センジュガン

    作者:本山創助


     夜の路地裏に、巨大な真円の影が浮かんだ。
     円の表面には、無数の腕が生えている。
    「……ゥゥゥ……ゥオオッ!」
     円がうめき、脈動した。
     ズボッ、ズボボボボボボボボボボボッ!
     円の表面を覆っていた腕が、円の中心に吸い込まれていく。
     腕は加速度的に吸い込まれ――残り九本になった時点で、ピタリと静止した。
    「フゥゥゥゥゥーッ!」
     円が大きく息を吐き、人間大の大きさにまで縮んでいく。
     下二本の腕は脚に変化し、上一本の腕は頭に変化した。
    「オオウッ!」
     直後、二次元の影から、肉体を持った男が飛び出した。
     紫の肌に、仏像めいた装飾品を身に纏っている。
     額には、ダイヤのスートが浮かんでいた。
    「ククク、ここまで力をセーブすれば問題なかろう。後はこの体に慣れるだけ……」
     男は通りすがりのOLを見ると、六本の腕に光の剣を具現化し、近づいていった。


    「いつもソウルボード内で活動しているシャドウが、現実世界に現れて事件を起こそうとしているんだけど……」
     逢見・賢一(大学生エクスブレイン・dn0099)が説明を始めた。

     現実世界に出現したシャドウは高い戦闘力を持っているけど、一定期間内にソウルボードに戻らなければならないという制約もあった。でも今回のシャドウは、力をセーブすることで長期間の戦闘に耐える能力を得ているんだ。この形態には慣れていないから、模擬線と称して通りすがりの一般人を襲い始める。それをさせないためにも、キミ達にはこのシャドウを灼滅してもらいたい。セーブされているとはいっても、強さは並のダークネス以上だから、十分注意してね。
     夜の路地裏で戦うことになるけど、明かりの心配は要らないよ。シャドウが具現化した直後に接触して殺界形成をしてくれれば、君たちが負けない限り、一般人に危険はない。
     シャドウは、シャドウハンターとサイキックソード相当のサイキックを使ってくるよ。ポジションはメディック。すべてのサイキックにキュアかブレイクがついているから、気をつけてね。
     相手は強敵だけど、君たちが力を合わせれば、きっと大丈夫。
     それじゃ、がんばってね!


    参加者
    峰崎・スタニスラヴァ(エウカリス・d00290)
    神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)
    小鳥遊・葵(ラズワルド・d05978)
    慈山・史鷹(妨害者・d06572)
    木嶋・央(禍刻戦雷・d11342)
    揚羽・王子(トリックオアトリート・d20691)
    白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496)
    朔良・草次郎(蒼黒のリベンジャー・d24070)

    ■リプレイ


     夜九時。
     都会の片隅。一方通行の路地裏にて。
    (「誰も掃除してないな……」)
     白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496)が眉をひそめた。左手には飲み屋が、右手にはオフィスビルと駐車場が並んでいる。飲み屋の看板はどれも派手な色で、薄汚れていた。路上には紙屑やタバコの吸い殻がちらほらと見える。綺麗好きな純人としては、つい掃除したくなる。
     空っ風が吹き抜け、木嶋・央(禍刻戦雷・d11342)の白いマフラーが真横になびいた。
    (「ダイヤ、か。目的の慈愛じゃないが、こいつから聞けるだけのことを聞くとしよう」)
     央は、街灯の下に現れた小さな黒点を睨んでいた。黒点はふわっと広がり、直径が街灯の高さほどもある巨大な黒円となって道を塞いだ。派手な動きを伴いながら人型へと形を変えていく。
    「さて、ダイヤのシャドウたちはなに考えてるんだろ。現実に出るために自分の力に制限を付けるなんて。長時間いる必要があることがしたいから? 戦闘に応じるってことは、その目的のために戦闘の可能性があるってこと? ……情報、少ないな」
     峰崎・スタニスラヴァ(エウカリス・d00290)――通称『スタン』が呟いた。
    「オオウッ!」
     円から肉体を持った男が飛び出した。
     紫色の肌に金の装飾品を体中に纏っている。脚輪、腰巻き、腕輪、首飾り、イヤリング、冠――その姿はインド美術を思わせる。その中で一際目立つのが、三対六本の腕だ。
    「しかしあの姿、随分と仰々しいな……観音なんて存在とは程遠いけどな」
     小鳥遊・葵(ラズワルド・d05978)がマテリアルロッドを構えた。
    「なんとも奇妙な姿じゃの、まるで仏像か何かじゃが……この姿で力を抑えておるのならば、普段は想像も付かぬ姿なのじゃろう」
     揚羽・王子(トリックオアトリート・d20691)がいつものように微笑む。
    「……引きこもっている時もシャドウって陰湿な感じで嫌だったけど……外に出たら出たでアクティブに嫌な感じになってるなぁ……」
     『お掃除』の対象を見据えながら、純人が呟いた。
     神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)は霊犬のましゅまろを胸に抱き、シャドウの額に浮かんだダイヤをスートを見つめた。
    「ダイヤの、スートは、何を、冠するのでしょうね……以前、オルフェウスが言っていた『歓喜』、でしょうか……」
     ましゅまろが黒目がちの瞳で蒼を見上げる。
     蒼はましゅまろを地に放すと、殺界を形成した。
    「ククク、ここまで力をセーブすれば問題なかろう。後はこの体に慣れるだけ……」
     シャドウが六本の腕をぶんぶん振り回した。
     学生服を着た男子高校生――朔良・草次郎(蒼黒のリベンジャー・d24070)が、シャドウに歩み寄る。
    「力を抑えてまで、ねぇ……まぁ、シャドウの考えることだ。どうせろくな事じゃない」
     力を得るために魂以外の大部分を捨てた草次郎である。複雑な思いを胸に秘めつつ、上着を脱ぎ捨て、宿敵・シャドウを睨みつけた。
    「ん? 貴様、ただの人間ではないな。ダークネスでもない。なり損ないか」
    「何が理由で引き籠もりが外に出てきたんだ?」
     頭上で声がした。見上げれば、街灯の上に誰かがしゃがみ込んでいる。シャドウは目を細めたが、街灯の明かりがまぶしくて、よく分からない。
    「武神大戦に参加するためか?」
     慈山・史鷹(妨害者・d06572)が、街灯の上からシャドウを見下ろしながら言った。
    「ほほう、貴様等もアレに出るのか? 大将はいないようだが、丁度良い。肩慣らしついでに――」
    「余所見してんなよ、テメェ」
     草次郎がシャドウに襲いかかった。


    「オオウッ」
     シャドウは六本の腕で草次郎を腕を抑える。
     人造灼滅者である草次郎は、ダイヤのスートに三対六本の腕を備える巨漢に変身していた。
     互いに組み合う六本腕の筋肉が、ぐっと隆起する。
    「……似たような奴ってのは居るもんだな」
     歯を食いしばりながら、草次郎が言った。
    「フッ、貴様と俺とでは、格が違う」
     余裕の笑みを浮かべたシャドウが、一瞬にして影に飲み込まれた。
     史鷹が、シャドウの足下に忍ばせておいた影業を起動したのだ。
     草次郎と組んだ腕をほどき、影に包まれてもがくシャドウ。
    「手術開始だ。麻酔無しでな」
     草次郎は右側三本の腕をピンと伸ばし、手刀を作って影に突き刺した。
    「小癪なッ!」
     影の中からシャドウが勢いよく飛び出す。
     草次郎に代わってそれを待ちかまえていたのは、王子のビハインド『病葉』。その手のひらから伸びたオーラが、シャドウの額に迫る。
     シャドウはこれを上二本の剣をクロスしてガード。勢いそのまま、真ん中の両拳で病葉にボディーブローを食らわせた。
     吹っ飛んだ病葉の後ろで、スタンの影業が鋭利な刃と化して鎌首をもたげていた。
    「お願い、梔(くちなし)」
     スタンの言葉と同時に、影業『梔』が弾ける。シャドウのスネがスパッと切れ、墨のような血が真横になびいた。
    「ええい、何とも扱いにくい体よ」
     舌打ちしながらバックステップするシャドウ。
     そこに、葵が鋭く踏み込む。
    「己の体に慣れてないなら好都合だ。全力で止めさせてもらう」
     葵はマテリアルロッドをフルスイング。シャドウは脇腹を三本腕でガードするも、葵はそれを割って脇腹を打ち抜いた。
     為すすべもなく吹っ飛び、駐車場の金網に突っ込むシャドウ。
     間髪入れず、蒼が制約の弾丸を撃ち込んだ。
     シャドウは金網を引きちぎりながら、横っ飛びでこれを回避。
     そこに、左腕に赤黒い雷を纏った央が待ちかまえていた。
     シャドウが息をのむと同時に央の抗雷撃が炸裂。
     宙に舞ったシャドウに、両腕両脚を猛禽類の鉤爪ように変形させたデモノイド――人造灼滅者・純人が飛びかかる。
    「汚れが残ったら大変だから、綺麗に全部、消さないとね」
     振り下ろした腕が、シャドウの腕を貫いた。
    「ええい、鬱陶しいッ!」
     シャドウは五本の手で純人の腕をつかむと、おもむろにブン投げた。
     純人は一回転しながら綺麗に着地。だらりと下がったシャドウ左下腕を見て、ニヤリと笑う。
    「フン、腕の一本くらい、くれてやるわ。どうせまた生えてくる」
     シャドウはダメージを受けた腕を引きちぎると、灼滅者達に投げつけた。
    「ん……?」
     央の目の前で、その腕が握る光の剣が爆発。
     路地裏が真っ白な光に覆われ、前衛陣は爆風で吹っ飛ばされた。
    「……さて、嬲り殺しにしてやろうか」
     路地裏に、自信に満ちたシャドウの声が響いた。


     それからどれほどの時が経っただろうか。
     血塗れになって地に転がった蒼が、四つん這いのままシャドウを見つめた。
    「跡形もなく、呑まれろ」
     蒼の影が弾け、伸びる。
     それはシャドウの足下で無数の花弁となって舞い上がり、シャドウを飲み込んだ。
    「グオオッ!」
     もがくシャドウの背後に、史鷹が静かに降り立つ。
    「剣の錆に加えてやるよ」
     ブン、と振られた錆びた聖剣はシャドウの体をすり抜け、その魂を切りつけた。
    「オラァッ!」
     間髪入れずに、草次郎の縛霊撃が炸裂。巨大な縛霊手で全身を殴られたシャドウは、放射された結界にからめ取られる。
    「おいで、梔」
     スタンが手招きをすると、シャドウの背後まで伸びていた影業が猛スピードで戻ってきた。鮫の背ビレの様に変形した影業とシャドウがすれ違うと、シャドウの腕が一本、宙を舞った。
     央は蒼雷を纏ったエアシューズで蒼い光の尾を引きながらジャンプ。シャドウの脳天に踵落としを決めた。
    「コルネリウスはどこにいる」
    「さっきから何をベラベラと……」
     シャドウは首を振って央を弾き飛ばした。
    「ククク……大分慣れてきたぞ、この体」
     シャドウは地上一メートルの高さを浮遊しながら座禅を組み、四本に減った腕で印を結んで目を閉じた。
    「……またアレか。一気に終わらせる、という訳にはいかないな、木嶋先輩」
     葵は攻撃の手を止め、血塗れの央に集気法を向けた。
     そして、シャドウを見る。
     無数に浮かんだダイヤのスートがシャドウを球形に包み込み、光を発しながら高速旋回していた。紫の肌につけられた多くの傷は見る見るうちに塞がっていき、切り落とされた二本の腕は勢いよく生え戻った。
     王子はセイクリッドウインドで前衛陣を回復。しかし、前衛陣の消耗速度は、回復役である王子とましゅまろの回復力を遙かに上回っていた。それに、ましゅまろと病葉は既に消滅している。
    「このままじゃ、こっちの撤退条件が先に満たされちゃうなあ」
     純人がボロボロになった蒼に祭霊光を飛ばした。
     短期決着を狙って攻撃的な陣形と作戦で臨んだ灼滅者達だが、灼滅者達が与えるダメージはシャドウの回復力を圧倒するものではなかった。戦況は悪くなる一方であり、このまま頭数まで減っていけば、戦力差も開く一方である。
    (「負けたか、これは」)
     葵は何度も戦闘結果をシミュレートしていた。
     しかし、結果は変わらない。有効な対策は――無い。すべてが遅すぎた。
     攻撃役の葵や純人が回復せざるを得なくなっている中で、守り役の央が攻撃している。このような動きでは、灼滅者十人分の戦闘力を持つダークネスを――いや、それ以上の強さを持つと明言されている今回のシャドウに勝つことは難しい。
     戦いは長引いている。完全に相手のペースだ。
     それでも葵は、戦う姿勢を崩さなかった。
     負ければ――撤退すれば、一般人が犠牲になってしまうからだ。


     夜の路地裏に、サイキックの火花が散っていた。
     戦いの趨勢は既に決していたが、灼滅者達は諦めていない。
     うつ伏せに倒れていたスタンが、肉体の限界を超えて立ち上がった。
    「まだまだ頑張れるよ、梔」
     影業の梔に語りかけながら、シャドウを睨む。
     そのピンク色の瞳は輝きを失っていない。
    「そうだな峰崎……まだやれる」
     葵の魂もまた、肉体を凌駕した。
    「しぶとい奴らめ……!」
     シャドウの表情が曇った。
     互いの戦力を計算し、きっちりとダメージコントロールしてきた。
     だが、こう何度も立ち上がってくるのは想定外である。
    「キミはココで、わたしたちに倒されて」
     スタンの影業が勢いよくシャドウに迫る。
     それと併走しながら、葵は両拳にバトルオーラを集中した。
     葵のパンチを手のひらで止めるシャドウ。
     同時に、シャドウの足首をスタンの影業が斬りつける。
     バランスを崩したシャドウに、葵が再び殴りかかった。
     シャドウはもう一本の手でこれを止めた。
     しかし、葵の連打は終わらない。
     葵は次々とパンチを繰り出し、そのラッシュは無数の残像を伴ってシャドウに降り注いだ。
    「グアアーッ!」
     最後の右ストレートが綺麗に入り、シャドウは一直線に吹っ飛んだ。
     が、電柱に叩きつけられる前にくるんと一回転。
     両足を踏ん張ると、弾丸のように跳ね返ってきた。
    「今度こそトドメだッ!」
     シャドウの剣が一閃。
     ザン、と音がして、アスファルトに大量の血が落ちる。
     それは、割って入った央の鮮血。
    「クッ……!」
     袈裟斬りに斬られ、央は両膝をついた。
     血で真っ赤に染まったマフラーが縦になびき、前のめりに倒れる。
     その後ろで、蒼が右腕を異形巨大化させていた。
    「……奈落へ、墜ちろ」
     振りかぶった鬼の手で、シャドウの全身をブン殴った。
    「グハアアアアッ!」
     吹っ飛ぶシャドウに、灼滅者達のサイキックが殺到した。
     爆音とともに、アスファルトと粉塵が立ち昇る。
     土煙の中で、シャドウの光の剣が爆発。
     前衛陣を巻き込み、一斉に吹っ飛ばした。
    「おのれ……」
     すぐさま西洋剣を構え、聖なる風を吹かそうとする王子。
     だが、その風を吹かすことは出来なかった。
     前衛陣四名は皆倒れたまま、起きあがらない。
     何度も奇跡を起こし、立ち上がってきた前衛陣だが、それもここまで。
    「クソッ、撤退だ!」
     六本腕の巨漢・草次郎が、葵とスタンを肩と脇に抱えて叫んだ。
    「余計に散らかしちゃったなぁ……」
     デモノイド姿の純人が、央と蒼を担いだ。
    「よし、行け!」
     言いながら、史鷹がシャドウを影で包み込む。
    「逃がさん!」
     影を切り裂きながら、シャドウが史鷹に飛びかかった。
     シャドウの四本腕が史鷹を四肢を掴む。
    「喰らえッ!」
     闇を帯びた二本の腕が史鷹のボディーにめり込んだ。
    「慈山殿を放すのじゃ」
     王子は縛霊手を掲げ、内部に搭載された祭壇を展開。
     祭壇は結界を形作り、シャドウを霊力で縛り付けた。
     痺れたシャドウは史鷹を放し、うずくまる。
    「助かったぜ揚羽。俺たちも逃げるぞ!」
    「うむ……」
     二人はシャドウに背を向けると、全力で走った。
     シャドウは追ってこない。
     ただ、夜の路地裏に、シャドウの高笑いが響いていた。

    作者:本山創助 重傷:木嶋・央(此之命為君・d11342) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:失敗…
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 9
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