夢より来たる影

    作者:小茄

    「ふっ……鎮まれ、我がサイキックエナジー!」
     埠頭の片隅で、巨躯の男が一人、自らの太い腕を掴んで精神を集中していた。
     彼の全身を覆う黒い禍々しいオーラが、次第に小さく抑えられて行く。
    「……この程度で良いか、これならば……ん?」
     オーラを制御する事に成功した男は、漁具を手に歩いている屈強な男性に目を留める。
    「おい、そこのお前」
    「……あ? なんだい兄ちゃん、何か用かよ」
    「掛かってこい、模擬戦を所望する」
    「……は? 悪いけど俺は忙しいんだよ、じゃあ――がはっ!?」
     そのまま立ち去ろうとした漁師の頬を、男の拳が打つ。
    「て、てめぇ!」
    「これでやる気になったか?」
     漁師は漁具を置くと、ボクサーの様な構えを取る。格闘技の心得があるのか、隙の無い構えだ。
     が……
     ――ドッ、ガッ! バキッ!
    「ぐっ、が……ぐはぁっ!」
     戦いは一方的だった。漁師の攻撃は易々といなされ、逆に痛烈な攻撃が彼の顔面や腹部を捉える。
     数分も経たないうち、勝者は決した。
    「……ふむ、まずまずと言った所だな」
     小さく呟いたその男は、静かにその場を立ち去る。
     汗一つ掻いていないその背には、トランプの「ダイヤ」のマークが記されていた。
     
    「本来ソウルボード内で活動するはずのシャドウが、現実世界で事件を起こそうとしていますわ」
     有朱・絵梨佳(小学生エクスブレイン・dn0043)の説明によれば、現実世界に出現したシャドウは、模擬戦と称し、自身の力を確かめる為に、たまたま近くを通りかかった一般人を虐殺すると言う。
     のみならず、放置すればどの様な行動を始めるか解らない。一刻も早い対処が必要だ。
     
    「現実世界に出現したシャドウは、高い戦闘能力を持つ代わりに、一定時間内にソウルボードに戻らなければならないと言う制限がありましたわ。でも今回のシャドウは、力をセーブする事で、長時間の滞在と戦闘を可能としている様ですの」
     セーブしていると言っても、通常のダークネス並の力を誇るシャドウ。楽な相手ではないだろうが、敵は一体のみだ。
    「早速神奈川県の埠頭へ行き、一般人を救いつつ、シャドウを灼滅して下さいまし」
     接触はその場に行けば容易であるし、敵は自分の力を試したがっている。一般人でなくとも、戦ってくれる相手が居ればそちらに意識を向けるはずだ。
     
    「それでは、早い帰還をお待ちしておりますわ」
     そう言うと、絵梨佳は灼滅者達を送り出すのだった。


    参加者
    小坂・翠里(いつかの私にサヨナラを・d00229)
    天衣・恵(杭打兎・d01159)
    ピアット・ベルティン(リトルバヨネット・d04427)
    千景・七緒(揺らぐ影炎・d07209)
    フランキスカ・ハルベルト(フラムシュヴァリエ・d07509)
    水無瀬・旭(瞳に宿した決意・d12324)
    白星・夜奈(夢思切るヂェーヴァチカ・d25044)
    高嶺・円(餃子白狼・d27710)

    ■リプレイ


    「ふっ……鎮まれ、我がサイキックエナジー!」
     神奈川県某所。海に面した埠頭の一角で、自らの腕を抑えて何やら呟いている男が居た。
     が、彼は決して中学二年生くらいの男子と言う訳でも無ければ、カッコイイ妄想に浸っている訳でも無い。筋骨隆々の肉体からにじみ出るどす黒いオーラを、制御していたのである。
    「……この程度で良いか、これならば……ん?」
     と、そんな彼の視線の先に、漁に使う丈夫で巨大な網を手にして歩いている男性の姿。
    「おい、そこのお前」
    「……あ? なんだい兄ちゃん、何か用かよ」
    「掛かってこい、模擬戦を所望する」
    「は?」
     男は、漁師らしい男性に対し、その様な言葉をかける。無論、見ず知らずの男からの奇怪な申し出に、漁師は不信感をあらわにする。
     ほど近い位置まで接近し、今まさに男が漁師を殴りつけるかと思われたその瞬間――
    「ちょっと待った、っす!」
     響いたのは小坂・翠里(いつかの私にサヨナラを・d00229)の声。と同時に、場に広がる剣呑な気配。
    「模擬戦なんかで物足りんのかい? もっと派手にやろーよ、模擬戦なんかじゃねー喧嘩ってヤツをさあ。ほらはよ!」
     男を見上げ、挑発的な言葉をかけつつ漁師との間に割って入る天衣・恵(杭打兎・d01159)。
    「彼、僕らと用があるので。どうぞ気にしないで行って下さい。関わると面倒ですよ。今の内に、ささ」
    「お、おぉ……? なんつーか、厄介ごとは御法度だぜ?」
     千景・七緒(揺らぐ影炎・d07209)に促され、漁師は心配そうに言いながらも、そのままその場を去って行く。
    「業試しを望むなら、相手は選んだ方が良いでしょう。お相手する、来い!」
     騎士が決闘に望むが如く、真っ向から相手を見据えて言うフランキスカ・ハルベルト(フラムシュヴァリエ・d07509)。
    「ほう……お前達が腕試しの相手になってくれると言うのか」
     一方、筋骨隆々の男は、漁師の代わりに現れた一行を見回し、微かに口の端を歪める。
    「えぇ。そんなに腕試ししたいならピア達が付き合ってあげてもいいの。でも、灼滅されるのが怖いなら別に逃げてもいいよ。ピア達は弱い者虐めする気はないし……。で、どうするの?」
     ピアット・ベルティン(リトルバヨネット・d04427)は、数十センチの身長差を物ともせず、男を見上げながら言う。
    「めーわくな、強いくせに、相手の強さもはかれないの? ヤナたちのほーが、ずっとずっと、強い。だから、戦いたいならこっちにおいで、バカな筋肉ダルマ」
     同様に、白星・夜奈(夢思切るヂェーヴァチカ・d25044)もあどけない外見に似合わず、男を見上げて辛辣な言葉を投げかける。
    「……ククク、はははは! 面白い。良いだろう……お前達のその向こう見ずな態度に免じて、我が力試しの相手となる権利をやろう」
     一方、灼滅者達のそんな挑発に機嫌を良くし、楽しげに笑いながら一層全身の筋肉を隆起させる男。
     抑えているとは言いながら、その巨体から溢れ出る闘気によって、空気が震える。
    「大丈夫。彼我の力量差も正確に測れない様な者に、負ける道理などないさ」
     水無瀬・旭(瞳に宿した決意・d12324)は味方を、そして自分を鼓舞するように言いつつ、クルセイドソードを抜き放つ。
    「一般人を力試しと称して虐殺なんて……そんな理不尽な事はやらせない。餃子白狼……降臨っ!」
     義憤を胸に、続いてスレイヤーカードを解放する高嶺・円(餃子白狼・d27710)。
     シャドウを取り囲むように陣取る灼滅者達。そしてついに、戦いの火ぶたは切って落とされた。


    「こういうタイプのシャドウは珍しいような? ……なにはともあれ、いつも通り倒すだけっすね! 行くっすよ、蒼!」
     初めて見るタイプのシャドウにやや威圧感を覚えつつ、翠里は振り払うようにガトリングガンによる弾幕を形成する。霊犬の蒼もこれに従い、斬魔刀で斬りかかる。
    「ガンガン行くぜ!」
     これに続いてインファイトを仕掛けるのは恵。翠里のブレイジングバーストに紛れて間合いに飛び込むと、身体ごと突進する様にシールドバッシュを見舞う。
    「……ほう、少しは出来るではないか? それで良い。そうでなくてはつまらん」
     が、見た目に違わぬタフさを見せるシャドウ。一連の攻撃に対し、不敵な笑みを浮かべつつ、ゆっくりと此方へ歩む。
    「ではお返しと行こうか」
     地を蹴り、一気に間合いを詰めるシャドウ。灼滅者はとっさに間合いを空け、黒い闘気を纏った拳は地面を打つ。
     ――ドゴォンッ!!
    「っ?!」
     凄まじい衝撃波と共に、砕け散るコンクリート片が灼滅者を打つ。
    「こういうのはファイブラの役目ですよ!」
     傷口に炎を纏いつつ、ワイドガードを展開する七緒。
    「後輩たちを……やらせるものかよ!」
     すぐさま、清浄の風を呼び起こして回復に当たる旭。
    「パンチならピアも負けないの。どかーんといくの!」
    「押し断つ、受けてみよ!」
     多少の痛みは残っているものの、ピアットはお返しとばかりに異形化した拳を叩きつける。これに呼応し、鬼鉄刀『鬼首椿』を振り下ろすフランキスカ。
     ――バシュッ!
    「ぬうっ……!」
     シャドウの巨体が、微かに揺らめく。
    「ジェードゥシカ」
     ロシア軍のロングコートを纏ったビハインド、彼女の祖父に援護を要請しつつ、ダークネスに対する敵意を鏖殺領域に乗せて広げる夜奈。
    「一気に行くよ! 螺穿槍!」
     息つく暇も与えず、妖の槍の穂先を回転させ、シャドウの胸板に突き立てる円。
    「く……」
     一気呵成の波状攻撃を受け、さしものシャドウといえど、無傷では居られない。半歩ほど足を引き、何とか体勢を保つ。
    「ふふ……ハハハ! 良いぞ! そうだ、こうでなくては我が力を試す事など出来ぬ! もっとだ、もっと掛かってこい!」
     だが、すぐさま堂々たる仁王立ちに戻ると、楽しげに笑いながら挑発的に言い放つ。
    「さすがに一筋縄ではいかないっすね……だったら!」
     翠里は足下から伸びる影を無数の触手へと変え、シャドウの足首を搦め取る。
    「塵も積もれば山となるってヤツよぉ!」
     拳に集めた闘気を雷に変え、動きの鈍ったシャドウの頬を殴りつける恵。
     ――バキィッ!
    「その筋肉ごと貫いてあげるの!」
     更には、側背を突くべく回り込むピアット。脇腹目掛けて槍の穂先をえぐり込む。
    「ぐっ……ふふ、やるな。ではこちらも」
     灼滅者の連続攻撃を受けながら、笑みを消す事の無いシャドウ。その両手に黒いエネルギーを集中させる。
    「受けられるものなら……受けてみよ!」
     ――ゴォッ!!
     放たれるのは、漆黒の邪念の集合体。時空さえも歪めながら灼滅者へと迫る。
    「相手が違うんじゃない?」
     空鏡のナビガトリアを構え、仲間達を庇うべく身を挺する七緒。
     ――バシュッ!
    「っ!?」
    「七緒くん! ……このっ、グラインドファイア!」
     シャドウの追撃を阻止すべく、高熱を帯びたエアシューズの蹴りを見舞う円。
    「ほんとに、めーわく」
     夜奈とジェードゥシカもまた、これを援護すべくオーラキャノンと霊障波による弾幕を形成する。
    「どのような理由があって、貴方は力を振う場を求めるんだ!」
     旭はすぐさま、治癒の霊力を七緒に放ちつつ、シャドウへ問いかける。
    「何のため? そうだな……つまる所、戦う為さ。戦いは楽しい……力と力のぶつかりあい! お前達もそう思うだろう?」
     シャドウの身体にも、灼滅者の攻撃によって無数の傷が刻まれている。いかに強大なダークネスといえど、力をセーブした状態で八人もの灼滅者を相手に、余裕でいられるはずはないのだ。が、彼は笑う。楽しげに、痛みや流血さえも愉しむ様に。
    「否。人に仇為す悪夢を祓う為、この身を剣にかけるのみ」
     何故戦うのか、かねてよりそれを模索してきたフランキスカは、シャドウの言葉を即座に否定。流星の如き閃光をメルクリウス=シンに宿し、笑うシャドウへスターゲイザーを見舞う。
    「ぬっ……ぐ、ふふ……こうでなくてはな……我が力、存分に試そうぞ!」
     少なからずダメージを受けながら、しかしシャドウは昂ぶる戦意を隠そうとしない。
     埠頭における戦いは、両者一歩も譲らぬまま、その佳境を迎えようとしていた。


    「ハハハ! 良いぞ、もっとだ! もっと激しい戦いを! 全力を見せてみろ!」
     ほぼ満身創痍の身体に、ダイヤのマークを浮かび上がらせ、生命力と攻撃力を高めるシャドウ。
    「こんなめーわくなダークネスなんて、早く消さなきゃ。早くころさなきゃ」
    「無茶と焦りは禁物だよ! ……落ち着いて、確実に追い詰めよう」
     癒やしの力で仲間達の体力を回復する夜奈。旭もまた、仲間に冷静さを取り戻させるように声を掛ける。
    「貴方につませる力も命も無いんだよ!」
     円は、餃子を象った弓にニラを模した弓をつがえ、彗星の如き一矢を打ち込み、力を強める効果を打ち消す。
    「無理しないの、慌てず行こう」
     間合いを測りながら、背後よりのグラインドファイアで着実にシャドウの体力を削る七緒。
     一進一退の激しい攻防も、じわりじわりとその優劣が明らかになりつつあった。力の制限を受けながら、灼滅者達の間断無い連携攻撃を受け、さすがのシャドウも動きに鈍りが見える。
    「どうした、もっと激しい戦いがしたいって言ってたよね? 私もだよ、とことん楽しもうよ!」
     味方の盾として前線に立ち続けた恵も、満身創痍。だが、仲間の攻撃を援護すべく尚も近接戦闘を仕掛ける。
    「援護射撃、行くっすよ!」
    「蹴りだって得意なの! くっらえー」
    「ぐっ……ぬううっ!?」
     翠里のガトリングが再び火を噴き、跳んだピアットがスターゲイザーを繰り出す。もはやシャドウの体力は、治癒の追いつかない所まで追い込まれていた。
    「さすがだ……良いぞ、これだ……これこそが血湧き肉躍る戦いよ!」
     拳に影を宿し、唸りを上げて振り回すシャドウ。しかしその足下には、既に夥しい量の出血が血だまりを作る。
    「もう一息……ここでトドメっすよ!」
    「仕掛けよう」
     翠里の声に頷き、再びシールドを構えて肉薄する七緒。
    「……おいで百目鬼……見せてあげる。コレが宇都宮のご当地の畏れの力だって」
    「祓魔の騎士・ハルベルトの名に於いて汝を討つ。悪夢よ、晴れて失せよ!」
     畏れの力を結集させ、シャドウの顔面を殴りつける円。同時に、フランキスカの燃え上がる刃がシャドウの胸を真一文字に切り裂く。
    「が、はっ……!」
    「のこのこ出てくるからこうなるんだよ、ざまぁないね」
     がくりと膝をつき、血を吐くシャドウ。七緒は酷薄に彼を見下ろしつつ、言い放つ。
    「くく……はは……良い戦いだった……実に、良い……!」
     身体の末端部から、次第に薄れて消えゆくシャドウの巨体。やがてそれは霧散し、後には痕跡一つ残らなかった。


    「ふぅ……漁師さんは元より……みんなが無事で良かったよ」
     終始、仲間達をカバーし続けた旭。重傷者を出すことなく戦いを終え、安堵の表情。
    「ダークネス、ころせてよかった」
     夜奈も、こくこくと頷きつつ言う。無表情ではあるが、無事役目を終えて多少穏やかにも感じられる。
    「漁師さんも守れたし、もう全身マッチョのシャドウも見なくて済むね」
     笑うマッチョシャドウの面影を脳裏から振り払いつつ、ピアット。
    「夢は夢のままに、疾く去るべし。……しかし、この様な例が後々増えるのでしょうか……」
     静寂を取り戻した昼下がりの埠頭。フランキスカは、先が思いやられると言った様子で表情を曇らせる。
    「大人しく引き籠ってりゃいいのにさ、そうまでして現実に出てきて何がしたいのかね」
     うんうんと頷きつつ、肩を竦める七緒。
    「その時は、また私達が成敗なんだよっ!」
     びしっとポーズを決めつつ、元気よく言う円。
    「楽しかったけど、さすがにちょっと疲れたね。おっさん達が様子見に戻ってくる前に帰ろうか」
    「それもそうっすね、じゃ殺界も解除するっす」
     恵の提案に頷く翠里。
     夕暮れ時の埠頭は、海風も肌に冷たい季節だ。

     かくして、現実世界に姿を現したシャドウは、灼滅者達の活躍により撃退された。
     彼らの目的は不明だが、腕試しなどと言う目的の為に、罪も無い命が失われる事は防がれたのである。
     任務を完遂した一行は、埠頭を後に、凱旋の途につくのだった。

    作者:小茄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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