白獣、消ゆ

    作者:朝比奈万理

     オオォォォォォォォ――……。
     悲痛な鳴き声と共に凄まじい衝撃音が山にこだまする。
     地面に叩きつけられたのは、左目に古傷を持つ隻眼のスサノオ。
     蒼い組紐は擦り切れてところどころ切れている。
     悶えながら開いた碧い目に映るのは、インド風の衣装をまとった踊り子のような女。
     訝しげに腕に付いた浅い引っかき傷に目をやっている。
     それはスサノオが唯一女の体に刻み付けることが出来た傷なのだろう、満身創痍のスサノオに対して、女はほぼ無傷。
     圧倒的な力の差だった。
     体を震わせ激しく喉を鳴らし、天を睨みつけるスサノオ。対して半月の目をさらに細めて地を見下す女。
     女は妖艶な笑みを浮かべてスサノオの体に触れると、その体内から抜き出されたのは『白い炎』。
     その『白い炎』を愛おしそうに見つめると女は、その場から立ち去ったのだった。
     喘ぎ苦しむスサノオになどには、一瞥もくれずに……。

    「お集まりいただいて、ありがとうございます……」
     園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)は若干伏せ目がちに教室内を見渡すと、今度は完全に目を伏せた。
    「何者かに攻撃されて、死に瀕したスサノオが事件を起こそうとしています……。このスサノオは、『古の畏れ』付紐小僧と鬼女紅葉を呼び出した、蒼い組紐を身に付けた碧い目の隻眼のスサノオです……」
     そのスサノオが起こす事件とは、人を貪り喰らうこと。
     教室内の空気が一気に張り詰めた。放っておけば、どれくらいの人が犠牲になるのだろう……。
     果たして、人を喰らってスサノオが生き延びるかはわからない。
     が、このまま放っておいたら多数の死者が出るのは間違いのないことだった。
    「みなさんには、スサノオの移動経路に陣取ってもらって、このスサノオが人を襲ってしまう前に灼滅していただきたいんです……」
     槙奈はそう告げると手にしたノートに目を落した。
    「スサノオは人狼のサイキックと同じような能力を持っています。そして、自らが呼び出した付紐小僧、鬼女紅葉が使った技も使ってくるそうです……」
     現場となる場所は、長野県小諸市にある高峰高原。
     スサノオはその高原から山を下って集落を目指す。
     しかし、高原から集落までの間、戦場とするにふさわしい空き地が無い。
    「あるのは舗装された二車線道路です。けど、高原には宿泊施設や温泉、スキー場もあることから路線バスも通っていますので、道幅はそれなりに広いです……」
     逆に言えば、どこを戦場としても問題が無いということだ。
    「それと、戦闘が始まって15分経っても決着が付かなかった場合、スサノオは命を使い果たして消滅してしまうんです……」
     この15分をひたすら耐え抜いて消滅を待つ勝ち方もある。
    「けど、消滅する直前になると、スサノオの能力は大きく上昇してしまいます」
     そうなると、耐え抜く選択はかなりの危険を伴う。
    「……私としては、その前に灼滅したほうが、良いのかもしれません……」
     全力で当たるも必死に耐えるも、危険が伴うことは解っている。
     槙奈の眉尻が下がる。
    「危険な任務ですが、皆さんにしか人々を救うことが出来ません……。私にはみなさんを見送ることしかできませんが……、どうか、お気を付けてください……」
     よろしくお願いしますと付け加えた槙奈は、頭を下げた。


    参加者
    犬神・夕(黑百合・d01568)
    由井・京夜(道化の笑顔・d01650)
    狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)
    銀・紫桜里(桜華剣征・d07253)
    八神・菜月(徒花・d16592)
    月光降・リケ(太陽を殺す為に彷徨う月の物語・d20001)
    志水・小鳥(静炎紀行・d29532)
    赤城・かえで(畏狩・d30132)

    ■リプレイ

    ●白獣、啼く
     秋の夜風は冷たく、木々を揺らしては落ち葉を舞わせていく。
     今夜は晴れ。星空が綺麗に見えるのは、それだけ地上が寒いということ。
    「古の畏れを生み出すスサノオ。そのスサノオを狙う謎の女性……。スサノオの白い炎はエクスブレインの予知を妨げるらしいですが、それを目的に集めてるのでしょうか? それとも何か別の用途が……?」
     殺界形成を展開させた狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)は、高原を見上げて白い息を吐く。
     同じくスサノオ本体が未来予知に掛かり辛かったのは、白い炎が要因と考えていたのは犬神・夕(黑百合・d01568)。
    「……予知にかかった現状から考えて、スサノオの抜き取られた炎は人狼に封じられているモノと同質…と考えるのが妥当でしょうか……」
     その手にケミカルライトを光らせてじっと前を見据え、件のスサノオが訪れるのを待ち構える。
     高原から集落までの中間地点の道路を戦闘場所に選んだ灼滅者たちは、集落側にカラーコーンやA型バリケードを立てて、車の侵入を防ぐ。
    「人を喰らうなんざ、物騒中の物騒過ぎるぜ。それが生き延びる為なのか、女に何か仕込まれたのか……」
     呟きながら志水・小鳥(静炎紀行・d29532)は、怪力無双でバリケードを運び、次々立てていく。
    「どちらかはわかりませんが、ほとんど正体のつかめなかった相手がこうして消えてしまうのは複雑な気持ちです」
     同じく怪力無双でバリケードを運びながら、神妙な表情を見せるのは月光降・リケ(太陽を殺す為に彷徨う月の物語・d20001)。
     手負いのスサノオ。とはいえ、灼滅しなければ人に危害を与える存在だ
    「けれど、時間もありませんし、手早く決着をつけさせてもらいましょうか」
     銀・紫桜里(桜華剣征・d07253)と赤城・かえで(畏狩・d30132)も、運ばれてきたバリケードを次々と立てていく。
     それぞれの首には、八神・菜月(徒花・d16592)が配ったネックライトが下がっている、さらに菜月はガーデンライトを道路の澄に並べ、戦闘時の光源を確保した。
    「さて、何でこんな事になってるんだろうね~」
     プラチナチケットで高原管理者を装って、高原へ向かおうと進んでくる車に備える由井・京夜(道化の笑顔・d01650)は、息をつく合間に呟いた。
     遠くで咆哮が聞こえる。
     この声の主であるスサノオは高原から下りてくる。
     その目的は、集落の人間を喰らうこと。
     どういう経緯でスサノオが、人を喰らえば生き長らえると思ったのかはわからない。
     けれど、 たった一つだけ、わかっていることがあった。
     ……今ここで奴を倒さないと大惨事になるという事は確実で、その凶行は必ず阻止せねばならないということ。
     
    ●白獣、現る
     風の鳴く音と木々のざわめき。
     それと同時に、鋭い遠吠えが響く。
     激しく狂おしい、そして必死で痛々しい咆哮だ。
     戦いのときは近い。
    「貴方の魂に優しき眠りの旅を……」
     解除コードを唱えて武装する翡翠。その声を合図に次々と武装して、辺りを見回す灼滅者たち。
     夕は光らせていたケミカルライトを地面に撒いて、さらに光源を得る。
     その咆哮は徐々に大きくなり、急に大量に葉が舞ったかと思うと斜面から現れたのは、白い炎を纏った獣。
     ボロボロの白い毛並みには血が滲み、蒼い組紐は千切れてところどころ地面に垂れ下がる。
     左目は元より不自由なのだろう、血で隠れていたが、意ともしていない様子。
     ただ、右目に輝く碧い瞳は、宝石のように輝いていた。
    「グルルルルル……」
     スサノオは八人の灼滅者を見るや否や、低い声で呻りを上げた。
     そう、灼滅者も人間。倒せば喰らえるのだ。
     サウンドシャッターを展開させながら紫桜里は、持って見ていた時計に目を落す。長針が丁度天辺だ。
     今から十五分以内にこのスサノオを灼滅。十分を超えたら回復はせずに攻撃に専念。
     それが全員で決めた戦い方。
     前を見据えたその時。
    「ゥオオオオオオオオオ――!」
     大地に眠る有形無形の畏れを纏ったスサノオが、激しく吼えながら紫桜里目掛けて飛び掛る。
    「!」
     交わし切れずに思わず腕で顔を覆ったが、斬撃は紫桜里を襲うことはなかった。
     庇える攻撃は極力肩代わりする。
     そんな強い気持ちで動いた小鳥がその攻撃を受けたが一撃がとても重く、小鳥は思わず顔をしかめた。
     他の灼滅者もその威力に思わず息を呑む。
     通常でこの威力。なら、消滅する直前の攻撃力は如何程だろうか……。
    「……残念ながらそれでも、簡単に仲間をやらせる気はないんだよね」
     それでも、ここで食い止めなければならない。
     京夜はスサノオを見据え、縛霊手の指先に集めた霊力を小鳥に撃ち出すと、その傷が癒える。
    「美しい獣。おまえはどこから来てどこへ消えようというのかしら」
     槍を構えたリケ。スサノオ目掛けてまっすぐ飛ぶと、傷付いてもしなやかなその体に螺旋の如き捻りを加えて突き刺す。
     スサノオの一撃に戦きつつも紫桜里は、自分を奮い立たせる。
    「……征きます」
     語尾を告げるが早いか、スサノオの脚目掛けて鋭い斬撃を放つ。
     スサノオはよろけるも、すぐに体勢を立て直した。
    「キミが必死なのはわかったけど、行かせるわけにいかないよ」
     スサノオの一撃で敵の本質を見抜いた菜月は表情ひとつ変えずに、『綺麗な宝石でできた刀身が特徴的な、凄く大きくてゴツい槍』から螺穿槍を繰り出してスサノオを弾き飛ばす。
     続いたのは翡翠。
    「少しずつですが、削らせてもらいます」
     利き腕を巨大化させてスサノオを捕らえると一気に殴りつける。
     己の片腕を半獣化させ、鋭い銀爪をスサノオに向けたのは夕。激しい一撃であったが、スサノオはその攻撃を、激しく体をうねらせて交わして見せた。
    「おらたちもいくべ、もみじ!」
    「わんっ」
     槍を構えてかえでが声を出せば、赤毛の霊犬・もみじが応える。
     その槍から放たれるのは冷気を放出させた氷柱。空気も十分冷えているが、それ以上に冷気を帯びてスサノオに突き刺さる。
     もみじも六文銭をスサノオに向けて放出する。
     スサノオから受けた傷が十分に癒えきっていない小鳥。攻撃するか回復するか一瞬迷ったが、自己回復とそれによる恩恵を選び取る。
     自分を回復すると共に、シールドを張り巡らせると、その隣にいた小鳥の霊犬・黒耀が、主人の癒えきらなかった傷を癒す。
     スサノオと灼滅者の攻防は、両者譲らなかった。
     女にやられた傷と、『白い炎』の損失で己の命の危機を悟って切羽詰っているスサノオ。人を喰らわなければ自分の命は消える――。
     一方、大量に人が犠牲になるのを黙って見ているわけにはいかない灼滅者。その凶行が引き起こされる前に何とかしなければならない――。
     風の鳴く音も、木々が騒ぐ声も、踏みしめるたびに軋む地面の音も、両者の耳には入らない。
     ただ、攻撃をし、交わし、回復をし――。
     獣が吼え、武器が呻り、拳が風を斬る音が響く戦場の中、紫桜里は時計に目を落とすと、長針が六十度に傾いていた。
    「残り五分です!」
     凍りそうな空気に震えたのは、甘く凛とした声だった。

    ●白獣、燃ゆ
    「オオオオオオオオオオオ――……!」
     時刻を告げる声と同時に吼えたのは、スサノオ。
     満身創痍の体を奮い立たせるように天を見上げて激しい遠吠えを響かせたかと思うと、体毛を逆立てる。
     青く澄んだ夜に映えるのは、血に塗れても輝く白の躯体。
     その姿に、獣の能力が大きく上昇したことが誰の目からも見てわかった。
     それはまさに、背水の陣であり、最後の灯火でもあり。
     と、スサノオの巨大化した腕が、盾として必死に仲間を庇い続けた小鳥目掛けて迫る。
     一瞬の出来事。
     ダメージの蓄積もあって回避できる自信がない。ぎゅっと目を閉じて覚悟した小鳥を庇ったのは、相棒の黒耀だった。
     その凄まじい攻撃を体に受けて、きゃんと一鳴き、消滅する黒耀。
     相棒の消滅に一瞬、小鳥の瞳が揺れた。しかし、しっかり敵を見据える。
     ここからスサノオが命を使い果たすまでの間は攻撃重視の作戦にシフト。回復も最低限にとどめる。
    「ここからは手加減は、しない!」
     元より最初から積極攻勢。
     拳を握るとビリビリと電気が発生する。夕は闘気を雷に変換して拳に宿すと、低い体勢から飛び込んでスサノオの下顎を殴り上げる。
    「ギャィン!」
     ひるんだスサノオが悲痛な声を上げて宙を舞ったが、地面に降りるなり、すぐに体勢を立て直す。
    「ここで終わらせるべ!」
     そこに飛んできたのは、かえでが放ったオーラの弾。
     スサノオは前足を撃たれ派手に転ぶ。そこへ飛び込むのはもみじ。咥えた刀でスサノオの体を斬った。
     小鳥は動物が苦手だ。
     それでも最後の力を振り絞って戦うこのスサノオの姿は見ていて気持ちのいいものではない。
     できれば自分達の手で、送ってやりたい。
     星の煌きを宿す飛び蹴りを放ち、その動きを鈍らせる。
     その効果をさらに増そうとするのは、京夜。高速で鋼糸を繰り、スサノオを斬り裂いて、その傷を抉る。
     続いたのは紫桜里。『月華美刃』をキラリと輝かせて、中段の構えからまっすぐに早く重い斬撃を振り下ろすと、スサノオの額から鮮血が滲む。
     菜月は『Alexir』を握り締めて、スサノオの横っ面を思い切り殴り飛ばす。その際に返り血が顔に飛んでも拭うことはない。
     スサノオの着地地点を読んでいたのは、リケ。
     すばやく飛んで、地面に打ち付けられる寸前のスサノオに凄まじい連打を繰り出す。
     全力攻勢。
     それが功を奏し、能力が大きく上昇したスサノオの猛攻を、最低限で抑えることが出来そうだ。
     翡翠は自分の髪を飾る青い紐を握る。
     それを風に手放したかと思うと、『翠風斬輝』を全力で振るい。
    「貴方が奪う命の代わりに……私の全力の一刀をお贈りします」
     ……最後くらいは……、痛みや苦しみを感じない一太刀を――。
     自分の髪を飾る青い紐と似た、蒼い組紐で体を飾ったスサノオに、全力の慈悲を込めた一撃だった。
    「オォォォォォォン――……」
     苦痛に満ちた声を漏らして、凍りつきそうに冷たい道路に叩き付けられるスサノオ。
     立ち上がろうとガリリと地面に爪を立てて白い炎を一瞬強く燃やしたスサノオだったが、ふっと意識を手放してその場に倒れた。
     白い炎も、蝋燭の炎を吹き消すようにふっと消え逝った。
     全力で戦い、ついに燃え尽きたスサノオを労わるように、紅葉が舞い降りたかと思うと、淡い橙の灯がスサノオの白い体をふんわりと包んで、溶かしていった。
     
    ●白獣、逝き――
     夕、翡翠、そして小鳥はスサノオが消えた場所に駆け寄る。
     夕はスサノオを調べて、封印するものが何かあればそれなりの対処をしようと思っていた。
     けれどそのスサノオはもう消えてしまった。
     その必要はないと感じて、足元に転がるケミカルライトを回収しだす。
     『白い炎』を奪われた際に、浅いとはいえ傷を残したスサノオ。
     何か女に関する痕跡を残していないか期待をしていたが、そこに落ちていたのは、血が染みた蝶々結びの組紐。
     公共に道路を封鎖して、戦った灼滅者たちは、手分けして道路の封鎖を解除する。
     菜月はガーデンライトを、京夜をはじめとする他の灼滅者は、バリケードやカラーコーンを手分けして片付ける。
     そしてそれぞれの人払いと解けば、しばらくすると凍った空気を煌かせながら走りくるのは自動車だ。
     ふもとには家々の灯りが点っている。
     これは灼滅者が守った人々の営みであり、無数の消える運命にあった命――。
     スサノオが倒れた今、彼らの心に残るのは人々を守れたという安堵と、このスサノオを襲った女の影。
     翡翠はスサノオの蒼い組紐を手に包んでいたが、それをぎゅっと握り締めてスサノオを弔った。
     これはきっと、あのスサノオにとって大切な物だったはずだから。

     降り落ちる紅葉、そして空に輝く初冬の星空は、きっと隻眼のスサノオを導いてくれるだろう……。

    作者:朝比奈万理 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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