闇に魅入られし拳士

    作者:小茄

    「たぁっ!」
    「やぁっ!」
     子供から大人まで、幅広い層が通う町の空手道場。今日も多種多様な生徒達が、それぞれの実力に合わせた練習に励んでいた。
    「両者、礼!」
     そんな道場の一角で師範の監督の下、組手を行っている少年が二人。いずれも黒帯を締めている。
    (「ケンの奴……また身長伸びたんじゃないのか? ズルいぞ」)
     小1の頃から共にこの道場に通い、親友でありライバルでもある健太と対峙し、隆介は内心で呟いた。
     格闘技において、体格が優れている事は当然有利に働く。かつては殆ど差のなかった二人だが、体格の差は次第に大きくなっている様に感じられた。
    「はぁっ! たぁっ!」
     そんな事を考えて居る間に、次から次へと繰り出される健太の攻撃。やや不意を突かれ、劣勢に立つ隆介。
    「くっ、あぁっ!」
     防戦一方になりかけた彼が、渾身の力を籠めて繰り出した上段蹴りは、健太のガードを物ともせず、その身体ごと吹き飛ばす。
     ――ゴキッ!
    「えっ……」
     そのまま道場の壁に激突し、ぐったりと横たわるライバルを、隆介は呆然と見つめるしかなかった。
     
    「空手教室に通っている中学一年生の男子が、練習試合の最中に闇堕ちして、友人を殺めてしまう……そんな悲劇が迫っていますわ」
     有朱・絵梨佳(小学生エクスブレイン・dn0043)の説明によると、この様な格闘少年少女が、練習中に闇堕ちする事件は相次いでいると言う。今回もその一連の事件の一つなのかも知れない。
    「彼はダークネスの力を持ちつつも、人としての意識も残している様で、無差別に人を襲ったりする危険は無いようですわね」
     ただ、このままだと親友を手にかけ、やがて完全なダークネスになってしまう事は明らかだ。急ぎ、闇堕ちから救い出さねばならない。
     
    「彼は学校が終わり、道場に向かうまでの間、河川敷で自主練をしていますわ。そこへ行き、彼をKOして下さいまし。例によって、説得のみでどうにかする事は出来ませんわ」
     しかし、ただ襲い懸かって倒しただけであると、闇堕ちから救えず灼滅するしかなくなってしまう。
     なぜ戦わねばならないのか、人と違う力を持った彼がどうすべきなのか、しっかり示してやらねばならないだろう。
     
    「格闘技を嗜む少年少女ばかりが、しかも理由も無く闇堕ちすると言うのは、いかにも不自然な話ですわ。強力なアンブレイカブルが裏で糸を引いているのかも……と、それはそうと、気をつけていってらっしゃいまし」
     そう言うと、絵梨佳は灼滅者達を送り出すのだった。


    参加者
    加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)
    裏方・クロエ(アエグルン・d02109)
    アルヴァレス・シュヴァイツァー(蒼の守護騎士・d02160)
    鴨打・祝人(みんなのお兄さん・d08479)
    棗・螢(黎明の翼・d17067)
    夜薙・虚露(紅霧の悪喰・d19321)
    踏鞴・釼(覇気の一閃・d22555)
    桜海老・まる(地獄の果てまで桜海老・d30674)

    ■リプレイ


    「はっ! やっ!」
     神奈川県川崎市某所。昼下がりの河川敷で独り、空手の型を繰返し行っている中学生の姿があった。
    「ケンの奴、最近付き合い悪いよなぁ……以前はずっとここで一緒に自主練してたのに……彼女とか何とか、そんなもんにうつつを抜かしてる暇あんのかよ」
     ぶつぶつと、何やら気に入らない事があるらしく、愚痴をこぼしている様でもある。
    「お前さんいい拳してるじゃねェか」
    「え? だ、誰ですか?」
     そんな彼に、唐突にかけられた声。見れば、190センチ近くはあろうかと言う、がっしりとした体格の男性が一人。
    「だが……危ういねェ。―――ちょっくら俺と、手合わせしてみねェか?」
    「え? いや……勝手な他流試合は禁止されてるんで」
    「まァそう連れない事言いなさんなよ。駅前の空手道場の生徒だろ?」
    「え、なんで知って……」
    「俺ァあそこのOBみたいなもんよ。先輩が後輩に稽古つけるくれェ、良いだろ。最初の一発はサービスしとくぜ」
     目の前の少年――最上・隆介が通う道場の名は、エクスブレインから知らされている。夜薙・虚露(紅霧の悪喰・d19321)は、カマを掛ける様にしながら、隆介を挑発するように言う。
    「でも……」
    「さっきまで愚痴愚痴言いながら、何も無ェ所を殴ってたじゃねェか。その調子で来りゃ良いんだよ」
    「……そうですか、じゃあ……お願いします」
     虚露の言葉に、ややカチンと来た部分もあったのだろう。また、いかにもガタイの良い、強そうに見える虚露に、自分の力を認めさせてやろうと言う気持ちもあった様で、隆介はこちらに向き直り一礼する。
    「行きます」
    「気ィ入れてかかってこいや」
     両者対峙し、暫しの沈黙。
    「はぁっ!」
     やがて意を決した様に、隆介は裂帛の気合と共に、虚露の腹部目掛けて拳を繰り出す。
     ――ドスッ。
    「っ!」
     地面に踏ん張った虚露の両足が、衝撃で数十センチは地面を抉る。
    「えっ?! な、何……何だ、この力……?」
     兄弟子を名乗る人物との手合わせとは言え、一定の加減はしたつもりだった。にも関わらず、相手の巨体をこれ程に圧倒する様なパンチ。
     自らの拳を見つめ、混乱する隆介。
    「大丈夫、私達も君と同じ力を持った者達だ。夜薙君だってこの通り大事ないぞ」
    「あァ、少しは効いたがな」
     と、そんな隆介に声を掛けるのは、加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)。どこからともなく姿を現し、虚露の肩を叩きつつ言う。
    「ち、力? 同じ力ってなんですか……あなた達は、一体?」
     隆介は、何が何だか解らないと言った様子で、一歩二歩と後ずさる。完全に灼滅者達を警戒している様だ。
    「君はまだその力を使いこなせていません。……そのままだと友人を殺めてしまうかもしれません」
    「お、俺が……友人を殺す?」
     アルヴァレス・シュヴァイツァー(蒼の守護騎士・d02160)の言葉に、目を見開いて声を上げる隆介。
    「そう、君は、何者かによって危険な力を与えられて親友を吹き飛ばすんだよ。今、夜薙さんをそうした様にね」
     と、言葉を引き継ぐ棗・螢(黎明の翼・d17067)。
    「でも、その力をどう使うかは最上君の勝手だけど……そのままにしていると僕みたいになっちゃうよ。大切な人達を自分の手で壊したら……きっと、過去の自分を責めて後悔する」
    「……俺が、ケンを壊す? ……そんな事……あるわけ……って言うか、アンタ達、何なんだよ! いきなり現れて、そんな事信じられるわけないだろ!」
    「くしゅっ!」
    「?!」
    「あー……あたしらか? あたしらは正義の味方だ。灼滅者って言うんだ」
     草むらから聞こえたくしゃみに眼を向ければ、そこからばつが悪そうに姿を現したのは、桜海老・まる(地獄の果てまで桜海老・d30674)。
    「せ、正義の……?」
    「そうだ、あたしを見てみろ。かっけーだろ?」
     胸を張りつつ、格好を付けるまる。
    「……」
     何か言いたげな隆介の視線は、まるの頭上、犬耳へと向けられている。
     萌え系のコスプレをしながら、格好良いだろと言われても……隆介の顔には、そう書かれている。
    「おっと、これはそう言うアクセサリーじゃねぇぞ。本物だ」
    「そんな……バカな……」
    「じゃあ……これでどうだ? 灼滅者なるきなったろ?」
     ――ぼっ。
     指先から炎を出して、益々ドヤ顔のまる。
    「……今時、そんな手品で何を信じろって言うんですか。俺、もうすぐ道場の時間なんで」
     今時の子供らしく、簡単にハイハイと信じる訳では無い隆介。まるの出した炎もトリックだと判断し、現実離れした妖しげな事ばかり言う灼滅者達の前から、立ち去ろうとする。
    「この分からず屋!」
     ――ばきっ。
     立ち去りかける隆介の肩を掴むと、頬を殴りつけるまる。
    「痛っ!? な、何すんだよ!」
     ――ふわっ。
    「うわ、なんだこれ!? 鳥……いや、なんだ……?」
     頬を抑えて抗議する隆介の目の前に飛び出したのは、巨大なクリオネの様な外見をした生き物。羽の様な両腕をパタパタと動かし、つぶらな瞳で彼の顔を覗き込む。
    「見ての通り、非日常の存在です。触って頂いても構いませんよ」
     そのナノナノ、もっちー君の使役主である裏方・クロエ(アエグルン・d02109)は、目を丸くする隆介へと告げる。
    「そっちのも……?」
    「あー……隆介君見ながら息荒くするんじゃない。気持ち悪いぞ」
     と、隆介が視線を向けたのは、鴨打・祝人(みんなのお兄さん・d08479)の使役するナノナノ、ふわまる。こちらはどう言う訳か、祝人以外の老若男女全てに対し、興奮すると言う特殊なナノナノらしい。
    「……こ、これが本物だとして……あなた達の言ってる事が本当だとして、俺にどうしろって言うんですか」
    「力とは、無作為に振るうべきものではない。己の為でもいい。大切な誰かの為でもいい。意思を貫くために、振るうべきものだ。……そしてそのためには、力に呑まれず、飼い馴らす必要がある」
    「飼い慣らす……? ど、どうやって!」
     踏鞴・釼(覇気の一閃・d22555)は、動転した様子の隆介に対し、静かに告げる。
    「こうすんだよ」
     ――どすっ。
    「ぐあっ!? がはっ……ぐ……」
     虚露の拳が、隆介の鳩尾へとめり込む。身体を折り、咳き込む隆介。
    「悪い様にはしません……助けます。その為に今この時は戦いましょうか」
     断罪輪を取り出し、構えつつ静かに言うアルヴァレス。
    「マジかよ……良く解らないけど、やってやる!」
     隆介の身体を、夥しい量の闘気が包む。
     殺界とサウンドシャッターによって周囲とは隔絶された河川敷の一角で、闇に魅入られた少年と灼滅者の戦いが幕を開けた。


    「その力。今はまだ上手く扱えていないが、心を強く持てば制御することだって出来るんだ」
    「ボク達が戦う相手は、ダークネス。人を殺め、人の心に闇を植え付ける、いわば悪者。そして隆介さんは今、まさにそれになろうとしているんです」
    「くっ……!」
     シールドリングを放ちつつ、戦いの中で隆介に言い聞かせる蝶胡蘭。クロエも同様に、ワイドガードを展開しつつ隆介が置かれている状況を告げる。
    「解らない、解らない! どうだっていい! 強くなりたい! 強くなって、立ちふさがる全てを倒す!」
     闇に堕ちた隆介は、その思考まで次第にダークネスに近づいて行っている様だ。
    「慣れない武器は使いたくないんですが……そうも言ってられません……ね!」
     アルヴァレスは、高熱を帯びたエアシューズのミドルキックを、隆介の脇腹目掛けて繰り出す。
    「君もその力は大切なものを守るために使ってほしい! 君なら制御できるはずだ!」
     これに呼応し、燃え上がる闘気を拳に乗せて殴りかかりつつ言う祝人。
     ――ガッ!
    「っ、この程度っ! 俺はもう制御してるよ! この力は俺の物だ!」
     だが、隆介は巧妙に直撃を避け、声を荒げる。
    「我が剣に蛇を、我が体に青き魔獣の力を……棗・螢……参るよ!」
     だが、息つく暇を与えず肉薄するのは螢。
    「逃がさないよ」
     ウロボロスブレイドがしなりながら、隆介の死角より振り下ろされる。
    「己を高めるために振るうも、良い。誰かを守るために振るうも、良い。正義を為すために振るうも、良い。お前の武の行く末を、見せてくれ」
     加えて、背後から回り込むのは釼。インパクトの瞬間、拳から放たれた霊力の網が、隆介の身体に絡みつく。
    「ちぃっ!?」
    「大事な人傷つけたり壊したり、それってかっこわりーじゃん? それよりもあたしたちと一緒に悪いやつらやっつけたほうがぜったいかっけーし?」
     更には、手の平から炎の奔流を放つまる。先ほど見せた指先の火とは、次元の違う火力で隆介を呑み込む。
    「ぐっ……まだまだぁ!」
     有り余る闘気を拳に集中させ、迸る電撃へと変換する隆介。
     ――バシュンッ!
    「ぐうっ! 強くなりてェって訳か。だったら、何のために強くなるのか考えな!」
     再び隆介の拳を受け止めた虚露は、そのまま彼の腕を取って投げ飛ばす。
    「が、はっ! まだ……俺は負けない……誰にも負けるかぁっ!」
     地面に叩きつけられた隆介だが、すぐさま立ち上がり構えを固める。
    「さぁ、そろそろ闇から解放してやろうか……裏方先輩」
    「回復は任されたよ」
     蝶胡蘭は回復をクロエともっちー君に任せ、波状攻撃の口火を切る。
    「この間合……もらいました。この一撃で決める!」
     跳躍した蝶胡蘭が、ご当地パワーを集中した跳び蹴りを繰り出すのに合わせ、閃光の如き無数の拳を繰り出すアルヴァレス。
    「っ?! まだ……俺は……負けたりなんか……!」
    「自分の未来は、自分で変えるんだ!」
     祝人もまた、これに呼応し地面を蹴ると、流星の様に残光を残しながら重い蹴りを放つ。
    「最上君、その力……ダークネスから誰かを守るために僕達と一緒に使ってくれるかい?」
     体勢を立て直す隙を与えず、クルセイドソードを振り下ろす螢。
    「負ける……そんな、はずはっ……!」
    「……若き武を、ここで絶つのはあまりにも忍びない。力に、呑まれてくれるなよ……」
    「他人と違う力も自分の力だ。悪いもんじゃないぜ」
     ――バシュッ!
     釼のスターゲイザー、そしてまるの異形化した鋭い爪が、隆介にトドメの一撃を見舞う。
    「ぐ、っ……」
     バトルリミッターにより手加減している者も居るとは言え、灼滅者達の集中攻撃の前に、隆介はついに意識を失って倒れ伏した。


    「夜薙君は……このくらいなら大丈夫か。唾でも付けておけば治る」
    「っ……俺の見立て通りよ、いい拳してるぜ」
     蝶胡蘭にパシンと叩かれ、少し顔をしかめつつ、笑う虚露。
     ――ぽんぽん。
    「……う、ぅ……うわぁっ?! こ、これ……さっきの」
     顔に当たる柔らかい何かを感じ、目を醒ます隆介。目を開ければ、そこに居たのは先ほどの白い生き物。
    「気付いたかい? 気分はどう?」
    「あ、はい……大丈夫です」
     螢の問いかけに、隆介は頷きながら身体を起こす。
    「も、もっ……」
    「もっちー君です。灼滅者としての第一歩、おめでとうございます」
     にこりと微笑んで祝福するクロエ。
    「……ところで、最近何か身の回りで変わったこと不思議なことはありませんでしたか?」
    「え? 変わった事……突然、身体の中から力が湧いてくるような感覚がしたり……」
     アルヴァレスの問いかけに、思い出しながら答える隆介。
    「変な人とか現れなかったか?」
    「変な人……いや……あ、でも……誰かが……俺を迎えに来るような、そんな気が……したような?」
     祝人の問いかけに、不明瞭な答えを返す隆介。奇妙な感覚は有ったようだが、明確な「何か」が有るわけでは無いようだ。
    「……あー、さっきは悪かった。まぁ食えよ。あたしは桜海老って言うんだ、よろしく」
     説得中に殴った事を詫びつつ、飴を差し出すまる。
    「いえ、どうも……俺は最上隆介です。えっと、名前は?」
    「……」
    「まるさん、教えてあげたら良いじゃないですか。これからは、同じ灼滅者なんですから」
    「名前で呼ぶなっ!」
     笑顔で言うクロエに、声を荒げるまる。
    「まるさん? 可愛い名前ですね」
     ――バキッ!
    「ぐはぁっ!」
    「あぁ……もっちー君、もう一度手当てしてあげて」
     再び殴り飛ばされた隆介を、甲斐甲斐しく治療するもっちー君。
     灼滅者になるには、何かと癖の強い武蔵坂の生徒達とも折り合いをつけていかなければなるまい。
    「……さぁ、帰ろうか」
    「は、はい!」
     釼の言葉に頷く一同。治療を終えた隆介も、一行に従う。

     かくして灼滅者達は、闇に堕ち、ダークネスになりかけた少年を救う事に成功した。
     一行は灼滅者として生まれ変わった彼を伴い、武蔵坂へと凱旋するのだった。

    作者:小茄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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