消えゆく炎

    作者:立川司郎

     周囲は暗闇に包まれ、風がざあざあと木々を鳴らしていた。静かに川を下っていく漆黒の獣は、静寂の中でぴたりと足を止める。
     この夜闇の中で鳴くのは、雑多な生物や風に鳴く木々だけであろう。
     おかしい。
     漆黒の狼は、そう感じているように鼻面を上げる。どこかから、何かが忍び寄る気配。
     ざあ、と強い風が吹き荒れると、狼の体に黒い影が落ちた。
    「……」
     物言わぬが、彼女は黒い狼と目が合うと唇をゆがめて笑った。
     ゆるりと動きだし、まるで踊るように狼へ滑り寄る。身を翻して食いかかった狼をいなすように受け流し、ひょいと後方へと飛び退いた。
     獣の瞬発力を生かして食らいつこうとする漆黒の狼も、この女の手にかかるとまるで赤子のようだった。
     くすりと笑い、身を寄せる。
     勝負は、女が汗もかかぬうちに決まった。ずるりと崩れ落ちた狼に手を伸ばし、女が意識を集中させる。
     やがて狼から白い炎が漏れ出ると、息も絶え絶えの狼を残して女は踵を返したのだった。
     
     思案していた相良・隼人(高校生エクスブレイン・dn0022)は、やがて深くため息をひとつ付いた。
     差し出したのは、四国の愛媛の山岳地である。
     そこにスサノオが居る、と隼人は告げた。
     しかし浮かない様子の隼人。
    「……こいつは今まで四国行脚をしていたスサノオだ。いよいよ愛媛に来たらしいが、そこで何者かに襲撃されたらしい」
     スサノオは瀕死の体を引きずり、麓の町までやってきたという。
     山間にある静かな町であるが、スサノオの行き着く先には小学校があり、子供達が学校に通っている。
     しかも、ちょうど朝の登校時間で、子供がまだ校庭にいる時間であるという。
    「このままだと、多数の子供が犠牲になる。その前に何とかスサノオを倒してくれ」
     隼人の言うスサノオの経路は、山間から麓の神社を通り、そこから民家と田畑のあぜ道を通って中学校にたどり着く。
    「一つは神社、もう一つは田んぼの中で戦う事になるな。どっちでもいいが、田んぼで逃げられたら中学校まであと少しだ。社の方は逃げられる心配はないが、ちょうど祭りの相談で大人が数人居るはずだ」
     スサノオはどのタイミングで仕掛けたとしても、戦闘を仕掛けると15分ほどで体力を使い果たしてしまうだろうと隼人は言う。
     勝つだけならば15分引き留めて戦っていればいいが、残り三分を切るとスサノオの戦力が一気に増大する為注意が必要だ。
    「このスサノオは今まで四国でよみがえらせた古の畏れの力を備えている。だいたい氷系は効きにくいから気をつけろよ」
     謎の多い依頼であるが、まずはスサノオを止める事が先決だ。隼人は心配そうに、皆を見送ったのだった。


    参加者
    六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)
    紀伊野・壱里(風軌・d02556)
    三条・美潮(大学生サウンドソルジャー・d03943)
    志賀野・友衛(高校生人狼・d03990)
    シア・クリーク(知識探求者・d10947)
    ワルゼー・マシュヴァンテ(教導のツァオベリン・d11167)
    山田・霞(オッサン系マッチョファイター・d25173)
    炎帝・軛(アポカリプスの宴・d28512)

    ■リプレイ

     闇の帳が、朝日によって消えゆく時刻。
     冷たい早朝の空気の中、灼滅者達はあぜ道を走り続ける。既に確認済みの道のりを、全力で向かう八名たちの視界に赤い鳥居が映った。
     先頭にいた六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)は、神社から混乱が感じられない事にほっと息をつくと、後ろに声を掛ける。
    「まだスサノオは此処に来ていないようですね」
    「スサノオが来るまでは、俺も手伝おう」
     紀伊野・壱里(風軌・d02556)がそう仲間に了承を得るように視線を向けると、三条・美潮(大学生サウンドソルジャー・d03943)が笑顔でうなずいた。八人は互いに役割を認識し、神社に駆け込むと即座に行動に移す。
     まずは、境内に四人。
     社務所の中に何人か居る気配がするが、裏手にはどうだろうか。
     静香は周囲を確認しながら、そのうちの一人の元へ駆け寄った。
    「お話中、すみません。実は先ほど、この近くで殺傷事件が起きたそうです。皆さん、しばらく社務所の中に居てくださいませんか?」
     静香の話を聞いても状況を把握していないようであったが、静香が王者の風で威圧するとびくりと体を竦ませた。
     スサノオが目前に迫っている事もあり、静香も表情が硬い。
     その勢いに押され、境内にいた大人達が社務所の方へと歩き出した。その背を押しながら、他に何人居るのかと問い詰める。
    「裏手には居なかった。社務所の中と彼らで全員だと思うよ」
     裏手に回った壱里はそう言うと、静香を手伝って怯えた様子の彼らを押して社務所へと追いやった。
     裏手の方と表側は、残った六名で監視しようとワルゼー・マシュヴァンテ(教導のツァオベリン・d11167)が提案する。
    「時間的にも、すぐにも来ておかしくない。みな注意して待機せよ」
     ロッドを片手に構えたまま、ワルゼーが皆に警戒を促す。
     明け行く空の下でも、裏手の林は薄闇に包まれていた。そこにじっと目を凝らす美潮は友達でも探しているような表情であったが、視線は鋭い。
    「どっちか来るんスかね」
    「まだか…」
     襟元を指で上げながら、炎帝・軛(アポカリプスの宴・d28512)が呟く。
     その時、美潮がぴくりと顔を上げた。状況を察した静香が、林の方へとちらりと視線を向ける。しかし相手をするのは仲間の役目、と静香は社の大人達を社務所へと追い立てた。
     時折速度を緩めながら、のそりと影が現れる。
    「早く逃げよ!」
     軛はそう言いながら、殺気を放った。
     これ以上社に人が立ち入らぬように放った殺気は、凛とした声とともに林に響き渡る。
     ぐるりと周囲を見まわすと、スサノオはうなり声を上げた。スサノオと一般人の間には、そろりと山田・霞(オッサン系マッチョファイター・d25173)とシア・クリーク(知識探求者・d10947)が割って入り睨み合う。
    「酷く衰弱しているな。傷は少ないのに、動きが鈍い」
     スサノオの様態を見抜き、軛が言った。
     恐らくそれだけ相手の力が優れていたという事だろう、とワルゼーが答える。拮抗していればしている程、浅い傷が増えていた事だろう。
     スサノオを軽くいなしてしまうとは、なんと恐ろしい事か、と軛は目を細めた。
    「黒きスサノオよ、わが一族の誓いに由ってお前を討たせて貰う!」
     その黒い体躯が飛び込んで来ても、焦る事なく天星弓を番える。つっこんで来たスサノオを受け止めたのは、霞であった。
    「さて、制限時間はあと15分…出来れば巻き添え食う前に倒したいもんだが」
     霞はスサノオが喰らい付いた腕を見下ろし、言った。
     体から力は抜けてしまっていたが、その黒い体躯は未だ多くの力を残している。爛々と輝く目は、ぎょろりと灼滅者達を睨み付ける。
    「最後に力比べといこうか、犬っころ」
     挑発するような霞の言葉を理解したかのように、スサノオがうなり声を上げた。傷を負ってもそのうなり声から漏れる威圧感、それは笑みすらこぼれる程の凄まじい殺気。

     スサノオを引き留めている仲間の甲斐もあり、静香はようやく最後の一人を社務所に連れて行く事が出来た。
    「……全員居ますね。カーテンも全て閉めて、奥でじっとしていてください。……声は出さないように、助けがじきに来ますからそれまではここから出ないように!」
     強く言い聞かせると、静香は扉を閉めた。
     静香が駆け回っている間も、開幕から残り七人は攻めた。
    「スサノオ、君はここを通り抜ける事は出来ない。俺達が君の前に立ちはだかったんだから」
     仲間を信じる壱里の言葉は、必ず勝つという意志の現れでもあった。スサノオの攻撃を受けて引き寄せる霞に代わり、白光の残像を残しつつ切り裂く。
     黒いスサノオの体に白光が映る度、漆黒の毛並みが割かれていった。
     スサノオはぎろりと壱里の方を向き直るが、自身を包んだ霧から飛び出したシアが接近。
     ゆるりと死角に回り込み、剣で切り上げた。
     確かな手応えを感じ、シアはスサノオの反撃を把握する。
     足を止め、攻撃は剣で受け止めるシア。スサノオの勢いは剣で受け止める事は出来ず、剣ごとシアの体に喰らい付いた。
    「凄いね……まだそんなに執念があるんだ。まだ、そんなに怒りがあるんだ」
     そのスサノオの様子に、シアは何かを呟く。
     横合いから槍で貫きながら、志賀野・友衛(高校生人狼・d03990)がスサノオの様子について静かな声でシアへ話した。それが獣であり、それがスサノオであると。
    「特に手負いの獣は恐ろしいと言う。……スサノオ。お前とこんな形で遭遇するとはな」
     話しかけるように、友衛が言う。スサノオを押し返すと、距離を取りながらシアがちらりと友衛を見て笑みを浮かべた。
    「聞こえてるかな、スサノオは」
    「分からん。……だが聞きたい」
     何か語りかけるような友衛に、シアが前に立ってスサノオを押しとどめる。
     喰らい付いたまま離さないスサノオの様子に、シアは霧で痛みを散らしつつ引きはがそうと試みた。
     その様子は、どこか楽しそうにも見える。
    「スサノオを凌駕する程の圧倒的な力……ああ、知りたいなぁ」
     じっとスサノオを見つめるシアは、美潮が放った癒やしの矢を受けて集中力を取り戻した。今はともかく、スサノオを倒してしまわなければならない。
    「手負いたぁ聞いちゃいたが、骨が折れんねコイツは」
     美潮がそう言い笑う。
     咆哮を上げて氷刃を放ったスサノオの攻撃を手で庇いながら、シアは影を放った。
     影がスサノオの体を喰らうのと、シアが氷に穿たれるのは同時であった。だがそれ以上の攻撃はせず、シアは一息ついて霧を放った。
    「……聞きたいこと、聞けそう?」
     ひたすら槍で食いつく友衛を気遣うように、シアが問いかけた。
     何の為に、こんな事をしていたのか。
     誰がお前を追い詰めたのか。
    「……答えろ!」
     友衛は、喉の奥から絞り出すように言った。
     静香が戻って来たのは、丁度その頃であった。
     とっさに彼女に喰らい付いたスサノオの牙を、霞が受け止める。静香は霞に感謝の言葉を言うと、刀を構えて後ろに下がった。
    「まずは一太刀。焔斬葬華……荒ぶる神の爪とて斬り裂く剣舞を」
     ゆるりと流れるように踏みだし、静香が刃を斬り降ろす。
     中段からの一太刀であったが、踏み込みと刃の軌跡は確実にスサノオの鼻先を狙う。頭部をバッサリと切られたスサノオが、一瞬怯んで後ろに引き下がった。
     再び中段に構えた静香は、ふと視線を伏せる。
    「あなたの荒ぶる御霊を、必ずここに鎮めましょう」
     次第に、スサノオの勢いは火が消えるように衰えていた。
     到着した静香の耳に、仲間を鼓舞するうたが聞こえる。
     美潮は、シアに、そして霞にうたを届ける。
    「まだ終わっちゃいないっスよ。ここを突破されないように、頑張るッス」
     仲間と戦線を支える為の、美潮の声が聞こえた。

     符のようなものを使って傷を塞いだスサノオは、再び氷刃を降らせた。
     冷たい朝の空気が、氷刃によってより冷たく感じる。
     攻撃方法を切り替えながら探っていたワルゼーであったが、どうにも当たり外れの善し悪しが掴めず、自分が使いやすい直接攻撃に切り替えて攻めていた。
     しかし、やがて制限時間も半分を過ぎた。
    「……あと6分だ」
     軛の声を聞き、ワルゼーが思案する。
     今まで幾度かスサノオと戦って来たが、そのたび手を焼かされたものだ。それがここまで追い詰められるとは、たしかにワルゼーも少し気になっている。
     スサノオの攻撃を受け続ける霞とシアはまだ余裕があるようだったが、それも残り三分を切るとダメージが一気に増すという。
    「さて、スサノオはそれまでの古の畏れと力加減に関連がある事が多いが、此度もそうか?」
     ワルゼーが言うと、友衛がふと思いだしたように表情を変えた。
    「試してみたいと思っていたんだ。このスサノオが呼び覚ました古の畏れの中に、炎がよく効いたものが居た。もしかすると、このスサノオもその弱点を持ち合わせているかもしれない」
     そう言うと、友衛がエアシューズを滑らせた。
     ならば、とワルゼーは薄く笑ってロッドを構える。
    「しばし隙を作ってやろう。……出来るか?」
     ちらりとワルゼーが霞を見やると、彼も頷いた。盾を構え、霞も飛び出したいのを押さえながら仲間の攻撃を待つ。
     異形化させた腕でスサノオの体をワルゼーが引き裂くと、動きが鈍ったスサノオに軛も縛霊手の霊糸で絡め取る。
     ぐいぐいと引くスサノオの力に、軛は足を張って耐え続ける。
     口を開けば、捕縛が解けてしまいそうで軛は息を飲み込んだ。
    「これも、お前が喰らった力だ!」
     スサノオの元に滑り込むと、友衛がふわりと体を浮かして蹴りを叩き込んだ。炎がスサノオの黒い体毛に燃えつき、広がっていく。
     スサノオから言葉は返ってこなくても、こうして戦って来た事の一つ一つが無意味ではない。
     炎が広がるスサノオに、そう確信していた。
    「効いているようだね」
     壱里は彼女の攻撃を見て、自分もスサノオに炎で攻め立てた。
     続けて静香が刃で切り裂くと、その傷口がまた静香の炎で焼かれていく。次第にスサノオの漆黒の体は、焼かれて傷だらけになっていった。
    「さて、あと4分だ」
     ワルゼーが霞をちらりと見る。
     計算では、この攻撃に耐えられれば次は大暴走が待っている事になる。しかし、全員で炎を使って押してはどうか……とワルゼーは思う。
     自分は炎が使えないが、仲間は使える者が多い。
    「倒せるというならば、それを信じて我も支えよう」
    「行くしかあるまい」
     霞はワルゼーに言うと、盾を前面に押し出して突っ込んだ。符を使うスサノオに対し、霞はワルゼーと共にスサノオの勢いを殺して姿勢を崩す。
     大きく蹴り上げた霞の脚力でスサノオが吹き飛び、炎に包まれた。
    「これで終わりか?」
     霞の挑発に、スサノオがよろりと立ち上がる。
     その体には、軛の影がしっかりと絡みついていた。言葉は少ないが、軛もまた死力を尽くしてスサノオを押さえつけているのである。
     更にもう一撃、壱里が蹴りつけるとその身が炎を巻き起こし、さらに大きく燃え上げる。
    「…下がって」
     壱里は後ろの美潮に声を掛けると、スサノオが氷刃を降らせるのにそなえた。漆黒の体が起こした最後の攻撃は、壱里の体をも貫いた。
     痛みを感じたのもつかの間、後方から詰め寄った美潮がエアシューズでするりと後ろに回り込むようにして蹴りを叩き込んだのだ。
     炎を巻き上げるように、身を滑らせながらスサノオを叩く美潮。
    「道連れになんか、させねーよ」
     力の限り叩きつけた一撃を受け、スサノオはゆっくりと姿を消していった。

     静寂の戻った社をじっと見つめ、静香はふと振り返った。
     一心に何かを祈っているようだった静香は、社務所に神社の人を押し込めたままであったのを思いだしたのだ。
    「何か調べ物がありますか?」
     静香が聞くと、美潮がひらりと手を振った。
    「はいはーい、もうちょっと待ってほしいッス」
     美潮の側では、シアがウロウロと見回りをしていた。
     何か落ちていないかな、と呟くシアであったが、何かが残されているようにも見えない。山の方に行くと残っているかもしれないと言うと、美潮やワルゼー、壱里が同行してくれる事になった。
    「……あのスサノオ、まだ生きたかったかな。人を喰らって生き延びられるのかどうか知らないけど、こんな所で無様に死んじゃう位なら……」
     ボク達が戦って殺してあげたんだから。
     そう言うシアの目は、驚く程澄んでいた。
     誰かの食い散らかしたスサノオの後始末……と、美潮もあまり気分は良くなかった。ワルゼーがこう言ったのである。
    「そもそも、何故倒さずに瀕死のまま放置したのであろうな」
     ワルゼーのその言葉に、美潮は何となく感じて居た違和感が見つかったような気がした。あえてやっかいごとを押しつけられた、ような。
    「黒幕が居るっていう事? 少なくとも人を殺すのが目的ではないように思うね」
     壱里は、思案しながらぽつりと思いを話す。
     今まで起こしてきた事件と今回の事件、繋がりがあるのか。それとも、全く別の事件なのか、今の情報だけでは壱里も答えが出せなかった。
     そうして山を登ってきたが、結局その手がかりは得られなかった。
    「そもそもスサノオって、何が目的でウロウロしているのかよく分からないッスね」
    「そうだな。ただ面倒な相手……というだけではないのかもしれんな」
     ワルゼーは美潮とそんな会話をすると、道筋を観察していたシアに声を掛けた。
     社へと降りると、霞が静香と社務所の人と話していた。こちらは、二人がうまく話してくれたようだった。
    「何か見つかったか?」
    「いや、何も見つからんな」
     ワルゼーが言うと霞もそうか、と短く返事を返した。
     あっさりしているワルゼーに対し、どこか焦りも感じた友衛は気落ちしているようだった。狼の姿に戻っていた軛は、そっとその顔を見上げる。
     ただここでスサノオを止め、奪われるはずであった命を救う事が出来たのは幸いであろう。
     軛は社の側に座り、風上に頭を向けた。
     そこには、まだあのスサノオの気配が残っているように感じられた。

    作者:立川司郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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