血涙は、悪夢を生むか?

    作者:波多野志郎

     地下駐車場、その片隅で闇が蠢いた。音はしない、だが、どぷんと効果音が聞こえそうなその流動は、コールタールを思わせる。
    『ひ、ぎ……あ、あ……?』
     闇に浮かぶのは、巨大な一つ目だ。そこから流れるのは、黒ではなく赤。まさに血涙とも言うべき色だ。その身を震わせ、闇は形を変えていく。
     巨大な両腕が。巨大な両足が。そして、頭のない人に似たシルエットは、胸のダイヤのマークを巨大な目から流した血涙で濡らすように、流れ続けていた。
    『ぐは、よ、し、これ、ぐらい、か……』
     腹部、横一文字の亀裂がそうこぼす。ズン、と地響きをさせながら、体長二メートルを優に超える闇の巨漢は歩き出した。
    『慣らし、運転、始める、か……』

    「ソウルボードから、シャドウが現実世界に実体化したんすよ」
     そう語りだした湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)の表情は硬い。
    「本来、現実世界に出現したシャドウは高い戦闘能力を持つ分、一定期間以内にソウルボードに戻らなければならないという制約があったんすけどね?」
     しかし、今回のシャドウは力をセーブする事で長期間の戦闘に耐える能力を得ているようだ。ただし、セーブしているとはいえ、その戦闘力は並みのダークネス以上だ。
    「シャドウは、ある地下駐車場に出現した後、慣らし運転ってノリで暴れるつもりっす。時間は夜、それでも地下駐車場の外は繁華街っすから――」
     シャドウが暴れればどうなるか? 翠織の表情が物語っていた。
    「みんなには、地下駐車場でこのシャドウと戦って欲しいっす。光源の準備はいらないっすけど、ESPによる人払いは必須っすね。場所的に」
     繰り返しになるが、長期間の戦闘に耐える能力を持つ上に、並みのダークネス以上の実力を持っている。相手は一体とはいえ、油断すればこっちが返り討ちにあうだろう。
    「使って来るのは、シャドウのサイキックに龍砕斧と魔導書のサイキックっす。不意打ちとかそういうのは、相手のバベルの鎖が察知するっから、真っ向勝負のみっすね」
     こちらが有利な点は、頭数と連携が取れる事。その利点を活かして初めて届く、そういう敵である事を覚悟して挑んで欲しい。
    「連中の思惑はわからないっすけどね。何にせよ、軽いノリで虐殺とかされたらたまらないっす」
     頑張ってくださいっす、そう翠織は真剣な表情で締めくくった。


    参加者
    影道・惡人(シャドウアクト・d00898)
    月雲・悠一(紅焔・d02499)
    八槻・十織(黙さぬ箱・d05764)
    エリザベス・バーロウ(ラヴクラフティアン・d07944)
    高野・妃那(兎の小夜曲・d09435)
    竜崎・蛍(レアモンスター・d11208)
    ウェア・スクリーン(神景・d12666)
    御火徒・龍(憤怒の炎龍・d22653)

    ■リプレイ


     地下駐車場、その薄暗い中をズン、と地響きをさせながら、体長二メートルを優に超える闇の巨漢が踏み出した。頭のない人に似たシルエット。胸のダイヤのマークを濡らすように巨大な目から流す血涙。闇によって造られた異形は、不意に歩みを止めた。
    『ぬ、う?』
    「黒いモノアイなシャドウたぁ、また妙な親近感あんじゃねーか。ま、どーでもいーけどな」
     軽い口調で言ってのける影道・惡人(シャドウアクト・d00898)に、ギヌロと異形の巨漢、単眼のシャドウは視線を向ける。
     そこにいはのは、八人の灼滅者だ。
    「でたー」
    「おや、中々大きい方ですね……。慣らし運転ならば私たちが付き合いましょう……お覚悟を」
     指を差して大爆笑する竜崎・蛍(レアモンスター・d11208)の横で、ペコリと礼儀正しくウェア・スクリーン(神景・d12666)が頭を下げる。エリザベス・バーロウ(ラヴクラフティアン・d07944)は、小さく呟いた。
    「同型のシャドウが何体か確認されているそうだけれど、シャドウが地上に現れるに当たって取り得る共通の一形態……さしずめ巨人種シャドウとでも言うのかしら」
    「気になることは多いが、先ずは目の前のことからきっちり終わらせんとな」
     エリザベスの言葉に、八槻・十織(黙さぬ箱・d05764)はシャドウから視線を外さずにネクタイを緩める。
     単眼のシャドウは、血涙を流したまま肩を揺らした。その奇怪の動きな意味を、全員が遅れて悟った――笑ったのだ。
    『僥倖、これは、良い慣らし相手、だ』
    「……今は考察は後回しだ。目の前の戦いに集中しないとな。イグニッション」
     シャドウを前に、月雲・悠一(紅焔・d02499)は解除コードを唱える。同じようにエリザベスが、蛍が、解除コードを唱えた。
    「I am Providence」
    「initiate!!」
    『グッグッグッ、よか、ろう。相手を、して、もらうぞ?』
     ズン、とシャドウが二歩目を踏み出す。一歩近づく、それだけで圧力が目に見えて増した。間合いに入った、御火徒・龍(憤怒の炎龍・d22653)は眼鏡に触れながら言い捨てる。
    「学園で話題には上っていましたが、どんなものか。全力で叩き潰しておきましょう」
    「何が目的でソウルボートから現実世界に出てきたのかは知らないけれど、あなたの好きにはさせない」
     高野・妃那(兎の小夜曲・d09435)の言葉にシャドウは肩を揺らし、その腹部の亀裂を大きく開けた。
    『ならば、勝てば、好きに、させてもらおう』
     ゴォン!! とゲシュタルトバスターの爆炎が灼滅者達を飲み込むように炸裂した。


     駐車場を舐めるように、炎が広がる。その炎の一部が、ボッ! と突然『食い』破られた。
    「まぁなんだ、軽いノリで灼滅させてもらうぜ」
     惡人の足元から伸びた、影業だ。影は炎の食らいながら、シャドウの巨体を飲み込む。直後、その影喰らいの内側から腕が伸びて影を引き千切った。
    『グッグッグッ、戦い、など、そのくらいで、ちょうど、良い』
    「おぅヤローども、やっちまえ」
    「たのむぞチーム」
     惡人が言い放ち、蛍が気だるげに解体ナイフを振り払う。そして、炎を押し潰すように夜霧が立ち込めていく――。
    「行くぞ」
     その霧の一部が内側から爆ぜ、エリザベスが疾走する。低く駆けるその姿は、まさに黒猫だ。シャドウの単眼がその姿を捉えた瞬間、エリザベスは足音もさせず横へ跳んだ。
    『お、お?』
    「こちら、ですよ?」
     パチンと龍が指を鳴らした瞬間、伸びた影がシャドウの手足を絡め取る。
    「参ります」
     そして、妃那の伝説の歌姫を思わせる神秘的な歌声が響き渡った。妃那のディーヴァズメロディにシャドウが目を細める――その直後、柱の影が生む死角から跳びだしたエリザベスが、シャドウの闇を大きく切り裂いた。
     そこへ、トンっと舞うようにウェアが懐へ踏み入る。
    「圧殺する鬼神の握撃を……」
    『……お?』
     異形の怪腕となったウェアの鬼神変が、シャドウを直撃した。ドォ! とシャドウの巨体が軽々と吹き飛ばされて地面を転がる。その光景に十織が言い捨てた。
    「おいおい、化け物か?」
    「まー、あの巨体ぶっ飛ばすのはすごいよね」
    「いや――」
     蛍の言葉に、十織はシャドウから視線を外さずに言う。
    「あいつ、自分で後ろに飛びやがった」
    『グッグッグッ、よく、見て、おるな』
     シャドウが、ヘッドスプリングの要領で立ち上がる。トン、と軽い足音で立ち上がったシャドウはトントンと小さな跳躍を繰り返した。
    『今の、で、追い討ちに来る馬鹿ならば、相手にする価値も、なし』
    「……慎重に攻めなきゃ痛い目を見るな、あれは」
     悠一はアグニを眼前にかざし、真紅の里牙を拡大させる。そのワイドガードを受けながら、十織は駆けた。
    「本当に、面倒なヤツだな!」
     ナノナノの九紡が放つしゃぼん玉に合わせて、十織は破邪の白光を宿した斬撃を放つ。その斬撃を、シャドウは刃を片手で掴み、受け止めた。だが、十織は剣を止めない。そのまま、滑らせるように振り抜いた。
    『グッグッ!』
     直後、目の前で巨大な壁が生まれた。そう思えたのは、シャドウが背を見せたからだ。
    「蹴りだ、ガードしろ!」
     惡人の声に、咄嗟に十織はクルセイドソードを引き戻す。まるで丸太のような左後ろ回し蹴りが、十織を軽々と薙ぎ払った。牽制だ、本気ではない。それでも驚愕すべきは、その身のこなしだろう。
    『ふむ、まだまだ、動き、が、ぎこちないが、うむ』
     トントン、とつま先でアスファルトを叩きながら、シャドウは摺り足で構える。左半身前、単眼を鋭く細め軽く掲げた左手でクイクイと指招きした。
    「その構え、動き、付け焼刃じゃないみたいだな……だが『慣らし運転』程度の奴に負ける程、俺達も甘くはない」
    『の、よう、だな』
     悠一の断言に、シャドウも同意する。油断はない、その事を悟って悠一は凛と言い放った。
    「潰せるもんなら潰してみろよ、木偶の坊! 返り討ちにしてやる!」
    『お、う、楽しませ、るが、良い』
     シャドウが、灼滅者達が、同時に地面を蹴り、戦闘が加速していった。


     シャドウが、駆ける。それに一気に追いつくのは黒猫――エリザベスだ。
    「Ia!  Ia!」
     エリザベスの足元から、曖昧模糊とした姿形のモノが溢れ出す。シャドウはその一つ一つを斧のような刃物と化した両腕で切り裂いていった。
    「隙あり、です」
     その間隙に、妃那の契約の指輪から放たれた魔法の弾丸がシャドウの右肩を撃ち抜く。それによって生じた、わずかな動きのブレを悠一は見逃さなかった。
    「っおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
     遠心力で加速させた軻遇突智、悠一のマルチスイングをシャドウは泳いだ体勢からの膝で迎撃する。鈍い激突音をさせ、シャドウの巨体が吹き飛ばされた。
    「させっかよ、回り込め!」
     打撃の威力を利用として間合いをあけようとした、その意図を読んで惡人はガンナイフの引き金を引く。ヒュオン! と歪曲した軌道の銃弾、それを着地と同時にシャドウは回し受けで逸らした。
    『今ので、間に、合わぬ、か』
    「重力加算する蹴脚を……」
     シャドウは、すかさず両腕をクロスさせ腰を落とす。そこへ、ウェアのスターゲイザーが炸裂した。ズ……、と重圧にシャドウの足の裏がアスファルトを擦ったが、そこまでだ。完全に、力で受け切られた。
    「ですが――」
    「動きが、完全に止まったな」
     龍の突貫力が売りのパイルランチャーのジェット噴射による加速と、合わせた十織の鋭い神霊剣の斬撃がシャドウを捉える。蹂躙のバベルインパクトの刺突と、肉体ではなく精神を断つ斬撃――しかし、腹の口の端を笑みに歪めてシャドウは動いた。
    『悪くは、ないが、まだ、温い』
     シャドウの拳が、影を宿して巨大化する。その豪快に振り下ろしたトラウナックルの一撃から十織は龍を庇うが、そのまま諸共吹き飛ばされた。
    「てめ、一張羅を……! っと、悪い」
     龍が着地し、踏ん張ってくれたおかげで十織も着地に成功する。カランと何か軽い音して、龍が苦々しげに呟いた。
    「いや、こっちこそ助かったぜ? 野郎、ふざけた真似しやが――りますね」
    「おお、おもしろー」
     落ちた眼鏡を龍にかけさせて、笑いながら蛍は十織を癒しの矢で回復させる。九紡も、慌ててふわふわハートで癒してくれた。十織は、改めて呼吸を整える。
    「大したものですね……ザ・ダイヤの命令ですか……?」
    『答える、謂れ、は、ない』
     ウェアの問いかけに、いっそ楽しげにシャドウははぐらかした。それに十織は頭を掻きながら、言ってのける。
    「……やっぱ初対面に情報はくれんか? 勿論二度会うつもりもないが」
    『で、ある、な。そこは、同感、である』
     グッグッグッと笑みをこぼしたシャドウに、妃那は隙を伺いながら思う。
    (「ブレイズゲートで分裂存在になっていない実体化したシャドウとは、力をセーブしたといえこれほどの脅威ですか……」)
     攻撃力と耐久力、それは見た目から想像出来た。しかし、その身の軽さや技術はいい意味でも悪い意味でも予想外だ。元々、闇の体だ。大きさや形状で鈍重か軽快か、など判断出来るものではないが。
    「ですが、良い意味で――」
    「おぅ、いけるぜ? この勝負」
     妃那の意図を察した惡人の言葉に、シャドウが単眼を向ける。惡人とシャドウの視線が交わる――そして、惡人は笑っていった。
    「慣らし運転が必要な訳だぜ、お前、それでも全然本調子じゃねぇだろ?」
    『で、ある、な』
    「技が良すぎるんだよ、お前は」
     灼滅者達が、散りながら襲い掛かる。シャドウは、それを迎え撃つ。シャドウにとっては、力が落ちているこの状態は惡人が言う通り本調子には程遠い。だからこそ、技と動きの齟齬がある――その差を埋め切れていない今、またとない好機なのだ。
    『ジャッ!!』
     手刀のごとき振り下ろし、そのシャドウの龍骨斬りをウェアは真正面から受けてたつ。ウェアは槍を構え、一直線に突き上げた。
    「加速する刺突を……」
     刃と槍が激突し、相殺される。シャドウは構わずもう片方の手による龍骨斬りを放とうとするが――横合いからの龍の尖烈のドグマスパイクがそれを許さなかった。
    「させません」
    「……これで最後です……冷却する氷柱を……」
     ドン! と零距離からウェアの妖冷弾がシャドウに突き刺さる。ビキビキビキ、と白く侵蝕される闇の体――そこへ、九紡のしゃぼん玉と十織の剣が突き刺さった。
    『おお、お、お……!?』
    「確かに力比べじゃ敵わんかもな……だが、俺たちだからこそ見える大切なモンもある。守るべきものの為に戦う力と方法もある。壊して奪うばかりのお前には真似できん、そのでかい目にしっかり焼き付けろ」
     十織が強引に押し切った直後、蛍の彗星のごとき尾の軌跡を描いた一矢がシャドウの胴を貫いた。
    「ナイスチーム!」
    「おう、勝ちゃなんでもいい、ガンガン行くぜ!」
     そこへ、惡人のオーラキャノンが炸裂する。爆音を轟かせ、シャドウはのけぞり――二メートルを超える巨体がバク転で、後方へ跳ぶ!
     着地したシャドウへと柱の影から駆け出した妃那の制約の弾丸が射撃された。シャドウはそれを裏拳で弾き――。
    「今です!」
     そこへ、悠一が低く駆け込んだ。クリエイトファイアの炎を撒き散らして、燃える軻遇突智を駆け込んだ勢いを利用して振り抜く!
    「潰れろぉ!」
    『ヌ、ググ!!』
     シャドウは、それを咄嗟に腕でブロックして受け止めた――受け止めて、しまった。もしも、全力であれば別の選択肢もあったはずだ。しかし、力がセーブされているからこそ、生まれた隙だ。
    「一つ目巨人(サイクロプス)を騙るのなら、大人しく奈落(タルタロス)へと還るが良い」
     跳躍したエリザベスが、的確にBast & Sekhmetを振るう。その名の通り、猫の爪を連想させる零距離格闘が、シャドウの体を切り刻んだ。
    『グッグッグッ、み、ごと、だ……』
     内側から音もなく爆ぜて、シャドウはその場から消え去る。その姿を見送り、惡人は目をギンッと光らせて言ってのけた。
    「ぁ? ま、こっちのサイクロプスの勝ちって事さ」


     十織はネクタイを完全に解いて、深いため息をこぼした。地下駐車場に再び静寂が戻り、急速に戦いによる熱が失われていった。
    「えっと、勝ちでいいんだよね?」
     蛍はほがらかに笑って言うが、仲間達もうなずく事しか出来ない。実際、それほどに際どい勝負であった。役割分担もしっかりとこなせた。連携も出来た。それでも、この結果には確かに運があったのだ。
     運が、少しでも向こうに傾けばこの結果はなかった。その感覚は、誰もが抱いていた。一人か二人、倒れていてもおかしくはなかっただろう、と。
     それでも、あの強敵を倒す事が出来た。その確かな実感を抱くのには、激闘を終えた者達は、もうしばしの時間が必要だった……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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