ただ、最強を求め闇はさ迷う

    作者:波多野志郎

     ――眼下には、満天の星々のごとき輝きが溢れていた。
     ビルの屋上、そこからその光景を眺めていたのは長身の女だ。その肉体を誇示するように露出の多い服。その柄は、かつて戦った強敵の姿を模していた。夜風に黒い髪をなびかせながら、女は獰猛な笑みと共に言い捨てる。
    「このどこかにいるはずだ、獄魔大将が」
     力を求め、最強を目指す女にとって武神大戦獄魔覇獄に参加する事が最強への一番の近道だとそう感じていたのだ。だからこそ、獄魔大将の座を求め手当たり次第に戦いを挑もうとしている――人がいれば薙ぎ払い、扉があれば蹴り破り、壁があれば打ち砕き、敵がいれば闘い倒す。
     女、闇堕ちした天神・ウルル(天へと喰らいつく者・d08820)は、まさに全てを砕く歩く災害だ。
    「さぁ、どこにいる。強い奴は、どこに」
     狂気に満ちた笑みを浮かべ、赤と黒の螺旋のオーラを右腕に宿したウルルはイルミネーションの海へと落ちていった……。


    「あのサイキックアブソーバー強奪作戦で、闇堕ちして行方不明になっていた天神さんが見付かったっす」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)の言葉に、教室が静まり返った。いや、息を潜めたというのが正しいだろう。学園の仲間が、闇堕ちしたのだ。それは、決して他人事ではない。
    「現在、天神さんは武神大戦獄魔覇獄に参加するために獄魔大将を打ち倒そう、そうしてるっす」
    「ん? あれ? それっていけんの?」
     純粋に疑問に思った、そういう口調で南場・玄之丞(小学生ファイアブラッド・dn0171)は口を開いた。翠織も、厳しい表情で返す。
    「獄魔覇獄は、天覧儀の勝者が参加するものっすから。多分、無理なんすけどね。……それよりも、問題は――」
    「そのためには、手段を選ばないって事だろ?」
     玄之丞が、重ねるように言った。翠織が言いにくそうだった事を、頭ではなく感覚で察したのだろう。
    「そうっす。本人はどうやって獄魔大将の元へたどり着いていいのか、わかってないっすからね。手当たり次第に暴れる、それが一番わかりやすい……アンブレイカブルらしい思考っす」
     だが、ウルルが手当たり次第に暴れれば、一般人の犠牲も免れない。そうなる前に止める――今なら、それも可能だ。
    「天神さんが、とある繁華街に現われて暴れる事はわかってるっす。なんで、そこに待ち伏せして欲しいんすよ。ただ、範囲が広いんでESPによる人払いをサポートの人達にも頼みたいんす」
     時間は夜。繁華街の明かりの下での真っ向勝負となるだろう。ウルルは、ストリートファイター、サイキックソード、バトルオーラ、リングスラッシャーからいずれかを使用してくる。アンブレイカブルとなっている今のウルルは強敵だ、その事を忘れずに挑んで欲しい。
    「……しかし、アレだな。羅弦のおっさんみたいな格好してるんだな」
    「それが、天神さんの中のダークネスが目指すべき最強の姿だからっぽいっす」
     翠織の言葉に、珍しく玄之丞は複雑な表情を見せた。戦う力を持つ者と持たない者の差だ、翠織には察せられない心中があるのだろう。
    「なんとか救出して貰いたいっすけど、それが無理ならば灼滅せざるをえないっす。相手は本気でかかってくる上に強敵っすから、迷いが致命的な隙になるかもしれないっすから」
     翠織は、そう真剣な表情で告げる。そして、眼鏡を押し上げると念を押すように言った。
    「今回助けられなければ完全に闇落ちしてしまうっす。そうなると、おそらく、もう助ける事はできなくなるっすけど……まだ、救いはあるっすよ」
     ウルルとダークネスの意識には、『ズレ』がある。互いにとっては、闇堕ちも力のリミッターを外しただけのつもりだけかもしれない。しかし、ウルルの本当の望みは違う。決して、自分が傷つく事を望んでいない。
     傷つきたくない、最強になりたい――結果として同じ力を求めるという目的を持ちながら、そのスタート地点である理由が違うのだ。この『ズレ』を的確につく事が出来れば――ウルルの心を、説得する事も可能だろう。
     そのために、サポートで参加する人も説得に参加するといいだろう。今、一番必要なのは、彼女に届く言葉なのだから。
    「天神さんは、学園の仲間っすからね。どんな形であれ、みんなの手で決着をつけてあげて欲しいっす」


    参加者
    黒瀬・夏樹(錆塗れの手で掴むもの・d00334)
    ミゼ・レーレ(メイデウス・d02314)
    火之迦具・真澄(火群之血・d04303)
    四津辺・捨六(天の光は全て敵・d05578)
    永瀬・京介(孤独の旅人・d06101)
    森沢・心太(二代目天魁星・d10363)
    七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)
    赤松・鶉(蒼き猛禽・d11006)

    ■リプレイ


     イルミネーションの海へと天神・ウルルは落ちていく――その途中で、初めてその繁華街の異常に気付いた。
    「はーいみんな! ここはちょっとだけ危ないからなるべく慌てず騒がず遠くに離れてね★」
     ESPラブフェロモンでキャピキャピして通行人を誘導した七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)は、その背中を見送ると深いため息をこぼす。そのため息に、南場・玄之丞(小学生ファイアブラッド・dn0171)が口を開いた。
    「嫌なら、やんなきゃいいのに。お疲れ、鞠音姉ちゃん」
    「……これが良いと教わった」
    「早く! こちらへ避難してくださいまし!」
    「ここは立ち入り禁止です。今日は迂回してください」
     桜花が、ルエニが、灼滅者達が通行人をその場から逃がしていたのだ。だからこそ、そこから人だけが消えた――その繁華街を見回し、ウルルは歯を剥いて笑った。
    「随分と手間隙をかけたものだな」
    「お相手なら、僕達がします」
     そう答えたのは、黒瀬・夏樹(錆塗れの手で掴むもの・d00334)だ。ウルルは握った拳に赤と黒の二重螺旋のオーラをまとわせる。
    「初めまして、天神さん。天神先輩を返して貰いに来ました」
    「貴女とはこれが初対面……いえ、これから会わせていただきます。同じく武の高みを目指すウルルさんにね!」
     森沢・心太(二代目天魁星・d10363)が、赤松・鶉(蒼き猛禽・d11006)が、間合いを測るように立ち塞がる。ウルルは、不敵な笑みを崩さない。人がいれば薙ぎ払い、扉があれば蹴り破り、壁があれば打ち砕き――敵がいれば闘い倒す。ならば、目の前の敵を前に躊躇う必要はない。
    「さあ、旅を始めよう――行こう、ミゼさん」
    「ええ」
     迷わず踏み出す永瀬・京介(孤独の旅人・d06101)に、ミゼ・レーレ(メイデウス・d02314)は小さく共に前へ出た。四津辺・捨六(天の光は全て敵・d05578)もまた、笑って言ってのける。
    「入学した頃からそれなりに長い付き合いだ、勝手に堕ちた馬鹿は首に縄付けてでも連れて帰ってやるさ」
    「戯言ばかりを、滔々と」
     ウルルが、前へ踏み出した。その一歩で、戦場の空気が変わる――それだけの実力を、眼前のダークネスは秘めているのだ。
    「見せてやるよ、ウルルン。アタシの真っ赤な炎をさ」
    「見せてみろ」
     自らの炎を誇示して見せつける火之迦具・真澄(火群之血・d04303)に、ウルルは言い捨て――無造作に右の拳の一撃を繰り出した。


     ドォ!! と衝撃が繁華街を揺るがす。ウルルが放ったのは、サイキックフラッシュだ。赤と黒の二重螺旋の爆発、それを真っ向から受け止めて捨六が駆け込んだ。
    「死人に口なし、黙らせたいならやってみろ」
     卍釵へ影を宿し、捨六は振り払う。だが、その剣の腹をウルルは膝を叩き込み、軌道を逸らした。
    「最強を目指してるフリをしてるだけで、ただ傷つきたくないだけだろ?」
    「何を――!」
     ウルルの言葉が、途中で止まる。それは、鞠音の燃える右回し蹴りに反応したからだ。ウルルは赤と黒のオーラでその蹴りを受け止め、アスファルトを蹴る。しかし、鞠音はそれを逃さなかった。
    「強くなれば、恐れず、傷つかないのですか」
    「当然だ、強くなるというのはそういう事だ」
     剣と拳が火花を散らす。真っ直ぐに視線を向けて、鞠音は答えを聞いて言葉を重ねた。
    「貴方の強さは、拒絶です。その拒絶は貴方を傷つけ、傷口は周りも、自分も全て、飲み込みます。貴方は、自分が弱いことを受け入れるべきです。それができなければ――朝霜のように、消えるまでです」
    「戯言だ、と言った」
     ウルルの前蹴りを鞠音は引き戻した剣で受け止めるが、そのまま後方へと吹き飛ばされる。そこへ、玄之丞が降って来る――両手の間に生み出した炎の奔流、バニシングフレアを叩き付けた。
    「真澄姉ちゃん!」
    「おう!」
     応え、七支刀・白銀を炎に包み真澄が斬りかかる。バニシングフレアの炎ごと斬ったレーヴァテインが、ウルルを捉えた。
    「――ッ!」
     そして、その傷跡に赤いオーラの逆十字が重なる――ミゼのギルティクロスだ。ウルルは傷を負いながら、後退する。それを鶉が追いかけ、縛霊手を振り上げた。
    「逃がせませんわ!」
     その縛霊撃の一撃を、ウルルは受け止める。そのまま、鶉の腕を掴み放り投げた。空中に投げ飛ばされた鶉へウルルが追い打ちしようとした瞬間、死角から夏樹から飛び出した。
    「強くなることは目的じゃなくて手段でしょう? 何のために強くなりたかったのか、思い出してください!」
     足を狙った夏樹のウロボロスブイレイドの斬撃を、ウルルは紙一重でかわす。しかし、物陰から走った蛇腹剣型の影がウルルの太ももを深く切り裂いた。
    「正直、天神先輩とは一度戦ってみたかったです。……ですが、それはあなたじゃない!」
     そして、体勢を崩したウルルへ心太はシールドに包まれた拳で裏拳を放つ。両腕でブロックしたウルルは、そのまま後方へと下がり着地した。
    「羅弦さんとは僕は戦ったことはありませんが、技の本質は天神先輩のままですね。ならば、まだ間に合うはずです」
    「何を――」
    「その先にあるのは傷つく「自分」すら消える道です! 天神先輩が傷つきそうな時は、僕たち仲間が傍に居ます。僕たちと一歩ずつ強くなっていきましょう!」
     不意に、一陣の風が戦場に吹き抜ける。京介のセイクリッドウインドだ。
    「傷つくことを嫌うってさ、心が……だよな。身体の傷と心の傷はちげえよ」
     灼滅者達が、ウルルを囲むように身構える。それを見て、ウルルはその右手に再び赤と黒の二重螺旋を描いて地を蹴った。


    『避難、終了だぜ!』
     ジュンのESP割り込みヴォイスによる報告を聞いて、鶉は呼吸を整えた。鞠音と共にウルルを抑えながらの戦い――しかし、ウルルにはまだまだ余裕があった。
    「最強を目指し駆け抜けるのは良い、ただ、闇雲な力はすぐに頭打ちになりますよ。確固たる信念、それがない武人をあなたは最強と言うのですか? ウルルさん、あなたの本当の気持ちを思い出して下さい」
    「傷付くことから守ってやる、全ての困難を遠ざけてやる、とはとても言えん。だから、共に行こう。傷付くのなら共に傷を受ける。困難が降りかかるなら共に乗り越える。そうするために、我らはここに来た。天神先輩を向かえに来たのだ。もう恐れることはない。我らが、天神先輩の仲間がここにいる」
     だが、仲間達の言葉が確かにウルルの動きに鈍りが見えた。
    「私は目の前で、身内を多く弔ってきました……だから、強さを求めたいウルルさんのお気持ちは良く分かりますよ。でも、今の貴女は果たして「強者」でしょうか? 自らの強さは、もう貴女1人では成し遂げられない・・・貴女も気付いてらっしゃるでしょう? 貴女の強さは、貴女自身で見つけてください。……他の人の強さの真似事では「貴女自身」の強さではありません……お1人で、考え続けてて、大変ですし、苦しかったでしょうね。もう、宜しいのですよ。これからの事は、「梁山泊」の皆さんで、考えてまいりましょう。大丈夫、貴女を迎える準備は出来てますよ」
    「私のライバルであるあなたが、そんな借り物の力に頼るなんてガッカリですわ……? 戦いに勝つことだけが強さとは限らない……。誰かを守ろうとする事も強さですし、傷ついても立ち直る事もまた強さですわ。自分自身の強さをもっと信じなさい、ウルルさん!」
     優しく語り掛ける声が、叱咤激励する声が、戦う者しかいない繁華街に木霊する。
    「先輩の今の姿は先輩が望んでいた姿と一致していますか?」
    「ッ!」
     ウルルの、二重螺旋のオーラが歪む。その隙に、真澄が眼前に立った。
    「なァ。アンタが手に入れようとしてた強さって、こんなモンだったっけか? アンタの目指すヒーローってのはこうやって暴力を振りまくモンだったのか? 違うだろ、うるるん。大事なモンから何から全て捨ててまで得る強さについて、否定してただろ?」
     真澄の両手が、ウルルの両手首を掴む。それにウルルが反応するよりも速く――真澄の頭突きが炸裂した。
    「コイツはいっちゃんとの約束だ、受け取りな!」
    「く、あ……」
     ウルルの膝が、揺れる。そのウルルへ、真澄が囁いた。
    「戻ってこいよ。部室のドアぶっ壊しても、また直してやっから。あと……アンタが居ない事で、悲しむヤツの為にもさ!」
    「あ、ああ――ッ!!」
     ゴォ! とウルルの体をオーラが包んでいく。背にステンドグラス状の輪を背負った全身甲冑姿へとウルルは変身した。それはかつてウルルを救った英雄の姿。ウルルが思い描く最強の姿――しかし、その姿は黒く、歪んでいた。
    「最強を求める「だけ」の闇……ですがウルルさんは違いますよね。学園の仲間を助ける際、悲鳴に近い声で縋り付いた貴女です。その際不安に震えていたとも聞きます。傷つきたくはない、そうでしょう? 貴女はただ最強になりたいだけの、その闇とは違う! 闇から抜け出して、貴女が今壊そうとしているのは何なのか、その眼でよく見なさい! こんな大勢が待っているのですよ!」
     鶉の言葉に、歪んだ最強の幻想が動く。速く、鋭く、激しく、強い――しかし、それを真正面からミゼは大鎌の二刀流で受け止めた。
    「ウルル殿――!」
    「――――!!」
     歪んだ最強が、荒れ狂う。その姿に、夏樹は呟いた。
    「ウルル先輩も、戦っているんですね」
    「ああ、そうだな」
     うなずき、京介は死者の友人帳から引き抜いた防護符を投げ放つ。その友人帳に、新たなる名前を書き記さないそのために。
    (「必ず助けます、天神先輩」)
     歪んだ最強の幻想となったウルルの猛攻に耐えながら、心太は決意を強くする。拳の一打一打が重い、それでも倒れない――倒れてたまるかという重いが心太を支えていた。
    「無理はしないで下さい」
     すかさず静菜が、回復してくる。しかし、止まらないウルルを鞠音の重圧を伴った蹴り、スターゲイザーが止めた。
    「無茶は、しないでください」
    「ああ、俺達だっているんだからな」
     心太の肩を叩き、捨六が踏み出す。捨六は破邪の白光を宿した刃を、歪んだ最強の幻想へと薙ぎ払った。
    「お前が微塵でも傷つきたくないって自覚があるんなら、それこそが灼滅者・天神ウルルの魂だ。望みがあるなら挑むが道理。その弱虫の魂を、返して貰うぞダークネス!」
     ――壮絶な、戦いだった。
     多くの者が、全力を尽くした。尽くさなければ、届かなかった。かつて一人の少女を救った英雄は、歪んでも最強の幻想は強かった。
    「そんなん、百も承知でオレ等は来てるっての!!」
     その巨大な縛霊手に渦巻く炎をまとわせて、玄之丞が殴打する。それを歪んだ最強の幻想は受け止め――不意に、巨大な縛霊手の指が右腕を掴んだ。
    「よくやった! ウチの芋、掘りに来ていいぞ!」
     動きが止まった瞬間、真澄の居合いの一閃が胴を薙ぐ。歪んだ最強の幻想の体勢が崩れたタイミングで、鶉と鞠音が同時にスターゲイザーを叩き込んだ。
    「ここで押し切りますわ!」
    「わかっている、逃がさない」
     ズズン! と重圧が歪んだ最強の幻想の背にあるステンドグラスを軋ませる。ビシリ、とアスファルトに亀裂を走らせ受け止めたそこへ、心太が間合いを詰めた。
    「梁山泊の連携を見せてあげましょう!」
     歪んだ最強の幻想は、その胸元に一つのリングスラッシャーを生み出した。それが心太に放たれる――よりも速く、一発のデッドブラスターが鎧の胸に突き刺さった。
    「永瀬先輩なら動いてくれると思いました」
     振り返り事無く、京介の一撃だと確信して心太は迷わずに異形の怪腕を叩き付ける!
    「夏樹くん、今です!」
    「はい!」
     すかさず、駆け込んだ夏樹の蛇腹剣型の影が歪んだ最強の幻想を絡め取った。引き千切ろうとしたそこへ、捨六が非実体化した刃でその胴を薙ぎ払った。
     膝を揺らした歪んだ最強の幻想――ウルルに、京介は深呼吸を一つ、語りかける。
    「弱さを認め、受け入れる事も強さじゃねえのかな。だから、言ってやるし、見せてやる、ソレを受け入れている奴らがすっげえ強いってことをな。傷つくことがイヤなら守って、……いや一緒に戦って強くなろうぜ。ありきたりの事しか言えねえけど、ウルルは独りじゃねえからさ」
     語り終え、京介は喉を張り裂かんばかりの勢いで叫んだ。
    「道は作った。さあ行けよ! オレの出番はここまでだ」
    「今だ、ミゼ! ここで決めろよ!」
     京介の、捨六の言葉に、ミゼは確かにうなずいた。
    「運命とは皮肉ですね。かつて闇に堕ち救われた私が、今度は救う側になろうとは……」
     呟き、ミゼは仮面を外す。頬を撫でる風に、まっすぐに目の前のウルルへと語りかけ始めた。
    「……ウルル殿、私の声が聞こえますか? 貴方は、強さとは何か? 弱さとは何か? 常々考えておられましたね……その中で捨ててはならぬもの、持ち続けるべきものについて厳しく考え、正しき結論を見出そうと苦悩する姿も、私は見ておりました。そしてそれは優しい心の持ち主である程、自分を辛く追い込んでしまう……」
     歪んだ最強の幻想が、体を軋ませながら身構える。構わず、ミゼは言葉を続けた。
    「ウルル殿……人は、弱くて良いのですよ。人の弱さから見出せるものの中にこそ真の強さが宿り、それを得た時に初めて、自分自身という難敵を乗り越えられる。英雄にならずとも、修羅にならずとも……人のままで……」
     歪んだ最強の幻想が、地面を蹴る。刃となった光の斬撃、それが迫ろうとミゼは動かない。
    「ウルル殿……かつて貴方に救われた時、貴方は私に心の強さを示しました。今度は私が、人の心の弱さを以てして貴方の心に呼び掛けましょう」
     真っ直ぐに、誇るように、ミゼはその刃と相対する。
    「ウルル殿……私は……私は……」
     怒りの感情が消え去るのは、死によってのみである――古代ギリシャの悲劇作家はそう言った。
     ならば、この感情は死によって消せるのだろうか?
    「――貴方が好きだッ! 貴方を愛しているッ!! 貴方の全てを愛したいッ!! だから、どうか!! 戻ってきて下さい!! ウルル殿ォォォッ!!」
     絶叫し、ミゼはQuo vadisを振るう。歪んだ最強の刃が、首筋の皮一枚で止まる――それを知っていたかのように、ミゼはQuo vadisを渾身の力で振り抜いた。
     神に慈悲なる死ではなく、共に生きて欲しいと希う、そのために……。


     歪んだ最強の幻想が、砕けていく。そこから崩れ落ちた一人の少女を、ミゼはその手でしっかりと抱き留めた。
    「……共に、帰りましょう」
     戦いの終わった繁華街に、いくつもの歓声が鳴り響く。それは日常の賑やかさとは違い、でありながら日常への帰還を告げるものだった。
    「京介兄ちゃん」
    「おう、南場」
     突き出した玄之丞の右拳に、京介も笑みと共に拳をぶつける。誰の顔にも、笑みがあった。それは、最後まで信じて戦い抜いた者達の勝利の実感からだ。
    (「力を求める。傷つきたくないから、強くなりたい。その結果が、最強……強くなると、傷つかないのでしょうか?」)
     鞠音は、思う。その答えは、誰にも出せない。だからこそ、その問いは胸に抱き続けなければならない。
     ――歓声が、続く。かげがいのない仲間の帰還、それを喜ぶ歓声が、いつまでみいつまでも……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 16/感動した 5/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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