●お前も、お前も、みんな死ね!
恨みをもった人がいた。
社会がどうの、人格がどうの、五月蠅くて嫌になった人がいた。
「死ね。死ね。全員、全員死ね。どいつもこいつも、どいつもこいつもなあ!」
男は小説家だった。雑誌の片隅に文章を書いて送って、少ない小銭を貰って食いつなぐ貧乏な男だった。
三十代にもなって何をやっているのやらと自分でも思っていたし、人にも言われていた。
「勝手なことを言いやがって! くそが! くそがあああああああああああ!!」
唯一の逃げ場は文学だったが、雑誌の男はこういうのだ。
それは良くないよ先生。読者が嫌がるもの。
もっとゆるゆるとしたさあ、可愛い女の子がニコニコする話を書こうよ。
「日和りやがって! くそ! くそっ! くそおおおおおおおおおお!!」
分かっているのだ。
自分が腐った愚か者で、社会のゴミで、クズで、今すぐ首でも吊って死んだ方がマシだってことくらい、他の誰より分かっているのだ。
生きていたくなくて。
死にたくなくもあり。
結局こうするしか無かったという、ゴミのなれはてである。
だから他人にこびへつらって、はいはいご主人様といって靴を舐める暮らしをするべきなのだ。わかっているわかってるんだよクソがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
「俺だって……俺だってなあ……」
編集社の男を八つ裂きにしたあとで、彼は粗い息をした。
「俺……だって……」
腕は奇妙な剣に変わっている。こいつが目の前の男をプリンみたいにぐちゃぐちゃにしたのだ。
こいつだけではない。
後ろを振り返れば、オフィスだった場所は血の海になっていた。
誰も彼もがぐちゃぐちゃで、めちゃくちゃだった。
「くそ……くそっ……くそがあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
男は叫んだ。
これが何度目の叫びか、もう覚えていない。
●全員殺して、俺も死ぬ。この世の全員、死んでしまえ。
デモノイドロードというものを知っているだろうか。
一般人からデモノイドに闇堕ちしたが、悪の心を維持し、ダークネスであることを維持したまま『居残ってしまった者ども』のことである。
彼らは灼滅者デモノイドヒューマンと動揺の能力をもち普段は人間形態で過ごしているが、ある特定の条件でデモノイド化する。
条件とは、彼らが危機に陥るとき。もしくは悪の心が薄れた時である。
ただのデモノイドと異なるのは、この状態になっても高い知性と狡猾さを残していることだろうか。
今回あなたが討伐することになるデモノイドロードもこんな者どものひとつである。
既にいくつもの悪事を犯しており、通常人間形態であるがゆえにサイキックアブソーバーに検知されずらいにも関わらず今回のように引っかかったのだ。
取り返しの付かない化け物。
そう思っていただいて、構わない。
戦闘能力はデモノイド系と変わらず、これに加えて解体ナイフ系の能力を備えている。
バベルの鎖による危機回避を突破するため、あなたは編集社のオフィスで虐殺事件を起こした直後の彼に接触。撃破することになる。
この世の全てへの憎しみを抱えた彼を、あなたが殺すのだ。
ちゃんと、殺してあげるのだ。
参加者 | |
---|---|
如月・昴人(素直になれない優しき演者・d01417) |
マルタ・エーベルヴァイン(ピュロマーネ・d02296) |
病葉・眠兎(紙月夢奏・d03104) |
吉沢・昴(ダブルフェイス・d09361) |
備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663) |
十六夜・深月紅(哀しみの復讐者・d14170) |
周藤・顕(土下座の帝王・d18002) |
リゼ・ヴァルケン(緋色の瞳・d29664) |
●無意識の悪意、作為的善意。
車に轢かれた小動物の死体を見たことがあるだろうか。
ネコなりタヌキなり、それは無残なことになっていたはずだ。
可哀想と思ったやもしれない。邪魔だなと思ったかもしれない。見なかったことにしたかもしれない。
今回遭遇した事件は、つまるところそういうことだったのかもしれない。
腐った生ゴミのように社会に居残り、たまたま醜い力を手に入れてしまい、惨状を作り上げてしまった物体に対して、その場に居合わせた八人の灼滅者はそれぞれの気持ちを抱いていた。
如月・昴人(素直になれない優しき演者・d01417)や病葉・眠兎(紙月夢奏・d03104)のように、可哀想だと思った者。
吉沢・昴(ダブルフェイス・d09361)や備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663)のように、やり方を間違えたのだと考えた者。
十六夜・深月紅(哀しみの復讐者・d14170)やリゼ・ヴァルケン(緋色の瞳・d29664)ように意識的に通過しようとした者。
周藤・顕(土下座の帝王・d18002)のように明日の我が身を案じた者。
マルタ・エーベルヴァイン(ピュロマーネ・d02296)のように真摯に考えようとした者。
みな、結局は通り過ぎた。
社会のゴミを捨てたのだ。
だからたぶん、これから語る『いざこざ』は、本来不必要なものだったのかもしれないのだ。
サイキックエナジーやらダークネスやらデモノイドロードやらはすべて、ただのオマケにすぎないのかもしれない。
けれど、あえて、深く語っておこう。
きっとそれが、今一番必要とされているのだろうから。
●無意識の善意、儀式的悪意。
男は太った中年女性の死体を踏み砕いていた。
「馬鹿にしやがって、豚が! 豚が! 死ね、もっと死ね!」
そんな現場に対して、やめろだとか、待てだとか、そんなおきまりの文句は挟まらなかった。
彼らは無言で飛び込み、そして彼を蹴りつけた。
一打目は深月紅のものだ。事務所に飛び込むなり、男の脇腹に炎を纏った足を打ち付ける。
男はスチールデスクとその上に乗ったクッキーをなぎ倒し、血まみれの床を転がった。
無言で歩み寄り、倒れた彼の腹を数度にわたって蹴りつける。
身体を起こした彼だったが、すぐに鎗輔の足で蹴り倒される。とんぼ返りで着地する鎗輔。
鎗輔は男の頭を掴んで持ち上げると、顔に向けて膝蹴りを叩き込んだ。
わめくように言う。
八つ当たりかよ。世間に認められないからってやけになってこんなことをするな。物書きなら文章で人を殴れ。そうやって楽しませるのが本だろう。プライドまで捨てて何が残るんだ。
そんなことを言った。強く、叩き付けるように言った。実際膝は彼の鼻頭を叩いていた。鼻の骨は折っていて、前歯も数本砕けていた。
知っている。男はそんなようなことを言って、鎗輔の足を掴んだ。掴んだ腕から異形のものとなり、その場にいた深月紅ごとなぎ倒し、そう小柄でもない彼を放り投げた。
編集者の名前が一文字ずつシールづけされた窓を割って野外に放り出される鎗輔。
そのままフィードアウトすることなく、箒で飛行するマルタによってすく上げられた。
窓から同時に舞い戻り、鎗輔の霊犬と共に突撃した。
飛行物体をそのまま叩き付けたような蹴りと斬撃が男を襲う。しかし深月紅が蹴りつけた時のような手応えはない。むしろ巨木でも蹴りつけたような重さと堅さに、マルタたちが逆にはじき飛ばされたほどである。
男が腕を振るや、以上な突風が巻き起こった。
あたり一帯に呪いが立ちこめる。
顕は仲間を庇うように割り込むと、シールドを巨大化して身を固めた。彼の霊犬もまた同じように割り込みくわえた刀で守りを固めようとする。
その時彼の目が深い哀れみや後悔を含んでいるように見えて、マルタは目を細めた。だがなぐさめてやるような場面でも、場合でもない。
そこへ、男を取り囲むように昴人たちが回り込んだ。
昴人は眼鏡を外し、握りつぶし、あふれ出たサイキックエナジーを吸収した。
なにごとかを言って、輝く左手を翳す。
光の線が男に叩き付けられ、男は小さく呻いた。
円形の武器を取り出した眠兎が、光線と並ぶように突撃。男の身体を切りつけ、吹き出た血液を浴びた。
彼女が唇を強く結んでいたのは、彼の血を飲まないようにするためばかりではない。
振り向き、肩を掴まれる。掴んだ手のひらが砲化し、彼女の肩を破壊した。
片目を瞑ってよろめく。昴人は彼女を支えようとしたが、眠兎は強い意志でそれを拒んだ。
暴力を受け入れれば精神的苦痛を受け入れたことになるのだと、どこかの誰かが言っていた。昴人はそれを不毛なことまでは思わない。必要な時があるはずだ。眠兎は今がその時だと考えたのだろうと。
これで戦いが終わるようなことは、勿論ない。
腕を分厚いナイフのように変形させた男に向けて、昴が勢いよく斬りかかったのだ。
腰から太刀を抜き、腕を直接切りつける。
返す刀で更に足を切り、素早くその場から飛び退いた。
彼のいなくなった空間を、男は腕のナイフでひっかいた。
重量や幅がおかしいのか、振ったナイフは床に刺さり、タイルとその下の素材を破壊してまき散らした。
当然その場に散らばっていた無機物有機物まとめてである。
腕を引き抜き、更に斬りかかる。
ただ踏み込むといったような動作ではない。アクセルを思い切り踏み込んだ自動車のそれに近い、殺人的な突撃である。
昴はそれを受けはしなかった。
横合いから割り込んだリゼが、彼を突き飛ばしたからだ。
既にデモノイド化した腕を翳し、男のナイフを受け止める。
余ったエネルギーは、それこそ車を突っ込ませた時のように壁まで走り、リゼを押しつぶす形で激突した。
リゼはエネルギーを膝にため、彼の腹へと叩き込む。
追撃にと振り上げられる男の腕。
その腕を、剣が串刺しにした。
リゼのビハインドがやったものだ。
注意のそれたことを確認して、いまいちど男を蹴り飛ばすリゼ。
軽く足踏みをして、男は部屋の中央へと移った。
……さて。ここまで書いてきて、とても申し訳の無いことなのだが。男と表記していた彼はもう既に、人の姿をしていなかった。
かろうじて二本の足があり、かろうじて二本の腕を持ち、かろうじて頭部らしきもののある、バケモノ以外の何物でも無かった。
だからもう、男と表記するには限界がある。
デモノイドと表記するほか、なかろう。
●無意識の無意、形式的無為。
頭の半分をかろうじて人間のままにしたデモノイドは、顕の肩に斬りかかった。
果物ナイフで刺したわけではない。牛肉をさばいたり、鶏の首を落とすことにも使うような無骨で大きなナイフである。当然のように顕の肩が切り落とされ、腕が奇妙にバウンドしながら転がり、大量に落ちている同様の物体と混ざった。
顕は肩口を押さえて歯を食いしばり、目は差し迫ったように見開き、吐く息は炎のように熱かった。
まるで水をいっぱいにしたビニール袋のように、重く鈍く、張り詰めていたのが彼である。
そこに針を刺した時の状態を、想像すればよい。
吹き出し、こぼれ、場合によって裂けてはじける。
顕の片目から、細く闇が吹き出し――た途端、彼の襟首を掴む者があった。
横から引き倒すように、引き込むように、もしくは抱き込むようにだ。
「持論だが、『可哀想』は最大級の侮辱になる」
見れば、それはマルタだった。
「あの男は好きでも無いことをやらされたのだと思う。生きるためにどうしてもとやらされたのだろう。不満を吐く場所もなく、抵抗は潰され、なけなしの善意やプライドすら踏みにじられてきたのだろう」
「マルタ……」
「そんな奴が『助けてやれなくてごめん』などと言われるのは、死ぬほどに迷惑だ」
「俺……」
「下がっていろ。お手本を見せてやる」
剣を抜き、マルタはデモノイドの前に立った。
「ゴミめ、殺してやる……なんてね」
マルタの蹴りがデモノイドに突き刺さる。
と同時に、横合いから鎗輔の蹴りが叩き込まれる。
片足で体勢を保持しての三段蹴りである。デモノイドの身体がぐにゃりと歪み、大きくよろめいた。
鎗輔の霊犬わんこすけと顕の霊犬ポチ太郎が飛びかかり、刀でX字に斬りつける。
顔を切りつけられ、わめこくともかなわなくなったデモノイドに、昴が高速で接近。すれ違いざまに腕を斬りつけ、更にターン。深くえぐった腕を縛霊手で握り込み、無理矢理にへし折り、強制的に引きちぎる。
肩から先を失ったデモノイドはめちゃくちゃに暴れ、呪いの竜巻を引き起こした。
どうという話ではない。昴人は正眼に構えた剣にエネルギーをため、清浄な光として振りまいた。
呪いと光が打ち消しあう。
それだけで足りる風ではないが、昴人はすぐに眠兎へとアイコンタクトを送った。
頷く眠兎。
両腕を広げると、光の散る室内に巨大な魔方陣が展開された。
陣から柱状の光がはしり、室内を覆いこんでいく。
毒と呪いの風がおこしたいくつもの災いを、ほとんどなかったことにして、光と陣は室内から消えた。
眠兎と昴人は一度目を合わせ、そしてリゼへと視線を移した。
「姉さん、行こう」
デモノイド化した腕を、半身になって翳すリゼ。ビハインド・リズは鏡あわせのように腕を翳し、霊的に一体化させた。
「『おやすみなさい』」
巨大なエネルギー塊がはき出され、デモノイドを貫通していく。
デモノイドの胸部を中心にねじまきのように空間がえぐれ、最後に残ったには膝をついた、人間の頭らしきものがついた細長いオブジェのみとなった。
デモノイドの髪を掴む深月紅。
五つの単語を述べてから、ナイフを翳す。
傾げた首。左の目からは血が零れ、顎から滴となって落ちた。
「 」
最後に彼女が何を言ったのか、誰にも聞こえなかった。
実際は何も言わなかったのかもしれない。
ただ確かなことは、もろく千切れそうになった男の首を切り取り、そしてゴミのように捨てたことのみである。
●これでいい
デモノイドが死んだあと、その場に残った八人はそれぞれ思ったようにした。
男がどんなものを書いていたのか知ろうとした者や、無心に祈った者や、死体をできるだけ綺麗にしようとした者、最低限の用を済ませて帰った者、黙って立っていた者。
しかしみな結局、通り過ぎた。
彼らはダークネスを捨てたのだ。
作者:空白革命 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年11月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 12/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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