流離の珠

    作者:来野

     それは一幅の絵を思わせるさまだった。
     夜半の渓谷に月明かりが落ちる。ギャンッと吼えて地に叩き伏せられたのは、巨大な狼の姿を持つもの。青白い炎が風にちぎれ、火の粉と化す。スサノオだ。
     対して、歩み寄るのは一人の女だった。その姿は、インド渡りの踊り子のよう。獣の傍らに身を屈め、苦痛に波打つ腹へと手を伸ばし、指を沈める。
     つかみ出したものは、一掬いの白い炎だった。からげた裾を風に放ち、立ち上がる。歩み去ろうとして、訝しげに周囲を見回した。何かがおかしい。
     ぼこり。
     女の眼差しの先で、地が盛り上がる。小砂利が爆ぜ、中から異様なものが突き出てきた。皮膚も肉も腐れて溶け落ちた手。
     そうと見分けた女の指の間から白い炎がこぼれ出て、つかみ止める暇もなく朽ちた手へと吸い寄せられていく。目を見張る他になすすべも無い。
     地面がひび割れる。手に続き、干からびた頭、萎れた胴、骨の覗く脚が地上へと這い出してくる。漂う死臭。アンデッドだ。
    「ゥ、……ゥウ」
     呻くばかりで言葉も象れない腐肉だが、拳を開くと霊玉が現れた。それが白炎を啜り、輝いて、見る間に変貌を始める。浮かんでいるのは『智』の一文字。
     新たなダークネスの誕生の瞬間だった。しかも、それは生まれた時から死んでいる。
     朽ち果てた浄衣をまとい、その頭蓋は牛骨。牛頭人身。牛鬼のかたちを持ったノーライフキングが、三日月形の大鎌を振り上げる。ザンッという一撃で、巨狼の首を跳ね飛ばした。断末魔すら聞こえない。
     浄衣の裂け目で、霊玉が月明かりに濡れる。
     
    「集まってくれたか。ありがとう」
     石切・峻(高校生エクスブレイン・dn0153)が、短く息をつく。
    「山梨県東部で、スキュラの霊玉から生じたダークネスがスサノオを殺害する。至急、現場に向かって欲しい。お願いします」
     現場は神奈川県との県境。夜半の川縁だ。
    「到着できるのは、スキュラダークネスが出現した直後となる。スサノオに止めを刺す前と後、どちらのタイミングで接触するか。そこで作戦が大きく変わるかもしれない」
     考えがちに告げた峻は、先を続ける。
    「まず、今回の第一目的はスキュラダークネスと霊玉を運んできたアンデッドを灼滅することだ。その他に」
     と、人差し指を持ち上げた。そう。現場にはもう一人の存在がある。
    「スサノオを攻撃していた女性から、なんらかの情報を得ることができたならば幸いだと思う」
     多くを望めば多くの犠牲が必要となるかもしれない。それでも言葉にした。
    「他からの報告もあると思うが、瀕死のスサノオは人を食い殺しに向かうと聞く。止めを刺される前に接触するならば、この点も踏まえておいて欲しい。使う能力は、人狼と同様の三種類のはずだ」
     アンデッドたちの方は? との声に頷き、峻は続ける。
    「霊玉を手にしていたアンデッドは、エクソシストに相当する三種類と龍砕斧に似た手斧、牛頭のノーライフキングは同様の三種類と咎人の大鎌に似た長柄鎌を扱う。発生直後のノーライフキングは今ひとつ力を発さない面も見られるけれども、それも刻一刻と強力になっていくと思われる。長引くと非常に危ない」
     では、女性はという流れになった段で、峻は眉根を押さえた。
    「申し訳ない。恐らくはダークネスだろう、が、詳しいことはわからない。目的も、動機も、そも言葉が通じるかどうかもわからないんだ。この女性とも戦闘になる可能性はゼロじゃない。状況によっては即時撤退も視野に入れて動いて欲しい。君たちに万が一のことがあっては、元も子もない」
     手を下ろすと、おかしな力はなんとか抜けていた。一度頭を下げて皆の顔を見つめ直す。
    「三つ巴のところに踏み込むのは、きっと容易なことじゃない。得体の知れないものと意思を交わすのも。それでも、俺は君たちの力と気持ちに託したい。助けて欲しい。頼む」
     秋晴れの空が抜けるように高い。そんな午後のことだった。


    参加者
    森田・依子(深緋・d02777)
    射干玉・夜空(高校生シャドウハンター・d06211)
    リーグレット・ブランディーバ(ノーブルスカーレット・d07050)
    咬山・千尋(中学生ダンピール・d07814)
    靴司田・蕪郎(靴下大好き・d14752)
    竹間・伽久夜(月満ちるを待つ・d20005)
    六条・深々見(螺旋意識・d21623)
    蔵守・華乃(レッドアイ・d22909)

    ■リプレイ

    ●言霊の幸ひ
     空には欠けた月、滝の音が肌寒い。秋の深まりを感じる夜だった。
     渓流を遡ったその先に、四つの影がある。一つは足掻く獣。一つはヴェールを纏った女。そして、牛骨頭の異形とその僕。青白い炎は獣のもの。高まる緊張のなせるわざか、全てが沈黙していた。
     間隙を縫って駆けつけた灼滅者たち。その中の一人、六条・深々見(螺旋意識・d21623)が好奇心に満ちた視線を注ぐ。
    (「うわー……。下手につつくとすっごくまずいことになりそうな状況で……面白いね!!」)
     ふと見交わした相手は蔵守・華乃(レッドアイ・d22909)で、彼女の瞳もくるりと輝いていた。
    (「油断のならない強敵が勢揃いといった感じですわね! ふふふ、胸が高鳴りますわ!」)
     となれば、急がないはずもない。この戦い、時間との勝負も肝要だ。
     リーグレット・ブランディーバ(ノーブルスカーレット・d07050)が駆け出す。風をはらむ髪が、夜目に赤い。
    (「一連の事件の中心と邂逅か、流石に気が高揚するな」)
     気合は十分。動きも速い。持ち場につく彼らの中から上がった声は、しかし、とても落ち着いたものだった。
    「今晩は」
     長い黒髪をやんわりと編んだ少女、森田・依子(深緋・d02777)は、まず挨拶から切り出した。
    「どなたかは存じ上げませんが、貴女と戦う気はありません」
     向き合う相手は、ダークネスと思しき女。スサノオが低く唸り、手斧のアンデッドが前へと踏み出したが、女は動かない。
     それを見て、仲間の一人がライドキャリバーを止めた。片足をついた長身のシルエットは、咬山・千尋(中学生ダンピール・d07814)だ。
    「あたしらは、灼滅者だ。目的はスキュラの霊玉を破壊すること」
     先んじて身元を明かし、皆を視線で示す。依子があとを引き受けた。
    「私達はノーライフキング達とスサノオを倒す為に来ました。貴女の邪魔をする気はありません」
     冴えた夜風が通り抜け、女の纏う薄絹をふわりと舞い上げる。垣間見える淡い色合いの髪、伏し目がちな目許。めりはりのある肢体が眩しい。
    「目的が少しでも重なるなら」
     そう続く言葉に、ゆったりと耳を傾けている。
    「共闘を……此方は私達に預け、スサノオを止めてもらえませんか」
     依子は静かに願い出た。先入観の色も大きな期待も込めないようにと。意見は統一を図られており、異を唱えるものはない。皆がそれぞれに、固唾を呑んでいる。
     竹間・伽久夜(月満ちるを待つ・d20005)が、足許のライトランタンへと視線を落とした。
    (「手負いのスサノオを放置するなど、心苦しいのですが。でも」)
     今はできることから確実に行うしかない。きゅっとスレイヤーカードを握り込む。
     果たして言葉は通じているのか。
     状況を見て、靴司田・蕪郎(靴下大好き・d14752)が一歩を踏み出した。頭に靴下、足にも靴下。ぴっちりとしたムタンガの上から加えて靴下で緊縛するというインパクトあふれる姿で、こぼす吐息も快さげ。しかし、ただ、気持ち良くなっていただけではなく、
    「よろしければ、わたくしめが」
     と翻訳を引き受けようとした、その時、女が片手を持ち上げた。腕輪が鳴る。
    「良かろう。引き受けた」
     鷹揚に頷くと、彼らとは背中合わせに構え、スサノオと対峙する。
     射干玉・夜空(高校生シャドウハンター・d06211)が、目を瞠った。
    「通じてた」
     蕪郎が腕時計のタイマーをセットし、その全身を眩い光に包み込む。迸る雄たけび。
    「ソォォォォックス、ダイナマイツッ!」
     開戦だ。

    ●共に立つ
    「ゥ、ゥゥオゥ!」
     腰を低く落としたアンデッドが、手斧をふるった。ヴンッという低い振動音と共に、前の者たちを仰け反らせるほどの衝撃が巻き起こる。
    「くっぅ!」
     千尋はガトリング内蔵棺桶を体の前へと構え、バーガンディから降ろした片足で地をこする。後ろに飛び退いた伽久夜を背に庇い、深々見がナノナノのきゅーちーと共に前へと出た。勢いの乗った重たい一撃に、手首が痺れ視界が眩む。
     負傷をまぬがれた伽久夜は、白い指先をバイオレンスギターの弦へ。せせらぎに乗せて奏でる響きが、アンデッドを一歩退かせた。
     斧を構え直す腐肉の動きが、瞬時に軋みから立ち直り始める。後方のノーライフキングが、力を注ぎ込んでいるようだ。それを視界に捉えて、夜空が頷いた。
    (「アンデッドが盾だね」)
     そうと判断がついて、バスタービームを構える。その背後に冷たいものを感じた。
    「……?!」
     振り返った眼前に大きく開いて迫るのは、血にまみれたスサノオの牙。ガッという凶悪な音は耳元で響き、頬で髪の先が舞い上がったが痛みは来ない。
    「グア、ゥッ!」
     跳躍したスサノオの喉首を、ダークネスの女が下からつかみ上げている。五本の指から鋭い爪が伸び、喉笛を裂いて首の裏へと抜けるのが見えた。
     瞳だけを動かして的に向き直り、トリガーを引く。一条の光が真っ直ぐにアンデッドの斧を撃ち、弾いた。
     絶妙のタイミングでリーグレットの足が舞うと、そこから一気に伸びた影が、斧を拾おうとしたアンデッドの手を切裂く。
    「ゥ……ッ、ゥ!」
     ガクガクと首を揺らしたアンデッドの頭上で闇が斜め十字に裂けた。切れ間から何かが降り落ちてくる。鈍色の雨のようだ。
    「熱っ!」
     火傷に似た痛みが、触れた灼滅者たちの肌を蝕もうとする。武装を握る掌が、ぬるりとぬめった。
     蕪郎の身の周囲から夜霧が漂い始める。それは見る間に広がり、仲間を包み込み始めた。中心で小さな電子音。腕時計が経過時間を告げている。
     アンデッドが斧を拾い上げた。華乃が巨大な刀身を振りかぶる。
    「そうは――」
     振り下ろされようという斧刃の軌跡に踏み込み、払い退ける動きで振り下ろした。刃がひるがえる。
    「させませんわ!」
    「オオッ、ゴ、ハッ!!」
     腐れた体の額から顎へ、そして胸から腹へ、巨刃がアンデッドを両断する。顎が崩れ落ちれば断末魔も途切れ、ざんっと落ちた刀身の上に降り注ぐのは塵芥だった。
     一体、終了。時間は?
     皆の視線に腕時計の手首を掲げ、蕪郎が頷く。
    「まだ行けそうでございます」
     その時、凄まじい断末魔の咆哮が皆の耳朶を打った。シャン、と涼しいのは腕輪の音。
     スサノオを蹴り倒した女が、ヴェールを身に絡みつかせながら爪先を引く。その足許で一度眩く輝いた白炎は、女と灼滅者たちの肌を煌々と照らして消えた。
     ふっと訪れた闇の深さに、皆の携える光が点々と白い。それを見つめて、女はその場を離れない。
     戦いを見届けるというのか。
     柄を、銃把を、ネックを握る灼滅者たちの手に、新たな力が篭る。

    ●十五分
     盾を務めたアンデッドは、いわば露払いだった。それを思い知らされる最初の一撃が、飛んできた。
     ザアッと小砂利を抉って押し寄せた衝撃は、触れたものをまとめて薙ぎ払う。立っていられない。降り注ぐ礫を腕で避けて、千尋が膝を起こす。
     バーガンディは横転し、隣にいたはずのきゅーちーは既に見当たらない。だが、深々見が巨腕を伸ばし、柔らかな光を注いでくれていた。砂利を払い除けながら、明るい笑みを浮かべている。
    「ハ……ッ」
     千尋は頭を一振りして砂埃を払い、お返しとばかりのガトリング連射を打ち込んだ。重たい銃身から繰り出されるバレットの雨あられ。
    「グ……ゥ」
     長柄を前にかざして、じりっと片足を引き、それでも膝すらつかない牛鬼が腹立たしい。華乃が斬艦刀を地から引き抜くと、その胸元に大鎌の一撃が斜めに落ちてくる。
     ザクリという三日月形の激痛。血煙が咲いた。バイオレンスギターを手に蕪郎が走る。
     急がなくてはならない。血塗れた鎌が夜空に持ち上げられるのを見て、依子が妖の槍を構えた。振り下ろされようという刃と噛み合うかのように槍穂を突き出し、浄衣のみぞおちを貫く。
     キン、という音が甲高すぎて耳に痛い。手応えはある。
    「くっ」
     巨大な骨のあぎとの歯噛みを間近に、柄を握る指に力を込めて決して緩めはしない。
     オゥ、と低く吼えて、ノーライフキングが左手を持ち上げた。骨の指が、あばらの間に突き込まれている槍の柄を掴む。
    「ゥ……」
     まるで焼き串でも抜くように、自分の身の方を後ろに引いた。依子が息を噛む。屍王の背後の空間が揺れ、それが幾つも鋭利にささくれ出すのが見える。
     アラームの音が聞こえてきた。
     リーグレットが影を引き、槍を構える。銘はProuder。赤い獅子紋が闇に滲み、依子とは逆斜めからあばらを狙う。
    「ガッ……!」
     渾身の力で突っ込むと、今、一つの槍から自由を取り戻したはずのノーライフキングが、また、縫い止められて痙攣した。瞬間、虚空から無数の刃が噴出する。
    「危ない!」
     誰かが叫んだ。頬を、耳朶を切裂かれてもリーグレットは動けない。赤いのは髪か肌なのかも定かではなくなる一瞬。他の仲間へとナノナノ・みずむしちゃんを差し向けて蕪郎が治癒を急ぐが、その額も切り裂かれて、しゃぶった靴下から鮮血が落ちる。忙しい回復に手を貸すのは、深々見。
     バリッ、という音が轟いた。眩い閃光。ほんの一瞬、その場の全てが輪郭を真っ白に浮き立たせる。
    「落とします」
     伽久夜がマテリアルロッドを掲げ、大きく振り下ろしていた。ビシャッ、という音は巨大な蛇が地に身を叩きつけたに似る。
     落ちたのは轟雷の紫電で、細かく振動した屍王の鎌が動きを止めた。牛骨の眼窩で何かが揺れる。黒い気をあふれさせたのは、治癒を試みているのか。
     だが、その動きが一つの衝撃によって鈍った。華乃のクルセイドソードが、物質の枠から外れて浄衣の胸を貫いている。
     カチカチカチという音が聞こえる。牛骨の歯が鳴っている。そこに重なるのは微かなアラームの音と、13というカウント。
    「あと……少……し」
     華乃が膝に力を込めた。ノーライフキングは、再度、黒い気で身を包もうとする。その胸元にきっかりと合わせられる照準。
     夜空が、すっと息を吸い込み、
    「エネルギー、フルチャージ。シュゥゥゥトォッ!!」
     闇を切裂く一条の閃光を放った。最後の一削り。天と地を二分するかのような光の先で、屍王は逃げることもかなわない。
    「……ゴ、……ッ!!」
     白骨が四散し、闇に弾け飛ぶ。

    ●Sphere & Sophia
     ガラン、という音は牛の頭蓋骨が地に転がり落ちる音だった。
     重々しくも空虚なその響きが砕け、気がつくと滝の流れ落ちる音に塗りつぶされている。頬を撫でて風にさらわれていくものは、玉もろともに散った灰色の塵だ。
     終わった。
     アラームを止めるチッという小さな音が、あっけなくも重たい。
     静かに息を吐き、皆、いっせいに振り返った。女は、いた。少し離れた位置に佇み、ヴェールに夜風を受けている。二つの瞳は静かに灼滅者たちを見ていた。
    「ありがとうございました」
     武器を収め、それぞれに礼を述べる。頷いた女は、次の言葉を待たずに口を開いた。
    「霊玉とはなんぞ?」
     問いかけだ。彼女が知りたいのは、それか。
     伽久夜が口を開きかけた。質問があるのならば互いに一問一答にするのはどうか。そう、提案するつもりでいた。が、切り出す前に、また、女が口を開く。
    「霊玉とはなんぞ?」
     同じ問いだった。
     武器を向けてきたわけではないし、声を荒げる様子もない。ただ、訊ねかけてきただけだった。それなのに、八人の胸の底には何か抗いがたいものがのしかかってくる。
     閉ざそうと思えば唇は震えるし、拒絶の言葉は喉に引っかかって出ない。嘘をつこうにも上手くいかず、結局は正しく答えるしかない。
    「霊玉……と、は……スキュラの……」
     彼らが知りうる範囲内の事実が、それぞれの唇からこぼれて落ちる。額から伝い落ちるのは、変に冷たい汗。それは、どこか、良く見知った光景だ。
     たとえば、灼滅に向かった先に一般人がいた場合。サイキックで処した際の記憶は、彼らの多くが持つだろう。それをひっくり返したかのようなありさまが、夜のせせらぎの縁にあった。
     さあさあと滝の水が落ちる。滝の音?
     いつの間にか語り終えていた。頭をつかまれて地に押し付けられるような重苦しい威圧感、それがじんわりと薄れ始めている。
     苦しく息を詰める喉を押さえ、華乃は自らの意思を絞り出した。
    「私は、蔵守・華乃……と申しますわ」
     続いて、リーグレットと依子も名乗る。
    「リーグレット・ブランディーバ、だ」
    「森田……依子です」
     額の汗を拭い、夜空が言った。
    「名前がわからないと不便だよ。何と呼べば良いかな」
     数名が頷く中、リーグレットがそこに加える。
    「何に属している誰だ?」
    「そう、種族であるとか」
     と、千尋。ダークネスと一口に言っても、様々だ。
     額の髪を指先で整え、伽久夜が続ける。
    「これは、差し障りがあるようでしたらお答え頂かなくてもと思うのですが、なぜ、スサノオを襲撃するのでしょう」
     女は沈黙を保っている。黙ってそれぞれの面差しを見つめ、やがて、踵を返した。迷いなくその場を離れる。
     靴音が消えかけた時、ふわりとヴェールがはためいた。風ではない。女が振り返ったのだった。
    「儂はスサノオの姫、ナミダ。古の約定により、獄魔覇獄に参ずる大将なり」
     飾り石が小さく揺れる。その輝きを最後に、軽やかに歩む姿は闇へと紛れて見えなくなった。
     そして、緊張の糸が切れる。
    「は……」
     誰からともなく息を緩め、その場に座り込んだ。砂利が膝に固く痛い。
     耳の底に残るのは、残された声。あの顔で儂なのか。夜空が腰の後ろに両手をつく。
    「スサノオの姫、何者なのかな?」
     首を捻る深々見の横顔には、好奇心に満ちた笑顔が戻り始めている。おいしく靴下をしゃぶっていた蕪郎が、ふとそれを口から離した。
    「獄魔覇獄の関係者でございましょうか?」
     一つの謎に答えが出ると、次の謎が見えてくる。
     新たな知を得た彼らを、月が見ていた。

    作者:来野 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月12日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 24/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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