仮像者の目算~季節外れの転校生

    作者:志稲愛海

    『ヨウ、サッカーやろーや!』
    『いや、ヨウはぼくたちと一緒に鬼ごっこやるんよ!』
    『えー! ヨウ、こっちで野球しよーよ!』
     引っ越す前の学校だったら、次の休み時間はどの友達の誘いに頷こうかと。
     そう悩むくらい『友達』が多かったのに。
    「あ……お、おはよう」
     それに比べて、今は。
     見かけた同じクラスの子に挨拶をすることさえ、とても勇気が必要で。
    「…………」
     やっぱりちら見されただけで返って来ない挨拶に、落ち込んでしまう。
    「ねえ、ドッジボールしよう!」
    「うん、いいよ!」
    「あ、ケンタも誘おうよ!」
     そんな楽しそうにすれ違っていく同級生達の姿を目の当たりにするのが、もうとても辛いから。僕も入れて! って、思い切ってそう言いたい気持ちはあるのだけれど。
     また相手にされなかったら、また方言が出ちゃって通じなくてバカにされたら、って思うと……どうしても臆病になってしまって。結局、いまだに「入れて」の一言が、言い出せないでいた。
     そして、クラスメイトに声を掛けられない状況に陥る度に、ヨウは思うのだった。
     まるで今の自分は、いるのにいないような、透明人間みたいな存在で。
     友達を作るのって、こんなに難しいことだったんだ――と。
     

    「一人の時間も確かに好きだし、今は学校の学食とかでもお一人様用の『ぼっち席』ってのが増えてるらしいんだけどさ……やっぱり独りぼっちって、ずっとだと、辛いよね」
     飛鳥井・遥河(中学生エクスブレイン・dn0040)はそう、ぽつりと呟いた後。
     集まってくれてありがとーといつも通り皆に笑んでから、察知した未来予測を語る。
    「今回の依頼はね、ひとりの男の子の悪夢に介入して貰うことになるよ。悪夢を見ているのは、小学5年生のヨウくんって子なんだけど……九州から関東に引っ越してきたばかりで、季節外れの転校生だった上に方言の違いとかもあって、まだ学校に馴染めてないみたいで。むしろ引っ越す前はコミュ障とは真逆な活発な子だったみたいだから、その反動か、ヨウくんはまるで自分が透明人間にでもなったかのような、誰にも相手にされない、独りぼっちの学校の悪夢を見ているんだ」
     夢の中に入ると、そこに広がるのは、小学校の風景。
     まずは、この独りぼっちな悪夢から、ヨウを救ってあげて欲しい。
     そしてヨウの悪夢を邪魔するような行動を取れば、周囲にいるクラスメイト――悪夢達が、灼滅者に襲い掛かってくるというので。この悪夢達を全て倒し、彼を助け出すことが、今回の目的だ。
    「介入後、問答無用で悪夢達を灼滅することもできるんだけど……でも、きちんとフォローして助ける事ができれば、悪夢から覚めた後のヨウくんが立ち直りやすいんじゃないかな」
     それから遥河は、倒すべき悪夢の詳細を語る。
    「ヨウくんのクラスメイトの姿をした悪夢達は、全部で5人だよ。戦闘になると敵達はシャドウのサイキックを使って攻撃してくるんだけど、その戦闘能力はあまり高くないから。油断せずに、悪夢は1人残さず倒しちゃってね。戦場となる夢の中は広くて視界も良好で、障害物も特にないよ」
     そこまで説明した遥河は、ふと、表情を引き締めて。
     さらに、こう続ける。
    「それでね……今回の依頼なんだけど。この悪夢にどうやら関わってるらしいのが、以前にも姿をみせたことのあるダイヤのシャドウ、『仮像者』パンタソス・カロみたいなんだ」
     ――パンタソス? と。
     そう首を傾けた数名に、こくりと頷く遥河。
    「もう、1年以上動きをみせてなかったダークネスだから、存在を忘れてたり知らない人も多いかもしれないけど。彼は以前、コルネリウスの指示で色々『実験』を行なってた、派手な格好をした紳士風のシャドウだよ。また何かの実験なのか、単なるいちシャドウとしての気紛れな行動なのか、他に意図があるのか……今頃になって、何でまたパンタソスが動き出したのかはちょっと分からないんだけど。でもとりあえずまずは、パンタソスはともかく、ヨウくんを悪夢から助け出して欲しいんだ。パンタソスは悪夢が全滅するまでは一切姿を現さず、悪夢との戦闘に加わったりすることはないから。悪夢を倒す時は、目の前の戦闘に集中してもらって大丈夫だよ。ただ、悪夢を全滅させた後に、パンタソスがどういう風に接触してくるかは分からないからさ……どうするかは、みんなの判断に任せるね」
     遥河はそこまで説明を終えた後。
    「何が目的でパンタソスが今回、ヨウくんの夢に関わっているかは不明だけど。確実に悪夢を倒して、ヨウくんを救ってあげてね」
     灼滅者達を見回し、気をつけて行ってらっしゃい、と皆を見送るのだった。


    参加者
    アシュ・ウィズダムボール(ディープダイバー・d01681)
    犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)
    ミルフィ・ラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・d03802)
    神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756)
    二階堂・空(大学生シャドウハンター・d05690)
    神楽・識(ヤクザ系鉄パイプマイスター・d17958)
    ユリアーネ・ツァールマン(咎負の鳥・d23999)
    有坂・一弥(炎の着ぐるみ職人・d28503)

    ■リプレイ

    ●悩める転校生
     一見何の変哲もない、賑やかな朝の登校風景。
     でもこれは――或る少年の、夢の中。
     そして靴箱で、何だか憂鬱気な様子の男の子。
     彼こそが、夢の主・ヨウであるのだが。
    「あ……お、おはよ……」
     思い切って、靴箱に来たクラスメイトへ声をかけてみるものの。
    「…………」
     彼へと返されたのは挨拶ではなく、ただ訝しがる様な視線だけ。
     そんなやりとりを眺めながらも。
    (「今回見せてるのは幸福な悪夢じゃない」)
     アシュ・ウィズダムボール(ディープダイバー・d01681)は冷静に、ヨウの『夢』を分析する。
     これは、ヨウを追い詰めるような『悪夢』。
     以前『彼』が見せていたような、『幸福な悪夢』ではない。
     その『彼』とは――言わずもがな。
    (「パンタソスが出てくるということは、間違いなく狙いが、あるはずだ」)
     久々に行動が予知されたダイヤのシャドウ、『仮像者』パンタソス・カロである。
    「パンタソス――あの「帽子屋」が、何故今になって……一体何の目的で……?」
     ミルフィ・ラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・d03802)もアシュと同じく、彼の出現に疑問を抱くも。
    「先ずはヨウ様を悪夢から救わねばですわね」
     ソウルボードの中で、まずはヨウに接触をと、視線を向けて。
    (「あいつが何を考えてるのかはわからない……けど、まずは……!」)
     ユリアーネ・ツァールマン(咎負の鳥・d23999)が俯いているヨウへと声を掛ける。
    「……どうしたの? 何だか元気ないみたいだから、気になって」
    「何か悩み事があるのなら、聞こうか?」
     気さくにそう言った二階堂・空(大学生シャドウハンター・d05690)に、ヨウは驚いた視線を向けるも。目の前の灼滅者達を見回し、答えるのだった。
    「新しい学校で、まだ友達おらんくて……僕の喋る言葉、ヘンって」
    「方言をからかわれたか……オレにも経験が有るな」
     え、本当に? と一瞬顔を上げたヨウに、神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756)は頷いて。同じ気持ちを味わった事がある身として、助言する。
    「だからと言って怖がって居ては何も変わらないぞ? 此方から歩み寄って自分を知って貰わないとだ」
    「方言のことは、意味を教えてあげればいい」
     アシュも、言葉の壁に悩むヨウへとアドバイスを。それに煉も再び続く。
    「逆にヨウも分からない言葉が有るんじゃないか? そう言うのも訊いて行けば良いさ。それが切欠になるかもしれないしね」
    「わかりにくいのなら、君も標準語で話す心がけも必要だよ」
     歩み寄ってみなよ、と。ヨウの背中を押すアシュ。
     そして続いた有坂・一弥(炎の着ぐるみ職人・d28503)の言葉に。
    「……仲間に入りたいのなら自分を知ってもらうってことが大切じゃないかと俺は思うな。でないといつまでもよく知らない人のままだ。その関係から一歩進むためには自分で行動するしかないんじゃないかな」
    「よく知らない人の、まま……」
     ヨウはぽつりと呟くも。いまだその顔は、俯いたまま。
     そんな彼に問うのは、ユリアーネ。
    「……怖いの?」
     それに、こくりとひとつ、無言で頷くヨウ。
     その心境を理解してあげながらも、ユリアーネは言葉を紡ぐ。
    「うん。自分から新しい環境に入るのって怖いよね。私もそうだったもの。日本の人とちゃんとやっていけるのか、って……でも、そうやって怖がってるだけじゃ、何も変わらないよ」
     自分もかつて同じ不安を、抱えた事があるから。
    「怖いわよね、嫌われて一人になるのは。でも、それは相手も同じだと思うわ。本当は仲良くしたいのにおいでよといえないだけなの」
    「……本当に?」
     神楽・識(ヤクザ系鉄パイプマイスター・d17958)はその綺麗な顔に、微かに笑み宿して。ええ、とヨウへと頷き返せば。
    「新しい環境、人と違う事、日常生活でも恐ろしい事って一杯あるよね」
     空も、ヨウが不安に思うその心を汲みつつも。
    「でもさ、それはきっと自分だけじゃなくて周りもそうなんだ。皆も君と同じで怖いんさ。だからこそ相手も今一歩君の方へ踏み込むことができないんじゃないかな。だったら、その距離を埋める為に、君が一歩でも二歩でも前に出てやるんだ」
     前へと進む為に必要な勇気を、教えてあげて。
    「否定されると思わないで、ほんの少しだけ勇気を出してみて。貴方ならきっともっと多くの人と仲良くなれるはずだから」
    「一歩、前に出るだけでいい。きっとみんなは応えてくれる。現実は、きっとこんな悪夢みたいに辛いものじゃないはずだから」
     そう告げる、識やユリアーネ。
     そして同行した皆に説得は任せ、敢えて己は何も言わないながらも。
    (「言葉にしなければ伝えられない事もある、自分の言葉を紡いで欲しい」)
     周囲の悪夢への警戒を怠らぬまま、犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)もそう、ヨウへと視線を向ける。
     自分の気持ちを、ちゃんと自分で伝えられるように。
     そんな灼滅者達の声を聞いて。
    「大丈夫、かな……」
     ヨウはまだ少し不安気に、8人の灼滅者達を見回すも。
    「大丈夫、君にはその勇気がある。今までの自分を思い出してごらん」
    「ヨウには九州に友達がたくさんいたのだろう? いいところはたくさんあるはずだ。それを信じろ」
    「……うん、分かった。僕からみんなに、話しかけてみる!」
     優しく微笑む空に大きく頷いて。ランドセルの脇でひとりぼっち揺れるまぐろキーホルダーの隣に自作のイワシマスコットをつけてくれた一弥へと。ようやく宿した微笑みを、返したのだった。
     だが――次の瞬間。
    『無駄よ! 言葉分かんないもん』
    『だから一緒に遊びたくない』
    『お兄ちゃんお姉ちゃんたち……邪魔しないで!』
    「えっ!?」
     ヨウは驚いて大きく瞳を見開く。
     そんな彼の目に映るのは、いまにも襲い掛からんと迫るクラスメイト達の姿。
     でも。
    「ヨウ様、目の前のクラスメイトは只の仮初、貴方を惑わそうとする悪夢ですわ!」
     咄嗟に悪夢達の前に立ちはだかり、声を上げるミルフィ。
    「え、悪夢……?」
    「転校生ってのは最初は注目されるもんだ。最初から無視とかなんてないさ」
     一弥も、ヨウを守るべく咄嗟に前へと出ると。
    「……こんな風に人を襲ってくるとか現実じゃないだろ?」
     寄生体と融合した青き左腕で、トラウマを植えつけんと悪夢が放ってきた殴打をすかさず受け止めて。
    「下がっていなさいな……危ないからね」
     ヨウに危害が加わらぬよう、識が彼を後ろへと下がらせたのだった。
     悪夢達を、彼の夢から撃退する為に。

    ●少年と悪夢
    「来るわね……行きなさい。颪」
     主の声に応えるかの様にエンジン音を轟かせて。悪夢へと突撃する颪山車と共に、摩擦から生じた炎を纏う蹴りを識が繰り出せば。
    「面影糸を括り断ち切る剣を熾せ。――影剣立花」
     ぐんと伸びた煉の影が打ち据える大楯と成り、悪夢へと強烈な打撃を見舞って。
     夢の中を駆けながらも、空が白金のイブニングスター咲くマスケット銃を構えた刹那。撃ち出された弾丸が勢い良く地を跳ね、勢いを増して1体の悪夢を仕留める。
     さらに戦場に飛ぶのは、アシュの『ダークハート』から放たれた漆黒の弾丸。毒を帯びた闇の銃撃は、周りが光である事を証明するかの様に、悪夢を撃ち抜いて。
     この悪夢の裏に潜む存在や目算など、気になる事は多々あれど。
    「まずは……この悪夢達を、退治してからだね」
     目の前の敵を片付けるべく、頬にダイヤのスートを浮かべたユリアーネが悪夢の群れを見遣れば。瞬間、雪空の如き白銀の閃きを纏う毒の刃が投擲され、敵へと鋭撃を見舞っていく。
     そして、悪夢達の標的が自分達にあると確り見定め、一番大きく揺らいだ悪夢目掛けて。高速で繰る鋭利な糸で、さらに敵1体を斬り裂き消滅させる沙夜。
    「こ、これ、夢なんだよ、ね」
     悪夢から遥か離れた位置まで避難し、そうぽつりと呟くヨウだが。
    『どうせ、みんなヨウの事なんて見ない』
    『話しかけても、無駄だよ!』
     不安を煽る言葉を吐く、クラスメイトの姿をした悪夢達。
     でも、ヨウ自身も自覚し始めている様に、これは『夢』。
     神秘的な歌声を響かせた後、地を蹴り跳ねるのは、焔を生むインラインスケートを履いた白兎。
    「大丈夫、ほんの少し勇気を出して、踏み出すのですわ」
     刹那、ミルフィの流星の如き蹴りが悪夢へと炸裂し、打ち倒して。
    「クラスメイトの皆様は、ヨウ様がお声を掛けるのを待っておりますわ」
     目前の偽者ではなく、本物の級友達の気持ちを彼に伝える。
     そして、執拗にトラウマを抉らんと打撃を繰り出す敵を、決して後ろには通さないと。仲間を庇う盾となりながらも、一弥の螺旋の軌道を描く一撃が悪夢を穿ち、撃ち出された冷気のつららが敵を貫く。
     それでも悪夢は、漆黒の弾丸を灼滅者達へと放ってくるも。それをすぐに打ち消すのは、識が招いた清浄たる優しい風。同時に、皆を守る颪山車が再び敵へ突撃して。
     瞬時に斬り裂く太刀と化した、畏れを纏いし煉の影がまた1体、鬼気迫る斬撃で悪夢を斬り伏せる。
     そしてそれぞれ別の角度から、残り1体の悪夢を同時に撃ち抜いたのは。金の三つ編みと腰の卵型ストラップを揺らすアシュと、3つのチャーム揺れるレザーブレスを纏う空から放たれた、漆黒の弾丸。
     さらにその銃撃を浴び、大きく仰け反った悪夢の身を捉え巻きついたのは、沙夜の放った糸。
     そんな沙夜の鋭い糸の一撃が、敵を捕縛すると同時に。
     最後の悪夢を、消滅させたのだった。

    ●仮像者の目算
    「さて、ダイヤの紳士は何しにくるのかね」
     まさか流石にお茶会しにきただけなんてことはないだろうしなぁ、と空は笑いつつも。取り合えずはダイヤの紳士の話をまず聞こうと、待機して。
    「俺達に用事かな。それとももう済んだ?」
    「見ている事は分かっている、何か話が有るんじゃないのか?」
     そう言葉を投げるアシュに、煉は続きながらも。もしも人間に被害を及ぼす内容でなければ、彼に協力を申し出ても良いかもしれないと、そう思う。
     ――そして。
    「!」
    「やぁ、灼滅者の諸君。ご機嫌いかがかな?」
    「パンタソス……!」
     姿を現したのは、白のテイルコートと帽子を纏ったダイヤのシャドウ。
     だが、今回の『悪夢』は彼らしくないと。パンタソスと以前接触した事のある沙夜は、礼節を弁えた淑女的な態度で尋ねる。
    「今回の件、貴方にとって推察通りの結果ですか?」
    「君達の思考が理解不能なのは相変わらずだけれど。ある意味、推察通りかも知れないね」
     ふふ、とそう笑む紳士に今度は、ミルフィとユリアーネが同時に声をかける。
    「お初にお目にかかりますわ……帽子屋――パンタソス様」
    「なんで今になって現れたの? 今まで寝てたとか?」
     展覧儀のさなかにダイヤのシャドウに闇堕ちしたユリアーネにとっては、同じダイヤのスートのシャドウの動向は気になるところだ。
     そして、申し訳ないけれどお茶会する暇はないんだ、と紳士的にミルフィの差し出したお菓子を遠慮したパンタソスに。
     次は、識とアシュが尋ねる。
    「そういえば、最近シャドウが外の世界で現われてると小耳にはさんでるのだけど。あれは貴方たちが?」
    「シャドウの現実世界で暴れる事件、同じスートのパンタソスは超怪しいよね」
     その言葉に、パンタソスは大袈裟に首を傾けてから。
    「おやおや。君達には、私が武闘派にみえるのかい?」
    「パンタソス様は、以前はコルネリウスに組していたとか……今でも彼女とは協力関係に?」
     そう言ったミルフィに、くすりと笑む。
    「以前も何も。その慈愛のお姫様のおつかいで、私は君達に会いに来たんじゃないか」
    「!」
     パンタソスの目的――それは、コルネリウスの差し金であったのだ。
     そして驚く灼滅者達に彼は、その『おつかい』の内容を語り始める。
    「四大シャドウの一体……『歓喜のデスギガス』なんだけど。彼はね、配下を獄魔覇獄に送り込んで、獄魔大将としたんだよ。デスギガスは獄魔覇獄で得られる力を使って、活動の場所をソウルボードから現実世界に変えるつもりなんだろうね」
    「……『歓喜のデスギガス』!」
     あっさりとパンタソスの口から出た、『ザ・ダイヤ』の名。
     それは以前、灼滅者達が予兆で聞いたものであった。
    「それで君達も知っていたように、デスギガス配下達は獄魔覇獄に参加するために今一生懸命、現実での実体化実験をしているわけなんだけどさ。我が愛しの慈愛のお姫様は、シャドウが現実世界で暴れる事を良しとは思ってはいないからね。獄魔覇獄において、デスギガス勢力の敗退を望んでいるんだ」
     パンタソスはそこまで言った後。
     赤の瞳をふっと細め、穏やかな笑顔を宿したままで。
    「お姫様は、もしも武蔵坂学園が、獄魔覇獄の初手でデスギガス勢力を集中攻撃をするならば……ソウルボード側から『ザ・ハート』の勢力が、デスギガス勢力を攻略するとの仰せだ。そうすれば、デスギガス勢力を獄魔覇獄から脱落させられるだろうね」
     灼滅者達へと、そんな『提案』をしてきたのである。
     だが、すぐこの場で決められる内容ではない。改めて、それこそお茶会でもと、そう思った灼滅者達だが。
     それを見透かす様に、パンタソスは続ける。
    「ああ、承諾の返事や交渉は必要ないよ。必ず行って欲しいと強要するわけじゃ無いからね。ただ、行うかどうかは君達にお任せするけれどね……戦う順番を変えるだけで一勢力が脱落するのならば、かなりお得じゃないかい?」
     どうかな? と。相変わらす紳士的に笑むパンタソス。
     そんな彼に、プレスター・ジョンの国やタロットの事、彼自身の思考等について、引き続き質問を投げてみた灼滅者だが。
     人差し指を口に当て、ふふっと笑むだけで、答える気のないパンタソス。
     彼は、質疑応答する為に現われたのではないから。
     そしてコルネリウスの伝言を告げ終わり、去るその前に。
    「そうそう、さっきの『悪夢』だけどね。この子はね、引っ越しの後勇気が出せずに友達が出来なくて不幸になっていたのさ。君達が倒した悪夢は、そんな彼の心の中の『不安』。でもそれが払拭されたのだから、おそらく、現実世界でも幸福になれるんじゃないかな?」
     これも実験のひとつだけどね――と。
     笑んで言ったパンタソスに、最後に一弥は尋ねる。
    「その考えと今回の接触を経てパンタソス、お前はどうするんだ?」
    「さぁ、どうだろう? でもそれは、君達次第かもね?」
     そして、では失礼するよ、とシルクハットの鍔を摘み、律儀にお辞儀した後。
    「……!」
     パンタソスは、ヨウの夢から姿を消したのだった。
     
     パンタソスから告げられた、『歓喜のデスギガスの思惑』と『コルネリウスの提案』。
     現実世界でシャドウが暴れる事を良しとしないコルネリウスが持ちかけてきたこの提案を、どうするか。
     それは――武蔵坂学園の皆の、選択次第である。

    作者:志稲愛海 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 13/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 5
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