ゲーム・ワールド・エンド

    作者:西灰三


     深夜、青年が見ているのは青みがかった光を放つディスプレイ。映しだされているのは『長年のご愛顧ありがとうございました』のテキスト。
     彼は虚ろな眼差しでそれを見つめている、時折ぼそぼそとこぼれ落ちる言葉は「まさか」「そんな事は」。
     彼が見ているのはとあるMMOのページ。無論、終了告知は事前に行われていた。だが彼はそれを直視できなかった、それに注いだものがあまりに大きく多すぎたから。
     彼がここで得た数々のレアアイテムも、輝かしい経歴も既に完全に終わった世界の中にしか無い。そしてそれ以外は比べるもなく貧しかった。
    「……許さない」
     青年は怒りを静かに吐き出す。そしてその身もゲームの中に出てくるような怪物……ブエル兵へと変化していく。彼は運営企業へと向かう。彼の世界を壊した者達に復讐するために。
     
    「終わりまで楽しんでゲームだと思うんだけどね」
     有明・クロエ(中学生エクスブレイン・dn0027)は灼滅者達を前に話し始めた。
    「一般人が『眷属のはずのブエル兵』に変化する事件は聞いてるかな。多分ブエルって言うソロモンの悪魔なんだと思う。で、みんなにはこのブエル兵を灼滅して欲しいんだ。……そのままにしておくと殺される人が出るだろうから」
     彼女はまっすぐに灼滅者達を見て言う。おそらくそれ以外に止める手段が無い故に。
    「このブエル兵は一体だけだけど油断しないで、これまで出てきたブエル兵よりも高い能力を持ってるから」
     それも特殊性といえばそうなのだろう。
    「このブエル兵と確実に出会えるのは、早朝のゲーム会社のロビー。それなりの広さがあるから戦いには問題ないよ」
     人は少ないが、警備員や早めに出社している人間がいないわけではない、巻き込まれる人間を減らす工夫は必要だろう。
    「使うサイキックはウロボロスブレイドと手裏剣甲の蛇咬斬以外。ポジションはキャスターだね。そのゲーム内だとシーフとか忍者とかそういう役割をやってたみたいだから、そういう動きをするっぽいね」
     回避しつつ当てつつ、隙が見えたらフィニッシャー。多数をまとめて攻撃するのもそう言った認識が本人に残っている為か。
    「あと、このブエル兵は劣勢になっても逃げないよ。けど会社の中の人を全滅させたら撤退していくみたい。……その時間帯にいない人も含めて」
     つまり灼滅者達が負けると、多くの人間が命を落とすという事だ。
    「しっかり灼滅して帰ってきてね、それじゃ行ってらっしゃい」


    参加者
    ポンパドール・ガレット(祝福の枷・d00268)
    長久手・蛇目(憧憬エクストラス・d00465)
    龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176)
    御厨・司(モノクロサイリスト・d10390)
    鬼神楽・神羅(鬼祀りて鬼討つ・d14965)
    豊穣・有紗(神凪・d19038)
    清浄・利恵(根探すブローディア・d23692)
    マルク・イツァム(砂埃と陽炎の乾季・d28677)

    ■リプレイ


     凛とした朝の空気、暦の上では冬に差し掛かった空は暗い。夜に光る街灯は光ったままで龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176)の吐息を薄く白く照らし出す。
    「あの建物か?」
     マルク・イツァム(砂埃と陽炎の乾季・d28677)の視線が件のゲーム会社を向く。彼の言葉に疑問符が着くのは良く街中にあるような立方体のビルの形をしていなかったから。この手の会社で規模の大きな所であれば良くある話だ。
    「これはまた……」
     ふと鬼神楽・神羅(鬼祀りて鬼討つ・d14965)が見慣れない建物を見て疑問を零す。彼の中の好奇心が反射的にその意味を推し量ろうと働いた。彼の隣でポンパドール・ガレット(祝福の枷・d00268)がすたすたと建物へと近づいていく。
    「おはようございます! 今日もよろしくお願いします!」
     プラチナチケットを使い物怖じせずにポンパドールは清掃員に扮した長久手・蛇目(憧憬エクストラス・d00465)を連れて警備員に挨拶をする。そしてそのまま社内に入ると豊穣・有紗(神凪・d19038)はロビーをぐるぐると見回した、受付にもまだ誰もいない。もっともエレベーターが動いていたりしているあたり社内には人がいるのだろうが。
    「………」
     御厨・司(モノクロサイリスト・d10390)が殺界形成を張る、これで自動ドアのガラス越しに見える警備員もその内に見回りにでも行くだろう。清浄・利恵(根探すブローディア・d23692)はその動きに警戒を払っていた。
     静まり返った会社のロビー、そこで灼滅者達はブエル兵が現れるのを待つ。


     ブエル兵が現れたのはそれから程なくしてだった。自動ドアが開くのを待たずにガラスを突き破り灼滅者達の前にその姿を現す。灼滅者達は即座に守勢に適した陣形へと体勢を整える。
    「ここまで来ちゃうくらいゲームが好きなら、作る側に回るっていうのも良かったのにね~。やるのと作るのじゃやっぱ違うのかなぁ」
     実際に来たブエル兵を前に有紗が呟いた。おそらく彼にそういう考えがあれば恨みも持たずにブエル兵になることも無かっただろう。
    「何があるんでしょうかね」
     蛇目が相対したブエル兵を見て思う、自らの宿敵であるソロモンの悪魔の側で何か動きがあるのかもしれない。無論目の前の相手はそんな事に興味は無さそうであり、自らの邪魔をしに来たと思わしき一団に敵意の視線を向けてくるが。
    「……オレノ……ジャマヲ……」
     くぐもった声でブエル兵が不自然な言葉を漏らす。それは彼に残った最後の人間性なのかもしれないが、同時に敵意でもある。ブエル兵は身の回りに刃を呼びそれをそのまま灼滅者達に解き放つ。毒を持つその群れを前衛にいた者達は浴びせられる。
    「さあ、始めましょうか」
     柊夜がその刃の中を駆け抜ける、刃がかすめた頬からは傷だけではなく突き刺すような痛みが伝わってくる。刃の身の奥にまで届く鋭さも相俟って長く事を構えるには向かない相手であろう。
    「早速だな」
     灼滅者達よりも機先を制したブエル兵の攻撃に神羅が応じるように清めの風を呼ぶ。傷とともに前線の彼らの毒をも振り払っていく。
    「毒か……」
     マルクも同じく風を呼び残っていた毒を完全に払っていく、だが前線の者達に付いた傷が完全に癒えるわけではない。
    「夜叉丸、だいじょうぶ?」
     有紗が前線に守り手として出ていた相棒の霊犬に問う。彼は少しだけ唸ることで返して見せ彼女の方を向くことはない。彼女の半身である夜叉丸は一人分の灼滅者の力を二つに割った存在だ、前線にいる者の中では耐久力は高くない。
    「忍者か、確かに身のこなしと言い攻撃と言い素早い動きをする」
     利恵が人造灼滅者用の薬を服して相手を見遣る。先程相手が投げてきた刃物の殆どは確実に灼滅者達に突き刺さっている。
    「けどこんなの大したこと無いっすよ!」
     蛇目が身に刺さった刃物を振り払いながら、相手に影を走らせる。だが動きに長けたブエル兵はするりとその攻撃から逃れる。
    「このっ!」
     ポンパドールの銀の爪も空を斬るに留まる。目掛けた所に攻撃を行う前にブエル兵はぬるりと移動している。その表情には彼らを、いや自分以外を馬鹿にしたような笑いが張り付いていた。再び放たれるのは刃、今度は自らを勢い良く加速させ威力を上げた投擲。突き立てられる刃は先程よりも浅く刺さるものの衝撃はこちらの方が大きい、それに耐えながら司は目だけを後ろに動かす。彼のビハインドなら相手を狙うことに集中していたはずだ。
    「グッ……ダガ……!」
     ビハインドの霊撃がブエル兵を捉える、だがそれも大きな傷ではない。いつの間にか戦いはブエル兵のペースで進んでいく。


     予想以上に相手が手強いのに焦る一行、相手の攻撃に警戒し守勢を固めるのに終始しいかに攻撃を当てていくかを失念していたというのが大きい。
    「………!」
     マルクはいつかこのような人間を見たことがある。それはスラムで麻薬に溺れ身を滅ぼしていく者達。その中には犯罪に手を染めてまで快楽を得ようとした者もいた。目の前の相手は姿形さえ違うものの有り様は彼にとって同じように見えた。
    (「やっぱり違うっすよねー……」)
     身についた傷の痛みを誤魔化すように、蛇目は他事をちらりと思う。確かに自分もゲーム好きではあるが自分の人生のゲームオーバーとするのは違うはずだ。少なくとも長く付き合ったゲームがあったとしてもそれは自分の全てではない。
    「……自らの理想とする立ち回り、か」
     神羅は相手の動きを見ながら戦線が崩れないように振る舞う、その中で思わず零れた言葉がそれ。
    (……武人であればそれで死んでも本望かも知れぬが……」)
     確かにある種の極みの一つであるのかもしれない。だが、目の前の相手は既に人間ではない。この後戻りの出来ない道は果たして彼の意思だったのだろうか。
    「……シブトイヤツラメ……!」
     それは人間の頃の口癖だったのだろうか、何度刃を放っても倒れる気配のない灼滅者達を前に苛立ちを隠せない声を上げる。
    「おれがいるんだ、隙なんて見せないしぜったいに抜かさせないっ!」
     ディフェンダーとしての矜持のあるポンパドールは対して叫ぶ、それでも戦況を崩す一手が無い限りこのままジリ貧になるのは確実だ。
    「いーかげんあたれっ!」
     有紗の狙いすました攻撃がブエル兵を捉える。前線が攻撃を引き受けている間、彼女はひたすらに狙い撃つ攻撃をしていた。当たりはするものの大きな痛手も動きを封じるのも効果的にできていない。だが今度こそ彼女の縛霊撃がブエル兵を捕らえた。
    「……ウォッ……!」
     打撃とともに広がる網がブエル兵の体に纏わり付く。これで少しばかりは攻撃が当てやすくなるはずだ。これを隙と見た柊夜が剣を携えてブエルの死角へと回りこむ。
    「ガァッ!?」
     一閃、攻撃に全てを注いだ一撃がブエル兵の体を深く切り裂く。痛みに慣れていないのかこれまでと違い言葉ではなく悲鳴を上げるブエル兵。突然襲われた痛みに耐えながらブエル兵は刃で結界を張り体勢を整える。それでも急所を狙われたせいか足取りは先程よりは重くなっている。
    「今なら……」
     利恵が同化したエアシューズを見る。相手の動きが鈍った今なら、更に動きを絞るためのスターゲイザーが当たるかも知れない。これまでは命中率だけを気にして使わなかったが今こそ使うべきなのかもしれない。悩むより早く彼女は壁を走り、最短距離でブエル兵に接近する。
    「………!」
     守りを固めていたブエル兵の体が大きく蹴りの衝撃で揺れる。吹き飛ばされ、体勢を立て直したブエル兵だが更によろめいている。
    「まだか……!」
     まだ動けると確認したブエル兵に司がオーラキャノンを放つ。戦いの潮目は確かに変わったが、彼を含む前線も限界が近い。決着は近い。


     果たして戦いが始まってから幾つもの刃が放たれたのだろうか。確かにブエル兵に攻撃は当たるようになった、だが同時にブエル兵の攻撃も苛烈になっていく。
    「夜叉丸!」
     まず倒れたのはサーヴァントである夜叉丸。倒れる直前に前を見ろと言わんばかりに一鳴きして消えていった。
    「ツギハオマエダ……!」
     夜叉丸を倒した勢いで柊夜と向き合うブエル兵。彼の放つ制約の弾丸を弾きながら回転体当たりを行い、彼もまた倒れる。ディフェンダー達もこれまで守り、守られており彼らも限界が来ていた。
    「これはマズイですぜ……!」
     蛇目の背中に冷たい汗が流れる。果たして自分達はこの敵に勝てるのだろうかと。
    「あきらめちゃだめだ!」
     まるで自分を叱咤するようにポンパドールは叫ぶ。防御や回復だけでは守れない事が目の前に広がっているのに耐えるように。
    「俺達も攻めなければ、負ける」
     回復を主に行っていたマルクが愛用の武具を手に取り零距離格闘を行う。普通の長物の様に振り回すそれは相手の防御結界を切り捨てる。
    「……マモリガ……!」
     もう阻むものの無いこのタイミング、防ぎ切られれば負けるだろう。そうはさせないと灼滅者達は一斉に攻撃を仕掛けていく。
    「……君の世界は壊されたのではない、終わったんだ。この世に永遠はなく、いつか誰にでも終わりは来る。終わりを受け入れられなかった君を、ボクらがここで終わらせる」
     恵理が巻き起こす炎がブエル兵の体を激しく燃やす。
    「火葬、というわけではないがな」
     神羅も彼女の攻撃に揃えて炎を呼ぶ。二つの炎は完全にブエル兵の体を飲み込む。
    「夜叉丸のかたき!」
     炎で視界の狭まったブエル兵の背後から有紗のリングスラッシャーが切り裂く。そして、最後に迫るのは二つの波。一つは司の、もう一つは司のビハインドのソニックビートと霊衝波。それらにさらされたブエル兵は炎と共に粉々になっていく。
    「……イヤダ……ボクノ、ボクダケノ……!」
     言葉だけを残しブエル兵は消滅していった。


     敵の消滅を確認した一同は大きくため息を付いた。激戦だった。司は戦闘が終わったことを確認するとブエル兵のいた辺りを見る。
    (「世界……」)
    「すごく強かったのはゲームの世界がそれだけ大事だったって事かな……」
     ポンパドールが呟いた。
    「ネトゲっていつか終わるものだけど、がんばった思い出だけは残るのに」
     いつか終わるもの、それは現実も変わらない。司は彼の言葉を聞き、自分の価値観を改めて省みる。
    「思い出を大切に生きることだって出来たのに、こんなコトになるなんて」
    「……過ちを取り返す機会さえ失ったのではな」
     神羅がポンパドールに同意する。司も口には出さないが彼なりに思うところがあるようだ。
    「あー、もうそろそろ帰りましょうぜ。そろそろ社員が来る時間でしょうし」
     言い出したのは蛇目。彼の隣には柊夜に肩を貸しているマルクがいた。彼に促されて一同は会社を出て行く。その中で一人、利恵は歩きながら思考を巡らせる。
    (「ブエル兵変貌の条件……特化した趣味や嗜好……あるいは知識? そして、強い憎悪……?」)
     何かを考えている様子の利恵を見て有紗は首を傾げた。視線に気付いた彼女はとりあえず歩くことに集中して前の背中に付いていく。そして彼らを出迎えたのは明るい空であった。

    作者:西灰三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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