勇者サトルの「ひのきの棒」

    作者:三ノ木咲紀

     超つまらない家庭教師の授業がやっと終わって、悟はホッと一息ついた。
     親に呼び出された家庭教師を見送った悟は、早速引き出しからゲームを取り出した。
     携帯ゲーム機の電源を入れて、逸る気持ちを抑えつつスタートボタンを連打。起動するのが早いか、見慣れたデータをロードする。
     悟が今ハマっているのは、武器や防具が錬成で強化できるのがウリのRPG。ここ数か月、悟はひまさえあればこのゲームをプレイしていた。
     目標は、最弱武器「ひのきの棒」を最強武器「エクスカリバー」よりも強くすること。
     そのために、悟は勉強そっちのけで、このゲームの情報を集めまくった。
     錬成するために必要な素材を集めたり、資金を稼いだり、道具を揃えたり。成功率八十パーセントで失敗してしまった時には、思わず叫びだしたくらい悔しかった。
     貴重な素材を集め直し、やり方を見直して。攻略サイトは極力見ずに頑張った甲斐もあり、成功率は九十八パーセントまで達した。
     あとは、「錬成する!」ボタンを押せば、「ひのきの棒EX」が手に入る。今までの努力が報われるのだ。
     ゲームスタート直後から、誰にも見向きもされないひのきの棒も、鍛え上げればエクスカリバーを超えられるんだ。それがやっと証明できるんだ。
     そんな期待を胸にAボタンを押す寸前、悟の視界からゲーム機が消えた。
    「お前、こんなもんやってるから成績が上がらないんだよ!」
     振り返ると、いつの間にか部屋に入っていた家庭教師の大学生が、苛立った様子でゲームを眺めていた。
    「か、返せよ!」
    「お前がこんなもんばっかやってるから、この間のテストの点が悪かったんだよ! お蔭で、もらえるはずの特別ボーナスがパーじゃねえか!」
    「知るかよ! あと少しで完成するんだ! 勉強は後でするから!」
    「こ、こら飛びつくなって……あ!」
     ゲーム機を取り返そうと大学生に飛びついた悟に、大学生が驚いて手を滑らせる。
     ゲーム機が熱帯魚の水槽に落ちる。真っ黒になる画面に、悟は声にならない叫び声を上げた。
    「お、お前が飛びつくのが悪いんだからな! ……って、もうこんな時間だ! 合コンに遅れるじゃねえか!」
     逃げるように部屋を出ていく大学生には目もくれず。悟は急いで水槽からゲーム機を引き上げた。
     何度電源を入れても画面は真っ黒なまま。他の本体に入れて試してみたが、データはすべて消えていた。
     悟は絶望で、目の前が真っ暗になった。
     今まで。手塩にかけて育て上げた勇者サトルが。勇者サトルと仲間達が作り上げた、ひのきの棒EXが。
     あの家庭教師のせいで、全部パーだ。一瞬で全部がなくなってしまった。
     怒りの頭痛で頭を抱えていた悟は、ふいに現れた手の中の感触に顔を上げた。
     そこにあるのは、夢にまで見たひのきの棒EXだ。
     失敗してなかった。成功したんだ。ひのきの棒EXは完成したんだ!
     歓喜に打ち震えた悟は、勇者サトルのように立ち上がった。
     あの家庭教師。いや、あれは家庭教師じゃない。家庭教師として勇者サトルに近づいて、聖なる武具を破壊しようと目論んだ、魔王ライオンヘッドだ。
     許さない。俺はあいつを倒すんだ。
     それが、勇者サトルに与えられた使命だ!
     自分が魔王ライオンヘッドのようになってしまったことに気付かずに、勇者サトルは駆け出した。


    「ゲームデータを消されるんは、自分の分身を消されるんも同じや! なんであと少しだけ待ったらへんかったんやカテキョのアホぉ! 悟も飛びつくなや!」
     未留来・くるみ(小学生エクスブレイン・dn0208)は拳を握りしめると、集まった灼滅者たちを見渡した。
    「ゲームのデータを消された中学二年生の悟が、ブエル兵になってまう事件が起こったんや。おそらくやけど、事件の黒幕はソロモンの悪魔・ブエルやろう。ブエル兵やのに他のダークネスが黒幕やったら、それはそれで怖いわ!」
     すぱーん! と虚空に向かって裏拳ツッコミを入れたくるみは、冷静な教室の反応に気を取り直したように咳払いをした。
    「ブエル兵は、生前恨んどった相手を殺そうと動くんや。この場合やと、データ消したカテキョやな。同情の余地はあるけど、闇堕ちと違うて眷族になってもうたもんを、戻すことはでけへんのや。せめて罪を犯す前に灼滅、したってや」
     時間は夕方。通勤通学の時間帯だ。
     家庭教師は人通りの多い商店街の道を、駅に向かって小走りで移動中。
     接触できるのは、家庭教師が商店街の角を曲がったところから。角を曲がったらすぐにブエル兵が家庭教師に追いつく。
     そのポイントは分かるため、待ち伏せするといいだろう。
     ブエル兵は家庭教師のみを狙うため、基本的に一般人に危害は加えない。
     現実とゲーム世界を混同してしまっているため、自分を勇者サトルだと思っている。
    「現れるんは、ブエル兵一体だけや。せやけど、これまで出てきたブエル兵よりも戦闘力は高いで。油断は大敵や。あとな、自分が不利になってもブエル兵は撤退せえへんけど、目的のカテキョを殺したらさっさと撤退してまうさかい、気ぃつけてな」
     ポジションはクラッシャー。マテリアルロッドに似たサイキックを使う。
    「危険な任務やけど、みな気張ってな! 無事で帰ってきてくれるんが、何よりやわ」
     くるみは二カッと微笑んだ。


    参加者
    獅之宮・くるり(暴君ネコ・d00583)
    漣波・煉(汝は死の絆につき給えり・d00991)
    天槻・空斗(焔天狼君・d11814)
    瀬川・蓮(悠々自適に暗中模索中・d21742)
    神隠・雪雨(虚往実帰・d23924)
    ガーゼ・ハーコート(自由気ままな気分屋・d26990)
    荒吹・千鳥(それは舞い踊る風のように・d29636)
    ユーリ・ベルトラン(影絵の騎士・d30857)

    ■リプレイ

     商店街の曲がり角で待機していた神隠・雪雨(虚往実帰・d23924)は、小走りで角を曲がってきた家庭教師に魂鎮めの風を放った。
     突然襲う強烈な睡魔に、家庭教師の体がぐらりと傾いた。
    「あ、あれ? なんか眠ぃ……」
    「貴方も彼も自業自得です。しばらく眠っていてください」
     雪雨の静かに言い放つ声に押されるように、家庭教師の体がぐらりと仰向けに傾いた。
     顎までの長さの、くせの強いボサ髪がアスファルトに触れる。
     そのまま倒れる寸前、家庭教師の体を雪雨と荒吹・千鳥(それは舞い踊る風のように・d29636)が受け止めた。
     家庭教師越しに目を合わせた雪雨と千鳥は、無言で頷き合う。
     ぐったりとした家庭教師を、千鳥は急いで近くの細い路地へと運び込んだ。
     呑気な家庭教師の寝顔に、千鳥はふつふつと怒りを覚えた。彼の軽はずみな行動のせいで、どれだけの人が辛い思いをすると思っているのだろうか。
     羅刹もかくやというほど怒ってやりたいが、相手は眠っている。千鳥は物陰に家庭教師を置きながら、腹立たしげに軽く小突いた。
    「鬼神変で拳骨かましてやりたい気分です!」
    「家庭教師してるなら、教え子にもうちょっと、うまくやる気出させて勉強するよう仕向けて下さいです」
     サウンドシャッターを放った瀬川・蓮(悠々自適に暗中模索中・d21742)もまた、腹立たしげに腕を組んだ。
     この件で傷つき、悲しむ人はたくさんいるのだから。
     そして、蓮はその悲しみに対して何もできないのだから。
     蓮はため息ひとつで気持ちを切り替えると、足元にいる霊犬のルーを覗きこんだ。
    「ルーちゃんはここで、家庭教師さんを守ってくださいね?」
     小さく鳴いたルーは、路地の前に立って守りを固めた。
     蓮がルーの頭を撫でた時、背後で獣の咆哮が響いた。


     時は少しだけ遡る。
    「どこだ! 出てこい魔王ライオンヘッド!」
     家庭教師を見失ったブエル兵――勇者サトルは、辺りをグルグル見渡しながら大通りを進んでいた。
    「この商店街で、俺から逃げられると思うな!」
     大声で威嚇しながら、勇者サトルは家庭教師を隠した物陰へ進む。
     その行く手を阻むように、漣波・煉(汝は死の絆につき給えり・d00991)は立ちはだかった。
    「誰だお前は!」
    「ふっ。魔王ライオンヘッドなど、勇者サトルをおびき寄せるための餌に過ぎんわ!」
     煉は尊大に腕を組むと、勇者サトルを見下すように見下ろした。
     よく悪人面と評されてしまう煉は、幸か不幸かRPGのボスキャラのような言動がよく似合っていた。
     その姿に、勇者サトルはひのきの棒EXを煉に突きつけた。
    「何? まさかお前、大魔王スレイヤーか!」
    「そうとも! ブエルの兵である勇者サトル、お前を灼滅してくれるわ! だがその前に……」
     煉はバッと右腕を振り上げると、殺界形成を放った。
    「雑魚は消えるがいい!」
     その瞬間、空気が殺気を帯びた。
     ピリッとするような空気に射抜かれた一般人は、まるで煉の言葉に従うかのようにその場を足早に後にした。
    「そこを退け大魔王! 俺の目的は、魔王ライオンヘッドのみ! お前に関わっている時間はない!」
     煉の脇をすり抜けて、勇者サトルは家庭教師のいる路地へと向かおうとする。
     勇者サトルと家庭教師の間を塞ぐように、天槻・空斗(焔天狼君・d11814)が立ちはだかった。
    「目覚めろ。疾く翔ける狼の牙よ。吼えろ、焔天狼牙!」
     空斗の声と共に、黒炎をまとった焔天狼牙が具現化した。
     炎を恐れたように立ち止る勇者サトルに、空斗は静かに告げた。
    「知っているか? 98%は50回に1回失敗するわけだ。お前のそれが1/50を引いてないと、どうして言える?」
    「なっ……!?」
    「確約を得ていない状態で完成に挑もうとしている時点で、お前は既に負けているんだよ……」
    「うるさい! ひのきの棒EXは、勇者サトルは負けてなんかない!」
     勇者サトルは大きな咆哮を上げると、煉に向かって突進した。 


     唸りを上げるひのきの棒EXが煉に命中する寸前、ガーゼ・ハーコート(自由気ままな気分屋・d26990)が割り込み、攻撃を受け止めた。
     繰り出される重い攻撃は、抜き放ったクルセイドソードで受け止めてなお、ガーゼに大きな衝撃ダメージを与えた。
    「くっ……! やるな、魔王の手下風情が!」
    「君には同情するけど、彼を殺してブエル兵として活動するのは頂けないな」
     ガーゼはクルセイドソードを大きく払った。
     ブエル兵への怒りが剣圧に乗り、勇者サトルは大きく後退した。
    「得た知識を奪うなんて胸糞悪い……。ブエル兵達は何があっても灼滅するよ!」
     ガーゼは力強く宣言すると、クルセイドソードを勇者サトルに――勇者サトルの背後にいるであろう無数のブエル兵達に突きつけた。
     大きく放物線を描きながら後退した勇者サトルの体が、ふいにアスファルトに激突した。
     獅之宮・くるり(暴君ネコ・d00583)の妖の槍から放たれた妖力が、勇者サトルに螺旋状の穴を穿つ。
     衝撃に息を止めた勇者サトルは、むくりと起き上った。さっきよりも少し濁った眼で、くるりを睨みつける。 
    「くっ……! 早く、魔王ライオンヘッドを倒さねば!」
    「安心せい、峰打ちだ」
     言いながら改めて槍を構えたくるりは、勇者サトルの視線を真っ向から受け止めた。
     だんだん自我が薄れてきているのだろう。口の中で何事かを繰り返し呟く勇者サトルに、くるりは心から同情した。
    「本当に心から同情する。起きた事も、結果のこの状態も。お前が望んだことではないのだろう」
    「何を馬鹿なことを!」
    「だからせめて、罪で魂まで穢れてしまう前に。終わらせてやるからな!」
     強い決意を込めたくるりの言葉に賛同するように、ユーリ・ベルトラン(影絵の騎士・d30857)が駆け出した。
     クルセイドソードが、破邪の白光を帯びながら勇者サトルに叩き込まれる。大きく切り裂かれた勇者サトルは、たたらを踏むように後退した。
    「早く倒して、倒して、行かなければ!」
    「どんなものであれ、大切なものを奪われて憤る気持ちは分かります」
     大切なもの、の一言に、勇者サトルは少しだけ意識を取り戻したように叫んだ。
    「そう、そうだ! ひのきの棒EXを奪った魔王ライオンヘッドを、早く出せ!」
    「ですが、命を奪うのはやり過ぎです。ここで止めさせて貰いましょう!」
    「どけ、邪魔だ!」
     苛立ったように叫んだ勇者サトルは、再び大きな咆哮を放った。
     同時に突進してくる勇者サトルが、螺旋状に陥没した。
    「俺もデータを消されたことがあるゲーマーだから、貴様の気持ちは判らんでもないのだがね」
     煉の悪路王から放たれた螺旋槍が、勇者サトルの体を大きく穿つ。右と左、同じ大きさに体をえぐられた勇者サトルは、突進の足を止めた。
    「貴様が人であれば……だがな!」
     足を止めた勇者サトルに、空斗の焔天狼牙が追い打ちをかけた。
    「ちょっと特殊な武器なんでな……いくぜ」
     刀身から溢れ出さんばかりの、膨大な黒炎が大剣の中央から巻き起こる。
     焔天狼牙は勇者サトルを切り裂き、異形の姿を炎で包んだ。
     のたうち回る勇者サトルに、路地から駆けつけた雪雨の妖の槍が貫き、弾き飛ばした。
    「殲術道具の扱いで、成り立ての眷族に負けるわけにはいきませんからね」
     炎に包まれ槍に貫かれ、大ダメージを負った勇者サトルは、アスファルトにぐったりと倒れこんだ。
    「くっ……! やる……な、魔王の…下、風情が!」
     息も絶え絶えに、勇者サトルは頭を上げた。
    「ガーゼはん、今治すさかい!」
     千鳥はガーゼに駆け寄ると、金剛符拳を構えた。
     腕に纏い固められた膨大な数の護符が、八百万重奏符より解き放たれる。
     無数の札が光を帯びながら飛び散り、螺旋を描きながらガーゼへと吸い込まれる。
     一撃で体力の半分近くのダメージを受けていたガーゼは、徐々に引く痛みに、表情をやわらげた。
    「ありがとう、千鳥」
    「そんなん、お互い様や。……勇者サトル、えろう攻撃力高いなぁ」
     心配そうな千鳥に、ガーゼはうなずいた。
    「短期決戦を挑んだ方がいいと思う。それにしても……」
     ガーゼは体を起こそうとする勇者サトルを見て、切なそうにため息をついた。
    「家庭教師も、よくも面倒事を増やしやがってこの野郎って感じだね」
     千鳥が口を開いた時、霊犬のルーの鳴き声が響いた。


     千鳥とガーゼは、驚いて路地の方へ目をやった。
     そこには、家庭教師がいた。
     勇者サトルの咆哮や怒鳴り声で目を覚ましたのだろう。
     頭を抱えた家庭教師が、何とか路地へと返そうとするルーをまたぎながら大通りへと出てきてしまっていた。
    「……って! こら犬、どけ! 俺は急いでるんだ! 今日は兼持女子大の子と合コン……」
     千鳥は額を押さえると、腹立たしげに言った。
    「ほんま、面倒事を増やしてくれはるわぁ!」
    「見つけたぞ! 魔王ライオンヘッド! この勇者サトルが、ひのきの棒EXの錆にしてくれるわ!」
     電光のように飛び出した勇者サトルが、猛然と家庭教師へと突進した。
    「ひぃっ! ば、化け物……!」
     怒りも露わな勇者サトルの姿に、家庭教師は尻餅をついて後ずさった。
     黒い炎に包まれた勇者サトルが、家庭教師にひのきの棒EXを振りかぶった。
     黒い殺気に包まれたひのきの棒EXが、轟音を上げながら家庭教師に迫る!
     唸りを上げるひのきの棒EXと家庭教師の間に、ユーリが割って入った。
    「危ない!」
    「邪魔だ!」
     勇者サトルの怒りは、クルセイドスラッシュによって得た聖戦士の護りを貫き、ユーリを家庭教師もろとも吹き飛ばした。
     家庭教師の下へ潜り込んだルーが、アスファルトと家庭教師の間から這い出す。
     家庭教師は無傷なようで、ブツブツ文句を言いながらも体を起こした。
     その姿に安心したユーリは、満身創痍で立ち上がってなお家庭教師と勇者サトルの間に立った。
     全身が痛い。クルセイドソードが重く感じる。KOされなかったのは、クルセイドスラッシュによる聖戦士の護りがあったからこそ。
     次にダメージを食らったら危ないが、自分が傷つくより護るべき相手を護る方が大切だった。
    「勇者サトル……。あなたの、気持ちは分かりますが、この方を傷つけさせるわけには、いきません。お覚悟を!」
    「勇者……サトル?」
     家庭教師が呆然と呟く。
     その声に触発されたように、勇者サトルはひのきの棒EXに魔力を溜めはじめた。
    「魔王……ライオンヘッド! このひのきの棒EXがお前を倒す!」
     雷の力を纏ったひのきの棒EXが力を溜め終わる前に、蓮の影がすっと伸びた。
     鋭い刃と化した影が、ひのきの棒EXを持つ腕を切り裂く。
     思わずひのきの棒EXを取り落しそうになった勇者サトルは、荒い呼吸で蓮を睨んだ。
    「悟くん……。勇者サトル。もう、休んでください」
     切なそうに眉をひそめた蓮は、勇者サトルを諭すように語りかけた。
    「私は、悟くんや悟くんの家族になにかできないかって、ずっと考えていました。……でも、難しいかな、です」
     蓮は自嘲気味に微笑んだ。
    「無力ですねー。だからせめて、魂までブエル兵になる前に、いきますよ!」
    「……。ライオン、ヘッドを倒すんだ。それが、勇者サトルの使命なんだ。それがなくなったら、俺は!」
     意識を保つように吐き出される憎しみを受けた家庭教師は、うわ言のようにつぶやいた。
    「あ……あいつ、まさか悟か!?」
     家庭教師は、自分のもじゃもじゃ頭を掻き上げた。
    「俺のことをライオンヘッドって呼ぶのは、あいつだけだ……!」
    「そうや。あれは、悟くんのなれの果てや! あんたの軽はずみな行動で、どんだけ取り返しのつかへんことになってもうたか!」
     滅多にない千鳥の怒鳴り声に、家庭教師は体を竦めた。
    「お、れがゲームを壊したからか!? だって、あいつが勉強しないのが悪いんじゃ……」
    「たとえ遊びでも、頑張って頑張って頑張った結果を他者に無碍にされることがどれだけ悔しいか!」
     鋭く怒鳴ったくるりは、マテリアルロッドを構えると、足を止めた勇者サトルに叩き込んだ。
     くるりの怒りが乗ったロッドが、勇者サトルを吹き飛ばす。アスファルトでバウンドした勇者サトルは、瀕死の重傷を負いながらもなお立ち上がろうともがいた。
    「親身になって、生徒であるサトルの事を考えてやっていたか!?」
    「俺の、大事なひのきの棒EXを! 大事な仲間たちを、よくも!」
     ひのきの棒EXを杖に何とか立ち上がった勇者サトルは、怒りに燃えた目で家庭教師を睨みつける。
     その視線を遮るように、ガーゼがクルセイドソードを抜き放ち、叩き込んだ。
    「怒りに任せて行動するな! 勇者の名が泣くぞ!」
     体をくの字に曲げた勇者サトルは、ひのきの棒EXを取り落としそうになりながらも、必死で握りしめた。
    「ひのきの棒……EXは、エクスカリバーよりも強いんだ!」
     最後の力を振り絞って吠えた勇者サトルは、ひのきの棒EXを振りかぶった。
    「それを証明、してやる!」
     家庭教師は身動きひとつ取れずに、ただ勇者サトルを見上げた。
     ユーリは家庭教師を庇おうと、覚悟を決めてクルセイドソードを構えた。
     振り上げられたひのきの棒EXはしかし、振り下ろされることはなかった。
     冷静に勇者サトルの隙を伺っていた雪雨は、正確無比な槍さばきで振りかぶった腕の急所を見抜き、切断した。
     切断された腕と、腕の先にあるはずのひのきの棒EXが無い。勇者サトルは声にならない悲鳴を上げた。
    「もし近い将来、ブエルに会ったら伝えてください」
     雪雨は叫ぶ勇者サトルの背中に、静かに告げた。
    「知識がほしいなら直接来い、と」
     ひのきの棒EXが回転しながら宙を舞い、アスファルトに転がる。切断されてもなお離さなかった腕が、白い灰になっていく。
     勇者サトルもまた、末端から徐々に白い灰と化す。輪郭を失った勇者サトルは、吹き抜ける一陣の風に乗って空へと消えていった。


     勇者サトルの気配が完全に消えた商店街に、千鳥の祝詞が静かに響いた。
     厳かな祝詞が響く中、勇者サトルがいた場所を、家庭教師はただ呆然と見つめていた。
     あまりのショックで何も言えない様子の家庭教師の肩に、ユーリはそっと手を置いた。
    「……貴方も、一時の憤りに身を任せず冷静になるべきでしたね」
     やさしく諭すようなユーリの声に、家庭教師は呟いた。
    「こんなことになるだなんて、思ってもみなくて……」
    「それでも、もっと親身になって悟のことを考えてやっていたら、あんなに怒ることもなかったはず」
     ブエル兵事件の手掛かりがないか探っていたくるりは、静かに家庭教師に言い放った。
    「ちょっと、仕事選んで欲しいかな、です」
     蓮の静かな言葉に、家庭教師の目から涙があふれる。
     アスファルトに残った一握の灰を、風が巻き上げる。
     吹き抜ける風は祝詞と号泣を乗せて、空高く舞い上がっていった。


    作者:三ノ木咲紀 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 8
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ