ヒイロカミと犬猫眷属たち

    作者:御剣鋼

     ——ピーーッ!!
     晩秋を迎えた夜風に混じって、鋭い指笛のような音が短く響く。
     繁華街の片隅で身を寄せ合い、暖をとっていた野良猫達の耳が僅かに動くや否や、瞬時に瞳孔を見開いた。
     野良猫……否、既に眷属と化した彼らは凄まじい脚力で飛び出すと、瞬く間に風になる。
     繁華街を抜け、街を飛び出し、郊外の石畳の道を駆け上がると、別の方角から来た野良犬達が同じ方向を目指して、力強く石畳を蹴っていて。
     いがみあうこともなく合流した犬猫眷属達が目指す先には、炎を纏った影が在った。
    『ミンナ、コッチコッチ』
     獣に似た声色で眷属達を迎えたのは、半人半獣のイフリート『ヒイロカミ』。
     その後ろには、既に多数の犬猫眷属達が静かに従っており、まるで百鬼夜行のよう……。
    『チョットダケ、寒クナッテキタナ……』
     新しく加わった眷属達を護るように先頭に立ったヒイロカミは、後方を見回す。
     怪我をしたり体力が衰えているものがいないことを確認すると、歩幅を少しだけ早めた。
    『次ノ街モ、イッパイ眷属イルト、イイナ!』
     100を超える眷属を引き連れたヒイロカミは、各地を転々としながら旅を続けていて。
     そして、街の近くまで着くと指を口にあてて、ピーッと器用に指笛を吹くのだった。
     
    ●指笛が導くのは……
    「ボク、野良犬猫眷属化には、クロキバやアカハガネが関与してると思って調べてたの」
     晩秋の木漏れ日が差す教室に、シオン・ハークレー(光芒・d01975)の声が浸透する。
     過去の関連する報告書等を調べる過程で、それを纏めていた里中・清政(高校生エクスブレイン・dn0122)の協力も仰いだところ……。
     ガイオウガ一派のイフリート『ヒイロカミ』が眷属化した犬や猫を集め、何処かに連れ去っていることが、判明したのだという。
    「何が目的なのかな? 会って少しでも情報を集めることが出来ればいいんだけど……」
    「眷属を集めている最中でありましたら、接触自体は容易でございますよ」
     さりげなく教壇に立ってみせたシオンに、執事エクスブレインは微笑みながらバインダーから地図を取り出す。
     そこには、次にヒイロカミが現れると思われる街と場所が、赤印で記されていた。
    「取り巻きの眷属は100を超え、ヒイロカミもいることから威力偵察等の圧力をかけるような戦闘介入は、非常に危険を伴います」
     接触のタイミングは『ヒイロカミと野良犬猫眷属が合流した後』になる。
     予知能力を持たないヒイロカミとの早々の接触は、眷属集めの邪魔をしに来たと勘違いされる恐れがあるからだ。
    「過去に接触された灼滅者様方の尽力もあり、ヒイロカミは武蔵坂の灼滅者に関しましては、一目置いている節がございます。ですので、基本は情報収集のための調査や交渉を行う感じになるかと思います」
     とは言っても、一派以外の他ダークネス種族に頼るのなら、武蔵坂の灼滅者の方がまだ良い感じなくらいだと付け加える。
     それでも、少しでも気に障ると癇癪を起こすことがあったヒイロカミ相手に、調査だけでなく話し合いにも重点を置くことが可能になったのは、朗報に違いなかった。
     
    ●現在のガイオウガ一派
    「まずは、ガイオウガ一派の動向について、わたくしの方から軽く補足させて頂きます」
     前回のヒイロカミ接触で得た情報を切掛けに、有志が各地の源泉にいるイフリートに確認したところ、クロキバを始め、多数のイフリートが消息不明になっているということが判明したのだと告げる。
     圧倒的な破壊力と殺戮欲を内に秘め、本能に従うイフリートが常に相手の位置を把握しているわけではない。
     例外的にそういう確認をとったり、細かい作業をしていたのが、イフリート『クロキバ』だったという訳だ。
    「ヒイロカミが伝令を買って出たという話もございましたが、当のクロキバがいない今、『ゴッドモンスター』の戦い以降は、なんともかんともという状況が続いておりました」
     その後、原始化をもたらす竜の如きイフリートも現れ、長期に渡ってガイオウガ一派の動向が掴めていなかった中、まさに渡りにイフリート!
     これは絶好の機会でございますと、執事エクスブレインは期待の眼差しを向けた。
    「可能であれば、眷属以外の情報を持ち帰ることが出来ましたら、尚宜しいかと思います」
     
    ●ヒイロカミと犬猫眷属たち
     ヒイロカミについても何処か冷静なのが気になると、執事エクスブレインは続ける。
     彼が信頼しており、知恵を持つ何者かの助言を受けている可能性は、少なくない。
    「落ち着いているとはいえ、ヒイロカミの幼くて短絡な思考は変わっておりません」
     子供が興味を持つような行動やモノに喰い付きやすい傾向も余り変わっていないという。
     反面、難しい言葉や言い回しをしたり、子供扱いした場合、直ぐに機嫌を損ねてしまう。
     これまでの傾向からも質問攻めは避け、2つか3つくらいに絞っておくのが無難だろう。
    「100体近くの眷属とヒイロカミとの総力戦になれば、勝ち目はございませんでしょう」
     現状のヒイロカミの立ち位置や力量についても、不明な点が多い。
     無理そうならば直ぐに撤退するのも勇気だと、執事エクスブレインは視線を細めた。
    「眷属につきましても見掛けはファンシーでございますが、油断なさいませんように」
     ヒイロカミが犬猫眷属を集めているのは間違いないけれど、制御下に置いているかどうかまでは分かっていない。
     上手く交渉が成立した場合でも、何らかの理由で眷属達と戦闘になる場合も考えられる。
    「いきなり触って怒らせて、ヒイロカミの制止を振り切って襲い掛かってくるとか?」
    「その可能性はございますね、飼い猫でも時には飼い主に爪をたてるくらいですから」
     シオンが頷くと、執事エクスブレインもまた神妙に眉を寄せる。
     安易な気持ちで接触した場合、最悪は仲間の命全てを危険に晒すことになるだろう。
    「皆様方の調査次第ですが、更なる進展に繋がる可能性もございます。気を付けていってらっしゃいませ」
     執事エクスブレインは「朗報を期待しております」と、口元を結ぶ。
     そして、いつも通りの穏やかな笑みで、深く頭を下げるのだった。


    参加者
    シオン・ハークレー(光芒・d01975)
    暁・鈴葉(烈火散華・d03126)
    野乃・御伽(アクロファイア・d15646)
    船勝宮・亜綾(天然おとぼけミサイル娘・d19718)
    オリヴィエ・オーギュスト(従騎士・d20011)
    セレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)
    鈴木・咲良(モモンガじゃないフェレットだ・d25318)
    ルクルド・カラーサ(生意気オージー・d26139)

    ■リプレイ

    ●ヒイロカミと犬猫眷属たち
    「みなさぁん、ヒイロカミさん達がきましたよぅ」
     寝ぼけながらも仲間と進路上で待ち伏せしていた船勝宮・亜綾(天然おとぼけミサイル娘・d19718)は、自分達の存在を知らせるように、LEDライトを大きく振る。
     石畳の上を進む無数の先頭に灯った緋の光は、次第に炎となり、距離が縮むにつれてはっきり少年の姿を——ヒイロカミを映し出した。
    「あ、君達だったんだ! 久しぶりだね……凄い大群が近づいてるって聞いてさ、確認に来たんだけど」
     戦う意思がないことを示すように、オリヴィエ・オーギュスト(従騎士・d20011)が先に姿をみせると、ヒイロカミは瞳をぱちぱちと大きく瞬かせて。
     できるだけ穏便に済むことが出来るように願っていたセレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)は、最初の接触が穏やかに進み始めて、密かに安堵を洩らした。
    「僕の名前はルクルド・カラーサ。武蔵坂学園の者だよ。よろしくね」
     ルクルド・カラーサ(生意気オージー・d26139)が簡潔に挨拶をすませ、珍しく人の姿を保ったセレスも「私も武蔵坂学園の灼滅者だ」とはっきり名乗る。
    『ヤッパリ、スレイヤーカ!』
     ヒイロカミの表情は少し緩んでいたけれど、何処か緊張しているようにも感じられる。
     大勢の眷属を引き連れているので、少なからず警戒はしているのだろうか……?
     灼滅者達の挨拶が粛々と進む中、シオン・ハークレー(光芒・d01975)は、じーっとヒイロカミを見つめていた。
    (「角って身長に含まれるのかな……でも、体の一部だし……うーん……」)
     バナナがおやつに入るなら角も身長に入れてもいいの? まさにそんな葛藤ッ!
     不意に強い視線を感じたシオンが顔を上げると、ほぼ同じ位置で目と目がぴったり合う。
     同じ低身長同士で波長があったのか、ヒイロカミもシオンをじーっと見つめていて……?
    『オレ、ナンダカ、オマエニ親近感、ワイタゾ!』
    「うん、お互いがんばろうね!」
     がしっと握手するチビっ子達——否、同志達の輪ッ!
     そんな和やかな流れに乗るように、気さくに挨拶を済ませた野乃・御伽(アクロファイア・d15646)は、ヒイロカミの背後の眷属達に視線を留めた。
    「こんなに沢山連れてるなんてすげーな。1人でやってんのか? 大したもんだぜ」
    「この数の先頭にいると将って感じでかっこいいね……また何か大きな戦いでもあるの?」
     御伽がヨイショするように情報収集を兼ねた話題に切り替えると、オリヴィエも少しだけ緑色の瞳を輝かせて言葉を重ねていく。
     ヒイロカミもどこか誇らしげな様子で、首を縦に振って応えた。
    『ウン、犬猫眷属タチ「獄魔覇獄」ノ戦力ニナルカラ、集メテクルヨウニ、言ワレタンダ』
    「えっ!? そうなんだ、すごいね!」
     ——これだけの眷属を何処に何のために連れていくのだろう?
     そう思っていた鈴木・咲良(モモンガじゃないフェレットだ・d25318)は、ヒイロカミの口からするっと出てきた言葉に驚きを隠せずにいて。
     同じく1人で集めたのか気になっていたルクルドも苛立たせないよう、耳を傾けた。
    「少し休憩していきませんか?」
     眷属集めが獄魔覇獄のためであるなら、『獄魔大将』にも関わっているかもしれない。
     詳しい話を伺おうと亜綾がバスケットから手作りのお菓子を見せると、ヒイロカミは「シナイ」と、はっきり首を横に振る。
     似たようなことを試みようとしたオリヴィエと咲良は直ぐに食べ物を勧めるのを止め、邪魔しない程度に一緒に移動しようとした時だった。
    『ソレ、何ダ?』
     ヒイロカミの視線が温かいココアを飲みながら歩く御伽の手元へ、ぴたりと吸い付く。
    「夜は冷えるし、コレ温まるからどうだ?」
     その視線に気づいた御伽が手元の焼き芋や栗を見せつつ、おにぎりを自ら食べると……。
     少し肌寒いなと思っていたヒイロカミは「仕方ナイ、チョットダケ」と、足を止めた。
    (「夏バテもするなら風邪もひくのだろうか。あまり想像できんが」)
     ゴボゴボと沸騰するココアを勢いよく飲み始めたヒイロカミに、暁・鈴葉(烈火散華・d03126)は軽く苦笑を洩らしつつ、周囲を見回す。
     亜綾と霊犬の烈光さん、咲良も第三勢力の介入がないか周囲の警戒を始めたのだった。

    ●炎の獄魔大将の名
    「こんな寒い日だからどうぞ」
    『スレイヤー、アリガト』
     セレスがお代わりのホットココアをいれたコップを手渡すと、ヒイロカミは頬を緩めて。
     ルクルドがお土産として渡そうとした肉は「ゴメンイラナイ、スレイヤー食ベテ」と断り、何故かココア以外は手を付けようとしなかった。
    (「ヒイロカミ……今もクロキバの為に動いているのだろうか」)
     休憩を勧めた時、はっきり「シナイ」と言ったのが、セレスはどうにも引っ掛かる。
     何れにしても、話しを聞いてみないと分からない今、足を止めてくれたのは僥倖だった。
    「凄くたくさんいますねぇ、これだけいると逸れたりする方も出そうですぅ」
    「他勢力に狙われてる可能性もあるし、引き続き周囲の警戒をしておくねー」
     亜綾が様子見を兼ねて眷属に菓子を見せてみたところ、犬猫達は寄ってくることもなく、軽く威嚇するだけで口にしようともせず。
     何かを警戒しているのかもしれないと、咲良が食料を背負ったまま周囲を見回すけれど、そのような気配も感じられなかった。
    「眷属に何かする時は、ヒイロカミに一言断りを入れると良かったかもしれないな」
     ヒイロカミは元より眷属にも対等に接するならばと、鈴葉が言葉を洩らす。
     幸い、それ以上に干渉する者はなく、眷属達は終始大人しくその場に待機していた。
    (「イフリートと交渉かぁ……」)
     ルクルドの視界の端にも、ココアを飲み終わったヒイロカミが然りと映っていて。
     肉の差し入れを断った時といい、聞いていた情報とは違って、とても冷静に見える。
    (「正直、すごく怖い………」)
     イフリートに出会うと、怖い目ばかりに会ってる気がしてならないと、ルクルドは思う。
     依頼で交戦するイフリートすら凶暴で恐ろしいのに、強力なイフリートであるヒイロカミを相手に恐ろしさを感じないというのは、困難すら覚えていて。
    「そう言えばさ、最近時々街で犬や猫が突然眷属化する事があるらしいんだけど……あれも君なの?」
     逆に、オリヴィエにとっては相手がイフリートでも、一緒に遊んだ小学生的には友達だ。
     皆と同じ違和感を抱きながらも、ヒイロカミの矜持を尊重しつつ言葉を掛けた時だった。
    『オレ違ウ。クロキバガ獄魔大将ニ、ナッタカラダ』
    「「——!」」
     ——クロキバが『獄魔大将』になった。
     一瞬声を失う中、ヒイロカミは「オレハ集メルヨウニ言ワレタカラ集メテル」と告げる。
    (「クロキバを見たのは、新潟でアフリカンパンサーと戦ってるのが最後だったな……」)
     御伽は胸の内でこれまでの経緯を整頓する。違和感はなく、むしろ空白が埋まっていく。
     ヒイロカミが冷静なのも、クロキバから幾つか助言を貰っているからだろう。
     ……それ以外は、考えられなかった。
    「この前のクロキバさん達の行方の件なんだけど、その様子ならクロキバさん達見つかったみたいでよかった」
     クロキバ達の安否が分かって安堵すると同時に、彼等は獄魔覇獄の備えに動いているのだろうと、シオンは推察する。
    「こちらでは行方までは掴めずすまないと思っていたのだが、無事なようで安心した」
    『ウン! 獄魔大将ッテ、何ダカカッコイイヨナ!』
     自分達の沈黙で空気が重くならないよう、鈴葉が会話の流れを繋いでいく。
     咲良も次の質問に繋げ易くなるように、ヒイロカミを言葉で持ち上げた時だった。
    「ヒイロカミも想像してた以上にカッコイイよ! すっごい強そう! 大きい武器使う人って憧れちゃうー♪」
    『エヘヘ、ソウデモナイゾ。武蔵坂ニモ、獄魔大将ガイルッテ、キイテルカラ!』
     またもや思わぬ発言を返したヒイロカミに、半ば楽しんでいた咲良の背にも緊張が走る。
     会話の流れを乱されたセレスと御伽が竜種のことを紡げずにいた中、ヒイロカミの何処か眠たげな金色の眼差しが、ふと真剣なものに変わった。
    『獄魔覇獄ヲ勝チ抜クタメ、オレ達トイッショニ、戦ッテクレナイカ?』

    ●情報の対価
    『モシ、話シ合イ、シテクレルナラ、別府温泉ノ鶴見岳ニ、伝言オネガイ』
     そう続けたヒイロカミは何かをハッと思い出したように、急いで踵を返そうとしていて。
     息継ぐ間もなく話題と状況が切り変わる中、御伽の唇が咄嗟に動いた。
    「こっちでも情報収集はしてるし、何か分かったらすぐ石版で連絡するわ」
    「クロキバの所に向かうのか? 使ってみたいものがあれば使ってくれ」
     御伽の言の葉に合わせて、鈴葉も移動の邪魔にならない防寒具をヒイロカミに見せる。
     押しつけではなく必要あればの鈴葉の姿勢に、ヒイロカミは腹巻を選んで手に取った。
    「次会う時はのんびり戦士について語ろうぜ。俺、お前の強いとこ好きだしよ」
     強さを好む者同士、少しでも近づけたらと御伽が気さくに笑う、けれど。
     ヒイロカミは珍しく申し訳無さそうに足を止め、バツが悪そうに灼滅者達を見回した。
    『アノネ、武蔵坂ニ出会ッタラ、眷属集メルノ止メテ、スグニ撤退スルヨウニッテ、クロキバニ言ワレテタンダ』
    「え、どうして?」
    『危険カモシレナイカラッテ、イッテタ』
     不思議そうに小さな瞳を瞬かせた咲良に、ヒイロカミは慌てて手をバタバタさせる。
     まるで、思わぬ道草をしてしまったことを誤摩化す、幼い子供のように見えたが……。
    『クロキバ心配性ダヨナ! ア、オレガ道草シタコト、クロキバニハ内緒デ、オネガイ!』
     どうやら見間違いではなさそうで……。
     もはや、驚きを通り越したルクルドは、いろんな意味で返す言葉が出てこない。
     愛想良く人差し指を自身の口元にあてたヒイロカミに、ふと亜綾が首を傾げた。
    「ヒイロカミさんが回収しなかった眷属はどうなるんですぅ?」
    「たしかに、作りっぱなしなだけだったら困るかな。街の中で暴れられたら、僕達だって放っておけないもの」
     亜綾に同意するようにオリヴィエが言葉を重ねると、ヒイロカミは意外にも「ソレモソウダ」と頷いて。
    『オレガ集メレナカッタ眷属、街ノ人ニ迷惑カケルナラ、全部倒シテイイゾ!』
    「え! それ、本当に大丈夫?」
     ルクルドが再確認すると、ヒイロカミは「イイヨ好キニシテ」と自信もって答えてみせて。
     そして、今度こそ踵を返したヒイロカミの後を、眷属達が続々と続いていった。
    『押シツケテゴメン、ジャアネ!』
     手をぶんぶん振りながら走り去るヒイロカミに、オリヴィエが軽く手を振り返す。
     残された少年少女達の間に沈黙が流れる。その沈黙を最初に破ったのは、シオンだった。
    「街の犬や猫が眷属化したのは、クロキバさんが獄魔大将になった影響だったんだね……」
     シオンの呟きに、オリヴィエも黙したまま頷く。
     色んな人を悲しませる犬や猫達の眷族化。あれを引き起こしたのはヒイロカミでなくても、彼の仲間なのは事実だから。
    「眷属の後始末は、貴重な情報の対価だと思えば、安いかもしれないな」
     鶴見岳がある九州では、六六六人衆の不穏な動きも見受けられる。
     セレスはヒイロカミが最後に向かおうとしていた街を見つめ、静かに瞳を細めた。

     そして、その直後。
     執事エクスブレインから連絡が届き、急遽その街に残る眷属達を掃討することとなる。

    ●夜炎の断片
    「これで最後でしょうか」
     最後の眷属を後方から撃ち落としたルクルドが、額の汗を拭う。
     幸い、眷属は強くなく、数も多くなかったけれど、今度は味方に振り回される形になった灼滅者達は、皆疲れに似た溜息を洩らしていて。
     とはいえ、連絡がなかったら街中をしらみつぶしに探すことになっていたと思うと、ぞっとするものがあった。
    「んー、私達の力量を信頼しているからだと思いますがぁ、無茶を言いますねぇ」
    「そうだな、悪気はないと思うが」
     亜綾が烈光さんを撫でながら呟くと、木槍の切先を払いながらセレスが苦笑を洩らす。
     シオンも小さな笑みを洩らしつつ、ふと真剣な眼差しを浮かべた。
    「ヒイロカミさんにも悪気はなさそうだったけど、クロキバさんは武蔵坂を警戒しているのかもしれないね」
     後ろ髪を引かれるように立ち去った小さな背を思い出し、シオンは唇をぎゅっと結ぶ。
     そうでなければ、武蔵坂に会ったらすぐに撤退しろ、という指示は出さないはずだ。
    「我等が問答無用でヒイロカミを灼滅することを、クロキバが考えていた可能性はあるな」
    「集めた眷属の子達の安全が第一だったかもしれないよー?」
     鈴葉が神妙に眉を寄せると、咲良も小さく首を傾げてみせて。
    「何はともあれ、クロキバが『獄魔覇獄について何か知っている』のは確実だな」
     薄闇に響く御伽の声に、幾つもの視線が集まる。
     亜綾も眠気で重くなった瞼を起こすように瞳を瞬き、ゆっくり口を開いた。
    「話を聞くことができればいいかもしれませんねぇ、早めに報告しておきましょうかぁ」
    「そうですね、イフリート側の獄魔大将がクロキバだと分かったのは、重要ですし」
     幾つかの謎が解けると同時に、新たな謎が生まれる。
     そしてその情報を運んでくれた炎を追うように、オリヴィエは南の空へ視線を向けた。
    「また会えるといいな」
     冷たくなった夜風にセレスは呟きに似た想いを、そっと流す。

     再び相見える時は、敵になるのか、味方になるのか、それとも——。
     それは、誰にも分からない。

    作者:御剣鋼 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 7
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