●それは奇跡の残滓
それは偶然であった。
少女はそれを探しに来たわけではなく、本来は別のものを探しにそこまで来ていたのだ。しかしそちらは見つからず、代わりに見つかったのがそれであった。
それ――緑がかった青い異形の身体。ロード・ビスマスである。
だがそれは予定外ではあったが、想定外ではなかった。何処に居るのかが分からないために接触は出来ていなかったが、ロード・ビスマスもまた勧誘対象だったのである。
「というわけでだね、君を勧誘したいんだけどどうかなー?」
「私を勧誘、ですか……」
少女――淫魔の言葉に、だが当然というべきか、ロード・ビスマスは警戒し言葉尻を濁す。
とはいえその程度の反応は当たり前であり、むしろ突然攻撃してこないだけマシだと言えるだろう。中には初見の時点で殺しにかかってくるものもいるのだ。まったくこれだからダークネスは、などと思いながら、淫魔の少女は言葉を続ける。
「うん。あ、別に利用しようとか、そういうんじゃないからね? 協力関係っていうのかな、私達は戦う力を貸してもらう代わりに、君に何でもしてあげる、ってこと。というわけで、困ってることとかないかなー?」
「困っていること……」
その言葉に反応したロード・ビスマスに、少女は半歩身を乗り出した。
「お、何かあるのかな? 手を貸すよー?」
「……いえ、確かに困っていることはありますが、これは私が自分で考え乗り越えなければならないのです」
「うーん、そっかー」
そう言って少女は呟くが、しかし落胆しているわけではなかった。というか、むしろそこで肯定されていた方が落胆していたかもしれない。
少女は確かにラブリンスターの配下ではあるが、同時に淫魔であることにも違いはないのである。
目の前の異形は、年齢はおろか性別すらも分からない。そして淫魔である少女は、だからこそそれに興味を抱く。
――果たしてそれといたす行為は、どんなものになるのだろうか、と。
だから次に口にする言葉も決まっていた。
「じゃあじゃあ、代わりに私と楽しいことをするっていうのはどうかな?」
「楽しいこと、ですか?」
首を傾げるロード・ビスマスの視線を受けながら、当然の如くその手は自らの服へと伸びる。手慣れたその動作に淀みはなく、あっという間に脱ぎ去ってしまった。
「……え?」
ロード・ビスマスの口より何処か間抜けな声が漏れ、しかし何かをするよりも先に、少女の穿いていたスカートが床に落ちる。その顔に浮かんでいるのは、蠱惑的な笑みだ。
「ね、どう? 私を好きにしていいんだよ? ううん、私だけじゃなくて、君が望むなら、何人でも」
そうして、一歩を前に踏み出し――後方に飛び退いた。
直後に響いたのは、地を削る轟音。地面には、その場に居たらどうなっていたのかを示す証が刻まれていた。
「なっ……」
突然の事態に、少女の口から戸惑いの声が漏れる。素直に色仕掛けに引っかかると思っていたわけではないが、まさか唐突に攻撃されるとも思っていなかったのだ。
「危ないところでした……」
しかも呟かれ向けられた敵意に、さらに困惑が深まる。
もしかして、知らないうちに何か踏んではいけないものを踏んでしまったのだろうか。そんなこと考え――そこに、ロード・ビスマスの視線? が突き刺さる。
「あなたはつつもたせ、とかいう人ですね! そういえば外道丸さんも言っていました。知らない女の人には気をつけろと!」
「……へ?」
予想外の言葉に、今度は少女の口から間抜けな声が漏れた。
「あ、えっと、ちょっと待って! そうじゃなくって――」
慌てて弁明の言葉を放とうと少女が口を開くが、聞く耳持たぬとばかりにロード・ビスマスの腕が水平に構えられる。
そして敵意そのままに、必殺の一撃が放たれるのだった。
「なめろうスプラッシュ……っ!」
●真実はいつも残酷である
「ちょっと待ってくれませんかね、特に最後」
「あら、何処かおかしなところがあったかしら?」
そう言って首を傾げる四条・鏡華(中学生エクスブレイン・dn0110)に、戒道・蔵乃祐(グリーディロアー・d06549)は口を開き、しかし言葉の代わりに溜息を吐き出した。言っても無駄だろうことを察したのである。
仕方なく続きをどうぞとばかりに手を差し出すと、それに頷いた鏡華が言葉を続けた。
「まあ、というわけで、今回の依頼は最近頻発しているラブリンスター勢力関連の事件の一つね。違いがあるとしたら、その相手があのロード・ビスマスだということかしら」
そしてその情報をもたらしたのが、蔵乃祐である。厳密にはラブリンスター達がロード・ビスマスを勧誘しようとしているのではないかという蔵乃祐の推測を元に調べた結果ではあるが、大差はないだろう。
ともあれ。
「もっとも逆に言うならば、違うところはそれだけ、ということになるけれども」
基本的に同様の事件と他に違うところはない。つまりは接触できるタイミングは淫魔が攻撃される直前か、或いは淫魔が殺された直後であり、淫魔の少女を助けるどうかがまずは問題となるだろう。
「正直僕は淫魔に関してはどうでもいいんですが、ロード・ビスマスとは以前は割と友好的に別れられたみたいですし、僕達が仲裁に入れば特に戦闘とかしないでもいけるんじゃないんですかね?」
「残念だけれども、そう上手くはいかないでしょうね。あなた達が仲裁に入ろうとしたら、むしろあなた達の方に積極的に襲い掛かってくるでしょうから」
「何でですか?」
「美人局ってそういうものでしょう?」
「あー、なるほど……」
お色気を仕掛ける少女に、その後から現れる男達。そこだけを見れば、美人局の構造そのままである。その状態で何を言おうとしても、まともに取り合うことはないだろう。
「ただ、一時的な混乱と興奮によるものでしょうから、それが治まってからならば説得は普通に出来ると思うわ」
勿論、説得などはせずにそのまま戦闘を続け灼滅してしまうということも可能ではある。
もっともそれはあくまでも可能性の話であり、実現性に関してはまた別だ。相手はレアメタルナンバーのデモノイドロード。余程上手く戦闘を行わなければ灼滅は困難だろう。
とはいえそうなった場合は、適当なところで相手が引くだろうが。
「まあ一先ずその話は置いておくにして、なら僕達が淫魔を助けに入らなければどうなるんですか?」
「そうね……そういえば、その場合もいつもとは少し違ったことになるかしら。おそらく戦闘は発生しないで、普通に言葉を交し合うだけになるでしょうね」
「ということは、ロード・ビスマスのことだけを考えた場合は、淫魔は見捨てた方がいいってことですかね?」
「そうとは限らないわよ? 戦闘をしたからといって、それが原因で仲が拗れてしまうということはないでしょうし。だから、単純に淫魔を助けたいかどうか、ロード・ビスマスをどうしたのかで決めてしまっていいと思うわ」
尚、ロード・ビスマス達が居るのはとある山中の河原である。何故かそこに居たロード・ビスマスを少女が見つけたらしい。
ロード・ビスマスの攻撃方法は主に三つ。アジの形を模した刃での斬撃、なめろうスプラッシュ、イワシキャノンである。あくまで本人がそう言い張っているだけに過ぎないが。
「……結構義理堅い性格なんですかねぇ」
「かもしれないわね。まあ何はともあれ、頼んだわよ」
そう言うと、鏡華は灼滅者達を見送ったのだった。
参加者 | |
---|---|
一之瀬・暦(電攻刹華・d02063) |
刻野・晶(大学生サウンドソルジャー・d02884) |
戒道・蔵乃祐(グリーディロアー・d06549) |
清浄院・謳歌(アストライア・d07892) |
契葉・刹那(響震者・d15537) |
崇田・來鯉(ニシキゴイキッド・d16213) |
サイラス・バートレット(ブルータル・d22214) |
ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671) |
●
「善悪無き殲滅(ヴァイス・シュバルツ)」
それが目の前に迫った瞬間、少女の耳に届いたのはそんな言葉であった。
そして直後に滑り込んだのは、一つの影。
一之瀬・暦(電攻刹華・d02063)である。
それは眼前のそれに身を晒すのと同義であったが、来ると分かっていれば対処は容易い。踏み込みの瞬間に右腕が突き出され、接触と同時に振り抜き弾き飛ばす。
後に残ったのは、腕を振り抜いた形の暦だけ。右腕に備え付けられた巨大な杭打ち機に纏っている雷が、音を立てて弾けた。
予想外の展開に少女は目を見開き、しかしロード・ビスマスに驚いている様子はなかった。
「やはりつつもたせでしたか……」
むしろ納得した様子で呟き、訂正する暇もなく飛び込んでくる。アジの形を模した右腕の刃が、先手必勝とばかりに振り下ろされた。
だがそれが誰かを斬り裂くことはなく、代わりに響いたのは甲高い音。刃を受け止めたのは、月の加護を宿した魔法杖――ルナルティン。
清浄院・謳歌(アストライア・d07892)だ。
そうして至近距離からビスマスを見詰め、しかし謳歌は何処か不思議な想いを抱いていた。
ビスマスから確実に敵意は感じる。けれどもそこに、悪意を感じることがないのだ。
(「悪の心で寄生体を抑え込んでいるのがデモノイド・ロード。ビスマスくんから悪意を感じないのは、レアメタルナンバーだからなのかな?」)
思い、心の中で首を傾げるも、今はそれを確かめる術はない。それを確認するためにもと、ルナルティンを振り上げ刃を弾き飛ばす。
そして役目を終えたそれを、スレイヤーカードへと仕舞った。
「……何の真似ですか?」
その行為の意図が読めず、ビスマスから警戒した声が上げられる。だが謳歌の意図は単純なものであった。
「戦う意思はないってことだよ。わたし達は美人局じゃなくて、戦いを止めに来ただけだから」
しかし伝えたところで警戒は解かれず、またそれも承知の上だ。それでも信じて貰うために、謳歌はそのまま耐え忍ぶことを選択した。
とはいえまずはそのためにもと、視線を後方へ。そこに居る淫魔の少女へと口を開こうとし、だがそれよりも先に言葉が投げられた。
「やっぱKYって害悪だわ」
戒道・蔵乃祐(グリーディロアー・d06549)である。
「失せな」
そして追い払うかの如く、しっしと手が振られた。
それは端的で分かりやすい言葉ではあったが、さすがに言い方というものがある。少女を含め、謳歌など複数の女性陣からジト目を送られた。
だがそちらに関わっている余裕がないというのも事実だ。
「君は直ぐに帰れ」
それを肯定するように暦が言い放ち、そこで少女は大体のところを察したらしい。
「とりあえずありがとう、でいいのかな? まあ何かやばそうだし、お言葉に甘えてさっさと逃げた方がよさそうだねー」
それだけを述べると即座に身を翻し、言葉通りにさっさとその場から逃げ出したのであった。
それを横目で見送った後で、暦は改めてビスマスと向き合う。
「今、何を言っても無駄だろうけれど言わせて貰う。私達は君の敵ではないよ」
しかし反応がないことに小さく息を吐き、構える。だが動き出すよりも先に、前に出た者が居た。
ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)だ。
「ふ、流浪のなめろうロード。なめロードよ、初めまして。私はロードツノツキ!」
その台詞に、一瞬にして皆の視線が集中したが、本人は至って真面目だ。
そしてそれに反応を見せるビスマス。
「ロードツノツキ……? まさか……新たなレアメタルナンバーですか……!?」
「いや、さっき考えた」
本当にこいつ何言ってんの!? みたいな反応を周囲が見せるが、ルフィアとしては何処吹く風だ。むしろツッコミ待ってるまである。それがルフィアという少女であった。
「まあ、折角の機会だ。思う存分殴らせてもらうぞ、難しい話は他の者がするだろう? 私は私で好きに動くさ」
そしてフリーダムに話を進めていくその姿に再度視線が集中し、しかし諦めたように溜息が吐き出され、各自が構える。
ルフィアが地面を蹴り、それが本格的な戦闘開始の合図となったのであった。
●
「なめロード相手に手加減は不要か」
言葉と同時、真っ先に飛び込んだのはルフィアであった。
相変わらず言葉はアレではあるものの、その動きは確かだ。踏み込みの瞬間に突き出された槍が、捻りを加えながらビスマスを襲う。
だが直後に響いたのは、硬質な音。迎え撃ったイワシの形を模したビスマスの腕が拮抗を生み出し、しかし数瞬もせずに押し切る。
そしてルフィアもそれに逆らわず、むしろ合わせるように引く。逆の手で杖を構え、半身を引きつつ、逆の足での踏み込みと同時に振り抜いた。
衝撃と共に魔力を流し込み、次の瞬間爆ぜる。ビスマスの身体が一瞬よろけ、だが即座に後方に飛び退いた。
腕を水平に構え――。
「美人局に手ぇ染めるほど腐ってねぇっつの。全部話すから落ち着けよ」
叩き込まれたのは、言葉と蹴り。
サイラス・バートレット(ブルータル・d22214)だ。
そしてその姿に、ビスマスが反応を見せる。
「あ、あなたは……!?」
サイラスは以前のなめろう騒ぎの時にも参加していた。どうやらその時のことを覚えている様子だが――。
「そうですか、あなたもつつもたせの一員だったのですね……!?」
現状を斜め上に理解したらしい。
「違ぇっつってんだろ。何でそうなんだよ」
ある意味で変わっていない様子に、溜息が吐き出される。
(「こいつ本当にデモノイドロード……だよな。相変わらず変なとこで人間くせぇ奴」)
だがビスマスは聞く耳を持たず、止まらない。
「あの時の言葉も嘘だったのですね……!?」
言葉と共に腕を振り上げ、だが直後にその姿は地面から伸びる鎖に絡み取られ、飲み込まれた。
「まぁ、落ち着くこうか。それとも落ち着くまで暴れるのか?」
暦の足元から伸びるそれは、しかしすぐさま内側から破られ、やはり落ち着いている様子もない。だが蔵乃祐はそれに肩を竦めた。
「誰だって、余計な厄介事に巻き込まれればこうもなるさ。気が済む迄暴れればいい」
もっともそれだけというわけでもなく――。
「ただ、話を聞いて欲しい。君を虐めに来た訳ではないと、分かって欲しい」
放出した白き炎で仲間の傷を癒しながら、言葉を投げかけ、さらに仲間の言葉が重ねられる。
「淫魔を助けたのは、大きな戦いで協力して頂いた恩が有るからです。決して美人局の為とか、そんなことは無いですよ……!」
契葉・刹那(響震者・d15537)だ。
だが落ち着く気配を見せない姿に、自分達の身を守るためにも腕を振るう。制約を課す魔法弾が放たれ、穿ち、一瞬その動きが止まった。
しかし構わずイワシキャノンが放たれ、だがそれを自身のライドキャリバーが防ぐ。
「あなたとも敵対したいわけでは無いんです。落ち着いて、話を聞いて貰えませんか? こちらもビスマスさんのお話、聞きたいですし。何か悩みがあるのではとも聞いていて、気になっているのです」
そしてそれでも、言葉は止めない。そのことに、ビスマスの攻撃の手が緩みかけ――だが騙されないとばかりに首を振る。
諸共吹き飛ばすためになめろうスプラッシュを構え、放った。
しかしそれが刹那に届くことはなかった。その前に躍り出た謳歌によって、遮られたからである。
攻撃を庇い受けながらもビスマスを見据え、だが謳歌が攻撃に転じることはない。そのまま指先に集めた霊力を仲間に撃ち出し、その傷を癒す。
そしてそれは今に限ったことではなかった。謳歌が先ほどから動く時は、味方を庇う時か、癒す時のみ。一度も攻撃をしてはいない。
「……何故攻撃をしてこないのですか?」
そのことに、ついビスマスの口からも言葉が漏れた。
だがその理由などは明白だ。
「さっきも言ったはずだよ。戦う意思はない、って」
だから攻撃はしない。本当に、ただそれだけのことなのだ。
「まあ、さっきから皆が言ってる通りだね。僕達は美人局じゃないし、ここには単に止めに来ただけ。落ち着くまでは戦うけど」
霊犬のミッキーと共に仲間への攻撃を庇い、白光を放つ斬撃を繰り出しながら、崇田・來鯉(ニシキゴイキッド・d16213)がさらに告げる。戦いを継続する意思はないのだ、と。
「そもそも私達が美人局だというのならば、女性陣がいる時点でおかしいだろう」
そこにすかさず、刻野・晶(大学生サウンドソルジャー・d02884)が言葉を並べた。ビハインドの仮面によって叩き込まれた霊撃によって一瞬足が止まり、そこに流れ込んできた言葉に、完全に止まる。
落ち着き始めたことでそれに気付いたのか、ビスマスの雰囲気が戸惑いにより揺らいでいく。
「そ、それは……いえ、ですがっ」
「しかもこちらは女性陣の方が多いわけだし……ん? いや、もしかしたら私のことを男性だと認識しているのかな?」
晶はその中世的な顔や雰囲気などから男に間違われることも多い。ふむと一瞬考え込むと、その胸を差し出すように突き出した。
「必要なら触ってみるかね? 何、気にする必要はない」
その言葉は本音であったが、ビスマスはそれに対し首を横に振る。
「い、いえっ、大丈夫ですっ。で、ですが、そうなると……」
というかそれよりも、現状の方が気になっているようだ。おそらく自身の勘違いには気付いたのだろうが、どうやってこの場を収めたらいいのかが分からない、といったところか。
そんな様子に晶は苦笑浮かべると、握っていた鎌を構えた。ただし向けるのは刃の方ではなく、柄の方である。
そしてこれで手打ちだとばかりに、それでこつんと、ビスマスの頭を叩いたのだった。
●
「なるほど、なめろうを作っている時にも思いましたが、料理とは奥深いものなのですね……」
そう言って唸るビスマスは、一冊の本を眺めていた。手に持っているそれは、來鯉が渡した初心者向けの料理本である。
「とりあえず料理の基礎ができていなければ、美味しいなめろうを作るのは難しいからな」
晶の言葉にも頷きながら、お近づきの印にと差し出された來鯉が作ったなめろうを口にし、再度唸る。
「むぅ……どうやったらこれほどのものが」
「料理は兎に角、先ず自分でとことん味見して味を見て其れから他の人に頼んで食べてもらって、その意見を元に頑張っていかないと」
共になめろうを食べながら、助言を伝えていく來鯉。色々な意味で酷くシュールな光景であったが、まあ、今更かもしれない。
ちなみにその場にはちゃっかり刹那も混じっている。直伝レシピなどがあれば教えて欲しかったのだが、生憎とないらしく、ビスマスが作ったなめろうもないと聞いてしょんぼりしているところを來鯉が声を掛けたのだ。
本来は男性恐怖症であるのだが、なめろうを食べる行為の方が上らしく、幸せそうな顔をしている。
と、そこでふと思い出したかのように謳歌が口を開いた。
「えーと、ビスマスくんで良かったかな? ……それともビスマスちゃん?」
「そうですね……そのどちらかでしたら、前者の方が合っているとは思いますが」
どうやら男で合っていたらしい。まあこれで実は女だと言われたらそれはそれで困るが……ともあれ。
「じゃあビスマスくん、ちょっと聞きたいんだけど……さっきの戦いでどうしてレアメタルナンバーとしての能力を使わなかったのかな?」
「能力、ですか……?」
その言葉に、ビスマスの若干態度が硬くなった。その様子に、さすがに無理があったかと、謳歌は慌てて言葉を付け足す。
「あ、えっと、ちょっと気になっただけで、別に絶対に知りたいってわけじゃないんだけど」
「あ、いえ、気に障ったとかではなくてですね……私が言うのも何ですが、そもそもレアメタルナンバーとは何なのでしょうか?」
「……え?」
それは誤魔化すための言葉ではなく、どうやら本気で言っているらしかった。
「あー、じゃあもしかして、人の姿にも戻れなかったりする? 正直その姿怖いから、どうにかして欲しかったんだけど」
「怖い、ですか……?」
蔵乃祐の言葉にビスマスは若干ショックを受けた様子であったが、先の言葉への否定はない。そのことも含め、危ういなと、目を細めた。
(「目的も何も無い。それが真実なら、信用出来るダークネスから習った知識以外には、デモノイドとして何をしたらいいのかも何も分かってないのか?」)
テルルのこともある。どういった経緯があったのかは知らないが、境遇的には変わらない筈だ。
(「そういう同族でも平気で罠に嵌める冷淡さが、クロムの言っていた絶対悪に通じるのか?」)
思い――しかし首を振ってその思考を脇に追いやった。何にせよ、今は考えたところで分かるものではない。
「さて……それでは、私はそろそろなめろうを広める旅に戻ろうかと思います」
そうしている間に、ビスマスは立ち上がった。
その手には先の料理本や、蔵乃祐が渡したウォークマンやCDなどもある。そんな姿を眺め、サイラスは複雑な思いを抱く。
以前も助言めいた言動をしてしまったが、相変わらず他のロード達とは似ても似つかない。ビスマスの境遇と自身の過去が重なってしまうせいか、宿敵だというのに憎みきれていないし――。
(「……まぁ、無害なうちは問題ねぇだろうしな。……くそ、調子狂うぜ」)
舌打ちをしつつも、やはり何処か放ってはおけない。溜息を吐きながら、一枚のメモを取り出し、渡した。
「これは……」
「……ま、気が向いたら、な。別にシカトしてもいい」
その言葉を皮切りとするように、次々と連絡先が渡され、助言や警告も伝えられていく。
――或いは。淫魔の少女とも連絡先を交換していたら、ここで橋渡しをすることが出来た可能性もあったかもしれないが……既に言っても意味の無い事である。
「あ、そうだ。なめろう以外にやりたいことが見つからないんなら、何か守りたいものを見つければいいかもね? 外道丸さんは歌舞伎町を守ろうとしていたみたいだし。いつでも協力するよ!」
「守りたいもの、ですか……」
謳歌の言葉に考え込むビスマスに、晶は周囲を見回しながら苦笑を浮かる。
「ま、見ても分かる通り、学園には世話好きも、お節介焼きも多い。にっちもさっちもいかない時や、相談したい時にでもかけてくれれば良い」
「そうですね、学園に協力して貰えるようになれば嬉しいのですけど。ビスマスさんは勿論、なめろうにも興味持つ人多いでしょうし、布教には良い環境だと思います」
重ねた刹那の言葉に、しかしビスマスは曖昧に頷くに留めた。
そして。
「色々とありがとうございます。それと、本当にすみませんでした。それでは皆さん、失礼致します」
そうして去っていく姿を、皆は見えなくなるまで見送ったのであった。
作者:緋月シン |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年11月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 35
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