湯煙美女は死へと誘う

    作者:

    ●湯煙の秘め事
    「極楽極楽~。やっぱ温泉っていいよなぁ……」
     白濁の湯に浸かり上機嫌な恰幅の良い男性は、岩の浴槽の縁に腕を掛け存分に体を伸ばした。
    「他に人居ないからってだらけ過ぎじゃね? そんな油断してっと狐が出るぞー」
     湯煙の中からもう1人、遅れて現れた細身の男性はひひっと冗談めかして笑う。
     恰幅の良い男性は、その言葉に興味深そうに喰い付いた。
    「狐って何だ? 化かすのか?」
    「知り合いに聞いたんだよ。この辺、昔から狐が露天に出るんだと。女に化けて誘惑して連れ去るって言うから、たぶん美女なんじゃねぇ?」
    「ははっ、そいつはいいな! 湯煙美女になら連れ去られんのも悪くない!」
     笑い声響く2人の夜は、その声が悲鳴に変わっても――湯煙の中、人目に留まらず更けていく。
     翌朝――2人は笑みも悲鳴も二度とは交わせぬ遺体で、露天の湯に浮かんでいた。
     
    ●狐、出没注意
    「標的は、湯煙美女です。湯煙美女が現れるそうです」
     大事なことだから2回言った。鹿野・小太郎(バンビーノ・d00795)はいつものとろりと眠そうな瞳で教室の灼滅者達を見渡した。
    「鹿野くん、『狐』よ。『美女に化けた狐』っていう都市伝説」
     遅れて教室に現れた唯月・姫凜(高校生エクスブレイン・dn0070)は、苦笑交じりに小太郎の頭をこつりと軽く小突く。
    「鹿野くんが辿ってくれた噂はやっぱり都市伝説化していたわ。大分の湯布院温泉の特定の地域なんだけど」
     ばさりと机上に地図を広げ、姫凜は点在する温泉宿の中でもやや離れて建ったある宿を指差した。
    「向かって欲しいのはこの宿。4日後の夜よ。この日は夜になると気温ががくっと下がるの。外気温が下がれば、露天の湯気は濃くなるでしょう? 都市伝説の狐はそんな夜の露天に、人の気配を察して現れるわ」
     時期的に、これからこの条件が整う機会は圧倒的に増える筈だ。放置すれば確実に被害者が増える――それを見越すから、姫凜の口調は強い。
    「叩くなら今の内なの。必ず、都市伝説を破壊してきて頂戴」
     真直ぐな視線を受けて、灼滅者達も頷いた。その反応に口元を僅かに緩めると、姫凜は広げたノートに当日の概要を書き記す。
    「この日は、日中に設備点検があるためにこの温泉には宿泊客が誰もいないの。でも敷地内には従業員寮がある。一応、ESPなんかで人払いはしておいた方が良いかもしれないわね」
     到着した頃、露天には既に一面湯気が立ち込め、一般人ならば1メートル先に何があるか解らない様な状態だ。
     しかし、数多の戦闘を経験してきた灼滅者達ならば、気配やうっすら浮かぶ敵の影だけでも充分に狙いを定め戦うことが出来るだろう。
    「現れる狐女は3体。全員揃いで真っ赤な口紅を差してるわ。1体1体の戦闘能力はそう高いものじゃないけど、それぞれ異なる武器、異なるポジションで連携を取って戦うの」
     個体の強さはそれほどではないとしても、戦いに於いて仲間との連携がいかに利を生むか――やや不安げに語った姫凜に対し、小太郎には灼滅者ならという確固たる自信があった。
    「連携しての戦い。つまりオレ達灼滅者と同じですね。……だから唯月さん、大丈夫」
     ぐ、と無表情なのにどこか得意気に親指を上げた小太郎。
     声音や表情だけでは解らずとも、それが安心させるためのものと伝わって――姫凜もふっと頬を緩める。
    「……そうね。みんななら、大丈夫」
     やがてすっと背筋を伸ばした姫凜は、もう一度、改めて灼滅者達を見回した。
    「最後に1つ。終わったら、早めに帰ってきた方が良いと思うわ。上手く言えないんだけど……嫌な感じがしているから」
     気をつけて――言う姫凜の瞳に不安はもう無く、ただ灼滅者達を信じる強い決意が浮かんでいた。


    参加者
    鹿野・小太郎(バンビーノ・d00795)
    桃山・華織(白桃小町・d01137)
    夕永・緋織(風晶琳・d02007)
    篠村・希沙(暁降・d03465)
    ディアナ・ロードライト(暁に輝く紅玉・d05023)
    咬山・千尋(中学生ダンピール・d07814)
    如月・花鶏(フラッパー・d13611)
    リーナ・ラシュフォード(サイネリア・d28126)

    ■リプレイ

    ●白霧の向こう
     ――ぱしゃん。
     湯に浸けた足を片方持ち上げ、ディアナ・ロードライト(暁に輝く紅玉・d05023)は顔を上げる。
    「お風呂にお猿さんが入ってるって言う話はよく聞くのだけれど……」
     姿を現した爪先を見つめれば、次第に感じるひやりとした冷気。再びその足を湯船に沈めたディアナに、隣の咬山・千尋(中学生ダンピール・d07814)が溜息交じりに応じた。
    「湯煙美女、ねぇ……男ってホントそういうの好きだな」 
    「突然知らない女性が誘惑して来たら、普段なら怪しむと思うのだけれど。お風呂だと服と一緒に警戒心も脱げちゃうのかしら」
     肩をすくめた2人が語るそれこそ、今日彼女らが相対する存在だ。
     日常から離れた開放的なロケーションと、温泉――環境が生んだ噂話は、冷静に聞けば『無いだろう』と突っ込みたい気持ちにもなる。そもそも、女性にはさほど魅力的な噂でも無い。
    「リフレッシュに来た人を血の池地獄へご案内なんてひどいよね!」
     しかし、如月・花鶏(フラッパー・d13611)はキッと表情引き締め意気込んだ。
     被害者もいるだろう――命の冥福を祈りながら瞳の黒が決意に強く煌くと、頷いた桃山・華織(白桃小町・d01137)も力強く拳を握った。
    「折角まったりできる露天風呂じゃというのに、不躾な連中であるのじゃな。安息の地を荒らす奴らは成敗! してやらねば!」
     うんうん、と互いに頷く2人―――が今何をしているのかと言えば、早めに現地入りし、足湯しながら待機中。
     無論、他6人の灼滅者達もだ。都市伝説の発生は、気温が下がり湯気が視界を覆う時。しかも人の気配を察して現れると言うのだから、彼女らが此処に居なくては始まらない。
     つまり――状況がそれを許す以上、せめて足湯くらいと思う程度にはやっぱり温泉は魅力的なのである。
    「今回はわんこがいっぱいで嬉しいなー。ちこも、ほら!」
     笑顔で己が霊犬・ちこを促したリーナ・ラシュフォード(サイネリア・d28126)の視線の先には、ディアナと華織の霊犬・弁慶と刃。
     集った3匹のもふもふたちは、足湯出来る様にとディアナが差し出した桶の湯を覗き込んだり足を差し入れては引っ込めたりとそわそわしている。
    「わんこ盾ーずも足湯、入るかな」
     そんな癒しの集いと足湯にほこほこしつつ、篠村・希沙(暁降・d03465)は鹿野・小太郎(バンビーノ・d00795)に微笑みかけた。
    「わんこ……」
     現場の予想外の女性率に、小太郎は実はちょっと落ち着かない心地だった。しかし湯と戯れる犬達を眺めていればそれも次第に和らいで、やがては彼らにちょっかいを掛けたくなってくる。
     立ち上がりかけて――彼はそこで変化に気付いた。
     同時にぎゅっと袖を握った希沙の手が、その感覚が自分だけのもので無いことを教えてくれていた。霊犬達も、仲間の姿も次第に白靄の中に埋もれていく――湯気が急激に深くなったのだ。
    「足湯、温かかった。帰ったら、今度はゆっくり入れる温泉を探しに行こうね」
     比較的近くで足湯を堪能していた夕永・緋織(風晶琳・d02007)が、そう呟いて湯船から立ち上がる。
     人払いにと用意した殺界形成もサウンドシャッターも、小太郎と希沙によって既に展開済みだ。やや離れている仲間の姿は既に見えないが、湯船に生じた波と音で、全員が緋織同様に動き出したと解った。
     招かれざる敵が今、この白い景色の向こうに居るのだ。
    「狐さん達も、のんびり温泉に浸かって和やかに出来たら良かったのにね……」
     微かに呟く緋織の視線の先に――笑みを浮かべた不自然なほど真っ赤な唇がひとつ、くっきりと浮かび上がった。

    ●妖艶なる存在
    「もうちょっと温泉気分味わいたかったのに……!」
     ばばっ! と目の前の空間に符を広げ構えを取ったリーナが、キッと目の前の女を睨みつける。
    「そうね、分かってはいたけれど、ゆっくりお風呂入れないのは残念……」
     言うなり軽やかに岩場を蹴ったのはディアナだ。
     空中で祭壇武器に覆われた利き手を軽く握ったり開いたりして確かめ、最後に一際強く握ると、標的へと勢い良く振り被る。
     標的――白い浴衣を纏う、短い黒髪の妖艶な狐女へと。
    「『ケーン……!』」
     聞こえた鳴き声はやや遠く、狙った女のものでは無い。構わず打とうとしたディアナの拳は、直撃の直前何かによって阻まれた。
    「!?」
     細長い鎚の柄――湯気の中、左方向から突如現れたそれは、見慣れないロケットハンマー。
    「ディアナさん、下がって!!」
     一撃が来る――ハンマーの噴射口付近の湯気の流れを目敏く悟り花鶏が叫んだのと、ディアナがバク転で横薙ぎの打撃を回避したのとがほぼ同時。
     ひゅん! と風切る音の後には、腰までの黒髪をしっとりと湿らせた、狐耳と狐尾の女が立っていた。
    「……何かこう、わかってらっしゃるって感じだけど」
     ぽそり、呟きながら湯気の中へと駆け入る小太郎の目にも、女達の何が人を惑わせたのかは直ぐに見て取れた。
     端整な顔立ち。白い浴衣は湯気にしっとりと濡れ体のラインを浮かびあがらせる様であったし、胸元は深い谷間を確りと強調する絶妙な開き加減。2人ともがそうであるということは、未だ湯気の先に隠れるもう1人も同様だろう。
     そしてそのバランスの中に――敢えて残された狐の耳と尻尾。
    「うまく人間に化けたつもり?……尻尾と耳がでてるぜ。マヌケ!」
    「よりによって、そこ残すとかあざとい……!」
     千尋と希沙が、叫ぶと同時駆け出した。狙うは短髪、その手に鋼の糸を手繰る女。
     先手は千尋だ。しなやかに伸びた腕が、まるで飲み込む様に逆手に握る『五三式殲術サーベル』と融合する。
     異形を為した腕が形作るのは――蝙蝠の翼。
    「喰らいな!」
    「『ケーン!!』」
     させるか、とでも言う様に前へ出た長髪の女を、翼は容赦無く斬りつける。
     飛び散る鮮血と手応え。ニッと笑んだ千尋が更に追撃とばかり斬り重ねれば、盾の居ない短髪の狐女へは希沙の異形巨大化した腕が迫っていた。
    「絶対負けへん!」
     気に入らない――色香で以って人を惑わし、その命を奪うこと。しかしもう1つ、それとは別なある感情が希沙の胸の中で燻っていた。
    (「……小太郎くんは、どれがタイプやろ……」)
     『美女』と彼は零していた――思えばちり、と微かに感じる胸の痛みの正体を、希沙は知っている。
     だから――視界に捉える短髪の女性の背後、湯気の中から突如現れた獣の腕を持つ少年の姿に、やはり僅かに安堵するのだ。
    「どんなにあざとい美女でも敵は敵。……殺人の報いはしっかり受けなよ」
     小太郎の幻狼銀爪撃が容赦無く女の背を引き裂くと、直後、反り返った体の腹部へと希沙の鬼神変が炸裂した。
    「『……ッシャァアア!!』」
     今度は前傾した短髪の女の白い手が、威嚇と共に希沙の右腕へと伸びた。咄嗟に小太郎が前へ飛び出しかけた時、ひゅっとその眼前に小さな影が割り入る。
     ディフェンダー――弁慶だ。
    「よくやった、弁慶! さぁ、こちらからも行くかの」
     そして、後方からそれを支援する声と空に浮かぶ無数の氷塊弾は、弁慶の主・華織。
     高く掲げた槍の穂先が、魔力宿して輝きを帯びる。
    「簡単に終わらせてはくれんじゃろうが、こちらだって負けられんのじゃ!」
     華織がひゅっ、と槍を振り下ろせば、それを合図に妖冷弾が一斉に短髪の狐女へと降り注いだ。
    「大丈夫? ……待ってね、今――」
     攻撃継いでリーナが誘惑の符を敵へ放つその間に、祈る様に瞳を閉じた緋織の弓から、光が空高く放たれた。
     柔らかく輝くそれは、糸に傷ついた弁慶へと降り注ぐ。しかし、同じ光が湯気の奥から狐女へも降り注ぐと、猛攻に負った傷をたちまちに消し去った――理由は明白。小太郎は、溜息交じりに呟いた。
    「……ん。全員、お出ましかな」
     3人目――そこには緋織と同様癒しの矢を射た狐女が、にこりと微笑み立っていた。

    ●連携
    「狐と違って見よわんこ盾ーずのかわゆさを!」
     リーナを庇い、傷を負いながらも再び前へと果敢に攻める刃に――思わず叫んだ希沙の声が、湯気の中に消えて行く。
     急所だったのだろう、痛々しく足を引き摺る刃を見て、リーナは感謝の言葉と同時に手に収める祭壇武器から霊力を解き放った。
    「ありがと!」
     祭霊光――笑顔で送った癒しの力は、刃の傷をたちまちに消し去って行く。しかし、刹那ふと過った思いに、リーナは悲しく表情を曇らせた。
    (「都市伝説の犠牲者なんて、出さなくて良いぐらいになりたいんだけどね……」)
     この力は、都市伝説の被害者達にはもう届かない――沈みかけてパン! と力強く両手で両頬を打つと、リーナは顔を上げ声を張った。
    「今は出来ることをやるしかないよね! ……ちこ!」
     呼び掛けに応え、ちこが前へと飛び出す。ひゅっと真横をすり抜けたその小さな背を見送った花鶏は、換装型の機械杖を構え、明るい声をあげた。
    「装填完了! 物騒な都市伝説は、八百万の神様に代わってお仕置きだよーっ!」
     ジャキン! 杖が、鎌の形へと姿を変える。
     『黄泉戸喫』――刃先から生まれた風の刃が、短髪の狐女目掛けて放たれる。かわすべく女は右方へと跳躍するが、花鶏はそれを許さない。
    「逃がさないよ!」
     女の動きに合わせ、花鶏が杖を横へと振る。すると、込めた魔力が反応する様に風の刃は女を追尾し、着地の足元で激しく爆ぜた。
    「今だっ!」
     朗らかな花鶏の声に、灼滅者達が一斉に動いた。希沙とディアナが後方の癒しの女へと牽制に動く間に――構えた千尋が解き放つのは炎の弾丸。ガトリングガンを仕込んだ黒棺から繰り出す、ブレイジングバースト。
    「爆ぜろ!!」
     ドガガガガ! と激しい連射音が鳴り響く。周辺全てを巻き込むほどの豪快な射撃は、問答無用と女の美しい顔や体を貫通し、炎で全身を焼き尽くす。
     しかし、その嵐ののちにそこに立ったのは、長い鎚で体を支える、満身創痍の長髪の狐女――。
    「連携……いや、役割に忠実なだけかの? いずれ、本当に人のようじゃ」
     ふわりと桜の髪を揺らし、華織が空から舞い降りてくる。手にはその身に宿す紅蓮の炎。千尋に継いだ、炎の攻撃だ。
     ちらりと横を見遣れば、やや遠くに短髪の女。横たわるあちらもかなり消耗して見えるが――恐らくは突き飛ばして庇ったのか。終始仲間を守り動いていた長髪の狐女に妙な人間くささを感じて、華織はふっと微笑んだ。
     ……しかしそれでも、相手は都市伝説だ。
    「湯船を血で染める美女など要らぬ! そなたらは、此処で燃え尽きるが良い!」
     突き下ろした拳の炎が女の肌へ燃え移ると、瞬く間にその身は塵へと化して――やがて湿った空気に似合わず、さらさらと乾いた音を立てて崩れていった。
     一方――短髪の女へ迫る小太郎は、呟いてすう、と淡翠の瞳を細める。
     この狐は、希沙を狙った――その瞬間から、正直疎いと思っている女心とか気後れとかそういうものより、小太郎の心の中には無言の怒りが在ったのだ。
     大切だから、盾役でなくとも護りたい――思いのままに駆ける足元に手を付いて、掴んだ影はずるりとその手に従い地面を離れた。
     そんな小太郎の様子に2人の絆を感じて笑んだ緋織は、1つ小さく息を落として、改めて前に倒れたままの狐女を見遣る。
     『《翼弓》風乙女』――風の精を模した弓へ、心静かに力を注ぐ。顕現した矢は凄まじい魔力を秘めて輝き、見つめる瞳の漆黒には金の光が煌いた。
    「……今度は仲良く温泉に入れたらいいね」
     呟いて弓構える先、女は小太郎の影によって地面へと縫いとめられている。引く弦はその手に軽く、解き放てばきっと一瞬で目の前の都市伝説を空へと送ることだろう。
    「おやすみなさい……」
     矢放つ瞬間の僅かな心苦しさに生じた呟きが、狐の最期を見送った。
    「あと1体だよ!」
     2人の狐女の消滅を確かめ、花鶏が力強く宣言する。直後、希沙が指輪から魔力の弾丸を解き放てば、岩場へと着弾した爆風に煽られて――湯気が払われたそこに、1人の女が立っていた。
     現れた時と変わらぬ妖艶さ。唯一金の髪を持つ美女は、癒しの配置を維持したままで――弓を片手に微笑んでいた。

    ●魔性
     8人+3匹対1。圧倒的な戦力差に、戦いは一方的だ。
    「さくっと倒しちゃうよ!」
     明るくそう声を張って、花鶏は杖に魔力を込めた。
     フォースブレイク――強大な魔力が体内で爆ぜた直後、千尋は同じ場所を更に深く斬りつける。しかし、人ならば激痛に呻くだろうその攻撃にも、女はにこにこと微笑みを絶やさない。
    「何だろ、変な感じ」
     人と同じと、そう思うわけでは無いのだが――傷つけられているというのに笑むばかりの女へ、リーナは何とも複雑な思いに駆られた。
    「調子狂う――……!?」
     しかし――直後、リーナの体をずしりと重く力が蝕んだ。
    「……成る程。これは確かに、一般の者はひとたまりも無いのう」
     動きが鈍くなったリーナに気付いて、呟いた華織は手で弁慶に合図を送る。浄霊眼によって癒しを得たその力は、灼滅者もよく知るものだった。
     3人の女の魔性。見た目だけではなく、振る舞いだけでも無く、力無き人には抗いようの無い魔力――リーナを襲ったそれこそ、【催眠】の力。
    「性質の悪い……!」
     そう断じて、ディアナは駆けた。
     疾走する足元の駆動輪が、跳躍の瞬間、摩擦に激しく火を噴いた。高く上がった空中でくるりと体勢を変えると――そのまま、炎の足を踵から女の肩目掛けて叩き落す。
     ガツン! 一撃叩き落した刹那、炎は煌々と女の体を包み込んで――。
    「抗えなかっただけで、やっぱり知らない女性の誘惑に誰しもが応じるわけじゃないわよね。それに……」
     朽ちるその身は灰すら残さず、白靄の中へと融け消える。
    「美人……では確かにあるとは思うけれど、私達を誘惑するなら多分美女よりもふもふの方が……」
     最後にディアナは紅蓮の瞳を優しく緩め、魔性の笑みより余程魅力的に微笑んだ。

     再び静寂に包まれた白靄の中を、8つの影が駆けて行く。
     後ろ髪を引かれつつも――エクスブレインの『嫌な予感』を回避するため、灼滅者達は即時撤退を決めていた。小太郎にとっては二度目の経験であり、正直、その内心は複雑だった。
     しかし、ちょい、と袖引く力――自分の内情を慮る優しいペリドットの眼差しに、燻る苛立ちはたちまちに消えて行く。
    「……大丈夫です」
     想い通じ合う彼女を、護るためにも。これまで学園に届いた報告で、予感の正体についておおよそ見当はついているから――小太郎と希沙は互いの手を取り、更なる帰還の路を行く。
    「お腹減ってきたな……狐うどんでも食べて帰る?」
    「それいい! でも、どうせなら温泉も入って帰りたいよねー」
     何かが追走する気配は無い――警戒は緩めないながら、次第に談笑の声は大きくなっていく。
     掴みとった勝利の路を、灼滅者達は駆け抜けた。

    作者: 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年12月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 4
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ