満ちる心影

    作者:灰紫黄

     時間は深夜、場所は博多。
    「消えな」
     黒いパーカーを着た青年が手を伸ばすと同時、足元の影が揺らぐ。影は瞬時に手と同化し、マスクをした女を握りつぶす。
    「……ちっ、外れか」
     青年は女が消滅した後もその場にずっと留まっていたが、やがて諦めたのか踵を返す。胸には赤黒いハートマークが浮かび、眼光は紫に染まっている。
     闇の世界に身を置く者なら、それをこう表現するだろう。
     シャドウである、と。
     あるいは既知の者なら、別の名を呼ぶかもしれない。博多の夜闇に溶けるように消えた、彼の名を。

     口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)はいつも通り教室で灼滅者を出迎えた。その表情までは、いつも通りとはいかなかったが。
    「シャドウの出現を察知したわ。…………場所は博多よ」
     青い顔で、目はそう切り出した。口調は少し早口で、疲れと焦りが滲んでいた。
     博多、シャドウ。
     同時、灼滅者の幾人かはその言葉の意味を直観した。
    「おそらく、このシャドウはシグマ・コード(欠けた聖杯・d18226)さんが闇堕ちしたものだと思う」
     シャドウは自身を『ナブラ』と名乗り、博多に出現する都市伝説を手当たり次第に狩っているようだ。HKT六六六人衆の予知らしき現象に興味があるようで、彼らとの接触を狙っており、元人格が闇堕ちした事件をなぞらえていると思われる。
     都市伝説との戦闘後がバベルの鎖に察知されないタイミングとなり、ここで戦いを仕掛けることになるだろう。このチャンスを逃せば、次はいつ動きを捉えられるかは分からない。
     使用するサイキックは、シャドウハンターと影業のものに似ている。ただし、威力や精度は灼滅者が使用するものの比ではない。
    「みんなにお願いしたいのはシグマさんの救出よ。でもそれが叶わないなら」
    「灼滅するしかない、だろ?」
     いつの間にか目の背後にいた猪狩・介(ミニファイター・dn0096)が勝手に言葉を継ぐ。
    「灼滅者にとっては、宿命みたいなもんさ。……僕も行くよ」
     肩をすくめ、苦笑する介。けれど普段の砕けた雰囲気はなく、赤茶の瞳には強い意思が宿っていた。
    「シグマさんへの説得がうまくいけば、シャドウの戦闘能力を削ぐことができると思う。ただし、どんな説得が有効かは私には分からなかったわ。……正直、本人の意思がどれだけ残っているかも未知数よ。本当にごめんなさい」
     説得に成功すれば、救出の確立も格段に上がるだろう。シグマが親しくしていた人物の説得なら、ある程度は効果も増すかもしれない。だが、説得が成功するかどうかはやってみるまで分からない。
    「学園の仲間が闇堕ちした姿とはいえ、相手はダークネスよ。くれぐれも隙を見せないようにね。……確実に助けるためにも」
     目は重く強く、刻むように告げた。なぜなら。
    「この機会を逃せば、おそらく救出の機会はもうないわ。それは理解した上で、戦いに臨んでほしい」
     チャンスは一度きり。後はない。そのチャンスをつかめるかは灼滅者次第だ。


    参加者
    星祭・祭莉(彷徨える眠り姫・d00322)
    桃野・実(水蓮鬼・d03786)
    木嶋・キィン(あざみと砂獣・d04461)
    月村・アヅマ(風刃・d13869)
    ミカ・ルポネン(暖冬の雷光・d14951)
    友繁・リア(微睡の中で友と過ごす・d17394)
    南谷・春陽(インシグニスブルー・d17714)
    クレイ・モア(バカ兄貴・d17759)

    ■リプレイ

    ●心影
     ぶしゅ、と影の手が女の都市伝説を握りつぶす。その場で青年……シグマそしてナブラはHKT六六六人衆を待つが、一向に現れる気配はない。代わりに現れたのは、街美都ではなかった。
    「ああん?」
     怪訝に顔を上げれば、そこにいるのは殲術道具の群れ。多数の灼滅者が博多の街に集まっていた。ダークネス一体を相手にするには、十分すぎる戦力だろう。逃走すら不可能だ。
     だが、ナブラは動じた様子はない。彼には分かっている。ただダークネスを倒すことがこれから起こる戦いの本質ではないと。
    「てめえらに用はねえんだけど?」
     紫の眼光が灼滅者達を射抜く。灼滅者達の中心には、星祭・祭莉(彷徨える眠り姫・d00322)、桃野・実(水蓮鬼・d03786)、木嶋・キィン(あざみと砂獣・d04461)、月村・アヅマ(風刃・d13869)、ミカ・ルポネン(暖冬の雷光・d14951)、友繁・リア(微睡の中で友と過ごす・d17394)、南谷・春陽(インシグニスブルー・d17714)、クレイ・モア(バカ兄貴・d17759)がいた。少し離れて猪狩・介(ミニファイター・dn0096)もいる。
    「見付けたぞ、家出少年。お尻ペンペンしてやるからな」
     おどけた言葉だが、クレイの表情は真剣そのものだ。シグマはクレイにとって、かけがえのない存在だ。彼を失うことなど、ありえていいはずがない。
    「はじめましてナブラ君、そして少しぶりだねシグマ君……みんなで迎えに来たよ」
     リアの背後にはビハインドの星人が浮かんでいる。ロッドを握る手にも自然と力がこもる。この一戦にシグマの命運がかかっているのだ。それも当然か。
    「シグマ君のおかげでHKTの情報は伝わってるよ。ありがとう……けど」
     ひとりのまま、放っておけない、とミカ。シグマが闇堕ちしたあの事件。あれからも情報は少しずつ集まっている。けれど、シグマが戻ってこなければ、それを喜ぶこともできない。
    「お久しぶりです、シグマ先輩。でもって初めまして『ナブラ』さん。シグマ先輩の後輩の月村といいます」
     帽子のつばを押さえ、アヅマは軽く挨拶を述べた。表面こそ穏やかだが、心中には燃えたぎる思いがあった。必ずシグマを連れて帰る、と。
    「待ち人じゃなくて悪かったな。木嶋キィンだ」
     不敵な笑みを浮かべ、剣を握る。目の前にいるのは仲間とはいえ、今はダークネス。この戦力で敗北は万が一にもないだろうが、しかし構えに油断はない。
    「ナブラさん、こんばんは。シグマさんも。迎えに来た」
     月光を反射し、愛用の槍が鈍く光った。霊犬のクロ助も視線で配置に着かせる。シグマとは、同じクラブの仲間。この機を逃すわけにはいかない。
    「ガンマちゃん、お願い」
     主に応え、霊犬のガンマは祭莉を守るように前に出た。必ず助ける。決意に呼応するように、星の駆靴が呻る。
    「さぁ、気合い入れてくわよ!」
     春陽の手には、シグマから贈られた鍵が握られている。困難な状況でも、希望はある、と。だから今は自分達が、希望の鍵となるのだ、と。

    ●影はなお濃く
     戦力は圧倒的に灼滅者が有利だ。けれど、ナブラには余裕が見られた。
    「ぞろぞろ雁首そろえやがって……ご苦労なこった」
     薄笑みを浮かべ、灼滅者達を見渡す。いくら数が集まったところで、シグマを取り返せるとは限らないのだから。
    「オレ達もHKTの情報は必要だが、その前にあんたに話がある。研究熱心が過ぎてダークネスに体を明け渡した奴の事を知りたくないか? 実はオレはそいつの事をあまりよく知らないんだ。……だがモア達はよく知っているらしい。こいつらの声、よく聞いておけ。ナブラ」
     仲間に覚醒の矢を放ちながら、キィン。真っすぐにダークネスを見据える。
    「……シグマ君とナブラ君とふたりぼっちじゃ寂しいよ……、みんな帰ってくるの待ってるから……みんなで帰ろう……」
     ダークネスにすら語りかけるように、リアは言う。
    「……ナブラ君、今年のシグマ君のお誕生日のお祝い……まだお祝いできてないんだ……ナブラ君もびっくりしちゃうくらいにみんなで準備したんだから……帰ってみんなでパーティーしようよ……」
     灼滅者達の言葉を、ナブラは黙って聞いていた。時折、思案するように首をひねる。
    「……このままじゃシグマさんが死ぬ。だから下がってくれないか? ……シグマさん、これ以上の深入りは危ない。帰って情報をまとめよう」
     前半はナブラへ、後半はナブラへ。例えHKTと接触できても、危険は増すばかりだ、と実は語った。シグマだけでなく、その身体に宿るナブラも。
    「予知現象の件に興味があるなら、皆で一緒に調べましょ? 欠けたものは補い合い、支え合うのが友達だもの全部一人で抱える必要なんて無いのよ。此処にいる皆は、きっとシグマくんもナブラくんも受け入れてくれるから」
     と春陽。シグマは己の闇人格を、ひとつの人格として考えていたという。仲間達の言葉も、それを踏まえてのものだろう。
    「君一人で探し続けて新しい情報は得られたのかな? このままじゃ結局、君にもシグマ君にも益は無いんじゃない? 一人で抱え込まないで大丈夫だよ。ボク達も、ここに来れなかった学園のみんなもいる。だから、帰っておいでよ」
     エクスブレインの言を信じるならば、ナブラもシグマと同じくHKTの情報を求めているという。ならば、一緒に来い、と。ミカの長い金髪を、夜風が揺らす。
    「ナブラ君、まだ君のことは何も知らないから……悪いが、今は君も弟みたいなものでね。何度俺を攻撃しても俺の方は君も敵とは思わんぞ。ダークネスだろうが何だろうが知らん。俺は兄貴だから弟達を迎えに来た……シグ、お前も聞いてるか?」
     手をとろうと、クレイはナブラのもとへ駆けた。ナブラはそれに抵抗しない。クレイは影と同化した黒い手を握ったと思った。けれど、それは違う。
    「で?」
     黙って聞いていたナブラがようやく口を開いた。同時、クレイの手が影をすり抜ける。見えていた腕は影だけで、本当の腕はパーカーのポケットに突っ込まれていた。
    「てめえらがどう思おうが俺の知ったことじゃねえよ。……こいつの、心も! 身体も! 俺のモンなんだからよ!」
     影の刃がクレイに迫る。灼滅者達を嘲笑う声に連動して、赤黒いハートが鼓動していた。

    ●その手につかむ
     どん、といつの間にか前衛に移動していた介がクレイを突き飛ばした。斬撃を受けるが、ハンマーを地面に打ち付け、その場に踏みとどまる。
    「……君らはダークネスを自分達に都合よく解釈しすぎだよ。返してください、はいそうですかってなるわけないんだからさ」
     苦笑を浮かべるが、裂傷からは血が流れ落ちている。あまり状態は良くない。
    「ふたりぼっち? 笑わせんなよ、この世界は俺達ふたりだけでいい!!」
     両の腕に、影の腕を這わせて己の体を抱擁するナブラ。元人格を好いてはいるようだ。しかし、それは人間の抱くそれではない。
    「なぁ、今から分からせてやろうぜ……てめぇらなんか邪魔ものだってな!」
     ナブラが影を繰り出す度、誰かが血を流す。けれど、灼滅者達の反撃は消極的だ。この人数が不用意に攻撃を仕掛ければ、ダークネス一体を倒すことは簡単だ。だが、だからこそ、ナブラは強気だ。今の彼を倒したところで、シグマが帰ってくる可能性は低いだろうから。
    「……回復、するね!」
     忙しなく仲間に回復を飛ばす祭莉だが、その心中にはシャドウへの、ダークネスへの恐れがあった。彼女もシグマと同じくシャドウハンターだ。つまり、その身にシャドウを宿している。闇を。欲望を。
     ダークネスは闇そのものだ。確かに、闇と分かり合うことが不可能だとは示されていない。だが、可能だとも示されてはいまい。むしろ、分かり合えない可能性の方が高い。ダークネスに語りかけることの意味を、灼滅者達は理解しているのだろうか。
    「……シグマ先輩、聴こえてますか? 先輩の為に、これだけ集まったんですよ。学園にも先輩の帰りを待ってる人達が大勢いるんです。……たぶん、俺のクラスメイトも」
     届いているかは分からない。それでもアヅマはそう言わずにはいられなかった。それこそダークネスがどう思おうと関係ない。ここに集まった灼滅者達にはシグマが必要なのだ。蒼のオーラがアヅマの意思に呼応し、一際強く輝いた。
    「お前がどんな奴だろうと関係ない。分かり合えないかもしれない。それでも受け入れると言ったんだ。……だから、この手は離さないぞ」
    「くそっ! 離せ、気持ちわりいんだよ!」
     もう一度、クレイがナブラに迫った。今度は惑わされない。本当の手を、彼からもらった手袋をした手で握った。永遠に離れないほど、強く。影で引き裂かれても、クレイはその場を動かない。
    「今しかないんじゃない?」
     冷めた目で、介が言った。これ以上説得を続けても効果があるかは分からない。ならば、クレイが手を握っていられるまでに勝負を着けた方がいい、と。
     決意と覚悟を秘めたサイキックの雨がナブラに殺到する。
    「戻ってきて、シグマ君っ!!」
     滅多に出さない大声で叫ぶリア。思いのたけを乗せてビンタをぶち込む。
    「こいつらの声、聞こえてんだろーが!!」
     キィンの十字架の輝きがナブラを捉えた。ハートの色が少しずつ減衰していく。
    「早よ起きまい」
     螺旋の槍がナブラを打ち抜く。さらに零距離で、実は氷の弾丸を放った。
    「帰っておいでよ。……なるべく早く、ね」
     苦笑し、剣を抜くミカ。もう信じるしかない。攻撃するしかない。でも、心のどこかで何とかなる気がしていた。
    「シグマくんが居ないと私が寂しいのよ、ばかぁ!」
     春陽は泣きながら百烈拳。彼がいなくなったせいで生まれた空白の分だけ叩きつけた。
     サイキックが飛ぶ度、影が薄れ、ハートが削れていく。やがて、誰かの一撃が意識を奪い、クレイごとその場に倒れる。それでも最後まで手は離さなかった。

    ●再び欠ける
     それからしばらく。灼滅者達は心配そうにシグマを見つめていた。このまま目を覚まさないかもしれないから。
    「……ん」
    「シグマ、だよな?」
    「……ああ、うん」
     しかし、それも杞憂に終わる。シグマは目を覚ますのと同時、目を丸くした。多数の灼滅者がこの場にいたからだ。十を超え、二十を超え、一目で数えるのが難しいくらいだ。
    「お帰りなさい。……もう大丈夫、だよね?」
    「ああ。ありがとう」
     祭莉の問いに、頷くシグマ。仲間を救えた。その結果に小さな胸を撫で下ろす。
    「お帰り。気分はどうだい?」
    「いや、霊犬頭に乗せたまま聞かれてもな……」
     シグマが目覚めるまでもふもふしていたのか、ミカの頭の上には霊犬のルミが乗っていた。かなり無理やりだが。
    「これでやっと誕生日が祝えるね」
     こぼれそうな涙をぬぐいながら、リアが笑う。何を隠そう、闇堕ちしたまま誕生日が過ぎていたシグマであった。
    「さっさと帰って、遅い誕生日祝いするわよ大馬鹿者!」
     湯気が出そうなほど、春陽の顔は真っ赤だった。怒っているのか喜んでいるのか。
    「まぁまぁ、落ち着いて」
     実が制する。無表情ではあるが、なんとなく安堵が読み取れるような気もした。
    「ったく、心配させやがって」
     少し離れたところで、仲間達の様子を眺めるキィン。悪態をつきながらも、ふっと頬が緩んだ。
    「なんかありがとね」
    「えっと……」
     アヅマが言っていたクラスメイトに思い当たるところがあったのだろう。支援に来てくれた仲間と話していた彼に、介は短く礼を伝えた。アヅマはポカンとしたまま、遠ざかる背中を見つめる。
    「……誕生日、おめでとう」
     どこから出したのだろう。クレイは大きな犬のぬいぐるみを差し出した。どこかで見た顔の気がするが、いや、気のせいだろう。
    「忘れられない誕生日になりそうだな……」
     犬のずっしりした重みが安心感を与えてくれる。油断するとまたこのまま眠ってしまいそうだ。というか、疲労がたまっているのでまぶたが非常に重い。そして間もなく寝落ち。クレイは犬ごとシグマを抱え、立ち上がった。
    「……ガンマも頑張ったね。ありがとう」
     犬のぬいぐるみに触発されたわけでもないだろうが、祭莉はガンマを抱きしめた。あったかい。
     犬を背負い、青年を抱え上げた大男を先頭に灼滅者達はぞろぞろと博多の街を去っていく。また来ることもあるかもしれないが、今はそのことは考えなくてもいいだろう。
    「お、流れ星」
     アヅマの帽子の上を、光の筋が駆けていく。灼滅者達には、シグマの帰還を祝福しているようにも見えた。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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