同じ顔の首を抱いて

    作者:森下映

     ママのお腹の中からずっと一緒。
     鏡に映したみたいにそっくり。
     でも、中身は全然違った。
     なんでもできて、いつもニコニコしていて。
     友だちにも恋人にも恵まれてるマユウと、正反対の私。
     身長も体重も足のサイズも、爪の形だって同じなのに、どうしてこんなに違うんだろう。
    (「就職活動だってそう。でも、」)
    「マユル?」
     マユウが部屋のドアを開けて顔を出す。うんざりするくらい同じ顔。
    「マユルも内定とれそうなんでしょう? 週末にみんなで私たちの就職祝いしましょうってパパとママが」
    「うん……でもね、まだ……足りないものがあるの……」
    「え、なに? 書類か何か?」
    「そう……うん、書類……みたいなものかな……」
    「えっと、パパか……大学の先生に書いてもらえばいいもの?」
    「マユウ」
    「え?」
    「マユウでいいの」
    「そうなの? どれ?」
     マユウが近づいてくる。私は椅子から立ち上がる。
     ――血飛沫。
     返り血が入ってしまった目をこすりながら、私はまるで自分のもののような、マユウの首を拾い上げた。

    「また、就職活動に行き詰まっている一般人が六六六人衆に闇堕ちする事件の発生がわかったよ」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が、集まった灼滅者たちの顔を見回しながら言った。
    「今回闇堕ちしてしまったのはアユハタ・マユル、大学4年生。双子の姉であるマユウさんの首を持って、街中を歩いているんだ」
     無差別に殺人をしようとはしていないようだが、自分の邪魔をされたり、首についてたずねられたりするようなことがあれば、容赦なく相手を殺してしまうだろう。
    「これ以上被害が出てしまう前に、彼女を灼滅してほしい」
     ショートカットで細身のマユルは、黒のリクルートスーツにヒールパンプスという格好で、バッグの代わりとばかり車輪状の武器を肩にかけ、双子の姉の首を抱えながら繁華街を歩いている。
     接触のタイミングは、繁華街の外れにある公園の前に、マユルが差し掛かった時。真夜中近いということもあって、公園内には酔っぱらいが数名。そのうち2名はベンチで寝ている。
    「公園には灯りがあるし広さも問題ないから、人払いをしてそこで戦闘するのがいいと思う」
     マユルは殺人鬼と断罪輪相当のサイキックを使ってくる。ポジションはジャマー。
    「彼女も相当追い詰められていたのだとは思うけど、だからといって人を殺していいという理由にはならない。彼女の凶行を終わりにできるのはみんなだけなんだ」
     頼んだよ、とまりんは灼滅者たちを送りだした。


    参加者
    花蕾・恋羽(スリジエ・d00383)
    紅先・由良(夜闇に溶ける殺人者・d00556)
    葛葉・有栖(紅き焔を秘めし者・d00843)
    榎本・哲(狂い星・d01221)
    皆守・幸太郎(カゲロウ・d02095)
    嶋田・絹代(どうでもいい謎・d14475)
    巳越・愛華(ピンクブーケ・d15290)
    東・喜一(走れヒーロー・d25055)

    ■リプレイ


    「ま、こんな感じか」
    「うん、あとは臨機応変に、だねっ」
     榎本・哲(狂い星・d01221)と葛葉・有栖(紅き焔を秘めし者・d00843)を中心に、作戦の最終確認をしながら、灼滅者たちは繁華街を目的の公園に向かって歩いている。 
    「それにしても何だ……今の就活市場では、誰かの首を持っていったら自分は首にならないってゲン担ぎでもあるのかね……」
     皆守・幸太郎(カゲロウ・d02095)があくびを噛み殺して、言った。
    「就職活動って人を変えてしまうものなんですね……双子のお姉さんを、殺してしまうなんて……」
     大好きな兄のことを思いながら、花蕾・恋羽(スリジエ・d00383)が言う。隣に霊犬の豆大福がいる。
    「首を持って歩き回るのは……やはりマユルさんになりたかった、という思いがあるからなんですかね……」
    「ま、比べずにはいられないっすよね~、瓜二つじゃね~」
     そう言った嶋田・絹代(どうでもいい謎・d14475)には、殺されてしまった妹がいる。らしい。らしい、というのはどうにも彼女の話が一定しないからだ。
    (「双子のひとを見るたびに、自分にも双子の姉か妹がいたらきっと楽しいだろうなって思ってたっけ……」)
     巳越・愛華(ピンクブーケ・d15290)は、自分の小さい頃を思い出し、
    「……マユウさんとマユルさん、きっと世界一悲しい双子の姉妹に違いないな」
     自然と今は離れて暮らす家族のことも思い出される。
    「就活の苦しみはそりゃあ強いでしょうけれど、人を殺しちゃあ駄目ですよ! しかも家族を!」
     愛用のメイド服に身を包み、先頭を大股で歩く東・喜一(走れヒーロー・d25055)が言った。
    「もう後戻りできないとこまできちゃってますね」
     こうなったらきっちり倒して灼滅することが彼女にとっての救い。喜一はそう考えてこの依頼に挑んでいる。
    「ここね」 
     黒いローブですっぽりと目元まで覆った、紅先・由良(夜闇に溶ける殺人者・d00556)の口元が動いた。
     まだ公園にマユルがやってくる気配はない。喜一はこれ以上一般人が近づかないように殺界形成を発動し、灼滅者たちは手分けして一般人を避難にとりかかる。
    「寝てるヤツはっけんしたっすよ〜」
     絹代が幸太郎と恋羽を呼んだ。
    「まったく……気持ちよさそうに寝やがって……」
    「起きなさそうだし、運んじゃいましょう! マユルさんが来ない内に終わらせなくてはっ」
     幸太郎と恋羽は怪力無双を使用して、ベンチで寝ている酔っぱらいをそれぞれ公園の外に担ぎ出す。すると、
    「ん……なんだお前は……」
     恋羽の背負っていた男が目を覚ましてしまった。
    「わ、ちょっと暴れないでっ、」
    「こら! もうお家に帰る時間ですよ!」
     駆け寄ってきた愛華が、王者の風を使用する。酔っぱらいは何がなんだかわからない風ながらも、ヨタヨタと公園から離れていった。
    「あなたも! お家に帰る時間だよっ」
     ウダウダと座り込み、なかなか腰をあげなかった酔っぱらいたちの前には、有栖が鞘に入った日本刀をどんと地面につきたてて、言う。
     堂々とした有栖の態度に気圧され、こちらもフラフラと公園を出て行った。
    「これで全部か?」
    「ええ」
     哲が確認し、由良が答える。酔っぱらいを危険のないところまで運んでいた幸太郎も、走って戻ってきた。
    「間に合いましたね」
     喜一がいい、その視線の先に気づいた絹代はサウンドシャッターを展開する。
     コンクリートをカツンと蹴るヒールの音。アユハタ・マユルがそこにいた。


    「こんばんは、アユハタ・マユルさん」
     まずは公園内での戦闘に持ち込まなければならない。喜一は足を止めさせるためにマユルの名前をはっきりと言った。
     怪訝な顔をして喜一を見るマユル。しかし足を止めたのは一瞬、すぐにまた歩き出そうとする。
    「ちょっと待って、」
     有栖がマユルの前に立ちはだかった。
    「こんな時間に、お姉さんの首抱えてどこに行くの?」
     有栖の言った『お姉さん』に反応し、マユルはいつのまにか自分を取り囲んでいた灼滅者たちをぐるりと見渡す。
    「何……アナタたち……」
    「家族を殺してしまったら、後戻りはできませんよ!」
     そう言った喜一をマユルはギロリと睨み、
    「……そこをどいて」
    「まぁまぁまぁまぁ……へそ曲がり同士、仲良くしましょ?」
    「キャッ、」
     絹代が、どんとマユルの身体を押して、歩道から公園の中へいれた。首を落とすまいとふらついたマユルは、公園の土の上に膝をついてしまう。
    「何すんのよ!」
    「おっと、」
     武器を振るおうとしたマユルから、絹代は地面に手をつき足を高く蹴り上げるカポエイラの動きで飛び退いた。
    「……私も、双子の兄がいるので、貴方の気持ち、わからなくもないです」
     恋羽が言う。『双子』ときいた瞬間マユルが首を抱える手に力が入ったように見えた。
    「けれど、いくら羨んで、妬んで、恨んで殺めてしまっても、私は兄にはなれないし、貴方もマユウさんにはなれないんですよ」
    「そんなの、アナタたちにはっ、」
    「あーわかった、お前バカなんだな!」
     哲がゆらりとマユルに近づく。
    「隣の芝が青い青いって妬んだってどうにもなんねーって、」
     言いながら、哲は目の端で合図を送り、
    「その歳になるまで気付かねーから救いようがねーことしでかしちまうんだよ!」
    「っ……アナタたちに何がっ、」
     膝を立てたマユルの身体からどす黒い殺気が放出された。と同時、
    「!」
     マユルの背中を愛華の槍が、激しい螺旋の捻りをともなって貫く。
    「アローサル」
    「大いなる殺戮の闇よ、私に力を!」
     他に誰も近づく気配のない公園に、有栖と由良の解除コードが響いた。
     マユルが肩越しに後ろを振り向く。胸に刺さる槍を掴むか自分の武器をとるか。一瞬躊躇した隙を見逃さず、マユルの右手が槍を掴むギリギリのタイミングで、愛華が槍を引き抜きサイドへ抜けた瞬間、
    「自分が駄目な理由、姉ちゃんに押し付けんなよ」
     右斜め上から哲の槍、続けて左から有栖の紅色の槍が、マユルを串刺しにした。
    「……辛いんだろうなって事は分かるけど」
     有栖が刺さった槍をギリギリと捻る。
    「それで負けたら意味ないじゃん」
     再びの殺気に哲と有栖は、槍を引き抜いて間合いをとった。
    「ナニ、コレ……」
     突如身体に開けられた3つの穴に戸惑うような台詞を吐きながらも、マユルはどこか愉しげに立ち上がる。そして肩にかけていた車輪状の武器を構え、法陣を出現させた。
     じくじくとマユルの傷が埋まっていく。それを見ながら、
    「……お前が就職できるかの最終選考だ。俺たちを倒してみな」
     『Phenomenal 1』を携えた幸太郎が挑発する。
    (「苦しい状況だったってのはわからないでもない。ただ、」)
     絹代がマユルより更に濃い殺気を放出した。
    (「探せばいくらでも転がってる仕事のために唯一無二の双子の姉を殺すってのは、」)
    「そんな奴が同じ空気吸って吐いてることが気に入らねえ!」
     絹代の殺気が、逃れようとするマユルを追いかけ、覆いつくす。ヒールをぐらつかせながらも黒霧を抜けて駆けるマユルを押しとどめるように、恋羽は縛霊手から祭壇を展開。結界を構築した。
    (「少しでも、隙を」)
     霊的に動きを阻まれたマユルを、さらに由良の足元から伸びた影が縛り上げる。機を逃さず、『世界唯一の驚異』の名を持つ幸太郎の槍から、鋭利な氷の塊が発射された。豆大福が口に加えた刀でマユルを斬り付けたすぐ後、駆け抜けた尻尾をすり抜け、冷気のつららがグサリと刺さる。
     その間に喜一はWOKシールドからエネルギー障壁を広げ、ディフェンダーとしての防御力を高めつつ、マユルの次の攻撃に備えた。
     凍りはじめた手足を厭わず、マユルが車輪状の武器を回転させる。
     血にそまったブラウス、破れたストッキング。すでに靴は両足ともなく、それでもしっかりと姉の首を抱え灼滅者たちを睨む姿に、
    「――……貴方はもう、ただの殺人者です」
     恋羽は、そう宣告せざるを得なかった。


     ジャマーの六六六人衆と灼滅者たち8人の戦い。ポジションによっては当たりにくい攻撃に手数を割くより浄化を優先する戦略もあったかもしれないが、高い攻撃力を連携によって確実に当て、キュアを持たないマユルにバッドステータスを積めたことで、俄然状況は灼滅者優位だった。
    「ぐっ……!」
     有栖に向かった回転する武器による斬撃を、喜一が受け止めた。同時マユルが攻撃のために振りかぶった隙をつき、触手と変化した絹代の『メランコリア』が足元から這い登るようにマユルを捕らえていく。
    「ありがとうっ!」
     有栖が喜一のメイド服の影から抜け出た。刹那、喜一の背中に燃え盛る翼が現れる。有栖は不死鳥の加護を受け取り、自らも身体中から炎を噴出させながら、真っ直ぐに駆けた。
    (「ここで負けるわけにはいかない……」)
     三五一位の六六六人衆を倒すことが目標である有栖にとって、六六六人衆との一戦一戦の重さは特別だ。
    「回復するわ」
     由良の縛霊手の指先に集められた霊力が、かばいによって傷が深くなっていた愛華に向かって撃ちだされる。
     と、武器を構え直したマユルが、ふと公園の外へ視線を流した。
    「おっと、」
     マユルの意志が逃走に揺れたと感じた幸太郎は、仲間たちに合図をいれつつ、マユルのつま先が向いた方向へ立ち位置を取る。
    「物事を中途半端で投げるような根性無しは、就職してもすぐ首になるぜ」
    「っ、」
    「なーんでお前採用されねーんだと思うー?」
     幸太郎の反対側からは、哲の声が飛ぶ。
    「あ、恋人にも恵まれねーんだったな?」
     言いながら哲はジリジリと拳にオーラを集中させ、幸太郎は『Phenomenal 1』の長い穂先に螺旋の如き捻りを加えながら地面を蹴った。
     どっちが来るか。マユルが2方向を警戒する。しかし、
    「大切な首なら、汚さないようにしっかり抱えててくださいね!」
    「あっ、」
     真っ先にマユルに届いたのは、エアシューズを走らせ、大きく回りこんでいた愛華の流星の重力にも値する重い蹴り。マユルは左腕から胸元、顎に向かって蹴り上げられ、抱えていた首が地に落ちた。
    「マユウ!」
     転げ落ちた首に向かってマユルが叫ぶ。拾いあげようと動いたマユルを、今度は恋羽の炎を纏ったエアシューズが襲った。
    (「たった1人のお姉さんを、そんな風にしてしまって、」)
     自分ではねた首に向かって姉の名前を呼んだマユルに、有栖の胸はざわつく。
    「……ここで、終らせてあげるから」
     紅色の日本刀に炎が宿った。
     首を諦め、攻撃の相殺を狙って向かってくるマユルにひるむことなく、有栖が炎を叩きつける。空いた左手に武器を持ち替え、振り下ろそうとしたマユルだったが、
    「こっち忘れんなよ」
     幸太郎の『Phenomenal 1』が、わずかに残った防御を表しているかのようなボロボロのスーツごとマユルを貫き、哲の拳が連打を叩き込んだ。
    「さっきの答え、教えてやろうか」
     哲がマユルの襟元を掴む。
    「自分と姉ちゃんの違いを比べてばっかりいるからだろ、アホが」
     哲の拳へ回転した武器を喰らわせようとしたマユルの動きを読み、哲は襟を離すと後ろへ跳んだ。避けられた攻撃はそのまま絹代の腱を断ちに向かったが、その前には恋羽が飛び込む。
     由良から恋羽に癒しの光が届き、絹代はごく軽く恋羽の肩に手をついて飛び上がると、マユルの頭上に『Evanuit Gloria』を振り上げた。背中側からは愛華。絹代の縛霊手と愛華のマテリアルロッドを同時に叩きつけられ、ぐわんと上体を揺らしたマユルへ、喜一が踵を振りかぶる。
    「懺悔は灼滅によって行わせていただきます」
     キックの直撃と愛華が注ぎ込んでいた魔力の爆発が、空中で同時に起こった。
    「……まあ、喜べよ」
     握っていた拳をゆるめて哲が言う。
    「これで晴れてハッピーエンドだ」
     地面に落ちたマユルの身体は、同じ顔をした首の隣で、もう2度と動くことはなかった。


    「おっ、似合わねえことしてんなあ」
    「自分でもそう思うんだけどさあ……」
     哲の突っ込みに同意しながらも、幸太郎は並んだ姉妹の顔をハンカチで綺麗にふきあげた。
    (「汚れた顔のままあの世行きってのもな。まあ、なんだし」)
     最後に2人の目を閉じさせ、幸太郎が立ち上がる。
    (「別に理解も同情もしねえけどな。それでも、」)
    「……辛かったんだな、お前さんは」
     そうつぶやいて、幸太郎は微糖とかかれた缶コーヒーのタブを開けた。
    「勝手なお願いかもしれないけど……マユウさん、マユルさんのこと、許してあげてくださいね」
     愛華がそう言って手を合わせる。喜一も目を閉じ、マユルを『救えた』ことに息をつく。恋羽は最後までがんばった豆大福をいたわり、絹代は妹のことを考えているのか、そうでもないのか、木に寄りかかって夜空を見上げていた。
     しばらくの黙祷の後、由良は顔を上げ、
    「……クレープ食べたいわ……」
    「うーん、さすがにこの時間じゃクレープ屋さんはやってないよ、由良」
     甘党の由良に、同じ学部に通っている有栖が言う。
    「いいですね、クレープ……」
     食べものには目がない恋羽も、甘い誘惑に心ひかれているようだ。
    「クレープは無理だと思いますけど、コンビニで何か甘いものなら買えますよ」
     愛華が言う。
     じっとしていたら、芯まで冷えてしまいそうな秋の夜。
     灼滅者たちは足早に公園を後にした。

    作者:森下映 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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