Happiness

    作者:笠原獏

     はぁ、という深い溜息が聞こえると同時に金属が軋む音がした。
     夕方の、子供達がいなくなった後の公園。ブランコに二人の女性が並んで座っている。一人は俯きがちに、もう一人は相手を気遣うようにして。
    「まぁでもほら……聞く限り前の職場、酷かったしさ。なかなか決まらないのはもう少し休みなって事なのかもしれないよ? スミレ」
    「そうも言ってられないよー……そっちはいいな、学校出てからずっと安定してて」
     再びの溜息。長い付き合いの友人スミレを慰めようと女性は取り繕うように声を明るくした。
    「でもさ、まだ若いんだから、どうとでもなるって!」
     気落ちしているスミレに、確かに安定した生活を送れてしまっている自分の言葉はどれだけ響くだろうか。ずっと同じ学校で、就職をするまではお互い同じくらいに平凡で幸せな日々を過ごしてきた二人。けれど今は。
    「……ね、愚痴ならいくらでも聞くし、応援するし!」
     頭の隅によぎる不安を振り払ったのは本当に幸せになって欲しいから。ただの気休めに聞こえてしまうかもしれない、怒らせてしまうかもしれない、でも。
     そろりとスミレの横顔を伺うと、俯いていたスミレが顔を上げた。こちらを向いて、浮かべていたのは淡い笑み。
    「──ありがとう。でも、実はね、決まるかもしれないんだ。私の頑張り次第なんだけどさ」
    「あ、そうなの? 良かったじゃない! ほんと、応援してるから!」
    「うん、応援して欲しいな」
     聞こえたのは、再度金属が軋む音。夕陽を背に自分の前に立ったスミレが、ふわりと身を翻す。
    「これ、必要だからさ」
     眼前を薙いだのは何だっただろうか。それを認識する事なく、意識がぶつりと千切れて終わる。
     そうして転がり落ちた友人の首、それを拾ったスミレはブランコに座った。膝の上に首を置き、ゆらりゆらりとブランコを揺らす。軌道を描くように真っ赤な血が地面を濡らす。
    「ありがとね、ほんと。これで内定が貰えるよ」
     夜を迎え始めた公園に、小さな笑い声が落ちた。
     
    「就職って怖いねぇ、ほんと怖い」
     集まった灼滅者達を前に心底そう思っているような口調で言いながら、二階堂・桜(大学生エクスブレイン・dn0078)が首を横に振った。そのまま右の拳を握り、つらつらと続ける。
    「僕は出来る事なら極力僕の自由を脅かさない、けれど誰にも迷惑を掛けない生き方をしたいものだね。その為の努力なら惜しまないのだけれど……おっと話が逸れそうだ、戻そうか。就職活動に行き詰まっている一般人が六六六人衆に闇堕ちする事件が発生していてね。キミ達にそのうちのひとつの対処にあたって欲しいのさ」
     理由は分からない。けれど彼らはどういう訳か身近な人の首を跳ね、その首を持ったまま堂々と市街を移動しているのだという。
    「まるで買い物袋でもぶら下げるようにね。キミ達の相手になる『飯塚・スミレ』もその一人だよ」
     二十代前半、真面目で少し控えめ、時に考えすぎて塞ぎ込んでしまう事もある、けれど至って普通の若者だったスミレもまた六六六人衆へと闇堕ちし友人の首を跳ね、夜の街を歩いている。無差別殺人をしようとはしていないみたいだけれど、と言った桜が「でもね」と僅かに声のトーンを落とした。
    「自分の邪魔……っていうのかな、例えば手にした首について聞こうものなら──容赦なく殺されてしまうだろうね。とはいえ首を持って歩いている訳で、好奇心が強かったり正義感に溢れたりした人がそれを見たらどうだい? 尋ねてしまう人はいるだろう? だから、そうなる前に灼滅して欲しいのさ」
     スミレは友人を殺害した公園を出て、駅へと向かい移動している。仕掛けるのであればその間にある別の公園かな、と桜は言った。
    「そこを突っ切ると近道らしくて。街灯もあるし、広さも十分あるから戦うには困らないけれど、ただ数人の住人やリーマンなんかがいるからあらかじめ上手い事やってお帰り頂いておくれ」
     事前の人払いについてはやってもらって問題無いからさ、と。
    「飯塚スミレについてだけれど、殺人鬼と、WOKシールド相当のサイキックを使ってくるよ。くれぐれも油断をしないように──……あと、容赦もね」
     告げた声色は軽いけれど重い。
     それは、そうするしかないからだ。
    「彼女はもう、六六六人衆なんだ」
     それが例えどんなに、ろくでもない話だとしても。


    参加者
    結月・仁奈(華彩フィエリテ・d00171)
    玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)
    秋津・千穂(カリン・d02870)
    城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)
    桜庭・翔琉(徒桜・d07758)
    鍛冶・禄太(ロクロック・d10198)
    本田・優太朗(歩む者・d11395)
    天地・玲仁(哀歌奏でし・d13424)

    ■リプレイ

    ●幸福を得る為の手段
     闇堕ち自体を止める事が出来たのならば、どんなに良かっただろうか。
     仰ぎ見た夜空に瞬き始めた星を認めた城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)は叶わなかったそれに短く嘆息すると視線を戻した。街灯に照らされた遊具で遊んでいる子供はいない。
    「お兄さんは休憩中? 変な人を見つけたから、早く帰ったほうがいいよー」
    「変な人?」
     代わりに、ベンチに座りコンビニのコーヒーを飲んでいた学生に声を掛ける結月・仁奈(華彩フィエリテ・d00171)の姿を見る。怪訝そうに顔を上げた学生へと仁奈の後ろにいた天地・玲仁(哀歌奏でし・d13424)が少し固めの口調で付け足した。
    「近くで殺人事件が起き、犯人が逃走中なのだそうだ。危険だから、早く家に帰った方がいい」
    「げ、まじ? 教えてくれてありがとな!」
     あんた達も早く帰れよ、と告げて中身の残る紙コップを手にしたまま立ち去った学生が公園から出るまで見送って、玲仁もまた嘆息する。
     久しぶりに会った元級友から聞かされた話は気の重くなるもので、次は気楽な話をしたいものだねぇ、と送り出されたそれには全くだと思わざるを得ない。
    (「……俺も来年、再来年には人ごとではなくなっているのだろうか」)
     そうでない事を願いたい──浮かんだ嫌な考えを振り払うように身を翻し、玲仁は再び人払いへと戻った。
    「そうそう、早よ帰りやー。気ぃ付けてな」
     やがて、別の一般人を見送った鍛冶・禄太(ロクロック・d10198)は公園を見回す。自分達しかいなくなった事を確認出来たならば、後はスミレを待つのみだ。
    「……秋津ちゃんはどう思う?」
     ぽつりと呟くように問うた先には、霊犬の塩豆にこの後の事について言い含める秋津・千穂(カリン・d02870)の姿があった。しゃがんでいた千穂は顔を上げ、少しだけ考えて。
    「私は……負けたくない、かな」
     塩豆の背を撫でながら言った。
     その言葉の持つ意味は、深い。

     それから、少しの時間が経った頃。
     待っていた『それ』が公園に踏み込んだ瞬間、灼滅者達はすぐに気付いて視線を向けた。そして頭の隅で考える。
     ──スミレの友達は、望まずして体と分かたれたその人は、セミロングの髪で。ああ、言っていた。買い物袋のように、と。地面を引きずる形にならなかった事は、些細にも程がある幸運だろうか、と。
     その姿はあまりにも普通であり、異常だった。他の人間がするように、良い事があったからと駅への近道を軽い足取りで抜けるように、飯塚・スミレは歩いていた。夜風に乗って微かに聞こえてきた鼻歌は、認めたくなくとも彼女のものだった。
     桜庭・翔琉(徒桜・d07758)は思わず息を呑んだ。次いで沸き上がった感情は憎悪と復讐の念。いつも六六六人衆に感じるそれと一緒だった。仲間に一瞥の合図を送った翔琉は一歩を進む。
    「何処に行くんだ?」
     静かに問われたそれにスミレが一瞬だけ足を止めた。街灯の下に翔琉を認めるも、まるで無機物を見ただけのように表情も変えずにすぐまた歩き出す。そうして翔琉の横を通り過ぎた、その直後だった。
    「──その、首を持って。お前は何処に行くんだ」
     スミレの足が、完全に止まる。眼前に、するりと人影が割り込んだ。
    「此の侭お帰りいただく訳には参りまへんな」
     極めて柔らかな色を持つ京訛りで紡がれた言葉に、スミレの表情が変わる。そこに生まれたのは苛立ちだった。スミレと対峙した玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)はそれでも荒ぐ事無く彼女の道を塞ぐ。
    「奪い取った所で、あんたはんの手には入らへんよ」
     どんな幸福も、それはその人だけのもの。一浄の言に荒い声が響いた。
    「ッ! うるさい、そこをどけ! 私の就職の邪魔をするなら──」
     同時に噴出する殺気は繋ぎ止める糸が切れているという何よりの証。ざざ、と複数の人影──灼滅者達が動き出す。
     ろくでもない話を、これ以上ろくでもないものにしない為。そして少しでも早く、終わらせてあげる為に。

    ●堕ちた先の
    「殺されても文句は言えないよねぇ!?」
     無尽蔵に放出されたそれは途端に灼滅者達を、前衛達を纏めて呑み込んだ。大人しそうな外見とは酷く不釣り合いな殺気がびりびりと肌を刺し、そして纏わり付く光景を本田・優太朗(歩む者・d11395)は後方で目の当たりにする。
     こんな世界に巻き込まれて、救いようがないというのなら。ここで楽にしてあげる事が唯一の救いなんだとは優太朗は考えていた。その考えの根底には過去の出来事と誓い、贖罪、揺るがない決意があって。
     どす黒い殺気を振り払うように真っ先に影を繰った千波耶を一瞥した優太朗は、それから戦場全体へ目を向ける。
    「お前は可哀想なやつだな」
     物静かな声が落ちると同時に前衛達の為のシールドが展開された。それをした翔琉の前に玲仁が躍り出て、そのまま強烈な斬撃を放つ。まるで氷のように透き通った刃を通すと、スミレの顔が更に歪んだものに見えた。
    (「……いったい、どういった会社を受けていたのか」)
     弾かれ、腕に走る痺れを感じながら玲仁は僅かに目を細める。
     その時、こちらを見ていたスミレの先でスミレの背中を狙うように素早く誰かが滑り込んだ。それはまるで燕のように、音も無く。
    「奪い取った所で、あんたはんの手には入らへんよ」
     情けはある。けれど、容赦は無用と切り捨てて。告げるより早く一浄が放った斬撃がスミレの足取りを鈍らせた。
     力を使う時、自身の奥底に眠る衝動が目を覚まそうとする事があった。薄紙一枚の隔たり、闇との背中合わせ、いつ自分がそうなってしまうか分からないのだと宣告をされているようなそれを受け止める事が出来たのは他の誰かがいたからだ。堕ちる事なく生きてこられたこの世界は、一浄にとって守って生きなければならない世界だった。
    「やからこそ──違えた道は、断たして貰います」
     足を斬られても尚、スミレは立っている。邪魔者達を誰から殺してやろうかと荒々しく見回す姿に恐らく過去の面影は無い。
    「……」
     それを見つめ、千波耶は思い出していた。

    『自分を「要らない」って言われ続けると、確かに「要る」って言って貰わなきゃ生きていけない気がするのは……解るわよ』
     この公園を訪れたばかりの頃、話の流れで千波耶が零した言葉に一浄が静かに言ったのだ。
    『……否定され続けて他が幸せであるちゅう事は、人を狂わせるには充分やったね』
     そして、最後に仁奈が呟いた。僅かに俯いて、瞳を伏せて、ぽつりと。
    『……なんで、この結末しか選べなかったんだろう』

     結論はまだ、出ていない。この戦いが終わるまでに出るのかすら分からない。千波耶の眼前で、繰り出された影の先端が鋭い刃に形を変えた。
    「ねぇ、スミレさんが本当に就きたかった職業ってなにかな」
     その刃を弾こうと振り返ったスミレへと仁奈は問い掛ける。柔らかな華のような少女から紡がれたその声は僅かだけ低い。
    「お友達さんを殺して「普通」を捨てることなんかじゃないよね。大切なもの履き違えて何処に行くんですか」
    「黙れ、あんたに何が分かるっていうの!?」
    「……分からないよ」
     自分を想ってくれている人を殺せて嬉しいと思う、その気持ちは仁奈には分からない。分かりたくもない。浮かぶのは嫌悪でしかない。
    「スミレさん、それは力じゃないよ。ただ心の弱さを露呈させただけ」
     刃も、言葉も。スミレに届かなかった。それでもちらりと後方を見遣った仁奈はそのままふわりと横に動く。
    「鍛冶くん、よろしくね」
    「了解や秋津ちゃん」
     指輪をはめた手が真っ直ぐに、仁奈がそれまでいた場所の先──スミレを捉えるように伸び、軽快な返答と同時に断罪輪を繰った禄太が前衛達に向けたオーラの法陣を展開する。
     石化をもたらす呪いに顔を歪めるスミレへと、千穂は聞こえるように問い掛けた。応えてくれるか解らなくとも聞いてみたかった。
    「友達を殺めてでも貴方は「そこ」へ行きたいの? ……その会社しか、もう貴方には無いの?」
    「そうよ、私が「これ」を持って行けば、内定が貰えるの。私はそれが欲しいの、その為なら何だってするの、邪魔をする奴だって誰だって殺せるの!!」
     叫ぶスミレの口元は、歪んだように笑っていた。思わず息を呑んだ千穂の傍で、禄太が無意識のまま呟いた。
    「……ブラックどころやないやろ。んな結果欲しがるとこは」

     外界と音の遮断された公園内に、叫びと問い掛け、そして命を削り合う音が響く。幾度かの攻防を経ても足元の危うい感覚は覚えない。個々の力、判断、メディックの二人による無駄の無い回復。それらが重なっての事だというのは明らかだ。一方のスミレの呼吸が荒いのは、怒りによるものだけでは無い。身体を蝕むもの、直接的に受けるもの。それらが彼女をじわりじわりと終わりに近付ける。
     夜の色に白と黒が交じり合った。一瞬でスミレとの距離を詰めた優太朗はそのまま眩しい程に強烈な斬撃を繰り出すと同時に己の身体を高める。
    「これ以上、元人格の魂は苦しめさせません」
     絶対に──灼滅という形で──救う。それが優太朗の決意。
     スミレが攻撃を受ける度、避ける度、手にした頭部が乱雑に揺れた。早く。少しでも早く、それを返してあげたい。再度放出されたスミレの殺気を振り払うように千波耶は黒い長柄のロッドを握り締め、スミレへと走った。大きく振りかぶってスミレを殴りつけた瞬間に天辺の碧玉部分に幻想の梔子が花開き、スミレの体内に衝撃が走る。
    「ねぇ、あなたの就職先って、HKT?」
    「邪魔しないで、しないでよ、どうして邪魔するのよ、みんな、みんなみんな!」
     問い掛けに対する返答は返答にならぬただの癇癪。全てを拒絶するように、スミレの両手で強く押された千波耶は後方に退いた。
     上手とて得意は此方も同じ──だからこそ死角を作らない事の重要性を知っていた。一撃の重さに油断してはならない事を知っていた。二度目の殺気に呑まれる事なく地を蹴った一浄は手の中の槍を強く握る。加えるのは螺旋の如き捻り、漆黒の翼が絶つのは邪。突き出されたそれがスミレの脇腹を穿った瞬間に友人の頭部が手から離れた。
    「!」
     禄太の目が素早くそれを追いかける。
     本当ならば今すぐにでも奪い返して、傷つかないように安全な所へ遠ざけてあげたい。けれどそれが出来ないならば。
    「人を……友人を殺すことに何の躊躇いも無いお前は最早人ではない」
     そういう意味では自分達も同じかもしれない──挑発めいた言葉に続くそれは胸中に留め、翔琉は素早くスミレの死角を見極め、斬り付けた。
     友人の命と引き換えに内定を貰った所で、待っているのは安泰ではなく絶望だけだというのに。零れた嘆息はスミレの呻き声に隠れる。
    「天地さん」
    「ああ」
     連携を促す翔琉の呼び掛けに応え、仕掛ける前に玲仁は後方に素早く視線を走らせた。彼の連れるビハインド、響華さん。普段は守って貰う事も多い彼女を、今回守るのは自分のほうだ。縛霊手に内蔵した祭壇を展開させる玲仁に慣れた様子で合わせる姿を認め、玲仁は前を向き直した。
    「みんな、頑張って!」
     癒すだけじゃない、この声で仲間の背を押したい。千穂の激励に呼応するように塩豆の吠える声がする。力強く駆けた塩豆が咥えた刀を繰って応戦する様と皆の消耗具合、何よりスミレの様子に押し切るべき時が来たと。禄太は本能でそれを感じ取った。
    「秋津ちゃん、いこか」
    「鍛冶くん。……そうね」
     戻れない子に情をやったら可哀想な首が増える。陽の下じゃ笑えない外道の路に踏み込んでしまう。それを止める為に、これまで回復に徹してきた禄太が取ったのは──迷いの無い攻勢。
     千穂の足元から伸びる影が刃へと、これまで仲間を癒やし続けてきた禄太がその車輪を用いて罪を断ち切る転輪となった。
    「いやだ、絶対にいやだ! 私は、就職をするの、それで幸せになるの!!」
     誰でも構わない、とにかく始末を。ほぼ我を忘れたスミレがシールドを纏う拳を振り上げたその瞬間に斬撃が空を走り、腕が切り裂かれ、落ちた。ぴたりと黙ったスミレが落ちたそれを見開いたままの目で追いかける。そして『それ』と──地面に転がる、自らが殺した友人と、目を合わせた。
    「……」
     僅かに動いた口元が何を紡ごうとするとほぼ同時、更に連なった攻撃を背中から受ける。やけにゆっくりと振り返るも視界が赤黒く遮断される。
    「……しょうもないこと、しよってからに」
     そそのかしたのは、こんな事になったきっかけは誰だったのか。やるせなく零れた禄太の呟きがノイズのように頭の中で響き、途切れた。
     それが道を誤ってしまった若者、六六六人衆、飯塚・スミレの終わりだった。

    ●道の終わり
     スミレの遺体は、弔いの言葉と共に物陰へ。残された友人の首を拾い上げて布に包んだ禄太は告げる。
    「これ位しか出来んで……ごめんな」
     命も、姿も。戻してやる事は出来ないけれど。歩み寄った一浄が先刻スミレにしたように薄く開いていた首の瞼をそっと閉じれば、まるで眠りについたようで。手を合わせ「ゆっくりおやすみ下さい」と告げた仁奈が僅かに目を伏せながら言った。
    「出来れば、身体のところに」
     してあげられる事と言えばそれだけだ。千穂が同意するように仁奈の肩に手を置いて、頷いた。
    「家族の所に、揃った状態で返してあげないと」
    「せめてもの冥福、か」
     千波耶と翔琉の会話を聞きながら、玲仁は一歩を退いた所で空を仰ぐ。
    「就活生にはなにか類似点でもあるのでしょうか……?」
    「どう、なんだろうな」
     優太朗が零した疑問に対する答えは出ない。
     スミレが向かっていたのはどこだったのだろうか。
     彼女の描いた『幸福』は何だったのだろうか。
     それは、花が散ってしまった今ではもう、分からない。

    作者:笠原獏 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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