黒のサイクロプス

    作者:泰月

    ●とある駅で
     最終電車が出た後の駅は、静まり返っている筈だった。
    『フンッ……ググ……まだ強イカ……もっとダ、もっと静めナクテは!!!』
     改札の向こう、誰もいない筈のホームからそんな声が聞こえてきた。
     まだ改札横の事務室に残っていた駅員達は、顔を見合わせる。
    『フンッ……フハァ! ……ウム。コレなら、活動出来るカ……』
     何事かと事務室から出てきた彼らは、言葉を失った。
     ホームから姿を現したのは、一言で言えば化け物だった。
     2mは優に超えるムキムキとした巨体は全てが黒。
     その頭部にある巨大な1つ目が、彼らを見つける。
    『丁度イイ。オマエら、このサイクロプスの準備運動を手伝え』
     闇の巨人とでも言うべきソレは、長く太い腕で自動改札を壊し駅員達を叩き潰した。

    ●現出せし影
     シャドウ。
     ダークネスの1種族。
     強大な力を持つが、存在するだけでサイキックエナジーを大量に消費する為、人の精神世界であるソウルボードに生息している。
    「――筈なのよね。でも『サイクロプス』と名乗るシャドウが、こっちに出て来るわ」
     夏月・柊子(高校生エクスブレイン・dn0090)は溜息混じりにそう告げて、続きを話し始めた。
     シャドウが現れるのは、とあるローカル線の駅。
     終電が出た直後のホームに出現し、改札の向こうに残っている人達を、準備運動と称して襲って殺す。
    「今から向かって貰えば、シャドウが改札を超えるってタイミングで介入出来るわ」
     到着時点で、駅に残っているのは事務室にいる駅員2人だけ。
     彼らを避難させれば、駅構内は戦いに困る場所ではない。
    「もう1つ問題があるわ。今回のシャドウには、時間制限はないと思って」
     現実世界に出現したシャドウは高い戦闘能力を持つが、一定期間以内にソウルボードに戻らなければならないという制約があった。
     それを、力をセーブする事によって、長期戦を可能にしたらしいのだ。
     それでも並みのダークネスよりは強い力を残している。力をセーブしているからと言って、油断は出来ない。
    「シャドウの外見は、真っ黒な一つ目の巨漢よ。トランプのマークはダイヤ」
     2m以上の巨体は全身、頭から足まで黒。頭部には耳も口もなく目が1つだけ。腕は電柱より太い上に、足元に届くほど長い。
    「見た目だと判り難いけど、腕は肘から先が岩よりも硬くなっていて、ハンマー代わりの武器になるみたいよ」
     トラウマを引き摺り出す力も持つが、それも拳を使う。武器は己の拳。なんとも武闘派なシャドウもいたものだ。
    「現実世界に何の用があって出て来たのか判らないけど、出て来た事が間違いだったと思い知らせてあげましょ。それじゃ、気をつけて行ってらっしゃい」


    参加者
    司城・銀河(タイニーミルキーウェイ・d02950)
    モーリス・ペラダン(夕闇の奇術師・d03894)
    リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)
    月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)
    上名木・敦真(高校生シャドウハンター・d10188)
    銃神・狼(ギルティハウンド・d13566)
    天道・雛菊(天の光はすべて星・d22417)
    雲無・夜々(子羊迷走中・d29589)

    ■リプレイ


    『丁度イイ。オマエら、このサイクロプスの準備運動を――』
    「準備運動は省略してもらいます」
     改札機を破壊した化け物の声を遮って、駅員達の横を駆け抜けた者達がいた。
    「できればそのまま灼滅させてもらいたいのですが」
     先頭で飛び込んだ上名木・敦真(高校生シャドウハンター・d10188)が、障壁を纏った拳を漆黒の身体に叩き付ける。
    『灼滅者ダト?』
    「準備運動なら……」
     突然の乱入者に驚く化け物――シャドウのサイクロプスへ、リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)が声を上げながら続く。
    「こっちが付き合ったげるわよ!」
     威勢の良い言葉と共に、体ごとぶつかるような勢いで飛びかかり、縛霊手の拳を思い切り叩き付ける。
    『邪魔ダ!』
     絡み付いた霊力の網を意に介さず、サイクロプスは組んだ両手を掲げて己の足元へと振り下ろした。
    「ぐっ!」
     障壁が砕ける程の衝撃で漆黒の拳を強烈に叩きつけられ、敦真が弾き飛ばされる。
     振り下ろされたその腕の陰、攻撃に生まれる死角を突いた天道・雛菊(天の光はすべて星・d22417)が忍び寄っていた。
    (「現実のシャドウの味はどうだろうか。存分に味わうといい、星椿よ」)
     胸中で呼び掛け、雛菊は愛刀を抜いて敵の足に斬りつける。
    「お、おい、君達」
    「な、何がどうなって……?」
    「サリュ、失礼」
     困惑する駅員達の前、サイクロプスを彼らの視界から遮るように月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)が間に立つ。
     更に、後ろに現れたモーリス・ペラダン(夕闇の奇術師・d03894)が2人の肩にポンと手を置く。
    「早速だけど、死にたくなかったら下がろうか……」
     クイっと眼鏡を直しながら低い声で告げた千尋は、眼鏡の奥の赤から氷の様に冷たい視線を、全身から殺気を2人に向ける。
    「サーサー、早くお逃げ下さいな。バケモノに殺される前に、デスネ、ケハハ」
     顔の半分を仮面で覆い、もう半面に片眼鏡をかけた割と怪しい風貌のモーリスは、2人の顔を交互に見やりながら言葉とは裏腹に強力な思念を飛ばす。
    「仕事より命の方が大事だろ? 言い訳できる程度には壊しといてやるからさっさと帰りなよ」
     殺気と思念に恐怖と混乱に落とされた駅員達に、自動販売機の上から雲無・夜々(子羊迷走中・d29589)も逃げるように促す。
     2人が此方に背を向けて逃げ出す所まで確認し、司城・銀河(タイニーミルキーウェイ・d02950)は踵を返して地を蹴りサイクロプスに飛びかかる。
    「何の準備運動だか知らないけど、面倒事になる前にお引き取り願うわよ」
     完全に逃げ去るまで彼らから気を逸らそうと、声をあげ螺旋に回る槍を漆黒の腕に突き立てる。
    「ふゅーねる、お前はディフェンダーだ。仲間を守ってくれな」
     銃神・狼(ギルティハウンド・d13566)の指示を受けたサモエドの様な霊犬が前に飛び出し、咥えた刃で斬りかかる。
     その頃には駅員達の姿は見えなくなっていた。
    「ヤハハ! 改めマシテ。ようこそ現実世界へ、歓迎しマショウ」
     モーリスがシルクハットを軽く浮かせながら告げ、白い執事服姿のビハインドが、深々と礼をする。
     と同時に、改札機の残骸が後ろからサイクロプスに飛んできた。
     白い執事服姿のビハインドが、深々と礼をする。
    「やぁ兄弟、ダンスの相手は見つかったかい?」
     夜々もサイクロプスに向き直ってそう告げると、自動販売機から飛び降りる。
     力ずくで2人を運ぶ必要もなくなり、敦真に小さい光輪の盾を飛ばす。
    「まさかシャドウと現実世界で戦うとはな。誰の差し金で、何故出てきた?」
     狼もサイクロプスの方に訊ねながら、銀の指輪に嵌ったかつて壊してしまった親友の瞳の色に軽く口付ける。
    『丁度イイ。準備運動は、オマエラ灼滅者でするとシヨウ』
    「答えないつもりか。なら、さっさとハウス、だ」
     腕を振り上げるサイクロプスを、紅玉から放たれた制約の光が撃ち抜いた。


     サイクロプスが振り回した漆黒の拳が弧を描き、横から跳びかかったリュシールの煌きと重力を纏った重たい蹴りがぶつかった。
    『ム……外ニ出るのに、力を抑エすぎタか』
    「力のセーブね……何かアンブレイカブル辺りが得意そうな技術よね、それ?」
    (「押された振りをする余裕はなさそうね……」)
     弾き飛ばされる形になったリュシールは、足に残る強い痛みに内心舌を巻きながら、サイクロプスにかまをかける。
    「確かに、見た目はアンブレイカブルと言われた方が、しっくりきますね」
     己の影を絡みつかせながら、似た印象を受けていた敦真も言葉を重ねる。
    「キミらの信条は陰暮らしだろうに。実体化の為に実力調整するなんて入れ知恵、どこから仕入れた?」
    『答エル必要はナイ』
     どんな風の吹き回しだと、千尋も問いを重ねるがサイクロプスが答える素振りはない。 もっとも、彼女もそう簡単に喋る相手だとは思っていない。
    「まずその裏側を洗い浚い喋って貰おうか。喋らないなら……吐かせるまで!」
     銀の槍を軸に高く跳び上がった千尋は、煌きと重力を纏った両足を叩き込んだ。
     蹴りの反動を使った宙返りで軸にした槍を引き抜きながら、距離を取る。
    (「精神世界へ行くのがソウルアクセスなら、現実世界に来るのはリアルアライヴ、とでも呼べば良いデショウカ」)
    「マー、シャドウが狩れるのならば、ドウデモイイデスネ、ケハハ」
     脳裏に浮かんだ考えと、サイクロプスの態度を独特な笑いで飛ばして、モーリスはリュシールに小光輪を飛ばす。
    「んー。じゃあ、わざわざ苦労してソウルボードから出て来て、何がお望み?」
     ならばと、銀河は探りを入れる方向性を変える。
    『ウルサイのはオマエもか』
    「他にもダイヤなシャドウ達が出て来てるみたいだけど、お仲間?」
     更に探りを入れながら、霊魂を直接斬る非物質の刃でサイクロプスに斬りつけた。
    『……ウルサイ、と言ってイル』
     斬られた事より質問の多さに、苛立たしげな気配を出し始めたサイクロプス。
     それを見据える雛菊は、向ける言葉を選ぶ。
     ソウルボードから出てきた手段を聞いても、あの様子では答えになりそうな反応は得られまい。ならば、問うべきは――。
    「現実に出てきたのは、武神大戦獄魔覇獄に参加する為ではないのか?」
     探りを入れると同時に己の間合いに踏み込んで、両手に持った星椿――雛星と上霊に影を宿して横薙ぎに振るう。
     2つの刃の軌跡が交わり、漆黒の蝶のような残滓が舞う様に消える。
    『………』
     と、これまですぐに何らかの言葉を返していたサイクロプスが沈黙した。
     どうしたのかと雛菊が問うより早く、サイクロプスの一つ目が彼女に向けられる。
     直後、地を蹴ったサイクロプスが、雛菊目掛け突っ込んで来た。
     無言からの強襲。影を纏った漆黒の拳の前に霊犬が割り込んで、雛菊はその間に距離を取る。
    『なり損ナイの従者風情ガ、目障りダ!』
     拳を阻まれたサイクロプスは、しかし止まらずに今度は両手を振り上げた。
    「ちっ。待て、だっつーの!」
    『オマエら、このサイクロプスが何か答エルとデモ思っタか!』
     立て続けの攻撃を止めようと、スペードを浮かべた狼が再び制約の魔力を放つが、届く前に漆黒の拳が床に叩きつけられた。
     足元から体を浮き上げる程の衝撃が広がり、サイクロプスの近くにいたメンバーに襲い掛かる。
     噴煙の様に舞い上がった埃と瓦礫が収まった時、立っていたのは銀河と千尋。2人の前には、膝をついた敦真とビハインド。
     ビハインドがそのまま倒れ、先に仲間を庇った霊犬も今の衝撃で力尽きて消えて行く。
    「何だ兄弟、その程度でキレちまったのかい?」
     回復が間に合わなかった事に苦いものを感じながら、戦い始めと変わらぬ口調で、夜々は断罪輪を掲げ噴煙に包まれた仲間達へ巨大なオーラの法陣を展開した。


     地を蹴って飛び出した狼が、長い金髪を靡かせ重力を纏った蹴りを叩き込む。
    「ちっ。タフな野郎だ」
     本来ならば、シャドウの活動限界を迎えるであろう時間が過ぎても顔色を変えず戦い続けるサイクロプスに、思わず舌を打つ狼。
     攻撃が効いていない筈はないが、相手が殴ろうが斬ろうが血の一滴も流さない漆黒の体では、狼でなくとも舌打ちの1つもしたい気分にさせられる。
    (「大きなものは、間合いがある程力を乗せられるから……!」)
     見上げる程の巨体だからこそ、リュシールが狙うのはインファイト。
     果敢に間合いを詰め、懐に潜り込んで縛霊手の拳を叩き付ける。
    『目障りダ!』
     だが、サイクロプスの右腕が人間ではありえない角度に曲がった。
     漆黒の拳を叩きつけられた小柄な体が吹き飛ばされ、空いた空間に弧を描いて拳がもう1つ放たれる。
     細長い銀色と漆黒の拳がぶつかって、甲高い金属音が響く。
    「っ……ふぅ、シャドウとしては規格外な存在……だねぇ!」
     受け流せなかった衝撃を槍を支えに耐え、千尋が銀の槍を持ち変える。
     リングの飾りが独特の音を鳴らし、螺旋に回る槍がサイクロプスの腕を貫いた。
    「ホントに、とんでもないアグレッシブなシャドウもいたもんだね」
     自分の倍以上に大きな体に負けないよう、敢えて軽口を叩く銀河。
    「口が無いのに、どこで喋ってるの? それに一つ目って、遠近感掴みにくくて不便じゃない?」
     軽口を続ける銀河の槍、その穂先に力が集まり黒点が生じる。
    『形の決まった人間の方ガ、余程不便で愚カダ!』
     一つ目の不便などないと示すかの様に、漆黒の拳が真っ直ぐ振り下ろされるのを見て、銀河は強く地を蹴った。
     勢いのまま、拳に黒点を押し込むように槍を穿つ。
    「なら、何故サイクロプスと名乗っているのでしょう。他にもギリシア神話に関する名のダークネスを知っているのですか?」
     銀河が離れるのと入れ替わる形で、敦真が纏うオーラを変えた力で自分の傷を癒しながらサイクロプスの前に踊り出た。
     既に尽きかけた体力を気力で戻した状態だが、前に出る事に迷いはなかった。彼が攻撃を集めた分、他の仲間のほとんどはまだ体力に余裕がある。
    『下ラヌ話にコレ以上付き合う気はナイ!』
    「では、デスギガスという名に心当たりはあるか?」
     苛立つサイクロプスの背後から、雛菊が更に探りを入れる。
     と、同時に、手にした刃で巨体の背中を削ぐように斬りつける。
    『ッ! 黙レッ! シツコイぞ!』
     サイクロプスが激昂した様子を見せたのは、しつこく聞かれた事か、灼滅者達のしぶとさへの苛立ちか。
     サーヴァント達は倒されたものの、その後はモーリスと夜々が癒しに専念して支える事で、灼滅者の戦列はそれ以上崩れていない。
    『コレは準備運動ダ! オマエら如キ、黙ッテ潰れてイロ!』
    「そうそう通すわけにはいきません」
    「弱い者相手の力試しとか、そう言う情けない根性が気に入らないのよっ!」
     漆黒の拳から衝撃波が生じる前に、敦真とリュシールが1つずつ受け止めた。
     衝撃で障壁と腕を砕かれ、敦真が力尽きて倒れる。
    「こんな程度、じゃっ……」
     だがリュシールは膝を突きながらギリギリ耐えた。消えかけた意識を繋ぎ止めて、酷く痛む腕でサイクロプスの拳を掴んで離さない。
    『コノッ!?』
     反対の拳を振り上げようとしたサイクロプスが、固まった。
     これまでに数発撃ち込まれた制約の魔力が、ここに来てその巨体の動きを縛り付ける。(「ここだ。今なら、あたしでも何とか当てられるだろ!」)
     敵の攻撃が不発に終わったタイミングなら、攻撃に移れる。夜々は寄生体に殲術道具を融合させ始めた。
    「力試しするにはっ、貧弱過ぎるんじゃ、ないっ!」
     夜々の腕に蒼い砲身が造られるのを見て腕を引くサイクロプスに、リュシールは自分のリズムを合わせて動いた。
    『ヌォォッ!?』
     腕を引っこ抜く勢いで跳び、体全体を使って巨体の体勢を崩し投げ落す。
    『コノ程度――グッ!』
    「綺麗なお目目だね、今夜でお別れというのが残念だよ」
     立った所を夜々の放った死の光線に撃ち抜かれ、ついにサイクロプスが膝をつく。
    「もう一度、訊く。何故、現実の世界に出てこれた?」
    「未だ見ぬザ・ダイヤ、今回の件の黒幕だね?」
     それを見た狼と千尋が、これを最後と問いを放つが――。
    『ナメルな! 敵にベラベラと喋ルものカ!』
    「ケハハ、随分と口の堅いシャドウデスネ」
     吼えたサイクロプスを、モーリスが一笑に付す。
    「さて、これまでの歓迎の対価に、アナタのダイヤをイタダキマス」
     笑顔で告げたモーリスは、この機に嬉々として攻撃に転じる。
     投じた光輪はこれまでの様に仲間には飛ばず、サイクロプスの瞳を撃ち抜いた。
    『ッ!』
     飛び退くサイクロプスに、千尋が無言で腕を振るった。
     五指から1つずつ、瞬時に伸びた細く鋭利な鋼の糸が風を切り、一つ目ごと漆黒の体に五線譜を刻み込む。
    「逃がさないわよ!」
    「ふゅーねるの分の礼、返させて貰うぞ!」
     銀河が地を蹴ってサイクロプスに追いすがり、狼は両手に光を集めて狙いを定める。
     漆黒の体を、螺旋に回る槍が貫き、光の砲弾が撃ち抜く。
     そこに、サイクロプスの真下から影を纏った星椿が振り上げられた。
     刃となり、下から上へ真っ直ぐに斬り裂いた影の軌跡が、蝶のような形になって飛ぶように消えて行く。
    『オ、オノレェェェエ!』
    「星椿も満足しているようだ。感謝するぞサイクロプス」
     キンッ。
     雛菊が星椿を鞘に納めると同時に、漆黒の巨体がボロボロと崩れて消えて行った。

    作者:泰月 重傷:上名木・敦真(大学生シャドウハンター・d10188) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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