――Trick or Treat!
声高に街を歩くのは、様々なオバケの仮装をした子どもたち。
お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!
さあ困った、と笑いながら、大人たちはこの日のために用意しておいたとっておきのお菓子を彼らに渡す。
けれど。
「ありがとう! お菓子のお礼に、こんなイタズラはどうかな!?」
1人の子どもオバケが、仮装のために被っていた白いシーツの隙間から、自分の背丈ほどもある大ばさみを取り出し、大人も、子どももまとめて首をちょん切ってしまったそうな。
「……なんだよ、それ。要するにお菓子なんか渡さなきゃいいんだろ?」
「それが、渡さなくても大ばさみでチョッキン! なんだってさ。タチ悪い怪談だよなぁ」
「ふーん。ま、オレそういうのって信じないけどな! 馬鹿馬鹿しい」
夕暮れ道を歩く小学生が2人、口々にそう噂していると、ふと背後から声が聞こえた。
――Trick or Treat!
●
「ハロウィンの起源はケルト民族の生活や風習だと言われているけれど、僕としては街が華やかになって楽しそうだなあと毎年思うよ」
ここ数年で日本でもすっかりイベントとして定着したよね、と笑うのは宮乃・戒(高校生エクスブレイン・dn0178)。
なんでも、ハロウィンにまつわる都市伝説が現れたらしい。
「都市伝説『ハロウィンの子どもオバケ』。見た目は、オバケの顔を付けたシーツを被ってる小学生くらいの子どもだよ。ハロウィンが近くなると、夕暮れの頃に現れて、お決まりの言葉を通行人に投げかけてくる」
すなわち、Trick or Treat。お菓子をくれなきゃイタズラするぞ、というアレだ。
ただ、この都市伝説が悪質な点は、『お菓子を渡しても、渡さなくてもイタズラをする』こと。
オバケの仮装用に被っているシーツの下から、自分の背丈ほどもある大きなはさみを取り出し、呼びかけに応えた相手の首をちょん切ってしまうというのだ。
「それから、もうひとつ厄介なのは、この都市伝説の実体化する時間が極めて短いこと。呼びかけの時点ではまだ声だけしか現れていないし、大ばさみを持った状態で実体化しても、こちらに一撃を与えた時点ですぐに消滅してしまうそうなんだ。……で、最も有効だと思われる作戦が、コレ」
と、戒はどこからともなくシュークリームを取り出した。
「何の変哲もないシュークリーム……と見せかけて、中身はカラシ入り! つまり、イタズラを仕掛けたお菓子を都市伝説に渡して、相手を怒らせて欲しいんだ」
唐辛子入りのクッキーや、ワサビを仕込んだ大福など、相手がびっくりするようなお菓子なら何でもいい。怒らせることで灼滅者達への敵意を煽り、戦闘に持ち込もうという作戦である。上手くいけば、先手を取って戦うことも可能だろう。
都市伝説は夕暮れ時、住宅街の路地に出現する。周囲に人気がないのを見計らって声を掛けてくるため、ESPなどで人払いを行った後に遭遇することが可能だ。
出現数は1体。戦闘時には咎人の大鎌に似たサイキックを使用する。
ポジションはクラッシャー。灼滅者8人とほぼ同等の強さを持つが、お菓子に仕掛けたイタズラが上手くいけばいくほど有利に戦うことができる。
「街中にオバケが溢れる季節とはいえ、こういうのはちょっと困り者だよね。というわけで、僕は君達の活躍に期待しているよ。……ところで、コレ、食べてみる?」
にっこりとカラシ入りのシュークリームを差し出す戒に、灼滅者達は揃って首を横に振るのだった。
参加者 | |
---|---|
鏑木・カンナ(疾駆者・d04682) |
白波瀬・雅(光の戦士ピュアライト・d11197) |
伽藍・綺葉(紫陽花六花・d15043) |
丸目・蔵人(兵法天下一・d19625) |
一色・紅染(料峭たる異風・d21025) |
五十鈴・乙彦(和し晨風・d27294) |
赤石・なつき(小さな願い・d29406) |
忽那・まひろ(蛇神様・d30777) |
●
燃えるように赤く染まった空。太陽はゆっくり建物の向こうへと沈んでいく。
今回、灼滅者達が赴いた目的は、ハロウィンに関連した都市伝説の灼滅。
Trick or Treat――お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!
お決まりの台詞と共に現れ、しかしお菓子をくれた人間を殺してしまうという。
「すっかり、ハロウィンも浸透していますね」
夕日に目を細め、柔らかに微笑むのは伽藍・綺葉(紫陽花六花・d15043)。
「日本の行事では無いですが、異色な行事も楽しいです」
「とはいえ、お菓子もらったのにイタズラしてはだめだと思うのですけれども」
赤石・なつき(小さな願い・d29406)は緊張と気合いの混ざった面持ちで、用意したお菓子をきゅっと握り締めた。
「そもそも、鋏で首を切るというのが悪戯で済まされるのか甚だ疑問だが」
と、五十鈴・乙彦(和し晨風・d27294)は僅かに眉寄せ、小さくため息。
「……困ったお化けだな」
「んー……トリック、オア、トリート……トリック、アンド、トリート……?」
小さく首傾げ、ふわり呟くのは一色・紅染(料峭たる異風・d21025)。
「……あ、しても、しなくても、だから、アンドでも、なくて……。……んん……?」
「何事もルールに則ってこそ楽しめるってもんよ」
困ったものだ、と鏑木・カンナ(疾駆者・d04682)は肩を竦め。
「まぁ今回に限っちゃまともなお菓子はあげないんだけど、……お互い様ってことで」
その言葉どおり、灼滅者達が用意しているのはイタズラを仕掛けたお菓子。都市伝説と確実に戦闘するため、相手を怒らせる作戦だ。
それにしても、と白波瀬・雅(光の戦士ピュアライト・d11197)は自らの用意したお菓子の箱を眺め。
「甘いお菓子をわざと辛く作るっていうのも、なんだか勿体ない気がするっすね」
自身でクラブを運営するほど甘党の雅。思わずそんな言葉が零れるのも無理ないことだ。
「そろそろ、都市伝説の現れる場所かな?」
忽那・まひろ(蛇神様・d30777)の言葉どおり、道は住宅地へと差し掛かる。
「……では」
まひろの言葉を合図とするように、丸目・蔵人(兵法天下一・d19625)は全身から濃密な殺気を放った。これで、一般人は付近に近付くことが不可能となる。
そして、同時に――。
『Trick or Treat!』
灼滅者達の背後から、不意に明るくあどけない声が聞こえた。
●
夕暮れ、人気のない路地。条件は整った。
灼滅者達が振り向くと、そこには白いシーツを被った1人の少年が立っていた。シーツにはオバケの顔が描かれている。都市伝説『ハロウィンの子どもオバケ』だ。
『Trick or Treat! お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!』
「ふふ、こんばんは。悪戯されては困りますから、お菓子をどうぞ」
淑やかな笑み浮かべ、最初に対応するのは綺葉。オバケへ差し出すのは、赤いソースの入ったマシュマロだ。
『いただきまーす! ……か、辛ぁい!』
シーツの下から伸ばされた手が素早くお菓子を奪い去る。同時に、盛大な悲鳴が響き渡った。
赤いソースはイチゴ味……と思いきや、鷹の爪をたくさん使った激辛ソースだったのだ。
「大丈夫か? よかったらこれを食べるといい」
悶絶するオバケを気遣う風を装い、乙彦はうっすら赤いものが透ける大福を差し出した。
口直しに、と受け取ったオバケは、しかしまたも跳び上がる。こちらの中身は丸ごとハバネロの塊だった。
「こっちにはクッキーもあるわよ」
と、カンナが差し出したのは赤いジャムの乗ったクッキー。
今度こそ、とオバケはパクリ! 刹那――絶叫。甘いと思いきや、赤いジャムはタバスコ入り。
(「あんま食べても美味しくない系のモン作んのって好きじゃないんだけどね」)
やれやれ、と肩を竦めるカンナ。今回ばかりは仕方ない。
『なんだよもう、次から次へと!』
地団太を踏み、癇癪を起こすオバケ。雅はどこからともなく取り出した箱を開き、美しく鎮座したシュークリームを見せて。
「次はこちらをいかがっすか?」
差し出されたシュークリームはまたもタバスコ入り。
それでもオバケは食べた。泣きながら。……もしかしたら、ハロウィンの都市伝説という性質上、差し出されたお菓子は何でも食べてしまうのかもしれない。哀しい存在である。
蔵人が差し出したチョコレートボンボンを奪い取るように食べ、またも悶絶するオバケ。中身は世界一辛いトウガラシ、ブート・ジョロキア。もはや食べ物というより危険物だ。
事実、オバケは悲鳴を上げることもできず、地面をのたうち回っている。
『み、水……』
「大丈夫か」
よろよろと手を伸ばすオバケに、蔵人はジュースを差し出した。そのまま強引に流し込む。
『……!!!!』
白いシーツが激しく揺れた。ジュースもブート・ジョロキア入りだったのだ。
「ああ……! 辛かったり、苦かったりで、大変……!」
白皙の美貌に僅かな表情浮かべ、紅染はオバケへ駆け寄り、大きなお饅頭を差し出した。
「これ、甘い、から、食べて……!」
『甘い? ……ホントに?』
コクンと頷く紅染を疑いつつも、オバケはお饅頭をぱくり。そのまま硬直する。
甘かった。それは間違いない。
ただ、その甘さが想像をはるかに超えていたら、話は別だ。
お饅頭の中身は、世界一甘いと言われるインドのお菓子・グラブジャムンを潰したもの。隙間はたっぷりの蜂蜜で埋めてある。
脳が痺れるほどの甘さ――結構、貴重な経験ではないだろうか?
「え、えっと……これ、どうぞ?」
呆然と立ち尽くすオバケに、なつきは可愛らしくラッピングしたチョコレートを差し出した。
『あ、ありがと。わあ、可愛いお菓子だね……これなら、きっと……』
チョコレートは可愛らしい動物の形をしている。しかし、その中身はたっぷりのわさび。なつきが以前、世話になった人に作ってもらったものだ。なんでも、噛むとかなり効くらしい。
『……もうやだ、どうしてこうなるんだよぉぉぉ!!』
チョコレートを食べながら、オバケはとうとう泣き始めた。わさびがツーンとしたからか、それとも――いや、もはや理由がどちらかなど関係ない。
『こんなことして、お前達、絶対に許さないんだからな!!』
「あらやだ、怒ったの? あんただって怒られるような事やろうとしてたでしょ?」
カンナの声音は、挑発というより小さな子どもを叱るようで。
『うるさい、うるさい、うるさーい!!』
シーツの隙間から大ばさみを取り出すと、オバケはカンナの言葉を振り切るように灼滅者達へ突撃した。
ジャキン!! 勢いよく噛み合った刃は、しかし疾走するライドキャリバーのハヤテによって防がれる。
同時に紅染が音声遮断の結界を構築。音の切り取られた空間を、蛇艦刀を携えたまひろが駆けた。繰り出される黒死斬。
――無事、戦闘突入である。
●
オバケが振り回した大ばさみを、乙彦の展開したワイドガードが受け止める。
一瞬の拮抗を逃すことなく、雅は魔法少女の姿に変身。そのまま滑るように敵目掛けて駆け出した。
「短時間で決着を付けるっすよ!」
マジピュア・サンライトブーツから繰り出されるのは煌めく蹴り。吹き飛ぶ敵へ追随し、雅はそのまま至近距離を保つように攻撃を続ける。
と、そこに突撃するハヤテ(ライドキャリバー)。間髪入れず、後方からは狙い定めたカンナの螺穿槍が来襲。オバケのシーツがズタズタに引き裂かれ、露わになったのは小学生くらいの少年の姿だ。
『ああっ、せっかくの仮装が台無しだ!』
と、怒りを露わにする敵の口元は真っ赤に腫れていた。おそらく、食べたお菓子がほとんど辛かったせいだろう。そのダメージのためか、敵の動きはどこか鈍い。
だが、敵は激昂のまま大ばさみを翳す。刃から生まれた黒き波動が後衛目掛け放たれて。
「赤石さん、ここは私に任せて下さい」
回復役のなつきへ向かった攻撃を庇うのは、綺葉。
敵の攻撃は冴えが感じられず、結果、傷は浅い。綺葉はそのまま片腕を鬼神化させ、猛烈な膂力と共に振り下ろす。
(「ハロウィンではありませんが……子どもの頃は、私もシーツを被って遊んだものです」)
しみじみ思い出す綺葉。都市伝説とはいえ、小さな子供を攻撃するのは少し気がひける。
「皆さん、今、回復しますね!」
間髪入れず、なつきが後衛へ清めの風を吹き渡らせる。敵の攻撃で行動阻害を増加させないよう、こまめに回復する作戦だ。戦場の空気に気を引き締めつつ、なつきはすぐに次の回復行動へ移る。
「……助かり、ます……」
傷を癒した紅染は、刹那、俊敏な動きで敵の眼前へ立ち塞がった。半獣化する片腕。銀爪が、力任せに敵を引き裂く。
続けざま、まひろも戦艦斬りを繰り出した。が、大振りの攻撃は命中寸前に回避されて。
だが――。
「逃がさない」
蔵人はひとつ呟くと共に敵の動きを捕捉。次の瞬間、右手に握った魔剣が白銀の焔に包み込まれた。炎を放ちながら繰り出される斬撃が、敵の胴を深々と抉る。
『痛い、痛いよぅ……どうして、僕がこんな目に……!』
怒りのまま、殺意のまま、敵は大ばさみを開き、灼滅者の首を切断せんと狙う。
仲間達を守り前線へ立ち続ける綺葉が、攻撃を防ぎながら小さく眉を寄せた。大ばさみの刃が、彼女の腕をいびつに切り裂いたのだ。
咄嗟に縛霊手を装着し、祭霊光を生み出す綺葉。
追い打ちを掛けるように迫り来る敵は、しかし乙彦の放った導眠符により足を止められて。
「悪戯するはずのお化けが、逆に悪戯されてしまったな」
風纏うかのように符を翳し、乙彦の口元にはほんの微かな笑みが浮かぶ。
だが、おそらく敵の耳には届いていないだろう。乙彦はここまでの攻撃で催眠を重ねて続けていた。その効力は、今まさに強固に現れ、敵の足取りをぐらぐらと頼りないものに変えていた。
「チャンス! 一気に畳みかけましょう!」
叫ぶカンナ。こくんと頷く紅染。スナイパーの2人が立て続けに繰り出したフォースブレイクは、どちらも敵を的確に打ち据え、膨大なまでの魔力を流し込む。
やや遅れて起こる2回の小爆発。大きく吹き飛ぶ敵。
その隙を逃すことなく、なつきは回復の手を止め、エアシューズで疾走した。
「逃がしません!」
流星の煌めき纏う蹴りが、敵の体を地面に縫い止めるかのように突き刺さる。
「さあ、覚悟するっすよ!」
すかさず敵へと肉薄し、雅は相手の体を大きく蹴り上げるようにグラインドファイアを放った。
炎が宙に軌跡を描く。とん、と雅は華麗に着地。ふわん、とスカートが可憐に揺れる。
「倒れちゃえっ……!」
と、まひろの放ったギルティクロスが、敵の睡眠をますます深めて。
「終わりだ」
短く告げ、蔵人が振り下ろすは魂を切り裂く必殺の一撃。
致命の攻撃に、敵は甲高い悲鳴を上げ――そのまま、動きを止めた。
●
少年――都市伝説がゆっくりと消えていく。
完全に消滅する前に、綺葉は彼へ駆け寄り、小さなその手にマシュマロを乗せた。
「今度は、辛くありませんよ」
『……ほんとだ。甘ぁい……』
少年はマシュマロを食べてにっこり笑い、そのまま、ほろほろと崩れるように消えていった。
綺葉は安堵するように小さく微笑んだ。相手は子ども、辛い気持ちのまま消えて欲しくなかったのだ。たとえ、都市伝説だったとしても。
「はあ、無事に倒せてよかったぁ……」
まひろがほっと胸をなで下ろす。
「これで安心してハロウィンを迎えられるな」
乙彦も、小さく安堵の息。それから、改めて仲間達の用意したイタズラお菓子を見回して。
「……お化けには酷い事をしてしまったな」
思わず苦笑いを浮かべる。世界一辛かったり、甘かったり――あまりに過激だったな、と。
「しかし……色々見たり、戦って疲れたっす。なんだか甘いモノが食べたくなるっすね」
雅は常備している猫型のクッキーを取り出して。
「皆も食べるっすか?」
「私も、普通のクッキー作ったから、よかったら食べる?」
カンナも挙手。並んだクッキーからは、なんともいい匂いが漂ってくる。
「普通のチョコもあるので、皆で食べませんか?」
と、なつきもお菓子を取り出す。仲間達と食べるのを楽しみにしていたのだろう、その表情はとても嬉しそうだ。だが、その表情が不意に曇って。
「実は……わさび入りも残っているんです。なつきは苦手なので味見していないのですけれど……よかったら、どなたか挑戦します?」
「……あの、これも、おひとつ、いかが、ですか……?」
紅染も、どこか困った風にお菓子を取り出した。それは、ミルク味の丸いドーナツに激甘シロップをたっぷりと染み込ませたグラブジャムン。イタズラお菓子を作った際の余り物である。
「自分で食べるのは……もう……」
す、と目を逸らす紅染。製作中、つい味見してしまったのだった。
蔵人はといえば、更なる強敵を求め、1人颯爽と立ち去って行き。
甘かったり、甘すぎたり、破壊力満点だったりするお菓子を囲み、残った7人はうーん、と首を捻るのだった。
なにはともあれ。
――ハッピー・ハロウィン!
作者:悠久 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年10月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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