野生は強者の下に集う

    作者:飛翔優

    ●その牙、風のごとく
    「ウィーヒック、呑んで呑まれ呑まれるなとくりゃぁ……ヒック」
     月明かりと街灯だけが頼りとなる紅葉に染まりし住宅街を、一人の酔っぱらいが歩いていた。
     足取りは覚束ず、ちょくちょく車道へとはみ出ている。幸いにして……あるいは不幸にして、車と遭遇することはない。
     代わりに、進路を一匹の犬が塞いでいた。
    「あ?」
     男は瞳を釣り上げ、犬に近づいていく。
     苛立たしげに足を振り上げ、おもいっきり蹴り飛ばした。
     声ももらさず、犬が壁へと――。
    「ヒック……人間様の邪魔をっ!?」
     ――犬は叩きつけられる前に体を反転させ、壁に着地。膝を曲げ、勢いを反転させ、男へと飛びかかった!
    「!?」
     悲鳴を上げる暇すらも与えずに、犬は男を押し倒し喉笛に牙をつきたて噛みちぎる。前足後ろ足を用いて抵抗を全て退けながら、血肉を命を刈り取った。
     ――!
     犬は吠える高らかに。
     右耳を失いし頭で風を感じながら、赤き体を震わせながら。
     音が止んだ頃、物陰から一匹、二匹と様々な犬が姿を現し始めていく。
     片耳の犬を含め、総勢九匹。犬達は血色に染まりながら、一心に喰らい続けていく……

    ●夕暮れ時の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)、真剣な表情のまま口を開いた。
    「野良犬が眷属化し、事件を起こす……そんな未来を予知しました」
     眷属化の理由は不明。しかし、被害が出る前に解決する必要があるだろうことに代わりはない。
    「時間帯は深夜十一時、場所は住宅街の道路……この辺りですね」
     葉月は地図を広げ、アパートが立ち並ぶ小さな通りを指し示した。
    「この場所に、眷属化した一匹の犬が寝そべっています。未来視した光景は、その一匹の犬を蹴り飛ばした酔っぱらいが逆襲を受け食い殺されてしまう……といったものですね」
     幸い、その未来は阻止することができる。眷属化した犬たちと先に接触する事で。
     眷属化した犬たちの構成は、右耳を失いしリーダー格の犬が一匹、その他の雑多な犬が八匹。
     リーダー格が道を塞ぎ、リーダー格にアクションをかけてきたならばリーダー格が襲いかかり、一つ行動を終えた時点で仲間を呼ぶ。避けて通ろうとしたならばその他の八匹が襲いかかる……と言った行動を取っている。
     どちらを選ぶにせよ、上手く利用すれば序盤戦からの流れをつかむことができるだろう。
     構成は総員攻撃役。毒の牙と加護を砕く体当たりを使い分けてくる。
     その他、片耳のリーダー格のみ毒などを浄化しつつ傷を癒やす咆哮を放ち、統率を整える……といった行動も取ってくる。また、耐久力もその他の犬の比ではないほど高い。
     その辺りを考慮して策を組む必要があるだろう。
    「以上で説明を終了します」
     現地までの地図を手渡し、締めくくりへと移行した。
    「今現在何が起きているのか……それはわかりません。ですが、確かにある脅威として野良犬が眷属化してしまったことは確かです。ですのでどうか、全力での討伐をお願いします。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    百瀬・莉奈(ローズドロップ・d00286)
    和泉・風香(ノーブルブラッド・d00975)
    二夕月・海月(くらげ娘・d01805)
    比良坂・八津葉(時鶚の霊柩・d02642)
    結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)
    アレス・クロンヘイム(刹那・d24666)
    二重・牡丹(セーブルサイズ・d25269)
    黒嬢・白雛(白閃鳳凰ハクオウ・d26809)

    ■リプレイ

    ●まだ見ぬ敵への道を探るため
     星々瞬く空の中、箒に跨がり空を飛ぶ灼滅者が一人。
     比良坂・八津葉(時鶚の霊柩・d02642)は生活の灯りがぽつり、ぽつりと消えていく深夜の住宅街を見下ろしながら、静かな想いを巡らせる。
     今宵は、変化した力の試し時。そんなことを考えるのは失礼かもしれないけれど、この問題は戦いながら考えることではない。
     ただ、今は酔っぱらいを助けて眷属と化した野良犬を排除する。その為に、上空から道を探っているのだから。
    「……」
     野良犬たちに対して抱く、人間が……などという感傷も今回はない。眷属化した……動物の範囲を逸脱した以上、慈悲の心を持って征伐するだけ……。
    「……いた」
     思考が一巡りした時、住宅街を歩く酔っぱらいの姿を発見した。仲間の力に当てられてか、予報された現場からは遠ざかるように歩いている様子。
     安堵の息を吐いた後、八津葉は地上へと舞い戻る。大丈夫と報告した上で、野良犬の探索へと移行した。
     五分ほど灯りに乏しい通りを進んだ頃だろうか? 不意に、後方を歩いていたアレス・クロンヘイム(刹那・d24666)が声を上げた。
    「二つ先の電灯の下に何かがいる。恐らく、あれが……」
     示しながら、戦闘に支障がないようランタン型のライトを地面に設置し始める。
     残る仲間たちもできる限りの準備を行い、夜の戦場を整えた。
     後は近づき、仕掛けるだけ。
     灼滅者たちは頷き合い、二つ先の電灯を……その下で寝そべる野良犬の元へと歩き出す……。

     寝そべる野良犬の前で、灼滅者たちは立ち止まった。
     片耳であることを確認した後、灼滅者たちは頷き合う。前方の暗がりに複数体の何かが隠れている気配を感じながら、武装した。
    「炎装! 煉黒鳳凰クロビナ……ここに炎誕!」
     黒嬢・白雛(白閃鳳凰ハクオウ・d26809)は黒炎を纏い、足元の影を黒き装甲へと変じさせて身に纏う。
    「溶け落ちろ! バーニング、インパクトォ!」
     両腕を片耳の野良犬へと突き出して、黒い炎弾を雨のようにばら撒いた。
     即座に飛び退き舞い踊るかのようにくぐり抜けていく片耳の野良犬に照準を定め、和泉・風香(ノーブルブラッド・d00975)はトリガーを引いていく。
    「普通の犬はかわいいものなのじゃが、眷属化して襲ってくるとなると話は違うでのう、覚悟するのじゃ!」
    「こんな所で陣取ってちゃダメだよ、わんこさんっ」
     撃ちだされたビームを宙返りしながら避けて行く片耳ののらいにめがけ、百瀬・莉奈(ローズドロップ・d00286)は身の丈ほどもある銀製のフォークをえぐり込むように突き出した。
     切っ先を掠めさせた後も、灼滅者たちの攻撃は片耳の野良犬のみに集いゆく。
     全てを避ける……というわけにはいかなかったのだろう。最初の炎弾に踊らされ、次のビームを大きく避けざるを得なかった片耳の野良犬は、三度攻撃を掠めさせ三度直撃を受け闇の方角へと飛び退いた。
     静止した後に高らかなる咆哮を響かせたなら、闇の中から八体の野良犬たちが飛び出してくる。
     全て眷属。
     人を襲い、殺す存在。
    「皆、雑魚をお願いね! リーダーは二夕月さんと莉奈にお任せあれっ」
     莉奈は駆ける野良犬たちを華麗なステップで回避しながら、片耳を間合いに収めていく。杖を強く握りしめ、魔力を込めた上で殴りかかった。
     先端は虚しく地面を叩く。
     問題無いと魔力を爆発させたなら、飛び退いていた片耳の体が大きく浮いた。
     直後、野良犬たちを飛び越えた二夕月・海月(くらげ娘・d01805)の盾が片耳の体を叩き落とす!
     そのまま倒れこまん勢いで地面へと押さえつけながら、健在な左耳に囁きかけていく。
    「すまないな、お前たちをそのままにしておくわけないはいかないんだ。痛いだろうが我慢してくれ。なるべく早く終わらせる」
     拒否する! とでも言うかのように、片耳は全身に力を込めた。
     バランスを崩される訳にはいかないと海月は飛びのいて、受け止める構えを取っていく。
     刹那、片耳は跳んだ。
     海月を目指して!
     盾をかざし、海月は真正面から受け止める。二歩分ほど押し返されながらも、体勢は崩さず見据えていく。
     傍らに浮かぶ影くらげ、クーに力を注ぎ込みながら……。

    ●野良犬たちへのレクイエム
     我先にと争うように、灼滅者たちへと向かってきた野良犬たち。リーダー格を狙う二人には興味が無いのか、はたまたそういう命を受けたということなのか、八体は脇目もふらずに残る灼滅者たちへと襲いかかる。
     鈍い光を放つ牙による噛み付きを、結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)はバベルブレイカーで受け止めた。
     牙が装甲を突き破っていく光景を眺めながら、注射器を取り出していく。
    「毒のお礼にはこちらも毒を。予防注射とは違いますからどうぞご安心を。暴れないで下さいね!」
     牙を話そうとした野良犬をバベルブレイカーごと抱きかかえ、首筋に注射針を挿していく。小さな悲鳴を耳にしながらも中身を注入し、手放すと共に距離を取った。
     牙が食い込んだ箇所を撫でながら、続く攻撃のために影に力を込め始める。
     入れ替わるように、二重・牡丹(セーブルサイズ・d25269)が翔け抜けた。
    「あんたらの相手はこっちよ!」
     竜の如き素早さで得物を振り回し、一斬、二斬と野良犬たちに切り傷と己への敵意を植え付けていく、
     立ち止まると共にシールドの防衛領域を全開にし、己を追いかけてきた野良犬三匹の体当たりを受け止めた。
    「っ! 菊、頼むたい!」
     防衛領域を貫いてくる衝撃に目を細める牡丹に促され、菊がゆらりと敵陣の内側へと移動。顔を晒し、野良犬たちに衝撃を与えていく。
     一方、白雛は静菜へと追撃を仕掛けようとしていた野良犬を指差しビームを放った。
    「今、貴方を御相手するのは私ですの!」
    「残りは私が受け持つわね」
     続いて八津葉が槍を振り回し、野良犬たちに打撃と己への怒りを刻んでいく。
     計八体の印象を、三人に分散することに成功した!
     統率が乱れていると感じたか、片耳が海月たちから距離を取り咆哮する。が、例え打ち消されてももう一度……何度でもと、灼滅者たちは対象を分散させることに尽力した。
     故に、一度に大きなダメージを負う者はなく、治療は容易い。余裕を持って野良犬を殲滅し、片耳を抑えることができていた。
    「っ! この程度……クー!」
     片耳の牙を盾で弾いた海月は、クーを刃の形へと変化させた上で背中に向かって振り下ろす。
     治療の必要はないと判断したアレスは意識を野良犬たちと相対する前衛陣へと向け直し、動きを注視。ビハインドのイグニスが静菜をかばっていく姿を見て、優しい光で照らしていく。
    「落ち着いていこう、確実に数は減らせているから」
     既に、五体の討伐に成功していた。
     残る三体も満身創痍。度々咆哮による治療を受けていたものの、癒やし切ることなどできぬといった状態。
     油断せず、冷静に対処していけば大丈夫と、アレスは一旦細かな傷をさらうため風に浄化の言葉を乗せていく。
     対向するかのように、片耳が高らかなる咆哮を響かせ――。
    「遅いのじゃ!」
     咆哮が肌を震わせる前に、風香の撃ちだしたリング状のエネルギーが野良犬たちを吹き飛ばした。
     塀へと叩きつけられた三体は、小さな悲鳴を上げながら闇の中へと消えていく。
     残るは片耳、ただ一体。
     本格的に向き直りながら、アレスは皆に呼びかける。
    「油断せずに行こう。確実に倒すためにも……イグニス、頼む」
     命じられたイグニスが動き出すと共に、片耳との本格的な交戦を開始した。
     配下を失ってなお、片耳の様子に大きな同様は見られない。ただ、瞳に怒りにも似た光を宿し、戦場を駆け回り始めていく。

    ●最期まで誇りを抱いて
     時には塀を、時には電柱を利用して、三次元的な攻撃を仕掛けてくる片耳。
     受け止め、押し返し、八津葉は告げる。
    「後はあなただけ。覚悟してね」
     返答せずに駆ける片耳を眺めながら杖を掲げ、魔力の矢を連写した。
     右へ、左へとステップを踏み、数多の矢を掠めさせるに止めた片耳は、塀を足場に勢いを反転させ海月へと襲いかかる。
     盾領域を広げる事で受け止め、食い込んできた牙に右腕を傷つけられていく光景を目の当たりにし、アレスは優しい光を放出した。
    「イグニス、頼んだよ」
     命じられたイグニスは、海月から引き剥がすために片耳に向かって得物を得物をふるう。
     領域を足場に避けた片耳が向かう先、莉奈が滑りこんでいた。
    「どうして人を襲うの? 何か恨みでもあるの? それとも…って言っても、言葉喋れる訳じゃないから分からない、か」
     答えなど帰ってくるはずもない疑問を述べながら、杖を思いっきりフルスイング! 腹部をしたたかに打ち据えた上で魔力を爆発させ、道の反対側へと吹き飛ばした。
     塀へと叩きつけられた刹那を狙い、静菜の握るバベルブレイカーの杭は回転する!
    「……せめて、魂の冒涜者の下には行かせません」
     私たちにできる事はこれだけど穿けど、リーダー格は暴れていく。
     より深く、より広くえぐられていく事など厭わずに、ただただ暴れ続けていく。
     牡丹は菊と顔を見合わせた。
     頷き合いながら踏み込んで、得物を重ねあわせていく。
    「もう、休むたい。お前は十分、頑張ったばい」
     退く静菜と入れ替わる形で踏み込んで、片耳にXの字を刻んでいく。
     再び塀に叩きつけられた後、地面に墜落していく片耳。されどなお立ち上がり、足をふらつかせながらも低く唸り始めていく。
     敵意も、瞳に宿る光も、まだ、消えていない。
     引導は渡さなければならないから、白雛は牡丹に下がるよう促し、両腕を前へと突き出した。
    「さぁ……断罪の時間ですわ!」
     黒い炎弾を雨のようにばらまいて、片耳を撃ち抜き炎上させていく。
     片耳は炎の中、大きな咆哮を轟かせた後……糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
     暖かな炎に包まれながら、片耳の体が薄れていく。夜が静寂を取り戻す頃……まるで初めから存在していなかったかのように、この世界から消え去った。

     野良犬たちの遺体は全て、知らぬ間に消えていた。
     莉奈は小さく肩を落とし、ひとりごちていく。
    「何か、眷属化した原因とかわかればよかったんだけどね」
    「存在した痕跡すらも残らんとは、のう……」
     憤りを滲ませながら、風香は野良犬たちが消えた場所を眺められる位置へと移動。静かなため息を吐いた後、肩越しに振り向いていく。
    「元はおとなしい犬じゃったかもしれぬのじゃ。遺体はないが……できれば、弔ってやりたいのぅ」
     異を唱える者はいない。
     象徴的な場所だからと、最初に片耳が寝ていた場所へと静菜が花を供え、合図もなく皆で黙祷。
     静かな風の音を聞きながら、やがて、誰にともなく瞳を開いた。
     最後に静菜が顔を上げ、小さく呟いていく。
    「連日の眷属依頼……これだけの数の眷属を一度に召喚は出来ない筈ですから、後から集める予定だったのでしょうか。各勢力が動く時期とも一致……犯人は何方なのでしょう」
    「いずれにせよ、許せんことに変わりはないのじゃ」
     前を見据えたまま、風香が強い怒りをにじませる。
     牡丹もまた拳を握り、遥かな空をみあげていく。
    「こぎゃんこつばした奴は許せんばい」
    「絶対に引き摺り出してやる……」
     憤りを含む、海月の決意。そのためにも……と、灼滅者たちは現場を後にする。
     今はしっかりを身を休め、明日以降の事件に備えること。万全の状態を整えて置かなければいざという時に動けない。決意を形にする事もできないのだから……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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