●ゴミとなる夢の塊
「どうして、どうしてダメなの!?」
何が何だかわからなくて、女性は声を上げた。婚約して二ヶ月、式の準備も進めていた。
大量のパンフレットに、たくさんの試食、むしろもう亜珠沙が誰かの結婚式をプレゼンできてしまう勢いだ。そんな時の彼の突然の一言に、目の前が真っ暗になった。
「何でよ!?」
問い詰めるように前に出ると、自分の涙が飛び散るのが見えた。ひとってこんなに泣けるんだ。
一瞬、別のことが頭をよぎり頭が真っ白になった。
「三奈が好きなんだ」
その名前。一か月前、旦那と離婚した友人。
真っ白になった頭にやるせない思いが膨れ上がっていく。
「なにそれ……私と付き合ってたのに、ずっと三奈が好きだったって言うの?」
「あいつ、結婚したからもう一緒になれることはないと思って……」
そして男は遠慮なく、パンフレットを捨てる。用意した試食品を口にすることなくゴミ箱に放った。
「やめて、やめてよ!」
思わず亜珠沙は男の手を取って止めようとする。この二ヶ月、自分が夢中になり、知識を増やした大事な結婚式を捨てられたくない。
「おまえにはもう必要ないものだろ」
全てがぐちゃぐちゃになって捨てられていく、壊されていく。亜珠沙に任せておけば安心だなと笑っていたのは彼なのに……。
ウェデイングプランナーになれるんじゃないか? と笑って言ってくれたのに……。
「ふざけるなぁああ!!」
叫び声を上げた亜珠沙に、男がはっと顔を上げた。そして表情が固まる。
亜珠沙の姿が違うものに変化していく。ブエル兵となった亜珠沙が男を殺した。
しかしその怒りは止まらない。自分の婚約者を奪った三奈を殺すまでは……。
家から飛び出した亜珠沙は、三奈の家へと向かうのだった。
●恨みの心
「一般の人が眷属のブエル兵に変化しちゃうみたいなんだ!」
おそらく、ブエル兵を操るソロモンの悪魔……ブエルの仕業だと思われる。そして事の詳細を須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が話し始める。ダークネスの持つバベルの鎖の力による予知をかいくぐるには、彼女たちエクスブレインの未来予測が必要になる。
「ブエル兵になっちゃう前に、恨んでいた人を殺そうとするみたいなんだ」
理由が理由だけに、同情する余地はあるのかもしれないが、眷属になってしまった時点で人に戻ることは不可能だ。みんなが亜珠沙に出来ることは、これ以上の罪を犯す前に灼滅することだけだ。
男を殺した後、亜珠沙は家から出る。亜珠沙の家から三奈の家までは距離にして五百メートルほどだ。
三奈は亜珠沙の家の近くにあるコンビニで買いものをして帰宅する途中だ。察するに、男と別れたばかりなのだろう。
コンビニから出た時に、ブエル兵となった亜珠沙と対面してしまう。家までの道を三奈は必死に走って逃げているため、みんなで救出してもらいたい。
ブエル兵は契約の指輪とエアシューズに類似したサイキックを使ってくる。これまで戦った眷属のブエル兵よりも、どうやら戦闘力が高いようだ。そのため、眷属と言っても油断しないで挑んでもらいたい。
また、亜珠沙は自らが劣勢になっても撤退はしない。けれど目的である人……三奈を殺すことが出来ればすぐに撤退するだろう。
「みんなら大丈夫だと思うけど、油断だけはしなでね」
亜珠沙に同情しているのか、少し瞳を伏せたまりんが笑顔を作るのだった。
参加者 | |
---|---|
宗谷・綸太郎(深海の焔・d00550) |
樹・咲桜(蒼風を舞う子猫・d02110) |
東谷・円(ミスティルプリズナー・d02468) |
エリアル・リッグデルム(ニル・d11655) |
火伏・狩羅(砂糖菓子の弾丸・d17424) |
十・七(コールドハート・d22973) |
輝間・流(導なき藍・d25805) |
九条院・ヱリカ(黒曜石の蜘蛛・d29560) |
●三奈を逃がせ!
「胸糞悪い話だな、全く」
鋭い東谷・円(ミスティルプリズナー・d02468)の眼光が、心なしかいつもより鋭さを増しているような気がする。静まり返った住宅街の中で、コンビニの明かりだけが異様に目立っている。
「本当に、事の顛末が理不尽すぎる……」
円の呟きにエリアル・リッグデルム(ニル・d11655)が緩く首を振った。エリアルの心を占めたのは、亜珠沙に対する道場と遣り場のない怒りだった。
自動ドアの機械音が響いて、一人の女性がコンビニから出てくる。そして買ったばかりの袋を落とした。
腰が抜けなかったのは幸いか、恐怖で目を見開いた三奈は一目散に駆け出した。その後ろをブエル兵となった亜珠沙が追っていく。
放たれた魔法弾が背中から三奈を貫こうとする。楽々と三奈を殺して、亜珠沙の目的が達成されるかのように思えた。
そんな亜珠沙と三奈の間に宗谷・綸太郎(深海の焔・d00550)と火伏・狩羅(砂糖菓子の弾丸・d17424)が現れた。三奈を貫くはずだった魔法弾を二人が代わりに受け止める。
狩羅の後ろに張り付いた霊犬の倶利伽羅の垂れた耳が、ハタハタと揺れる。物凄い怠け者のせいか、歩くことすら面倒くさがってしまうらしい。
「ここまでだ!」
邪魔されたことで瞳の中の憎悪を増したように見える亜珠沙に向かって、綸太郎がシールドを出現させて飛び出していく。二人の間を通り抜けて三奈を追おうとしていた亜珠沙を綸太郎が殴りつけた。
走りながら後ろを振り返った三奈の足が思わず止まる。いつも通りの夜のはずが、なぜ今日に限ってこんなことになっているのかわからない。
「止まるな、さっさと行けよ」
三奈の横を駆け抜けた円が、そのまま妖気をつららに変えて放つ。どこか鋭利な言葉は三奈に対する呆れと、亜珠沙に対する憐れみからだろうか……。
どうにも亜珠沙が可哀そうに思えてしまう。
「何……」
円の言葉に戸惑うように呟いた三奈の腕を輝間・流(導なき藍・d25805)が引いて走らせる。知らない人に腕を掴まれて驚きの声を上げた三奈だったが、化物から遠ざかることに反対はない。
そのまま走るように言われて三奈が走り去ろうとした瞬間、流が声をかけていた。
「詳細は言えない、けどこれだけは言わせてくれ」
訝しげに足を止めた三奈が振り返る。
「……生きて、幸せになる事があんたにできる唯一の償いだ」
言われた意味が理解できないと言うように、三奈が眉を寄せる。今まで一緒に出かけていた男がすでに死んでいることを三奈は知らない。
ともかく化物から離れたい一心なのだろう、二度と後ろを振り向くことなく三奈は走り去っていた。その後ろ姿を確認した流が、急いで仲間の元に戻る。
「今すぐに、その苦しみから解放してやるからな……」
力を解放させる流の表情は、亜珠沙に対する思いからか苦しそうに歪んでいるのだった。
三奈のことを流に任せた十・七(コールドハート・d22973)がガトリングを連射して亜珠沙の気を引こうとする。
「ビビッドマジカルフォーゼ!」
七と同じく、道を塞ぐように立った樹・咲桜(蒼風を舞う子猫・d02110)が力を解放する。すっと構えた咲桜がしっかりと狙いを定めていく。
「SHOOT!」
咲桜が引き金を引くと、魔法光線が亜珠沙を貫いていく。
「殺して本当に気が済むのかい?」
目の前に立ったエリアルが亜珠沙に問いかける。問いかけに対する答えはないが、エリアルが微かに眉を寄せた。
自らの問いかけに虚しさを感じたのだ。例え答えが帰ってきても、亜珠沙にはもう先がないのだ。
カサカサと音を立てながら、九条院・ヱリカ(黒曜石の蜘蛛・d29560)が素早い動きで移動する。不思議な音がするのは、ヱリカの下半身が黒曜石で出来た蜘蛛になっているからだ。
愛用している日傘をふわりと揺らして、生命維持用の薬物を過剰摂取するのだった。
●それぞれの想い
正直、人間は信用出来ない。けれど一人では生き残れないということも七は理解している。
それと同じで、世の中には一人では生きていけないという者が存在する。殺された男のように……。
しかし七から言わせれば、全面的に男が悪い。そのせいか、男が殺されたことに同情の余地はない。
むしろ男が生きていたら、多少は手を出していたかもしれないくらいだ。想い人と一緒になれそうにないから妥協するという行為が、もう馬鹿じゃないの状態だ。
挙句には、目の前の亜珠沙はブエル兵になってしまっている。
「同情するわ、流石に」
囁くような、吐息に混ざった言葉は誰にも届くことなく空に溶け込んでいく。完全に亜珠沙の死角から飛び込んだ七が、鋭い刃で斬り裂いた。
決して深追いはしない。少しずつ削っていくのが七の得意な戦い方なのだ。
攻撃を受けた亜珠沙が、それでも三奈を求めて道を探すような仕草を見せる。その瞬間、流が矢を放った。
「二人を殺して、お前の何が救われるんだ……!!」
彗星の如き威力を秘めた流の矢は、三奈を追おうとする亜珠沙への牽制のようなものだ。
「残念ですけど、不幸ですけど、堕ちた時点でおしまいですの」
さっと妖気をつららに変えたヱリカが、亜珠沙に向かって放つ。救う手立てがないのだから、おしまいにするしかない。
けれど何ともやりきれない気持ちがヱリカを襲う。どちらが悪いかは言うまでもないと思うヱリカだが、ブエル兵になってしまった時点で、人としての道徳から亜珠沙は外れてしまっている。
釈然としないが、亜珠沙には運がなかったのだろう。ヱリカ個人的な意見を言うと、他人の恋人を奪った女など死ねば良いと思ってはいる。
「けれどこれ以上の罪は背負わせないですの」
つららに貫かれる亜珠沙をヱリカを真っ直ぐ見つめる。衝撃に震えた亜珠沙の瞳が改めて灼滅者たちを見た。
三奈を殺すにはこの障害を排除しなければいけないと言うように、新たな怒りが瞳に広がっていく。さっと動いた亜珠沙が爆風を伴う強烈な蹴りで前にいた灼滅者たちを襲う。
「おっと……流石に雑魚ではないようだな」
息を飲んだ仲間に、円がすぐに浄化をもたらす優しき風を招く。見た目は他のブエル兵とさして変化がないようなのだが……。
どこか違いがないかと言うように、円が鋭い眼光で亜珠沙を見る。その間に狩羅の背中からふわりと着地した倶利伽羅も回復に走る。
さすがやるときはやるタイプの倶利伽羅だったりする。狩羅は逆に亜珠沙に向かう。
そしてシールドを出現させて殴りつけた。どうもこういう重い話が苦手な狩羅だけに、この件についてはノーコメントを貫き通すつもりだ。
「風よ渦巻け!」
咲桜が手をかざすと、激しく渦巻く風が刃となって亜珠沙に向かう。咲桜にも気持ちがわかる。
けれど灼滅者として三奈を傷つかせるわけにはいかないのだ。
「眷属になってまで復讐したいの?」
シールドを広げて、周辺の仲間ごと防御した綸太郎が亜珠沙に声をかける。しかしブエル兵となってしまった亜珠沙からは返事がない。
瞳に宿るのは、怒りだけだ。
「……愚かだね」
微かに綸太郎の瞳が曇る。例え三奈を殺したとしても、幸せを感じていた頃にはもう戻れないのだ。
なぜ簡単に心変わりするような愚かな男と結婚せずに済んで良かったと思えなかったのか……。復讐に心を奪われて殺してしまったら、自分を裏切った二人と変わらないと言うのに……。
さっと駆け出したエリアルがチェーンソーの刃で亜珠沙を斬り裂く。そして手に響く感触に、武器を握る力が強くなる。
「……とても嫌な感触だね」
目の前にいるのは、人間だった亜珠沙の面影すら全くないブエル兵だ。けれどエリアルに響く感触は、まるで人を斬ったような気分なのだった。
●復讐の後先
強烈な蹴りで吹き飛ばされたヱリカに向かって円が癒しの力を込めた矢を放つ。
「亜珠沙さん、聞こえてるよな?」
どう反応するかを見るために、円が名前を呼んでみる。亜珠沙の瞳が円の方を向くが、名前として認識しているのかしていないのかまではわからない。
ただ、度重なる灼滅者の攻撃に亜珠沙がだいぶ消耗しているのはわかる。
「僕たちに出来る事はこれだけなんだ……ごめん」
戻ることが出来ないのなら、少しでも早く終わらせてあげようと、エリアルが影を伸ばしていく。影から逃れようとする亜珠沙を綸太郎と霊犬の月白が追う。
足止めするように素早い身のこなしで回り込んだ月白が亜珠沙を斬り裂くのと同時に、綸太郎が跳躍する。綸太郎にも絶つことでしか終わらせられないのはわかっている。
「悪夢はもう終わりだ」
こんな手段しか取れないけれど、亜珠沙のために終わらせようと綸太郎はそのまま蹴りを炸裂させる。衝撃によって落ちる亜珠沙を、エリアルの影が大きく口を開いて飲み込んでいく。
狩羅の影も一気に亜珠沙に迫り、触手となって絡みついていく。
「どうか安らかにお眠り、ですの」
再びつららを出現させたヱリカが、亜珠沙に向かって一気に放つ。衝撃に浮いた亜珠沙の体に咲桜と流が攻撃を仕掛ける。
「えーい!」
手をかざした咲桜が今度はオーラを放出する。同時に流が放った矢が梓を貫いていく。
倒れそうになった亜珠沙を、死角から飛び出した七が斬り裂いた。ドサっという人が倒れるような音を立てて、ブエル兵となった亜珠沙の体が地面に落ちる。
石のように固まり、ヒビが入って粉々に砕けて消えていく。残ったのは住宅街の静けさだけだった。
●戦いの終わり
亜珠沙だったものが消えた場所を見て、エリアルが拳をきつく握り締めた。知識どころか、その存在すら塵も残らずに消えてしまう。
こんな結末を迎える人生は酷すぎるとエリアルは思う。
「……ダークネスの手の平の上で踊っている感じがたまらなく不愉快だ」
そう呟いて、自らをも傷つけてしまいそうなほどさらに力を込める。
「今度チャンスがあったら……今度はいいヤツ見つけなよ」
そこにあったという痕跡すら消えてしまったいま、どこに向かって声をかければいいかわからずに、円は空を見つめて呟いた。
「きっとチャンスあるよな?」
消えた存在がどうなるかは、消えてみなければわからない。けれどそうあったらいいと思う流が、誰に答えを求めるわけでもなく問いかける。
気づくと咲桜の視界がぼやけていた。亜珠沙のことを思い、浮かんだ涙だった。
そっと瞳を閉じた咲桜が冥福を祈る。助けることが出来なかったことへの謝罪、そして生まれ変わるというチャンスがあるのなら次こそは幸せになってと願う。
「もし亜珠沙さんを放置したらどうなったんだろう」
ふと拳を緩めたエリアルが、選ばなかった別の道について呟いた。もちろん三奈は殺されていただろう。
そしてその後は? 亜珠沙はどこに撤退したのだろうか……。
「……今一斉に起きてる事件の大元が一緒だったら怖いよね」
微かにエリアルの体が震えたのは、寒さのせいだろうか。そっと眼鏡の位置を直した綸太郎が瞳を上げた。
「ともかく悪夢は終わらせられたよね?」
大元があろうとなかろうと、亜珠沙を苦しめていた悪夢のような出来事からは救えたはずと綸太郎が頷く。
「……また今度、花でも供えに来てあげるわ」
やるせなさなさそうな表情を見せた七が、ため息をこぼして呟いた。
「では、帰りましょうですの」
いつの間にかヱリカの下半身は黒曜石の蜘蛛ではなく、ひとの足に戻っている。帰るという言葉が聞こえたのか、狩羅の背に温もりが戻ってきた。
帰りも倶利伽羅には歩く気がないようだ。
作者:奏蛍 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年11月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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