杜若の花を飾った頭をふるりと振って見せた。
「ええと、現場はある塾の教室。現状で20名が取り残されているの。
タルト・タタンは赤い髪に、キャラメル色の眸をしたエプロンドレスの女の子だから『色んな意味』で悪目立ちしてると思うし、皆が到着したころには犠牲者が――」
言葉を切って、顔色を悪くした真鶴は唇を噛み締める。六六六人衆は殺戮本能の侭に動いているのだと言う。特に、彼女らには灼滅者は『なりそこないのダークネス』に見えて居るのだと言うのだから、此方を待ち構える『ついで』の行為なのだと考えれば考えるほどに、腹立たしい。
「タルト・タタンは基本的には弓を使うわ。恋をしているかしていないか……それが彼女の戦闘スタイルの変化なの。
恋をしている相手には弓を使った遠距離射撃を、恋をしていない人間には近接でのナイフを使った攻撃を好んでいるみたいね」
「成程、恋をしてる相手にはキューピットになる為に弓を使ってるって訳か」
そういうこと、と小次郎に頷く真鶴はきしめんに手を伸ばし掛けて、慌てたように手を引っ込める。頬を赤らめさせた彼女が咳払い一つ、灼滅者を見回した。
「ハッピーエンドはみんなの手で掴むものだから……。
目的は一般人の殺戮を止めることよ。その後、彼女の撤退を狙って貰えたら、かな。
闇になんて引き摺られないのが一番だとマナは思うから。だから、」
無事に戻ってきて欲しいと祈る様に両手を組み合わせ真鶴は灼滅者へと笑いかけた。
参加者 | |
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石弓・矧(狂刃・d00299) |
シルフィーゼ・フォルトゥーナ(小学生ダンピール・d03461) |
廿楽・燈(花謡の旋律・d08173) |
三園・小次郎(かきつばた・d08390) |
狼幻・隼人(紅超特急・d11438) |
緑風・玲那(淵呪の記憶に抗い続ける者・d17507) |
高柳・一葉(ビビッドダーク・d20301) |
白里・菊香(流水菊花・d30011) |
●
すっかり冬支度をし始めた空に引き伸ばされた赤銅色が通りに面した窓から差し込んだ。市街地の喧騒すら遠く聞こえるこの教室は普段とは違い、異様な空気が感じられる。
教卓の前、弓を構えた少女の印象的な程に紅い髪が首筋で揺れている。キャラメルを思わせる瞳が廊下を一瞥した後、弦を爪弾いた。
「あなた、恋はしてますかァ?」
甘ったるい程の林檎の香り。舞う少女の周囲に散った朱、そして叫声。
まずは一人、と倒れた少年に縋る様に少女の首筋にひたりとナイフが添えられた。「やめて」と張り裂けんばかりの声が教室に木霊した。
耳朶を伝った叫声に憂いを眸に浮かべた白里・菊香(流水菊花・d30011)が唇を噛み締める。廊下から教室までは後、少し。
廊下から教室へと滑りこむ様に身を投げ込んだ緑風・玲那(淵呪の記憶に抗い続ける者・d17507)が机に手を付きぐるりと身体を反転させながらエプロンドレスを纏った殺人者の前へと滑りこむ。唇が囁いた解放の文言に殺人者――タルト・タタンは『恋する乙女』の様に頬を紅潮させ楽しげに微笑んだ。
「灼滅者ッ! 恋はしてますかァ? それとも、」
「生憎、恋愛はしていませんが。何か?」
殺気を放つ玲那の瞳の色と同じ、煌々とした血色が彼女の手にした切っ先に宿される。弓を背負いこみナイフを握りしめたタルト・タタンが地面を踏みしめると同時、阻む様に飛び込んだ狼幻・隼人(紅超特急・d11438)のシールドが彼女の手にしたナイフを弾く。
「俺は恋とかそんなんはようわからんわ。でも、お前がやっとるのが恋とは関係ないってことだけは分かる」
関西訛りの言葉を耳にしながらタルト・タタンは唇を尖らせた。大好きな人間に『恋』を否定された事はタルト・タタンにとっては幾許か不愉快だったのかもしれない。むっとした彼女が構えたナイフの切っ先が隼人や玲那の背後で座りこみ、身を縮ませながら怯える一般人の生徒達に向かぬ様、畳みかける様に石弓・矧(狂刃・d00299)の手にしたシールドがタルト・タタンの頭上から降り注ぐ。
「女性を叩くなんてヒドい男……ねェ、あなた、恋はしてますかァ?」
「残念ですが私はその手の感情が分からないんでね。答えようがありませんよ」
柔和な表情を浮かべる矧の瞳に宿された闘争本能は彼の性質のアンバランスさを感じさせる。あえて口にした『言葉』は己の信念の内にある「斬れば分かる故、言葉等不要」である以上に、強者と切り結ぶ為の舞台設計だったのかもしれない。
戦いの場ならば容赦はしないと、少女の紅くなった頬を見据え矧が地面を踏みしめる。愛してると嘯いた殺人者は手にしたナイフの切っ先を灼滅者へと定めて居た。
●
首を傾げながらも怯える一般人へと視線を向け、不安げな廿楽・燈(花謡の旋律・d08173)は一つ、息を吐く。恋をしているか否か。タルト・タタンの口癖は同時に彼女の戦闘スタイルでもある。桜に燈した聖夜の思い出を思い返しながらも彼女は「燈は恋をしていない」とはっきりと告げた。
「林檎ちゃんは、恋とかしてるの? 人間が好きって聞いたけど、イコール恋愛じゃないよね?」
「恋なんて生温い、それ以上の感情を知ってる? 愛情と、殺意」
ガールズトークに花を咲かせるとは程遠く、星雫【杖】をしかと握りしめた燈が花の装飾を施したルビーの星をタルト・タタンへと向けて居る。殺戮衝動と似た戦闘概念を胸に宿しながら燈は「殺すのと愛は違うよ」と囁いた。
「好きだから壊したい。好きだから殺したい。あたしは、強いと聞いた灼滅者が好きなの。
だから、あなたたちに逢いたかったのよ……? 暇潰しに二人くらい殺しちゃったけど」
「ふむ……。反撃もできにゅ輩を相手にしても面白くありゅまいに。お待ちかねの儂らと遊ぼうではないか!」
エアシューズの車輪を回転させながら飛び込んだシルフィーゼ・フォルトゥーナ(小学生ダンピール・d03461)の鮮やかな白髪が広がる。霧を纏った彼女の唇から毀れ落ちた牙にタルト・タタンは唇を釣り上げた。
「五人ばかししか遊んでくれないの? そちらのオニイサマオネエサマは?」
「っ――皆さん、誰一人、欠かしたりなんかしませんっ! 大丈夫です、大丈夫だから、落ち着いて避難して下さい」
背に感じた殺気に菊香が寒気立つ。ぞわり、と伝うその感覚を振り払う様に気丈に振る舞った彼女の背を目掛けて放たんとしたどす黒い殺気を受けとめて鼻を鳴らした高柳・一葉(ビビッドダーク・d20301)が常と変わらぬ笑みを浮かべて振り返る。
「あっま~い林檎の匂いがするなぁ! お腹鳴っちゃうや」
キャンディを咥えた一葉は一般人とタルト・タタンの間に立ちはだかり攻撃が届かぬ様にと留意していたのだろう。常の通りの笑顔に射した影はこの現場へと間に合わないことへの残酷さを痛感している様にも感じられた。指差した先、扉を見据えた彼女は「あっちに!」と声を張り上げる。
「あ、あなたたちは……?」
ふわふわとした毛並みを持ったきしめんの頭で杜若の花が揺れている。落ち着かせる様に王者の風を纏った三園・小次郎(かきつばた・d08390)の目の前で茫と無気力を感じさせる生気ない眸を向けた一般人は彼らの行為を理解できないのだと首を小さく傾げた。
「俺達は皆を護りに来たんだ。絶対守るから、落ち着いて逃げてくれ。俺は、ヒーローだ」
●
一般人の避難を優先した菊香が「大丈夫ですから」と柔らかい笑みを浮かべながらも無気力な彼等を誘導している。混乱の大きかった一般人達を此処まで無気力にしたのは小次郎の纏った王者の風が大きい変化を齎したのだろう。
のろのろと歩く彼らに「大丈夫、こちらですよ、痛い所はありますか?」と柔らかに話し掛けながら、菊香が浮かべた焦りは、一般人の保護を優先するあまりに5人でダークネスの相手をする事になった仲間達の事だ。
「こっちだよ! こっち!」
声を張り上げながら一葉がタルト・タタンの攻撃で傷を負った一般人を抱え上げ、出口へと誘導する。無気力さで時間がかかるのは致し方が無いのだろう。
背後からタルト・タタンが放った殺気に勘付いて、小次郎が振り仰ぐ。一般人を巻き込まない様に、遠距離の攻撃を阻む様にと身体を瞬時に滑り込ませた彼が一瞥する。
言葉が無くとも感じとれるとでも言う様に、地面をしかと踏みしめたきしめんが滑り込み、黒き殺気を阻めば、怯える事すら辞めた一般人が物音にぼんやりと頭を上げる。
彼らの視線の向こう、大きな隙を見せたタルト・タタンの足元を狙う様に矧が地面スレスレを動く。死角になる場所から一気呵成、攻め立てる彼の殺人技法は彼が確立したモノなのだろう。
「貴女の相手はこちらですよ」
怜悧な色を灯した眸が眼鏡越しで煌めいた。眼前に迫ったナイフに咄嗟に身体を逸らした矧。庇う様に身体を滑り込ませた隼人がナイフを避けながら手を軸に地面を舞う。
彼の動きに合わせ護る様に立ち回る小さな犬は喉をぐるぐると鳴らしてタルト・タタンへと威嚇している。超霊犬あらかた丸と名付けた小さな子犬は咥えた刃を振るい主人のサポートに徹している。
「これ以上の被害は出させへん。全員を護られへんのなら、これ以上は絶対にさせへん!」
「オニイサマ、情熱的――あたし、『愛』しちゃいそう」
くす、と笑ったタルト・タタンが唇を釣り上げる。玲那の刃を真っ直ぐに受けとめた彼女のキャラメル色の眸が細められる。しかし、それこそ好機なのだとシルフィーゼが小さな身体を滑り込ませた。
「攻撃と防御は同時にできまい!」
反射的に振り翳したソレにタルト・タタンのエプロンドレスの袖がぱっくりと裂ける。窓から差し込む夕陽の色にも似た鮮やかな眸を細めて燈が「林檎ちゃん」とタルト・タタン目掛けてロケットハンマーを振り下ろす。
「やっぱり、好きなのに殺すっておかしいよ。好きなのに殺すって、間違ってる」
きゅ、と唇を引き結んだ燈は闇に堕ちる事を覚悟したかのように眸へと強い色を灯す。
「恋を勘違いしてるってなら兎も角、解ってやってるんやったら『タチ』が悪い」
燈に、隼人に見つめられ、何処となく恥ずかしそうに身体を捩ったタルト・タタンが刃を振り翳す。身体を反転させた矧がその刃を受けとめ、一葉が連れるライドキャリバーが撹乱させるように周囲をぐるりと回って見せる。あらかた丸も続き、攻撃を加えれば、一気呵成に攻め立てられる衝撃にタルト・タタンが防御姿勢を取る。それこそがチャンスだとシルフィーゼは咄嗟に身体を動かした。フリルに覆われたスカートが大きく揺れる。手にしたクルセイドソードの切っ先は常に防御姿勢に入ったタルト・タタンの脇の腹。
「――ねぇ、あなた、恋はしてますかァ?」
「恋などしておらにゅ!」
もう一度、と刃を振るったシルフィーゼにダークネスは「次はあなたが来るのでしょ」と彼女の攻撃を察知した様に身を捩る。何度も上手くいくとは彼女とて思っていない。しかし、咄嗟に与えられた攻撃をシルフィーゼは真っ向から受けとめてしまった。
「あ、」と漏らした声の先、教室の床に叩きつけられたシルフィーゼが小さく嘔吐く。彼女を庇う様にあらかた丸ときしめんがカバーに入る様子に、六六六人衆は「かわいい」とさも可笑しそうに笑って見せた。
キャンディを舐めながら一葉は実感する。目の前のタルト・タタンから感じる衝動は『自分と同じ』なのだと嫌な位、判ってしまった。
「ここで倒しても構わへんのやろ?」
「勿論、野放しにしてちゃ……駄目だよ」
普段通りの明朗快活な一葉はお留守番。その眸に宿されたのは確かな意思か。食欲で殺戮衝動を抑える一葉は『つい』というウッカリさえも痛い位に理解できる。ウッカリ殺してしまうのが殺人鬼なのだと、親近感が浮かんできて複雑な気持ちが胸を締めつける。
「お待たせ、甘~い匂いがするなぁ、お腹空いちゃう!」
「口説き文句にしてはナンセンス!」
へらりと笑ったタルト・タタン目掛けて一葉が握りしめた刃を振るう。八人でも苦戦する相手だと嫌と言うほど理解していた菊香は五人で相手していた仲間達を労わる様に指を組み合わせて祈る。
「皆さんの傷を、治しますね……! これ以上の被害は、出ない方がいいのですから……!」
癒しの力を受けとめて隼人が真っ直ぐに進んでいく。受けた攻撃を弾く様に宙返りし、その衝撃を利用してタルト・タタンに浴びせた一撃に彼女の身体がぐらりと揺れた。
「今こそ、貰った――!」
シルフィーゼが焔を纏わせた刃をぱしり、と受けとめたのは六六六人衆のその能力の高さだろうか。
確かに彼女自身が数の差でダメージを溜めこんでいるのは重々承知している。息を飲んだ燈が瞬き、足元から蔦を呼び出した。
「奇遇だな、弓は俺も得意なんだ」
ヒュ、と宙を裂いた矢にタルト・タタンが咄嗟に反応する。反撃する様に弓を握った彼女の手を狙った隼人の攻撃に少女は小さく瞬いた。
「こう見えても、中学の時は弓道部だったんだ。俺がお前の心臓を射抜いてやるぜ」
恋人同士を繋ぎ止める『愛のキューピッド』。そんな可愛らしいものじゃないと小次郎は知っていた。きしめんと共に護る様に前衛に飛び出して、タルト・タタンを見詰めた至近距離、弓が、傍らで膝をついた矧へと放たれる。
●
「ッ――!?」
息を飲む菊香に、辛うじて攻撃を避けたのだと歪む視界の中、矧がひらりと手を振った。前線で戦い続けた彼らのダメージ量も随分と多いものなのだろう。軽やかに動きまわった隼人が教室の床へと倒れ込む。
それでも、と膝を震わせ、刃を握るシルフィーゼの目の前で、鋭い切っ先が煌めいた。
「あなたたち、恋をしてないし、闇にも堕ちないなんて、暇だもの――死んじゃえッ!」
ハズレ籤を引いた子供の様に。その憤りを殺しを行うことで解消しようとした六六六人衆が地面を蹴り上げる。傷だらけの少女の大きな瞳に映り込んだ殺戮衝動(こいごころ)。
「は、」と息を飲んだシルフィーゼの頬へと霞める刃に彼女が身を捻る。もう一度と振り翳された殺戮衝動を受けとめたのは、はらりと杜若の花を散らせたきしめんの姿。
「なぁ、林檎女、強さって何だと思う?」
「勿論、愛情でしょう? 好きだから強くなれるし、好きだから、殺したくなる」
唇を歪め、傍若無人に振る舞う六六六人衆へと小次郎は生気ない瞳で見据える。揺らぐ陽炎にも見えたオーラは御当地のヒーローとしての威厳であろうか。
「弱いものを護る事が強さだ。家族が、弟妹が好き。
此処に居る一般人達だって誰かの家族だ。だから、絶対に守る――それが俺の戦う理由」
地面を踏みしめる。傍らの霊犬の頭の上の華が萎れていく事に視線を遣って、小次郎が地面を踏みしめる。
「なりたいヒーローのかたち、そのものだ!」
六人兄弟の長兄として生まれ、両親を支え、弟や妹の世話を焼いた彼の行動理念は『守護』だったのだろう。護るべき家族は沢山いた。両親、兄弟、そして傍らの霊犬。
喉を鳴らし、地面を蹴るきしめんに「だめっ!」と菊香が呼びとめる様に手を伸ばす。闇に飲まれる衝動を堪えながら、彼はP/Iと刻まれた縛霊手を振り翳す。猫の手を思わすソレに掠めた指先に菊香が小さく息を飲む。
「林檎女になんか暇潰しで殺されていい存在じゃねえんだ。――帰れ!」
撓る矢がタルト・タタンの頬を掠める。ナイフの切っ先に罅が入り、地面を踏んだ彼女へと追撃を加える様に燈が真っ直ぐに振り被る。
「痛いなァ……ねェ、また今度『殺し愛』ましょうねェ」
満身創痍になりながら、玲那が誰も堕ちて欲しくないのだと縋る様に伸ばした指先は小次郎には届かない。腹を掠める矢にタルト・タタンは唇を歪めて走り出す。ふわりと舞い上がるエプロンドレス。
「逃がしませんッ!」
ここで、とまっすぐに振り翳した血の色の切っ先。素手で受けとめたタルト・タタンの白い肌から朱がぽたり、と滴った。玲那が阻みたいのは誰かが闇へ――自分が知る深淵へと堕ちる事。防ぐために、此処で六六六人衆を倒さねばと踏み出したもう一歩を阻む様に小次郎が躍り出る。
「これで一人『コッチ』側……ねェ、みんな、次はちゃぁんと『あいしてあげる』」
追う様に振り被った猫の手を華奢な腕で受けとめて、窓から飛び出したタルト・タタンの唇が微かに釣り上がる。
舞った朱は彼女の右腕に確かに一筋の痛みを残したのだと確かに、実感した。
追いかけるように身を投じた小次郎に駄目だと、言う玲那の声は掠れて届かない。
矧は足元に散らばる紫色を拾い上げ、小さな息を吐く。
(「避けられぬ別れなのならせめて、安らかに……」)
ひとつの正義の華が散る。教室の床に残った花弁の意味は――『幸せはあなたのもの』
作者:菖蒲 |
重傷:シルフィーゼ・フォルトゥーナ(菫色の悪魔・d03461) 死亡:なし 闇堕ち:三園・小次郎(警部補・d08390) |
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種類:
公開:2014年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 21/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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