憤懣に身を任せ

    作者:瑞生

    「ママ! 何これどういうことなの!?」
     自室の隣。蒐集しているフィギュアの倉庫として使っていた部屋がすっかり空になっていた事に気付いて、賢は階下のキッチンにいるだろう母親へと叫んだ。
    「あらぁ、ケンちゃん、ごめんね。明日からお姉ちゃんが帰って来るから、部屋が必要で……」
     そういえば離婚したとか言って、姉が帰って来るなんて話を両親がしていた。
     確かに、日頃から美少女フィギュアに傾倒する自分を、両親が気味悪がり、何らかのタイミングで処分したいと考えていたようだった。
     だからといって、いきなり自分のフィギュアが撤去されていて良い筈が、無い!!
    「何で、そんな、くそう……!!」
     がくりと膝をつき、賢が悔し涙を零す。
    「っ、く、う、ぐっ……!」
     だが、突如苦しみ出して賢は廊下でのたうち回った。それは、フィギュアを処分された悲しみの所為では無く、何か発作でも起こったような苦しみようだ。
     のたうち回る賢の身体が、異形へと変化してゆく。
     異形の姿へと変じてしまえば、苦しみはあっという間に治まった。
     ――姉さえ帰って来なければ良かったのだ。ならば、姉を殺してしまえば良いのだ。
     異形の足は自然と、今日まで姉が暮らしている家へと向かっていた。
     
    ●憤懣に身を任せ
    「一般人が眷属であるブエル兵へと変化する……そんな事件を察知しました」
     幾分硬い声で、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)が告げた。
    「恐らくは、ブエル兵を操るソロモンの悪魔・ブエルの仕業でしょう」
     ブエルの暗躍によって、一般人が眷属であるブエル兵へと変化する。そして、そのブエル兵は、ブエル兵となる前に恨んでいた人間を殺そうとするらしい。
    「その方自身が悪人だった訳ではありません。同情の余地はありますが……灼滅をお願いします」
     だが、眷属となった者を、元の人間へと戻す事は出来ない。緩く頭を振って、姫子が小さく息を吐く。
    「ブエル兵となってしまう方……賢さんという方です。彼が蒐集していたフィギュアが処分されてしまったのですが、その原因は、彼のお姉さんなのだそうです」
     結婚し家を出ていた姉が離婚し、今回実家へと戻って来る事になったらしい。彼女の部屋を用意する為に、賢のフィギュアが処分されてしまった。
    「お姉さんを恨んでいるようですね。だから、お姉さんを殺しに向かっているようです」
     これまでの姉の自宅は実家からの徒歩圏内だ。賢が実家から出たタイミングで接触するか、或いは姉の家に到着するタイミングで接触し、交戦するのが良いだろう。いずれも、時刻としては日中となる。
    「ただし、どちらで接触するにしても、一般人の扱いに気をつけないといけません。実家であればお母さんが、お姉さんの家であればお姉さんが家の中にいます」
     ブエル兵を止める事が出来なければ、彼女たちに危害が及ぶ可能性は非常に高い。
    「これまで戦った眷属のブエル兵よりも高い戦闘力を持っています。眷属だからといって、油断は出来ない相手です」
     ブエル兵となった賢は、魔法使い、魔導書に酷似したサイキックを操る。
     そして、と姫子が指を立てて付け加える。
    「ブエル兵は、戦闘で劣勢になっても撤退しません。が……今回殺そうとしているお姉さんを殺した後は、すぐに撤退してしまいます」
     姉の家で接触する場合は、尚更彼女の保護について注意が必要になるだろう。
    「賢さんが悪い訳でも、お姉さんが悪い訳でもありません。せめて、賢さんが罪を犯してしまう前に、どうか、灼滅して来て下さい」
     それが、灼滅者たちが差し伸べられる、唯一の救済の手なのだから。


    参加者
    殿宮・千早(陰翳礼讃・d00895)
    小村・帰瑠(砂咲ヘリクリサム・d01964)
    室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)
    関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)
    ヘキサ・ティリテス(火兎・d12401)
    狗山・小春(紡ぎ唄・d26717)
    盾河・寂蓮(泥濘より咲く・d28865)
    長宗我部・まつり(スーパームーン・d30290)

    ■リプレイ


     異形は行く。
     階段を下り、母がキッチンで洗い物をしている水音を聴きながら玄関へと向かい、その異形の腕をドアノブへと伸ばして、蹄でドアノブを下げて扉を開く。
     天上は秋らしい澄み渡る蒼穹。それはまるで、これから姉を殺めに向かう自身を祝福してくれているようで心地良かった。
     だが彼は、かつて賢という大学院生であったモノは、家のすぐ外に集まっている集団に双眸を細めた。
    「誰だ?」
     中学生、高校生らしい若者が8名。いずれも、賢の知らない顔だった。
    「待ってたよ」
     小村・帰瑠(砂咲ヘリクリサム・d01964)がにこり、と笑いかける。だが、見知らぬ人間に関わっている暇など無い賢は、それを無視して門へと進んでいく。今は、酔狂な若者たちに構っている暇など無いのだ。
    「あれあれ? どこに行くおつもりッスかー?」
     遊んでくださいッス! そうあえて軽い口調で狗山・小春(紡ぎ唄・d26717)が呼び掛ける。
     それとほぼ同時に、長宗我部・まつり(スーパームーン・d30290)が殺界形成を展開した。ぴりぴりと痛い程に食う空気が張り詰め、殺気が満ちてゆく。それで、ただの通りすがりの学生たちでは無い事を賢も悟った。
    「邪魔すんなよ。ボクは行かなきゃいけないんだ」
     その返答はまるで答えになっていない。ブエル兵は醜悪に顔を歪ませ、どけよ、と一歩前進し、蹄でアスファルトを踏み締める。
    「悪いが、行かせられない」
     殿宮・千早(陰翳礼讃・d00895)が、そして学生――否、灼滅者たちが賢を包囲する。
    「チッ」
     踵を返すブエル兵の顔に影が掛かった。屋根から飛び降りて来た人影が、賢と玄関扉との間に立ちはだかる。
    「こっちも通行禁止だぜ」
     着地から直ぐに体勢を立て直して、ヘキサ・ティリテス(火兎・d12401)が両手を広げた。
     けして、家へは帰さない。そこには賢の母がいる。
     そして、先へは行かせない。その先には賢の姉がいる。
     関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)が玄関を一瞥した。まだ母親は息子の異変になど気付いていない。それは今は幸いな事でもあったが、同時に痛ましくもあった。
    「……す」
     低い呟きが異形の口から漏れた。
    「殺す、殺す、ボクの大事なモノを踏み躙る者は、捨てる者は」
    「賢さん……」
     悲しげに、異形のかつての名を呼びながら、室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)がサウンドシャッターを展開する。異形と化した青年の憎悪の声を、せめて、母親には聴かせないように。
    「ボクの邪魔をする者は――皆、殺す!!!」
     異形が咆哮を上げた。
    「……済まないが、止めさせて貰うぞ」
     盾河・寂蓮(泥濘より咲く・d28865)が『月輪』を構える。
     この場に満ちた空気に反して、どこまでも清冽な空の蒼が眩しかった。

    ●憤懣
    「この先へ行ってどうするつもりだ?」
     千早が鬼神のそれへと化した腕でブエル兵を殴りつけた。鈍い衝撃に僅かにのけぞった異形が、歯を見せてニッと笑う。
    「ボクの大嫌いな人をね、殺しに行くんだよ?」
     異形の周囲の空気が急激に冷えてゆく。ぱきぱきと音を立てて氷が走ってゆき、前衛に立つ灼滅者たちの身体を凍てつかせた。
     あっけらかんと言い放つブエル兵は、既に人の心を失った魔物そのものだ。
    「もうお前は元には戻れねェけど、あの世で後悔する前に止めてやらァ!」
     ヘキサが纏う『火の牙』が燃え上がり、まるでブエル兵の氷を溶かすかのように叩き込まれる。
    「……あんまりだっつーの!」
     そう吐き捨てる帰瑠の胸が、眼前の異形がつい先程まで人であったという事実に痛む。その痛みを払いながら、聖剣を握る腕に力を込めて、清らかな風を巻き起こした。
    「……その呪縛を祓うのも、僧の務めだろう」
     寂蓮の腕がめきめきと、鬼のそれへと変わってゆく。人を異形へと変えたダークネスの呪縛を解き放つ為に。大きく振り上げた腕がブエル兵を殴打すると、がくりとブエル兵がよろけた。
    「構うモンか。もう大事なものなんて無いんだから」
     ふるふる、と頭を振り、獅子にも似た鬣を揺らす。
    「でもさ、ちっと落ち付いて欲しいッス」
     シールドで殴打しながら、小春がブエル兵を諌めようとした。
    「今ここでおねーさんやおかーさんを亡くしたら、もう、戻ってはこないんスよ?」
     その言葉が届けば、どれほど良かっただろうか。
    「――だから?」
     それの何が問題なのかとブエル兵が首を傾げた。
    「だって、ボクのものを捨てちゃうような母親だよ? それで、家を出てった姉ちゃんが戻って来るんだよ?」
     どうしてそのような行動に出られるというのか。
     それは――。
    「ボクが大事なモノを。ううん、ボクの事を、みんな嘲笑って。踏み躙っても良いって思ってるからだろ!?」
     それは、世間からすればけして聞こえが良いとは言い難い、フィギュア蒐集という趣味に没頭した青年がこれまで周囲から受けて来た扱いだったのだろう。
     怒りを露わにしたブエル兵の身体から炎が迸り、灼滅者たちを飲み込んだ。
    「俺はフィギュアには興味ないが大切な物を勝手に処分されるのは辛いな」
     賢の境遇に同情を示して、峻がバベルブレイカーをブエル兵へと叩き込んだ。衝撃に僅かにのけぞるブエル兵へと、香乃果が妖の槍を突き出して冷気の魔力を撃ち出し、異形の身体へと押し込んだ。
    「……宝物を断りもなく処分するなんて酷すぎます」
    「だったら、邪魔すんなよ。ボクの気持ちが分かるならさぁ!!」
     それでも、灼滅者は道を譲る訳には行かない。ブエル兵の進路を遮りながら、まつりがシールドで殴りつける。ゴッと鈍い音を響かせて、忌々しげなブエル兵の視線を受けながら、彼女は告げる。
    「その首を落とすと決めた、大人しゅう往生せえ」


    「……血の繋がった姉を殺めて……何を解決するというのだ……?」
     耐えきれず、寂蓮が問い掛ける。
    「解決なんてしないさ。でも、ボクだけが泣き寝入りするのは変だろ?」
     かつて賢だったモノの思考は既に破滅的なものと化している。衝動に衝き動かされるまま姉を殺めたところで、彼が失った宝物は戻って来ない。それは彼も理解しているのだ。
     賢の人格を残した闇の中にあるのは、『姉さえいなければ』。ただそれだけ。
    (「姉には姉の、人生の大きな悲しみがあるだろうにな……」)
     だが、その言葉はたとえ掛けたところで、もう賢には届かない。故にそれ以上を告げる事はせず、ただ陽光を受けて煌めく鋼糸を奔らせる。
     自身が絶望へと堕ちた原因となった姉を否定するブエル兵の蹄から、サイキックを否定する光線が放たれる。
    「危ないけっ!」
     その攻撃をまつりが受け止める。
    「ありがとっ! 今治すよ!!」
     礼を述べながら帰瑠が指先に灯した癒しの光をまつりへと放つ。あくまで明るい調子を崩さないのは、仲間と自信を鼓舞する為だ。
     更なる悲劇を防ぐ為とはいえ、歯車のずれてしまった家族の物語の、悲しい結末は変わる事は無い。それでも、ただ歯車が狂ってゆくのを認める事は出来ない。看過は、出来ない。その想いが、帰瑠を、そして仲間たちを奮い立たせる。
     降り注ぐ魔力が爆発し、熱と衝撃を灼滅者たちへと齎す。息が詰まりそうな熱の中、酸素を吸い込み、峻がブエル兵の懐へと飛び込んでゆく。
    「ッ!」
     瞬時に懐へと潜り込まれるとは思わなかったのだろう。動揺を露わにしたブエル兵が避ける間も無く、峻が握り占めた『Medieval-Red』がブエル兵の鬣と顔を斬る。
    「い、痛いよおお!!」
     異形と化しても顔を斬り裂かれるのは衝撃的だろう。蹄の一つで自身の顔に触れながら、ブエル兵が声を上げる。
    「心配すンな、お前をこンな姿にしたケジメはキッチリつけさせてやるよ」
     ヘキサが強気に笑ってみせた。そうして自身を奮い立たせてアスファルトの上を滑り、ブエル兵へと肉薄する。
    「だから安心して燃え尽きちまえ」
     摩擦によって生じた炎と共に、蹴りがブエル兵の胴体へと叩き込まれた。
     こんな姿。異形へと化した事すら、賢は意に介していない。既にこれが、彼にとってあるべき姿だった。そう、思考までもが塗り替えられている事がおぞましい。
    「いい加減、退けよ……!」
     ブエル兵の傷とて浅くは無い。募る苛立ちに声を荒らげさせたブエル兵の手から再度放たれた光線が、香乃果を貫いた。淡く薄藤に染まる髪の一房が、はらりとアスファルトの上へと落ちてゆく。
    「貴方に罪を犯して欲しくないから……」
     憂えるように睫毛を揺らして、香乃果が飛び蹴りをブエル兵へと放つ。
     たとえもう彼が人へと戻る事が出来なくても、その手を家族の血で染めさせる事だけは。そんな悲しい未来だけは避けたかった。それは灼滅者として、ダークネスの事件を防ぎたいという意図だけでは無く、灼滅者たちの、人の子としての願い。
    「これ以上大事にすべきもの……人を、なくしちゃ駄目ッスよ」
     届かぬ願いと知ってはいても口にせずにはいられない。小春の手からシールドが前衛陣を守るように広がり、傷を癒し、加護を齎す。
    (「ソロモンの悪魔が絡まなければ、いずれ家族とのわかだまりが解ける時も来ただろうか……」)
     魔力を込めたロッドでブエル兵を殴打しながら思案した千早の胸に、ちりりと痛みが走る。そんな機会は永遠に失われてしまったのだ。それが残念でならない。
     かつては温かな家族団欒の光景もあったのだろう一軒家は、どこか悲しげに佇んでいる。


     痛い程、賢の苦しみは伝わって来る。そして、自分たちも今、彼に苦しみを与えている、その事も伝わってくる。それは灼滅者たちの胸にもちくりと棘のような痛みを齎すが、しかし、とまつりがきっと碧眼を細めてブエル兵を睨みつけた。
    (「じゃっどん、あくまでも滅せんとならぬ敵兵」)
     毅然たれ。そう自身を戒めて、畏れを纏う少女の刃がブエル兵を切り裂いた。
    「グ……」
     僅かな呻き声。大きく身を苦痛に震わせたブエル兵の身体から、大量の魔力の矢が放出される。その直撃を受けた寂蓮ががくりと片膝をついた。
    「これを救いと呼べるなら、――私達は随分と無力だね」
     無力感を感じながら呟いてから、帰瑠が唇を結び、指先に光を集めてすかさず寂蓮を癒す。
    「お前の憤りと無念は、俺が代わりにソロモンの悪魔に知らしめてやるからな」
     いずれ、その時が来たら。そう告げながら、千早が振るう不可視の刃がブエル兵を一閃した。
     傷口から溢れるのは、人のそれとは違う体液だ。ぼたぼたと血を流し這い蹲った異形の男の命の灯はまさに消えかかろうとしている。
    (「戻れずとも……せめて、思い出せ……貴方が、何者であったかを……!」)
     願いながら寂蓮が朗々と読み上げる経は、さながら天使の歌声のように優しく、ブエル兵を――賢を、浄土へと誘う。
    「……ボク、は……!」
     呻き声を上げて、賢が頭を振った。灼滅者たちの攻撃が、言葉が憎悪だけだった感情を掻き乱す。けれど
    「もう苦しまないで。おやすみなさい……」
     香乃果の願う言葉が悲しげに響く。その手に嵌めた縛霊手から放たれた結界が、異形の身体を捕えた。
    「俺はお前の事を忘れない」
     刃を突き立てる事でしか救う術の無い自分にとって出来るのはそれだけ。だからこそ、せめて、彼の事を胸に刻むと、静かな声の内にいたわりを滲ませて――峻が剣に紅蓮を纏わせ、ブエル兵を切り裂いた。
     切り裂かれた鬣がはらりと落ちる。
     苦痛の声を上げる事も無い。既に瀕死のブエル兵へと、小春が迫った。
    「ごめんなさいッス。オレには、こーすることしか出来ないッスから」
     深々と詫びて。稲妻を纏った小春の拳が、ブエル兵の身体を穿つ。
     闇へと囚われた魂の開放を願いながら、ヘキサが指を噛み切り、鮮やかな紅の雫を『火兎の玉璽』へと垂らし、地を蹴った。
    「その魂ごと、テメェを喰い千切るッ!!」
     ファイアブラッドの炎血を受けて眩い炎に包まれた蹴撃が、ブエル兵を貫く。
     轟音と光を放ちながらブエル兵の身体が燃え上がる。
     炎の中で首より下がる、宝石を鏤めた首輪が砕け散り、僅かに遅れてブエル兵の躯が炎と共に霧散した。
     涼やかな秋風が流れ込んで来る。塵と化したブエル兵の――否、賢の残滓が風に流されて消えて行った。
     それと同時に、住宅街へと静寂が戻る。まるで戦いも、悲劇も無かったかのような、いつもと変わらない姿を取り戻した。


    「それにしても……人を異形に変えて殺戮に走らせるとは……正に悪魔の所業だな…」
     静寂を断ち切るのは寂蓮だ。良く透る声で、経を読む。眷属へと変えられてしまった青年が、せめて浄土に行けるよう。朗々と響く経の中で、灼滅者たちが黙祷を捧げる。
    「香乃果、帰るぞ」
     峻が、家の塀へと花束を供え祈る香乃果と声を掛けた。
    「はい、峻さん……」
     頷いて香乃果が峻の元へと小走りに駆ける。
    「……あの人の心も迷わず空の向こうへ行けます様に。そこでは大切な物をずっと大事に出来ると良いですよね」
     祈るように双眸を伏せた少女に、ああ、と頷きを返す。
    「俺もそうだと良いと思ってる」
     大切なモノを失う絶望など、もう味わいたくない。
     だからこそ、灼滅を終えて、灼滅者たちの胸には靄が残る。今も家の中にいるだろう賢の母親はたった今、息子を永遠に喪ったのだから。
    「……ゴメンな。アンタの子供、助けてあげられなくて」
     カーテンの掛かったリビングの窓を見つめて、ヘキサが呟く。
     バベルの鎖の効果で、賢は行方不明者として処理される音になるだろう。真実を知るのは灼滅者たちだけだ。
    「……分かり合えないって、ツライッスね」
    「じゃっどん、如何様な趣味であれ人ん物を手前で勝手に捨てるんはうつけのやる事ぞ」
     悲しげに眉を下げた小春の言葉に、まつりが苦々しく頭を振る。悲劇の引鉄を引いたのは母親だった。その事実が何とも痛ましい。
    「母親は母親なりに子供達のことを考えての行動だったんだろうが……」
     千早も僅かに眉を寄せる。独善的な行動ではあったが、母は母で、子を想ってはいた。
     方法さえ誤らなければ、こんな終末を迎えない未来も有り得たのではないだろうか――。その答えが出る事は無い。
     やりきれない想いを抱えながら、灼滅者たちは住宅街を後にする。
     澄み渡る爽やかな秋空は、どこか寂寞感を覚えさせた。

    作者:瑞生 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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