血まみれクラーク

    作者:森下映

    「次の仕事はどうするんだい?」
    「ええ……正直申しまして、なかなか難しく……」
    「このご時世じゃあねえ」
     カフェの一席。トシオの目の前には、倒産してしまったトシオの店を最後まで贔屓にしてくれていた客の男性がいる。
    「でも、おかげさまで就職できそうなんです」
    「それはよかった、心配していたんだよ! やっぱりアパレルかい?」
    「まあ……実はそのことで少々お力添えをいただきたいのですが……」
    「なんだい? 私にできることならなんでも、」
     ザシュ。
    「キャアアアアアアア!!!」
     店内に響き渡る悲鳴。
    (「ありがとうございます。これで新しい一歩を踏み出せます」)
     トシオは死体に一礼すると、首を抱え、平然と外へ出て行った。

    「また、就職活動に行き詰まっている一般人が六六六人衆に闇堕ちする事件の発生がわかったよ」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)の予知によると、今回闇堕ちした六六六人衆はシガサキ・トシオ。以前自分で洋服店を経営していた30才前後の男性で、はねた常連客の首を持ったまま街中を移動しているらしい。
    「今のところ無差別に人を殺そうとはしていないけれど、邪魔が入るようなことがあれば……容赦はしないだろうね」
     これ以上の被害者が出る前に灼滅を。それが今回の依頼だった。
    「シガサキ・トシオは細身のスーツにレースアップの革靴というスタイルで、今晩この河川敷を通りがかる。人気もないし、灼滅するチャンスだよ」
     まりんが地図を見せながら説明する。
     六六六人衆は殺人鬼とエアシューズ、シャウト相当のサイキックを使ってくる。ポジションはキャスター。
    「自分のスタイルにこだわりがあるのか、他人に服を汚されたり破られたりすることを非常に嫌うようだね」
     自分では血に染めているというのにね、とまりんはため息をついた。
    「就職活動中の闇堕ちについては怪しい企業の存在がわかったみたいだけど、こちらもしっかり対処しないとね」
     みんな頼んだよ! とまりんは灼滅者たちを送りだした。


    参加者
    陽瀬・瑛多(高校生ファイアブラッド・d00760)
    リリシス・ディアブレリス(メイガス・d02323)
    赤星・緋色(朱に交わる赤・d05996)
    六藤・薫(アングリーラビット・d11295)
    咲宮・響(薄暮の残響・d12621)
    吉野・六義(桜火怒涛・d17609)
    ホワイト・パール(瘴気纏い・d20509)
    鞍石・世陀(勇猛果敢クライシス・d21902)

    ■リプレイ


     夜の河川敷。リリシス・ディアブレリス(メイガス・d02323)が殺界形成を使用し、万が一にも一般人が近づかないように準備。灼滅者たちは持参の明かりを消し、遠くの道路にある街灯から届く光のみを頼りに、シガサキ・トシオを待ちぶせる。
    「就職難で就職出来るならドコでもって気持ちはわかるが、落ちるトコまで堕ちたらワケないな」
     トシオとの最初の接触を担っている咲宮・響(薄暮の残響・d12621)は、光源の他に挑発のためのちょっとした道具を用意して待機していた。
    「まーねー色々悩むんだろうねー」
     大人ってやっぱ大変なんだね、と陽瀬・瑛多(高校生ファイアブラッド・d00760)。高校1年生、やんちゃ坊主といった印象のある瑛多にとっては、苦悩の想像はできても実感はない、といったところだろうか。
    「いくら仕事がないからって、何も六六六人衆に就職しなくても」
     敵に悟られないよう注意しながら、周囲の地形を確かめにいっていた六藤・薫(アングリーラビット・d11295)が戻ってくる。田舎の山育ちである薫にとっても、就職活動に行き詰まっての闇堕ちは、理解しがたい部分があるようだ。
    「……都会の人って大変なんだな」
    「うーん、都会だからってことなのかはわからないけど、」
     赤星・緋色(朱に交わる赤・d05996)が言った。
    「とにかく他に被害が出る前に止めないと。闇落ち企業? の情報もわかるといいかな」
    「……気をつけて。来たわよ」
     前方を見据えていた、リリシスの赤い瞳が細められる。
    「……人の道を踏み外しちまいやがって」
     吉野・六義(桜火怒涛・d17609)はかけていたサングラスを外して接触に備え、
    (「……よし、今だ!」
     間合いを測り、立ち上がった鞍石・世陀(勇猛果敢クライシス・d21902)が、トシオの注意をひくためにサイキックエナジーの光輪を放った。


    「素敵な生首引っ提げたそこの洒落たおじさん! オレ達と手合わせしようではないか!」
     肩の横をかすめた光輪に気付き、トシオが足を止めた。そこへ、
    「よお、色男」
    「!」 
     破裂音と水音。トシオの足元へ、響が持参していた水風船が投げつけられていた。
    「っ、なんだっ、クソ……、っ!?」
     顔にはねた泥をぬぐい、服の汚れを確かめようとしたトシオの顔を、至近距離で響の懐中電灯が照らしだす。
    「……明かり投げるよ」
     ホワイト・パール(瘴気纏い・d20509)がスイッチをいれた小型のランタンを周囲に投げた。それを合図に、次々と光源が点灯される。
    「……? なんだ、お前らは……」
    (「ふーん、これが……」)
     ホワイトにとっては初めてみる六六六人衆。ホワイトは興味を緑の瞳に映しつつ、両手を『纏う瘴気』で光らせ始めた。
    (「びしっと決めてなんだかできる人みたいな感じ。でも、いくら見た目が良くても中身が伴わないとだめだよねー」)
     瑛多はトシオから目を離さないようにしながら、槍を構え、攻撃のチャンスを狙っている。
    (「信じらんねェぜ……」)
     まるで鞄を持つように平然と首を持つトシオ。その姿に薫は嫌悪感をあらわにせずにはいられない。
    「……なんのつもりだ? 人の服をいきなりヨゴ……汚しやがって……!」
     怒りに震える手で、トシオが響の胸ぐらを掴む。
    「……ハ……ボロは着てても心は錦って言うだろうがよ」
    「アア?!」
    「なんでもねーよ。殺人鬼に堕ちたアンタにゃ、泥まみれがお似合いなんじゃね、」
     突如、ガクンと響の膝が落ちた。
    「……やるねぇ、」
     そう言った響の様子に、満足そうな笑みを一瞬浮かべたトシオだったが、
    「なんてな?」
    「ッ!!」
     響の胸ぐらを離し、トシオが後ろへ飛び退く。トシオが響の腱を断とうと放った斬撃は、響の鋼鉄の拳に相殺されていた。
    「!」
     刹那、ギャアンと轟音が鳴り響く。上体を落とした隙に構えていた響のギターの音波がトシオを襲い、
    「……やれやれ、酷い堕ち方してるわね」
     トシオが振り向く間もなく、リリシスの異形巨大化した鬼の腕が振り下ろされた。
    「事情を鑑みると哀れと思う部分も無くはないのだけれど、」
     ぐしゃり、頭から首の付け根までを潰されながらも、リリシスを睨み、蹴りかかろうとするトシオ。しかし、
    「……まあ、運が悪かったと思ってもらうしかないわね」
    「っ!」
     リリシスが銀の髪を翻して身体をひいた隙、死角に回り込んでいたホワイトが、撫でるようにトシオのジャケットに触れる。ホワイトの指先が通った描いた通りに服が破け肌が裂け、鮮血が滲んだ。
    「出たね! 血まみれの店員さん!」
     外側から弧を描くように、エアシューズで駆け入る緋色。
    「これ以上被害が出る前に、小江戸の緋色が灼滅してあげる!」
     赤い髪がふわり舞い上がった。流星の重力ほどの重さを伴い、緋色がトシオを蹴り上げる。そして緋色の撒いた煌きが地上に落ちるよりも早く、
    「お兄さん、もう人を殺してしまったんでしょ?」
     対角で、逆側から走りこんでいた瑛多が跳んだ。
    「もう後戻りはできないよね!」
     瑛多は大きく肩の後ろへひいた槍に、螺旋の捻りを加える。
    「手荒くいくぜ! 覚悟しな!」
    「悪いけどお前の内定、俺たちでぶっ壊させてもらうぜ」
     正面から六義が桜の枝を加工したマテリアルロッドで殴りつけ、遠距離からは薫が両手に集中させた『インビジブル』が放たれた。
     トシオが、ジャケットの肩口からスローモーションのように瑛多の槍にねじり切られていく。六義がロッドを片手に間合いを抜け、薫のオーラがトシオに届いた瞬間、六義が注ぎ込んでいた魔力が爆発した。
    「大切な一張羅が無様な事になっているぞ?」
     口元の血を手の甲でぬぐいながら、ゆらり立つトシオを、見下した笑みを浮かべた世陀が挑発する。
    「さて、貴様が望まぬこの状況をどう読み解く?」
     トシオは、問いかける世陀を横目に右手でタイをゆるめ、自分の服の惨状に眉を釣り上げた。その間に拳へ雷を宿し、走りこむ世陀。
    「服装の乱れは心の乱れ……その心は汚泥に浸っているという事だ!」
     世陀の拳がトシオの顎を思い切り殴りつける。
    「無様……、だと……?」
     首をのけぞらせながら、トシオが言葉を吐いた。
    「ふざけるな!!!!」
     叫びとともに、泥が吹き飛び、じわじわと服の破れが修復されていく。
    「望まない状況なら……望む状況にするまでだ」
     世陀の言葉を返し、トシオはニヤリと笑った。


     挑発がきいたこともあり、トシオには逃走の気配は見られない。列狙いと単狙いを組み合わせてダメージを与えてくる攻撃は、列攻撃が効く陣形の灼滅者にとって、特にディフェンダーにとっては厳しかった。
     が、ディフェンダーがダメージを引き受け、自ら回復も行うことで、常時スナイパーの2人が万全の状態で動けていることは、トシオを体力的に消耗させる点でも、また近接で相対した者が直接向かってこない上に後方から隙をつかれるというパターンで苛つかせる、という点でも効果をあげつつある。
    「チッ、靴の泥がとれねーじゃねえかよ!!!!」
     革靴の表面をガシガシと手でこすり、キレるトシオから黒い殺気が放出される。ディフェンダーの3人が後衛を守り、その後ろから瞬時にリリシスと緋色が飛び出した。
    「あら、細かいことに煩い男は嫌われるわよ」
     リリシスがクールに言い放つ。
    「あっ、そうやって見た目ばっかりに気を使ってたから、お店も転職もうまくいかなかったんじゃない?」
     やっぱ男は中身だよね、と反対側を並走していた瑛多が、腕に妖の槍を飲み込ませながら言った。
    「その性格が仇で上手くいかなかったのではなくて?」
    「うるせえ!!」
     ごうと燃える革靴を振りかぶって蹴りかかったトシオの脚をかいくぐり、リリシスがサイキックソードで斬りつける。エンチャントを断ち落とされたところへ、一歩先へ回りこんでいた瑛多がジャンプ。刀となった利き腕を振り下ろした。
    「くっ、」
     トシオが右手で傷を押さえる。と、
    「ねえ、」
    「!」
     緋色が、すぐ隣に立っていた。
    「おじさんが就職した企業ってなんて名前?」
     トシオの傷からボタボタっと血が垂れる。
    「あ、場所も知りたいな! どんな人たちがいたとかも、っとお」
     トシオから蹴りだされた革靴の先を、緋色は身体を弓なりに反らせて避けた。
    「会社の人たちに会ったことあるはずだよね。なにしろ新しい一歩が踏み出せるくらいだし?」
     傾いた体勢のまま、緋色がご当地小江戸の力を宿したビームを放つ。ビームが命中し、トシオの目が怒りに燃え上がった瞬間、トシオの服に液体が飛び散った。
    「?!」
     六義が寄生体から生成した強酸性の液体は、トシオの服といわず肌といわず腐らせていく。
    「その服もてめぇに着られて血に染まるくらいなら、ボロボロに溶かされた方がまだマシだろうよ!」
     自身も以前闇堕ちしかけたことがある六義。敵に対する複雑な思い、そして迷いを振り切るように啖呵を切った。
    「回復するぞ!」
    「こっちもだ!」
     世陀と薫が声をかけ合う。『瘴気・刃の型』を手に駆けるホワイトの前には、世陀が作り出した小さな光の輪が盾となるために現れ、薫は響に、感覚を呼び覚まし傷を癒す力を込めた矢を放った。
    「かなりキてんな? 倒れれば楽になれるぜ? ……泥まみれになるがな」
     煽る言葉とともに、響はさっきトシオがしたようにトシオの胸ぐらをつかむ。
    「テメ、」
    「歯ぁ食いしばって構えろよ、」
     トシオを響の鋼鉄の拳が打ちぬいた。勢いで後ろへはねたトシオの魂を、ホワイトの非物質化された『瘴気・刃の型』が斬る。
    「もう少しだ!」
     トシオの消耗が大きいことを悟り、六義が言った。
    (「これ以上の犠牲を出さないようにしっかり決着つけるぜ!」)
     トシオの片脚が大きく振られ、とどめを刺しに前に出た前衛を一気になぎ払う。
    「上等な服着た所で本性は隠せなかったな……、アンタ、相当汚いぜ」
     前衛が体勢を整える間に、後ろから薫の影が伸び、触手となってトシオを縛り上げた。次いでトシオへ頭上から降り注ぐ星の煌き。トシオが眩しさに瞬きをする間もなく、リリシスの極重の蹴りが襲う。
     片脚で踏みとどまろうとするトシオ。首を両手で守った瞬間、がら空きになった脇腹へ、いち早く体勢を立て直し飛び込んでいた瑛多が、オーラを集束させた拳で連打を叩き込んだ。
     トシオの反撃より先に、瑛多がワンステップで間合いを抜け出る。つられて瑛多へ視線が流れたトシオの胸元で、響の深層の暗部から生成された漆黒の弾丸が炸裂した。
     弾丸のはらむ毒に冒され、トシオは生気を失っていく。
    「……なぜお前らは……こうまでして……俺の……邪魔をする……」
    「何故か、だと?」
     走り込みながら世陀が言った。途中、視線を交わし合ったのは逆側を走る六義。
    「それはオレが気に入らないからだ!」
    (「人道に戻れないというなら、」)
     世陀は拳を鋼鉄と変え、
    (「もう声が届くことはないというなら、」)
     六義は桜の香り残るロッドを構える。
    「俺たちがその未来を断つ!」
    「力ずくで止める!」
     轟音とともに六義が魔力で生み出した雷がトシオに落ち、火花を散らすトシオの身体を世陀が拳で撃ち砕いた。
    「貴様が殺人者で在る限り! 一歩も前へは進ませない!」
     世陀が叫ぶ。
    「そろそろおしまいだね!」
     緋色が焼け崩れたトシオを高く持ち上げた。地面に叩きつけられたトシオが爆発。爆煙がひいた後を灼滅者たちが取り囲む。地面に横たわったトシオの目は宙を見つめ、すでに首も手から離れ。息はあるものの動くことはままならない様子だ。
    「関わった企業の事について吐け。それがアンタの唯一の罪滅ぼしだ」
     トシオの頭の横に立ち、響が言った。
    「給料は? 福利厚生はしっかりしているのか?」
     世陀も、純粋な疑問を投げかける。
    「……」
    「なんだ、知らないのか……大切な事だろう」
     聞こえてはいるようだが答える気はないといった様子のトシオに、真顔で諭す世陀。
    「……ト、」
    「え、なんだよ?」
     瑛多が聞き返した。
    「……ジャケット、泥だらけにしやがって……!」
    「!」
     トシオが指先を振り上げる。斬撃で、ホワイトの白い肌が切り裂かれた。しかしホワイトは、まるで痛みなど感じていないかのように平然とトシオの真上に乗り込む。トシオの死の中心点を貫く『射突の拳』。それが引導となった。
    「……アンタが殺した客に、あっちで詫びるんだな」
     響は、脇に転がる被害者の首へ視線を送る。
    「おやすみなさい。貴方のこと、ちゃんと記録しておいたわ」
     興味は常に自身の魔術の探求。その過程に刻まれたことを、リリシスは霧散していくトシオに伝えた。


    「……不運に尽きるな」
     世陀は、残された首のまぶたを閉じてやる。薫はその横で目を閉じ、手を合わせた。
     その様子をみながら、響は黒い伊達眼鏡を取り出す。戦いは終わったのだ。
    「これ以上闇落ちする人が増えないように、元を探してやっつけないとね」
     緋色が言った。
     治療を済ませたホワイトが立ち上がる。皆もそれぞれに河原を歩き出した。
     六義のピンク色の髪が風になびき、リリシスの銀糸が1度振り返り、瑛多がハラへったなーとつぶやく。
     血まみれの店員は血まみれで死んだ。ただそれだけの事件ではないことを、灼滅者たちは知っている。

    作者:森下映 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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