狂乱のスサノオ

    作者:J九郎

     ドウッ!!
     轟音と共に、巨大な白き狼が、大地に叩きつけられた。
    「グルルルッ……」
     四肢を踏ん張り、かろうじて立ち上がった金色の目を持つ白狼――スサノオの周囲を踊るような動きではね回るのは、インド風の衣装をまとった踊り子のような姿の女性だ。
    「ガアッ!」
     スサノオは鋭い爪を振り回してその女性に襲いかかるが、女性は舞うように軽やかな動きで攻撃をかわしつつ、逆にスサノオに強烈な蹴りを次々と叩き込んでいった。
     耐えきれずくずおれたスサノオに、女性は軽やかな足取りで近づくと、無造作にその腹部に手刀を打ち込む。
     苦痛に身をよじるスサノオに気をとめることなく、手を引き抜いた女性の手には、白い炎の塊が握られていた――。
     
    「嗚呼、サイキックアブソーバーの声が聞こえる……。何者かとの戦いに敗れたスサノオが、暴れだそうとしていると」
     神堂・妖(目隠れエクスブレイン・dn0137)は、陰鬱な様子で集まった灼滅者達にそう告げた。
    「何者かって、おら達とは別の群れの人狼とか、武蔵坂以外の灼滅者とかじゃないんだべか?」
     叢雲・ねね子(小学生人狼・dn0200)の問いに、妖は首を横に振った。
    「……そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない。その何者かについては、全く予知できなかった」
     そして今重要なのは、敗れたスサノオの動向だ。
    「……戦いに敗れ命の源を奪われたスサノオは、力を取り戻すべく、人里に降りて無差別に人間を貪り食おうとしてる」
    「う~ん。おら、スサノオが人を喰らって生き延びたって話は聞いたことがないずら」
     ねね子が首をひねる。
    「……それでスサノオが本当に生き延びられるのかは分からないけど、このままじゃ多数の犠牲者が出る。みんなにはそれを防いでもらいたいの」
     スサノオは今、高速道路を通って人里を目指しているようだ。
    「……幸いこのスサノオは、古の畏れを蘇らせたことはないみたいだから、古の畏れの能力は使えない。でも、爪と牙を使って人狼やファイアブラッドに似たサイキックを使ってくるから、決して油断しないで」
     そして、もし戦いが15分経過しても決着が付かなかった場合、弱ったスサノオは力を使い果たして消滅してしまうという。
    「……でも、消える直前には最期の力を振り絞って、スサノオの力は大きく上昇する。できれば、15分経つ前に倒してしまった方がいいと思う」
    「スサノオを倒すのはおら達人狼の――いんや、灼滅者の役目だべ。絶対スサノオに、人を襲わせたりはしないずら!」
     ねね子の言葉に、周囲の灼滅者達も一斉に強く頷いたのだった。


    参加者
    三兎・柚來(無垢な記憶の探求者・d00716)
    小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)
    興守・理利(明鏡の途・d23317)
    望月・璃駆(白火繚乱・d24961)
    日輪・こころ(汝は人狼なりや・d27477)
    日輪・美薙(汝は人狼なりや・d27485)
    日輪・朔太郎(汝は人狼なりや・d27538)
    神山・楼暗(白き堕人狼・d28713)

    ■リプレイ

    ●スサノオを待ち構えて
     高速道路の待避所で、灼滅者達はスサノオを待ち構えていた。
    「じゃあ、ねね子ちゃんにもスサノオを傷つけた相手に心当たりはないのね?」
     日輪・こころ(汝は人狼なりや・d27477)の問いかけに、叢雲・ねね子(小学生人狼・dn0200)がコクコクと頷く。
    「う~ん。状況は不明瞭ですが、終わらせて差し上げるのも、私達の務めでしょうね」
     日輪・美薙(汝は人狼なりや・d27485)は、スサノオを襲撃した存在を気にしつつも、まずはスサノオを止める事こそが先決と気持ちを切り替えた。
    「ヒヒヒ……、そろそろスサノオのお出ましみたいだねぇ……」
     皆の会話に耳を傾けながらも高速道路の彼方に注意を払っていた日輪・朔太郎(汝は人狼なりや・d27538)の言葉に、一気に灼滅者達に緊張が走った。
    「じゃあ、おれと叢雲は、予定通り道路の封鎖に向かいます」
     興守・理利(明鏡の途・d23317)はねね子に目で合図を送ると、道路を封鎖すべく駆け出していく。その後ろからは、サポートに駆けつけた灼滅者達が続いていった。
    「ねね子殿、お互い、頑張るでござるよ」
     望月・璃駆(白火繚乱・d24961)が、理利とは反対方向に駆け出そうとするねね子に声を掛ける。
    「璃駆も初依頼頑張るずら!」
     クラスメイトでもある璃駆の激励に、ねね子はそう返すと、猛ダッシュで駆け出していった。ねね子の後に続くのは、主に人狼の灼滅者達。
     金の瞳を持つスサノオの灼滅作戦は、こうして始まった。

    ●高速道路を封鎖せよ
     一足先に動き出した日輪一族の日輪・玲迦と日輪・天代は、それぞれ上りと下りの最も近い入り口に向かい、車の高速道への侵入を防ぐべく、殺界形成を発動させた。
    「おっと、悪いな。此処から先は通行止めだ。無茶なことを言うが、引き返してくれ」
     急な道路封鎖でスピードを殺しきれない自動車を玲迦が押し止める。
     一方、三角表示板を設置していた天代は戦場となるであろう方へと視線を向け、日輪の群れの3人、特に妹のこころの無事を祈るのだった。

     理利は戦闘の余波が届かないであろうギリギリの場所で足を止めると、手早く用意してきた三角コーン&バーを並べていく。
     理利と親交のある万事・錠はその間、道路整備スタッフのユニフォームを着て誘導灯で車両を制止させていた。
     さらに四月一日・いろはが発煙筒を複数焚いて、矢印の誘導版を目立つように設置。別の出口から降りる様に車両を誘導していく。
    「すまんな。現在此処からは先は通行止めとなっておる」
     何事かと車から降りてきたドライバー達に対しては、レティシア・ホワイトローズが密かにラブフェロモンを発動させつつ、事情を説明していった。
     それでも苦情を言って無理に突破しようという荒っぽいドライバーもいるにはいたが、それに気付いた赤城・かえでが王者の風を発動し、無理矢理言うことを聞かせていく。
    「それにしても、スサノオに手傷を負わせるなど、一体、何者なのでしょうかねぇ……。それなりに力のある存在なのでしょうが……」
     紅羽・流希は道路封鎖を手伝いつつも、そんな呟きを口にしていた。

     一方、反対の方角ではねね子を中心に、同じく道路の封鎖作業が行われていた。
     志賀野・友衛が発煙筒や三角表示板を使って事故を装い、動きを止めた自動車のドライバーに対してはエリアル・リッグデルムが王者の風を使ってその場から動かないように威圧していく。
    「こ、こっち……だ。あっちは……あ、危ない……ぞ」
     日輪・戦火はラブフェロモンを使ってドライバー達に自主的な避難を促し、木野山・天音は殺界形成で道路の封鎖を補佐していった。
     日輪・ユァトムも封鎖作業を手伝いながら、
    「あ、あのスサノオ……どうして瀕死……なんだろうね」
     同い年の人狼であるねね子に、ふと疑問に思ったことを口にしてみる。
    「うーん、おら達人狼以外にも、スサノオと戦ってるものがいるんだべか?」
     三角コーンを並べているねね子も、不可解そうな表情を浮かべていた。

    「封鎖は完了したわ! 一般人はこっちで守る! だから、スサノオを止めて!」
     殺界形成を発動させたアルスメリア・シアリングが、封鎖作業の指揮を執る理利に声を掛ける。この場を離れてもいいものか迷いを見せる理利の背中を押すように、錠が、
    「ココは俺等に任せて、お前は行って来い。怪我したって構わねェ、ただし必ず帰って来いよ?」
     そう激励の言葉を投げた。
    「……では、後は宜しくお願いします」
     理利は封鎖作業を続ける仲間達に一礼すると、戦場となっているであろう地点へ向けて、駆けだしていった。

    ●駆け抜けるスサノオ
     白い毛並みを持つ巨大な獣が、高速道路を疾走していた。手負いとなり、冷静さを欠いている金の瞳のスサノオは、いつの間にか周囲に一台も自動車が走っていない事にも気付いていない。
     そしてそんなスサノオの進行方向に、立ちはだかる者達がいた。
    「こっから先は、通行止め……だよ」
     両腕を広げて立ちはだかっていた三兎・柚來(無垢な記憶の探求者・d00716)の右腕が、見る見る異形のものへと変化していく。
    「ガルルルッ!」
     スサノオは苛立たしげに唸ると、白い炎を纏った前脚で柚來を薙ぎ払おうとした。スサノオの前脚と鬼神化した柚來の右腕が互いを捉え、激しい衝撃を巻き起こす。だがスサノオは、その衝撃を利用して高速道路の側壁まで跳ぶと、壁を蹴って再び駆け出した。
    「止まる気がないというなら、殴って止めましょう」
     そんなスサノオ目掛けて、小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)がサイキックソードを横凪ぎに振り抜いた。剣から放たれた光の刃が、スサノオの白い毛皮を切り裂く。その一瞬、優雨はスサノオの腹部に穿たれた、黒い穴を目にした。恐らくあれが、謎の襲撃者から白き炎を抜き取られた痕……。
     光刃の一撃で動きの鈍ったスサノオの前に、一匹の白い狼が飛び出した。と、その姿が見る間に人の姿へと変じていく。
    「白き狼の天地夢想の舞をおみせましょう」
     今まで狼の姿で身を潜めていた神山・楼暗(白き堕人狼・d28713)は、そのまま地面に縛霊手を突きつけ、叫んだ。
    「ここを突破なんてさせません! 結界よ、その者の動きを奪え!」
     たちまちスサノオの周囲を除霊結界が包み込み、その動きを封じ込める。
    「さてさて、色々気になることはあるけどねぇ……。まずはスサノオを片付けようかぁ……」
     朔太郎がイヒヒ……と笑いながら、動きを封じられたスサノオの前に立ち、白き炎で自らの身を包み込んだ。
    「さあ、お前と同じ『白き炎』だよぉ……。力を回復させるなら人狼である自分を狙った方が良いんじゃないかなぁ……」
     同じように、こころもWOKシールドを構えてスサノオに体ごとぶつかっていきながら、挑発の言葉を口にする。
    「頭の悪そうなスサノオね。二本足なんかよりもっと上等な相手がいることも分からないなんて。さあこっちにいらっしゃい。こころが喰らい尽くしてあげる」
     それは、スサノオを高速道路の外へと誘導する作戦だった。道路の封鎖には成功したものの、いつまで封鎖しておけるか分からない以上、なるべく人の少ない戦闘向きな場所へと誘導した方が得策と考えたのだ。だが、スサノオは二人の放つ白い炎を見ても、特に反応も示さず、結界を破壊すべく身をよじっていた。
    「特に人狼を狙ってくるってわけじゃないみたいですねぇ」
     美薙が、スサノオを包囲した仲間達にジャミング効果のある白き炎を付与しつつ、そう呟く。
    「ならば、この場で止めるだけでござる! 何に駆りたてられたのかは存じませぬが、人里に下り凶行を果たさせるわけにはいかぬでござる!」
     璃駆が忍者刀型のクルセイドソードを手にスサノオに斬りかかり、
    「最初から、思いっきり……行くよ……?」
     柚來が『兎たちの指揮棒』をスサノオに突きつけ、魔力を爆発させた。
    「グルオオオッ!!」
     対するスサノオは、狂ったように爪を振るい、灼滅者達に襲いかかる。本能に突き動かされたような荒い攻撃だが、一撃一撃の威力は重く、その爪は鋭い。
    「何者かに攻撃されて暴れるほど痛いのですね……。灼滅することでしか助けれないのが悔しいです」
     楼暗がスサノオの白き炎を押さえ込むように妖冷弾を放ちつつ、その痛ましい有り様に思わず顔を歪める。
     やがて、
    「お待たせしました!」
    「おらも参戦するずら!」
     道路の封鎖に向かっていた理利とねね子もスサノオの包囲に加わり、戦いはますます激化していった。

    ●燃え尽きる寸前の炎のように
    「グルルッ!!」
     スサノオの前脚から赤い炎が噴き上がり、白き炎と混じり合う。そのまま燃えさかる前脚で、柚來を斬りつける。
    「させないよぉ……!」
     そこへ朔太郎が割って入り、身を盾にして攻撃を防いだ。
    「朔太郎さん、援護しますねぇ」
     美薙がすかさず祭霊光を飛ばすと、朔太郎の服へと引火していた炎がたちまち消火されていく。
     その間にも、優雨がローラーダッシュでスサノオの周囲を駆けめぐりながら手にした槍『Cocytus』の突きを繰り出し、柚來が連続で拳を叩きつけていった。忽那・まひろも、 蛇艦刀を振り回してスサノオを牽制する。
    「……今のこころなら、スサノオと戦っても負けないの」
     こころは守りを固めつつも、スサノオの攻撃に傷ついた仲間を癒し、
    「全て狩り尽くします」
    「ここで食い止めるでござる」
     楼暗と璃駆は腕だけを半獣化させての一撃離脱戦法でスサノオの体力を削いでいった。
     だが、スサノオは更に荒れ狂い、炎を撒き散らしながら爪を振るい、牙で噛み付かんとする。
    「さすがに強い……。この強さがさらに強くなるとしたら……危険ですね」
     チラッと時計に目を向けた理利は、タイムリミットが間近に迫っていることに気付いた。道路封鎖や誘い出しに手を回していなければあるいは仕留めることもできていたかもしれないが、それでは被害が広がっていただろう。
     果たして、
    「グルウウウウウウっ!!」
     唐突に、スサノオが一際高く咆えた。するとスサノオの胸に穿たれた穴から、突如凄まじい勢いで白き炎が噴き上がり、スサノオの全身を包みこんでいく。それはまるで、消える直前に一瞬大きくなる蝋燭の炎のようで。
    「痛く、辛く、苦しいんですねぇ」
     これまで後衛から回復に当たっていた美薙が痛ましそうにスサノオを見やりながら、守りを固める朔太郎とこころの横に並ぶ。
    「後少し耐えきれば、終わりでござるな」
    「取りあえずは、ここでその命を燃え尽きさせてもらいましょうか」
     璃駆と優雨もまた、攻撃から守りへとシフトを移す。
    「グオオオオオオオッ!!」
     全身を白き炎と化したスサノオが、前衛で守りを固める灼滅者の中に飛び込んでいった。その様は、炎で出来た竜巻のごとく。
    「こころを守ってね」
     全身を焼く業火に耐えつつ、こころはそっと指に嵌めた指輪に目を向け、そう祈る。
    「しかしまさか、ここまで力が強くなるなんて」
     予想していたよりも遙かに強力な炎にさらされ、優雨は歯を食いしばった。
     そんな中、璃駆は炎の猛威の前に、限界を迎えようとしていた。
    (「所詮は人造灼滅者になるまで、本来の日本狼の姿にすら変身できなかった落ちこぼれ人狼。日輪の方々や神山殿、そしてねね子殿のような純粋な人狼のように戦うことなど出来なかったでござるか……」)
     そんなコンプレックスが脳裏をよぎり、意識が飛びそうになる寸前、
    (「でも、だからこそ、ダークネスを相手に戦うのであれば果敢に立ち向かいたいと誓ったはずでござる!」)
     そんな強い想いが、肉体のダメージを凌駕したのか、璃駆は辛うじて意識をつなぎ止めた。
    「白き炎よ、皆さんを優しく包み込んでください」
     前衛陣を飲み込む白い炎を、楼暗が放った白い炎がわずかだが押し返す。
    「スサノオ……消えるのは可哀相な気がするけど、これ以上被害を出すわけにはいかない……ね」
     そんな中、柚來は荒れ狂う炎の塊と化したスサノオに、敢えて飛び込んでいった。
     鬼神と化した右腕が大きく振るわれ、炎の中心部に撃ち込まれる。
    「グルオオオオオオッ!!」
     その一撃が致命傷となったのか、それとも残された命を使い果たしたのか。
     スサノオの炎が急激にしぼんでいき、やがて蝋燭が燃え尽きるように、パッと最期の輝きを残し、消え去った。
     それが、白い炎の塊を奪われた、金の瞳のスサノオの最期だった。

    「スサノオの、死に抗う姿は鮮烈でした……」
     理利は感嘆に近い呟きを漏らしつつ、道路の封鎖を解除すべく駆け出していく。柚來とねね子も、封鎖の解除を手伝うべく、それぞれに駆け出していった。
    「ゆっくり、お眠りなさいな」
     美薙がそっと手を合わせ、朔太郎とこころもそれにならう。
    「ごめんなさい、こんな方法でしか助けれなくて……。アナタに酷い傷を追わせた者は必ず見つけ出します!」
     楼暗はスサノオから白い炎の塊を奪った者の手がかりがないか、周囲を一通り調べて回ったが、残念ながらめぼしい成果は上げられなかった。
    「人を喰らってでも生き延びようとするスサノオと、ダークネスを灼滅して灼滅者でいようとする私たち……。似たようなものですね」
     優雨がそっと呟く。
     いつの間にか降り出した雨が、戦いの痕跡を優しく洗い流していった。

    作者:J九郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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