緑の森の迷い人

    作者:南七実

     バタバタと足音をたてて建物の中へ駆け込んできたのは、二人の若い女性。
    「おーい!」
    「誰かいませんかー?」
     広々としたエントランスホールの中央付近に立った二人は、奥の暗がりに向かって大声で呼びかける。だが彼女達の問いかけに答えるのは、建物の隙間から吹き込んでくる風の音だけ。
    「……やっぱりここ廃業してるよ、由香」
    「そんなぁ~」
     由香と呼ばれた女性が、へなへなとその場にへたり込む。
    「智実、なんとかしてぇ」
    「無理。携帯も圏外のままだしねー」
     あははと力無く笑いながら、智実は改めて周囲を眺めてみた。ところどころ崩れた壁と天井。あちこちにある亀裂から射し込む光に照らされて、倒壊している壁や、床にゴロゴロ転がっている瓦礫が鈍く輝く。
     外からは立派な観光ホテルのように見えたが、内部は荒れ放題……この建物はどう見ても十数年単位で放置されている、いわゆる熟成された『廃墟』だった。
     そもそもどうして、彼女達がこんな場所にいるのかというと。
    「せめて地図を持ってくるべきだったわ」
     ついうっかりハイキングコースから外れ、緑の森の道なき道を、ガサガサ右往左往。
     端的に言うとつまり、二人は山の中で迷ってしまったのだ。
    「同じ場所を何度もグルグル回っていたような気がするなぁ……私もう疲れた。これ以上歩けない」
    「でも今はまだ明るいから良いけど、日が暮れたら動けなくなるよ。こんなブキミな場所で一晩過ごすハメになるのは嫌でしょ?」
    「うぐぅ……」
     やる気のない由香を焚きつける智実。とにかくこのままではマズイ。さっさとここを出て、正しい道を探さなければ。
     と、その時。彼女達の背後でごそり、と何かが動く音がした。
     びくっとして振り向いた由香の視界に映ったのは――。
    「きゃああああああ、ネズミー!」
    「そりゃ廃墟だもん、いるだろネズミくらい。って……うっわ、でっか!」
     少し遅れて振り向いた智実は目の当たりにする。両肩に良く判らない機械的な何かを載せた、人間サイズのネズミ……のような生き物を。
     3匹、4匹。いや、向こうからも音が。もっと居る?
    「……え、何コレ特撮? って待て待て、そもそもこいつネズミじゃないだろ。外見なんか超邪悪だし」
     余計なツッコミなんかしていないで全力で逃げるべきだったのだが、もう遅い。
    『キキィ!』
     鼓膜を貫くような鳴き声が轟いた刹那、ひときわ大きなネズミから射出された火炎の槍が由香と智実に襲いかかった。
    「「うわきゃあああー!?」」
     自分の身に何が起こったのか、それすらも正しくは理解できなかっただろう。
     火炎の槍に貫かれた身体を灼熱の焔が包み込み、追い討ちをかけるべく放たれた無数の弾が、二人の命を容赦なくこの世から消し去った。
     
    「ハイキングを楽しむ筈が、うっかり道に迷って、挙げ句の果てに変なネズミに殺されちゃうなんて、あまりにも理不尽だよ」
     そう言って須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は、教室に集った灼滅者達に救いを求めるような目を向ける。
     彼女がサイキックアブソーバーからアウトプットしたのは、とあるホテル廃墟に潜んでいる眷属『ネズミバルカン』によって、若い女性が惨殺されてしまうという未来予測。
    「でも大丈夫だよね。これはまだ起こっていない未来の悲劇なんだから。みんなならきっとなんとかしてくれるって、私信じてる」

     みんなに向かって欲しいのはこの山だよと言いながら、まりんはおもむろに地図を広げて、一本の道をすうっと指でなぞってゆく。
    「麓からスタートして、なだらかな山道を歩くハイキングコースだよ。こっちにある公園がゴールだね。コースの所要時間は、普通に歩いて3時間くらいかな。で、智実さん達が迷い込んじゃうホテル廃墟があるのはここ、道から離れた森の中になるよ」
     手元に地図があって方角さえ判れば、迷うこともなく目的地へ辿り着ける筈。
     拠点に赴いて敵を倒す――やることは単純明快だな、と灼滅者達は頷いた。
    「勿論ネズミバルカンは確実に灼滅して欲しいんだけど……廃墟に向かう前に、まずやって欲しいことがあるんだ」
     それは、道に迷って森の中を彷徨っている女性二名への対処。
    「声をからして必死に助けを求めているから、近くまで行けばすぐに見つけられると思う」
     まりんは事件が起こる日付を告げた。現地に到着した後、二人の探索にかけられる時間は充分にあるという。彼女達が廃墟に迷い込んでしまう前に発見するのは、決して難しい事ではない。
     森の中で人に出会えれば、二人はそれはもう驚喜乱舞するだろう。
    「なんだか、この人達はものすご~い方向音痴みたいなの。ちゃんと正しい道を教えてあげてね」
     その気があるなら麓まで送ってあげるのもいいかもねと、まりんは付け加えた。

     智実達を現場から無事に遠ざける事ができれば、後は廃墟に向かうだけとなる。
    「廃墟のエントランスホールで騒いでいれば、ネズミバルカンは音を聞きつけてすぐに出てくるよ」
     敵は全部で10体、いずれも好戦的。150cm程度のサイズで、鋭い毒爪と肩のバルカンによる強烈な砲撃を使い分けて、自分達の住処に侵入してきた『獲物』を狩ろうとする。
     そのうち一体は他の個体よりもひとまわりくらい大きく、複数の相手を攻撃できる火炎の槍を放ってくるという。
    「この大きいネズミが群れのボスみたいな存在かな。毒爪攻撃も他の個体より強烈だから、用心するに越したことはないと思う」
     建物はかなり朽ちており、足元には大きな瓦礫がいくつも転がっている。広いホールに残っている壊れかけの壁を利用して上手く立ち回れば、ネズミ達を分散させて、各個撃破も容易になるかも知れない。だが、そうするにはそれなりの作戦と、全員のチームワークが不可欠となるだろう。
     なお、ネズミバルカン達が廃墟の外に出る事はない。
    「完全に引き籠もっているし、森の中でいきなりバッタリ!なんて事にはならないから安心してね。それから、この時期のハイキングはきっと気持ちいいと思うから、戦いが終わったらみんなでウォーキングしてくるのもいいかもね」
     そう言って説明を締めくくり、まりんは灼滅者達に向かってぺこりと頭を下げた。
    「それじゃあ、よろしく。犠牲者が出ちゃう前に、確実に敵を倒してきてね。みんなの活躍を期待しているよ!」


    参加者
    加奈氏・せりあ(ヴェイジェルズ・d00105)
    佐之梅・匡子(黒梅華・d00385)
    伊嵜・礼一郎(夜跫・d00935)
    九条・龍也(梟雄・d01065)
    風花・クラレット(葡萄シューター・d01548)
    帆波・優陽(深き森に差す一条の木漏れ日・d01872)
    圷・虎介(声音天の如く・d04194)
    春原・雪花(中学生神薙使い・d06010)

    ■リプレイ

    ●迷い人
     鬱蒼と生い茂る木々の向こうに大きな建物が見えてきた。
     あれが、ネズミバルカンの巣窟か。
     灼滅者達は足を止めて、どっしりとそびえるホテル廃墟を遠巻きに見つめる。
     周囲に人の気配はない――今のところは。
    「今はまだ、近づく訳にはいきませんね」
     眷属と戦う前にまず、やる事がある。春原・雪花(中学生神薙使い・d06010) は、傍らで地図とにらめっこをしている風花・クラレット(葡萄シューター・d01548)に目を向けた。
    「お二人の動き、見当がつきますか?」
    「うーん、思っていたより難しいね。ここまでの行程で誰にも会わなかったという事は……一体どういう迷い方をしているの?」
     ハイキングコースは比較的なだらかな一本道なのだし、こんなところで迷うのは一種の才能でもあるように思えて、なんとなく笑えてくる。
    「大方、よそ見をしていて獣道にでも入り込んだんだろう。にしても、方向音痴すぎだな」
     山をナメすぎた結果だろう、と半ば呆れ顔の圷・虎介(声音天の如く・d04194)。しかし、だからといってそれはバルカン砲で焼き尽くされる程の罪ではない。
    「鼠退治の邪魔をされても厄介だ。さっさとその女共を探して下山させよう」
     バサバサァ!
     不安を掻き立てるような鴉の羽音。今もなおどこかで彷徨っている女性達が気がかりで仕方がない帆波・優陽(深き森に差す一条の木漏れ日・d01872)は、ざわめく梢を見上げながら決意するようにぐっと拳を握った。
    「きっと心細い思いをしている筈。早く二人を安心させてあげられるよう、皆さん頑張りましょうね」
    「じゃあ、行こうぜ!」
     先頭を切って繁みへと突っ込んで行く佐之梅・匡子(黒梅華・d00385)に続いて、灼滅者達が散開する。廃墟を拠点に、仲間の声が届く範囲内で迷い人を探そうというのだ。
    「おーい」
     九条・龍也(梟雄・d01065)は声を張り上げて、周囲の物音に耳を澄ませてみた。ガサガサと聞こえてくる物音が仲間のものなのか女性達のものなのか判りにくいが、迷い人ならこちらの声に反応するだろう。
    「誰かいるのー?」
     森の中をクラレットの呼びかけが通り抜けてゆく。その声に呼応するかのように、やや強い風が彼女の髪をふわりと揺らしていった。
    「結構ブキミですねぇ」
     登山ルックに身を固めた加奈氏・せりあ(ヴェイジェルズ・d00105)がキョロキョロと辺りを見回す。陽が落ちたらここは、真の闇に支配されてしまうのだろう。そうなる前に早く発見しなければ――そう思った時。
    「助けてー」
    「!」
     微かな呼び声が彼女の耳に届いた。視界内にいた伊嵜・礼一郎(夜跫・d00935)と頷き合い、二人で声のした方向へと駆け出す。
    「おーい、誰か居るか?」
    「あっ人? 助けて下さい!」
     密集した木々の向こうから、縋るような声がする。ザッと分け入ると、途方に暮れた女性二人の姿があった。
    「わ、びっくりした。ちょっと深くまで来てみましたけど、こういうところにも人いるんですね」
     瞳をまん丸にしてせりあが偶然の出会いを演出する。半ば涙ぐんでいた女性が、安堵の声を上げながらせりあに走り寄り、その手をぎゅっと握ってきた。
    「よかった人いたぁ~! うわあああん」
    「やっぱ気のせいじゃなかったか。迷ったぽい声した気がしたから捜してたんだ。見つかって良かった」
     礼一郎の言葉を聞いた二人が名を乗り、深い感謝の意を示した。冷静な方が智実、泣きべそをかいているのが由香らしい。
    「見つかったのか?」
     騒ぎを聞きつけて仲間が集まってきた。虎介の頭に、由香達の歓喜の感情がドッと入り込んでくる。
    「道に迷っていた、なんて。だいじょうぶでした、か?」
    『地獄で仏』とはまさにこの事だよと、由香が雪花に安堵の笑顔を見せる。
    「よかったらこれ、どうぞ」
     優陽の麦茶で喉を潤す二人に、虎介は敢えて厳しい言葉を投げかけた。
    「喜ぶのは良いが、反省をしろ。自分の実力に合ったコースを選ぶべきだぞ。自信がないなら先導をつけろ」
     その通り、面目ないと恐縮する智実。灼滅者達が「麓まで案内しましょう」と申し出ると、二人は素直に喜んだ。どうやら相当懲りたらしい。
    「ご案内、します、ね」
     雪花の先導で歩き出す。一体どれほど心細い思いをしたのかと同情しつつ、優陽は彼女達の不安を取り除こうと、道中積極的に話しかけた。
    「次に遊びに行く時はパンフレットか地図持つといいのよ」
     クラレットは下調べをすれば良かったのにという含みを持たせて、少し得意げに地図をひらひらさせた。
    (「でもなぁ……方向音痴な奴はホント不思議なくらい迷うからな」)
     地図を持っていても意味を成さない者すらいる。二人が今後同じ様な失敗をしなければいいなと思いながら、匡子は肩をすくめた。
     そうこうしているうちに、麓へ到着。さすがに、ここまでくればもう彼女達が廃墟へ迷い込む心配もないだろう。
    「気ィ付けて帰れよー」
     礼一郎は手を振りながら、バス停に向かう二人を見送った。
    「……では、危険動物の排除に向かいましょうか」
     ハイキング客が集う麓の和やかな雰囲気を振り切り、せりあが表情を引き締める。
     ここからが本番だ。

    ●鼠の巣窟
     比較的綺麗な玄関をくぐり、廃墟の内部へ。
    「うわぁ」
     外観は立派に見えたが、エントランスホールは目も当てられないほど荒廃していた。かつて宿泊客で賑わっていたであろう空間に、今は言い知れぬ寂寥感が漂っている。
    「お~い」
     潜んでいる眷属を誘き出す為に、とりあえず呼びかけてみる匡子。みんなも騒ごうぜと誘う彼女に応じて灼滅者達は床を踏み鳴らし、壁をガンガン叩いて大きな音を立てた。
     その途端。
    「!」
     ザザザザッ。異形の獣達が、まるで観客の拍手に応える役者の如く四方の暗がりから堂々と登場したのだ。その数10体。
     人間サイズの鼠。両肩にはメカニカルなバルカン砲。ネズミバルカン――なんと歪な存在なのだろう。
    『キキキキキ……』
     彼らの目的は勿論、侵入者を抹殺する事。今まで生気の欠片もなかったホールに、背筋が凍るようなザワザワした殺気が拡がってゆく。
    「おーおー、鼠らしくない鼠だな」
     日本刀を構えた龍也が、口元に凄みのある笑みを浮かべながらずいっと前へ出た。前衛を担う者が彼の後に続く。
     ゴオオオッ! ひときわ大きなネズミバルカンが突如放った火炎の槍が、猛烈な勢いで前衛陣に襲いかかってきた。
    「うわ熱ぃ、いきなりかよ!」
    「悪いけど、駆除させてもらうわね」
     シールドを広げて前衛陣の傷を回復しつつ、優陽は思う。どういう経緯で鼠達がここにいるのかは判らないが、迷い込んだハイキング客が襲われぬようしっかり倒してしまわなければならない、と。
    「景気よくぶっ放せ、風早!」
    「一気にカタをつけるぜ」
    『ヂヂヂヂッ!』
     耳障りな咆哮と共に突撃してきた5体の鼠を狙って、匡子と礼一郎が瞬時に動いた。ライドキャリバーの風早と勍の機銃掃射に撃ち抜かれた鼠集団に、嵐の如く荒れ狂う弾丸とドス黒い殺意が襲いかかる。
    「行くわよ!」
     マテリアルロッドを振り上げたクラレットが、渦巻く風の刃で鼠達を切り裂いてゆく。まさか『獲物』に反撃されるとは思ってもいなかったのだろう、醜い獣達はキヒイィと情けない悲鳴をあげて四方へ散った。
    「五月蠅ぇな、雑音を垂れ流すな雑種が」
     吐き捨てるように言って、虎介が大鎌を一振り。放たれた黒き波動が、あわてふためく獣達をざあっと薙ぎ払ってゆく。
    「ごめんな、さい」
     相手は凶悪な眷属。それでも一方的に攻撃するのは気が引けてしまう。雪花は申し訳なさそうに、それでも心を鬼にして天星弓の弦をぴぃんと弾いた。
    「えいっ!」
     百億の星に刺し貫かれた鼠との距離を縮めたせりあのシールドが、前のめりになった獣の後頭部を勢い良く殴打し、粉々に消し飛ばす。
     ザンッ。鋭い爪を突き出してきた鼠を真正面から両断した龍也は、崩れてゆく獣に冷たい一瞥を投げかけた。
    「どんな相手だろうと、ただ斬って捨てるのみ!」
    『キキイッ!』
     怒り狂った鼠が灼滅者達にわらわらと飛び掛かり爪を立てる。へばりつく敵を無理矢理引き離した龍也の両脇を、砲撃音と熱弾が通過して行った。敵のバルカン砲が一斉に火を噴いたのだ。
    「くっ、やってくれるな」
     一気に前へ出た風早が、弱っている鼠めがけて突撃する。熱弾を食らった匡子は、激痛を振り払うかのようにガトリングガンを連射した。大量の銃弾を浴びた獣の体は、爆炎に焼き尽くされる前に儚く消滅してしまう。
    「獲物は俺達じゃなくてお前ら、だろ」
     勍に轢き倒されてのたうち回る鼠の死角に飛び込んだ礼一郎が、その喉元を一気に切り裂き、偽りの命を絶つ。
    『ヂヂヂヂッ!』
     大鼠の放つ燃えさかる槍が、再び前衛陣に迫ってきた。
    「くう、熱……っ!」
    「任せろ」
     灼熱の槍に貫かれて炎に包まれた優陽を支えるのは、虎介のエンジェリックボイス。
    「炎の力を使えても、敵から食らった攻撃はしっかり熱いんだから不思議よね」
     トドメを刺そうと突進してきた鼠の爪をからくも避けた優陽は、火傷の痛みに耐えながら、体内より噴出させた炎を宿したWOKシールドで相手を思いっきり殴りつけ、四散させた。
     残りは、あと5体。
    「ヂーヂーとうるさいのよ。大人しく倒れなさい!」
    「……っ!」
     クラレットと雪花の攻撃が、大鼠を含む後方の眷属達を容赦なく攻め立ててゆく。
     ドウッ、ドドドッ!
     鼠達がお返しとばかりに強烈な熱弾を射出してきた。
    「伊達や酔狂でこんな物を持ってるわけじゃねぇぞ」
     崩れた壁に素早く身を伏せて熱弾を避けた龍也が、そこから一気に飛び出して緋色のオーラを纏った刃で獣を斜めに斬り下ろす。
    「展開……!」
     鼠達は意外と頑丈で、長期戦になる可能性もある。せりあはシールドを広げて、前衛陣の防御をより堅牢なものにした。

    ●鼠達の宴
     風早と勍による弾幕に包まれる戦場。
    「ったく、鼠なんてあまり気分のいいもんじゃないのに、人間並みのでかさなんて反則だろうがよ!」
     無秩序に動き回るネズミバルカンへ嫌悪の視線を向けながら、弾丸の嵐を巻き起こす匡子。礼一郎の殺気に覆われても、鼠達はまだピンピンしている。しぶとい奴等だなと匡子は舌打ちをした。
    「ずんだキーック!」
     ひらりと空中に飛び上がり、高速前転からのかかと落としで見事敵を葬り去ったクラレットへ、大鼠のバルカン砲が狙いをつける。
    「きゃあ!」
    「させま、せん……!」
     着地時に砲撃をモロに食らってしまったクラレットを包み込むのは、雪花による天使の歌声。
    「暑苦しい奴だな。少しは大人しくできないのか」
     虎介の指輪から放たれた制約の弾丸が、大鼠に命中。これで相手の動きを少しでも押さえられれば御の字といったところか。
    『キキキキッ!』
     業を煮やして突進してきた鼠達をキッと睨み据えた優陽の掌が、炎の奔流で紅に染まる。
    「こっち向け!」
     バチン! せりあのシールドに横殴りにされた鼠が防御態勢で仰け反る。その脇を掠めてきた鼠2体が、次の攻撃に備えて納刀していた龍也の体にドスドスと爪を立てた。
    「ぐ……っ!」
     毒が体に浸透してくる気味の悪い感触。だが彼は高揚し、獰猛に笑う。ダメージを負っているのはお互い様だ、だとすれば――。
    「倒れるのは、てめぇだ!」
     刹那、抜刀。斜めに斬り上げられた鼠の体は真っ二つになり、床に倒れる前に消滅した。
     ヴオオオン。ライドキャリバーが疾走しながら、戦場に大量の銃弾をバラ撒いてゆく。匡子のバレットストームが射出されるのと同時に前へ出た礼一郎が刃を突き上げ、牙を剥き出して威嚇する敵の脳天を貫いて、地に沈めた。
    「……眷属なんかに、負けられねェんだよ」
     ドンドンッ。砲撃音と短い呻き声が廃墟に響き渡る。大鼠のバルカン砲が礼一郎を撃ち抜き、その体を激しく壁に叩きつけたのだ。
    「ぐっ、う」
    「やめなさいよ!」
    「わたくしが、皆さんを癒し、ますっ」
     雪花の歌声が礼一郎の傷を回復するのと同時に、彼に襲いかかろうとしていた鼠をクラレットのしなやかな脚が的確に捕らえる。
    (「ああ、ビームも準備してくれば良かった」)
     綺麗な葡萄色のクラレットビームをコイツに見せつけてやりたかったと思いつつ、彼女は強烈な蹴撃で思い切り良く鼠を消し飛ばした。
     残るは大鼠だけ。
    「消え失せろ」
     ずしゃりと音を立てて動く鼠の耳に、虎介の奏でる神秘的な旋律が届く。
    「どんな相手だろうと、ただ貫くのみ!」
     低い姿勢で敵の足元に滑り込んだ龍也が、闘気を宿した拳を突き上げて大鼠の顎をぐしゃりと打ち砕いた。息をつく間もなく放たれた優陽の風刃が、悶える獣をズタズタに切り裂いていく。
    『ゴアアアアッ!』
     痛みに悶える眷属の悲鳴が廃墟にこだまする。
     胸元にトランプのマークを具現化させて自己を強化したせりあが「これは勝ちましたね」と呟いた。四方八方を囲まれて、もはや敵に逃げ場はない。
     ヴォンッ!
     勍と風早の苛烈な突撃を受けた大鼠が、続いて激しい爆炎に包まれる。反撃とばかりに繰り出された火炎槍を避けた礼一郎が、敵の死角へと回り込み急所を狙う。
     畳み掛けるように放たれた風刃と魔法弾が、鼠の両腕を弾き飛ばした。
    『ヂヂヂ……ヂイッ!』
     体の一部を失った眷属が、その姿勢のまま足をバネにして大きく跳躍する。この期に及んで逃亡するつもりなのだろうか。
    「覚悟なさい」
    「これで終わりにします!」
     ほぼ同時に飛び上がった優陽とせりあの強撃が、大鼠の腹部を激しく打つ。
    「どこにも逃がさねぇよ」
     勢い良く燃え上がりながら落ちてきた鼠が、直下で待ち構えていた龍也の斬撃によって両断される。
     ざあっ――ふたつの肉塊に分断されたネズミバルカンの体は砂のように粉々になって、そのまま永劫の彼方へと消え去った。

    ●平和な森
     できればきちんと供養してあげたかったのだけど、と優陽が虚空へ向けて手を合わせる。
    「あいつらも眷属になる前は普通の獣だったんだろうなあ」
     廃墟の入口に小さな花を手向けた礼一郎は、気分を切り替えるかのように笑顔を見せた。
    「……おし、ハイキングでも楽しむかっ」
    「そうね、こんな廃墟にいても仕方ないし。ちょっと歩きましょう!」
     こくこくと頷いて地図を取り出すクラレット。
    「勿論、迷子にならないようにね」
     そんな軽口に若者達の緊張感も解け、あははと軽い笑い声があがった。
    「明るいうちに終わらせる事ができたか。戦いが長引かなくて良かったぜ。俺はハイキングする気満々だったからな」
     そう言って匡子は、やり遂げてスッキリとした笑顔を浮かべる。
     まずは正しい道へ戻って、そこから改めてハイキングコースを辿ってみよう。
    「ん、なんだか懐かしい気分です」
     故郷を思い出し、雪花は嬉しそうに青い空を見上げた。
     何事もなかったように、静かに揺れる木々。
     緑の森に、平穏が戻ったのだ。

    作者:南七実 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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