明るい未来を描いて

    作者:奏蛍

    ●協力に感謝
     伏せられた瞳はどこか虚ろで、口数が少ないせいで余計に誤解されやすい。そんな柊彩が就職に苦戦しているのは、周知の事実だった。
     今日も伏せられる瞳には希望の色が見えない。
    「就職先なんてそのうち決まるって!」
     無理しなくても大丈夫と友人が笑顔を見せた。しかし返ってきた返事に驚きの表情を見せる。
    「もしかすると決まるかもしれないんだ」
     でもまだ確定ではないと言うように寂しそうな表情を見せる。
    「わたしに協力出来ることなら何でも言ってよ!」
     あんなに悩んでいた柊彩のためならと、友人の笑顔がさらに深みを増す。
    「ありがとう。協力してもらえるとすごく簡単」
     珍しくにこりと笑った柊彩は小動物のようで愛らしい。ほわっと友人の心が軽くなった瞬間、本当に軽くなった。
     上に乗っていた頭という存在がなくなっている。そっと手を伸ばした柊彩が友人の頭を持ち上げた。
    「本当にありがとう」
     愛しそうに頭を抱きしめた柊彩の伏せられた瞳は、残酷な光を宿していた。
     
    ●首を抱えて……
    「就職活動に行き詰まっている一般人が六六六人衆に闇堕ちする事件が発生しているんだ」
     難しそうな顔を見せた須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が灼滅者(スレイヤー)たちに詳細を話し始める。ダークネスの持つバベルの鎖の力による予知をかいくぐるには、彼女たちエクスブレインの未来予測が必要になる。
     みんなに灼滅をお願いしたいのは柊彩という女性だ。自分を心配してくれる友人の首を跳ねて、なぜかその首を抱えて堂々と市街を移動する。
     無差別に人を殺そうとはしないが、自分の邪魔をすると容赦なく殺してしまう。例えばそう、抱えている首はどうしたんだと聞くような者がいれば命はないだろう。
     これ以上の被害者が出てしまう前に、どうにかしてもらいたい。
    「柊彩さんは首を抱えて駅の方に向かっているみたいなんだ」
     駅といえば人がたくさんいる場所だ。みんなには柊彩が駅に到着する前に接触してもらえたらと思う。
     駅の途中で人がほとんど通らない橋がある。そこまで大きな橋ではないが、ここであれば一般人を巻き込む心配もないだろう。
     邪魔をされない限りは、みんななどいないものとして素通りしていくだろう。柊彩は殺人鬼のサイキックと日本刀を使ってくる。
    「油断だけはしないでね」
     首を抱えて歩く柊彩を想像したまりんの顔から微かに血の気が引くのだった。


    参加者
    黒鐘・蓮司(グリムリーパー・d02213)
    煌・朔眞(秘密の眠り姫・d05509)
    南雲・響(マシーナリーヴァンパイア・d12932)
    守御・斬夜(護天の龍華・d20973)
    御納方・靱(茅野ノ雨・d23297)
    神隠・雪雨(虚往実帰・d23924)
    黒絶・望(黒白の死神・d25986)

    ■リプレイ

    ●橋の上で
     その気配に黒絶・望(黒白の死神・d25986)の手が、日頃付けている目隠しをそっと外していく。軽く首を振ると銀色の長髪がふわりと揺れる。
     そして司会に入った柊彩と首を見て、眼差しが冷たくなる。その瞳が表すのは軽蔑だった。
     まるで手にしたものが鞄かぬいぐるみのように、柊彩は平然と歩いている。
    「んなモン大事そうに抱えて、何処行くんすか?」
     まっすぐ柊彩の前に立った黒鐘・蓮司(グリムリーパー・d02213)が緩く首を傾げた。白と黒、モノトーンで統一された服装の中で金色の瞳だけが色彩を放っているような錯覚を覚える。
     抱える首を持つ手に微かに力を入れた柊彩の瞳が細くなる。
    「おねーさんお友達の頭抱えて何処いくのん?」
     後ろから上がった別の声に、柊彩がさっと振り向く。
    「警察署はソッチじゃないよ~?」
     無表情な蓮司とは対照的に、声を出す南雲・響(マシーナリーヴァンパイア・d12932)の表情はころころと変わる。
    「そ・れ・に・おねーさんはもう就職なんて出来ないよ」
     柊彩の反応など全くお構えなしと言うように、響がハイテンションのまま言葉を続ける。
    「人を殺しちゃってるし、そして何よりも……」
     ふっと言葉を止めた響がにこりと笑う。
    「私達に見つかっちゃったからね~」
     残念と言うように肩をすくめた響の片腕が異形巨大化していく。その瞬間、柊彩の体が跳ねた。
     一瞬、その姿を見失って、逃げられたのかと思った矢先に響の体に衝撃が走る。素早い身のこなしで響の死角に回り込みながら、柊彩が斬り裂く。
     痛みに微かに眉を寄せた響だったが、すぐに跳躍した柊彩の後を追って殴り飛ばす。強靭な力に飛ばされた柊彩が握っていた日本刀を投げる。
     そして空いた手で地面に触れて、軽い身のこなしでくるりと着地する。そして落ちてきた日本刀を受け止めた。
    「んっ!」
     何かを感じた柊彩の瞳が見開いた。望が無尽蔵に放出したどす黒い殺気が、柊彩の体に絡み付いてく。
     すぐに抜け出そうとした柊彩の体が衝撃に襲われた。飛び出した御納方・靱(茅野ノ雨・d23297)と神隠・雪雨(虚往実帰・d23924)が異形巨大化させた片腕で、柊彩をとらえたのだ。
     飛ばされた柊彩は、今度は体勢を立て直すことが出来ずに落ちる。対照的にふわりと着地した雪雨が黒い髪を揺らした。
    「職先が決まった、と仰っていましたが、どこに就職するおつもりですか?」
     油断なく立ち上がった柊彩が痛みを飛ばすように軽く首を振る。そして質問をしてきた雪雨を見る。
     その瞳には、本来の柊彩の瞳の色は全くない。思わず靱は痛ましいと言うように柊彩から視線を外して瞳を伏せた。
     柊彩を見ていると悲しくなる。就職したかったのにはいろいろな理由があったのだろう。
     けれどいそんな理由があったとしても、傍にいてくれる人があってこその将来だったはずなのだ。いま柊彩はその大事なものを自分でもぎ取ってしまったというのに、その事にすら気付いていない。
    「言えないような場所的な?」
     雪雨の問いに答えないままでいる柊彩に靱が瞳を上げて、さらに問いかけた。
    「何で教えないといけないの?」
     ふっと笑みを作った柊彩の表情には、ぞっとするような冷たさが漂う。
    「……そこに明るい未来はあるのでしょうか?」
     前にいる仲間のために夜霧を展開させながら、煌・朔眞(秘密の眠り姫・d05509)が呟いた。子供らしい無邪気さが潜む朔眞の言葉に、柊彩が眉を寄せる。
     その様子に朔眞がふっと瞳を細めた。
    「そうね、とても悲しくて残酷な未来があるかもしれないね」
     どこかあどけない雰囲気があるのは、過去の記憶が朔眞に無いからなのだろう。その純粋さや、幼さが柊彩をイラつかせる。
     その間に音もなく迫ったレイシー・アーベントロート(宵闇鴉・d05861)の影が、朔眞に気を取られていた緋色を飲み込む。カラスの群れとなった影に包まれた柊彩が、さらなる衝撃に襲われる。
     雷を宿した守御・斬夜(護天の龍華・d20973)の攻撃が決まったのだ。
    「くっ……、ただじゃ置かないから」
     憎しみ、暗闇、残忍さ、そんなものが混ざっ柊彩の瞳を斬夜が見つめる。
    「戻らぬならば是非も無い」
     助けることが、元の緋色に戻すことが出来ないのならば答えはひとつしかない。
    「元より剣士が抜くならば、唯斬るのみ」
     自らの日本刀の刃を見ながら斬夜が呟く。そして再びまっすぐ柊彩を見た。
    「潔く亡者の国へ逝くが良い」

    ●抱えられた首
    「ブッ刺して、抉りますよ」
     銀色の絹糸のような髪が空に舞うのと同時に、物騒な言葉が蓮司から紡がれる。そして言葉通り、捻りを加えた容赦のない蓮司の一撃が柊彩を穿った。
     攻撃に逆らわず、流れに身を任せることでダメージを最小限に抑えた柊彩が友人の首を抱え直す。そんな動作に望の瞳がさらに軽蔑の色を濃くした。
    「心配してくれた友人を裏切り、挙句その首を晒しますか……下衆が……!」
     ぐっと握った拳の力を強くした望の影が、感情の勢いに押されるように一気に走り出す。
    「友人を殺した罪の意識に飲まれなさい……あればの話ですがね……」
     望の言葉より先に、影の動きに気付いた柊彩が地面を跳躍した。跳ねた柊彩を追うように、影がせり上がる。
     大きく口を開いて柊彩を飲み込もうと、着地した柊彩に向かって影が飛びかかる。影が柊彩を飲み込んだと思った瞬間、その体が再び空に浮いた。
     そして前にいる灼滅者に向かって鋭い一閃を放った。冴え冴えとした月の如き衝撃が襲う。
     痛みに息を飲んだ仲間のために、再び朔眞が夜霧を展開していく。
    「回復は任せてね」
     ふわりと朔眞の金髪が揺れるのと同時に、傷が癒されていく。どんな状態でも抱えた首を放そうとしない柊彩に、斬夜が鋭い斬撃を放つ。
    「首自慢か。閻魔に向かって行うが良かろう」
     身を斬られた柊彩が斬夜の言葉に片眉をあげたとき、死の光線が放たれる。
    「くっ!」
     毒性の高い攻撃に柊彩の表情が歪む。攻撃と同時にどんな人に何処で就職を斡旋されたのかと問いかける靱の言葉に、柊彩が頭を振る。
     答えたくないのか、痛みを誤魔化そうとしているのか……。そんな柊彩を見る雪雨の瞳が微かに揺れる。
     出来る限り感情を表に出さないようにしている雪雨だけあって、瞳の揺れに気づいた者はいない。けれど雪雨の心の中は複雑だった。
     一人は確実に掬えない。そして一人は確実に救えない。
     もしも、もう少し早く見つけられたら柊彩を闇から掬えたかもしれない。そして柊彩から救えたかもしれない。
     全てがもしもであり、考えても意味のないことだ。けれどそのもしもを考えてしまう程度には、因果なものだと雪雨は思う。
    「……これ以上の血が流れるのもごめんです」
     囁かれた雪雨の言葉は、外に出ることなく吐息に混ざって消えていく。血を流さないために、流させないために柊彩を灼滅しなければいけない。
     そして抱えられた友人の供養もしなければと思う。心の内を振り切るように雪雨が一気に飛び出す。
     正確な斬撃で柊彩の体を切断しながら雪雨が口を開いた。
    「就職のための条件は、大量虐殺? 身近な知人の首?」
     雪雨の正確な攻撃を避けようとする柊彩が、増えていく傷にいらだちを募らせていく。
    「それとも、単純にダークネスと化すことですか?」
     深く傷を付けられた瞬間に、柊彩が一気に後方に地面を蹴った。息を吐いた柊彩が再び大事そうに首を抱え直す。
     その様子から見るに、首は必要なようだ。
    「就職活動か~、私にはまだ先の話とか思ってたけど……」
     うーんと考えるような表情を見せた響が首を傾げる。世間一般では、響の学年だと後二年で進学か就職かを悩んでいる頃だ。
    「だからといって就職の為に人を殺すなんて嫌すぎるけど」
     無理無理と言うように、首を振った響の動きがぴたっととまる。
    「何、面接に生首必要なの?」
     それとも生首は履歴書扱いなのか……。
    「その会社間違いなくブラックどころかブラッド企業だよ!」
     口を挟む隙を与えない勢いで、響が一気に一人でノリツッコミをしている。
    「生首持ってきゃ内定もらえるって、どんだけユニークな会社ですか」
     摩擦によって足に炎を纏った蓮司が、呟きながら後ろに飛んだ柊彩を追って飛び出す。そして蹴りをお見舞いした。
    「ついでに焼けろ」
     蹴りの衝撃と同時に、炎が柊彩を襲う。攻撃を受けている柊彩ではあるが、日本刀を握り構える姿に揺らぎはない。
    「六六六人衆で、日本刀の使い手か」
     まだ揺らぎを見せない柊彩の姿にレイシーが呟いていた。そしてふーんと考えるように瞳を細める。
     どうにも少し複雑な気分なのだ。助けられないなら灼滅するしかない。
     けれどもうちょっと早く手を打てればもしかして……とレイシーも思ってしまう。すっと身を低くしたレイシーが一気に駆け出した。
    「これからどこに行くつもりだ?」
     突然死角から響いた声に柊彩の瞳が見開かれる。気づいたときにはレイシーが斬り裂いた後だった。
    「さぁ、どこだと思う?」
     痛みに微かに眉を寄せた柊彩の唇が意地悪そうに弧を描くのだった。

    ●就職先
     攻撃を受けた蓮司の体を朔眞が癒していく。
    「あと少しだよ。みんな頑張ってなの」
     一緒に戦う仲間に声をかけながら、最近少しずつ自分の心が解けつつあるのを朔眞は感じる。いま何かあったからと言うわけではなく、少しずつ解けていっているのだ。
     その心が暖かくなっていくような感覚を一瞬思い出して、朔眞は柊彩を見る。柊彩の心はきっともう冷たいままなのだろう。
     二度と暖かくなることはないのだ。
    「私は……私は就職するのよ!」
     ふらつきながらも、衰えることのない身のこなしで柊彩の姿が消えた錯覚を覚える。素早い動きで死角に回り込みながらレイシーを斬り裂く。
     身を震わせるような激痛が襲うと思ったレイシーに反して、痛みは襲ってこない。微かに息を飲んだのは、代わりに傷を受けた斬夜だった。
     斬られた足もそのままで、斬夜が柊彩に踏み込んでいく。雷を宿した斬夜の攻撃が、鋭く柊彩をとらえる。
     足元がかなりふらついてきた柊彩を見て、響が口を開いた。
    「おねーさんの就職先決まったっぽいよ?」
     その言葉に、眉を寄せた柊彩の視線が響に向く。
    「その就職先はね、地獄♪」
     にこりと笑った響が閻魔様の下でずっと休みなしに働くといいと言いながら、激しく渦巻く風の刃を生み出していく。そして柊彩に向かって一気に放った。
     避けることが出来ず、身を守るように構えた柊彩は、それでも首を抱えたままだ。そんな柊彩が瞳を見開く。
     望によって召喚された無数の刃が柊彩を襲う。
    「くぅ……」
     体で息をし始めた柊彩に雪雨が突っ込んでいく。
    「面倒だから、はっきりと。就職先の企業名を答えろ」
     殴りつけるのと同時に魔力を流し込みながら、雪雨が問い詰める。内部から起こった爆破に、柊彩の体が大きく揺れた。
    「……グシャグシャに挽き潰すか」
     やはり答えのない柊彩に、蓮司が強く拳を握る。そしてオーラを宿して走り出す。
     避けようと身を起こした柊彩の体を、蓮司が容赦なく連打していく。これで終わりにすると言うように、レイシーが納刀した刀で構えた。
    「手伝うよ」
     微かに瞳を曇らせた靱が影を走らせる。触手となった影は、蓮司に連打される柊彩の足から絡め取っていく。
    「切り捨て御免だぜ!」
     さっと地面を蹴ったレイシーの声に、蓮司がその身を滑らせた。視界から消えた蓮司の代わりに、レイシーが一気に迫ってくる。
     逃れようとした柊彩の体を、レイシーが一瞬で抜刀してしとめるのだった。

    ●祈り
    「貴女のような下衆には明るい未来なんて訪れない……」
     せいぜい自身の行いを悔いていなさい……と呟きながら、望が目隠しを装着していく。そして望は犠牲となった柊彩の友人の冥福を祈る。
    「大丈夫、次はいい夢を見られるわ」
     もう消えてしまった柊彩がいた場所にそっと指で触れた朔眞が呟く。伏せられた瞳は、どこか優しげに熱を伝えている。
     朔眞が弔うのは友人だけでなく柊彩もだ。そっと置いたのは紫色の花、ムスカリ。
     花弁はあまり開かないながらも、鮮やかな色がよく目立つ。そしてその花言葉は明るい未来、失望、失意。
     まるで反対の意味を秘めた花言葉は、まさに柊彩のようだった。
    「……切羽詰まった人間ほど格好の餌食、って事なんでしょーかねぇ」
     思わず蓮司が呟いていた。この手の事件を最近よく耳にする蓮司だ。
     偶然にしてはどうも出来すぎている気がする。
    「偶然なんてことはありえねーよな。どういうことなんだろ」
     蓮司が言いたいことを何となく察したレイシーが、柊彩と友人への冥福を切り上げた。
    「わからないことだらけですね」
     考えるように雪雨が首を傾げるのと同時に、響が声を上げた。
    「ひとまず任務は完了~! だよね」
     うーんと言うように体を伸ばした響が帰り道に向かったのが合図のように、周辺を片していた斬夜も撤収を始める。
     帰り始める仲間の背を見た靱はもう一度、二人が眠りについた場所に視線を送る。
    「仲良く、ね」
     ぽつりと呟いた靱がそっと手を合わせる。伏せた瞳の曇りが消えるまで、あとほんの少しだけ時間がかかりそうだった。

    作者:奏蛍 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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